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絆(1)


 北条北斗の物語――。それは北条昴の物語を語る上で欠かせないストーリーである。そしてその二つが辿り着く場所――ひとつの到達点。それは物語が始まる数年前に、既に“観測者”の手により、この世界に復活を遂げようとしていた。

 暗闇の中、結晶の樹林――。世界の最下層の更に下――。アンダーグラウンドと呼ばれたその場所は、常に結晶によって閉ざされてきた。その死と停滞の象徴である結晶の森の奥地、その遺跡は眠っている。

 古代遺跡フラタニティ――その奥地の更に地下。百を超える封印隔壁の更に奥地、それはあった。シャフトと呼ばれた世界の中心部、その更に内側に続く光の道――。天空より降り注ぐ光を浴び、それは静かに佇んでいる。結晶――否、剣の森の中で眠る少女……。神々しく輝く光と剣を見上げ、白衣の女は目を細めた。


「貴方がわざわざ異世界から探しに来たものは、彼女なのでしょう? メリーベル・テオドランド」


 白いドレスを揺らし、シャナクは振り返る。その笑顔の先、メリーベルは複雑な表情を浮かべていた、それはそのまま彼女の心境を如実に表している。そう、確かにこれを見つけ出す為にここにやってきたも同然……。だが、出来る事ならば見つからない方が良かったのかもしれない。

 彼女、メリーベル・テオドランドは異世界からやって来た来訪者である――。彼女の住んでいた世界は、昴やホクトの住んでいた世界とも異なる。彼女の世界には創世の神が君臨し、その神の同行に人々はその世界を左右されてきた。世界というシステムを前に、全ての生命は仕組まれた命である。それは正しくあり、そして大きな過ちでもある。一つの間違いが。神の一つの過ちが。世界全てを狂わせてしまう事もある――。

 メリーベルは一度、神と呼ばれる存在と戦った英雄である。その物語は彼女の中でまだ鮮明に色づいている――。白き剣の勇者と、その勇者と共に世界を救った救世主――。歪んだ世界を正し、秩序と意思を人の手に取り返した彼女だからこそ、この世界の異常さに眉を潜めずには居られなかった。

 世界を支配するシステム、それは人が生み出した機械によって成立している。人間は機械の言いなりになり、この世界の真実さえ知らされる事もない。溜息混じりに白衣のポケットに手を伸ばす。忍ばせていたのは煙草の小さな箱で、彼女はそれを口に咥えて指を弾いて火をつけた。


「…………最悪」


 たまにしか吸わない煙草は気持ちを切り替える為に必要な彼女なりの技術だった。煙を深く吐き出し、忌々しく神を見上げる。結晶の剣によって護られた、この世界に君臨する“罪悪”の守護者――。異世界を駆逐する者――。“アニマの導”……。長年彼女がこの世界で捜し求め、そして漸く見つけてしまった異形の神。溜息を漏らさずにはいられなかった。指先で煙草を圧し折り、それをぎゅうっと握りつぶす。


「アニマの導……。その代行者、“創魔剣ロクエンティア”……。間違いなく、今も彼女は生きている。この世界の罪を夢見ながら……」


「罪を夢見て贖う神、か……。ロマンティックも度が過ぎるとどうしたものか」


「帝国はアニマの導を隠匿する隠れ蓑なのかもしれませんね。貴方の睨んだとおり、ここは世界の闇の中枢……。剣とは死と停滞の象徴……。我々は皆、アニマの導によって生み出された罪悪の羊……。伝承にあった事は真実。これで私も行動に移る事が出来そうです」


「帝国と戦うつもり? ハロルドはミレニアムの意思を忠実に遂行する。いくら貴方が古代文明に明るい学者だろうと、ザルヴァトーレの女王だろうと、容赦なく彼は貴方の国を潰すわ」


「それでも誰かが立ち上がらねばならないのです。例え勝利できずとも、この世界のどこかに革命の息吹を起せればいい……。そして願わくば、七つの大罪を以ってして、神の悪夢に終止符を……。それが、貴方のシナリオでもあるでしょう?」


 シャナクは優しく微笑み、それからメリーベルの隣に並んだ。二人で共に世界の中枢を仰ぎ見る――。相変わらず神は無垢に眠り、そして目覚める気配はない。シャナクが立ち去っていく足音を聞きながらメリーベルは目を閉じ、もう一度過去の事を思い起こしていた。遥か遠くに消えた、想い出の世界……。これから、この世界はどう変わっていくのか。そして自分はどう動くべきなのか――。

