プリズム(2)
「異世界の人間、かぁ……」
ぽつりと呟くアクティはバテンカイトス二階の廊下からエントランスを見下ろしていた。現在バテンカイトスは負傷者の為の緊急避難場所となっており、ギルド関係者、非関係者問わず様々な怪我人が担ぎこまれていた。
先ほどまでアクティもその手当ての手伝いをしていたのだが、戦闘からこっちずっと動き詰めだったアクティを気遣い、ブラッドが休むように促したのである。とは言えこんな状況でどう休めばいいのか――。身体を動かしていれば考えずに済んだ様々な事が脳裏を過ぎる。少女の表情は、いかにも憂鬱だった。
そんな少女の背後。パンを齧りながら歩くロゼの姿があった。ランチボックスを片手に階段を下りようとしたロゼは手すりの上で頬杖を付いているアクティを発見し、背後から歩み寄る。その肩を叩くと少女はびくりと背中を震わせ、慌てて振り返った。
「な、なにっ!?」
「いや……。君も腹減ったろ? パン食べるかなと思って」
「…………はあ~……。なんだ、そんなことか……」
「そんなこと、じゃないだろ? 食べなきゃ動けなくなるし……ホラ」
手渡されたサンドウィッチを一口齧り、アクティは再び階下を見下ろした。口の中に野菜とハムの味がじわりと広がると、ようやく自分が腹ペコである事に気づいた。もぐもぐと直ぐに一つを平らげ、指先を舐めながらロゼを見やる。少年はパンを齧りながらも落ち着いた様子で人々を眺めていた。
「…………。そういえば、砂の海豚の団長辞めたって聞いたけど、どうしてここにいるの?」
「個人的に色々と確かめたい事があってね。そうそう、さっきメリーベルに色々話を聞いたんだけど、あの人は天才だね。暫くここで僕も修行でもしようかな」
「意外と楽しそうじゃん。てっきり落ち込んでるかと思ってたけど……」
「まあね。実際落ち込んでたよ。でもホクトとシェルシがやってきて、それどころじゃなくなったっていうか……。まあ色々」
「ふうん……?」
以前ここにやってきた時、ロゼは部屋に引き篭もって悩んでいた。アクティはホクトに頼まれて部屋から引っ張り出そうと何度か試みたりもしたのだが……結果は判り切っている。あの頃の姿を知っているだけにアクティには今のロゼの様子が意外だった。尤も、彼も全てを割り切れたわけではないのだが。
「ロゼは……ホクトが異世界人だって知ってたの?」
「いや。流石に全くの想定外だった、かな? まあ普通じゃないとは思ってたけどさ……」
「ホクトが生きててくれたのは、素直に嬉しいんだ。でもさ、ヴァンは……。ヴァンはもう居ないって思うと……。ホクトとヴァンが一つ何だってのも判るけどさ。こう、対応に困るっていうかさ……」
ぽつぽつと愚痴を零すアクティ。ふと顔を上げると、ロゼはそんなアクティを優しく見つめていた。何となく急激に恥ずかしくなり、少女は視線を反らす。そもそもどうしてロゼにそんな話をしているのか……自分でも良く判らなかった。
「どうなっちゃうのかな、これから……。そういえばブラッドとメリーベルは? 一緒だったんじゃないの?」
「二人なら、バテンカイトスでのギルド会議に向かったよ。もう結構前だから……今頃会議の真っ最中、かな? ククラカンとギルドの同盟が結ばれれば、一応帝国に対抗する戦力が集結する事になるし……。まあ、説得は難しいだろうけど」
今回のローティス襲撃により、殆どのギルドは反帝国活動に尻込みしている。元々反帝国のギルド殆どが先日の婚姻の儀の際に壊滅している事もあり、ギルド側に残されている戦力は決して多くない。バテンカイトスと呼ばれる空間が異次元に存在するから何とかやっているものの、まともにやりあえば帝国にあっけなく潰されてしまうのがオチなのだから。
その前提事実に付け加え、今回の帝国の攻撃が続き現在ギルド組合は全体が帝国に服従すべきだという考えに傾きつつある。元々ギルドの全てが反帝国というわけでもなく、このまま完全に潰されるくらいならばと考える反帝国ギルドも少なくない。結局ククラカンがギルドと手を結んだところで、大幅な戦力増強は望めはしないのだ。
「リフルとブラッドはこのまま帝国と戦う姿勢を維持する方向で固まってるみたいだけど、砂の海豚とサーペントヴァイトの二つだけじゃどうにもね……」
