表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/108

Than she(2)


「なんつーか、ここに来るのも久しぶりの気がするな」


 立ち止まるホクトの前、停泊したガルガンチュアの姿があった。数ヶ月ぶりに訪れるカンタイルの街は以前とまるで変わっておらず、ホクトとイスルギがやりあったせいで破壊されたギルド本部の時計も壊れたままであった。シェルシは内心街の人々に申し訳なく思いつつ、けろりとした様子のホクトと一緒にここまでやってきた。

 ガルガンチュアの扉を開こうとしてみるのだが、扉はロックされていて開かなかった。ホクトとシェルシは顔を見合わせ、それから首をかしげる。ノックしたりもしてみたが、中に人の気配は感じられない。


「留守なんでしょうか?」


「上から行ってみるかなっと」


 その場で跳躍し、一度壁を蹴って大きく舞い装甲板を上がっていくホクト。その姿が消えてしまい、シェルシは慌てて壁を登ろうとしてみたのだが、つるつるした材質の為必死にしがみ付いてもずるずると落ちてしまう。置いて行かれたのかと思い、がくぷるするシェルシの目の前で扉が内側から開かれた。


「ラウンジが空いてたぞ……っと、何をぷるぷるしてるんだ?」


「な、なんでもないです……」


「あ、ああ……そう? まあ兎に角入ってみよう」


 二人はガルガンチュア内部を歩いてみて……そして直ぐに気づいた。ガルガンチュアの中には砂の海豚の構成員が一人たりともいなかったのだ。以前ここに二人が居た時は、数十名の構成員が居たはずである。しんと静まり返った艦内の中、まさか本当に留守だったのだろうかとシェルシが心配し始めた頃。


「まあ、留守なら留守で勝手に使わせてもらおう」


 と、ホクトがあっけらかんと言った。しかしそういうわけにもいかない。いくらなんでも不法侵入もいいところである。しかし他に行き場もないのが事実……。姫がそうして困り果ててしまっていた頃、二人はようやくロゼの部屋の前に到着した。ホクトは何となくその扉に手をかけ、そして鍵がかかっていなかったので一気にそれを開け放った。

 部屋の中は几帳面な性格のロゼの部屋とは思えぬほど散らかっていた。主に床を埋め尽くしているのは書物であり、魔道具なんかも中には混じっている。何がどうなってこうなったのか、二人がきょとんとしている中――。部屋の主は机の上に腰掛けたまま、寝不足な目を擦りつつ顔を上げた。


「……ホクト?」


「よお、ロゼ先生。勤勉なのはいいがこりゃひどいぜ」


「生きてたんだ……? アクティが、ホクトは死んだって言ってたから死んだのかと思ってたけど……」


「あ~……まあ確かにあれは死んだっぽくも見えたが、二部に入る為に必要な演出だったわけよ」


「あんた相変わらずたまにわけわかんない事言うよね……っと、そっちは?」


「ロゼ、私です。シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレです」


「…………アレ? あんたも帝国に行ったんじゃ……?」


「待て、話はもう少し状況を纏めてからにしよう。色々説明する事もあるしな」


 実際説明するべき事は山ほどあった。うさ子がステラと呼ばれる存在であった事。あの日、婚姻の儀での戦いの行方。ホクトが捕らえられ、それをシェルシとうさ子が救出した事。そしてここまで脱出してきた経緯……。その話をロゼは眠そうな顔で聞いていた。実際のところ彼が聞いていたのは半分程度だったが、ステラがうさ子でシェルシがホクトを助けて二人は逃げてきたという要点だけ抑えておけば別に問題ないだろうという判断である。

 そうして話す間にホクトは会話をしながらてきぱきと足回りの本を片付け、埋まっていた応接用のソファを発掘し、そこの上に腰掛けた。シェルシはあちこちに転がっている本から魔道書を拾い上げ、本の山の上に座って興味深そうにそれを読みふけっていた。ロゼは話を聞き終わると溜息を漏らし、それから机の上であぐらをかいたまま本を閉じた。


