Than she(1)
「…………さて、とりあえずこのままヨツンヘイムに居てもいい事は何もないわけだが」
腕を組み、空を見上げてホクトは呟く。彼としてはこのまま戻って皇帝ともう一度やりあうと言うのも手ではあったが、“現状では”あの皇帝を一人で倒すのは難しいという気持ちもあった。魔剣ガリュウの調子はメリーベルの調整のお陰でよくなってはいたが、いまだ万全とは言い難い。もし本当に皇帝を倒すつもりがあるのならば、ガリュウの力を完全に解き放たねばならない。それが出来るのは高位の魔術師と錬金術師……つまり、メリーベルとミュレイくらいの物なのだ。出来ればその二人がそろってホクトに力を貸してくれるのが望ましいのだが、特にミュレイとは仲違いもいい所なので目下そこが悩みの種である。
とはいえ、焦る事はない。恐らくこの世界の情勢は大きく動き始めているし、世界は動乱の時代に入ろうとしている。となれば、慌てずとも皇帝を討つチャンスはこれからいくらでもあるだろう。ホクトが解き放たれた時点で帝国にとっては大きなプレッシャーなのだ。ここは時を見て、それから行動を開始する方が得策だろう。
そんな事をほんの数秒で思考し、紫煙を吐き出した。何にせよ――今はシェルシというとんでもないお荷物が一緒なのだ。命を投げ打つような戦に望むというのは在り得ない。色々と考えた結果、一先ずヨツンヘイムから脱出する事が先決――という結論に辿り着いたのだが。
「シェルシ、ちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
「お前……いつまでそのボロボロのドレスなんだ? つか、裸足ってお前……」
ふと見やるその視線の先、シェルシは脱出時の格好そのままでぺたぺたと歩いていた。足元は確かにクリーニングロボットによって清潔に掃除されているものの、流石にいつまでも裸足というわけにも行かない。というか何故今まで特に何も言わなかったのかホクトにしてみれば疑問だったのだが、単純にシェルシがはだしである事を自分で忘れていたというだけの話であった。
「そ、そういえば……地面が鉄だから冷たいですね」
「今更か……? まあ、とりあえずはお前の服だな。そのままで歩き回ってたら、“お姫様はここですよ”って宣伝して歩いてるみたいなもんだ。お前の背中には、ザルヴァトーレの刻印もあるんだしな」
シェルシの背中が大きくはだけたドレスから覗く白い肌には背部ほぼ全面に渡って刻まれた巨大な術式の姿がある。それはミュレイも同じ事なのだが、ザルヴァトーレとククラカンの姫には代々継承される術式なのである。しかもこれほどまでに大規模な術式は本来在り得ない為、非常に特徴的で見る者が見れば一発で身元がわかってしまうのである。
それをあえて晒すデザインの服ばかり着ていたのは、彼女がザルヴァトーレの正当な王位継承者である事を歩いて示す為であったが、今は状況が違っている。広告は出来れば隠したほうがいい……いや、それくらいは隠して当然である。シェルシの背後に回り、じっとホクトは姫の背中を見詰める。恥ずかしそうに身をよじり、ホクトを突き飛ばすシェルシ。やましい意味ではなかったのだが、そうされるとなんだか変態のように見えなくもなかった。
「そ、そんなにじろじろ見ないで下さい……。この服結構恥ずかしいんですから……」
「…………。ま、兎に角服だな……。俺もこのままってワケにはいかねえし」
ホクトの情報も既に街の各所に伝達されている事だろう。今頃騎士団が血眼になってホクトを探しているはずだし、魔力波長は研究されているはずなので、それでロボットも探知してくる事だろう。状況は予想以上に切羽詰っているのだが、ホクトは相変わらず余裕の様子である。少々めんどくさそうに溜息を一つ残し、シェルシと共に歩き出す。
「とりあえず、まずはヨツンヘイムからの脱出だな……。レコンキスタのターミナルまで行くわけだが――その前に装備を整えないとな」
「装備……ですか?」
「そうび、やぶけたどれす――じゃあ心許ないわけよ。俺も、少し変装した方がいいしな~……。ちょっとシェルシ、あっちを向いててくれ」
