愚者の行軍(3)
「そんな……!? もう、始まってしまっている……!」
白馬を走らせるシェルシの視界の奥、翼竜の上に立つミュレイとそれを迎え撃つシルヴィアの姿があった。そこに続く道はすべて兵たちの乱戦により閉ざされ、とても近づけるような状況ではない。
正面から本隊同士が激突した事により戦況は五分五分、熾烈を極めている。数で劣っているククラカン勢力ではあったが、魔剣使いであるブラッドやリフルを中心としたギルドの混成部隊が上手く戦況を拮抗させており、どちらも一歩も引かぬ激戦が繰り広げられていた。
一旦馬を止め、シェルシはルートを思案する。この状況になって漸く戦争を止めるということが如何に無謀で馬鹿げた事なのかを実感する。魔剣狩りや白騎士のような力があれば、この中を抜けていく事も出来るのだろう。だが理想を叶える為に必要な力……。悲しくも、姫には持ち合わせられてはいなかった。
それでも諦めず、馬を再び走らせる。戦場を迂回し、裏側へ回りこむ為に……。前線で戦っているシルヴィアと直接話をするのは難しいだろう。だが後方には第二王女にして彼女の片腕、ネーヴェが控えているはずなのだ。
「ネーヴェ姉様なら、話を聞いてくれるかもしれない……! 急いで回り込まなきゃ……ッ!?」
そうして馬を進ませるシェルシの前、次々に空から放たれた矢が突き刺さる。それに驚き停止した馬から跳ね飛ばされ、シェルシは荒野の上に転がり落ちた。慌てて立ち上がり、サーベルを抜いて周囲を見渡す。当然迂回をザルヴァトーレ騎士団が許すはずも無く、騎士が数名駆け寄ってきているのが見えた。
「時間がないと言うのに……!」
次々に放たれる矢から逃れるように後退し、走り出す。立ち止まる事は出来ない。全力で駆け抜けるしかないのだ。ここまで来たら、もう引き返すことは出来ない――。己の信念を曲げない為に。己の理想を曲げない為に。ならば真っ直ぐ、前進あるのみである。
騎士たちはまさか相手がシェルシ姫であるとは思いもよらず、追撃の手を緩める様子もない。当然の事である――。彼らにはまだ、シェルシがインフェル・ノアから拉致されたという情報は伝達されていないのだ。それは国の威信に、そして騎士たちの士気に関わる。王として当然の判断であった。
「…………いつまでも、逃げては居られない……か……っ!!」
意を決し、シェルシは振り返って剣を構えた。軽く扱いやすい、ミドルリーチのサーベルを手先で器用に回し、ザルヴァトーレの騎士よろしく構えてみせる。緊張もあったし恐怖もあった。だが、今日まで独自に学んできた事がある。
幼い頃は剣の鍛錬を欠かさなかった。魔術の学習を欠かさなかった。寝ても覚めても思い描いていた、あの戦う勇者の姿――。ホクトには手も足も出なかったけれど。それでも彼の弟子ならば――。世界を壊す“魔剣狩り”に戦いを教わったのならば――。
「――――私は、先へ進みます! 絶対にこの戦いを止めてみせる……! それが、姫としての……いいえ。私が私として、やらねばならない事だから――!!」
シェルシが剣を片手に走り出した頃、互いの将であるミュレイとシルヴィアは熾烈な激闘を繰り広げていた。翼竜ベルファイアが放つ炎の球弾をシルヴィアは取り出した巨大な魔剣で両断、弾き飛ばしてみせる。王が持つ剣はSランクの魔剣――。その名も“永魔剣エリシオン”――。全ての魔剣の中で最も誇り高く、そして最も頑丈な剣である。美しく白銀に煌くその刃を揮い、王は己の身を包み込んでいた紅いマントを放り投げる。銀色の甲冑で全身を包んだシルヴィアは一息に跳躍し、上空のヴェルファイアへと襲い掛かった。
繰り出される魔剣の一撃を龍はその拳で受け止める。巨大な怪物相手に全く物怖じしないシルヴィアはその死線の中で笑みを浮かべていた。高揚する魂――。否が応も無く、それは定められていた運命であるかのように。月の王と太陽の王、その二つは絶対に交じり合う事は無かった。片方が動けば片方は遠ざかる、永遠に等しい距離を保ち続ける光――。国という世界を導く天に瞬くその光が今、お互いに手の届く距離で刃を交えている――。