 立ち去るシャナクの向かう先、一人の少年が女王を待っていた。闇と死を象徴する剣を宿された、アニマの導により選ばれた七つの大罪、その一人である。少年は黒髪を靡かせ、神の座を仰ぎ見る。彼には何となくわかったのだ。いつかまた、もう一度この場所に戻ってくるのだと。そしていつか、この場所で自分は朽ち果てるのだと。そうした定めを受けて生まれてきた以上、避けられないのだ。身体に刻み込まれた剣の紋章――それから逃れる事は出来ない。運命に反逆する事など、出来はしないのだと――。




「…………。う……っ」


 気がつけば、私は見慣れた天井の下に横たわっていた。ククラカン王都、ラクヨウ城――。ミュレイの部屋に敷かれた布団の中、私は寝汗で全身をぐっしょりと濡らしながら目を見開いていた。

 身体を起し、全身の様子を確認する。足には包帯が巻かれているが、特に重傷というわけでもなく、傷は既にふさがりつつあるようだった。立ち上がり、街を見下ろす――。ラクヨウの街は壊れてはいなかったし、パージもされていなかった。ほっと胸を撫で下ろし、それからその場に座り込む。一体何がどうなってここにいるのか……。そのあたり、記憶は不鮮明だ。

 額に片手を当て、何とか思い出そうと努力してみる。確か……帝国の浄化作戦を阻止しようと乗り込んだホルスジェネレータ内部で、剣誓隊とやりあう事になって……。そうだ、あれからどうなったのだろう? 慌てて立ち上がり、部屋を飛び出した。城内には以前と同じ活気が戻ってあり、まるで戦争は終了してしまったかのようである。まさか時間が巻き戻ったのか……そんな悪寒が駆け抜けたが、どうやらそうでは無かったらしい。ミュレイが私の姿を見つけ、廊下を歩いてくるのが見えた。私は自分からミュレイに駆け寄り、その身体をぺたぺたと触って無事を確かめた。


「ミュレイ! よかった、無事だったんだ……!」


「お主の方こそ……。全く、一人で無茶して戦いおって……。魔力の消耗が激しすぎて今日までずっと寝込んでおったのじゃぞ?」


「今日まで……って、私は何日寝てたの?」


「大体三日じゃ。腹も減っておるじゃろう? まずは落ち着いて食事でも……」


「それどころじゃないでしょ!? パージはどうなったの!? 戦争は!?」


 ミュレイの両肩を掴み、顔を寄せて叫んだ。彼女は何故か困ったような表情を浮かべ、それから私の手を握り締める。


「昴、その事なんじゃが……」


 何となく、ミュレイの表情を見て聞きたくない話である事は想像出来た――。案の定、この戦争の決着はお世辞にも綺麗な物とは言えず、そして状況は私が思っていたよりもずっと悪く、ずっと残酷だった。

 帝国軍はホルスジェネレータを諦め撤退……。というのも、帝国側が意図しない異常事態が発生したらしく、剣誓隊も慌てて撤収していったらしい。その異常事態というものの結果……ザルヴァトーレ王都、ルーンリウムを含む第四界層プリミドールの東半分側が浄化作戦――プレートパージの犠牲になったらしい。そもそも何故、支配下にあるはずのザルヴァトーレがパージされたのか……。何もかもわけがわからない。けれども何より今は、ルーンリウムがプレートごと切り離されたという事実が重要である。ラクヨウ城の天守閣から見下ろす景色の先――。遥か彼方まで続いていたはずの大地。それは、丁度シャフトの向こう側だけが綺麗に切り離され、虚無の世界が広がっていた。


「そ、そんな……。それじゃあ、みんなは……」


「…………。無事を祈るしかないが……戻ってくる保障もない。何しろ、大地が丸ごと崩落したのじゃ。無事で居られるか……」


 風の中、ミュレイは心苦しそうにそう呟いた。私は手すりに拳を叩きつけ、強く歯を食いしばった。これが帝国のやり方だというのならば、一体何が狙いで何を成す為にそんな事をしたというのだろうか。一体どれだけの数の人間が死に、どれだけの悲しみが世界にばら撒かれたのだろうか。

