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姫とうさぎの大冒険(2)

「これは……ホクト……? あの時、落ちて死んだのでは……」


 ステラに引きずられ、汚れたドレスを叩きながらシェルシは顔を上げた。光輝く魔法陣の中に拘束されたホクトの意識は無く、両腕を光で拘束され吊るし上げられていた。周囲に配置された封印装置、その数七十三――。ホクトの前にが魔剣ガリュウが浮かんでおり、その脅威の怪物を封じる為の措置であった。

 まるで最初からホクトを封印する為だけに作られたようなその部屋の中、ステラは遠い目でホクトを見つめていた。隣に並び、シェルシはその視線を追う。光に照らされ、魔力の波動でステラの前髪は揺れていた。その瞳がどこか寂しげに見えたのは、シェルシの勘違いだったのだろうか……。


「こら! 勝手にこんな所に入られては困ります!」


「あ……ケルヴィー。す、すみません……ステラが勝手に歩き出して……」


 自動ドアを潜り飛び込んできたケルヴィーは直ぐにステラに目を向けた。ステラの表情は虚ろであり、まるで夢の中を歩いているかのような足取りでゆっくりとホクトに近づいていく。その不可解な行動を前にケルヴィーは直ぐに表情を変え、シェルシに駆け寄った。


「彼女が勝手に、ですか?」


「はい……。えーっと、一応止め様とはしましたけど……」


「貴方程度に止められるはずがないのは当然ですよ。彼女は帝国が誇る無敵の魔剣使いですからね……。それよりこの状況、中々興味深いですねえ……」


 既にシェルシの検査のことは頭からすっかり抜け落ちてしまったのか、ケルヴィーはステラを興味深く観察していた。額に手を当てたステラは苦しそうに眉を潜め、前のめりに倒れかけながら震え始めた。流石に様子がおかしいと駆け寄った二人の目の前、ステラはばったりと倒れこんでしまう。


「ステラッ!?」


「大丈夫です、ただ意識を失っているだけです。恐らく思考処理に多大な負荷がかかった為フリーズしてしまったのでしょう」


 ステラを抱き起こし、ケルヴィーはその様子を伺う。その間シェルシは不安げにステラの顔を覗き込んでいたのだが、ケルヴィーが邪魔そうにしていたのでおずおずと引っ込む事にした。残す所目を向けるべき物といえば彼くらいしかなく、シェルシはホクトをじっと見上げた。


「生かして捕らえていたんですね……」


「当然でしょう? 彼はプロジェクトエクスカリバーが目指す到達点ですから。自由自在に魔剣を構築し、複製し再現する……。彼の魔剣ガリュウを調べればいくらでも貴重な情報が得られるでしょうしね――っと。どうやらステラは完全にダウンしてしまっているようです。今日は申し訳ないのですが一旦お開きという事で」


「あ……はい。ステラは大丈夫なんですよね……?」


「少し休ませれば直ぐに目を覚ますでしょう。それより今の彼女の思考データを探査したいので……」


 急いでステラを抱えて立ち去っていくケルヴィー。研究者でありステラを復活させた張本人としては、今はステラの事が最優先である。研究熱心さと親心で飛び出して言ったのだが、シェルシをそこに残している事をすっかり忘れていた。施錠さえもされなかった為、シェルシはホクトに歩み寄りいくらでもその様子を伺う事が出来た。

 あの日、仲間を手にかけたホクトを背後から刺したのはシェルシであった。そんな事を何故しようと思ったのか……。恐らくは、あんなホクトの姿を見る事に耐え切れなくなったから……。身勝手な理由である。だが、心からの本心だった。

 ホクトは初対面のシェルシを助け、そうしてガルガンチュアへと連れて行ってくれた。刺客に襲われてもまるで気にせず倒してしまう……。白馬の王子様が現れたのかと思った。結局彼はそれとは程遠いものだったけれども。それでも優しく強く、いつでもシェルシを護っていた。