ヴェルファイアの口から炎の吐息が放たれ、シルヴィアを包み込んだ。しかしそれをも上回る莫大な量の魔力が放たれ、炎はすべて吹き飛ばされてしまう。シルヴィアは大地へと落下し、着地――。それに続いてヴェルファイアとミュレイも着地してみせる。
「どうしたミュレイ! 手加減ならば無用……! 存分に長年の因縁を果たそうではないか、王よ!!」
「相変わらず馬鹿げた魔力総量じゃな……。お主、剣を振り回すより魔法を使った方が向いているのではないか?」
「そういうわけにも行かぬ。私にはこれが向いている。これが合っているのだ。肉と肉、骨と骨、血と血で争う文字通り骨肉の戦いよ……!」
「蛮族か、お主は……」
「上等ではないか! 蛮勇も貫き通せば英雄譚となろう!! はーっはっは!!」
「全く、厄介な相手じゃ……っ!!」
ミュレイがソレイユを広げ、それを大きく仰いでみせる。猛然と駆け寄ってくるシルヴィアの足元から火柱が吹き上がり、しかし王は足を止めることはない。次々にミュレイは魔法を連発するが、シルヴィアは魔剣エリシオンを両手で構えたまま止まらず突っ込んでくる。溜まらず後退しながらヴェルファイアと同時に炎を連射し、両手を空に翳して魔力を収束、天に巨大な術式を浮かび上がらせる。
「大魔法か……面白い!」
「“天地を焦がせ龍の息吹”……ッ!! 放てっ!!」
ミュレイの術式を受けたヴェルファイアがその口から巨大な熱線を放つ。強大な熱量の上級魔術の直撃に、流石のシルヴィアも足を止めざるを得ない。その場に両足で踏ん張り、放たれる閃光をエリシオンの切っ先で受け止める。拡散した淡い炎の光は触れるすべてを焼き尽くし、草木一本も存在しない空虚な大地を更に焼き尽くして余りある。
シルヴィアの全身、鎧が熱量に焦げ、溶け始めていた。王のその肌も焦がし、髪さえも燃やす紅き閃光の中、それでも王は笑みを絶やさなかった。魔剣エリシオンに魔力を込め、蒼い閃光が眩く瞬いた。炎の渦を突破し、シルヴィアは直突き進んでくる。ミュレイは舌打ちし、ヴェルファイアの巨大な拳が振り上げられた。
「おぉおおおおおおおお――ッ!!!!」
「この、 化け物かお主は――!! ヴェルファイアッ!!」
龍の放つ巨大な拳――。それを足を止めたシルヴィアは思い切り振り上げた魔剣で応じた。衝突の瞬間、シルヴィアの足場は一気に陥没し、荒野に巨大な亀裂が走る。それでも王は龍の拳を弾き、身体を捻って追撃を放つ――。
「その腕貰ったぞ、炎龍――ッ!!」
放たれた斬撃は衝撃を伴いあっさりと図太いヴェルファイアの手首を両断して見せる。腕を片方失った龍は怯み、後退――。しかしシルヴィアは足を止めず、そのままミュレイ目掛けて突っ込んでいく。
「ヴェルファイア、戻れ!! く……っ!?」
ヴェルファイアの召喚を解除する事で止めの一撃を回避したミュレイであったが、今度はミュレイ自身がシルヴィアの標的となってしまう。護衛の巨龍を失ったミュレイはソレイユを広げ、連続して魔法を放つ。それを無視して強引に突っ込んでくるシルヴィアの剣を魔力で編み上げた障壁で防御した。
ミュレイはが構築する、不可視の魔力の結界――。それは魔剣と衝突し、激しく光を散らしていた。眉を潜め、障壁を固めるミュレイの目の前、剣を両手で構えたシルヴィアはそれを震わせながら更に一歩前へ――。その様相は正に恐れを知らぬ屈強な王そのものである。
二人は同時に魔力を最大限まで引き絞り、炸裂させる。特に何かの術式を介したわけではなくとも、大量の魔力は魔術を上回る。物理的な威力を持って爆ぜた衝撃でミュレイは空へと舞い上がり、シルヴィアは後方へと吹き飛ばされた。ブレーキングの為に大地に突き刺した剣の軌跡を残しながらシルヴィアは顔を上げる。
