愚者の行軍(4)
「この子が、ノーレッジ博士の……?」
それは、この物語が始まるずっと前の物語――。廃墟と貸したその街の中心部、少年は一人空を仰ぎ見ていた。瞬きする度に夜空から降り注ぐ月光が少年の瞳へと吸い込まれていく。それはまるで幻のように、そしてまやかしのように……。傍に立っていたのは白いドレスの女性だった。数名の騎士に囲まれた女は少年の隣に腰を降ろし、それからその手を取った。
「…………可愛そうに。この子も……ガリュウの犠牲者なのね」
「シャナク様、危険です! いくら子供とは言え、Sランク魔剣の……ガリュウの所有者に迂闊に近づいては……! この街も、恐らくはその少年が……」
「だとしても……それはきっとこの子が望んだ事ではないのですよ、ロイ」
女は立ち上がり、それから月明かりを背に少年に優しく微笑みかけた。そこで漸く存在に気づいたかのように少年は顔を上げる。まるで月のような人だと、少年は子供心に思った。王は己の身を包んでいたヴェールで少年を包み込み、それからそっと煤だらけのその顔をハンカチで拭った。
「自分の事が判りますか? もう、大丈夫……。私たちと一緒に行きましょう? ここは一人で居るには、余りにも寒すぎるから……」
美しい、黄金の髪――。靡く光の波の向こう、少年は夜の月を見上げていた。白く、儚く、それは美しく輝き続ける夜月――。それは、当たり前のようにあった運命の物語――。
「――――これはまずい」
リブレス砦の外から放たれた異常としか感じられない魔力の波長にオデッセイは直ぐに気づいた。ケルヴィーと共に窓辺に向かうと、既に外は夜の様相である。天はまるで光を遮る事を望むかのように闇に包み込まれ、漆黒の絨毯は大地に混沌を映し出している。その渦中、闇の鎧を纏った魔剣狩りの姿がある。オデッセイは身を乗り出し、それから直ぐに走り出した。
「オデッセイ、どこへ!?」
「高速強襲艦の主砲の準備を! 私も加勢に向かう!」
「主砲ですか!? し、しかしそんなものを使っては砦が……ちょっと、オデッセイ!?」
話も聞かず、廊下に飛び出したオデッセイは窓から飛び出して砦を駆け下りて行く。戦場の中、それと同時に魔剣狩りも動き出した。猛然と接近する怪物を前にルキアは目を見開き、怯えながらも剣を振るう。
「“プリメーラ”ッ!!」
しかしその剣が振るわれる事は背後から伸びたビッグホーンの手が阻止していた。代わりに前に出たビッグホーンが構えた斧へとガリュウが口を空けて喰らいつき、むしゃりとその刃を食いちぎる――。接触しただけで大将の剣を食いちぎるガリュウと正面から遣り合っていたなら、今頃ルキアの魔剣“プリメーラ”は消滅していた事だろう。
「……ビッグホーン……!?」
『下がっていろ、ルキア。あれはお前の手には余る』
「えっ!?」
急に喋りだしたビッグホーンは既に原型を留めていない斧を放り投げ、そして虚空から新たに大剣を取り出して駆け出した。ルキアは驚きの連続についていけず、思わずぽかーんとしてしまう。ビッグホーンは魔剣を破壊されたのに、その直後別の魔剣を当たり前のように召喚した。そしてまるでガリュウの力を理解していたかのようにルキアを庇い、ついでに初めて喋ったのである。
巨大な角兜を前に突き出し、騎士は真っ直ぐに魔剣狩りへと突っ込んでいく。その刃を大地へと叩きつけ、巨大な力で岩盤を捲り上げてそれをホクトへと叩きつける。だが接触した瞬間には黒い霧のような物質に分解され、岩盤はガリュウの口へと吸い込まれていく。
「なんなの、あれ……!? 触ったらアウトって事……? なんて反則……!?」