「まあ、シェルシが馬鹿だって事だけわかったよ」


「ああ、あいつは馬鹿だ」


「ば……っ!? 馬鹿馬鹿言わないでください!!」


「ていうか馬鹿でしょ? 普通魔剣狩りを救出とかするかなあ……。ま、それは兎も角二人とも不法侵入だよね? 鍵はかけたはずだけど」


「ラウンジが空いてたぜ。それよりギルドの連中はどうしたんだよ? リフルは一緒じゃないのか?」


「…………まあ、それも話すと長くなるよ」


 時は婚姻の儀の数日後にまで遡る――。ギルドは皇帝の襲撃に失敗し、その時の戦闘で主戦力である魔剣使いたちの殆どを捕らえられ、殺されるという窮地に立たされていた。反帝国組織の勢いは一気に衰え、既に体勢を立て直す事が不可能な段階にまで追いやられてしまっていたのである。

 当然、婚姻の儀襲撃作戦はほぼ捨て身の作戦であったのだから、この結果は当然とも言えた。反帝国組織の殆どの戦力をかき集めてのインフェル・ノア攻略作戦であったが、結局ハロルドのところまで辿り着けたのはホクトだけであった。

 ホクトとハロルドの戦いの最中、他の場所では剣誓隊が出動し、反帝国組織の殲滅が行われていた。帝国側は婚姻の儀の一部として襲撃を計算しており、結果帝国に高い忠誠心を持つと同時に遺志を貫く力を持った姫を選抜する事に成功した。インフェル・ノアの内部に閉じ込める事で、徹底的に反帝国組織の人間を殲滅するのも簡単な事だった。要するに、ザルの警備も含めて全てが計算づくだったのである。

 結局現場から生きて帰れたのはアクティとそれを発見したリフルの二人だけであった。リフルはアクティをつれてかろうじてインフェル・ノアを脱出。その後バテンカイトスへと戻ったのだが、帝国が攻め込んでくるのは時間の問題であった。今のバテンカイトスには剣誓隊の襲撃に耐え切れるほどの戦力が残っていないのは明白だ。

 結果として、ギルド全体が纏まって襲撃に備えねばならないという事実だけが残ったのだが、そう簡単に事は終わらなかった。反帝国組織のギルドだけがギルド組合に所属しているわけではない。反帝国組織の強行作戦のせいでまき沿いを食らった形になるそれ以外のギルドはバテンカイトスからの撤退を開始。中には帝国に降伏しようという声まであがることになった。

 ギルドは内部分裂を起し、現在反帝国組織は非常に立場が危うくなっている。リフルはサーペントヴァイトと合流し、この問題を治めギルドを立て直す為にバテンカイトスに残った。そして砂の海豚のメンバーも全員バテンカイトスへと向かったのである。


「それでロゼ先生は一人でここに残ってると」


「まあ、そういう事になるね……」


「良いんですか? ロゼは砂の海豚の団長では……?」


「団長なら、リフルに譲ったよ。僕は砂の海豚の団長は引退した」


「えっ?」


 何がどうなればそうなってしまうのか、過程を知らないシェルシはただ驚く事しか出来なかった。しかしホクトは神妙な様子で腕を組みロゼを見つめている。


「ギルド的なものは全部リフルに引き継いだけど、ガルガンチュアは父上の遺産だからね。ガルガンチュアだけ僕に残ったってわけ。まあお陰で済む所には困ってないよ。一人じゃこんなデカブツ動かせないけどね」


「そうだったんですか……」


「それで? 団長引退してお前は何やってたんだ?」


「…………過去の事をちょっと、ね」


 机の上から飛び降り、本を放り投げるロゼ。それをシェルシがあわててキャッチしようとして額に直撃し、本の中に倒れこむ。


「ただ団長を辞めてゴロゴロしてたってわけじゃないらしいな」


「まあね……。やる事が無くなったから、色々と今まで出来なかった事に手を出してみたってだけだけど……。それで? 悪いけど、戻ってきてもホクトにやってもらう仕事はないよ。今の団長はリフルだしね」


