愚者の行軍(5)
「こういう出会い方でなければ、気が合っただろうにな」
残念そうに呟くゲオルクの正面、貴魔剣アルテッツァで武装したイスルギの姿がある。二人はお互いの王を護る為に魔剣を構築し、戦場の中でこうして相対する事となった。
お互いに向かう先が同じである以上避けて通る事は出来ないだろう。そして刃を交える事も避ける事は出来ない――。白き甲冑の騎士は盾を降ろし、何故か敵であるはずのゲオルクへと視線を向ける。二人の間にあるもの、それは不思議と敵意とは異なる感情だった。
「出来れば、貴様とはこうして戦場で出会いたくはなかったものだ……ゲオルク」
「それは俺も同じだ。同じく王を護り、同じ立場にある俺とお前……。お互い、国の古き因習に囚われた哀れな道化だ」
「…………。貴様には、私を殴る権利がある。私はシェルシを守り通す事が出来なかった。シェルシは結局、ハロルドの所に連れて行かれてしまった。彼女を護る事……それが私の役割だったというのに」
「責めるつもりはないさ。例え俺でも同じ事を選択しただろうからな……。それに、彼女は――いや、お喋りはこのくらいにしておくか」
ゲオルクが墜魔剣バサラを構え、イスルギも槍と盾を手に頷いた。課目な戦士の僅かばかりのやりとり……その中に込め切れなかった思いは、すべて刃に乗せるのみ――。
二人の団長が走り出し、互いの武器をぶつけ合う。その背後、ミュレイとシルヴィアは壮絶な死闘を続けていた。炎の魔術師が放つ爆炎と騎士の王が放つ斬撃、互いに一歩も引かぬ世界最強クラスの魔剣使いの戦い……。決着はつかず、互いに後は精神力だけの戦いとなりつつあった。
そう、力は完全に拮抗している――しかし僅かにミュレイの方が魔力の消耗が激しい。一方シルヴィアはあれだけ贅沢に魔力を放出し、攻防を動かしているというのにいつまでもスタミナを切らす気配が無い。元々動く事には慣れていないミュレイはシルヴィアのタフさに一歩リードを奪われていた。
「どうしたミュレイ! 疲れが見えるぞッ!?」
「く……ッ!? この、体力馬鹿が……!!」
魔法の炎を受けながらも障壁を張り、強引に突っ込んでくるシルヴィア。その潔い突撃からはこれでケリをつけるという強い意志と迫力が感じられた。ミュレイは汗を迸らせながら大魔法を詠唱するが、放たれた炎の龍をも掻い潜りシルヴィアは大剣を振り上げる。
「終わりだ、ミュレイ――ッ!!」
振り下ろされる刃――。直接攻撃を防ぐ手段、ミュレイは魔力障壁しか持っていない。だが強力な威力にさらに魔力を上乗せしたこの物理攻撃は明らかに許容量を超えてしまっている――。防御しきれない、そう判断し背筋に死の予感が走った……その時である。炎の姫の背後から飛び出し、白い刃で大剣を受ける騎士の姿があった。
白い甲冑――。一度は砕けた仮面――。それらは調整を加えられ、メリーベルの手で再び生まれ変わった。紅い袴を棚引かせ、騎士はシルヴィアを蹴り飛ばす。距離を置いたシルヴィアは大剣を肩に乗せ、それから眉を潜めた。
『遅くなってすまない、ミュレイ……。怪我はないか?』
「……昴……!? お主、もう怪我は良いのか!?」
『メリーベルの腕は本物だよ。もう痛くも何ともない……。心配をかけてごめんね』
仮面をつけた騎士は自らの主へと手を差し伸べ、そっと立ち上がるのを手助けした。それからミュレイに顔を寄せ、怪我がない事を確認する。白く輝く魔剣、ユウガを手に前へ。鞘から解き放たれた美しき氷魔の剣――反りに光を弾き、白騎士は身構える。
『シルヴィア王……。私が相手になろう』
「Sランク魔剣、ユウガか……。貴様……ミラ・ヨシノ……ではないらしいな」
『…………。今の私の前でその名前を出すのは止めろ。私はミラ・ヨシノではない。白騎士――北条昴だ』
「ほお、貴様が噂の白騎士……帝国の犬が何故ミュレイの味方をする?」