「こうなる事を予見して、ボスは反対してたのかな……。婚姻の儀の襲撃作戦」
実際、あの大騒ぎが無ければ今もまだ帝国に逆らうだけの戦力が温存されていただろう。甘い見通しで倒せるような敵ではないのだから、機が熟するまで待つべきだったのかもしれない。だが時既に遅し――過ぎた事を後悔しても仕方が無い。今出来る最善を……それを考えるべきだ。
「何とか反撃に手段を講じる必要があるだろうね……。そういえば、白騎士にはもう会ってきた?」
「う……っ!? い、いや、え~と……。ま、まだ……」
「彼女が大怪我した原因は君にあるんだから、見舞いくらい行って置いたほうがいいんじゃない? 白騎士が味方についてくれれば、こっちの戦力は大幅に強化されるけど……。どうするんだよ、もし協力しないとか言い出したら」
白騎士に限ってそんな事はないのだが、二人は白騎士――昴の性格をよく理解していない。故にアクティは顔色悪く視線を反らすしかなかった。あの魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジと互角に戦い上げるあの実力は是が非でも今は必要である。それがもし自分の所為で……そうなったらアクティは仲間達に合わせる顔がない。
頭を抱えて思い悩むアクティの背後、部屋から出てふらふらと歩く昴の姿があった。最近ずっとかけていなかった眼鏡をかけ、包帯まみれの身体で吹き抜けの下、手当てを施されている人々を見下ろす。寂しげな眼差しの昴の存在に気づいたロゼは、アクティの肩を叩いて昴を指差す。
「ほら、重傷患者が出歩いてるよ」
「え!? い、いや……ボ、ボクは……」
「謝っておいた方がいいって。ほら、行こう」
アクティの手を取り、ロゼは強引に走り出す。駆け寄る二人の姿に気づき、昴は身体をそちらに向けた。傷だらけの顔が痛々しく、憂いを秘めた優しい眼差しが二人を見つめていた。アクティはロゼに突き飛ばされ昴の前に立ち、おずおずと顔を上げた。
「君は……確か……ヴァンと一緒に居た……」
「…………え、っと……。ボク、アクティ……。アクティ・ノーレッジ……です」
「――――。初めまして、アクティ。私は昴……北条昴。白騎士って言った方が早い、かな」
苦笑を浮かべ、それから昴は通路の手すりへと手をかける。白い包帯が袖から覗き、アクティの胸はちくりと痛んだ。見れば見るほど良く判らなくなっていく。白騎士と呼ばれたあの恐ろしい魔剣使いが、この寂しげな少女だという事実……。どこか冴えない、ぼんやりした――。優しそうで、気弱そうな眼差し。それなのに全てを仮面で覆い隠して、彼女は返り血を浴びて戦ったのだ。
本当の彼女がどちらで、どちらが偽りなのか……それは考えるだけ無駄なのだろう。どちらの正解であり、どちらも不正解だ。昴は己の意思を押し殺し、目的の為に修羅になり切る――。その結果何が起ころうとも、至上目的の為にはすべてを割り切るつもりだった。その、覚悟があった。
仮面が外れた時、彼女が見せた悲しげな眼差し――それがアクティの中に深く刻み付けられている。誰も、誰だって、きっと本当は争いなんて望んでいないのだ。けれども仕方が無くて。そうしなければ護れなくて。だから、戦っている……。アクティとて、それは同じ事だ。
自分と相手が同じだとわかってしまえば、引き金は果てしなく重くなるのだろう。もう、アクティには白騎士を討つ勇気はなかった。それでも……やはり、憎しみは簡単には消えない。ヴァンが居なくなったのは、白騎士の所為――その考えはすぐには払拭出来ないだろう。それでも――。
「…………あんまり、出歩いてちゃ駄目だよ。あんなにボコボコにされてたんだから」
「どうも、そうみたいだね……。体中あちこち痛いよ……」
「目…………ごめんね? 痛いよね……?」
「――心配してくれてありがとう、アクティ。それじゃあ私は部屋に戻ろうかな……っと」
振り返った昴の足がぐらつき、倒れそうになる。その時アクティは昴の身体を支え、手を取って居た。驚く昴と驚くアクティ……。互いにびっくりした後、それからアクティは一歩前に出た。
「部屋まで、送ったげる……。目、見えないんでしょ?」
「いいの?」
「いいよ、ボクの所為だもん。メリーベルが目を治してくれるまで、ボクが昴の目になってあげる」
