姫とうさぎの大冒険(1)
“どうせなら、最初から独りきりで……そして最期まで独りきりだったら良かったのに”――。ヴァン・ノーレッジはそう願い続けてきた。
動乱の世に生まれ、孤児として生きた彼の少年時代は過酷極まりない物だった。沢山の命を奪い、犯罪に手を染め、他人に嫌われながら生きてきた。そうする以外に生きていく方法がなかったから。
今日を生き延びる為に誰かが何年もかけて培ってきた幸せを壊し、そしてまた明日もそれを繰り返していく。そんな人生にどんな価値があったというのだろうか。生きているだけでも誰かの幸せを壊してしまうのならば、いっそのこと……。しかしそんなヴァンを死から遠ざけていたのは、彼の圧倒的な憎悪であった。
世の中に対する。人間に対する。帝国も国も世界も何もかもが大嫌いだった。だから人を殺し、意地でも生き延びてやろうと考えたのだ。何度も何度も死にかけ、しかし彼は死ななかった。運命が自分を生かしているのだと思った。自分は世界に好まれ、悪としてこの世に存在しているとまで思い至った。
幸運だった彼は不幸の中でしかし生きながらえ、年月を重ねる度に強くなった。独りでいるのは気楽だった。自分の事だけを考えていればよかったから。他人の事を考えていては生きていけない世界だったから。
表通りを歩く、高級なスーツやドレスで煌びやかに着飾った貴族たちが楽しそうに笑う陰でヴァンはその貴族達を殺そうと血に塗れた剣を片手に薄汚れたパンをかじっていた。目は血走り、考えるのは獲物を如何に狩るかという事だけだった。
人目のない一瞬を縫うように貴族達を殺し、金目の物を奪い、食料を得た。時には騎士に見つかり、殺されそうにもなった。そんな少年時代を経て青年となり、彼は帝国にたった一人で反逆する逆徒となっていた。
別に帝国が相手でなくとも構わなかったのだが、とりあえず帝国が一番悪そうな気がしたから標的にした。どれでもよかったのである。ただ“目的”が欲しかった。帝国に関わる人間を片っ端から斬り殺し、強くなった。独りで戦い続けるのは楽だった。どんなに辛くとも、自分の為だから耐えられた。自分の為だから全てを許せた。そう、何もかも――。
「貴方がそうやって寂しそうな目をしていると、何故だか私までとても寂しい気持ちになるんですよ、ヴァン――」
旅の途中で立ち寄ったとある街、寝泊りだけ出来ればいいという程度の安宿のベッドの上、ミラ・ヨシノはそう呟いた。時々ヴァンは遠くを眺め、ぼんやりと虚ろな表情を浮かべていた。そんな彼の横顔はいつもとても寂しげで、見ているだけで心がどんよりしそうなくらいだった。
白いシーツ一枚を素肌の上に重ねてミラは解けた髪を揺らし、首をかしげた。上半身裸の状態からシャツに袖を通したヴァンは振り返り、ベッドの上に腰を下ろす。月明かりが差し込む窓から空を見上げ、男は煙草に手を伸ばした。ミラはそれを防ぐかのように煙草に伸ばしたヴァンの手に己の手を重ねた。
「今日から私の周囲は禁煙になりました」
「…………。だったら外で吸ってくる」
「それはダメです。ご覧の通り、今の私はとっても無防備ですから。護衛は手の届く距離にいてくれなければ困ってしまいます」
「煙草くらいいいだろうに、別によ……はあ」
溜息を漏らし、煙草に伸ばした手を変わりにミラの手に絡める。指と指を重ね、ヴァンは困ったように――しかし優しく微笑んだ。ミラの紅い髪に手を伸ばすと女は幸せそうに目を閉じ、ヴァンの指が自分の髪に触れるのを感じていた。
旅は――――勿論、辛い事もあった。しかしミラというとんでもないお転婆姫に引っ張りまわされあちこちを練り歩くのは楽しい想い出も多く作ってくれた。どうしようもないような下らない話や、悪党を倒して村を救ったなんていうちょっとした英雄譚まで……。ミラは何でも楽しむ達人だったと思う。どんなに些細な事も、ミラと一緒だと何故かキラキラと輝いて見えた。今まで希望の一欠片も落ちては居なかった裏路地や、飢えた目をした人々が座り込んだ寂しい街も、ミラが通れば華やかになった。
