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絆(2)

「――――俺のやり方が甘っちょろいって、あんたは思うか?」


 瓦礫の山の中、ホクトは一人立ち尽くしていた。身体は既に十分に動くようになり、術式により肉体は再構成され復活を遂げた。傷を修復した身体を眺め、ホクトは萎びた煙草を一本口に咥える。彼の背後には上着をかけられ、すやすやと眠るシェルシの姿が。そしてホクトの足元には突き刺さった一振りの大剣がある。

 かつて魔剣狩りと呼ばれた怪物にして、今はその魔剣狩りそのものとなった男――ヴァン・ノーレッジ。魔剣に飲み込まれた哀れな剣士はホクトの言葉に応えるはずもなく、ただ静かに佇んでいる。ホクトは片手をズボンのポケットに突っ込み、死の世界を化した大地を見渡した。


「実際、俺は甘っちょろいんだろうな。憎みきる事も、殺しきる事も出来ない……。中途半端で情けない男だ。たった一人の妹の笑顔さえ護ってやれなかった、どうしようもない男さ。だけどなヴァン……最近は俺も、こんなんでもいいんじゃねえかと……そう思ったりするわけだ」


 紫煙を吐き出し、ホクトはガリュウの傍らに腰を下ろした。黒く鈍く輝く剣――。その刀身を覗き込み、ホクトは笑みを作った。そう、何もかもが中途半端――。この世界において、目的も無く。まさに彷徨う幽鬼が如く、彼はただ力だけを片手に旅をして来た。何かを護るでもなく、何かを殺すでもなく。ただ本当の己を捜し求めるかのように、道に迷った子供のように……。歩き続けてきた。たった一人で。

 最初はそれでもよかった。何も見つからずとも、得られる物が無くとも、それでも別段構わなかった。しかし旅の途中で様々な人と出合い、仲間を作り、手を取り合って戦った。この世界において絶対的な正義がなんなのか、そんなものがそもそも存在するのか、それは彼には判らない。善悪とは主義主張、立場によって逆転する物だ。全てにおいての正解、万能なる救いなど存在せず、恒久の平和も在り得ない。彼はロマンチストではあったが、同時にリアリストでもある。ありのままの世界を受け入れ、その流れに逆らわずに生きる……。風頼な生活も、確かに悪くはなかった。


「俺にはこの世界で戦う理由はなかった。ただ生きていたから……。この身体を与えられていたから、俺はここに居た。でもな、ヴァン……? こんな俺でも、また何かを護る為に戦えるのかね」


 呟くように漏らす言葉――。決して他人には弱さを見せない男が投げかけた、虚空への言葉――。剣は何を思い、何を応えるのだろうか……。どんなに待ってみた所で、どんなに想像してみたところで、返事など返ってくるはずもない。だがホクトには判るのだ。ガリュウの考えている事が。ガリュウの中に眠るヴァンと、ヴァンより以前にこの剣を持っていた者達の声が。だから剣を握り、それを引き抜いてじっと見つめる。応えは無くとも、答えなら最初から決まっていた――。


「正直、この世界の事はどうでもいい。けどな、妹は……昴は何とか帰してやりてえし、仲間が傷つくのは我慢ならねえ。だから俺はテメエ勝手な理由であんたをぶん回して、右往左往の障害全てを斬り伏せるぜ? あんたは下らない理由で戦うなって言うかもしれねえが、どうやら俺は生まれつきからくだらねえものに命を投げ出す性分らしい」


 ヴァン・ノーレッジが守ろうとしたもの――。彼が愛そうとした世界。目で見た物、耳で聞いた事、身体中のあらゆる感覚で感じた世界のすべて――。ホクトはヴァン・ノーレッジにはなれない。同じ肉体を持ち合わせる存在だとしても、彼の気持ちの全てを感じることは出来ない。けれども思うのだ。所詮この黒き魔剣は命を喰らい屠る化け物……。だがきっと、この剣が願っている事はそんなことではないのだと。

 力はただ力――。使い方次第、使う者次第でどんな形にも色にも変わる……。かつて師でもある女王は彼にそう教えた。その教えを今はホクトも受け継いでいる。自分がここにいる理由、この世界のすべて……些細な事だ。だがその渦の中で生きていく。剣の実体化を解除し、その身体に宿して男は煙草をぎゅっと握りつぶす。煙と共に、心の中の靄も吐き出すように大きく息を吸い、吐き出した。空に上る軌跡――。ホクトは目を細めてそれを見送り、踵を返す。