カウンターで繰り出されたガリュウは刀身を伸ばし、まるで蛇のようにうねりながらビッグホーンへと迫る。それを何とか屈んで交わした騎士の兜、その角が一瞬で分解され蒸発される。ホクトは大地から無数の剣を召喚し、それを一斉にエクスカリバー隊へと放った。
降り注ぐ剣それぞれに大地から伸びた黒い触手が巻きつき、それぞれのエクスカリバーを破壊していく。瞬く間に五十人いたエクスカリバー隊の全員が剣を失い、その支配から逃れて気を失った。その頃ビッグホーンと合流したオデッセイは放心状態に陥っているルキアを担ぎ、急いでその場から撤退する。
「ビッグホーン、よくルキアを護ってくれた」
『…………』
「この子にとって、魔剣は絶対に破壊されてはならないものだからね……」
将軍三人が後退し始めた頃、停泊していた空母が動き出す。浮かび上がった空母はその全身から機銃は砲塔を出現させ、移動しながら一斉にホクトへと攻撃を開始した。しかし全身を黒い鎧で被っているホクトにその攻撃は通用しない。弾丸も砲弾も爆風も、接触すれば鎧は分解してガリュウに食わせてしまうのだから。
黒騎士がゆっくりと動き出す。それに合わせ、空母は前方下部に内蔵した巨大な魔道主砲を準備する。空母一つを動かす巨大な魔力ジェネレータの出力をすべて主砲へ回し、夜さえも昼に変えてしまうような眩い光が放たれた。たった一人の人間相手に放つには余りにも度を過ぎた威力の代物であったが、ホクトに命中した傍から光は分解されてしまう。
「なんなんですか、あれはっ!? おかしいでしょう、常識的に考えてッ!!!!」
砦の中、ケルヴィーが机を叩いて叫んだ。直後、ホクトは大地に手を当てる。闇の海より出現したのは、超超巨大な魔剣であった。否、それは最早本来存在し得る魔剣ではない。ホクトが剣の海より改良し生み出し、召喚した剣――。その全長は100メートルを超える。地鳴りと共に現れたそれを片手でゆっくりと持ち上げるホクトを見て、帝国騎士団の誰もが目を丸くした。
「お、おい……」
「まさか……」
『…………』
「冗談ですよね?」
しかし、願い空しくそれは冗談ではなかった。紅い紋章を浮かべた、漆黒の巨大な魔剣――。ホクトはそれを助走をつけ、一気に投擲した。衝撃が荒野の大地を砕き、疾風は遥か彼方まで広がる。巨大すぎる剣は猛然と空中の空母へと迫り、あっさりとそれに突き刺さった。
余りにも日現実的、余りにも馬鹿馬鹿し過ぎて全員笑うしかなかった。それからとたんに悲鳴が上がり、空母から次々に騎士たちが脱出していく。漆黒の剣に貫かれた巨大空母は爆炎を何度も巻き上げながらゆっくりと墜落し、大地に落ちるよりも前に空中で爆発する。
「撤退!! 撤退――ッ!!」
ケルヴィーの叫び声に砦から次々に帝国兵が逃げ出していく。将軍達も半ば呆れた様子でそのまま砦を後にした。轟沈する空母から巻き上がる黒煙を見上げ、ホクトはガリュウを再封印しながら腰を下ろした。
「流石に、未調整で使うのは辛いな……。まだ持って数分ってところだな……。まあ、あっちはそんな事わかんねえだろうし、かなりのプレッシャーになっただろ、うん」
肩で息をしながら撤退していく帝国軍を見送り。それから荒野の大地の上にばったりと倒れこむ。それを合図に大地も空も元通りの色を取り戻し、まるですべては夢か幻であったかのように綺麗さっぱりと消滅してしまった。魔力を消耗しすぎてそのまま気を失うように眠ってしまったホクト……その頭上に差し掛かる人影があった。あれだけ派手に戦ったのだ、他の人間に全く見つからない方がおかしな話なのだが……。
しかし立っていたのは意外な事にククラカンの王子、タケルであった。タケルは腕を組み、ホクトの様子を覗き込んでいる。それから倒れているホクトの服を掴み、ずるずると引きずって移動を開始するのであった。