「ふん、やはりこんなものか、ミュレイ・ヨシノ……! 興醒めだな」
「…………。何を心外な事を口走っておる、シルヴィア。わらわはまだ本気などこれっぽっちも見せておらぬぞ」
「ふん、それは私も同じ事だ。ならばお互い遠慮は無しにやりあうとしようではないか」
ふわりと大地に降り立ったミュレイは広げた扇を片手に携え、シルヴィアは大地から引き抜いた巨大な剣を構える。二人の王が睨み合い、緊張感と共に威圧的な力が広がっていく。誰もそこに近づく事は出来ない。最強の七剣同士の激突に、首を突っ込めるはずも無い……。戦場の真ん中で、二人の魔剣使いが動き出す。長い間止まっていた歴史の針を、強引に推し進めるかのように――。
愚者の行軍(3)
「さてさて、現場に無事到着したわけだが……?」
リブレス砦を見下ろす岩山の上、腹這いになって双眼鏡を構える北斗の姿があった。その左右には同じように物陰に隠れたロゼとウサクの姿もある。三人の目的はリブレス砦内部に存在する、帝国と通じているポータルの破壊である。それが成功するかどうかによってこの戦いの勝率は大きく変わってくるだろう。
しかし、三人はなかなか動けずに居た。というのも理由は簡単で、リブレス砦には帝国の高速強襲空母が停泊しており、その警備も尋常ではない。ずらりと並んで帝国兵と自立兵器の数々……。何故強襲空母がここにあるのかは判らなかったが、兎に角想定よりも遥かに強固な守りである。迂闊に近づく事は愚か、潜入などもってのほかだろう。
「ウサク、忍者なんだからあれくらい何とかなるでしょ」
「ロゼ殿それはいくらなんでも無茶ぶりもいいところでござるよっ!?」
「いや、いけるいける。いけるって。アレだろ。消えたり出来るんだろ? 忍者ならいけるって。流石忍者汚い」
「何でホクト殿まで……!? というかそれは何の話でござるか!?」
「まあ、ウサクをいじめるのはこれくらいにして……。どうするホクト? 流石にあれじゃ潜入する余裕はなさそうだよ」
しれっとしたロゼの発言にショックを受けるウサク。忍者が一人落ち込んでいる間にホクトは顔を上げ、少しの間考え込んだ。それからひょっこりと立ち上がり、両手を広げて体を伸ばす。
「うーむ……。めんどくせえから正面から行くか……」
「正気でござるか!?」
「まあ、あれくらいの戦力なら俺一人でも何とかなるだろう」
「ホクト殿……そ、そんなに強いのでござるか……? 余り命を投げ出すような事はしないほうが良いでござるよ……」
「いや、いけるいける。いけるって。俺魔剣狩りとか呼ばれちゃってるし。てか俺普通に戦ってるだけじゃ絶対死なないから」
何の事だか二人とも判らなかったが、どちらにせよそれ以外に方法がないのも事実である。ロゼは頷き、それからウサクの手を引いて下がった。
「じゃあ、囮になってもらっている間に潜入するよ。それでいい?」
「それが出来れば上出来だ。さて、そんじゃまあ俺はちょっくら暴れてくるか……。派手にやるからちゃんと離れていけよ」
ホクトがガリュウを構築し、それを片手に構える。ロゼは後退し、ウサクも心配そうにホクトを見つめながら下がっていった。二人が離れたのを確認し、ホクトは一気に魔力を放出して空に叫ぶ。
「がおおおおお――っ!! 魔剣狩りじゃ――っ!! 悪い子はいねえがあ――っ!!!!」
男の叫びは青空に響き渡った――。当然その魔力と声に反応し、砦の騎士たちはホクトを捉える。それを確認し、男は一気に崖を駆け下りていく。大きく一息に跳躍し、荒野へと着地――。それから剣に黒い炎を纏わせ、真っ直ぐに敵軍へと特攻していく。
次々に集まってくる帝国騎士へと飛び込むように身体を捻り、黒い魔剣を大きく薙ぎ払った。闇の炎が爆ぜ、騎士たちを一気に吹き飛ばす。ホクトはそのまま砦周辺をうろうろしつつ、集まってくる騎士たちを斬り倒していた。