『私が仕えるべき主にして恩人……そして護りたい人だからだ。王よ、悪いが今の私は機嫌が悪い……。死にたくなければさっさと失せろ』
昴は全身から魔力を一気に解き放ち、ユウガを片手に突っ込んでいく。シルヴィアもそれに応じて剣を振るったのだが、切り払ったのは昴の影だけである。一瞬の時間の停止と再生の間にある“認識のズレ”を猛スピードで移動する昴にシルヴィアは追いつく事が出来なかった。
繰り出される鞘の突攻撃――。それが脇腹に直撃し、反撃で繰り出す大剣よりも早くユウガが刃を返し煌いた。肩から袈裟に切り込まれたシルヴィアだったが、直前に身を引いて直撃を避ける。後方に跳躍しつつ、強引に身体を捻り繰り出した横薙ぎの一撃――それを昴は鞘で受け止める。破魔の力を持つユウガの刃は鎧も障壁も関係なく、相手に防御不能の攻撃を繰り出す。そしてその鞘は――やはり全ての魔力動作に関係なく、物理的に攻撃を防ぐ――。
巨大な剣であろうと、ユウガの鞘ならば受け止める事は容易である。相性の悪さを咄嗟に感じ取ったシルヴィアは後退し、肩から流れる血を忌々しく睨んだ。白騎士は刀を鞘に収め、居合いの構えでそれに応じる。
『大人しく降伏しろ、王よ。寄らば斬る――!』
「……成る程、流石に相性が悪い、か……。だが生憎ここで退くわけにも行かないのでな。私は王――決して敗北も撤退も許されぬ」
流れる血もそのままに、シルヴィアは再び剣を構えてみせる。昴もそれに応じ、前に出ようとしたその時である――。シルヴィアの背後、突然浮かび上がった魔法陣からネーヴェが姿を現し、シルヴィアの肩を掴んだ。
「姉上、これ以上は危険です。それにリブレス砦が魔剣狩りによって落とされたという情報が入っています」
「…………チッ。偉そうな事を言っておいてこの様か、帝国め……。だがネーヴェ、悪いがここで退くわけには行かぬ。因縁の対決なのだぞ」
「戦いならば命があれば何度でも出来ますわ。それより、これ以上兵たちに負担をかけるわけには……。増援が見込めない以上、このまま一気にラクヨウになだれ込むのは不可能です」
ネーヴェの言葉を加味し、シルヴィアは改めて考え直す。それから剣を収め、ミュレイと昴を交互に見やった。
「悪いがこの勝負、預ける。決着は我が居城にてつけるとしよう。追って来るがいい、ミュレイ! ふははははっ!!」
「姉上、敵を挑発してどうするんですか……。それでは、これにて失礼します」
ネーヴェが魔術を発動し、二人が同時に姿を消す。それを見届け昴も剣を収める。振り返った昴は仮面を外し、慌ててミュレイへと駆け寄った。ミュレイは疲れた様子で土の上に座り込み、胡坐をかいていた。
「ミュレイ! 大丈夫だった……!?」
「うむ……。いや、正直言うと結構やばかったが……。それより昴、お主の方こそ大丈夫なのか?」
「うん、眼はご覧の通り……かなり精密な義眼を移植してもらったから。それよりミュレイ、前線に出るなんてどういうつもりなの? 危ないでしょ、もう!」
「ははは、すまぬすまぬ……。やれやれ、全く……お主には敵わぬ」
ミュレイを助け起し、昴は優しく微笑んだ。ミュレイはそんな昴の頭をなでなでするのだが、周囲ではまだ戦いが続いており撤退するザルヴァトーレ軍をククラカン軍が追撃している所であった。
「今の話から察するにホクトの方はうまくやったようじゃの。やれやれ……。昴、一度引くぞ。皆の者、深追いはするな! 逃げるというのならば放っておけ!!」
指示を飛ばすミュレイとは離れたザルヴァトーレ軍前線の最後尾本陣、シルヴィアとネーヴェは撤退し戻ってきた。その二人が転送されてくるのと本陣へシェルシが駆け込むタイミングは完全に同時であり、三人は互いの顔を見合わせて驚愕した。
「あら、シェルシ……?」
「愚妹!? 貴様、こんな所で何をしている!!」
「姉上……! 大事な……! 大事な話があって、来ましたッ!!」
「馬鹿が、今更どの面下げて戻ってきた!? 貴様のような愚妹と話すことは何もなーいっ!!」