 ウサクもゲオルクも……。アクティもブラッドも、あの憎たらしいホクトも……。プレートの崩落に飲み込まれ、闇に消えた――それが現実だ。私たちはククラカンを護った。でも、ザルヴァトーレはどうだ? 確かにそれは敵だった。敵だったけどでも、その国に住む人間全てが死ねばいいなんて一度も思っちゃいなかった――。


「戦ってれば、仲間が死ぬかもしれないって! そんな事は判ってたけど……でも……! 誰かを殺すかも知れないって、それくらいの覚悟は決めてたよ! でも……っ!! 何だよ、それ……。何なんだよ、これ……っ」


「昴……」


「ハロルドは何がしたいんだよ!? なんでそんなにこの世界を滅茶苦茶にするんだ!? 皆本当は戦いたくなんかないのにっ!!」


 ミュレイに言ったところでしょうがない言葉……それが次から次に吐き出された。それはきっと私が彼女に甘えているからなのだろう。でも涙を止める事も、言葉を止める事も、今の私には出来そうも無かった。


「…………。そうだ……リフルは? リフルはどうなったの!?」


「落ち着け、昴……」


「落ち着いてなんか居られないよ!! ねえ、リフルは? 彼女は酷い重傷だったんだ。魔力が切れる限界まで時間を止めてたけど……ミュレイの回復魔術なら、彼女を救えたでしょ!? 間に合ったんだよね!?」


 何故か、ミュレイは何も言わなかった。ミュレイがすごい魔術師だっていう事は知ってるし、実際私の足もミュレイが治してくれたのだろう。なのにどうして、ミュレイは黙っているのだろうか。どうして悲しげな目をしているのだろうか。何となくわかっていた。理由も……現実も。今の自分がどれだけ滑稽なのかも――。

 戦えば、仲間が死ぬかもしれない、誰かを殺すかもしれない、そんな事は判っていた。判っていたからやり直したんだ。私は世界の法則を捻じ曲げてまでそれを変えたかった。でも――その結果、私にどんな事が出来たというのだろう。


「…………助けられなかった」


 それ以上聞きたくなかった。でも――ミュレイは言葉を続けるから。


「リフルは……手遅れじゃった。彼女は……助けられなかったよ……」


 風が強く吹きぬけ、私たちの髪を靡かせる。また、護れなかった……そんな事を考えた。死んでしまう誰かを救いたくて、護りたくて、せっかく力を手に入れても……ほら、やっぱり何も出来ない。私は酷く……酷く、無力だ。

 何故か笑いがこみ上げた。泣きたいくらい悲しいのに、どうしてだろう? 笑うことしか出来なかった。その場に崩れ、私は空を仰ぎ見る。愚かな私を見下し嘲笑するかのように、皮肉にも空は真っ青だ。とても澄んだ……夜明けの青空。眩しすぎるその景色に私はそっと瞼を閉じた――。




絆(1)




 目を覚まして最初に見た景色――。その悲惨すぎる光景にシェルシはただただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった……。

 崩れ果てたかつての水の都、積み重なった瓦礫とプレートの残骸……。シェルシはただただ立ち尽くす。全身に付着した砂も埃も気にはならなかった。煤けた頬を涙が伝い、その跡をはっきりと記す。姫は両膝を付き、かつて己が暮らした美しい都だったものを前に風に吹かれていた。


「…………。姉上……? ステラ……?」


 はっとして立ち上がる。何故――。何故自分は生きているのだろうか。周囲を見渡しても、生きている者など誰も居ない。ただ一人だけ生き残った……そんな考えが脳裏を霞め、酷く胸が苦しくなった。あんなにも止めたかった戦い……護りたかった国、命。全てはまるで泡沫の夢のように消え去った。残酷な現実に打ちのめされ、もう一歩も動けそうになかった。それでも何故か、また足を踏み出す。

 歩いて歩いて、生きている人を探した。どこにも、誰も、そこにはいなかった。瓦礫をひっくり返すと、ルーンリウムの住人の死体が隠れていた。涙を堪え、シェルシは懸命に歩いた。幼い頃何度も通ったあの丘も、嫌な思い出も素敵な思い出も一緒に詰まった城も、高い城壁もあの教会の鐘も――。全ては崩れ去り、跡形も無く崩れ去っていた。頭を抱え、声にならない悲鳴を上げる。頭がおかしくなりそうだった。過酷な目の前の景色は、少女の思考の許容量を大きく超えていた。誰がこんな事になる事を予想しただろう? 水の都は消え去り、残ったのは死の大地――。何も見たくなくて、何も聞きたくなくて、目も耳も塞ぎたかった。だというのに何故かまた歩き出す。記憶の中、かすかに残っている。落下の最中、ホクトが傍に居てくれた事。彼の剣が輝きを放ち、闇の閃光が青空をすべて飲み込んだ事――。ツギハギだらけの思考の中、捜し求めるのはホクトの姿だった。だからまた、歩き出す。