一方その頃、砦内部に既に潜入していたロゼとウサクは転送装置の前に隠れていた。無数の端末やコンソールが犇くそのエリアには先ほどまで帝国兵が見張りに立っており、倒さねばならないかと考え込んでいた矢先に先ほどの騒動である。見張りも慌てて脱出してしまったので砦内部はがら空きである。二人は堂々と歩いてトランスポーターまで近づき、ロゼはその操作盤へと歩み寄った。
「外で物凄い音がしたでござるが、ホクト殿は無事でござろうか……」
「無事だから誰も居なくなったんじゃない? まあ、こんだけ無用心に成るって普通ないと思うけど……」
「では早速、爆薬を設置して破壊するでござるよ!」
「ちょっと待って。ただ破壊するより色々やったほうがいいから」
ウサクを止めると、ロゼは操作盤を素早くいじりはじめた。次々と浮かんでは消える立体モニターについていけるポカーンとしているウサク……。ロゼは手荷物の中から記憶媒体であるディスクを取り出し、それをコンピュータの中にセットする。
「帝国側の座標情報とか、端末とのセッション記録とか……色々ダウンロードして……っと。それから転送座標を変えてやる」
「この、転送先の座標Xというのはどこでござるか?」
「座標Xっていうのは、まだこの世界では未開のエリアって事。平たく言うと、まあ魔物の群れとかが暮らしている山岳地帯の奥地とか……そもそも大陸が途切れているその先、何も無いエリアとかね」
「…………。もしかして、ここに転送しようとするとそこに行ってしまうのでござるか……?」
「そういう事。まあ向こうも直ぐに気づくだろうけどね。それまでの間、戦力を足止めすることが出来ると思う。ただ壊したんじゃ連中もただ壊れたと思うだけだろうから」
「な、なんだかちょっとかわいそうでござる……。いきなり何も無いところに転送されたら流石に悲しいでござるよ……」
「はいはい……。ほら、爆薬を設置してよ。僕はその間に出来るだけ情報を収集しておくから。ちなみにここに誰かが転送してきたら連動して爆発するようにしたいんだけど、できるかな?」
「トランスポートが動くと魔力反応が出るでござるから、特定の転送に対して爆発するように設定する事は可能でござるよ……しかし本当にえげつないでござる」
気が進まない様子のウサクの背中を蹴飛ばし、ロゼはその間に帝国側が持ち込んだ端末から情報を探索していた。ウサクはトランスポーターの周囲に爆薬を設置し、溜息を漏らす。
「これで大体は完了、かな……。ホクトと合流して援護してあげよう。まあ向こうは片付いてるかもしれないけどさ」
「急いで戻るでござるよ!」
二人が頷き合い、転送装置の部屋から飛び出していく。一方その頃、プリミドールの遥か彼方の森林地帯……。一人でうろうろと彷徨うステラの姿があった。
「…………。魔剣狩りが出たと聞いて来てみれば……どこですか、ここは。ケルヴィー、通信機が使えません。ケルヴィー……!」
うっそうと生い茂った木々の中、何か魔物の声のようなものが聞こえて思わずステラはびくりと身を縮こまらせた。寂しそうな顔で通信機のボタンを連打しつつ、うさぎは今日も彷徨い続ける……。
愚者の行軍(4)
「う、ひゃあっ!?」
ザルヴァトーレの騎士が放った弓矢をシェルシは悲鳴を上げながら走って避けるしかない。どたばたと逃げ回りながらシェルシは目尻に涙を浮かべ、唇を噛み締めて必死に恐怖と戦っていた。
襲い掛かってくる騎士たちは全身鎧の所為で動きは鈍いが、振り下ろされる剣の威力は本物である。矢だって当たれば人間は死んでしまうのだ、当然逃げるのも必死になるだろう。しかしここを突破出来なければ戦争を止めるなど夢のまた夢である。
「こ、こわくない……こわくない……こわくないぃい……っ」