少し照れくさそうに、それでも譲らないといった様子で頷くアクティ。昴は微笑み、目尻に涙を浮かべながらその手をぎゅっと握り締めた。
「ありがとう、アクティ……」
「な、なんで泣くの!? 大人でしょ、しっかりしてよ!!」
「う、うん……ごめん……」
「ほら、こっち! 階段上がるから、気をつけてね!」
二人が手を取り合って螺旋階段を上がっていくのをロゼは遠くから見送っていた。その背後に突然ウサクが現れ、ロゼの持っていたパンを一つ手に取りマスクをずらした。
「かたじけない、ロゼ殿。お陰で二人が少し仲直り出来た様子でござるよ」
「うわあっ!? び、びっくりした……。なんで背後に音もなく現れるんだ……?」
「拙者、忍でござるから」
「そ、そういう問題か……? っていうか、居るなら居るって言ってよ……」
胸に手を当て、苦笑するロゼ。ウサクは軽快に笑い飛ばし、それから本題に入った。
「会議が終了したので、皆を集めてくれと姫様から頼まれたのでござるよ。ロゼ殿もメリーベル殿の部屋に向かってくだされ」
「あ、そうなんだ。了解……。ホクトとシェルシなら、さっき外に出てったよ」
「既に位置は把握しているでござるよ。然らば、御免!」
吹き抜けに飛び込み、そのまま去っていくウサク。忍者らしい行動に安心しつつも、若干それはそれで非常識で何とも言えない。ロゼは無言で暫く考え込み、それから階段を上がり始めるのであった。
プリズム(2)
「結論から言うと、ギルド全体は帝国に降伏するという方向で決まった」
ミュレイの一言から始まった作戦会議は当然重苦しいムードに支配されていた。砂の海豚、サーペントヴァイト、そしてククラカン……。更に加えて何故か魔剣狩りと皇帝の妻という異様な混成がずらりと並ぶ中、ミュレイは机の上に地図を広げながら報告を続けた。
「現状、ギルドには既に帝国に逆らうだけの戦力が残っておらぬ。帝国のギルドに対する攻撃姿勢は本物――恐らく降伏したところで無駄じゃろうが、むざむざ殺されに行くよりはマシというのがギルドの総意じゃな」
「…………まあ、そうなるだろうとは思ってたけどな」
肩を竦めるホクトを昴は椅子の上に座ったままぎろりと睨みつける。その表情は先ほどアクティと話していた時とは百八十度違う――。射抜くような憎悪の視線に気づいてはいたが、ホクトはこっそりとシェルシの裏に隠れてそれをやり過ごした。
「では改めて帝国側の動きとギルド、ククラカンの今後の行動をおさらいするぞ」
ミュレイは畳んだ扇子で机の上の地図を開いた。全ての始まりは婚姻の儀襲撃事件――。ギルドが徒党を組んでそこに乱入し、皇帝ハロルドの命を奪おうとした謀反から始まった。
襲撃に参加した反帝国ギルドはその殆どが剣誓隊により壊滅させられたが、反帝国ではないギルドは健在である。が、彼らは帝国からの攻撃に対して怯え、無条件降伏というのが結論である。帝国側が今までギルドを見逃してきたのは暗黙の了解であり、帝国にとってもギルドが有用な物だったからである。だが今回のように力を持ちすぎたギルドを放置するのは良くないと帝国は考えたのだろう。となれば、反帝国思想ではないギルドは帝国の管理下に入り生き残れる可能性がある。実際帝国は既に降伏勧告をしており、それがまたギルド内部での混乱を加速させる要因となっていた。
ギルド内部ではそれぞれのギルドマスターによる協議が行われたが、結果としては砂の海豚、サーペントヴァイトを除く全てのギルドが帝国に降伏するという方向性で決定した。つまりこれで事実上、ギルド組合は崩壊したことになる。
「ギルドは既に帝国に反抗する力と意思を失っておる。まあこれ以上説得した所で恐怖には勝てぬじゃろうから、わらわも一先ずは手を引く事にした」
そのミュレイ率いるククラカンは現在着々と戦の準備を進めているザルヴァトーレと近々正面衝突となるだろう。ザルヴァトーレの王、シルヴィア・ルナリア・ザルヴァトーレは第四界層プリミドールを平定し、帝国はシルヴィアの手によって強固に統括されたプリミドールで新たな利益を得る……というサイクルである。そう言った政治、資産的な目的の他にも帝国にはSランク魔剣の回収という目的も存在している。