「ホクトーッ!! いるんでしょう!? 生きて、いるんでしょうっ!? どこですか……? どこにいるんですか!? ホクト! ホクト――ッ!!」


 乾いてへばりつく喉から懸命に声を放った。何の返事も聞こえない死の世界に少女の叫びがこだまする……。涙を拭い、シェルシはまた歩き出した。両手も両足も傷だらけだった。爪が割れ、血が滲んでも歩き続けた。ホクトを……彼を求めて。

 やがてその願いは叶えられた。ホクトはシェルシの視界に現れ、教会の鐘の傍にうつ伏せに倒れていた。慌てて駆け寄ろうとしたシェルシは二度転倒し、それでもはいつくばって近づいていく。ホクトの背中は黒く焦げ、服は燃え、体中が切り刻まれていた。それが自分を庇った傷なのだと理解した時、言葉に出来ない切なさが全身を駆け巡るのを感じた。

 傷だらけの男をひっくり返し、抱きかかえる。ホクトはまるで死んでしまったかのようにぴくりとも動かず、呼吸も完全に止まっていた。シェルシは無我夢中でホクトの胸に両手を当て、心臓マッサージを繰り返す。躊躇も無く唇を重ね合わせ、人工呼吸も行った。それでもホクトは目覚めない。最悪の悪寒が脳裏を過ぎり、シェルシはわけもわからずホクトの顔を叩いた。


「ホクト……ホクトッ!! お願い……お願いだから、目を開けて……。お願いです……。ホクト、貴方は大丈夫だって……だいじょぶだって、ゆったじゃないですかあ……っ」


 胸にすがり、堪えきれなくなった涙をぼろぼろと零しながら姫は動かない剣士の手を握り締めた。きつくきつく、出来る事ならば己の命を分け与えたいと願う――。ホクトにずっと会いたかった。彼の声が聞きたかった。彼が自分を護ってくれた時、心の底から安心出来た。あんなに絶望的な状況だったのに、“大丈夫”の一言で全ての不安が吹き飛んだ。


「貴方が……貴方が居なくなったら私……っ! ねえホクト、もう一度私を叱って……? また剣の稽古をつけて下さい……。下らない事で言い争ったり、一緒に食事したり……。私、やっと判ったんです。貴方に聞いて欲しいんです。私、貴方が居なくなったら……きっと、生きていけないくらい、貴方の事が……っ」


 じっと、ホクトの顔を覗き込む。もう死んでしまったのだろうか。もう悪態をついてもくれず、優しく頭を撫でてもくれないのだろうか……。悲しくて苦しくて、言葉に出来ない絶望が全身を駆け抜けた。止まらない涙……しかしその雫がホクトの手に零れ落ちた時、男はそっと目を開いたのだ。


「…………。よう……。無事か……メイド……プリンセス」


「ホクト!? あ、貴方……心臓がっ!」


「止まってる、らしい、な……。やば、い……。これは…………死ぬかもわからん……」


「冗談を言ってる場合じゃないんですよ!? 早く手当てをしないと……!」


「シェルシ、冗談じゃないんだ。よく、聞いてくれ……。俺は……多分、身体はもう、死んでる……」


 ホクト――ヴァン・ノーレッジの肉体は既に生死という概念を超えて存在している――。その身体が損傷しようと機能が停止しようと、ガリュウに捕食された“魂”のストックが肉体を再生し、仮に意識が消え去ったとしてもその代わりに何者かの意識を宿し、再び肉体を活動させるのだ。

 故にホクトは絶対に消滅しない。だがその身体は確かに死に至るし、意識も永遠ではない。ホクトの身体は本来ならば即座に修復が開始され、今頃平然としているはずだった。しかしプレート崩壊時、仲間を助ける為に自分で封じていた力の全てを解放してしまったのだ。

 その代償として、ホクトは己の中に宿っていた魂のストックを多く消費し、そしてガリュウを扱う肉体の魔力も底を尽きてしまっているのである。生命力であると同時に魔剣、魔術の源でもある魔力が枯渇している事により、ガリュウの復元能力が働かず再生も追いつかないのである。