「え? はあ……まあ、いいですけど……。へ、変な事はしないでくださいね?」
「しねえって……信用ねえなあ~……っ! ほれ、兎に角あっち向いた!」
ぐいぐいと壁際に押し込まれ、シェルシは無言で目を閉じた。そうして数秒後、背後から肩を叩かれ振り返ると――そこには見ず知らずの女性の姿があった。
漆黒の長い髪を揺らし、豊満なボディを見せ付けるかのような挑発的な格好である。全身タイツといわれても仕方が無いようなその格好はレコンキスタではありがちなファッションなのだが、シェルシにとっては奇抜な服装のように見えた。が、そういえばうさ子もそんな服だったと思いなおす――というより、そもそもこの女は誰なのか……。とても嫌な予感がした。
「さて、じゃあお前の服を調達しに行きますかねぇ」
「ちょ――っと待ってください!? 貴方、ホクトですか!?」
「当たり前だろう。他に誰に見えるっていうんだ?」
「いやっ!? 誰ですかっ!!」
ホクトと思しき女性は腰に手を当て低く笑ってみせる。何がどうなっているのかさっぱりわからずクエスチョンマークを浮かべるシェルシ。とはいえ、ホクトにしてみればそれは別段珍しい事でもなんでもなかった。
「ガリュウの中に取り込んである人間のデータをちょいといじって再現してるだけだ。元々喰らったデータと俺の肉体は同義だからな。後はそれをモンタージュ感覚で繋ぎ合わせたんだよ」
「ま、幻ですか?」
「いや、実体はあるし戦闘力もそのままだから幻とはちょっと違うな。まあ俺流の変装だと思ってくれ」
とは言え、声まですっかり変わってしまいもう完全にその様子は別人である。唯一名残である煙草を咥えたままスタスタと先に進んでいくホクト……。シェルシは慌ててその後を追った。
帝都レコンキスタは機械によって統率された巨大な群体である。帝国全土を支配する統率システム、“ミレニアム”によって全てが監視、管理されているのだ。それは所謂ディストピアと呼ばれる物であったが、基本的にミレニアムは重要な部分以外は人間を縛る事はせず、その為レコンキスタの住人は昼も夜も関係なく町中を練り歩いている。今も深夜だというのに、二人の前には沢山の人が行き買い様々なネオンが輝いていた。
「な、なんだかまだ納得が行かないのですが……」
「はいはい……っと、そこで買っていこう。剣誓隊御用達らしいぞ? 少しは動きやすい服が売ってればいいんだけどな」
すたすたと店に入ってしまうホクト。冷静に我が身を振り返ってみると、シェルシは顔が赤くなってしまう。なんて格好をして歩いていたのだろうか……。緊急事態だったとは言え、姫にあるまじき格好である。そそくさとホクトの影に隠れるように店の中に入ると店内に広がる無数の立体映像が目に付いた。店内は無人であり、コンソールを操作して服装を立体映像でフィッティング出来るシステムである。気に入れば購入し、実物を得る事が出来る。ホクトは手馴れた様子でコンソールを操作し、シェルシに立体映像を重ねていく。
「す、すごいですね……。流石は帝国の技術力というか……」
「さて、どういう服にしたもんか……。つなぎとかどうだ? 動きやすいし汚れても大丈夫。冒険初心者の貴方にオススメ」
「もう少しお洒落なのはないんですか――」
「ばっかお前! お客さん困りますよ……冒険初心者のくせに行き成りお洒落な装備ですか? ちょっと敷居高いですよ。初心者はやっぱり“布の服”だろ」
「…………貴方が何を言っているのか時々真面目にわかりません」
「まあ冗談はさておき――。動きやすくて丈夫でお洒落な装備な……。結構注文が多いな――っと」
シェルシの身体に立体映像が重ねられ、その姿が変わっていく。カットソーの上にジャケット、下半身にはミニスカートにソックス、ブーツと次々にデザインが重なり、ホクトが購入ボタンを押した直後その服装がそのままシェルシの身体に実物として装備される。初めて味わう奇妙な感触に戸惑いながらもシェルシは新しい服をじっと見つめた。
「ま、真っ黒ですけど……?」
「日陰者なんだから地味~な色にしとけよ。後は作業用のグローブと……ナイフだろ、ナイフ。ナイフだけあれば結構なんでも出来るし……」