ミラは自分のものでもなんでも、誰にだって分け与えた。当たり前のように誰でも手を差し伸べ、あとで自分が困っていた。自分の食べるものも着るものも気にせず、ミラはなんでも人に与えた。ヴァンはそれを無謀だと、愚行だと嗜めた。しかしミラは笑顔で首を横に振るのだ。“こうしたいからこうしている。それは自分の勝手だから”、と――。
気づけばそんなミラを護る事が生き甲斐になっていた。ミラと共に居るだけで、どんな事でも乗り越えられる気がした。物語の中の、姫を護る勇敢な騎士にだってなれる……。本当はただの手を血で染めた殺戮者だったとしても。彼女の優しさはその血糊でさえ落としてくれる気がしたから。
触れるだけで穢してしまうのならば触れないで居たかった。ミラはまるで宝石のようで、そして硝子細工のようでもあった。きらきら眩くて、でも触れたらきっと壊れてしまう。だからヴァンはいつもミラに触れる時、その指はとても優しかった。壊れ物を扱うようなその手を握り締め、ミラは優しく笑う。
「前々から思っていたのですが、ヴァンは女性の扱いが上手ですね」
「そうか……?」
「ふふふ、そうですねぇ……。私としては、若干嫉妬してしまう部分もありますが」
「はあ……そうなのか。そういうつもりはないんだけどな」
「もっと私の事を乱暴に扱っても大丈夫ですよ。貴方は一々、私に遠慮しすぎです」
「遠慮もするさ。相手はお姫様だぞ? 粗相があっては申し訳ない」
「あら、それを言っては貴方は粗相の塊のような人ではないですか?」
笑うミラの頭を小突き、そのままベッドに倒れこむヴァン。二人は並んでベッドの上に横たわり、天井を見上げた。そっと目を閉じ、ヴァンは額に手を当てる。
「……いつまで続けるつもりだ? こんな旅を……。ただの現実逃避だって事は判ってるんだろう?」
「――――そうですね。貴方が付き合ってくれなくなったら、でしょうか」
「なんじゃそりゃ」
「別に、現実逃避でもないでしょう? むしろとっても現実的ですよ。これからも貴方が私を守ってくれるのなら……。帝国の剣誓隊が来ようが、姉さんが襲ってこようが大丈夫ですから」
「ミュレイは勘弁してくれ。本当に殺される」
「前に挨拶に言ったら燃やされてましたね」
「トラウマになるぞ、あれは……。普通初対面の人間燃やすか?」
苦笑を浮かべ、隣を見やる。うつ伏せになったミラは枕を抱いてじっとヴァンを見つめていた。とても近くて優しい距離……。くすぐったくてヴァンは目をそらした。
いつからか、こうしてミラと一緒に居る事が当たり前になってしまった。ずっとこれが続けばいいと思ってしまった。独りきりでは判らなかった事が判るようになった。独りきりでは出来なかった事が出来るようになった。一人では世界は失意に包まれていた。でも二人ならその中から希望だって見つけられる。
ミラは歩く希望だった。ヴァンにとって生きる意味だった。独りきりで居ればよかった――やはりそう思う。大事になってしまったら。愛してしまったら。手放したくなくなってしまったら……。別れが辛くなるから。失った時歩けなくなるから。だからずっと独りで居たというのに――気づけばミラはそこにいた。
ヴァンが張り巡らせた心の壁を、ひょいひょいと飛び跳ねて超えてしまうのだ。当たり前のように、笑顔で手を差し伸べてくるのだ。拒絶しても拒絶しても、泣きながらでもひっついてくるのだ。そうやって抱きしめて離さないのだ。そんなミラだからこそ、護りたいと思った。そこまでしてくれる人には何かを返したいと思うのが人として当然の思考だろう。だからそれを異常だとは思わない。だが――やはり正しいとも思えなかった。
