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北斗(2)


「――――久しぶり、白騎士……」


 ローティスの大通りの中、無残に朽ちた機動兵器の残骸の中に白騎士は立っていた。炎に包まれた背景の中、小さな影が浮かび上がる。立っていたのは巨大な剣抱きかかえた桃色の髪の少女である。白騎士は傷を負った顔で振り返り、少女を見つめた。

 二人が出会うのはこれが初めてというわけではない。白騎士は彼女と面識がある。そう、何度も一緒にミッションに参加した仲だ。彼女がまだ、剣誓隊と呼ばれる組織の一員として活動していた頃……。まだ、ヴァン・ノーレッジを倒そうと各地を奔走していた頃の話である。

 少女――ルキア少将はハイヒールのブーツを鳴らし、ゆっくりと近づいてくる。抱きかかえた剣にそっと頬を寄せ、冷たい――感情を廃した瞳で白騎士を見据える。騎士はユウガを揮い、それを鞘に収めた。


「ルキア……。まさか、将軍クラスが前線に出てくるとは」


「……今回の作戦はそれだけ本気……という事。でも、意外……。貴方が……ギルドの味方をするなんて」


 状況を見ればそれは歴然としている。白騎士が切り倒した機動兵器と帝国騎士の数を見れば明らかだ。それは白騎士が帝国に反旗を翻した事を意味している――。白騎士の背後、メリーベルが動いた。しかしその動きを制するように白騎士は鞘を振るう。


「メリーベルはバテンカイトスの方をお願い」


「…………でも、今の貴方じゃ」


「――――大丈夫、私は死なない。このくらいで死んでなんか居られない。だから――お願い、行ってメリーベル」


「…………。判った。護りは固めておくから……攻めは任せる。それと辛くなったらさっき渡した薬を」


 白騎士が頷き、メリーベルはそのまま走り去っていく。深く息を着き、白騎士はルキアへと歩み寄った。帝国騎士団剣誓隊、最強戦力の一角である少将ルキア……。その小柄すぎる外見とは裏腹にその戦闘力はトップ4に君臨するのだ。そして恐らく、魔剣の扱いについては付け焼刃の白騎士よりも上である。

 所詮、白騎士――北条昴の戦闘力は、白神装武という鎧に支えられた物に過ぎない。それがなければ彼女は魔剣の扱いに関しては初心者なのだ。そして肝心の白神装武は今、度重なる魔剣狩りとの戦いでガタが来てしまっている。結果、仮面は砕け銃弾は彼女の瞳を抉ったのだから。

 状況は劣勢である。だが、昴はゆっくりと振り返っていた。背後、建造物の上からもう一つの陰が飛び降りてくるのが見えた。黄金の甲冑を纏った騎士――。優しい笑顔を浮かべ、騎士は昴へと歩み寄った。


「気づいていて、仲間を行かせたのかい? 白騎士」


「…………まあ、そういう事になるかな。久しぶり、大将……。オデッセイ」


 オデッセイ大将――。剣誓隊最強戦力であり、剣誓隊を指揮する男……。金色の髪を靡かせ、男は敵意の欠片も見せずに昴へと歩み寄っていく。しかしそれを警戒で応じ、昴は刀に手を伸ばした。


「やれやれ。まさか君が裏切るとは思ってもみなかったよ。魔剣狩りの方はもういいのかい? あれだけ必死に探していたというのに」


「それはそれ、これはこれ……って事です。あいつはいつかは殺さなきゃならないけど、でも今は……貴方達と戦う事の方が先決、かな」


「そんな負傷した身で、剣誓隊の実力者二名を倒せるとでも……? ふふ、まあ私は君のそういうところはそんなに嫌いじゃないよ。それにしても仮面の下はそうなっていたのかい? まさか可憐な乙女だったとはね……なあ、ルキア?」