ぶつぶつと独り言を漏らしつつ、ホクトは次々に装備品を購入していく。その間シェルシは一応変装という事でザルヴァトーレの国旗にも描かれている月のエンブレムを模した髪飾りを外し、長い金髪を纏め上げていた。ホクトに色々とごちゃごちゃ装備品を渡され、それを大人しくいそいそと装備する。完成したシェルシの服を見つめ、ホクトはびしりと指差した。
「さあ、勇者シェルシよ! 冒険の旅の始まりだ!! 今ならもれなく、この白の勇者御用達アーマークロークがついてきます」
「…………。そんな重い服、着られないです……」
「装備レベルが足りないんだな――っと、破けたネグリジェは処分しちまおう。無人のショップなら足も付きにくいしな」
着替えを終えたシェルシはホクトと共に店を出て周囲を見渡す。それから何度かブーツを鳴らしてみたり、身体を伸ばしてみたり……。流石に最新テクノロジーであわせただけありサイズはぴったりで、とても動きやすい。くるくるとその場で回転し、それから嬉しそうににっこりとホクトに微笑みかけた。
「こんな庶民的な服装をしたのは初めてですっ! 中々良いものですね、ホクト!」
「さすが世間知らずなお姫様は言う事が違いますねえ」
「むー……っ! それよりホクト、このスカート……丈がおかしくありませんか? あんまりにも短すぎるような……。これでは動きすぎたら下着が見えてしまうのでは?」
「うむ、その点は全く問題ない。どんなにヤバいポーズを取ってもギリッギリで見えないという修正がかかるミニスカだからな。下から覗き込んでも無駄だぜ?」
「……下から覗き込んだらいくらなんでも見えてしまうのでは――?」
若干空回りな会話が続き、二人は一緒に歩き出す。相変わらず変装したホクトには違和感があったが、シェルシはその後に素直についていく。歩幅の大きなホクトの後ろ、ちょこちょことついていく姿はまるで子犬か何かのようだった。振り返るとホクトの視線の先、シェルシは嬉しそうに微笑んでいる。何となく言葉に出来ない思いで溜息を漏らし、それを誤魔化すかのように紫煙を吐き出した。煙は夜の街に立ち上り、吐息をかき消すかのようにゆっくりと淡く消え去っていく。そんな空を見上げ、ホクトは過去へ思いを馳せていた――。
Than she(1)
帝国による包囲網は完成していたが、シャフトエレベータに紛れ込むのは簡単だった。そこで気づいた事が一つ――。帝国が探しているのはホクトだけであり、シェルシに関してはまだ何の情報も出回っていないという事だった。その理由は色々と考えられたが、兎に角今が好機である。ホクトは完全に見た目がそもそも性別からして変わってしまっているので発見されるはずも無く、二人はあっさりとプリミドールまで降りる事が出来た。
プリミドールのターミナルに到着し、二人はそこで食事を済ませる事にした。真夜中の人気の少ないターミナルの中、売店で購入したパンを齧る。シェルシは一気に緊張が解けたのか深く溜息をついて余り美味しくないパンをじっと見つめていた。ホクトは一片手でパンを齧りつつ、もう片方の手で地図を広げてそこを眺めていた。
「無事に脱出出来て良かったですね……。まさかこんなにあっさり抜け出せるなんて」
「お前、今まで俺がどうやって逃げ回ってたと思ってたんだ? 剣誓隊がどんなに探し回っても見つからない自信があるぞ」
「それにしては、貴方の噂は方々に響いていましたけどね。魔剣狩りのヴァン・ノーレッジさん」
悪戯っぽく笑いかけるシェルシの視線に目を向け、その額を小突く。元々大暴れして帝国を威嚇する為にわざわざ各地で戦っていたようなものであり、必要とあらばしっかり身は隠してきた。そこは万能魔剣ガリュウ様様なのだが……。兎に角今は次の目的地を決める事が先決だった。出来ればあまり大きくない街がいいだろう。帝国も今はシェルシを探していないとしても、直ぐに探し始めるに違いない。ターミナルや第四界層あたりはまだ帝国側の支配力は強く、安心して街を歩く事は出来ない。
「となると――やっぱりカンタイルあたりが安全か」
「オケアノスまで戻るんですか?」
「ま、それが無難だろうな……。あそこはお尋ね者とかも普通に暮らしてる街だ、俺たちを売るようなヤツもいないだろうしな」