「ねえ、ヴァン……? このままどこかへ、逃げてしまいませんか……?」
「は? 本気で言ってるのか」
「私はいつでも本気ですよ」
「…………だな。だが逃げるったってどこに?」
「さあ……。どこでもいいですよ。貴方と一緒なら……」
身を寄せ、ミラは顔を近づける。ヴァンは天井を見上げながらそこに未来を思い描いてみた。ミラがいて、自分が居る未来……。ミラも同じ事を考えていたように、言葉を続ける。
「どこか、人里離れたところはどうでしょうか? 二人で質素に生活するだけなら可能じゃないですか?」
「お前……城育ちの癖に結構大胆な事言うな。言うほど簡単じゃないぞ。世話係の居ない家で生活出来んのか?」
「む……! それは失礼ですよ、ヴァン! 私だって家事くらいできます!」
「じゃあ今度から料理当番はお前だな。毎回俺に作らせやがって……」
「り、料理はヴァンにお任せします。ヴァンも一つくらい仕事が無くては可愛そうですし」
「俺は毎回剣ぶんまわして戦ってるっつの。何もしてないのはお前だろがっ」
「それはさておき……子供は三人がいいですね。男の子二人、女の子一人がいいです」
「はあっ!? いくらなんでも気が早すぎだろ……」
「…………。責任持てないのに、一緒に寝たんですか貴方……?」
「いや待て、責任とかそういう問題じゃなくまず子供三人ってそもそもどうやって産むんだよ。まず、お前出産ってどうやるのか知ってるか?」
「え? 呼べば鳥が運んでくるのでは?」
「はあ!? そんなわけあるかボケ……!? 通販じゃあるまいし……って、おまっ!! じゃあさっき何したのか理解してないのか!?」
目を丸くしてきょとんとするミラ。頭を抱えるヴァンに擦り寄ってミラは目を閉じた。
「夢を思い描く権利は、誰にだってあるはずですよ。私にだって、貴方にだって……」
ヴァンは無言だった。ミラの温もりを腕の中で感じながら、ただ黙っていた。本当に――そうだろうか? 夢なんて見ないほうがいいに決まっている……。少なくともこの世界に、夢なんてあるはずがない。
見てきたのだ。地獄と等しい世界を。歩いてきたのだ。血と肉片の山の上を。そうして見渡したではないか。怨嗟が繋がるこの世の大地を……。だが、それでも――思い描かずには居られなかった。居られないくらい、永遠を欲していた。
だから最初から独りだったら良かったのに……そう思う。独りだったら失う悲しみを知る事もなかった。独りだったらずっと最強で居られた。独りだったら……独りだったら――。
雨が降りしきる荒野の中、血に染まり動かなくなったミラを抱いていた。彼女は最期に優しく微笑み、ヴァンの頬を撫でた。唇が言葉を紡ぎ、しかしそれは雨音にかき消されてしまった。だったら全部壊れてしまえばいいのにと、切実に願った。全部消えてしまえばいいのに。死んでしまえばいいのに……。憎悪の渦が剣へを集まっていく。ヴァン・ノーレッジと呼ばれた男が、魔剣狩りと呼ばれる化け物になる。それは、とても自然な現象だった。まるで最初から仕組まれていた、運命か何かであったかのように――。
姫とうさぎの大冒険(1)
「ステラは……どうして帝国に?」
インフェル・ノア内部、シェルシに与えられた部屋の中で姫はステラにそう尋ねた。今は食事の時間――数少ないシェルシが自由に行動できる時間であった。
食事と就寝の時間以外は基本的にやる事成す事全てが厳しく制限されており、ステラと話が出来るのも食事の時くらいのものであった。本来は食事も相応の場所で行うべきなのだが、無理を言って自室で食べさせて貰っているのである。
テーブルを挟み、もぐもぐとニンジンを丸齧りしているステラは顔を挙げ、耳を上下させた。本来はステラが一緒に食事をするような関係でもないのだが、これも無理を言ってステラに頼んだのである。ステラは基本的にシェルシの護衛と監視が任務であり、それ以外の部分は独自に判断して行動している。一応念のためケルヴィーに確認してみたのだが、別に一緒に食事するくらいいいのではないかという事になり、こうしてニンジンを齧っているのである。