「と、シルヴィア王は仰っておられるけれど、今は兎に角ルーンリウムまで戻りましょう?」
「う、うん……っ」
「はなせネーヴェ! この軟弱者を今ここで叩き斬ってやる!!」
「はいはい、撤退しましょうね~お姉様」
ザルヴァトーレ軍が撤退していくのを昴とミュレイは荒野に立って見送っていた。とりあえず一つの戦いが終わり、しかしまだ戦争は終わらない。先の長い戦のシナリオにミュレイは頭が痛くなる思いだった――。
愚者の行軍(5)
ザルヴァトーレとククラカンの戦い……。その最初の衝突はククラカン側の優位で幕を閉じた。
ククラカンの姫、ミュレイ・ヨシノ率いるククラカン、ギルド連合の同盟軍は戦力的にはザルヴァトーレに大きく劣っていた物の、ギルドの魔剣使いリフル、ブラッド、そしてもう一人のSランク魔剣使いである昴の参入により、状況は予想以上にククラカン側へと傾く。
対集団戦闘において絶対的な戦闘力を誇るミュレイをシルヴィアが仕留めそこなった事が最大の要因となったのだが、そのほかにも帝国軍がザルヴァトーレを援護出来なかったという要因が絡む。帝国が駐留していたリブレス砦は魔剣狩り、ホクトたちによる襲撃で機能停止。帝国軍戦力運用の要であった空母が撃墜された事により帝国の機動力は一気に激減する。
転送装置を奪われた帝国は、一旦ザルヴァトーレ王都であるルーンリウムへと撤退……。それに伴い、前線は大きくその旗色を変える。ククラカン側はかつてザルヴァトーレ軍が陣取っていた領土に本陣を置き、国境線を越えて一歩身を乗り出した布陣を敷く。出鼻をくじかれたザルヴァトーレ軍はククラカンの進行を阻止するため中央ルートに戦力を集中させ、リブレス砦は放置。帝国軍は増援を要請し、インフェル・ノアより後続の部隊が次々と戦場に投入された。
これを受けククラカンはリブレス砦と前線本陣の二点を重点的に防衛。その間に和平交渉を行うも、それは決裂する――。帝国側の空母と自立兵器が次々に戦線に投入され、布陣こそ変わったもののやはり状況は大差なく、ククラカン側にとっては厳しい状況が続いていた――。
「さて、敵の直接攻撃を防ぐ事が出来たのは良いが……こうも戦況が拮抗してしまってはな」
ザルヴァトーレより奪取したリブレス砦の会議室、ミュレイたちは再び顔をそろえていた。今日までそれぞれが各地で応戦を行っていたが、ザルヴァトーレ側に帝国の増援がそろいつつある今、打開策を講じなければならない時期がやってきたのである。
円卓を囲み、ミュレイは地図を睨んで腕を組む。やはり戦力差は圧倒的で、初動こそ上手く行ったもののそれで回避出来たのは圧倒的敗北のみ……。このまま戦いが続けばジリ貧となり、結局は押し切られてしまうだろう。何しろ相手には帝国という巨大なパトロンがあり、ほぼ無尽蔵に増援が送られてくるのだから。
「人材も物資も兵器も不足している以上、長丁場を設定すると負ける事になる。こちらの手は一点突破による戦争の早期終結くらいかの……」
「魔剣使い一人一人の戦闘力なら、こっちの方が上みたいね。まあ剣誓隊がまだ本格的に投入されていないってだけなのかもしれないけど……」
ブラッドの言うとおり、現在の状況ではブラッド、リフル、ホクト、昴、ミュレイ、ゲオルクと魔剣使いたちの質ではこちらの方が上手である。だがそれも剣誓隊が本格投入されてくるまでの間のみの事である。
「ところでござる君、あの馬鹿姫の行方はまだわからねえのか?」
「拙者たち忍部隊も探しているのでござるが、シェルシ殿の行方は判らないままでござるよ……」
そして結局シェルシは戻ってきていない。シェルシがいなくなった事に気づいたのも先日の戦いが終わった後であり、その時はホクトも暫く貴を失っていた事もあり直ぐに捜索に乗り出す事が出来なかった。あの様子ではもしかしたら敵本陣に一人で乗り込んだのかもしれないという最悪の可能性も思い浮かんだものの、出来ればそんな事は想定したくもない。