 笑いながらそう問いかけるオデッセイだったが、ルキアはまるでノーリアクションである。少しだけ寂しげに肩をすくめ、それからオデッセイはマントを翻し前に出た。


「白騎士、君はまだ聞いていないかもしれないけれど、ハロルド陛下は君をインフェル・ノアに連れて来いと私に命令した。これからククラカンに迎えにいこうと思っていた所なんだよ」


「ハロルドが……?」


「君の力が必要だという事さ。どうだい? 無駄な戦いは止めて、また剣誓隊に協力するというのは。君の実力は折り紙つきだし、陛下も認めている。今度はバイトじゃなくて剣誓隊に永久就職するというのも悪い話ではないと思うんだけど」


「生憎、お断りします。私は元々、貴方達の仲間になった覚えはないし」


「…………。君は、仮面が無いと口調まで変わるんだね。いや、心苦しいよ――。仕方ない、君を倒してそれからインフェル・ノアに連れて行く事にするよ」


 オデッセイが片手を空に翳すとそこに虹色の幻影が浮かび上がる。やがて虚像は形を結び、手の中には美しいロングソードが召喚された。背後ではルキアが動き出し、剣を抱いたままとことこと接近してきている。前後から挟まれ、昴は深く息を吐き出した。

 どこまでやれるのかは判らない。仮面がないと、気持ちが落ち着かなかった。仮面を突ける事で気持ちを切り替え、“白騎士”になりきっていたから。しかし今は仮面もなく、支えてくれる仲間もいない。鎧はボロボロで、両手は血にまみれている。右目の痛みが意識を遠ざけ、それを決して手放してしまわぬようにと剣を強く握り締めた。

 心を――切り離す。今までも、そうやって戦ってきた。北条昴という弱い人間は心の中から追いやってしまおう。目を閉じ一秒未満、スイッチを切り替える。最強にして正義の使者――。運命を破壊する、白い甲冑の死神。剣を抜き、すらりと美しく反り返る刃に己を映し込む。


「我が名は白騎士――! いざ、参るッ!!」


「うーん、困ったね。気合が入っているようだ。ルキア、きちんと手加減してくれよ? あれだ。殺してしまっては――陛下に怒られてしまうからね」


「わかってる。殺さない。殺さないで――いたぶるだけ」


「こらルキア、そういう事は思っても口にしてはいけないよ? そら、彼女だって本気だからね。気をつけなければ――」


 二人の視界から途端に昴が姿を消し、オデッセイの背後に現れる。放たれる斬撃――それをオデッセイは驚異的な反射能力で防いでいた。淡い光を纏った魔剣が昴のユウガを受け、二つの魔剣は火花を散らす。


「――彼女は強いからね。うっかりやられてしまっては、剣誓隊の名折れだよ」


「……流石に不意打ちじゃ倒せないか」


 二人は同時に刃を繰り出し、打ち合ったと同時に背後へと跳んだ。後方へ移動する白騎士の右側――。死角となる場所から飛来するルキアの魔剣の姿があった。ぐるぐると横に回転しながら猛スピードで突っ込んでくる――それは、既に飛翔と呼んで相違ない。突っ込んでくる剣の殺気に気づき、鞘でそれを受けて弾く。しかし弾かれた剣は空中でピタリと静止し、再び襲い掛かってきたのである。

 ルキアの剣を再び鞘で討ち払う直後、オデッセイは魔剣を振り上げ昴の背後に立っていた。振り下ろされた一撃は防御が間に合わず、白騎士の肩口に袈裟に直撃する。轟音が鳴り響き、しかし白騎士は直ぐに反転して反撃を繰り出した。


「偉く頑丈な鎧だね。まさか貫通出来なかったとは」


「…………オデッセイ、手加減しすぎてるから」


「そのようだね。もう少しペースを上げようか」


 空中をグルグルと回転した魔剣は主であるルキアの足元に突き刺さり、ふわりと浮かび上がった。勝手に動き回る魔剣に手を伸ばし、ルキアは踊るように前に出る。そんな少女の周囲を剣が続けて踊り出す――。昴は肩の痛みを堪えながら再び剣を構えた。手に力が上手く入らず、体力が低下している事を強く実感させられる。長期戦になれば、圧倒的に不利――。