「どうして、というのは?」
「だから、えーと……。帝国に入る前は何をしてたのか、という事です」
「…………? 判りません。私はここで目を覚まし、ここでステラと名づけられました。それ以前の話はケルヴィーから聞いただけになりますが……もぐもぐ」
ステラは元々、ケルヴィーによって発掘された古代兵器の一つである。ステラシリーズと名づけられている人型の人工生命体は無数に発見されているが、その中で“心”を宿しているのはステラただ一人であった。
全く同じ外見をしたステラたちの中、このステラだけが目を覚ましたのである。彼女達は人工生命体ではあるが、機械で出来たアンドロイドというわけではなかった。むしろ、人造人間――ケルヴィーはホムンクルスと呼んでいた――に近い存在なのである。
その肉体は術式によりコントロールされており、基本的に意識や魂も術式に依存する。故にステラは素体が変わっても意識さえ移植すればまた復活する事が出来るのだ。ステラシリーズのボディは無数に発見されており、ステラもこの肉体が何体目なのかは詳しく知らない。
「私は先日の戦いで一度肉体を完全に破壊されたようですが、スペアボディに意識を移し変えこうして蘇ったのです……もぐもぐ」
「そ、そうだったの……? でも、私が知っている頃の貴方とは随分違うような気が……」
「思考や意識、記憶に大きなクラックがあったようです……もぐもぐ。貴方とは、その頃に出会ったようですね。残念ながらその頃の記憶データは、前のボディが破壊された時に破損してしまったようです」
「そう……。それで、えーと……? 貴方、ニンジン丸齧りして美味しいですか……?」
恐る恐る訊ねるシェルシ。ステラはこくりと頷き、ニンジンをボリボリと咀嚼して飲み込んだ。ステラの前にはニンジンが生のまま山積みになっており、只管ニンジンを齧り続けている。その姿は無表情ながらにも幸せそうであり、なんとなくステラはうさ子と同一人物なのだと認識出来た。
そうだ、別にその心が完全に変わってしまったわけではない。記憶が無くなってしまったとしても、うさ子はうさ子……。シェルシはじっとステラを見つめた。只管にニンジンを齧りながら、ぼりぼりと音を立てシェルシを見つめ返すステラ。何故じっと見られているのか判らず、ステラは小首をかしげた。
「シェルシは何故、私と食事を?」
「え?」
「私は貴方の見張りです。一緒に食事をする理由が……ごっくん。見当たらないのですが……はむ」
「えーと……。それはその……。私と貴方が、友達だからというか……」
「ともだち?」
おずおずと頷くシェルシ。今のステラと友達などという関係が築けるのかと問われれば、恐らくその答えはNOだろう。だがシェルシは諦め切れなかった。彼女がうさ子と呼ばれていた頃のように人懐こく笑ってくれる……そんな日がまた訪れてくれる事を。何より今のシェルシにとって、気を許せるのはステラだけだったのである。一人ぼっちが寂しいなら、友達を何とかして作るしかない。
元々シェルシは友達を作るという事が異常に苦手であった。というよりうさ子に言われるまで友達など一人もいなかったのだ。姫という立場もあったし、婚姻の儀に参加するということもあったし、人付き合いが苦手ということもあった。兎に角今のシェルシにとって、勇気を出して友達になれるのはステラしかいなかったのである。
ステラは無慈悲で残忍で、機械的に命令をこなすだけの存在だ。それは判っている。ステラについての説明はもう何度も繰り返し聞いた。だがステラを……うさ子を諦める事は出来そうにもなかった。なぜならシェルシは知っていたから。いつもにこにこと笑っていた、彼女の明るい姿を……。
