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螺旋ノ刻(2)

「さーて、まあ普通に考えてこのままシルヴィアの所まで行けるとは思っちゃいないんだが……」


 ルーンリウム城、玉座へと続く回廊――。ステンドグラスから無数の光が差し込む長い長い一本道。その道を阻むかのように中央に立つイスルギの姿があった。

 イスルギの傍らにはネーヴェの姿もあり、完全にホクトたちの動きは読まれていた様子である。というのも、ネーヴェはこの城の中に敵の侵入を察知する術式を施しており、その当然の警備の結果であった。しかしそれを周囲に知らせなかったのにはそれなりに理由があった。


「来てしまいましたか……兄さん」


 心苦しそうなネーヴェの表情にホクトはしばし思案する。それから振り返り、ブラッドの顔を見やった。ブラッドは首を横に振る。すると二人同時に消去法として最後の一人へと視線を向ける事になった。二人の間に挟まれたゲオルクは冷や汗を流しながら黙り込んでいる。


「兄さんって……あんたの事じゃねえのか、おっさん?」


「…………ああ、まあな……」


「まあなって……ええっ!? あれってザルヴァトーレのお姫様かなんかなんじゃないかしら……?」


 腕を組み、黙り込むゲオルク。その煮え切らない態度にネーヴェは不満そうに目を細め、前に出た。虚空から杖を取り出し、それを片手で構えて見せる。


「貴方達は何も判らずに彼と同行していたのですか……? 彼の名は……ゲオルク・ルナリア・ザルヴァトーレ……。ザルヴァトーレの第一王子なのですよ」


「おぉっ!? おっさん、王子だったのかッ!?」


「……王子って柄じゃないわね……」


「う、うるさいな……。だから言いたくなかったんだ。それにその名前は既に捨てた名だ。そこのククラカンの王子と同じでな」


 ゲオルクが視線を向ける先、甲冑に身を包んだイスルギが佇んでいる。ホクトとブラッドは再び顔を見合わせ、それからイスルギを指差した。


「「 あっちのイケメンはまあ、王子でも許せるな 」」


「どういう意味だ――?」


「っていうか待て、どういうこっちゃ? なんでククラカンの王子がザルヴァトーレにいて、ザルヴァトーレの王子がククラカンにいるんだ?」


「そういう古いしきたりがあったんだよ」


 嫌々、ゲオルクは自分達の境遇を語りだした。ゲオルク・ルナリア・ザルヴァトーレはザルヴァトーレの第一王子。そしてイスルギ・ヨシノとはククラカンの第一王子である。二つの国には古くから王子として生まれた男子を入れ替えて育てるという風習があり、それは現代でもひそかに継続されてきた儀式の一つなのだ。

 遥か古の時代、二人の王は一つの国を治めていた。“管理者”としての資質を持つのは女性のみであり、故に必然的に王は女……女王となる。王位につくことの出来ない王子は、女王となるべき姫をその身を挺して護る事を義務付けられており、それに伴い王子は常に武に長けていなければならなかった。

 そんな王子を二国の間で入れ替えるのは、それぞれの国の人質という事であり、そして視察役でもあった。二つの勢力の拮抗を護る為に必要な使者――それが王子の役割だったのである。イスルギとゲオルクはそれぞれが互いに敵国に預けられ、そこで姫を護る騎士として育った。そうする事が王子の義務であり、誇りであるが故に……。


「だからおっさん、この城にやたら詳しかったのか」


「俺がこの城を離れる時使ったのがあの通路だからな……」


「その王家に纏わる秘密の通路を教え、侵入を進んで導くとは……。兄さんにはもうザルヴァトーレの王子として、国を護ろうという自覚はないのですか……?」


「そうではない、ネーヴェ。俺は俺なりに色々と考えた結果だ。勿論今の主であるミュレイの為に全力を尽くすのは当然の事、ザルヴァトーレにも良い方向に進んで貰いたいと願っている。そっちの王子なら俺の気持ちも判って貰えるだろう」