 婚姻の儀を受ける勇気をくれたのもホクトであり、国に無事に戻れたのもホクトのお陰だった。ホクトはそう、何かをしてやったつもりはないのだろう。だが彼が当たり前のようにした数々の事が、シェルシにとっては初めての事で。貴重な事で。そして幸せな事だった。強くなれと背中を押してもらった気がした。あの時、UGの帝国基地でホクトは泣きじゃくるシェルシを抱きしめ、全てを任せろと言ってくれた。その時の頼れる背中を今でもはっきりと覚えている。

 まだたった数ヶ月前の事だというのに、あの出来事の全てが夢か幻かのように感じられた。今はこんなにも近く、けれどもとても遠い。ホクトはきっと笑ってシェルシを許すだろう。その背を貫き、自らを殺そうとした姫を――。

 彼が最期、呼んだ女の名前……。その声を聞いた時、その落ちていく寂しげな目を見た時、もう全てを忘れたいと思った。それはきっと、ホクトの事が余りにも気になりすぎていたから。どうせ得られないなら、もう再会出来ないなら、忘れてしまった方がいい……。当たり前のようにそう思っていた。

 けれども彼は生きていた。生きてまた目の前に現れてしまった。心の中に押し込めていた罪悪感がどっとあふれ出し、泣き出しそうな気持ちを唇を噛み締めて堪えた。そう、彼は許すだろう。“仕方なかったさ”と笑うだろう。けれどそうやって許されてしまうであろう自分が何よりも許せなかった――。


「ホクト……」


 ヴァン・ノーレッジと呼ばれた、記憶喪失の男。シェルシは知っている。彼が本当は女好きで煙草好きの酒好きで、どうしようもなくだらしが無くて変態で、それでも優しくて頼れる男だという事を。魔剣狩りだとかそんな事関係ない。彼は一人の人間であり。シェルシにとっては“ホクト”だった。

 何故こうも人は立場や運命に縛られているのだろう。もしもあの頃のまま、ステラもホクトも記憶喪失で……。シェルシも自分の身分を隠していられたのならば……。きっと幸せな毎日が続いたのだろう。ちょっとだけ退屈で、それでも毎日大変で。小さなことで大騒ぎをして。笑ったり、泣いたり、怒ったり……。それがどれだけ楽しかったか。幸せだったか。


「私は…………貴方をここに縛り付けてしまった……」


 自由に生きる風のような彼は、もう見る事が出来ない――。


「私は何故……。ねえ、ホクト……? 私は何故……ここにいるのでしょうか……?」


 伸ばした指先は絶対に届かないと知っていた。それでも伸ばさずには居られなかった。彼はきっと答えないと知っていた。それでも呼びかけずには居られなかった。

 幻影を追いかける砂の海の上のように。姫はただ一人、切ない気持ちを胸に押し殺す。忘れる事はきっと出来ない。彼は何よりも、自由だったのだから――。




姫とうさぎの大冒険(2)




『とりあずミュレイが生き延びた……それだけでも良しとしなければ――なんだけど……』


 婚姻の儀後――。ククラカンの立場は明らかにザルヴァトーレより衰えていた。

 物資の流通は滞り、配布される資金も技術支援も明らかに後退している。当然の事だろう、ミュレイ・ヨシノは婚姻の儀に参加はしたものの、王の下へは辿り着けなかったのだから。それは白騎士――昴を助ける為だったのだが、そんなものは言い訳にはならない。結果としてククラカンは帝国の信頼を失ってしまったのだ。当然、シェルシの活躍が大きく目立つ事になる。

 ククラカン内部は今や混乱が肥大化し、役目を遂げられなかったミュレイは貴族や国民から非難を向けられる対象となっていた。当然の事である。ミュレイもそれは覚悟の上であった。だが現実問題として、国を立て直す為にやらねばならない事は数多い。


「ザルヴァトーレは帝国に次ぐ二番手の権力を得た……となれば当然、ククラカンを占領しようと攻め込んでくるだろうね。それも時間の問題――まあ、あっちも今は婚姻の儀が終わって帝国と新しい調停なんかでごたごたしているんだろうけど」


