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北斗(3)


 誰かが悪かったわけではないのだと、そんな事はとっくの昔に理解していた――。

 ロゼ・ヴァンシュタールには力が無い。知識も無い。それは彼が学ぶべき事を学べる時期、それを自由に過ごす事が出来なかったから……。彼の責任ではない。彼が悪かったわけではない。だがそれでも、彼はその立場に立たねばならなかった。

 父親の遥かな背中を追いかけ、そのためだけに年月を費やしてきた。時間をすべてそのためだけに費やしてきた。ふと、思い出すのは常に共に居たリフルの事である。魔術の訓練をし、組織の運営に苦心するロゼ。その傍らには常にその剣士の姿があった。

 顔に傷を負い、それを眼帯で隠したリフルの横顔は一見すると気難しく、近寄りがたく見える。しかし彼は知っていた。彼女が本当はとても優しい人間で、自分の為になんでもしてくれる人なのだと。子供ながらに魔術を学ぼうとするロゼに、リフルはいつも笑いかけていた。言葉には出来ない、複雑な眼差しで。寂しげな、切なそうな、そんな目で――。

 全てを失って漸く気づいた事がある。リフルや仲間達が何の為に自分を隔離してきたのか。真実は常に自分にとって良い物だとは限らない。知ってしまえばその結果、信じてきたもの全てが壊れてしまう可能性もある。何もかもを理解する事が正しいわけではない。それでも少年は、己の意思で真実へと手を伸ばした――。


「――――いいのか? 行かなくて」


 本の山に囲まれ、横になるロゼ。部屋に入ってきた男は腰に手を当てて問いかけた。その言葉が意味する事はロゼにも十分理解出来る事だ。

 婚姻の儀襲撃作戦の失敗、そしてその後に続く帝国の対応は打倒であり、十分予測出来た事である。それでもロゼがバテンカイトスに向かったのは、帝国を倒す事こそ全ての正義だと信じていたから。自分の父親が遣り残した事なのだと信じていたからだ。

 しかし今は違う。それが何を意味するのか、そして自分が何をすべきなのか……。判らなくなったからこそ判る事もある。黒い剣士は隣に座り、煙草に火を付けた。甘ったるいにおいが部屋の中に充満するにつれ、ロゼは深く息を着く。


「僕が行った所で、状況は何も変わらないよ。それはホクトだってわかってるだろ」


 そう、ロゼには力がない。魔剣を持たず。魔術も人並み……。他人より優れている事など、何一つない。平凡な能力――理解している。自分で判っている。特別なんかじゃない。だからこそ、退いたのだから。

 砂の海豚というギルドを率いていく自信も、父の意思を継いでいるのだという確証も、何もかもがあっけなく揺らいでしまった。否、それはずっと少年の心の中でわだかまっていた闇である。“これでよかったのだろうか”――? 人間ならば誰もが内面で衝突し、処理すべき葛藤。それを無視してきた大きなツケだったのかもしれない。

 無気力なわけではない。むしろ、やるべき事が見えてきた今だからこそ何かをしなければいけないと思う。けれども自分に何が出来るのか、何をすべきなのか、それが判らなかった。モヤモヤとした気持ちは日に日に募るだけで、それが吹き飛ぶような気配は未だ見えない。

 だが、男は一笑と共にそれらを吹き飛ばすのだ。まるで煙草の煙を吹き消すかのように。少年の肩を叩き、男は本の山の上にどっかりと座り込む。馴れ馴れしい態度に眉を潜めはしたものの、その手を払いのける事はしなかった。


「俺は――――。正直、何をどうやって生きていけばいいのか、判らないんだ」


「え……?」


「俺は何の為にここに居るのか。どうしてこの場所に存在しているのか……。考えれば考えるほどキリがねえ。判らないことばかりで、やりきれない気持ちばかり募っていく。でもな、ロゼ? それでも俺たちは生きていかなきゃいけないんだ」