「…………さあ、歌い踊り死に狂え……。貴方を痛みで満たしてあげる。貴方の事、嫌いだから……。ね――白騎士」


「…………趣味が悪いな、その台詞回し――」


 魔力を解き放ち、白く輝くユウガを構える。ルキアとオデッセイ、二人も同時に魔力を放出し、それを魔剣に練りこんでいく。三つの影が同時に動き、ローティスでの最後の戦いへと突入していくのであった。




北斗(2)




「うーむ、しかし……もう少し歯ごたえのある敵はいなかったんじゃろうか……」


 帝国戦闘空母のコントロールルームの中、倒れる帝国騎士たちを背にミュレイは退屈そうに呟いた。既に三つの空母のうち二つを占領、一つはローティスの外に撃墜してしまった。状況がすべて完了し、ミュレイはソレイユを片手に眼下の街を見下ろしていた。

 状況は既に取り返しのつかない段階にまで悪化していたが、空母を抑えた事で何とか街そのものの被害は留める事が出来た。後は市街地での戦闘がどうなるかだが、肝心の空母に配備されている敵の程度を見ればまさか地上で白騎士が将軍と戦っているようには思えず――。


「ゲオルク、この船は任せる。わらわは地上に降りて、白騎士の手助けをしてくる」


「人使いが荒いな……。というか、俺は結構テキトーにこの空母動かしてるんだが」


「別に町の外なら墜落して爆発しても構わんぞ?」


「俺は構うんだが……」


 冗談交じりに笑うミュレイの正面、突然落雷が起こり目の前に転送魔法陣が浮かび上がった。それが何を意味しているのかミュレイは知っていた。だからその場でソレイユを広げ、魔力を剣に収束する。

 若干遅れ、そこには銀髪の少女が送り込まれてきた――のだが、直後放たれたミュレイの魔法が大爆発し、転送されてきたステラをコントロールルームの半分以上と同時に吹き飛ばした。何が起きたのか判らなかったゲオルクが振り返ると、暴風に晒されながらミュレイが扇を開いて佇んでいた。


「な、何してるんだミュレイ……」


「いや、ステラが来そうだったのでぶっ飛ばしただけじゃ」


「はあ?」


 首をかしげるゲオルクだったが、直ぐにミュレイの言っていた言葉の意味を思い知る。吹き飛ばされた装甲の向こうから、黒焦げになったステラが武装状態で戻ってきたからである。装甲を装備する前に吹き飛ばされた為ダメージは大きいらしく、ノーダメージの装甲とは裏腹にその中身はぼろぼろだった。


「…………。転送を呼んで魔法を撃ってきたのは恐らく貴方が最初で最後です、ミュレイ・ヨシノ」


「阿呆……。目の前に出てくるのがわかっていれば、普通は誰だって先手を打つわ」


「しかし、それをやらないのが人間なのではないですか? まあ、貴方に常識的な思考を求めるだけ――――!?」


 会話の途中だというのに、ミュレイが再び放った魔法がステラに直撃していた。装甲でダメージを軽減してはいるものの、ミュレイの膨大な魔力を練りこんで放たれる火炎は想像を絶する威力である。それが魔剣ソレイユによって何倍にも威力を高められているのだから、いくらステラと言えども受ければノーダメージでは済まない。


「話の途中だというのに、貴方は……!!」


「話すことなどないわ――!」


 加速し、猛然と突っ込んでいくステラ。その拳がミュレイに当たりそうになったその時、ステラの足元から火柱が吹き上がった。それはステラを巻き込んだままコントロールルームの天井を貫き、カタパルトまでステラを吹き飛ばす。風が吹き荒れるカタパルトの上に着地したステラの前、空いた穴からふわりと舞い上がってくるミュレイの姿があった。


「あんな所で戦って、船が墜落したらどうするつもりじゃ阿呆」


「…………。それは私の任務の中には含まれて居ない事項です。ミュレイ・ヨシノ……貴方を倒せという命令は出ていませんが、カテゴリーSの魔剣はすべて回収しろとの命令です。この場に居合わせたのを目撃した以上、放置は出来ません」