ぷるぷると震えながらそんな事を口走るシェルシ。握り締める剣も当たり前のように切っ先がぶれていた。唇を強く噛み締め、考える。こんな時、どんな風に立ち振る舞えば良いのか――。恐怖に押しつぶされそうな胸の内、ふとホクトの戦う姿が思い浮かんだ。
今更ながらに痛感する。屈強な騎士でさえあっさりと蹴散らしてしまうホクトの強さを。魔剣狩りと呼ばれた男は伊達ではないのだ。こんな時、ホクトならどうするだろうか? ふと、シェルシは以前ホクトに聞いた事を思い返していた――。
それは二人がガルガンチュアのデッキで剣の訓練をしていた時の話である。剣をじっと見つめながら困ったような顔をしているシェルシの肩を叩き、ホクトは言った。
「お前、なんでそんなよわっちいんだ……?」
「へう……っ!? よ、よわっちくありません! よわっちくありませーん!!」
「いや、かなりザコいだろ……。変だよなあ……あの人の……シャナクの娘なのに」
シェルシの隣に座り込み、それからホクトは煙草に火をつける。そう、考えてみればおかしな話である。シェルシの母シャナクは帝国に対して反旗を翻した、大逆の魔剣使い――。永魔剣エリシオンを狩り、各地で剣誓隊と壮絶な戦いを繰り広げた。その娘であるシルヴィアは才能を十分に受け継ぎ、驚異的な魔力量とセンスを持っている。それもそのはず、本来魔力やその才能というのは血の繋がりに強力に依存するのである。
親から子へ魔剣が継承されていくように、親から子へと力も受け継がれていく。親の持つ属性を子は引継ぎ、親の持つ特性をも引き継いでいく。シャナクは世界で最も高い魔力総量を持つ魔剣使いであり、魔術の達人でもあった。そのシャナクの娘であるシェルシが魔術も使えない、剣も使えないというのは妙な話であった。
「お前剣の鍛錬とかしてたんだろ? その成果はどうしたんだよ?」
「う、うーん……どうしてしまったんでしょうか……。最近やってなかったから、なまってしまったのでしょうか……」
「というより、お前あんまり真面目に戦ってねえだろ?」
「そ、そんな事は……」
「いーや、そうに違いない。ていうかお前……ビビってるな?」
ホクトはずいっと顔を近づけ、シェルシの肩をがっしりと掴んで近づいてくる。逃れられない状況にシェルシはだらだらと冷や汗を流した。
「お前……自分の事はどうなってもいいけど、他人を傷つける事は極端に恐れている……そうだろう?」
母の為に、地獄と呼ばれた場所にまで単身乗り込もうとした。ホクトを救う為に逆徒の汚名を被る危険がありながらもうさ子に力を貸した。自分がどうなるのかもわからないのに帝国にその身を捧げた……。“献身”――そう呼べば聞こえは良いが、まるでそれは自分の命を安売りしているようにも見える。
「だって……。痛いのも悲しいのも辛いのも、私が我慢するだけで誰かがそれから救われるなら、それでいいじゃないですか」
「そういう問題じゃねえだろ? よお、姫様。シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレさんよ。俺の弟子になるなら、一つだけ覚えておけ」
ホクトはシェルシの肩に腕を回し、それからガリュウを召喚して見せた。黒く禍々しく、そして何よりも美しい剣――。それは数多の人々の命を奪い、数え切れない物語を終わらせてきた。
「護る為には戦わないといけない。悪は倒さなきゃならない。わかるだろ? 正義の味方は、悪党に容赦なんかしたりしねえんだ」
「でも、相手を悪だと断ずる事は……きっと出来ないのだと思います。そりゃ、UGで見たあの変態大尉くらい悪党だったらわかりませんけど……」
「あれくらい変態だったら流石に殺しても良いと俺も思うが……まあ実際食べちゃったし……」
「何か言いましたか?」