「あの馬鹿……まさか本気でシルヴィア王に直訴しに行ったんじゃないだろうな……」
「…………シェルシの事も気になる。俺たちも早めに動いたほうがいい」
ゲオルクの言葉に誰もが頷いた。ミュレイは地図を広げ、敵軍の拠点であるルーンリウム周辺をペンで丸く括った。
「さて、ここからが正念場じゃな。ザルヴァトーレの本拠地、王都ルーンリウムは巨大な城壁に護られた街じゃ。すでにこの時点で攻めづらいのは言うまでもないのう。仮に正攻法でルーンリウムを落とすとなると、かなりの戦力と時間が必要になるじゃろう」
しかしそうなればルーンリウム攻略により双方が大きく疲弊してしまうだけではなく、ルーンリウム城下町の住民を戦に大きく巻き込む事になる。両国が疲れ果ててしまえば、そこで得をするのは上で構える帝国である。両国が力を失えばその支配は容易になり、帝国の思う壺というものだろう。
「シルヴィアもそれはわかっているはずなのじゃが……。性格的に折れるのは無理そうじゃな……」
「しょうがねえ、俺がルーンリウムを攻略しようか……? 正面突破でも行けると思うが」
「そう焦るな。なんじゃお主、そんなにシェルシが心配なのか?」
「そうじゃねえが、このままじゃどっちもボロボロになっちまう。早いとこケリつけてやらねえとな」
まるでどうでも良さそうに顔色一つ変えずに冷静に語るホクトであったが、彼がシェルシを心配して焦っているのは明白である。ミュレイが溜息を漏らしホクトを見つめる……と、部屋に入ってきたロゼが両手に抱えた資料を一気に机の上に降ろし、蒼い表情で言った。
「みんな注目……。とりあえず色々と嫌な事が判ったから発表するよ……」
「なんじゃ、嫌な事って……」
「とりあえず追々……。帝国軍がエル・ギルス以下の界層から撤退してるのはもう知ってるよね? プリミドールも戦争中だっていうのに帝国側の戦力は本投入されてない……そうだよね?」
ミュレイが頷くと、ロゼは溜息をついて説明を開始した。それから聞かされたのは帝国の最悪な制圧作戦であった……。
リブレス砦のデータベースからロゼが入手した情報に寄ると、帝国側は大規模な“浄化作戦”というものを予定しており、その前段階として部隊の撤退を行っている。その浄化作戦の内容に関しては詳しい情報がなかったのだが、トランスポートの転送記録や通信記録などを洗ったところ、その大まかな全様が見えてきたのである。
「僕たちはどうやら、帝国の浄化作戦とルーンリウム攻略……同時にやらなくちゃいけないらしいよ」
「して、その浄化作戦とはどのようなものでござるか?」
「帝国の浄化作戦っていうのは……まあ早い話が界層ごと破壊する作戦っていうか……。界層はそれぞれがシャフトに接続されている巨大な板のツギハギみたいなものだっていうのは皆も知ってるよね?」
世界には巨大なシャフトと呼ばれる柱が存在し、そこを中心に周囲にプレート……界層が存在している。界層と呼ばれる大地はすべてシャフトにくっついているだけの板であり、それらは実は非常に絶妙なバランスで維持されているのである。
ロクエンティアと呼ばれる世界全体の動力は支柱であるシャフトからプレートへと流れ込んでおり、その流れ込むプレートにより重力制御、大気、大地の制御が行われている。つまり支柱からの動力がそのまま界層のライフラインとなっているのである。
「……なんか、そこまで聞いたら大体嫌な予感が当たりそうな気がしてきたんだけど」
「まあ……そういう事だね。帝国の浄化作戦――それは、プレートを支柱から切り離し、落下させて破壊するっていう……そういう作戦の事なんだよね――」
苦笑交じりにそう告げるロゼ。会議室全体に重苦しい沈黙が流れ、ロゼの苦笑だけがやけに浮いて響いていた――。
「――――そんな下らない戯言を聞かせる為に、お前は国を裏切ったのか――?」