 そんな事は言われずとも判っていた。だが馬鹿正直に大人しくその話を聞いていたのは、ホクトの口からまさかそんな言葉が飛び出すとは思って居なかったからなのかもしれない。常に強気で楽観的で、無理を強引に通してしまう力任せな生き方のホクトが、それに迷いを覚えていたとは思っていなかったから。


「だから、出来る事を一つずつ片付けてくしかねえんだ。別に俺は言うほど帝国が憎いわけでもない。でも戦う力があって、そんで戦う事で少しでも何かが変わればそれでいいと思ってる」


「…………。そりゃ、僕だって。でも……」


「お前の親父さんがどんな事をしていたのかも、砂の海豚が何なのかも、あの地下の遺跡がなんなのかも俺にはさっぱり検討もつかねえ。だけどなロゼ、お前はお前で親父さんは親父さんだろ」


 くしゃくしゃとロゼの頭を撫で回し、それからホクトは立ち上がった。彼の目に映る物はなんなのだろうか? ふと、それが気になった。自分とは違う場所を見ている気がした。同じ景色を見ているはずなのに。そこに宿る意味は大きく異なっている。

 自由に、世界をありのままに見つめる事が出来たらどれだけよかっただろう? それはきっと一朝一夕で出来るような事ではないのだろう。だが……きっと、努力しなければ永遠に到達する事も出来ない。


「…………リフルの事が心配なんだろ? リフルの事だけじゃない、他のギルドの連中もよ」


「…………」


「自分に素直になれよ。お前は難しく考えすぎなんだよ。いいか? お前はもう団長じゃないんだろ。だったらもう――自分の好きな事を思うようにやってみろよ」


「思うように……」


「もうお前に責任はない。だからお前はガキらしく、ガキっぽくがむしゃらになんでもやってみりゃいいんだ。ギルド、砂の海豚団長としてではなく。ただのロゼ・ヴァンシュタールとして……。好きな女くらい、助けられないで何が男だ」


「ぼ、僕は別にリフルの事が好きなわけじゃ……っ」


 顔を真っ赤にして立ち上がるロゼ。その表情をニヤニヤしながらホクトは眺めていた。急に恥ずかしくなり、そっぽを向きながら座り込む。ホクトは煙草を携帯灰皿に押し付け、それから靴音を鳴らしながら踵を返した。


「俺は、ローティスに行くぜ。なんせ暇だしな。それにあそこがなくなると、若いおねーちゃんと遊べなくなるし」


「そんな理由かよ……」


「ガリュウの調子も見てもらわないといけないしな。ま、兎に角俺は行くぜ――少年。お前はどうする?」


 背中を向けたまま、ホクトは問いかける。ロゼはまだ迷っていた。いや、恐らくその答えは永遠に見つからないのだ。この部屋の中で本に囲まれ、何をするでもなくじっとしている限り。

 そう、一歩歩き出さない限り決断の結果を知る事も意味を理解する事も無い。元々どうなるのかなんて判らない。でもまだ、リフルには話したいことがあった。訊きたい事があった。全てをうやむやにしたまま――全部終わっていいなんて思っていない。


「――どうやってローティスに行くつもりだよ」


 歩き出した男の背後、少年はやれやれと言った様子で立ち上がっていた。椅子にかけてあったローブを引ったくり、ホクトに駆け寄る。少年は男を見上げ、目を細めた。


「まさか、今から昇降機で行くつもりだったわけ?」


「他にいい手がないからな」


「手ならあるよ。バテンカイトスは元々砂の海豚にとっても拠点だったんだ。だから、ガルガンチュアにはバテンカイトスへの転送装置がある。そこからローティスに経由して向かえば直ぐに到達出来る」


「そりゃすげえ。で、それは俺一人でも行けるのか?」


 わざとらしいリアクションだった。しかしロゼはあえて何も言わない。突っ込むだけ無駄だと、知っていたから。だから当たり前のように頷いてみせる。何となく――そう出来る気がしたから。


「勿論、僕の承認がなきゃ動かない。あんた一人じゃやるだけ無駄だよ」


 あれだけ、ずっと思い悩んでいたのに。何故だろうか、彼が一緒なら……悩むことさえも馬鹿馬鹿しくなってくる。確かに言うとおりだ。いや、答えは出ていた。ただホクトはその背中を後押ししただけなのだ。