「んー……まあ、確かにそうだけどな。俺に手伝える事は無いか? 少しここに居させてもらいたいんだが、その為なら働くぜ? 一人きりじゃ色々不便だろうしな」


 片手を腰に当て、ロゼは少々思案する。確かにこの巨大なガルガンチュアの全てを一人で管理するのは難しい。実際、殆どのエリアの動力が落とされてしまっている状態だ。とりあえずガルガンチュアを使う予定は今のところないのだが、身の回りの事などはリフルが居なくなって困っていた。


「ま、部屋ならいくらでも余ってるから好きにして構わないけど。特に今のところ手伝ってもらわなきゃいけないほど切羽詰ってる事はないけど……そうだな。ホクト、後で一緒に行ってもらいたいところがあるんだけど」


「ん? どこだ?」


「アンダーグラウンド」


 流石に意味がわからず、ホクトもシェルシも首をかしげる。しかしロゼは冗談でもなんでもなく真面目な表情で言葉を続けた。


「そこに、ボクの父上が研究していた遺跡があるんだ」


「遺跡……?」


「ボクの父上は――。ロイ・ヴァンシュタールは……。元々は、帝国の技術者だったんだよ――」


 寂しげに、どこか遠いところを眺めながらロゼはそう告白した。彼が握り締めた一冊の本……それは、父であるロイが研究した術式について記されている所謂魔道書である。眼鏡を外し、少年は深く溜息を漏らした。ホクトと出会った事も、運命だったのかもしれない。今ならばそう思う事が出来る。


「とりあえずは飯にするか。シェルシもはらぺこだろ? すっかり長旅になっちまったしな」


「ホクト、食事の用意が出来るんですか?」


「当たり前だろ……? それよりシェルシも手伝ってくれ。ロゼは完成したら呼びに来るから、ここで待ってていいぞ」


「悪いね。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」


 こうして三人による再びの共同生活が始まった。部屋から出て行く二人の姿を見送り、ロゼは目を瞑る。様々な過去に、思いを馳せながら――。




Than she(2)




「…………で、なんでシェルシはメイド服なの……?」


 食堂に呼ばれたロゼは、部屋までやってきたシェルシの格好を見て冷や汗を流した。なぜかシェルシはメイド服姿に着替えており、いざ食堂に着てみればホクトもエプロンをつけて頭にコック帽を乗せていた。

 テーブルの上にはいくつもの料理が並び、三人で食べるには多すぎるくらいであった。シェルシはメイド服のまま、堂々とした様子で席についている。ホクトはテーブルに料理を並べ終えると帽子を脱ぎ、パンを手に取りながら答えた。


「ロゼ君、判ってないな……。シェルシは今日からお姫様じゃなくてただのメイド! そう、一人の使用人なのだ!」


「え? そうだったんですか!? 私、そんな事聞いてないですけど!?」


「じゃあなんでメイド服着たの……?」


「かわいいじゃないですか?」


「…………」


 無言でスパゲティを取り分けるロゼ。なぜ黙ってしまったのかが判らずシェルシは小首をかしげていた。ホクトは立ち上がり、椅子の上に立ってそんな姫を指差した。


「シェルシ……お前の旅の資金は誰が出している!?」


「え? ホクトですけど?」


「ホクトですけど? じゃねえッ!!!! つまり、お前は今俺に養われているわけだ!!」


「そうですね」


「つまり、お前は俺に護られて生活もさせてもらっている代わりに何かをしなければならないわけだ。世の中等価交換だからな」


「はあ」


「というわけで、お前は今日からメイドなのだ。メイドプリンセス☆シェルシなのだ」


「よく意味がわかりませんけど、わかりました」


「あんた達の会話聞いてると頭が痛くなってくるよ……」


 そんな前口上が終わり、三人同時に“いただきます”をする。同時にそれぞれ料理を口に運ぶのだが、シェルシとロゼは驚いてホクトへと目を向けていた。


「お、おいしいです……」


「美味い……。ホクト、料理上手だったんだ……」


「これくらい旅人なら誰でも出来ると思うぞ。まあいっくら旅しても料理出来ないやつもいたけどな……」


 能天気な笑顔を浮かべ、料理作りを命令していた姫の事を思い出す。焚き火の前でナイフとフォークを握り締め、肉が焼けるのを今か今かと涎をたらして待ち構えていた……。それと比べれば、シェルシは大分品がいいような気もする。