 ゲオルクの発言にイスルギは手を腰に当て、黙って目を閉じていた。当然、その気持ちは判らないはずがない。二人は今日まで私情を押し殺し、役割に徹してきたのだから。当然祖国を思う気持ちはある。だが――二人には互いに護るべき姫が居た。

 姉からも見捨てられ、一人で部屋に閉じこもっていたシェルシ……。彼女を護り、笑顔にする為にイスルギは今日まで戦ってきた。単に彼女の為……。彼女の幸せの為に。古き因習の所為で大切な祖国から引き離された王子が見つけた、敵国の一輪の花――。国よりも己よりも、ただ彼女を護る事こそ神託なのだと信じた。

 今日まで戦ってきた事に後悔などない。そしてかつての祖国を相手に戦う事にも迷いなどありはしない。ゲオルクもそれは同じ事である。今は立場が違っている。だからこそ、やらねばならない事がある。

 かつて何もする事がなく自堕落に生活していたゲオルクに懐き、あれこれと忙しく世話を焼かせてきたミュレイ。だがその忙しさが彼を虚無の気持ちから救ってくれたのだ。ゲオルクとイスルギ、二人は互いに護るべき姫を違えたのだ。だが今はそれが正解であり、それこそ唯一無二――。是非もない。


「余計なお喋りは無意味だ、ネーヴェ。私はザルヴァトーレ騎士団長として、奴らを討つ……それだけだ」


 魔剣アルテッツァを装備するイスルギ。それに対応し、ゲオルクも魔剣を構える。二人の王子の睨み合いをネーヴェは見つめ、悲しげに唇を噛み締めている。ホクトはぽりぽりと頭を掻き、その脇をこっそり抜けようと歩き出した。


「どこへ行く、魔剣狩り」


「……だって俺ら蚊帳の外だもん、別にいいだろ? おーい、おっさん! 俺こいつ苦手だからあんたに預けるわ!」


「おい……いくらなんでもお前……テキトーすぎるだろう」


「私とホクトでシルヴィア王は何とかしておくから、あんたはあんたでそいつをなんとかしといて頂戴」


 ブラッドまでホクトと一緒にこそこそと移動を開始し、二人は一気にその場を駆け抜けていく。それを背後から追撃しようと槍を構えるイスルギへ、ゲオルクのハンマーが振り下ろされていた。叩きつけられる衝撃を盾で防ぎ、イスルギは振り返る。二人の王子は互いの獲物をぶつけ合い、一歩引いて互いに構えなおした。


「どうやらここが俺の持ち場らしい。お互い色々と言いたい事もあるだろうが、預けてもらおうか」


「…………。ネーヴェ、奴らを追え。ここは俺が引き受ける」


「し、しかし……」


「シルヴィア王の安全が最優先だ。それともお前はまだ、この男に対して未練でもあるのか?」


 イスルギの言葉でようやく決意が固まったのか、ネーヴェは振り返って走り出す。その姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなった頃……。互いに懐かしい記憶が混ざり合う回廊の中、二人の王子は魔剣を掲げた。


「どうやら妹が迷惑をかけているようだな」


「…………それはこちらこそ、だ」


「フ、まあそういう事か……。さて、いい加減お互いにこの国同士のいさかいで人生を左右されるのもウンザリしている頃だろう? 決着という奴をつけようぜ」


「…………国にも己にも興味はない。私はただ、姫を護る盾であり剣……。だが、今だけは私自身の命を賭して応えよう。往くぞ、ゲオルク・ルナリア・ザルヴァトーレ……。イスルギ・ヨシノ……いざ、参る!」


「正々堂々――ってやつか」


 盾から切り離したランスを片手にイスルギが走り出す。それに応えるようにゲオルクもまた槌を振り上げ、二人の王子は正面から全力で得物を敵へと叩き込む――。

 



螺旋ノ刻(2)