そんな一蹴と共にシェルシの願いはあっさりと砕かれてしまった――。シルヴィアはシェルシを地下牢に投獄するように命じ、それから一度もシェルシの言葉に耳を傾けようとはしなかった。冷たく暗い牢屋の中、軋むベッドの上に座り込み、少女は完全に途方にくれていた。
冷静に考えればこうなる事は明らかだったのだ。あのシルヴィア王が、まさか自分の話をまともに取り合ってくれるなどと考えてはいなかった。でも、何かをしなければ変えられないと――そう思ったから。やっと踏み出した大きな一歩の先、そこにあったのは落とし穴だった……そんな気分である。手を手を組み、少女は深く息をついた。まさか自分が生まれ育った城の地下牢に放り込まれようとは――数奇な運命である。
牢屋に連れて行かれる間、シェルシは何度も叫んだ。戦いを止めて欲しいと。誰もそんな事は望んでいないのだと。しかしシルヴィアは一度も振り返る事もなければ返事をする事もなかった。シェルシは悔しさの余りに叫んだ。泣きながら手を伸ばした。しかし……現実は無情である。
「戦争を止める事……そんなに……そんなに、無謀だったのかな……」
何故――。何故、争うのだろうか――? 人はこの地獄のような世界に生まれ、まるで望むように、弄ばれるように、戦火の中へと身を投げ出していく――。
生まれ持って決まったルールが人の人生を左右し、自由を奪い、格差を生み、差別を生み、そこで人々は当たり前のような上下関係の中で喘ぎ苦しんでいる。血が流れ、命が踏み潰され、尊厳が奪われ、それで当然の世界――。まるで連なる煉獄の世である。
そっと、顔を上げる。格子の着いた窓からは僅かに光が入り込んでいる。高く、高く――まるで自由を遠ざけるようなその光へと手を伸ばした。何故、どうして……。悲しみの連鎖は止まらないのだろうか……?
自由を求めて戦った母。平和を作ろうと、世界のルールに挑んだ女王……。傷つけられ、虐げられた歴史。親を失いシルヴィアは強くなるしかなかった。だからこそ、あの性格に落ち着いたのである。シェルシは姉が苦しんできた事を良く知っている。甘やかされて育ったシェルシの見えないところで、彼女が苦しんでいた事も……。
ヴァン・ノーレッジは帝国に逆らい、魔剣使いを倒して生きた。漸くめぐり合う事が出来た愛する人、ミラ・ヨシノは戦いの中で死に、復讐に生きる怪物を生み出した。ギルドと帝国の抗争はお互いに沢山の血を流し、悲劇を次々に連鎖させていく。あたりまえのように起こる悲しい出来事……。そして自分もまた、その渦中に居る。
堪えなければならない涙をぐっと押し殺し、シェルシは拳を握り締めた。眼を閉じれば鮮烈に思い出す事が出来る――。ホクトが。彼が。シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレの世界に現れた時――。何にも囚われず。どこまでも自由で。強く、そして世界のルールを壊してしまうようなそんな力にとても惹かれた。あんな風になりたかった。あんな風に、いつかはなれたらいいと思っていた。
しかし現実はどうだ? 何を変えられた? 何を護れた? 争いは一つとして止まらず、悲しみは一つとして晴れず、恨みと呪いの連鎖が血を流し続けている。余りにも巨大な無力の二文字の前、少女はただ膝を着くことしかできないのだ。
「――――シェルシ、大丈夫ですか?」
声がして、シェルシは振り返った。そこには黒髪を揺らして歩み寄る姉ネーヴェの姿があった。ネーヴェは食事を格子の下からシェルシに渡すと、冷たい格子の中へと手を差し伸べた。シェルシはたまらずその手にすがり、泣き出しそうな顔で姉を見上げた。
「ごめんなさいね、シェルシ……。シルヴィア王にも悪気があるわけじゃないのよ。ただ貴方が心配だから、檻に閉じ込めておきたかっただけなのだと思うから」
「…………。ネーヴェ姉様……。戦いは……。戦いはどうしても、止められないのでしょうか……?」
