愚者の行軍(1)
「――まだ、ホクトの事が許せない?」
メリーベルの部屋のベッドの上、横になった昴に投げかけられた言葉――。ダメージが回復しきらず、後発となってしまった昴は一人ずっと考え込んでいた。答えは未だ出ておらず、そして出る気配もない。メリーベルは迷う少女の横たわるベッドに座り、その顔を覗き込んだ。
「許せない……。ううん、許せるとか許さないとか、そういう事じゃないのかも……。正直、自分でも良く判らない……」
「会いたかったんでしょう? 彼に」
「でも……見た目がまるで別人である以上、信じられないよ……」
「ちゃんと話して見れば? 彼にしか判らないこと、貴方にしか判らない事……あるはずでしょう?」
「……だから、だよ」
目を閉じ、昴は記憶の中の兄の姿を思い浮かべた。自分の所為で死んでしまった――最後まで笑っていた彼の姿を。もしもホクトと語り、本当の事が判ってしまったら。真実が白日の下に晒されたとしたら――。その時、自分がどうなってしまうのかが判らないから。だからそれが恐ろしく、そして躊躇せざるを得ないのだ。
昴は戦いなど好む性格ではなかったし、気弱で人見知りで行動力のない、内気な少女だった。それが何故仮面を被り、鎧を纏って刀を振り回してきたのか……。すべては復讐、そして贖罪の為である。弱い自分と決別したかった。だから口調を変え、思考を変え、役割を演じる事に徹しようとしてきた。その為の“白騎士”である。
しかしもしもホクトが兄だとはっきりと認識してしまった時、果たして今まで通りの強い白騎士で居られるだろうか? また、弱い少女に戻ってしまうのではないか……そう思えた。それが不安で、そして悲しかった。少し、前に進めた気になっていた。やっと変われたと思った。なのに、今になって――。
「気持ちは判らなくもないわ。本当の事は、いつだって良い事だとは限らないもの。だからこそ、前に進む事が怖くなる……。私も、兄とはなかなか折り合いをつけられなかったわ」
「……メリーベルにも、お兄さんが居たんだ?」
「もう十年以上前に死んだけどね」
「……そ、それはごめん……」
「だからこそ、貴方には素直になってもらいたいの。もしも素直に真実を向き合う事が出来たら……きっと、戦う以外の道を選べていたなら。それはそれで違う道があったんだろうなって、今は思うから。勿論、貴方くらいの年頃の子には難しいんだろうけど。でも、選択の一つとして頭の片隅にでも残しておいて」
昴の頭を撫で、メリーベルは立ち上がる。去っていく背中を見送り、それから少女はそっと身体を起した。体中の痛みは薬のお陰で和らいでいて今は殆ど感じる事がない。どちらにせよ義眼の準備と壊れた白神装武の修理が終わるまで戦闘は出来ないのだ。諦めるようにして再びベッドに倒れこむとゆっくりと瞼を閉じる。
そう、真実はきっと良い事だけを切り取ってあるわけではないのだろう。だからこそそれを恐れ、そしてだからこそそれと向き合わねばならないのだ。真実とは良くも悪くもそういうものであり、痛みと共に未来の希望を運んでくるものなのだから――。
一方、ホクト達は無事にエル・ギルスからプリミドールへの移動を終え、ククラカン領土に入りラクヨウへと向かっていた。途中で戦闘が発生するかと思いきや、エル・ギルスの帝国軍はどうやらすべて撤退しているらしく、警備に引っかかる事もなくあっさりとプリミドールへ入る事が出来た。
界層移動後も列車での移動が続き、丸一日近い移動時間を経て漸く旅の終わりが見えてきた頃、シェルシは一人食堂車の窓から荒野を眺めていた。もうじき朝を迎えようという時間帯、食堂車を利用しているのはシェルシ一人だけであった。そこに現れたのはミュレイであり、ククラカンの姫はもう一人の姫の正面の席に座った。
「ミュレイさん……? 朝早いんですね」
「もうじき到着じゃからな。そういうお主は眠れなかったようじゃが」
「…………。ミュレイさん、私……」