「う、うーむ……ここが、こうで……。だめじゃ、魔術と違って何がどうなってるのかさっぱりわからん……」


「おいおい、勘弁してよ……。ミュレイが何とかしてくれないともうどうしようもないんだよ?」


 “太陽”、ホルスジェネレータ、コントロールルーム……。端末とにらめっこするミュレイは室温のせいでだらだらと滝のように汗を流しながら戸惑いつつ人差し指一本で立体キーボードを操作していた。隣からロゼがその操作をサポートしているのだが、如何せんミュレイが機械オンチすぎて作業はなかなかはかどりそうもない。


「急いでよミュレイ……。リフルたちがどれくらい持ち堪えられるかだってわかんないんだしさ……」


「わ、わかっておる! そう急かすな!! ええい、あっちい――――ッ!!!!」


 汗を迸らせ絶叫するミュレイ――。そのコントロールルームの外では昴とリフルが防衛戦を繰り広げていた。リフルの構えた響魔剣グラシアがメロディを奏で、衝撃が次々に剣誓隊を弾き飛ばしていく。崩れた陣営に昴が切り込み、次々に敵の武装を破壊して持ち堪えていた。


『流石に数が多いな』


「だがこの直進通路ならば持ち堪えられるだろう。尤も、敵もこのまま引き下がるとは思えんが……」


 リフルの呟きの通り、剣誓隊もこれで全力というわけではない。前線で倒れていた魔剣使いたちを抜け、最前に出てくる魔剣使いの姿があった。昴は一度煮え湯を呑まされたルキア――そしてエクスカリバーシリーズの一つを持つエレット少佐である。昴はユウガを鞘に収め、滴る汗を拭いながらルキアをにらみつけた。


「また会ったね、白騎士……」


『ルキアか……。今日は一人だけか?』


「さあ、それはどうかなあ……? ふふふっ」


 不気味に笑ってみせるルキア。昴は鞘に収めたままのユウガを握り、居合いの構えでそれに応じる。すると飛び出したのはルキアではなく、その傍らに立っていたエレット少佐であった。


「先日は良くもエクスカリバー隊をいじめてくれましたね! エクスカリバーシリーズを持つ者として許しません!!」


『…………』


「なんだ、あれは……。知り合いか?」


『いや……。しかも弱そうだ。どうしてルキアはあれを一緒に……』


 二人がひそひそと話し合う最中もエレットはなにやら喚いていたが、二人とも暑さと疲労もあってあまりまともに聞いてはいなかった。エレットはエクルカリバーを構え、滝のように汗を流しながら肩で息をしている。


「帝国の浄化作戦を邪魔する人間は誰一人として容赦しません!! さあ、どこからでもかかってきなさい!!」


「じゃあ遠慮なく」


「わぷっ!?」


 リフルが音響の弾丸を放つと、エレットはそれを顔面にまともに食らってばったりと倒れこんだ。リフルと昴が驚愕の余り完全に停止しているとルキアが咳払いし、再び緊張感が仕切りなおされた。


「兎に角、これ以上スパイラルへアクセスされるわけにはいかないから……。通らせてもらうね」


「誰が通すと言った?」


「ルキアが通るって言ったら通るの――。行くよプリメーラ……。封印術式開放――!」


 浮かび上がる巨大な剣――その刀身に術式の紋章が浮かび上がり、光と共にそれが姿を変えていく。空中にばら撒かれた紅い光は血の色をした薔薇の花弁――。剣はその姿を異形へと変化させる。全長2メートル程度の怪物……。人の形をし、拘束具の上から鉄のドレスを着用した女性……。剣から異形への極端な変化に昴もリフルも驚きを隠せなかった。

 ルキアはプリメーラの伸ばす長く巨大な腕にすがりつき、すりすりと頬を寄せて笑う。プリメーラはまるで我が子に触れるかのような優しい手つきでルキアの頭を撫でると、それから包帯まみれの顔をぐるりと昴たちへ向けた。