余りにも派手すぎるホクトの様相に若干ツッコみたかった二人だったが、ホクトたちの騒ぎを迂回するようにして砦に近づいていく。流石に魔剣狩りの存在は騎士たちも知っていたのか、軽視するわけにも行かず戦力はすべてホクトの方へ向かってしまい、砦の入り口はがら空きだった。そこからコッソリと二人が潜入を果たし、とりあえず作戦の第一段階が成功する。一方その頃、リブレス砦の内部では……。
「オデッセイ様、報告します!! 表に、魔剣狩りが表れました!!」
リブレス砦の会議室では、今正に剣誓隊が動き始めようとしている所であった。会議中に突然飛び込んできた敵襲の報告に流石のオデッセイも目を丸くする。それも聞けば敵は単身――。たった一人で砦に突っ込んできているというではないか。呆れたように笑い、それからオデッセイは仲間の意見を仰ぐように視線を向けた。
「さて、来客のようだ。どうしようか、ケルヴィー?」
「いや……恐らく相手は物凄く頭が悪いですねえ……。とりあえず実戦データを取るいい機会でしょう。エクスカリバーチームの第一陣を出動させましょう」
「ルキアたちは……?」
「一応、様子見ということで……。しかし大事な実験体をあっさり瞬殺されては悲しいので、出来れば援護をお願いしたいのですが……」
「それじゃあルキアとビッグホーンに出てもらおう。二人とも、エクスカリバーチームには特に思い入れがあるだろうしね」
黒い、専用のドレスのような制服を着用したルキアともう一人、全身を黄金の甲冑で多い尽くした巨漢、ビッグホーン……。二人の将軍が立ち上がり、部屋の外へと歩いていく。ビッグホーンは終始無言であり、そのまま部屋を去っていく。それを見送りルキアは不機嫌そうにオデッセイへと振り返った。
「……あれと一緒に行くの? ルキア、あいつよくわかんないしつまんない……」
「別に、協力しなければいけないってわけじゃないさ。ルキアはルキアの好きにすればいい。魔剣狩りを倒したら、君の自由に出来るんだからね」
オデッセイのその一言でルキアの顔に微笑みが戻り、少女はうきうき気分でスキップしながら部屋から出て行った。それを見送りケルヴィーは眼鏡を光らせ、静かに笑う。
「中々面白いチョイスですねえ、オデッセイ……。ルキアとビッグホーン、ですか」
「二人ともエクスカリバー隊とは因縁があるだろう? 特にビッグホーンは、それを清算出来るといいんだけどね」
「そういうわけにも行かないでしょう。それに相手は魔剣狩り……。あまり余計な策をめぐらせている余裕はないでしょうね、きっと」
オデッセイはティーカップに紅茶を注ぎ、その香りを楽しむように軽くグラスを揺らして見せる。暖かい湯気が立ち上る落ち着いた時間の中、二人は特に慌てる様子も無く自然体に構えていた――。
リブレス砦前、ホクトは既に近場にいた騎士たちをすべて倒してしまい、黒い魔剣を肩に乗せて近づいてくる騎士たちを蹴り飛ばしていた。全く戦闘力が違いすぎて手も足も出ない騎士たちは迂闊に近寄る事も出来ず、剣と盾を構えてつかず離れずの距離で陣を組んでいる。それもホクトがその気になれば一蹴されてしまうのだろうが、ホクトの目的は時間稼ぎと囮であり、わざわざそれを突破する気はさらさらなかった。
「もうちょい強いのがいるかと思ったが……一般兵じゃまあこんなもんか」
トントンと肩を剣で叩きながらホクトは咥えた煙草に火をつける。周囲の騎士たちは近づいてくる様子も無く、このまま行けば何の苦労もせず作戦成功か……そんな風に考え始めた時であった。砦の門が開き、騎士たちが散っていく。砦内部から現れた奇妙な一団――それにホクトも眉を潜めずにはいられなかった。
帝国騎士団の標準装備である金色の鎧とも、剣誓隊の象徴である黒ベースの制服とも違う奇妙なデザインの服――。強いて言えばそれはステラが着用している衣装に似ている。漆黒の戦闘服に、誰もが同じバイザーを装備している。そして全員が全員、全く同形状の魔剣を手にしているのだ。