「まあ、せいぜい笑えよ“傍観者”――。いつかてめえを、ぶっ飛ばしに行く」


 ホクトが見上げる視線の先、誰かが密かに笑みを浮かべた気がした――。男は風の中、大きく髪を靡かせながら立ち尽くす。その背後、人の気配を感じて振り返った。そこには――ホクト同様ボロボロの姿で立つ、帝国の番犬ステラの姿があった。


「よう、無事だったか」


「あの程度で私が死ぬはずがありません。まあ、肉体の四割が破損した為現在も再生しきっていないのは事実ですが」


 血の滲んだ脇腹に手を当て、ステラは冷や汗を垂らす。ホクトがガリュウを構えるより早く、ステラはミストラルを手に走り出していた。世界最速の魔剣使いの加速にホクトが剣を合わせて放とうとしたその時である――。ステラは爪先を瓦礫の塊に引っ掛け、そのまま盛大に前転しながら転等した。スピードの所為で止まる事が出来ず、コロコロ転がってホクトの足元にばったりと倒れこんだ。

 立ち上がる余力が残っていないのか、地面に着いた手を小刻みに震わせているステラの様子にホクトは黙って剣を収め、代わりのその手を差し伸べた。宿敵から差し出された右手にステラは戸惑い、しかしそれにおずおずと己の手を重ねた。助け起されたステラの足元はやはり覚束無いもので、ホクトは苦笑を浮かべて敵の身体を支えた。


「おいおい、お前は生まれたばかりの子鹿か……? ヨタヨタじゃねえか」


「……余剰魔力を、ほぼ使い切ってしまったようです……。今なら私も、恐らく貴方の攻撃には耐え切れません」


 何故かステラは寂しげに、しかし真っ直ぐにホクトを見上げた。少女が何を望み、何を言わんとしているのかホクトには判ってしまった。眉を潜め、それから舌打ちする。自分勝手に生きると決めたばかりだが、“殺してくれ”と懇願する女を手にかけるほど、暴虐無人にはなれそうもない。ステラの身体を支え、そっと足元に座らせる。完全に弱りきっている今のステラはあの恐ろしい帝国の尖兵とは思えぬほど脆く、文字通り軽く締めるだけで命を奪えそうだった。


「今なら貴方の攻撃で止めを刺せるでしょう……。何故、躊躇うのですか?」


「女は斬らねえ主義だ」


「しかし、敵は殺さねばならない」


「だったら一時休戦ってことで一つ手を打たねえか? 俺も今回の件で、お前に訊きたい事は色々とあるんだ」


「一時、休戦――? そんなものが……あるのですか?」


 ステラはその初めて耳にする言葉に驚きを隠せなかった。戦いを休む――言葉の意味は理解出来た。だが少女にとって戦いとは三百六十五日継続するものであり、それが途中で止まるなどという発想は頭の片隅にすらなかった。唖然とするステラを見下ろし、ホクトはその頭をぐりぐりと撫でて頷いた。


「兎に角、俺はお前を殺さねえ。お前がそれを望んだとしても、だ。他人の願いを叶えてやる義理なんかねえよ」


「…………そうですか。では、一時休戦……を、しましょう」


「そうしてくれ。前から言いたかったが、お前は何でもいいから俺に特攻するのはやめろ」


「…………そうですか。ヴァン……いえ、ホクト」


 ステラはちょこんと岩の上に座ったまま顔を上げ、表情を一つも変えずに呟いた。


「ありがとうございます」


 ホクトの脳裏、笑顔のうさ子が過ぎり何とも言えない気分が去来する。そっぽを向くホクトの横顔、それをステラはじっと眺めていた。それから周囲の状況を確認しようと唐突にうさぎの耳のような形をした索敵センサーをピーンと真っ直ぐに立て、急に力み始めた。ステラの奇行に一瞬戸惑い、しかしホクトは隣に屈んで耳を観察してみる。