「人魔剣プリメーラ……。これがルキアの魔剣の本当の姿にして能力……。プリメーラはルキアのママなの。ママはルキアがお願いする事はなんでもしてくれるのよ……」


「あれが将軍クラスの魔剣か……。異常、だな……」


『魔力の大きさだけならSランクに匹敵する、か――。手は抜けそうにないな』


 昴が剣を構え、ルキアへと走り出す。それに反応するかのようにプリメーラはその両腕を広げ、ぎこちなく何度か身体を揺らして前進する。昴が放つ斬撃に対し、プリメーラはその場に立ったまま上半身だけを高速で回転させ、その長い腕を昴の身体へ叩き込む。想像以上の物理攻撃に昴の身体は吹き飛ばされ、壁に激突しても止まらずそのままリフルの遥か後方まで弾かれていく。


「昴!?」


 プリメーラは上半身を高速回転させ、通路の左右の壁をガリガリと削りながらリフルへと迫る。リフルはグラシアの音響攻撃でそれを迎撃するのだが、並大抵のダメージでは圧倒的な火力の前にかき消され、音の衝撃も弾かれてしまう。

 直進通路故に回り込むことも出来ず、逃げ場も無い――。迫った攻撃にリフルは後退し、壁に叩きつけられて立ち上がった昴の隣に立った。仮面を吹き飛ばされた昴は額から血を流しながら再び冷静に剣を取る。


「つ……ッ! なんだ、あの馬鹿力……ッ」


「流石に“魔剣”だな。硬度も物理攻撃力もそれそのものだ」


「ほーら、早く逃げないと挽肉になっちゃうよ……♪」


 ルキアは轟音と共に前進するプリメーラの背後から楽しげに声を上げた。リフルと昴はその能天気な様子に舌打ちし、互いに握り締めた剣を手に再び怪物と見える――。




「居たーっ! シェルシ、大丈夫!?」


「アクティ……それにウサク? ど、どうしてここに……?」


 牢屋の中、膝を抱えていたシェルシが顔を上げるとそこにはウサクとアクティの姿があった。静まり返った牢獄の中、ウサクが腰に差した小刀を抜き、素早く格子を切断してみせる。漸く窮屈な牢屋から外に出る事が出来たシェルシはほっと胸を撫で下ろし、それから二人を交互に見やった。


「助けてくれてありがとうございます。それより、二人は……?」


「あんまりノンビリ説明してる暇はないんだけど、ホクトたちと一緒に――!?」


 そこで言葉が途切れたのは、遠く――玉座へと向かう通路から轟音が鳴り響いたからである。凄まじい衝撃と物音に三人とも目を丸くしたが、シェルシはそれで大体状況を把握した。


「戦っているのですね、ホクトたちが……」


「そのようでござるな……。然らば、シェルシ殿も早くここから脱出を……」


「いえ、私はシルヴィア王の所へ向かいます!」


 拳を握り締め、シェルシは真っ直ぐな目で宣言した。困った様子のウサクの隣、アクティがむすっとした表情でシェルシに迫る。


「あのね……。あんまりこんな事言いたくないけどさ、シェルシが捕まった所為で色々とこっちだって困ってたんだよ? ホクトは焦ってるし、シェルシを探しにわざわざ別行動まで取ったんだからさ。また捕まっちゃったらホクトたちの足を引っ張る事になるよ」


「う……。そ、それはそうなんですけど……。でも、ホクトが姉上と戦っているのならば余計に黙っては居られません! 私には二人の戦いを止める義務があるんです!」


「と、申されましても……。うむむ、さてどうしたものか……」


 ウサクが腕を組み考え込み始めた時、静まり返った牢獄の中に足音が鳴り響いた。一歩も動いていない三人の物ではないことは明らかであり、当然同時に振り返る事になる。差し込む遠い日の光の中へと足を踏み入れた第四の登場人物はゆっくりと顔を上げ――その真紅の瞳を輝かせた。