 ラクヨウ城内部、会議室――。円卓を囲み並んでいるのは貴族達ではなくミュレイ、昴、そしてミュレイの弟であるタケルであった。タケルは淡々と状況を語り、そしてそれは実際一つもいい方向に転がりそうもない。


「ククラカンの国民も浮き足立ってるし、貴族連中は亡命を希望してあちこちに逃げ始めてる。どうするんだい、姉上? このままだとククラカンは滅ぶけど」


「そんな事にはさせぬさ。腐ってもわらわはこの国の姫――国はなんとしても立て直してみせる。何も無策ですっぽかしたわけではない。一応、わらわにも考えはあるからな」


 現在ククラカンは帝国の恩恵を失い、衰退の一途を辿っている。ライフラインさえも帝国に依存したククラカンは、たった一ヶ月も持たずに滅び初めてしまったのである。恐らくザルヴァトーレのシルヴィア王はそう待たずにまずは話し合いでククラカンを取り込もうと動き始めるだろう。それを突っぱねれば即、開戦となる。後は帝国の後ろ盾のあるザルヴァトーレが圧勝すると、そんなシナリオが決まっているだろう。

 だが、実際そうしてザルヴァトーレが攻め込んでこないのには色々と事情が重なっている。まず、婚姻の儀に成功したのはザルヴァトーレのみであるということ――。即ちそれは、帝国の信頼を裏切ったのはククラカンだけではなく、他の都市や界層も同じという事なのである。その中でククラカンだけを真っ先に攻撃してくるというのは考えづらい。いざククラカンを攻撃すれば、どのような動きになってくるのかは自ずと推測出来るからだ。


「ククラカンに攻め入ってくれば、我らも当然抗戦する。さすれば婚姻の儀に失敗した他の都市も当然帝国の攻撃を恐れる事になるじゃろう。世界の混乱は肥大化し、ザルヴァトーレがすんなり第四界層を収めるのも難しくなる」


 だからこそ万全の用意をしてから――というのが帝国の考えなのだろう。でなければあの短気なシルヴィアの事だ、問答無用で既に攻め込んできているはずだろう。

 攻め込めない理由はもう一つ――。帝国とギルド組合の抗争の表面化である。もともと帝国はギルドを暗黙で了解していたのだが、先日のギルド組合の反乱によって完全に無視は出来ない状態になってしまった。ギルドをそのまま残す事になるとしても、恐らくは一度組織を解体し反帝国組織を殲滅、その後帝国主導の新ギルド組合を組織しなおす必要があるだろう。

 仮にククラカンとザルヴァトーレが戦争を始めれば、他の都市が頼れるのはギルドだけなのである。いくら帝国でも都市全てがギルドと結託してしまっては色々と手間がかかってしまう。何よりこの世界全てが戦争状態になってしまうのでは、下層の人間を働かせる事によって維持されているヨツンヘイムにも問題が生じてしまうだろう。


「つまり、連中はまず逃げ道を断つじゃろう。ギルド組合への攻撃――。となれば、戦場になるのは第五、第六界層……。エル・ギルスを主戦場に、恐らく外部から戦闘艦などで直接カンタイルに乗り込んでくるつもりじゃろう」


「その後はじっくりと逃げ場のないククラカンを攻め落とすってわけだね」


 肩を竦めて笑うタケル。実際ミュレイの読みはほぼ完全に正解である。今正に世界は運命の分かれ道を迎えようとしているのだ。この分岐、そして選択こそすべての世界の大きな変化へと繋がっていくだろう。

 椅子の上に座り、話を聞いていた白騎士は話を聞きながらバテンカイトスのメリーベルの事を思い出していた。元々、バテンカイトスが反帝国組織の拠点でもあるという事は知らなかった昴だが、“今回”は事前調査でしっかりとそれも把握している。剣誓隊に一時身を置いていただけあり、帝国の動きや戦力もある程度推測出来た。