「な、何してんだ?」


「索敵です。周囲にまだ生存者が埋まっている可能性もあります」


「お前……助けるつもりか?」


「それが何か?」


「いや……。お前意外と普通に人助けとかするんだな……と思って」


「ホクト、わかりました」


「何がだ?」


「近くにシェルシがいます」


「ああ……。そこにいるわけだが」


「シェルシッ!?」


 ホクトが指を差すと、ステラは慌てて立ち上がった。それからシェルシに駆け寄る途中で盛大にすっころび、またごろごろと転がっていく。結果的にシェルシの傍に辿り着いたステラは眠っている姫のほっぺたを指先でつんつんしながら青ざめていた。


「これは……死んでいるのでしょうか……?」


「いや、生きてるだろ」


「そうですか。ではシェルシ、起きてください」


「ひんぬぅッ!?」


 眠っていたシェルシの脇腹を強く突っつき、ステラは問答無用でシェルシを起した。ついさっきまで剣が刺さっていただけにその痛みは身体の内側からじんわりと響くように残った。シェルシは慌てて立ち上がり、目の前のステラを見て涙目に笑った。


「ステラ……! 無事だったんですね!?」


「はい、なんとか。貴方の方こそ、無事で良かった」


「良かった……? ステラ、私の事を心配してくれたんですか?」


「はい、友達ですから。何か、おかしな事を言いましたか?」


 相変わらずステラは無表情で、大きくて丸い目をぱちくりさせていた。しかしシェルシは心の内からこみ上げる感動を抑えきれず、徐にステラを抱きしめた。正座のまま首をかしげるステラを抱き寄せ、シェルシは温もりを確かめるように目を閉じている。ホクトはそんな二人の抱擁を背後から眺め、その間に入りたいなあと考えていた。


「さて……これからどうしたもんかねぇ。とりあえずシェルシ、具合は大丈夫か?」


「え、はい……? 私は何ともありませんよ?」


「そうか……。まあそれはそれで問題なんだが……」


 ホクトのぼやきはシェルシには聞こえなかった。とりあえず、どちらにせよ三人ともダメージが大きすぎる――。何をどう動くにせよ、まずは休息が必要だろう。崩落に巻き込まれた他の面子も気がかりである。ホクトは落ちていた木材に魔術で火をつけ、てきぱきとベースキャンプを固めていく。シェルシも手伝おうとしたのだが、サバイバル的な技術も知識もない姫など役に立つはずも無く、途中でホクトに戦力外通知を出されてしまう。ステラは充電が終わっていないので大人しく正座して待っていた。


「さーて、とりあえず俺は寝る……。お前らも適当に休んで置けよ……。ちょっと休んだら行動開始だ。んじゃおやすみ」


 一方的に告げるとホクトはごろりと岩で作ったスペースの上で眠り始めてしまった。焚き火に当たりながらシェルシは寒そうに身体を震わせ、ステラは荒廃した世界を見渡した。これが、戦いの末路――。“休戦だ”と言ったホクトの顔が脳裏を呼ぎる。戦いを続けてきた。戦い続けるのだと、これからも……そう思っていた。けれども戦わなくていい事があった。そして戦いの果てにある破滅の中に居る。少女は風の中で立ち上がった。何を願い、何を望み、何の為に戦うのか――。理由もない空虚な身体に、世界の闇は余りに大きくなだれ込む。迷う魂――その行き着く先はまだ、誰にも見えないのだ……。




絆(2)




「ああ、昴……? 良かった、目が覚めたんだね」


 ラクヨウ城内に設置されたバテンカイトスへと通じる転移装置――。それを経由し、昴はエル・ギルスにやってきていた。娼館バテンカイトス――。主であるメリーベルの部屋、そこにロゼは居た。至って普段どおりのロゼの様子に昴は何も言えず、駆けつけた所為であがった息を整え、ロゼの前で立ち尽くしていた。机の上には眼鏡をかけたメリーベルの姿もあり、二人は何事かと昴を見つめている。


「ごめん、ロゼ……。私は……リフルを助けられなかったから……」


「ああ、その事か……。いいんだよ、もう」


「え……っ?」


 リフルとロゼは親しかったはずだった。なのにロゼは親しい人間が死んだというのに泣きもしなければ喚きもしなかった。仲間を守れなかった昴を前にしても取りも出す事も無く冷静で、真っ直ぐに彼女の目を見つめている。昴はここに謝りに駆けつけたのだ。助けられなくてごめんなさいと、頭を下げるつもりで来た。だがロゼの意外な反応にその先の言葉が続かない。