「可愛そうなシェルシ……。貴方はお母様に良く似ていますね……。優しく慈愛に満ちたその瞳も、儚く折れてしまいそうなその身体も……。勇敢にも世界の法則に立ち向かう、その勇気も……」
格子越しにシェルシを抱きしめ、ネーヴェは微笑んだ。シェルシは目をうるうるさせながら唇を噛み締めている。姉妹の抱擁は僅かに続き、ネーヴェは首を横に振りながら下がった。
「ごめんなさい。貴方をここから出してあげる事は出来ないの……。戦いは、きっと直ぐに終わるわ……。そうしたら貴方が無事に帝国に戻れるように、なんとか手を捜してみるから……」
「ネーヴェ姉様……」
「…………。もう少しだけ、いい子にしていてね……。私たちの、可愛いシェルシ……」
ネーヴェは名残惜しそうに身を離し、地下牢から出て行く。シェルシはその影を見送り、渡された食事に目を向けた。暖かいスープを一口飲むと、堪え切れなかった涙が寂しさと一緒にどっと溢れてきた。何も出来なかった自分が悔しかった。ただ助けられてばかりの自分が情けなかった。
ふと、黒い魔剣を扱う一人の男の背中が思い浮かんだ。何故だかすごく、とても……今は彼に会いたかった。ごめんなさいと謝りたかった。何も出来ない自分を叱って欲しかった――。
「…………何、やってるんでしょうね……。私は……」
涙を拭い、シェルシは項垂れた。光は遠く、翼を持たない姫には余りにも眩し過ぎた。大きな戦いの運命が動き、その中で彼女は無力だった。そしてその無力さがまた新たな悲劇を生み出し血を流すのだという事に、彼女はまだ気づく事が出来ないのだ――。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*はむはむ!*
うさ子「はむはむはむっ」
ロゼ「あれ? うさ子、何食べてるの?」
うさ子「はむはむ……。んっとね、チョコなのーっ!!」
ロゼ「うっ!? これは……某所でプレゼントされたカカオ99.9%チョコレート……!?」
うさ子「はむはむ……」
ロゼ「な、泣きながらチョコを食べている……だと……!?」
うさ子「だってえ、誰もチョコくれなかったのおおおおおおっ!! わあああああんっ!! ひどいの、ひどいのーっ!! ホクト君もシェルシちゃんも、全然くれなかったのーっ!! わーんわーんっ!!!!」
ロゼ「だからって捨てられてたチョコ拾って食べなくても……」
うさ子「最近出番もないし……はむはむ……なんだかとっても寂しいの……はむはむ……っ」
シェルシ「うさ子、どうしたんですか?」
うさ子「シェルシちゃん……」
シェルシ「うさ子、遅くなりましたが約束のチョコレートですよ」
うさ子「なん……だと……」
シェルシ「いやあ、作るのにまさかこんなに時間がかかるとは思いませんでした♪ チョコレート作りなんて初めてだったけど多分美味しいと思うので是非味わってくださいね」
うさ子「ありがとうなのーっ!! シェルシちゃん、好きなのっ! はむぐっ♪」
ロゼ「うわッ!? 食べちゃったよ……」
うさ子「………………。ぴえええええええええええええんっ!! まずいのおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
ロゼ「(超ストレートだ……)」
シェルシ「なななっ!? そんなはずはっ!?」
うさ子「まずすぎて死んじゃいそ……おふっ!?」
ロゼ「わーっ!? 吐くな!! 吐くなーっ!!」
シェルシ「おかしいなあ……? ちゃんと美味しくなるように色々いれてみたのに……」
ロゼ「チョコは普通色々入れないんだよ!?」
うさ子「だ、だめなの……。もう、無理……」
ロゼ「ひっ!?」
シェルシ「きゃあアアあああああああああああっ!?」
うさ子「―――――――――――――…………」
ロゼ「うわああああああああああああ!!」
シェルシ「え、えぇええええええ!? えぇええええええええええええええっ!?」