「成る程……そうですね」
納得した様子で小さく千切ったパンを口に放り込み、なんとも言えない顔をするシェルシ。宮殿で出る食事で舌が肥えてしまった彼女にとってターミナルでちょっと置いてあるようなパンはご馳走とは程遠い。ホクトは無言でパンを飲み込み、地図を片手に歩き出す。シェルシも慌ててその後に続き、パンを一生懸命処理しながら走り出した。
再びターミナル内の昇降機で下の界層に降りる――。プリミドールからエル・ギルスへ。ここで一度、ローティスに寄ってメリーベルにガリュウの調子を見てもらいたかったのだが、それは後回しにする事にした。とりあえず拠点を確保しなければならないという事と、それからシェルシの意見も汲み取った結果である。うさ子はホクトをまたあの楽しかった日々に返したいといっていた。だからシェルシはカンタイルに戻り、ガルガンチュアで待っているはずの仲間たちの所にホクトを連れて行きたかったのである。
それにシェルシに丸々説明する事はなかったが、今の状況はきっとあまり良くない。ローティスにはバテンカイトスというギルドの総本山があり、帝国側も恐らくはそこに攻め込む準備を進めている事だろう。暫くは身を隠し、有効的なチャンスを待つ……。そんな方針を据えた以上、それに乗っ取って行動しなければならない。
エル・ギルスからオケアノスへ――。オケアノスのターミナルからは、UG行きの列車が一本出ているだけである。カンタイルは砂上を移動する島なので、そこへ向かうにはギルドの協力がいる。ターミナルから出ているギルドの船と交渉し、乗せてもらう事でカンタイルへと移動した。
相変わらず夜しかないような世界の中、乾いた砂の海の景色を眺めてシェルシは遠い目をしていた。潜水艦の甲板の上、まだ砂の残る手すりを掴んで風を受ける。その背後、歩きながら影を纏い、元の姿に戻るホクトが居た。男は姫の隣に立ち、砂の世界を同じように見渡す。
「なんだか……とても懐かしいです。またこうしてオケアノスの海が見られるなんて」
「って言っても、ここを離れてからまだたった数ヶ月だろ? 元々住み慣れたプリミドールの景色の方が懐かしいんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。でも、私は……ここで初めて、自分の意思で何かをしようと思ったんです。貴方達に無謀と言われたり、無理だって言われたり……。でも、楽しかった。皆が一緒に居てくれたから……」
この世界で、この世界の最果ての地で。姫は一人で歩き始めた。ただ母に会いたくて……その為だけに自らの両足で歩き出したのだ。それは簡単な事ではなかった。苦難に溢れていたし、知りたくなかった現実、事実、突きつけられる無力さ……。様々な事があった。ホクトの言うとおり、ここを離れてまだ間もなく、そしてこの地で過ごした時はわずか。それでも……何故だかとても懐かしい。
「ホクト……貴方のお陰です」
「んっ? 藪から棒になんだ?」
「この街に来て、ククラカンの暗殺者に追われている私を助けてくれた……。UG行きに一人賛成してくれた。護ると言ってくれた。一緒に歩いてくれた。共に戦ってくれた。そんな貴方だからこそ……貴方達と出会えたからこそ、私は婚姻の儀を受ける覚悟が出来たのです」
本当は――嫌で嫌で仕方がなかった。誰かの為に犠牲になる事も、国の為に結婚することも……。それで結局母は居なくなった。子供の頃は、あんなに夢を見ていたのに。大人になるにつれ、それは消えていく。消え去ってしまう。あれほど強かった願いさえ、何もかもが消えてしまうのだ。
「子供の頃は……。母のように、帝国と戦うのが夢でした。彼女のように、この世界皆が笑って暮らせる世界を作る事を目的とし、思い描いていました。子供なりに、こっそり訓練もしたんですよ? 魔術も齧ったし、剣も少し習いました。イスルギにですけど」
小さな頃、母は正しい事をして死んだ。居なくなった。泣きじゃくり、泣き疲れ、起きた時には剣を手にしていた。小さな姫には絶対に振り回せないような大きな剣をよろよろと掲げ、この世界を救うと一人で誓ったのだ。