「ほお、ついに化けの皮が剥がれたようじゃな。魔剣を集めてどうするつもりじゃ? この世界を完全に支配でもするつもりなのか?」


「目的は私には関係ありませんし、知る必要のない事ですから。私はただの手段……。貴方の炎魔剣ソレイユ、回収させて頂きます」


「言うは容易いぞ、小娘……? やってみよ。我が紅蓮の炎がお相手致す」


 頭上、ステラ目掛けて落下してくる炎龍ヴェルファイアの姿があった。落ちてくる龍はまるで流星のように猛スピードで襲い掛かり、その巨大な拳を少女へと叩きつける。それを片手で相殺したステラは指先で雷撃を起し、ヴェルファイアではなくミュレイを狙う。式神は倒してもミュレイにとっては魔力が消耗されるだけであり、高位の式神はいくらステラとて倒すには時間がかかる。時間を与えてしまえばミュレイは魔法を容赦なく放ってくるだろう。それ故の速攻――しかし、判断は間違いであった。

 放たれた雷撃をミュレイは扇状に展開したソレイユで薙ぎ払う。するとまるで風に吹かれたかのように雷撃はぐにゃりと捻じ曲がり、あろう事かステラ本人へと弾き返されたのである。しかもその威力も巨大さも、ステラが放った物の数倍に増幅――。避けなければ危険だと判断は出来たが、式神に潰されていて回避が出来ない。

 直撃した雷撃は空母の後ろ半分を薙ぎ払い、空母はバランスを崩して墜落を始めた。コントロールルームでゲオルクが大慌てだったのだが、ミュレイにとってそんな事は知った事ではない。ヴェルファイアが舞い上がる後、そこには黒焦げになったステラの姿があった。


「ほー。まだ原型が残っておったか」


「…………く……っ! 帝国が……ククラカンに、容易に手出し出来ない理由が、わかった気がしま――!?」


 再び、ステラを爆風が吹き飛ばした。喋る余裕があるのならば、まだ戦闘不能とは呼べない――。ミュレイは紅く輝く瞳で冷たく獲物を見つめていた。扇を振り回し、その場で舞う。その度ステラを爆風が襲い、強固なアーマーを貫いてダメージを徐々に蓄積させていく。踊っているのはミュレイの方だというのに、あちこちで起こる爆発に弾かれよろめくステラの姿もまた、踊りの最中にあるように見えた。

 ふらつきながらも何とか踏ん張り、動き出すステラ。しかしミュレイは容赦なく、既に構築を終えていた次の術を発動させる。ステラの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから連続して火柱が吹き上がった。更にミュレイは扇を揮い、その火柱を嵐のように渦巻かせていく。空に舞い上がる紅蓮の炎――ステラはその渦中、全く身動きも取れずにただ苦しみ続けていた。

 魔術師が相手――その先入観を持っていたステラが甘かったのである。ミュレイは魔術を発動する際、詠唱というものを全くしない。術を構築するのも無言でただ扇を揮うだけで完成させる。それこそがソレイユがカテゴリーSとランク付けされる理由。ミュレイは弾丸無制限、リロード制限無しの巨大は重火器のようなものなのである。近づく事も出来ず、身を晒せば吹き飛ばされるのみ。


「一つ、良い事を教えてやろう。戦の最中、べらべらと長台詞を言うのは――。“勝利”が確定した時のみじゃ」


 扇を閉じ、目も閉じるミュレイ。直後炎は中心に収束し、炸裂する――。完全に甲冑を砕かれたステラはその場に膝を着き、どさりと前のめりに倒れこんだ。目を開いたまま、口を開いたまま、全くピクリとも動かなくなる――。その様子にミュレイは腕を組み、ふわりと浮かび上がって足を重ねた。