「いや、兎に角だ……。お前のその何でも許しちまう性格は良くねえ。本当は魔剣狩りの俺と一緒にいるのだってマズいんだからな」
「…………そんな……」
「まあ、兎に角いざって時はちゃんと戦えるだけの勇気を持て。傷つけられる痛みに立ち向かう勇気じゃねえ。誰かを傷つける痛みに立ち向かう勇気が必要なんだ。なあシェルシ、お前が求める戦いってのは何だ?」
「戦わずに居られればそれに越した事はないと思います!」
どうどうと目を輝かせて宣言するシェルシ。その頭をホクトは小突き、それから両手で頭を掴んでぶんぶんと振り回した。
「あうっ!? な、なんですか!? 何をしているのですか、ホクト!?」
「お前馬鹿かッ!? 戦わなきゃいけない時もあんの!!」
「でも、出来れば戦わないほうがいいですよね?」
「だーかーらっ!! 話が進まねえええええっ!!」
「なぜ! あたまを! ふるんですかっ!?」
シェルシもここぞとばかりに反撃し、ホクトの頭を掴んでみせる。二人はそのまま暫くもみくちゃになって喧嘩していたのだが、ロゼが投入したことにより仲裁される事となった。
結局髪の毛をめちゃめちゃにされ、シェルシは涙目でとぼとぼ歩いていた。そんなシェルシの背中にホクトが言った言葉――それが彼女の心の中で一つの答えとなったのだ。
「そんなに相手を傷つけるのが嫌なら――傷つけない戦い方だけしてろ、馬鹿――!」
相手を傷つけない戦い――そんなものがあるのだろうか? だがシェルシは知っていた。相手を傷つけずに戦う方法を。姉のシルヴィアは、“それ”を選ばなかった。それでも知っていた。シェルシは姉が投げ捨てたその本を、宝物のように抱きしめて育ったのだから――。
「…………こわくない、こわくない……。もう、恐れない――!」
意識を戻し、シェルシは後方に跳躍しながら剣を構えなおした。何度でも深呼吸を繰り返そう。落ち着いてやれば出来ないはずはない。だってそれはそう――子供の頃から。ずっとずっと。思い憧れてきた、母の姿なのだから。
放たれた矢を見切り、シェルシはサーベルでそれを切り払う。近づいてくる騎士が振り下ろす刃、それをやはりサーベルでいなし、身体を捻ってその鎧に回し蹴りを叩き込んでいた。放たれた攻撃によるダメージはほぼゼロ……しかし騎士は交代する。何故かその身体には、剣の形をした白い楔が打ち込まれていたから。
ぼんやりと浮かぶ剣の杭の幻影に騎士は驚きを隠せない――。シェルシは何も握っていなかったはずの手を握り締め、思い切り引っ手繰る。すると剣を打ち込まれた騎士はばたりと倒れこみ、そのまま動けなくなってしまった。深く息を着き、シェルシは目を見開く。蒼い姫の瞳が輝き、今は一人の戦士の目に変わっていた。
“封印魔術”――。母シャナクが愛用していた、“相手を傷つけず戦闘力だけを奪い去る魔術”である。シャナクはその第一人者であり、永魔剣エリシオンと肩を並べるほどその力は強力で有名だった。しかしシャナクが倒れてからは使い手が居なくなり、今となってはすっかり廃れてしまった分野であった。
それもそのはず、封印魔術は相手の動きや戦闘力を奪うだけで決して致命傷を与える事は出来ない。大型の魔物の足止めや魔剣使いを封じるくらいしか使い道はないのである。仮に封じたとしても長時間封印するには多大な魔力を消費する為、ハイリスクローリターンの魔術と長年言われてきた。それをあえて選んだシャナク、そしてそれを継承した娘のシェルシ――。二人の面影は重なり合い、今になって騎士たちもその正体に気づきつつあった。