「まあ、お主としては複雑じゃろうな……。無理にククラカンにまで来る必要はないのじゃぞ? こういう言い方もアレじゃが、お主は追われる身……そしてククラカンにとっては絶好の人質じゃからな」
「判ってます……。判ってるから、考えていたんです。あの、ミュレイさん……?」
思いつめた様子で項垂れるシェルシ。思えば何故敵国の姫とこうして話をしているのかもよくわからなかったが、真剣に悩んでいる少女の告白を無下にするのも無粋……。ミュレイは頷き、言葉を促した。
「戦いを、止めたいって思うのは……やっぱり、愚かな事なんでしょうか……?」
そして放たれた言葉があまりにも妹に似ていたから……何も言えなくなる。同じ問いかけを、何度もミラはミュレイにしていた。だからこそ思うのだ。そして直ぐに出せる答えではなく。それを貫くのは決して容易ではないことも、判ってしまう。
「帝国のしている事は、とても恐ろしい事です……。人の命を命とも思わない非道な行いを許せないという気持ちは確かに理解出来ます。私だって同じです。でもだからって、ククラカンとザルヴァトーレが戦わねばならない理由にはならないと思うんです……」
「…………。じゃが、事実としてザルヴァトーレは攻め込んでくるぞ? その現実をどうするつもりなのじゃ? 理想を語るだけでは現実は変わらない……。大層な事を言うのは構わぬが、夢を見ていると足元を掬われるぞ?」
「それも、判ってます。何もしなきゃ現実は変わらないって事も、良く判ってます……。皆変えたくて足掻いてて、護りたくて足掻いてて……判ります。判るけど……でも、それ以外の方法を探す事を諦めて良い理由にはならないと思うから……」
かつてミラはその理想を体現する為に戦った。白い破魔の剣を掲げ、平和の為に戦ったのだ。だが結局現実は何も変わらず、人々の心に宿りかけた希望は逆に絶望へと変貌してしまった。残されたのは悲しみと、そして暴れ狂う復讐鬼……魔剣狩りだけであった。
願う事も、祈る事も、戦う事も……。世の中のすべてには表と裏があり、痛みと同時に希望がある。得れば幸福を、そして失えばその倍の絶望を与えるだろう。甘い言葉に惑わされれば出来るはずの事を見失い、失意の渦中にいてもまた同じである。故に正解など絶対に存在しない。だからこそ、各々のエゴで人は戦うのだ。
「私……ミュレイさんの事、好きです! ミュレイさんは……話してみれば判るんです! 悪い人じゃないって! いい人なんだって……」
「なら、悪いのはシルヴィアか?」
「それも違います。姉上は国を護る為に戦っているんです。ただその手段を違えてしまっているだけ……。それに帝国に与していなければ、逆にザルヴァトーレがククラカンに支配される立場になっていたのは明白ですから」
「ほう、それくらいのことは判るか」
「悪いのは、この世界を支配する帝国というシステムです。でも私は帝国の全てが悪だとは思っていません。勿論、良い人も居れば悪い人も居ると思います。でも帝国というシステムの中には十分有効に作用している事があるんです」
例えば帝国騎士団によるい魔物の討伐。民衆の管理による、理不尽ではあるものの安定したそれぞれの生活……。元々この世界の限られた大地、限られた世界、限られた人々の全てが幸せになる事は絶対に出来ないのだ。ほうっておけば魔物の脅威と人間同士の争いで、世界は瞬く間に滅んでしまうだろう。
帝国は強力な支配により、ある意味では人を護っているのだ。この世界のシステムとなり、この世界の安定を確立している……。シェルシから見ても、特にザルヴァトーレに住んでいれば思うのだ。帝国の与える技術が世界に浸透していけば、文明はより発達するだろう。帝国の技術は、支配は、ある意味においては素晴らしいのだ。問題なのはその割り振り方である。
勿論、その帝国の技術を以ってしても全ての人を救う事は出来ず、全ての大地を楽園には出来ないだろう。徹底的に割り切った人間の管理、そして見捨てる心と見捨てない心……その厳しさの中にハロルドの王としての資質とカリスマを確かにシェルシは感じていた。帝国に入り、帝国の行いを知り、世界を旅して己で感じた事である。