魔剣使いたちはぞろぞろと足並みをそろえて行軍してくる。その数はざっと五十人程度だろうか? 魔剣使いが五十人も揃えばそれは驚異的な事であり、非現実的な事である。いわば悪夢とも言えるその異常事態が今、ホクトの目の前で最悪な事に実現されようとしていた。
「あれが噂の、人工魔剣使い……。エクスカリバーか。しかしなんだってんだ、ありゃ……? 全員同じような背丈、同じような髪色……っていうかあれ全部同じ人間じゃねえのか……?」
ホクトの言うとおり、並んでいるのは全員が同世代の、同じような体格の、同じような外見の、同じような能力を持った少年少女である。そう、相手は子供――。ロゼと同じくらいだろうか、なんて事をふと考える。ずらりと並んだその隊列を前に帝国騎士たちが撤退して行き、ホクトは火をつけたばかりの煙草を放り捨てて魔剣を構えた。
「エクスカリバー隊ってのは、こうもわけわかんねえ物なのかね……」
エクスカリバー使い達が全員一斉に剣を構え、それから前列から順番にホクトへと襲い掛かってくる。跳びかかってきたエクスカリバー隊の一人の攻撃を剣で受け止めるホクト。その力は大したことは無く――。カウンターで放った蹴りで少年は吹っ飛んでいく。しかし問題なのはその数である。どっと津波のように押し寄せてくるエクスカリバー隊は次々にホクトへと襲いかかり、振りほどこうが叩きのめそうが関係なく休み無く襲い掛かってくる。
ホクトは後退しつつ、ガリュウを振り回して周囲から襲ってくる剣士たちをすべていなしていた。まだ一人もその少年たちを斬り殺してはいない。なんだか嫌な予感がして、そしてそれは恐らく当たっている。敵を殺さないように戦うのは、殺してしまう何倍も難しい――。ましてやこの数、流石の魔剣狩りと言えども容易に相手が出来る状況ではない。
「こいつら……帝国側の洗脳兵か……ッ!?」
ガリュウの纏った黒炎を放出し、周囲の剣士たちを一斉に弾き飛ばす。それから後方に大きく跳躍し、着地と同時にガリュウを大地に突き刺し、両手で編んだ術式を発動する。ホクトの目の前、巨大な目には見えない闇の結界が結ばれ、エクスカリバー隊は一斉にそれに剣を突き立て停止した。
「――――エクスカリバーを扱うには、人間の自我が邪魔になる……。無数の魔剣をその身に宿しているのならわかるでしょ? 魔剣狩り……」
エクスカリバー隊を結界で押さえ込むホクトの背後、浮かんだ魔剣の上に腰掛けたルキアが足をぶらぶらと投げ出しながら微笑んでいる。片手で結界を維持しつつ、ホクトは振り返った。ルキアと、それから巨体の騎士、ビッグホーン……。二人の将軍クラスと五十名の魔剣使いの間に挟まれ、男は冷や汗を流した。
「“魔剣”とは、人の意識に根差す物……。魂の渇望、感情の形……。受け継がれる意識の結晶。魔剣とは、本来それそのものが人の“罪”を現す物……。罪悪の権化。貴方は知っているんでしょう? 魔剣の正体……」
「全然わからねえしわかりたいとも思わないねえ……。全く、最近のガキはどいつもこいつも偉そうだなオイ? 危ないからとっととママんところに帰りな、“お嬢ちゃん”」
まるで馬鹿にするようなホクトの口調にルキアは眉を潜め、不快感を露にする。腰掛けていた魔剣から飛び降りると、魔剣はまるで意思を持つかのようにくるりとルキアの周囲を一周してみせた。
「ママなら“ここ”にいるもん。それに、ルキアはガキじゃない……」
「ガキじゃないって言う奴はガキなんだよ……ったく。悪いが俺は女は斬らない主義だ。お前みたいなお子ちゃまは特にな」
「…………。むかつく……」
「で? こいつらは全員、魔剣を移植する為に自我を飛ばされてるってわけか……? エクスカリバーだかなんだか知らないが、呪いの剣だな。文字通りの魔剣だぜ」
「そいつらは全部傀儡……。だから、死ぬまで目的と戦い続ける。さっきから殺さないようにしているみたいだけど、追い詰められるだけだから止めておけば……? これからルキアも……貴方を殺すんだし」