「――――今日は一つ賢くなって良かったのう? まあ、目覚めた時覚えておればの話じゃが……ぬおっ!?」


 余裕の表情を浮かべていたミュレイだったが、彼女が乗っている空母は既に猛スピードで墜落を開始していたのである。カタパルトまで上がってきたゲオルクが両手で×印を作ってみせる。ミュレイは冷や汗を流し、それから慌ててヴェルファイアを呼び戻した。

 墜落する空母から飛び降り、ミュレイは空中でゲオルクと合流する。ヴェルファイアに回収してもらい、何とか落下を免れつつそのまま市街地へ――。町のはずれでは空母が墜落し、爆発する光で夜が明るく照らされつつあった。その光の中、ヴェルファイアが通過した大通りの一つで白騎士は戦っていた。

 同時に襲い掛かってくる剣誓隊二人に何とかついていくのがやっと――否、既についていけずに何度も斬り付けられている。鎧で護られているからまだ動けるが、加減されていなかったら既に死んでいただろう。息が上がり、先ほどから汗と血が止まらない。意識がグラグラと揺らぎ、思わず膝を着いてしまう。そんな昴の前に立ち、ルキアはブーツで白騎士の手を踏みつけていた。


「…………白騎士、弱い」


「二対一だし、仕方が無いさ。それに剣誓隊で長年戦ってきた私たちと比べるのは、少々酷というものだろう」


「く……っ! まだ……終わってない……!」


 立ち上がろうとする昴の背後、後頭部をルキアの剣が強く打ちつけていた。刃ではなく刀身で叩かれただけだというのに血が吹き出し、意識が吹っ飛びそうになる。前のめりに倒れる昴の身体を抱きとめ、ルキアはその頬に流れる血をぺろりと舐めて笑った。


「もう、終わってる――」


「ルキア、白騎士を回収後、君はそのまま帝国に帰還してくれ。私はこのまま反乱分子を徹底的に排除して行く事にする」


「…………えー……? ルキア、もっと白騎士と遊びたい……」


 血まみれの昴の頭を抱きしめ、すりすりと頬を寄せるルキア。そうして先ほど傷つけられたばかりの後頭部の傷口に白い指を突っ込み、目を細めて笑う。痛みで吹き飛びそうだった意識が痛みで戻ってきた昴は悲鳴を上げながらルキアを突き飛ばし、落ちていた剣を拾い上げて立ち上がった。


「ルキア! わざわざ気付けしてどうする!」


「だって、もっと遊びたいんだもん……。白騎士……いつも一生懸命で、ぞくぞくするの。すごく……いじめたい」


「ふざけた……事を……っ!!」


「オデッセイ、ルキアはもう少し白騎士と遊んでてもいいでしょ……? ちゃんと、この子は連れて行くから……」


「ふざけるなっ!!」


 剣を手に昴が走り出す。目の前に居るルキアは無防備で、防御する様子も驚く様子もない。そんなルキアの目の前に魔剣が落下してきて昴の斬撃を防ぎ、ルキアが片手を翳すと白騎士の足元から無数の黒い鎖があふれ出し、それがぐるぐると騎士の身体へと巻きついていく。

 完全に動きを奪われた昴の目の前、ルキアは浮いている剣の上に座って無邪気に笑っていた。背筋がぞくりと寒くなり――次の瞬間、昴の全身に巻きついている鎖が恐ろしい力で締め付け始めた。甲冑が一斉に崩れかけ、余りの苦しさに昴は悲鳴を上げる事すら出来ない。それが緩められたり、またきつくなったり……拷問のような攻撃が断続的に続く。呼吸も出来なくなり、酸素を求めて口をぱくぱくと開け閉めする。最早剣を握り締める事も出来ず、美しい白き刀はカランと空しく音を立てて床に転がった。