「ハロルド王の作ったこのシステムは、ある側面において人を傷つけ、しかしある側面において人を確かに救い得るのです。だからこそ、私は妄想でも空想でもなく、理想とも違う現実的結論として戦争を止めさせたい……」
「…………戦争を止める、か。そしてどうするつもりじゃ? 戦争を止めても何も変わらない。またどこかでそれが始まるだけじゃ」
「だからこそ……私は帝国に入ったんです。ハロルドの妻という立場で何がどこまで出来るのかは判りません。でも、やってみたいんです。この世界を、争いの力以外で変えるっていう事を……」
少女なりに悩み、世間知らずなりに知ろうとし、臆病なりに冒険して得た結論である。それは確かにつたない思想だったが、それでも尊い物だ。ミュレイは頷き、それから立ち上がった。やがて夜が明け朝日が差し込めば、世界はまた動き出すだろう。そうすればこの二人きりの時間は終わりを告げるのだ。
「考えなしに、というわけではないのじゃな。正義や悪などという安っぽいものではなく、現実の成果として考える……。そういうのは嫌いではないのう」
「……ミュレイさん」
「まあ、せいぜい好きにやってみるといい。誰かの許可など要らぬのだからな。お主の意思で、お主の思うようにやってみるといい」
「…………はいっ!」
ぱあっと、心が晴れていくのを感じさせるようなシェルシの笑顔にミュレイは妹の姿を重ねていた。彼女にも、こうして背中を押してあげる事が出来たならば……。また、何かが違ったのだろうか? こんな風に、笑ってくれたのだろうか?
答えは永遠の闇の中……。それでもミュレイは確かに姫の背中を押したのだ。その手に責任を感じている。それでも――彼女を見守ってあげよう。戦う以外に護る術はないなんて、そんな悲しい事を信じたくはないから……。
「ほんの少しだけでも休んでおけ。ラクヨウについたら、また忙しくなるぞ」
「あ、そうですね……。ありがとうございます、ミュレイさん」
とことこ、小走りに去っていくシェルシ。それを見送りミュレイは深々と溜息をついた。色々な意味で――やりにくい戦争。そんな言葉が脳裏を過ぎり、目眩にも似た苦い感触が深く胸の内にこだましていた――。
愚者の行軍(1)
「姉上、お帰りなさい。そしてようこそ、ラクヨウへ」
ラクヨウ城の入り口、やってきたホクトたちをタケルはそう言って出迎えた。既に戦争が開始される事は明らかであり、ラクヨウの住民には避難命令が出ている。殆どの人間が避難を終えたラクヨウの街は早朝という事もありまるで眠っているかのようだった。朝日が差し込む霧が包んだ街を背景に、ホクトは腕を組んで周囲の様子を眺める。
「すまぬなタケル、留守番をありがとう。何か変わった事はなかったか?」
「こっちは既に住人の避難を終了、武士団の出撃準備中……。ザルヴァトーレの方の動きも調べてあるよ。姉上は先に作戦会議室の方に」
「うむ、判った。皆、早速会議を始めよう。朝早くて申し訳ないが、そもそもあまり時間もないのでな」
ミュレイの言葉に従い、ぞろぞろと仲間達は入場していく。そんな中残っていたタケルは振り返り、ホクトに片手を振った。なぜかは判らなかったが、タケルは親しげにホクトへと歩み寄り微笑みかけたのだ。
「やあヴァン・ノーレッジ。久しぶりだね」
「……? ん、ああ……」
「…………。もしかして、記憶喪失が治ってない?」
「そりゃそうだろ……って、良くそれ知ってたな? お前と会うのは、俺になってからは初対面のような気がするが……」
「ああ、そうかもね。まあ姉上やウサクから話は聞いていたし……。今回の助力、感謝するよ。君が居てくれればこちらも百人力さ」
タケルは頷き、それから城に入って行く。ホクトは少しの間思案した後、城を見上げてぼんやりとしているシェルシの肩を叩いて歩き出した。
「置いてかれるぞーい」
「あ……は、はいっ」