動きの止まった騎士へとシェルシは猛然と走り出した。その足取りに先ほどまでの恐怖は感じられない。振り下ろされる剣からも目をそらさないのは、彼女が己の命を投げ打つ覚悟があるから――。“献身”――そして“自己犠牲”。それは人間が選び辛い選択肢……。己の命を顧みないシェルシだからこそ剣の中へと飛び込み、そのしなやかな指先で騎士の甲冑へと魔術を叩き込む。
放たれた封印の剣が幻想の像を結び、騎士の屈強な鎧を貫く。痛みは無く、しかし全身から力が抜けていく――。倒れこむ騎士の身体にもう一本剣を突き刺し、大地に釘付けにしてシェルシは再び走り出した。目指すは三人目――弓矢を構えた騎士である。
先ほどまでとはまるで別人のように走り出したシェルシに騎士は驚きつつも矢を放つ。近づく矢に対してシェルシは何をするでも無く、ただ魔力を放出して見せた。物理的な衝撃波となって霧散したその魔力は、元々彼女が持ち合わせる素質である。そう、世界最大級の魔力を持っていた母から受け継いだ、選ばれた人間にだけ眠る巨大な力の片鱗――。
脳裏、ホクトの戦うイメージが思い浮かんだ。彼は剣を踊るように纏わせ、手足のように操って見せた。戦う魔剣狩りの背中を見てきたからこそ、シェルシには出来る事がある。その全身から、大地から、出現させる幻影は白い剣――。魔剣狩りを真似て編み出した、彼女なりの答え。それを一斉に騎士へと解き放つ――。
剣の嵐が全身に突き刺さり、しかしやはりなんの傷も負う事はない。騎士はただぽかーんとしたまま全身の力を失って倒れこんだ。シェルシはそれを最後まで見届け、漸く息を着く。緊張の余り全身からはびっしょりと汗をかき、息は完全に上がっていた。それでも止まらず、再び走り出す。
「ごめんなさい! その魔法はもう少ししたら直ぐに消えますからっ!! 本当にごめんなさいっ!!」
あれだけの事をしておいて、シェルシはぺこぺこと頭を下げながら申し訳なさそうに走り去っていく。それを見届け、騎士たちは大地の上に転がったまま呆然としていた。
戦場の中、命を気にもかけずに駆け抜けていく黒衣の姫――。前に立ちふさがる騎士たち前に、もう足を止める事はなかった。母からもらった力で、彼から教わった技で、今度は自分の足で、世界を変えてみせる――。全身に白い剣を纏い、蒼眼の姫は戦場の中で踊り続ける。愚者の、行軍を――。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*目立ってる*
シェルシ「にこにこ、にこにこ」
うさ子「あれ? シェルシちゃんどしたの? いっつもホクト君に泣かされてるのに、今日はにこにこしてるの」
シェルシ「今日初めて私、物語的にも活躍したんですよ!! すごくないですか!?」
うさ子「……うさ、出番がないの……はうう……っ」
シェルシ「大丈夫ですよ! 今は出番がなくても、そのうち出番が周ってきますから!」
うさ子「はうう……そうかなあ……」
シェルシ「そうですよ!」
昴「ちょっと出番があったくらいであの代わり様……まあ、無邪気でいいと思うけど」
ホクト「……な~~んかああいうの見てるとイジメたくなるよなあ……」
昴「……ホクト、ドSだからね……。そして多分シェルシはドMだから」
シェルシ「あ、ホクト! 見ましたか、私の活躍!! 私、最近ちゃんと本編でもメインヒロインしてるんですよーっ!!」
ホクト「ふんっ!!」
シェルシ「はうぐっ!? な、なんで叩くんですかぁ……! ひっく……酷いです……酷いですーっ!!」
ホクト「ホントだ、なんか落ち着く」
昴「…………。まあ、別にいいけどね、なんでも……」
シェルシ「せっかく、出番が……えぐ……出来たのにぃ……っ! なんで劇場スペースで苛められなきゃいけないんですかーっ!!」
ホクト「うーん……なんでだろうな……」
昴「まあ、目立ったヒロインは死亡フラグだけどね」
シェルシ「え?」