 ロゼだってこのままでいいなんて思って居なかった。確かに、ギルドを継承する人間としては相応しくなかったかもしれない。でもうやむやにされていた理由くらいはリフルに問いただしたかった。それに――やはり、こうしてじっとしているのは性に合わないから。

 何も解決なんてしてない。何も答えなんて出ていない。それなのに歩き出す事は愚かなのだろうか? きっとその答えも、その解決策さえも見つからない。だからとりあえず歩き出すのだ。どんなに自分が無力でも。今出来る精一杯で、結果を出してみせるから――。

 幼い頃からずっと力が欲しかった。でも何も出来なかった。今出来る一生懸命で向き合ってきた。そんな自分の傍だからこそ、リフルは居てくれたのだと思う。そんなリフルだからこそ、本当のことを話してくれなかったのが悔しくて仕方が無かった。悔しさはきっと消えないだろう。それを拭い去るのは容易ではないから。だから今は、出来る事を出来る限りの力で――。それを払拭出来るまで――。


「――――脱走した魔剣狩りが、まさか自分から顔を出してくれるとはね。これは幸運と呼ぶべきかな、ヴァン・ノーレッジ」


 石畳の上を歩くホクトは口元を吊り上げるようにして笑う。両手をズボンのポケットに突っ込んだままの無防備な姿勢で剣誓隊ナンバー1の男、オデッセイへと歩み寄る。ヴァン・ノーレッジ……ホクトの乱入により、戦況は異様な緊迫感の中にあった。この地獄のような戦場の中、男一人だけが“浮いている”のだ。痛めつけられた白騎士も、それを縛り付けたルキアも……。剣を片手に構えるオデッセイも、震えながら膝を付いているアクティも。誰もがただただ唖然と見つめるその姿は闇一色――。何故だろう? まるで幻影を見ているかのようなその感覚は言葉に出来ない。

 敵には絶望を、味方には希望を――。その怪物と相対して“幸運”と称するのは余りにも無謀かつ無理解だろう。故に男は剣を手の中に構築し、髪を靡かせて哂う。当たり前の言葉と共に。


「お前馬鹿だろ? “魔剣狩り”を相手にするって事の意味が全然判ってねえのな……」


 ゆっくりと前進するホクトの挙動にはまるで緊迫感がない。だというのに異様な威圧感にルキアもオデッセイも動きを封じられていた。ルキアが白騎士の拘束を解除し、迎撃に全力を出せるようにと身構える。しかしそれをオデッセイは片手で制し、前に出た。


「ルキア、君は下がっているといい。彼は君では相手に――――!?」


 急加速したホクトはガリュウを振り上げ、それを思い切りオデッセイへと叩きつけていた。魔剣でそれを防いだオデッセイだったが、強烈な威力の一撃に足場が大きく陥没する。叩き付けた反動で振り上げた剣を解除し、ホクトは両手にダガーを二対装備して猛然と襲い掛かった。左右から交互に繰り出される予測不能な攻撃をオデッセイは片手でいなしていく。ホクトは確かに凄まじい強さを持った魔剣使いだが、オデッセイとてそう容易く倒されるほど弱いわけではない。

 しかし、魔剣狩りの繰り出す攻撃はどれも予測出来ない程、見切れない程のバリエーションを持っている。手にする武器は剣に限らず、その剣の形状も無限大である。オデッセイにはすぐにわかった。ホクトが本気で戦っていない事が。そして今ここでホクトと本気でやりあったところで勝ち目が薄いという事も。

 後方に跳躍し、炎に包まれた街を背景にオデッセイは剣を降ろした。それを見つめ、ホクトは空に手を翳す。大地の影から。建造物の影から。夜の闇という名のこの世界の空全ての影から。数百、数戦の魔剣がずらりと並ぶ。それらは指先一つでいつでもオデッセイへと襲い掛かり、その身体を八つ裂きにするだろう。