「魔力の枯渇……!? じゃあ、それを何とかすればホクトは助かるんですね!?」


「……気軽に、言うな……。魔力を回復なんて、そんな簡単に……出来ねえよ……」


「――いいえ、出来ます。ガリュウに魔力を与える……それだけでいいのなら」


 シェルシは涙を拭い、強く微笑んだ。そうしてホクトの握り締めていたガリュウを持ち上げ、自らの両手をホクトの手に重ねる。見ればシェルシはじっとりと汗をかき、肩で深く呼吸を繰り返していた。シェルシが何をしようとしているのか判らないホクトの目の前、姫は凶行に走る――。

 姫は抱きかかえるようにしてガリュウを己の身体に突き刺し、苦痛に顔をゆがめたのである。少女の小柄な身体に対し、その剣は余りにも凶悪で巨大すぎた……。血が止まらず、シェルシは口から大量の血を流しながらホクトに微笑みかけた。


「お……いッ!? 馬鹿野郎、何してやがる!?」


「ガリュウは、人の命を喰らう剣……。なら、私の命を貴方に……」


「ふざけるな!! 冗談じゃねえ、てめえ……ッ!? 今直ぐ止めろッ!!」


「やめません……」


「止めろって言ってるんだッ!!!!」


「やめません――ッ!! 貴方が死んでしまうくらいなら私……ここで死んだ方がマシです!!」


 シェルシが叫ぶと同時にガリュウに魔力の光が戻り、剣が目覚めるようにして目を開いた。ガリュウの刃を抱くようにしてシェルシは微笑み、それから目を閉じる。


「さあガリュウ……。貴方の、主を……。貴方の力で、癒して……」


 元来持つシェルシの純度が高く膨大な量の魔力を浴び、ガリュウは見る見る力を取り戻していく。魔力を吸い取られる度にシェルシの全身に激痛とも快感とも取れるような異常な感触が駆け抜け、うめき声が漏れる。それとは対照的にホクトの身体は徐々に回復し始めていた。


「シェルシッ!? くそ、ガリュウ……止めろ!! ヴァン!! てめえ……ッ!! 止まれっつってんだろがァッ!!」


 徐々に身体が動くようになり、ホクトは身体を震わせながらもゆっくりと起した。そうしてガリュウの柄を改めて握り締め、シェルシに顔を寄せる。二人の命は今剣を伝って一つに繋がっており、互いの命の力がまるで自分の事のように感じることが出来た。


「落ち着け、シェルシ……! ガリュウをコントロールして、お前の体の“修理”も同時に行う……! ちっとばかし障害が残るかもしれねえが、文句は後で聞くぞ……ッ」


「判りました……。貴方に、任せます……」


 そこでついに耐え切れなくなったのか、シェルシは目を閉じてふらりとホクトに倒れこんだ。その身体を抱き留め、ホクトは剣に意識を集中する。自分以外の物を治すなんて事は試した事もなかったが、ガリュウによって侵食したシェルシの肉体を一度ガリュウの一部として術式化――。それを魂のストックで修復すれば、或いは――。思考すると同時に作業を行い、ホクトが常人ならざる集中力でシェルシを癒していく。


「頼むぜ、相棒……? こんな所で死なれちゃ困るのは、お前だって同じだろ……! シャナクと約束したんだ……娘を護るって。ミラと約束したんだ……! もう、こんな事は起さないって……! 後悔してるなら、なんとかしてえなら、気合でどうにかしろよヴァン……!! 俺の命――テエメに預ける――ッ!!」


 ガリュウが目を見開き、大地に黒い魔法陣が浮かび上がる――。光の中でホクトは強くシェルシを抱きしめていた。お互いの存在を確かめ合うかのように。彼女の存在を、心に刻み付けるかのように。人の気も知らず、シェルシは安心しきった様子で寝息を立てている。それがホクトには少々憎たらしく――そしてとても心強かった。信じてもらえるのならば、きっとミスはしない。力は何倍も発揮できる。それをガリュウは――ヴァン・ノーレッジは、知っているから――。

 闇の光が姫の身体を包み込み、瓦礫の世界の中に光が立ち上った。優しい力の中、シェルシは確かに見た気がした。ホクトが懸命に自分を治すその向こう――。微笑んでいる、紅い髪の姫の姿を――。


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