「い、いいって……。いいって、どういう……?」


「リフルとの別れは、僕なりに済ませたんだ。だからもう、その事はいいんだ」


「……済ませた、って……!?」


 動揺する昴、その肩を叩いたのはメリーベルだった。彼女は黙って昴を部屋から連れ出し、螺旋階段を下りる途中で足を止めた。何がなんだか判らない昴は目を丸くするばかりで、メリーベルはその様子に溜息を漏らした。


「メリーベル、どういう事なの!? ロゼはどうしちゃったの!?」


「彼は今、自分の中で大切な人との別れを乗り越えようと必死なんだと思う。彼がこれから先強く生きていけるかどうかの節目だから、今はそっとしておいたほうがいい」


「そ、そういうわけにはいかないでしょっ!? 大切な人が死ぬのは……凄く辛くて……! 悲しくて一歩も前に歩けなくなるくらい、苦しむものだから……!」


「その気持ちはわかるよ。でもね、そうやってもがくだけが人の歩みじゃない。時には自分の弱さと向き合い、それを乗り越えていく事も必要になるから」


 かつて昴は兄との別れを経験した。そして生きていくのが嫌になるほど塞ぎこみ、その心の傷は今も消えずに残っているほどだ。だからこそ他人事ではなく駆けつけたのだが、ロゼはロゼなりに自分のやり方で痛みを乗り越えようとしていた。メリーベルとて彼を心配しなかったわけではない。彼女もまた、大切な人との別れは経験してきたのだから。

 実際、ロゼはリフルとの別れを目の前で体験してしまったのだ。自分の目の前で大切な人が斬られ、死ぬのを黙ってみている事しか出来なかった……その苦悩は察するに余る。彼は己の意思でリフルの遺体を運び、第六界層オケアノスの砂の海に流した。砂の海豚だけではなく、様々なギルドの人間が立ち会う大規模な葬儀となった。ロゼはその葬儀の最中も一度も涙を流さず、強く凛とした眼差しで大切な人の死を受け止めていた。その眼差しはリフルが彼に与えた物であり、そして彼が背負った大きな十字架でもある。

 それから直ぐにロゼはメリーベルの元を訪れ、寝ずに錬金術の書物を読み漁っていた。少年が纏う空気は以前よりも刺々しさを失い、柔らかくなった。しかしそれは諸刃の剣を思わせる。彼は確かに失意の中に居るのだ。だが彼の意思が、そのまま悲しみに溺れる事を許さなかった。

 大切な人を護れなかった自分の弱さを悔やみ、彼もまたこの世界の中で強くなる事を選んだのだ。かつて昴がそうしたように、己の身さえも投げ打って力を求めた。ロゼはもう、昴のようにやり直す事は出来ない。例えもう取り戻せなかったとしても、彼はそれを乗り越えて進むのだろう。それが決定的に昴とは異なる点である。


「ロゼは強くなろうとしてる。リフルの遺志を継ごうとしてる。だから今、きっと悲しんでいる暇がないんだと思う」


「…………ロゼ……」


「昴、貴方は大切な物を失った時……それを取り戻す事しか考えられないかもしれない。でもロゼは違った。乗り越えて、それを受け継ぐ事を選んだ」


 メリーベルの言葉はぐさりと昴の胸に突き刺さった。そう、そんな事は言われずとも判っていた。昴のしている事は、昴の持つ強さは……。結局は悲しくて、その悲しみにぶち当たった時それに耐え切れず、何とかしたいと逃げの一手で得た力、手段である。昴がやってきた事……それはただ悲しみから逃れようともがき続ける事だけだったのかもしれない。

 拳を握り締め、それからふっと視線を反らした。悔しさはあった。しかし言い返すことは出来ない。わかっている――自分の弱さも無力さも。でも、だったらどうすればよかったというのか。白騎士という偽りの存在に化ける以外、昴には何の手段も無かったのだ。少なくとも――彼女はそう考えていた。だが、本当にこれでよかったのだろうか……。昴はそのこみ上げる迷いを振り切れず、目をきつく閉じた。