「って……あ、あれは……!?」


「ウサク、見覚えがあるの?」


「見覚えがあるもなにも……。奴は、姫様を執拗に狙ってきた暗殺者でござるよ!」


 白いマントを纏った、機械の頭部を持つ暗殺者――。紅く輝くカメラで三人を捕らえ、巨大なチェーンソー型の魔剣を片手に迫る異様な姿は一度見たら忘れられそうにもない。唸るエンジンを高鳴らせ、刺客はじりじりと三人に迫ってくる。


「ザルヴァトーレの魔剣使いって事? シェルシ、知ってるの?」


「え……? ザルヴァトーレに魔剣使いは、イスルギと王族しか居なかったような……。それにあの装備、明らかにザルヴァトーレのものじゃないです」


「そ、そうだったんでござるか!? じゃああれ、一体何者で……!?」


 三人がそんなやり取りをしている間に刺客はチェーンソーを片手に引きずりながら猛然と駆け寄ってくる。それをアクティがライフルを構え、引き金を引いて応戦する。ウサクは両手に小刀を対に構え、シェルシの背中を押した。


「ここは引き受けるでござるよ! シェルシ殿は早くホクト殿の所へ!!」


「で、でも……」


「ホクトはシェルシの事を心配してたんだよっ! ホクトの所まで行けば、あとはホクトが何とかしてくれる! ここはボクたちで何とかするから、早くっ!!」


 刺客は弾丸をチェーンソーで弾き、ウサクへと襲い掛かる。防御に使った小刀が一撃で圧し折られ、しかしウサクは体勢を崩しつつもクナイを投げて応戦する。クナイに結ばれた鋼糸はチェーンソーの刃へと絡みつき、その動きを止めた。

 すかさず二人に分身したウサクが左右から遅いかかり、同時に刺客を蹴り飛ばす。シェルシはその戦いを見て後ろ髪を引かれつつ、慌てて地下牢から走り出した。背後でガトリング砲の発砲音が聞こえ一度足を止めたが、今は二人を信じるしかないと走り出した。

 目指す王の居場所まで、道は完全に覚えている。長い金髪をはためかせ、シェルシは走る。轟音と衝撃が響くその渦中こそ、戦乱の中心……そして大切な人が待つ場所なのだから――。

 シェルシが目指す玉座、そこでホクトと剣を交えるシルヴィアの姿があった。ホクトのガリュウとシルヴィアのエリシオン、二つの大剣は激しく火花を散らし、派手に打ち合い戦いを繰り広げる。シルヴィアもホクトも、ただ刃を収めて全てが終わるとは思ってはいない。戦わねばならない事もあり、そして今こそその時なのだ。

 最強と呼ばれる七人の魔剣使い、その一角がこうして正面から衝突する事が歴史上何度あっただろうか? 数えるほどしかなかった死闘――。二人は刃を打ち合わせ、鍔迫り合いをしながら顔を近づける。

 ステンドグラスからは七色の光が降り注ぎ、太陽と月の伝承をモチーフにした壁画に二人の影が伸びる。シルヴィアは笑い、そしてホクトも笑っていた。二人は同時に身を離し、後方に着地する。


「ふん、腕は落ちていないようだな……魔剣狩り」


「強がるね~? 俺の能力は大体わかってるんだろ? 一人で俺を殺しきれると思うのか?」


「そんな事は私も考えていない。だからこそ、応援を読んである」


 二人の間、大地に魔法陣が浮かび上がる。それだけで既にげんなりした表情のホクトの目の前、転移されてきたステラが既に武装状態で立っていた。何故行き成り武装状態なのかホクトにはわからなかったが、一応彼女なりに不意打ちに気をつけた結果であった。


「出やがったな、うさ子……」


「うさ子ではありません、ステラです。ここで会ったが百年目ですね、ヴァン・ノーレッジ」


「ヴァンじゃねえホクト君だ……ったく。おーい、ブラッド! 手ぇ貸してくれ!! 流石にこれ相手で一人は辛い!」


「しょうがないわねえ……。まあ、一応これで最終決戦なんだし、手を貸してあげるわよ」


 ブラッドが細長い魔剣を召喚し、それを片手にホクトの隣に並ぶ。ステラは一度背後を顧みてシルヴィアの無事を確認すると、それからホクトへと片手を差し伸べた。


「魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジ……。シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレはどこですか? 貴方の所為で私の思考プログラムには大きな支障が出ています。私は早くその異常をこの手で正したい」