流石に一晩寝ていなかった所為か、シェルシは眠たそうだった。だがそれ以上にこの緊迫した空気に当てられたかのようにがちがちに緊張していたのである。一行は城の内部にある巨大な会議室へと通された。現在は作戦会議室、指令本部となっているその部屋ではククラカン所属の通信士たちが慌しく開戦の準備を行っている。
豪華な装飾が施された円卓の上に付くと、早速会議が始まった。最後にやってきたのはホクトで、その着席を確認しタケルが口火を切る。ククラカン側の置かれた状況、それは決して生易しい物ではない。
「まず、現在ザルヴァトーレ側が展開しつつある戦力について、ある程度の情報が入っているからそれを念頭に話を進めよう。敵は大きく分類して三つのルートに別れてる。一点突破が好みのシルヴィア王らしからぬ展開だから、これは間違いなく帝国の入れ知恵があると見ていいだろうね」
ザルヴァトーレの右翼陣形に位置するのは、主にククラカンへの侵略ではなくククラカンの反撃を行わせないように配置された部隊である。帝国側が貸し与えている戦闘母艦、バルタザールを中心に構成される航空自立兵器を主軸とした部隊で、場合によっては機動力を生かし各地の戦場へ応援に向かってくる可能性もある。配備されているのはザルヴァトーレ騎士団ではなく、帝国騎士団の部隊である。
左翼陣形を陣取るのは帝国騎士団を中心に編成される部隊で、帝国側が設置した小型のトランスポート装置を防衛するように配備されている。物資、兵器、人員などを輸送する拠点となっている場所で、ザルヴァトーレが持つリブレス砦の後方に位置する。
最後が中心からククラカン攻略を目指し進軍してくるザルヴァトーレ騎士団本隊――。騎士団長イスルギ率いる部隊を全面に帝国側から与えられた機動兵器、輸送用地上母艦を配備。女王シルヴィアも当然前線に出てくると予想されている。
「それとは別に、更に帝国側は高速強襲空母を配置してるって噂がある。配備戦力は不明……まあこんな所かな」
「剣誓隊の動きはどうなってる?」
「今のところ介入はないみたいだけど、旗色が悪くなればトランスポートから現れる可能性があるね。強襲空母に配備されているのが剣誓隊である可能性もあると思う。まだ動きを掴みきれたわけではないし、出てこないと考えるのは早計だろうね。それと気になる情報が一つ」
「気になる情報?」
「エル・ギルスとプリミドール……二つの界層から帝国騎士団が次々に撤退しているらしいよ。何かの動きの前兆だと思うけど……一応、念の為頭の片隅に覚えておいてほしい。僕からの報告は以上だ」
報告を終え、タケルが席に付く。さて、ではこの進軍に対してどのように迎え撃つのか……それが問題である。戦力的には敵の方が明らかに上であり、まともに正面衝突しても勝ち目は薄い。そもそも何を以ってして“勝利”とするのか明白ではない戦いなのだ。どう動き、何を目指すのか……それを考えねばならない。
「ふうむ……。ホクト、お主ならどうする?」
「ん? 俺ならそうだな……。正面突破する」
「よし、お主が馬鹿だって事はよお~く判った」
「いや、待て待て……。正面突破するのは俺だけだ。現状、最大の問題は帝国側の介入だ。それ以前の二国の戦力はおよそだいたい拮抗していたからこそ戦争が起きなかった。そうだろ?」
婚姻の儀にて勢力を増したザルヴァトーレには帝国側からの恩恵がよりいっそう強まり、ククラカンに対する技術、物資、戦力の支援はなくなった。これにより二国のバランスが崩壊し戦争となり、結果ククラカンが不利……。故に最大の問題点は帝国の介入、その一点なのである。
「だが配置を見て判るように、帝国側は出来るだけ干渉せず、ザルヴァトーレの力でククラカンを討たせたいように見える」
「うむ、その通りじゃな」
「だが、あちらさんがヤバくなったら当然介入してくる……。だからこそ、連中の攻略と同時に帝国の援軍を絶つ必要がある。となれば、ポータルが配置されているリブレス砦の攻略と、敵本隊への攻撃は同時でなくちゃならねえ。というより……本隊を足止めしている間にリブレス砦を攻略、ポータルを破壊後足止め部隊に合流して敵本隊を挟み撃ち……まあそんな所か」