Sランク魔剣の所有者は七人と言われており、その中でも最高魔力の剣、炎魔剣ソレイユを奪う事こそがククラカン侵略の最大目的なのだろう。ならばソレイユを手放せばそれで済むのかといえばそうではなく、どちらにせよ国は攻められる運命……。むしろソレイユこそが逆境を乗り切る為に必須の策なのである。
ククラカンにはミュレイのソレイユの他、ミラ・ヨシノが所持していたS魔剣、破魔剣ユウガが存在する。それは現在持ち主を変えつつも結局はククラカン所属であり、ククラカンを落とす事で二つもS魔剣が手に入るという事になる。ザルヴァトーレは念願であった第四界層の統一、帝国はその手助けでS魔剣を入手……そういった思惑があり、これからの戦いが繰り広げられるだろう。
「実際ククラカンとザルヴァトーレの戦力差は圧倒的じゃ。パトロンが桁外れじゃからのう。婚姻の儀に成功したのがククラカンだったのならばまた状況も違ったのじゃろうが、まあ今や世界は――そこの姫を中心に回っておるからな」
ミュレイが微笑みかけるその先にはまるで無関係のような顔をしているシェルシの姿があった。が、実際世界の動きのすべては彼女が皇帝の妻となったあの時から始まったのだ。彼女こそ、この世界のパワーバランスを崩壊させた張本人なのである。
尤もそれをどうこう言うのはお門違いであり、ミュレイとてそれは理解している。今大事なのはいかにしてククラカンを護り、ザルヴァトーレを倒すか……。ギルドを護り、人々を護るか。故にこの話の中で、大きく矛盾する前提が生まれてしまう。
「シェルシ、おぬしはどうするつもりじゃ?」
「え……?」
「ホクトについてまわっておるのは構わぬが、それでザルヴァトーレに混乱が起こるとは思わぬのか? それに我らはこれからザルヴァトーレと戦う為の会議を行う……。もしおぬしが皇帝の下に戻るのであれば、それを放置するわけにも行かぬ」
忘れていたが、ここはシェルシにとっては敵地なのである。忘れていた――。もちろん判ってはいた。だが――。周囲の人々からの視線は素直に困惑である。そう、シェルシはこの場に余りにも場違いだった。
「まあそんなにシェルシをいじめてやるなって。こいつは俺が責任持って帝国に戻すし、邪魔はさせねえから」
「そういうおぬしもどうするつもりじゃ、魔剣狩り? おぬしの話が事実であれば、帝国と戦う理由はないと思うが」
「まあ……ないと言えば確かにないな。だが――俺にも色々思う事はある」
ちらりと昴を見やるホクト。そう、それにもう全くの無関係というわけでもない。なんだかんだ言いながらも共に戦ってきた仲間たちの危機なのだ。それを無視する事は出来ない。
「ならばおぬしの力、戦力としてアテにさせて貰うぞ。構わぬな?」
「ああ、どうぞどうぞ。まあ俺とは共闘したくねえってやつもちらほらいそうだが……?」
「おぬしの戦闘能力はかけがえのない物じゃ。その為なら多少は……わらわも我慢するわ」
腕を組み、溜息を漏らすミュレイ。そう、ミュレイにとってもホクトはあまり好き好んで見たい顔ではない。だが現状は人材を選り好み出来るほど良好ではないし、ホクトの戦闘力は絶大だ。手放すには余りにも惜しい。
「現在……まあ仮に反帝国連合、とでも名づけようか。我々反帝国連合軍の戦力はククラカン武士団とサーペントヴァイト、そして砂の海豚のみじゃ。これだけで見ると、ザルヴァトーレとの戦力比は恐らく一対五くらいじゃろうな。それに付け加え、向こうには魔剣使いのイスルギ団長、それからあのシルヴィアが控えておる。更には剣誓隊も介入してくると想定すると、かなり不利なのは言うまでも無い。じゃが、こちらにも一応希望がないわけでもない」
魔剣狩りと呼ばれ、剣誓隊百人斬りの伝説を持つヴァン・ノーレッジ……ホクトが味方に居るのだ。それに付け加え式神の召喚が可能なミュレイ、対魔剣使い戦闘において絶対的な力を誇る破魔の昴と、七人存在するカテゴリーSの内三人もが集まっているのだ。この戦いに勝利出来るかどうかはこの三人を如何に効率よく運用するか、そこにかかっていると言える。
「ま、皇帝が出てこない限り俺一人でも相当蹴散らせるだろうな。ミュレイも多勢に無勢は慣れっこだろ? 問題はステラだな」