イスルギはそんなシェルシに色々な事を教えてくれた。勿論彼が帝国に逆らう術を教えているのではなかったのだと今のシェルシには判る。彼は夢を護ろうとしてくれたのだ。シェルシの心の中に輝いていた、あの頃の夢を……。シェルシは毎日イスルギと剣の訓練をした。魔法の特訓をした。失敗しても、何度でも挑戦した。諦めるなんて言葉を知らなかった。それが、とても強い願いだったから。
「でも、どうしてなんでしょうね……。段々と、忘れてしまったんです。姉上や貴族たちや、城に使える給仕たちは私を帝国への供物としてしか見ていなかったから……。そうやって生きるしかないんだって、でも諦め切れなくて……」
納得は出来ない。でもそれに従わねばならない日々。明日の事さえも自暴自棄で、気づいたら剣も魔法も投げてしまっていた。イスルギはそんなシェルシに何も言わなかったし、シェルシもイスルギに稽古を強請る事はなくなっていた。今思い返してみて、強く思う。あれは無意味な、人形のような日々だったと。
それでもこの街に来て、自分で何かをやってみようと思えたのだ。自分の意思で、婚姻の儀に立ち向かおうと思えたのだ。そこから逃げる事は出来なかったけれど。剣も魔法も使えなかったけれど。それでも、そこに立ち向かう勇気だけは得る事が出来たから……。
シェルシは胸に手を当て、祈るように目を閉じた。それから優しくホクトに微笑みかける。この世界で最も美しく、尊い姫の笑顔……それはホクトも心惹かれる物があった。剣士も笑顔を返し、それから煙草を口に咥える。うさ子にもらったライターは今も現役で、それを手にした瞬間少しだけ思い出してしまう。あの少女に剣を突き立てた時の事を……。
「ホクト――。貴方はどうして……戦い続けるのですか?」
姫の真剣な投げかけ――。剣士は煙草に火をつけながら空を見上げる。雲の彼方、空に浮かぶエル・ギルス……。理由。理由など考えても意味はない。なぜならホクトは――記憶喪失なのだから。
「あんまり外に居ると風邪引くぞ。そんな薄着でよくやるぜ」
「…………。貴方はいつもそうやって、私が真剣に話しているのにはぐらかすんですね」
「真面目に話すキャラに見えますかって問題だ」
「私は――貴方に会えて良かったと思っています。そして出来ればもう、戦いは止めて欲しいとも思っている……」
真剣な目で話すシェルシ。ホクトは無視して煙草をふかしていたのだが、横から伸びたシェルシの手が煙草を取り上げてしまう。そうしてぽいっと砂の海の中にそれが投げ捨てられ、ホクトは目を真ん丸くして唖然とした。
「おま……ポイ捨て姫……」
「オケアノスの海はナノマシンの海なんですから、これくらい大丈夫です。私だって馬鹿じゃないんですから」
「世間知らずだけどな」
「ホクト!!」
正面に回りこみ、シェルシはじっとホクトを見上げてくる。困ったように苦笑し、剣士は姫の頭をぐりぐりと撫でた。それから遠くを眺め、風の中でライターを握り締める。
「理由なんてもんは、いつだって曖昧だ。人はいつだって理由を求めるけど、でもそれだけがすべてじゃない。意味も理由も無くたって、やらなきゃならねぇ事もある」
「…………ミラ・ヨシノの為……ですか?」
恐る恐るそう訊ねるシェルシ。なぜだか泣き出しそうなその表情にホクトも困ってしまう。別にそういうつもりは無い。最初から、自分で。この手で選んで歩いてきた道だ。それが間違いだったなんて思わない。
「徹夜で疲れてるだろ? 部屋に戻って、カンタイルに着くまで休もうぜ。話の続きは……また聞いてやるよ」
「…………むー……。判りました、ただしその約束は護って貰いますからねっ」
「へいへい」
片手をひらひらと振りながら去っていくホクト。その背中を見送り、シェルシは胸に手を当てため息を漏らした。彼は……とても遠い気がした。でも、きっといつかは分かり合える……そう信じたい。人の誰もがそうであるように。何にも囚われさえしなければ。ただ、分かり合う事も出来るのだと……。
後を追い、走り出す。立ち止まる時間がもったいなく感じられたから。止まっていた世界が動いているのを感じる。今この世界の中、自分は人形ではないのだと。そう感じる事が出来るような気がしたから――。