意外とまともな作戦案に誰もが黙りこくっていた。魔剣狩りヴァンと言えば帝国に反旗を翻し長年戦ってきた“無謀な男”である。これまでの戦い方を見ても判るように、ホクトはいかにも力任せな戦闘を好む傾向にあるように見える。そんなホクトの提案だからこそ、皆驚いていたのである。
「問題は連中の高速強襲空母がどう動くかだな。だがまあ作戦の大筋に変更はないだろう……多分。戦力不足なのはわかりきってるんだ、そこはゴリ押しで突破するしかねえ」
「ふうむ……。じゃが、それならば本隊の動きはわらわと武士団に任せてくれ。むしろ魔剣狩り……お主はポータルの方を攻め落とす役割の方が良かろう。ゲリラ的な行動は慣れっこであろう?」
「まあ確かに、本隊にミュレイがいないんじゃ向こうも首かしげるだろうしな……。俺がこっちに参戦してるって情報は恐らくまだシルヴィアの耳には入っていないはずだし、奇襲という意味でもいいかもしれない。ただ本隊を抑えきれるか? ザルヴァトーレの戦力、なかなかの物だぞ?」
ちらりとホクトはシェルシを見やった。シェルシは昔からザルヴァトーレ騎士団の動きを見てきたが、率直に考えてククラカンはザルヴァトーレよりも弱い、という印象がある。そもそも軍備縮小の方向でここ数年動いてきたククラカンと、常に訓練と兵器開発を絶やさなかったザルヴァトーレの間に大きな隔たりがあるのは当然の事である。また能力不明のSランク魔剣を所有するシルヴィアが敵に居る事も踏まえると、ここで足止めに失敗すれば本隊はそのままラクヨウへとなだれ込む事になる可能性がある。
だからこそ、ホクトは自分がシルヴィアの相手をする事も含めて先ほどのように見積もったのだが、確かにこちらの本隊にミュレイがいないと不自然なのは明らか。大事なのはミュレイを中心とした編成でシルヴィアを抑える事……その一点である。
「ほんじゃま、ポータル攻略は俺が任されるとしよう。ポータルを落とした後は、シルヴィアの裏側から回りこんで敵陣を荒らす……そんな感じでいいだろ」
「本隊撃退に成功すれば、後は事を少しは丸く収められるかもしれぬな。まあそれでもシルヴィアが戦争を止める気がなければ……戦場はザルヴァトーレ王都、ルーンリウムとなるじゃろう……」
二人の話をシェルシは真剣な表情で聞いていた。ルーンリウムは高い城壁と壕で護られた都で、無数の水路が張り巡らされる美しい街だ。戦争とは程遠いあの緑と水の都が戦場となる……それはシェルシにとっては耐え難い苦痛だった。
ルーンリウムに思いいれがあるのは何もシェルシだけではないはず……。あの街は先代女王であるシャナク・ルナリア・ザルヴァトーレが愛した街である。優しかった母が護りたいと語った街が、戦乱に巻き込まれる……。シェルシは目を瞑り、唇を噛み締めた。
「しかし流石にホクト一人で攻略は難しいのではないか? ホクト以外にも人を付けた方が良かろう」
「いや、生半可な兵じゃ足手纏いになる。そうだな……ポータルの破壊がメインだから、破壊工作が出来るのが居るといいかもしれねえな。足が速いやつで」
「では、拙者が同行するというのはどうでござろう?」
手を上げたのはウサクだった。ウサクは忍という事もあり、機動力が高く、隠密行動にも慣れている。ホクトと共に奇襲を仕掛けるには持って来いの相手である。立ち上がったホクトはウサクの背後に回り、後ろから肩を組んで頭をわしわしと撫で回した。
「よし、いっちょやってみっか! 頼むぜ、ござる君?」
「わ、わわ……っ!? こ、こちらこそ……! 拙者、全力でやらせて頂くでござるよ……!」
「私たちサーペントヴァイトはククラカン本隊を援護するわ。砂の海豚も同じ動きで構わないわね?」
「ああ。最も厄介なのは、敵本隊だろうからな」
ブラッドの提案にリフルが乗り、おおよその作戦配置が徐々に決まってくる。シェルシが黙り込んでいる間にどんどん話は進み、ロゼも立ち上がりホクトとウサクの隣に並んだ。