「ごめん、メリーベル……。メリーベルの言ってる事が正しいんだってわかるけど……ッ!! わかるけど……私、そんなの認めたくないよ……!」


「昴……」


「私のすること……馬鹿だって笑うかもしれない。でも……今はそれ以外に思いつかないんだ。だって私……馬鹿だからさ……」


 弾かれるように走り出し、来た道を戻っていく昴。メリーベルはそれをあえて留めようとはしなかった。昴のしようとしていることは判った。だが、それが彼女の存在の矛盾でもあり、弱さの根本でもある。ロゼがそれに対してどんな答えを導き出すのかは判らない。だが――。今は信じてみたかった。まだ迷いの中で苦しみ続けている彼らが出す、彼らなりの自由な答えを。どちらにせよ、他人様に説教できる程メリーベルとて潔白ではない。弱さ故に過つ未熟さを、どうして責める事が出来ようか。

 階段を駆け上がり、再び部屋へと飛び込んだ昴。昴は破魔剣ユウガを片手にロゼへと駆け寄り、その肩を強く掴んだ。一体どうしたのか判らないロゼは驚いた様子だったが、昴の第一声にいよいよ言葉を失った。


「時間を――! 私は時間を戻せる! ロゼ……リフルが死ぬ前の時間に行こう!! リフルを助けるんだ!!」


 懸命に訴える昴――。だが、そんな事が果たして実現可能なのだろうか? 昴にもそれは判らなかった。しかもロゼと一緒に時空跳躍など、そんな事出来るかどうか……。難しい事は明らかだし、それは昴も判っていた。でも、言わずには居られなかった。誰かの力に成りたかった。その苦しみが痛いほど判って、だから無視は出来なかったのだ。仮にこの世界では有り触れた絶望だとしても――その闇を祓いたかった。しかしロゼは無言で昴の手の上から重ねるようにしてユウガの鞘を掴み、首を横に振る。


「ありがとう昴……。でも、もういいんだ」


「いいって……。そんな……。嘘じゃないんだ、本当に出来るんだよ? だって私だって、一度護れなかった物を護ろうとして時空を超えて……」


「それで今、昴は満足してるの?」


 ロゼの言葉に昴の表情は完全に固まった。ズキリと、心の中で痛みが蘇ってくる。兄――北斗はビルの屋上から落下しながら微笑んでいた。そしてミュレイもまた、昴の腕の中で血まみれになりながらも微笑んでいた――。二人の笑顔を思い出し、ずきずきと痛む胸……。気づけば昴の瞳からは涙が溢れ、頬を伝っていた。


「もし、やり直せるなら……。確かに僕もそう思うよ。でも、自分の弱さも……今の現実も。全部自分の歩いてきた過去の結果なんだ。だから僕は……今のままで構わない」


「…………」


「リフルが……リフルが死んだのは、僕だって悲しいよ。助けられなかった……護れなかったんだ。悔しくて死にたいくらいだ。でも、そうなったのは誰かの所為じゃない。自分の所為なんだ。僕は……リフルがくれたこの悲しみを背負って生きて行く……。それが、彼女が望んだ事だから」


 ゆっくりと、言い聞かせるような口調だった。ロゼの方が年下だというのに、昴はまるで彼の前で子供のようだった。気に入らない現実を何とかしたいと駄々をこね、過去へと跳んだ――。それが正しかったとは思わない。でも、間違いだったとも思わなかった。しかし急に何もかもが判らなくなっていく。今あるミュレイの笑顔が、急に霞んで見えた。それはきっと自分が嘘をつき、無理に生きながらえさせたのだという罪の意識があったから。ミュレイはあんなにも純粋なのに、その傍に居る自分は穢れた存在のように思えた。何もかもが怖くなり、足がすくむのがわかった。


「昴の言っている事が本当だとしたら……あんたはもう、その力を使っちゃいけないんだと思う。失った物を取り戻せたらいいと思うよ……? でも、そうする事によってあったはずの絆さえも否定する事になるんだ」


「絆……?」


「あんたはその全てを無かった事にしてもいいと思うのか? 僕はそうは思わないよ……。良かった事も悪かった事も、僕は全てを受け入れたい。真っ直ぐな自分で、胸を張って生きて行きたい……。だから、逃げない。逃げずに戦うと、そう決めた」