「まだやるか、大将?」


「……いや、遠慮をしておくよ。今回は見逃してくれないかい、魔剣狩り」


「オデッセイ……!?」


「無理だルキア、一旦立て直さないとこっちが全滅する。あの男……恐らく本当に途方も無く強い。二人がかりでは殺しきれないね」


「…………退屈」


 二人が同時に後退し、走り去っていく。しかし変わりに飛び込んできたのはユウガを手にした白騎士であった。ホクトは地面から突き出た魔剣の一つを手に取り、その攻撃を防ぐ。一撃で魔剣を破壊出来る破魔の力は働かず、白騎士がひどく消耗しているのは明らかだった。


「おいおい、助けてやったのにそりゃないだろ」


「魔剣、狩り……ッ!! ヴァン・ノーレッジ……!!」


「だから、俺はヴァンじゃないホクト君だ」


「関係、ない! お前は、私が……たお……す…………」


 そのままホクトの身体にもたれかかり、ずるずると力が抜けて倒れていく昴。少女の身体を抱きとめ、ホクトは傷だらけの騎士の血にまみれた身体をじっと見つめていた。遅れて背後からアクティが駆け寄り、ホクトの傍に立った。


「ヴァン……じゃなかった、ホクト……生きてたんだ」


「俺が死ぬわけないだろ? 俺は殺されても死なないんだよ。そういう身体だからな」


「よく、わかんないけど……ホクト……。生きてたんだ……うう……っ! ボク、ホクトが死んじゃったかと……もう、会えないかと……あうっ!?」


 突然アクティの頭を小突くと、ホクトは片手で白騎士をひょいと担いで振り返った。最早周囲に倒すべき敵はいない。殆どの侵入者は白騎士が倒してしまったし、空母はミュレイが落としてしまった。ここに来る途中の戦場は全部ホクトが片付けてしまったし、もうこの町での戦闘はとりあえず終了したのだ。


「早いとこメリーベルに合流するぞ。あいつはもう治療の準備を進めてるはずだからな」


「う、うん……。ホクト……ボクの事、怒らないの……?」


「は? なんでだ?」


 まるであの日あった悲劇の全てが嘘であったかのように……ホクトはいつも通りだった。それがとても嬉しくて、涙が止まらなかった。泣きじゃくるアクティの頭を撫で、その手で少女の手を握る。男は優しく微笑み、それから唐突に走り出した。


「おら、急ぐぞ! ダッシュだ!!」


「う……うんっ! うんっ!!」


 走り出すアクティ。白騎士はグッタリした様子で血を流しつつ気絶していた。ホクトはその横顔を眺め、何故かとても寂しそうに微笑むのであった。




北斗(3)




「ロゼ…………。その、どうして……ここに?」


 娼館バテンカイトスの一室、ロゼとリフルは二人で向かい合っていた。突然現れたロゼの様子に戸惑いを隠せないリフル。それとは対照的にロゼは意外にも落ち着いた様子だった。


「リフル……その……」


「は、はい……」


「今まで……悪かった」


 何故、謝るのか――? 全くワケがわからず目を丸くするリフル。しかしロゼは落ち着いた眼差しでリフルを見つめ、言葉を続ける。


「今までずっと、僕の為に黙っていてくれたんだろう?」


「……ロゼ……?」


「もう、いいんだ。自分で調べたんだよ。父上が……ロイ・ヴァンシュタールが、一体何をしていたのか……」


「――――ロゼ、それは……っ!!」


「皆が、僕の為に黙っていてくれたのは判ってる。でも――それでも、僕はやっぱり話して欲しかった。本当のことを……。皆の仲間として……家族として」


 顔を挙げ、ロゼはリフルへと歩み寄りその手をそっと両手で握り締めた。ずっと子供だと思っていたロゼはいつの間にか大人びた眼差しでリフルを見つめられる少年になっていた。ずっとずっと傍に居たはずなのに、知らなかったロゼの強さ……。リフルはそれに目を細め、涙が滲みそうになるのを必死に堪えていた。