「シェルシの居所なんて俺が知るかボケ……。つーか、やっぱりお前はステラであってうさ子ではないんだな」


「当然です。そのうさ子という間抜け極まりない名前は不快でしかありません」


 バイザー越しにステラが睨みを効かせる。ホクトは溜息を漏らし、肩を竦め……それから目を閉じた。うさ子――。共に暮らし、共に戦ったかつての仲間……。記憶喪失でなければ絶対に笑いあうことの出来なかった敵。だがそれでもシェルシは彼女を信じようとしていた。

 ホクトとて、うさ子の事が嫌いなわけではない。ただ身体中に眠るヴァン・ノーレッジとしての魂がそれを破壊しろと叫ぶのだ。今も構えたガリュウが疼き、その瞳はステラを捕食しようと狙いを定めている。所詮、互いに争うしかない定め……。ステラはこれがあるべき姿なのだ。あの子供のように無邪気に笑い、はしゃいでいたうさ子の姿が異常だったというだけの話――。

 寂しくないと言えば嘘になるだろう。だが、それはそうなるべくしてなった事……。うさ子と過ごした僅かな日々も、その前の殺し合いの日々も……。こうして戻ってきた敵としてのステラも。全てはそう在るべくして在るもの――。

 ふと、脳裏にシェルシの寂しげな顔が思い浮かんだ。戦わないでと彼女は言った。うさ子は自分を助けようと、インフェル・ノアから脱出させてくれたのだと。だが、結局うさ子の意識は消え、ここに残っているのはステラだけである。

 目を開き、その時には既にホクトの瞳から迷いは消えていた。ホクトとしての軽い冗談交じりの眼差しはそこにはなく、在るのはただ魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジとしての破壊の眼差しだけである。ホクトは両手で改めてガリュウを上段に構え、ステラを見据えた。


「――俺はシェルシと違って甘くはないぞ、ステラ。お前とは色々あったが……その因縁もそろそろお終いにしようや」


「望むところです。貴方を駆逐し、私は私を正常化する――。かかってきなさい、魔剣狩り。天駆ける雷神の御手にて貴方を裁き、その罪を清算しましょう」


「やれるもんならやってみな、“番犬”――。ガリュウ、封印術式開放――。コード“剣創ロクエンティア”……はつど……ッ!?」


 ガリュウの力を解放しようとして、漸く気づく。ガリュウの魔力が制御不能に陥っている事に――。所謂暴走状態……制御しきれないガリュウの内側から溢れてくる憎悪の感情にホクトは目を細めた。冷や汗がぽたりと零れ落ち、それを合図としたかのようにどっとガリュウの口から数え切れない魔剣が溢れかえった。

 それは最早怪物――。突然の事に驚く一同の前、ホクトは完全にガリュウに飲み込まれつつあった。ぎらぎらと輝く視線でステラを睨み、異常に肥大化したガリュウと一体化した腕を向ける。


「――Sランク魔剣ガリュウ、回収します」


「あら、流石にちょっとはいそうですかってワケにはいかないのよね……! しっかりしなさい、ホクト!」


「判ってる!! ステラとシルヴィア、二人をこの状態で相手にすんのか……。やっぱちゃんと調整してくるんだった……!」


「人の城で勝手にごちゃごちゃと何をしている? かかってこないのならばこっちから行かせてもらうぞ、下郎――ッ!!」


 四人の魔剣使いが同時に動き出した。黒い魔龍が魔剣を吐き出し、ステラはその中を掻い潜っていく。ブラッドが斬撃を放ち、シルヴィアは剣の雨を魔力障壁で弾きながら前に出る。ザルヴァトーレとククラカン、そして様々な因縁を乗せた運命の戦い……それが今、始まろうとしていた――。



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