「……ロゼ」


「…………。申し出は、ありがたく思うよ。でもまあ、そんな御伽噺みたいな事はナシって事で」


 そうして笑うロゼからは悲しみなど感じることはなかった。彼は彼なりに別れを済ませ、そして乗り越えようとしている――。彼が彼の人生で育んできた絆は消えない。ロゼの笑顔は、まるでホクトのようにあっけらかんとしていた。苦しみも痛みも物ともしない、強い男の笑顔だった。昴は涙をぼろぼろと零しながら、その笑顔に頷いた。


「ごめん、ロゼ……。ごめんね……。私……リフルをまもれなかったよう……」


「…………いいんだ。もう、いいんだよ」


「今度は、ロゼを護るよ……。皆を、護る……。もう誰も傷つけさせないって約束する……。強く……強く、なるよ……!」


 ロゼの手を握り締め、昴は泣き続けた。それに釣られてかロゼも堪えていた涙が溢れてしまう。笑いながら涙を拭うロゼの姿に耐え切れず、昴はその小さな身体を抱きしめた。もう元には戻らないものがある――いや、この森羅万象全てがそうなのだ。巻き戻し、やり直すなど愚の骨頂――だがそれを超え、彼女はここにいる。

 ならばせめてこれから起こる全てから甘さを廃し、強くなろうと思った。心のどこかで、“またやり直せばいい”という気持ちがあったのは事実だ。けれどもそれを超え、その悪魔の誘惑を蹴り飛ばし、生きて……。そうやって真っ直ぐでいることが出来るのなら。出来ればそれを成し遂げたいと思う。強くなりたいと思う。戦う力だけではない。弱さを乗り越えていく強さ……それが今は何よりも欲しかった。


「私に出来る事があったら、何でも言って……。私、なんでもするよう……」


「あ、ああ……。判ったからそろそろ泣くの止めろよ……。すごい事になってるぞ……」


「がんばる、ようぅっ」


「わ、わかった……わかったから……」


 そんな二人の様子をこっそりと覗き見ながらメリーベルは苦笑を浮かべていた。それから小さく胸を撫で下ろすように息を着き、音を立てぬようにそっと扉を閉める。迷いの中で進んでいく……そしてそこで生まれる大切な仲間との絆。何となく過去の自分の戦いに想いを馳せつつ、メリーベルは静かに階段を下るのであった。

 

~はじけろ! ロクエンティア劇場~


*ステラ=うさ子?*


ホクト「ところでステラ、いくつかお前に質問したい事があるんだが」


ステラ「何でしょうか。せっかくの一時休戦なので、何でも答えましょう」


ホクト「じゃあお言葉に甘えて……。まず、うさ子の口調についてだが……」


ステラ「何故、彼女の事を私に訊くのですか……?」


ホクト「お前以外に誰がうさ子の事をわかるっていうんだ」


ステラ「勘違いしないで下さい。私はステラであってうさ子ではありません。貴方とてホクトであってヴァンではないのでしょう。それと同じ事です」


ホクト「じゃあ意見を聞いていると思って答えてくれよ」


ステラ「……。うさ子の口調……というと、“はう!”と、“なの!”ですか?」


ホクト「お前としてはどうしてああなるんだと思う? 記憶喪失でもああはならないだろ」


ステラ「……。どうしてでしょうか……」


ホクト「つーか、うさ子の一人称である“うさ”ってのはなんなんだ?」


ステラ「うさはね~……というやつですか。あれは恐らく、うさぎのうさではないでしょうか?」


ホクト「それは判りきってるんだが、そもそもそれはうさみみではないんだろう?」


ステラ「広域レーダー装備だと考えてください。耳は通常の人間と同じ位置にきちんと存在し、聴覚もこの部分が担っています」


ホクト「なるほどな……。で、お前はなんで一人称が“ステラ”じゃないんだ?」


ステラ「は?」


ホクト「別人格だとしても、お前も一人称は“ステラ”であるべきじゃないのか? ためしにやってみろよ」


ステラ「……。ステラはステラです。うさ子と一緒にしないでください」


ホクト「ほうほう」


ステラ「ステラは……シェルシの友達です」


ホクト「何か……あれだな……。ちょっとロボっぽい……?」


ステラ「ステラはロボですが……。ホクト、もう良いですか? なんだか顔が熱いです」


ホクト「ああ、悪い悪い。じゃあ最後に……ていっ!!」


ステラ「ん……ッ!? そ、そこをつかまないでください……。ら、らめぇ……っ」


ホクト「うさみみを掴んだ時の反応は一緒か……」


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