 ミュレイの読みに同意した昴は立ち上がり、窓辺に立つ。城から見下ろす街の活気はどこか薄れ、町全体は人々の不安に包まれているかのようだった。


『結局、帝国とはいずれやりあう事になった……。それが遅いか早いかというだけの事だ』


「…………白騎士」


『ミュレイ、ここは私に任せて欲しい。状況を打開するのは困難だが、やるべき事は決まっている。ギルド組合ど同盟を結べばいい』


 つまり、退路を断たれてしまうより先にククラカンがギルドと組んでしまえばいいのだ。そうすればククラカンもギルドも潰されにくくなり、戦力は僅かながらも拮抗に向かうだろう。

 問題はギルド組合がククラカンを認めるのか、という事である。反帝国組織の人間にとって第四界層プリミドールの人間達は帝国に飼い馴らされ媚び諂っているようにしか見えないし、一部の反帝国組織はククラカンもザルヴァトーレも攻撃目標に設定している所さえもある。帝国に見捨てられたからといって掌を返すような国を、ギルドが信頼するかどうか……そこが問題である。


『私がエル・ギルスに向かい話をつけてくる。メリーベルには用もあるしな……』


「待て、わらわも向かう。国の代表者――は、女王である母上だが……一応、事の発端はわらわだからな。責任者として筋を通さねばなるまい」


『そういえば、ここの女王は今どうしてるんだ? 女王とも相談して決めるべきではないか?』


 昴の質問にミュレイは歯切れ悪くそっぽを向いた。タケルは相変わらず微笑んでいたが、どうにも返事をしてくれる気配が無い。首をかしげる昴……それを見かねてウサクがおずおずと手を上げた。


「女王陛下は……実は今、病に臥せっているのでござるよ……」


『病?』


「もう暫く目を覚ましていないのでござる。故に実質この国を取り仕切っているのは、姫様というわけなのでござるよ……」


 そのミュレイが婚姻の儀を終え、帝国に認められた立派な女王となってくれることを国民は誰もが心から望んでいただろう。そうすれば今とは違った未来が……明るい未来がきっと待っていたはずなのだ。そう考えると昴の胸はずきりと痛んだ。


「自分で言うのもアレじゃが、過ぎてしまった事でクヨクヨしても意味はない。ザルヴァトーレとの戦も避けられぬのならば、直ぐに行動すべきじゃな」


 扇子を閉じ、ミュレイはすらりと伸びた素足を組みなおして目を細めた。“前回”とは大きく異なり、ミュレイが元々の姿であるという事は昴にとっては多大なアドバンテージでもある。それを認識できるのは昴だけだったが、今のミュレイはとても頼もしい。カテゴリーS魔剣の所有者の一人、炎の大魔道――ミュレイ・ヨシノ。彼女が守ってくれたこの命で、今度こそその行いに報いねばならない。


『――判った。ミュレイも共に行こう』


「まあそうと決まれば早い方がいいのじゃが、色々と引継ぎとかもあるからのう……もう数日かかってしまいそうじゃ。タケル、その間に戦の準備と民の亡命先を一応考慮しておいてくれ」


「判ったよ。それじゃあ白騎士、姉上の事をよろしくね」


『……承知』


 部屋を出て行くタケルを見送り、昴はそっと仮面を外した。世界の状況は変わりつつある。そしてまだ見ぬ未来へと歴史は動き出したのだ。全てを昴が知っているのはここまで……。ここから先は前人未到、未開の歴史である。それが恐ろしくないといえば嘘になるだろう。だが昴はしっかりと希望も抱いていた。

 昴の傍には、こうして五体満足のミュレイが生きているのだ。今はこの世界がどうなるかよりも、ミュレイを護る為にどうするべきかだけを考える。そうする以外、きっと彼女を守り抜く方法はないのだから。


「……今度こそ護るよ、ミュレイ」


 座ったままのミュレイへと手を伸ばし、甲冑を纏った指でそっと髪を梳く。ミュレイは片目を閉じて優しく微笑み、昴のその手を握り締めていた。戦いの時が迫っている――だが恐ろしくはない。これは、護る為の戦い……。死という運命に逆らう為の、戦いなのだから――。