「あ……ぐ……っ」


「そのまま殺さずちゃんと連れ帰るんだよ、ルキア」


「わかってるから、邪魔しないで……。ねえ白騎士、苦しい? 痛い……?」


「う……っ」


「ずっと痛くて苦しいとね、段々何も考えられなくなってくるの……。そうするとね、段々きもちよ~くなってくるからね。うふ、うふふふふふっ」


「……悪趣味だな、君は」


 呆れた様子でそっぽを向くオデッセイ。その視界に一人の少女の姿が映り込んだ。オデッセイは走り出し、拷問に夢中になっているルキアの傍で剣を構える。飛来したのは弾丸――それを剣で弾き、ロングソードを降ろした。

 銃撃で漸く異常に気づき、ルキアは苛立った様子で振り返った。不満げなその瞳の向こう――。息を荒らげ、震える手でライフルを握り締めたアクティの姿があった。少女は再びライフルを構える。勿論、明らかに勝ち目はなかった。不意打ちしたのに気づかれて、しかも片手であっさり弾かれてしまったのだから。

 それでも――それでも後には引けなかった。どうして白騎士の様子が気になって追いかけて来てしまったのか、それは判らない。ヴァンの仇だから……それもあるだろう。傷つけてしまったから……それもあるだろう。敵の将軍がそこにいるから……恐らく全てが正解だろう。だが、全てが完全に正解ではない。

 アクティにもそれは理解出来ない行動だった。ただ、苦しんでいる白騎士の姿をみたら居ても立っても居られなくなってしまった。勝てないとわかっていて、応援を呼ぶしか何も出来ないとわかっていて、でも手を出してしまった。指も、腕も、足も、肩も、声も、全てが震えていた。怖くて仕方が無かった。なのに――どうしてだろう。


「し……白騎士を放せよ、変態っ!!!!」


 大声で叫んで居た。何故だかは判らない。傷だらけの白騎士はアクティへと虚ろな視線を向けていた。あの、寂しげで……悲しげで。行き場を失って彷徨う亡霊のような目――。

 知っている。同じ目をした人を。あの時は、助けて貰ったから。だから乗り切れた。でも、もしも――。もしも本当に戦う以外に何もなくて。ただそれしかなくて。それだけを極めていたのならきっと――“自分も”――。

 引き金を引き、弾丸が放たれる。それはオデッセイに弾かれ、代わりにルキアが放つ魔術攻撃が跳んできた。影から飛来する、漆黒の弾丸――。アクティはそれを見切る事はできた。しかし身体が固まって動かなかった。死ぬしかない――そう思えた。

 ぎゅっと目を瞑る。どうしてこんな事になってしまったのだろう……? 理由はいつだって曖昧で単純だ。だけど今こうして思う事は一つ。もし――もしも。彼が傍に居てくれたら。彼が、ここに居てくれたら――。


「――――よお、アクティ。弱いくせに頑張ったじゃねえか」


 そんな風に――声をかけてくれたなら。そしたらきっと、目を開いて。今度はちゃんと、彼を見つめて。


「…………どう、して……?」


 嘘でも偽りでも構わない。もしかしたらもう死んでいて、今見ているのは幻影か何かなのかもしれない。死後の世界があるのなら、きっと彼だってそこに居る。でもそれは嘘でも幻でもない――列記とした事実。

 黒い、その剣は大きく。剣を握り締める手も大きく。いつも眺めてきたその背中も大きかった。男は黒髪を靡かせ、肩に剣を乗せて笑う。大きなその手でアクティの頭を乱暴に撫でながら。


「白騎士があんなにボコられてるのは初めて見たな……。おい、聞こえるかよ死神! 助けに来てやったぜ――ヒロインさんよ」


 闇の魔剣を片手に、男は一歩前に出る。最強と呼ばれた魔剣使い――。全ての魔剣を狩る男。口に咥えた煙草を放り捨て、ガリュウを構える。


「アクティ、どうして……? はねえだろ? いいか、いい事教えてやるよ。ヒーローってのはな、毎回ちょっと遅れてやって来るのがミソなのよん」


 ふざけた態度にオデッセイもルキアも顔色を変えた。魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジ――。彼らが最も倒さねばならない男は、何故かその場所に立っていた。まるで本当に、ヒロインを救う為に駆けつけたヒーローの如く……。


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