「そうだロゼ、私もホクトと一緒に料理というものをしてみたんです! 是非食べてください」


 満面の笑顔でシェルシが掲げた皿には何か黒っぽいものがこんもりと盛られていた。予想通り過ぎて全く驚く気配も無いロゼであったが、一応お約束なので質問してみる。


「シェルシってさ……料理した事ある?」


「ありませんが、挑戦してみました。何でもやる前から諦めていてはいけないと、ホクトから学びましたから――」


 遠くを眺め、目をキラキラと輝かせるシェルシ。対照的にロゼはホクトを睨みつけていた。別に何も悪い事をしたわけではないのにうらまれるホクトは視線を反らし、自分が作ったスパゲティを啜る。


「まあ……食べてみるよ。意外と美味しいっていうのも在り得るし……。ところでこれ、何?」


「はい、なんでしょうか?」


「…………。なんでしょうかじゃなくて、名前は? 料理名は?」


「わかりません。ホクトが料理している隣で見よう見真似でやってみましたから。でも、とっても楽しかったのできっと美味しいはずですよ」


 何故楽しい=美味しいなのか全く理解出来なかったが、先ほどから一向に視線を合わせる気配の無いホクトの様子から大体中身は想像出来る。ロゼは無言でそれを皿ごと受け取り、てくてくと歩いて危険物のダストシュートに放り込んだ。


「ああああああああ――――ッ!? な、なんて事をするんですかあっ!?」


「君が何しちゃってんの……? 人の潜水艦の厨房で未確認物体生産しないでくれるかな」


「う、うぅ……っ! 私、頑張ったのに……。やっぱり私は駄目な姫なんですね……」


「流石冒険初心者、やる事が違うぜ」


「いや、冒険に関しては上級者でしょ、明らかに……。悪い方向で、だけど」


 そんなうまい事を言いつつ、ロゼは食事を進める。涙目になっているシェルシだったが、ホクトの料理が美味しかったので直ぐに機嫌はよくなった。食事も終わりに差し掛かった頃、丁寧に口の周りをナプキンで拭うシェルシの傍らホクトは話を切り出した。


「んで? UGにある遺跡とか行ってたがそりゃどういう事なんだ?」


「UGに潜入した時、遺跡があったでしょ? 発掘途中だったやつ」


 シェルシもそれは覚えていた。結晶樹林の奥地に在った巨大な空洞、そこに埋まっていた巨大な遺跡……。正体不明だったので完全に今まで記憶の外に放られて居たが、確かにとてつもないインパクトのある存在だった。


「あれの名前は、“フラタニティ”って言うらしい。古代遺跡の一つなんだけど、帝国はその存在を昔から重視していたんだ。で、その研究主任がボクの父上であるロイ・ヴァンシュタールだった」


「そういえば、どうして帝国軍は遺跡を発掘していたんでしょうか?」


「出ましたよメイドプリンセスの世間知らず発言……。古代遺跡ってのは、失われたロストテクノロジーの宝庫なんだよ」


 現在最も文明が進んでいる世界は第三階層ヨツンヘイムである――それは明らかだ。しかしオケアノスに点在する古代遺跡には、そのヨツンヘイムの技術力をも遥かに上回る失われた技術が回収される事がある。というより、ヨツンヘイムの発展はそうした古代技術の再現によって支えられているのである。

 それ故に一攫千金目当てで遺跡を探索する冒険者などが後を絶たず、実際それによって様々な技術が発掘される事となった。大型の遺跡であればあるほど貴重な資源や技術が回収される可能性は高いとあり、帝国もオケアノスの管理には力を入れている。冒険者はそうした帝国の目を掻い潜らねばならないという事もあり、一攫千金と言うには割に合わない仕事でもある。