「ポータル攻略には僕も同行するよ」
「ロゼ殿も、でござるか?」
「こう見えても魔術には詳しいから、ポータルなんかから情報を得られるかもしれないしね。続く帝国との戦いに向けて役立つ物も見つけておきたいし……。それに後衛不足でしょ?」
「魔術師、忍者、魔剣使いか……。まあ悪くない編成だな。こっちのパーティは男三人で決まりだ」
「では、わらわ達本隊は残りのメンバーという事になるな……。ウサク、ホクトがしっかり働くようにきちんと見張っておくのじゃぞ」
こうして大まかな作戦配置が決定し、それぞれが準備に動き出した。その間ずっと黙っていたシェルシは部屋から仲間達が去っていくのを見送り、それから深々と溜息を漏らした。戦いを止めるなどと気軽に言ってはみたものの、具体的にどうすればいいのかはまるでわからない。そうしてただ立ち尽くすシェルシの背後、肩を叩くタケルの手があった。
「ところで、姫はどうしてここに?」
「あ、タケル君……。その、私は……」
「詳しい事は良く判らないけど、相手はザルヴァトーレになる。君の動き方一つで、これからの戦いがどうなってくるのかが決まると言っても過言ではないんだ。君はどうするんだい?」
「私は…………」
シェルシは視線を反らし、窓の向こうを眺める。蒼い空を……。ぎゅっと掌を握り締め、それから頷いた。
「私、行ってきます!」
走り出したシェルシをタケルは黙って見送っていた。それから少年もまた歩き出し、作戦室は無人になる。誰もいなくなった作戦室の窓、音もなく進入してくる影があった。白いマントで全身を被った刺客――。それぞれの思惑が交錯する戦争が今、開戦しようとしていた。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*うさ子分を補給*
うさ子「はうう……最近出番が全くないのー……。序盤はあんなに出てたのに……」
シェルシ「うさ子も人気とか出番とか気にするんですね」
うさ子「出番がないと、ごはん食べるシーンもないの……。人気がないとね、ごはんももらえないのっ」
シェルシ「…………。そうなんですか……」
うさ子「そういえばね、ばれんたいんでーって知ってる? あのね、チョコがもらえる日なのっ!! シェルシちゃんシェルシちゃん、チョコくれるよね?」
シェルシ「え……。いえ、普通は女性から男性に送るものですよ。あとこの世界にバレンタインデーってないですけど」
うさ子「!? なん……だと……」
シェルシ「まあでも友チョコというものもありまして、女の子同士で渡しあったりもするようですよ」
うさ子「シェルシちゃん、じゃあチョコくれるの?」
シェルシ「うーん、そこまで言われると渡さないわけにも行かないですし……。好きな人にチョコをあげる日ですからね。私、うさ子の事好きですよ」
うさ子「!? 好きな人にチョコをあげる日だったのっ!? じゃあ、ホクト君とかからももらえるかな!?」
シェルシ「え……いや、それはどうでしょうか……。それにもらいすぎるのも大変ですよ? あとでお返しをしなくてはなりませんから」
うさ子「!? じゃあ、うさがシェルシちゃんにチョコあげたら、お返しくれるの?」
シェルシ「………。ええ、まあ……」
うさ子「うさ、チョコつくるのーっ!!!! それでね、それでねっ! み~~~~んなにチョコあげるのーっ!! はうはうっ!!」
シェルシ「…………お返し目当てですか……」
うさ子「それもそうだけど、うさは皆大好きなのっ! シェルシちゃんの事もだいす……はうう……っ!? お、おなかすいたの……っ」
シェルシ「そんなにお菓子のことばっかり考えてるからですよ。というかうさ子は野菜以外も食べられるんですか?」
うさ子「? なんで? 何でも食べるよ?」
シェルシ「肉とかは……?」
うさ子「お肉大好きだよ?」
シェルシ「アレ?」
うさ子「う?」
シェルシ「うさぎ……あれ?」
うさ子「うさぎなの」
シェルシ「アレッ??」