 そう、すべてはロゼのためだった。ロゼが知るには辛すぎる現実が、余りにも多く存在していた。だからこそ黙っていた。けれどももう、それも必要ないのかもしれない。ロゼは強い。少なくともリフルが思っていたより、ずっとずっと強い。少年はもう、現実と向き合える。向き合って、歩いていける強さを見につけていたから。


「どこまで……本当の事を?」


「あいつが元帝国所属の研究魔術師で、プロジェクトエクスカリバーに参加していたって事……。古代遺跡、“フラタニティ”を発掘していたって事……。その為に、UGに奴隷を集めて……。砂の海豚も元々は、集めた孤児で人体実験をする為にあったって事……」


「…………ロゼ」


「父上がそんな事してたなんて信じたくなかったよ。でも……でも、父上はそれでも帝国と戦ったんだよね? 父上は……悪行をしたかもしれない。でも、ちゃんとそれに向き合って、罪滅ぼしをしようとしたんだよね……?」


 リフルはロゼと視線を合わせる為に腰を下ろし、それから強くロゼを抱きしめた。護りたいと思った少年――そして、護ってくれとあの人から頼まれた少年。ロゼは、とても悲しい使命を背負っている。だからこそ護ってあげたかった。あらゆる全ての脅威から。

 でも、それは間違いだったのかもしれない。彼は戦う道を選んだのだ。真実を知り、それと向かい合っていく……。だからここにいる。それが出来るからここに来た。ロゼの成長がとても嬉しかった。そしてとても申し訳がなかった。自分は何を見ていたのかと、自分自身を殴りたい気持ちになった。ロゼは――こんなにも真っ直ぐなのに。


「ロイは……。ロイは、最後まで反帝国の英雄でした……。貴方の父上は、確かに間違えた。間違えたけれど……それを取り戻そうと必死になって戦ったのです」


「…………リフル」


「ごめんなさい、ロゼ……。貴方に全てを伝える勇気がなくて……。貴方の思い出を、穢してしまいたくなくて……。だから、貴方を拒絶してしまった。貴方を手放してしまった。でももう、放したくない……」


「お、大げさだなお前……。それと、あんまりべたべたひっつくなよ……」


「…………抱きしめられるのは、お嫌いですか?」


 悪戯っぽく、そして優しく囁くリフル。ロゼは照れくさそうに顔を赤らめながらもリフルの身体を抱き返す事で答えとした。二人はしばらくそうして抱き合い、互いの感触を確かめあった。長い年月存在していた溝を埋めるかのように……。

 身体を離した時、ロゼはとても大人っぽい微笑を浮かべていた。リフルは目尻の涙を拭い、それから立ち上がる。二人の間にあったわだかまりはきっとまだ消えたわけではないのだろう。けれどもこれが第一歩だ。お互いを理解しあう為に必要な、とても大切なプロセス。ここからまた始める事が出来る。どんな関係でも、どんな戦いでも――。


「まあでも、団長には復帰しないけどね」


「え!? ロ、ロゼ!?」


「自分でも判ってるよ。団長に相応しくないってことは。だから砂の海豚の事はもう少しリフルに預けたいと思ってる」


「…………しかし」


「そんな簡単に僕が妥協すると思ったら大間違いだよ。僕は……もっと強くなる。色々な物を見て、皆を護れる人間になる。だからそれまでは……ホクトにでも付いていく事にするよ」


「よりによってあの馬鹿野郎ですか?」


「お前……なんかホクトに対しては全く容赦がないよな……。あいつは何より強いし、あいつの周りはトラブルだらけだ。あえて荒波の中にもまれてみるのも青春かな、とか思ったりしてる」


 冗談交じりなロゼの様子からは余裕と前向きさを感じることが出来た。だから少しだけ安心する。勿論、全てをホクトに預ける事は出来ない。だからリフルは少々険しい目つきでロゼを見下ろした。