「つまりそのフラタニティという遺跡には何か重要なテクノロジーが眠っていると……?」


「そう考えるのが無難だろうね。まあ、でも今直ぐフラタニティに行きたいわけじゃないんだ。準備もあるしね」


「実際、あそこの警備も頑丈になってると思うぞ。あれだけ前回派手にやっちまったからな……ははは」


 過去の事を思い出し、シェルシはなんともいえない表情を浮かべた。そんな姫に気を遣ってか、ロゼはあえて話題を切り替える。


「それで、そっちはこれからどうするつもりなの? シェルシだっていつまでもこのままってわけにはいかないでしょ」


「……それは、判っています。とりあえず、うさ子を元に戻す方法が無いか、少し調べてみたいんです」


「元に戻すっていうかステラが元なんじゃないの? うさ子っていうのはステラがおかしくなった状態なんだし……」


「う……っ! そ、それもそうなんですが……」


「ま、地道にじっくりやってくさ。な、シェルシ?」


 ホクトに言われ、おずおずと頷くシェルシ。実際ノープランなのは今更である。とりあえず今は出来る事を考えていくしかない。

 そんなわけで一旦会話はお開きとなり、ロゼは部屋に戻りシェルシとホクトは後片付けをする事になった。手際良く食器を洗っていくホクトの隣に立ち、シェルシはその動きを眺めながら真似するように皿を手に取る。


「…………ホクトは、何でも出来るんですね」


「ホクト君は万能だからな~……。そういう姫は皿洗い一つ出来ないのか」


「むう……っ! 私だって皿洗いくらい出来ますっ!」


 直後、皿が手の中から零れ落ちパリンと音を立てて砕ける。シェルシは目をうるうるさせながら困った様子でホクトをじっと見つめた。仕方が無いので割れた破片を拾い集めると、シェルシは落ち込んだ様子でメイド服のスカートを両手で握り締めて項垂れていた。


「城を出てから……なんでも楽しくて、新鮮で……でも、何も出来ない自分を思い知らされるんです」


「そりゃ、城の中でへらへらしてた姫様には出来るはずもねえさ」


「うう……っ」


「でもま、これからやって覚えていけばいいだけの事だろ。そんなにしょげるなって」


 ぐりぐりと頭を撫でるホクト。シェルシはそっぽを向いてしまう。皿洗いを再開したホクトの隣、今度は邪魔しないようにシェルシはじっとその手元を見て皿を洗う練習をしていた。


「私も……一人で歩いていく事が出来るようになるんでしょうか」


「そりゃ、立場にもよるけどな。一人で何でも出来なきゃいけなかったから出来るようになったってだけだしよ」


「…………。私は恵まれていたんですね」


「何を今更」


「私は――――ひとりぼっちではありませんでしたから」


 寂しそうにそう呟くシェルシ。それが自分の為の言葉であると気づき、それでもホクトは手を止めなかった。シェルシは黙り込み、無言で皿を洗う練習をしている。練習などする必要もなく誰でも出来るような事……それでもシェルシにとっては初めての事。自分の意思で決め手、そしてやろうと思った事。

 綺麗に皿を洗い、シェルシは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。ドレスの裾をまくり、白く綺麗な指先が冷たい水に打たれるのも気にせずに懸命に洗い物に挑んでいた。ホクトは何も言わず、ただ作業を続ける。二人は肩を並べ、同じ事をする。当たり前の事を一つずつ出来るようになって行く。それが今はなんだか、少しだけ楽しく幸せに感じられるような気がした。


「ホクト、お願いがあるんですが」


「ん?」


「私に剣と……それから、魔法を教えてください」


「何でだ?」


「一人で決めて、一人で生きていけるように……。私も強くなりたいんです」


 一度は諦めてしまった。投げ捨ててしまった。忘れようと、心の奥底にしまいこんだ夢……。でも、今ならそれを自由に願える気がした。彼は決して否定もしないし、馬鹿にもしない。ただ事実は事実、現実は現実として自分とと対等に話をしてくれる。だから、笑われてもいい。きっと彼はそれでも、期待に応えてくれるから――。


「じゃあ、今日からは師匠と呼びな」


 あっさりと、冗談交じりにそう語る。ならばそれに対する答えは一つだ。シェルシは嬉しそうに頷き、それから彼の名前を口にした――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