しかしホクトは笑みを作り、低く声を上げて笑って見せる。結界を解除するとどっとなだれ込んでくるエクスカリバー隊の前、手を翳して指を弾いた。大地からは無数の魔剣が出現し、剣山はエクスカリバー隊の足を完全に止めてしまう。
「ヒントどうもありがとうよ。確かにすごいな、エクスカリバー隊ってのは。正し、俺以外の人間に相手をさせるには……だけどな」
「…………? 強がりばっかり……。軽口叩く男って、むかつく……」
「生憎俺が興味のある女は胸がでかいおねーちゃんだけだ。お前みたいなお子ちゃまには興味ないんでね~……。っていうか後ろの奴、少しは喋れよ」
『………………』
ビッグホーンは全く身じろぎもせず、当たり前のように一言も口を利かなかった。ルキアは溜息を漏らし、そんなビッグホーンの鎧を蹴っ飛ばしてみせる。
「無駄でしょ……。こいつ、木偶だから。喋ったところなんか、一度も見た事ないし」
「…………それはすげえな」
「さあ、お喋りは御終い……。これから貴方を半殺しにして、いじめていじめて、身体中を切り刻んでからインフェル・ノアに連れて行くから……。簡単に死なないんでしょ? だったらいくら切り刻んだっていいよね……?」
ルキアが浮かぶ剣を抱き寄せ、それを手にしてよろよろと前進する。その動きにあわせるようにビッグホーンも空中から巨大な戦斧を取り出し、それを大地に叩き付けた。戦闘開始ムードが漂う中、ホクトは小さく笑ってみせる。
「――――行くぜガリュウ、食事の時間だ――」
エクスカリバー隊は全員、洗脳されている兵士……。そしてそれは、エクスカリバーに支配されているという事を意味している。エクスカリバーが存在する限り、彼らは永遠に戦い続ける人形なのだ。だが幸か不幸か、この男の前でその秘密を口にしてしまった以上、戦況はまた一変してしまう――。
この世に存在する数多の力の持ち主の中、たった一人だけ彼はエクスカリバー計画にとっての大きなイレギュラーである。彼の剣は、剣を喰らい剣を殺し、全てを己に取り込む力――。ならば答えは簡単、そしてそれこそたった一つの解決方法である。
「ガリュウ、封印術式開放――。今回はちょっとばかし数が多い……。調整がまだだが、ちょびっとだけ本気で行くぜ……!」
剣を空に掲げる。黒き刃には紅い術式の刻印が浮かび上がり、開かれた瞳からは血の涙が溢れ出す。剣はまるで獣のように空に吼え、大地は漆黒の影に飲み込まれていく。あれだけ晴れ渡っていたはずの青空が影に侵食され、まるでこの一箇所だけ世界の中から切り離されたかのように全てが闇に染め上げられていく……。
エクスカリバーシリーズも、ルキアもビッグホーンもその尋常ならざる様子に戸惑いを隠せなかった。ホクトは天に掲げた闇の剣の力を解放し、渦巻く力の中心部で目を閉じる。
「限定時間内のみ、全能力を開放――。コード、“剣創”――発動ッ!!」
黒い光が眩く放たれ、まるで黒い太陽であるかのように輝き全てを飲み込んでいく。光が止んだ時、そこには黒い甲冑を纏った一人の騎士の姿があった。無数の剣を身体の周囲に浮かべ、それを翼のように纏めて広げて見せる。長い漆黒の髪を靡かせ、黒騎士は静かにガリュウを構えた。
『さて、時間制限つきだから速攻ケリをつけるぞ、ヴァン……! おら、ちっこいのもお嬢ちゃんもエクスカリバーもでかいのも全部纏めてかかって来いやあっ!!』
黒き闇の騎士が吼え、猛然と走り出す。その片手を揮い、空中に出現した数え切れない無数の漆黒の魔剣が一斉にエクスカリバー隊へと襲い掛かる。その全てが正確に彼らの持つエクスカリバーだけを射抜き、砕き、喰らい、侵食していく――。ホクトの意図に気づいたルキアとビッグホーンが同時に背後から襲い掛かり、吼える黒き獣はそれに応じるように剣を振り上げ、膨大な魔力を練り上げた黒い炎で大地ごと襲撃者を薙ぎ払うのであった――。