「くれぐれも、あの馬鹿から要らない部分まで学習しないようにしてください。あれは恐ろしく強いですが――胡散臭いので」


「あいつにも色々あるんだろ? 嘘やごまかしなら、僕らにだってあるさ。人の事は言えない」


「う……っ」


「皆によろしく伝えておいてよ。僕は、僕なりに父の後を継ぐ道を模索してみる。強くなる……。だからリフル、それまでギルドをよろしく頼む」


 剣士は頷き、少年の前に跪く。その手を取り、目を閉じながら誓う。それはもうずっと前から誓い続けてきた事。今更言葉にする必要すらない事。それでもまた、もう一度言葉にしてみる。二人の間にある確かな絆を感じられるように。ささやかな別れの間、それが途切れてしまう事がないように――。




「――――それで? どういう心変わりじゃ? 我らを助けるとは……」


 バテンカイトスの螺旋階段の途中、腰掛けて煙草を咥えたホクトにミュレイは問いかけた。昴をメリーベルのところへと運んだ後、ホクトは階段に座ってだらだらとしていた。周りは復旧作業や生存者の治療で慌てている所だが、ホクトはまるでそれらとは無関係であるかのように悠々と紫煙を吐き出している。

 ミュレイの言葉には様々な意味があった。勿論昴を助けてくれた事に対する感謝の気持ちもある。だがしかし、ホクトは自分を恨んでいたはず。白騎士とは敵対していたはず。それが急に現れ、急に手助けするなどと疑うなという方が難しい話だ。


「…………別に他意はねえよ。なんだかなあ、人助けしてやってんのに周囲のこの反応……傷つくぜぇ」


「お主、何者じゃ……? ヴァン・ノーレッジ……お主のような男ではなかったと思うが」


「当たり前だろ。何度も何度も何度も言ってる事だが、俺はヴァン・ノーレッジじゃねえからな」


 煙草をもみ消し、それから振り返って階段の上に立つミュレイを見上げる。ホクトはそれから深く息を着き、周囲を眺めた。崩れたエントランス、ふっとんだ出入り口、血と残骸の痕――。それでも、この世界は続いていく。


「俺は別にミュレイを恨んじゃいないし、白騎士だって別にどうでもいい。それに……俺がアイツを助けるのは別に当たり前の事だからな」


「……? どういう意味じゃ?」


「俺はヴァン・ノーレッジじゃない――それが全部の答えだよ、ミュレイ」


 歩み寄り、赤毛の姫と同じ段に立つ。ホクトはミュレイの手を取り、それから優しく微笑んだ。ミュレイは不審気に目を細め、扇子を広げて口元を隠した。ホクトは目を瞑り――少しだけ考え込む。そうして手にした姫の手を握り、真剣な表情を浮かべた。


「……ミュレイには、礼を言わなきゃな。白騎士の面倒を見てもらっちまったから――」


 ホクトとミュレイが至近距離で見詰め合うその足元、螺旋階段を見上げるシェルシの姿があった。ロゼとホクトについてきたのだが、結局することが無くてエントランスの作業を手伝っていたのだが、ふと気づくと頭上にホクトとミュレイの姿があったのである。

 何をしているのかと首をかしげていたのだが、ホクトがミュレイの手を取り、顔を近づけるのを見て慌てて階段をこっそりと上りだす。話し声が聞こえるくらいまでそーっと様子を見に行くと、ホクトはミュレイの耳元で何かを囁いていた。その言葉にミュレイは驚き――思わず後ずさる。


「…………今、何を……?」


「判って貰えたか? 俺は別にあんたを恨んじゃいないし、白騎士を殺そうとも思ってない。俺は、ヴァン・ノーレッジじゃないから――」


 階段を上がるシェルシ。二人の言葉に耳を傾ける。ホクトは階段の手すりに体重を預け、それからもう一度同じ言葉を繰り返した。


「俺は、ヴァン・ノーレッジじゃない。何度も何度も言ってるけどな。俺の名前はホクト――。“北条北斗”、だよ。俺はこの世界の人間じゃない。こことは遠い世界からやってきた――もうとっくの昔に死んでる救世主なのさ」


 意味の判らない言葉の連続に思わずシェルシは階段から足を踏み外し、すってんころりんとその場に転んでしまう。その物音でミュレイとホクトが振り返る。昴はその二人の視線を戸惑いの視線で見つめ返していた――。


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