「ステラならわらわは恐らく相性の問題で撃退出来るじゃろうが、完全に倒しきるのは不可能じゃな。そこは昴の破魔が頼りじゃが……」
昴は現在負傷しており、実力を完全に発揮できるかどうかは怪しい。結局彼女の回復を待つ間、そのほかの準備もあるので作戦開始までは少々間を見る必要があるだろう。インファイトで絶大な戦闘力を発揮するステラはホクトとだと力と力の殴り合いになってしまうが、昴であればステラのデストロイモード装甲を貫く事が出来るし、ミュレイならば反撃されずに一方的に遠距離から攻撃が可能である。となれば相手をするべきなのはやはり昴かミュレイだろう。
「ステラが押さえ込めれば大分勝率は上がるぜ。残す問題は向こうの王様がどれくらい強いかだが――」
「あのっ! すみません――少し、いいですか?」
突然手を上げるシェルシ。全員がぐるりと振り返る中、シェルシは前に出てミュレイをじっと見つめた。ミュレイは鋭く紅い眼光でシェルシを見つめ返し、それから扇子を開いた。
「どうした、シェルシ?」
「はい……。あの……ザルヴァトーレとの戦い、どうにかして回避は出来ないんでしょうか……?」
「それは難しいじゃろうな。まあシルヴィアが止めると言い出せば何とかならない事もないじゃろうが……あやつの性格上、一度決めた事はまずひっくり返さんじゃろうし」
「でも……こんな戦争、きっと誰も望んでいません……。姉上も、話せば判ってくれると思うんです。私……姉上と直接話をしてみます」
「――正気か?」
「皇帝も、説得出来るかもしれませんし……。仮にも私は皇帝ハロルドの妻……。皇帝だって、少しは話を――」
「止めとけって。余計な事はするな」
そんなシェルシの言葉を遮り、ホクトはシェルシの肩を掴んで振り返らせた。その目は冷たく、そして敵意にも似た鋭さを湛えている。思わずぞっとするシェルシであったが、おおむね周囲の反応は同じであった。それもそのはず……。そしてそれは、シェルシの為を思っての事でもある。
「ハロルドはお前の話になんか耳を傾けねえよ。シルヴィアにも説得なんかしたところで無駄だ。お前が一番良く判ってるんじゃねえのか?」
「で、でも……」
「こうなったのは別に誰の所為でもねえ。ククラカンもギルドも俺たちも、結局はこの戦いに参加する運命だったんだ。だけどなシェルシ、お前は違う。お前はハロルドの所に戻るべきだ」
「ホクト……」
「皆だってな、お前にそんな風に人生無駄にしてもらいたくねえんだよ。ハロルドに楯突いたが最後、お前の扱いは地に落ちる……。余計な事をするなら即刻ヨツンヘイムに戻って貰う」
厳しい口調のホクトに叱られ、シェルシは落ち込んだ様子で項垂れてしまった。そのシェルシの手を引いて部屋の端に移動し、ホクトはひらひらと手を振った。
「悪いなミュレイ、馬鹿の話はほっといて続けてくれ」
「…………。では、具体的にこれからどうしていくのか策を講じる事としよう。正直全くの無策じゃからな、それぞれ意見を出し合って行くとしよう」
ミュレイの仕切りで作戦会議が始まる中、シェルシはとぼとぼと部屋から音もなく出て行った。ホクトはそれに気づきつつ、後を追いかける事はしなかった。少々厳しく、辛く当たるようだが全てが事実でありシェルシの為である。そんな中、会議に参加せずに部屋の隅で煙草を口にしたホクトの肩を叩き、メリーベルが隣に立った。メリーベルはホクトの咥えた煙草をひったくると、その背中を押す。
「何ぼーっとしてるの? 追いかけてあげたら?」
「…………。あんまり甘やかすのは良くねえぞ? 俺はパスだ」
「…………はあ。まあ、いいけど……。変わりに様子を見てくるから、貴方はちゃんと会議に参加して」
「あんたも物好きだな」
「自分に素直なだけよ」
皮肉染みた言葉を残し、メリーベルは部屋を去っていく。ホクトは改めて口に咥えた煙草を――そのまま無言で箱に戻し、舌打ちをしてミュレイに歩み寄っていく。そうして会議が行われる部屋の外、とぼとぼ歩くシェルシの背後からメリーベルはその肩を叩いて声をかけた。
「シェルシ、ちょっといい?」
「はい……?」
メリーベルに手を引かれ、シェルシは慌てて歩き出す。二人が向かう先は地下――。階段を下りていくメリーベルの背中を不思議そうに眺め、シェルシもその後に続いていくのであった。