「――シェルシちゃん、シェルシちゃんっ! 起きて、起きてなの~っ!」


「う、うーん……」


「シェルシちゃん……もー、寝てる場合じゃないのっ!! はむっ!!」


「い、いたっ!? 痛い!? 痛いです、うさ子……止めてくださ――!? う、うさ子!?」


 それは、真夜中の訪問であった。ベッドの中ですやすやと眠っていたシェルシの目の前、真っ暗な闇の中に浮かぶうさ子の姿があった。白い耳をぱたぱたと上下させ、相変わらずゆるゆるとした笑顔を浮かべている。夢の中かと思ったのだが、うさ子がもう一度シェルシの頭にかじりついたその痛みで現実だと思い知らされた。

 ネグリジェのまま飛び起きたシェルシはうさ子の顔をぺたぺたと触ってみる。相変わらずふにゃふにゃと柔らかい、うさ子の顔があった。ステラと呼ばれたあの冷酷な少女の顔はもうどこにもない。一体何がどうなっているのか――頭上でクエスチョンマークが踊るシェルシとは対照的にうさ子は両手を振りながら言った。


「早く、ここから逃げるのーっ」


「に、逃げる……? 逃げるって、どういう……?」


「あのね、うさはホクト君を助けたいの……。シェルシちゃん、お願いだから手伝ってほしいの……」


「え……ええっ!? ホ、ホクトを……ですか!?」


 確かに昼間、ホクトが囚われている場所は把握していた。しかしステラはなぜこうしてうさ子に戻ってしまっているのだろうか……? 一度気絶し、そのままケルヴィーが研究室に連れ帰り……それから見ないと思ったら夜中にふっと現れた。うさ子はシェルシの手を引っ張りベッドから立たせ、巨大なクローゼットの中からドレスを引っ張り出してくる。


「早く、早く着替えてほしいのっ!」


「待ってください……。ホクトを助けるって……正気ですか? 帝国が何故彼をあそこに捕らえているのか、貴方だって判らないわけではないのでしょう……?」


 シェルシの真剣な言葉にうさ子はドレスを下ろし、耳をぺったんこにさせて項垂れてしまった。それから眉を潜め、泣きそうな顔でじっとシェルシを上目遣いに見つめる。


「うさは……。うさは、“すてら”っていう怖い怖い人だったの……。うさはね、ホクト君のとってもとっても大事な人を殺しちゃったの……。うさは、とってもとっても、悪いうさだったの……」


「…………うさ子」


「ホクト君はね、わーんわーんって泣いてたの……。うさ、よく覚えてないけど、それだけは覚えてるの。ホクト君がね、うわーんうわーんって泣いてたの……。すっごくすっごくかわいそうだったの……」


 少女の脳裏に浮かぶ記憶は定かではない。だが、一人の剣士が姫の亡骸を胸に泣いていたことだけは鮮明に覚えている。すべての記憶が戻ったわけではなく、ステラであった時の記憶が共有出来ているわけでもない。ただそれでも、そんな彼の悲しい姿だけは思い出したのである。


「ホクト君がね、うさになんでだーって剣を刺したの……。うさ、すごく悲しかったの……。うさね、痛くて痛くて……でもホクト君の方が……何倍も何倍も、いたいいたいって泣いてたの……うぐっ」


 涙を堪え、目をうるうるさせながらうさ子は呟くように語った。ごしごしと涙を拭い、ドレスをシェルシに掲げる。そうしてしっかりとした目つきで、もう一度願った。


「どうしてもね、助けたいの……。ホクト君はきっと、うさの事許してくれないけど……。でも、悪いうさだったから……。もう、いいうさにはなれないから……。せめて、ホクト君はロゼ君たちのところに返してあげたい……」


「…………そんな事をしたら、貴方が……」


「時間がないのっ!!!! うさは、またすぐ嫌なうさに戻っちゃう……。そうしたらもう……もう、助けられない……! お願いなの、シェルシちゃんっ!! お願いなの!! うさ、なんでもするからっ! ホクト君を助けて! 助けてほしいのっ!!」


 深々と頭を下げるうさ子。その切実な姿にシェルシも胸が詰まりそうだった。そう、誰もあんな悲劇を望んでいたわけではなかったのだ。色々と事情があった。すれ違う想いがあった。変えられない使命が――そして憎しみがあった。

 ふと思うのだ。何故こうもすれ違ってしまうのだろうか、と……。うさ子の肩を抱き、シェルシは悲しげに目を閉じた。うさ子の願いを叶えてあげるということは、シェルシがザルヴァトーレを裏切る事を意味している。そうなれば帝国はザルヴァトーレを突き放すだろう。シェルシも無事では済まない……。きっと、殺されてしまう。

 ホクトは帝国にとって最大の敵なのだ。それを救うという事は帝国の宿敵を解き放つという事に他ならない。この世界にはまた混沌が溢れ、戦乱が満ち満ちていく事だろう。容易に決断出来る事ではなかった。だが――。


「…………わかったよ。わかったから……うさ子」


 そっと顔を上げるうさ子。その頭を撫で、シェルシは優しく微笑んだ。そうだ、自分だってまだ納得していない。彼の事をもっと知りたいし、謝りたい事だってある。物語をまだ終わりにしてしまいたくはない……それは正直な気持ちだった。


「一緒に考えよう、ホクトを助け出す方法を……」


「シェルシちゃん……。ううっ! うわぁああああん、ありがとうなのおおおっ!! うわーん! わあああんっ!!」


「…………よしよし、うさ子……おかえり。生きていてくれて、ありがとう……」


「うわーん! シェルシちゃーんっ!!!!」


 うさ子を強く抱きしめ、シェルシは目を閉じて感じていた。うさ子の温もり、悲しみ、そして願い……。混沌を再び解き放てば世界がどうなってしまうかわからない。でもこのままでいて納得して生きて行けるはずもない。愚かな決断であることは百も承知、しかしまだ万策尽きたわけでもないのだ。考えもしないやりもしないで何もかも諦めるのは早すぎる――そう教わったから。

 ザルヴァトーレを護り、うさ子を護り、そしてホクトを救う……そんな奇跡のような方法。考え付くのはきっと容易ではない。だが諦めたくなかった。必死に姫は考える。それが彼女の物語の始まりでもあった。世界に改変を齎す運命の時――。それはすぐ目の前まで、迫りつつあった……。


~はじけろ! ロクエンティア劇場~


*毎日更新?*


うさ子「わーいっ! 久しぶりに出番があったの~っ♪」


ホクト「そりゃよかったな……俺は台詞なかったけど」


シェルシ「なんだか最近、私の出番が多くて嬉しいですっ! やっとメインヒロインのターン……ですか!?」


ロゼ「うさ子とシェルシでへこたれコンビなのにね」


うさ子「わーい!」


シェルシ「なんで喜ぶんですか……」


ホクト「しっかし、もう四十七部だぞ……はえーなオイ……」


ロゼ「そりゃ、毎日更新してればそうもなるよ。単純に考えて一月三十話くらい上がるわけでしょ?」


ホクト「ま、確かにな。しかし全然終わる気配ねーけどいつ終わるんだこれ」


シェルシ「ノープランですね」


うさ子「じゃあ、ディアノイアの倍くらい連載するのっ」


一同「「「 だが断る 」」」


シェルシ「ディアノイアの倍は二百部超えますよ……」


ロゼ「冗談はさておき、百部行かないくらいで何とか纏めたいよね」


ホクト「元々大したことしてる小説じゃねえしな」


シェルシ「あのー、世界の危機とか……そういうのはないんでしょうか?」


ホクト「あるかもしれないし、ないかもしれないなあ」


ロゼ「ラスボスはどうせ神とかなんでしょ、また」


ホクト「そう言われると完全に答えに詰まるわけだが……」


シェルシ「なんでもいいですよ、出番さえあれば……出番さえ……フフッ」


ロゼ「ねえ、最近シェルシおかしくなってきてない」


ホクト「神宮寺飛鳥ではよくあること」


うさ子「なのっ!!」

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