「中々おかしな事を言うのですね、シェルシ」
「だめ……ですか?」
「いえ、貴方が勝手にそう思うのは貴方の自由ですから」
「そうですか……? じゃあ、これからも食事に付き合ってね、うさ子」
「……ステラです。うさ子ってなんなんですか?」
「え? だって、耳が……」
「これは魔力センサーの一つであって耳ではありません」
「そ、そうだったんだ……」
そんな会話をしながら食事をしていると、食事時間終了と同時にキッカリ扉が開き、ケルヴィーが姿を現した。背後から現れたメイドたちが一気に食事を片付けていく。ぽかーんとしているシェルシの目の前で食べかけの料理が排除され、ステラはニンジンをいくつか抱えてまだそれを齧り続けていた。
「さあシェルシ様、午後の予定を開始しますよ」
「……はう……。私、まだ食べてたんですけど……」
「時間はキッチリ守ってください。これから地下の施設にご案内します。まあ地下というか、生活エリアの下にあるというだけなんですが……」
シェルシは涙目になりながらケルヴィーに押し出されるようにして部屋を出た。ずんずん先に進んでしまうケルヴィーに続き、小走りでシェルシは移動していく。その背後、ステラはニンジンを齧りながら追いかけていた。奇妙な三人は縦に並びつつ、地下へ向かうエレベータへと乗り込む。
「これから向かうのは、貴方の魔剣適性をチェックするための設備です」
「魔剣適性……?」
「貴方がザルヴァトーレの次期女王となるわけですから、当然現在のシルヴィア王から魔剣を継承せねばなりません。そしてその際使いこなせないということがないように、ここで魔剣適性のチェックとその引き上げを行います」
一気に説明され、まだ食事休憩のゆるんだ頭から復帰できないシェルシはとりあえずこくこくと頷いておいた。地下へ三人を乗せたエレベータが到着し開かれた扉の向こうに広がっていたのは巨大な研究エリアだった。
研究所、というよりは工場のようなイメージを持つその景色の中、様々な機械が稼動し続け鉄のような油のような臭いが充満していた。それが血でも油でもない別のものの臭いだと気づくのはまだ先の話であり、ところどころに設置されている水槽の中で魔剣らしきものが浮かんでいるのを物珍しげに眺めるシェルシ。ケルヴィーは足を止め、両手を広げて言った。
「ようこそ、プロジェクトエクスカリバーの研究室へ」
「…………プロジェクトエクスカリバー……。えーと……人造魔剣計画の……?」
「そうです、よく覚えていましたね。さて、これから貴方の魔剣適性をチェックする為の準備をしてきますので、呼ぶまでここで待っててくださいね。下手に動き回ると迷子になってしまいますから」
「そ、そんなに入り組んでるんですか……?」
「増築と改築を繰り返してたら大変な事になってしまいましてねぇ……。では、少々お待ちを」
去っていくケルヴィーの後姿を見送り、シェルシは緊張感に背筋を伸ばした。これから魔剣適性をチェックするというのだが、一体何をどうするのか……。痛い事がなければいいなとそんな事を考えつつ、しっかりしなければと気合を入れる。その背後、ステラはすべてのニンジンを食べ終え、ごっくんと飲み干していた。あんまりなテンションの差にシェルシは肩を落とし、振り返ってステラを見やる。
「貴方は……ステラになってもマイペースですね……」
「……?」
「はあ、私はすごく緊張してきました……って、ステラ? どこに行くんですか?」
ステラはシェルシを無視してふらふらとどこかへ歩いていってしまう。背後から呼び止めるシェルシの声も無視し、歩いていくのは別の部屋へ繋がる通路であった。ここで待っていろといわれたのにどこかに言ってしまうステラ……。それを止め様とシェルシは走り出した。
「うさ子!! もう、どこに行くんですか? 勝手に移動したらケルヴィーに怒られてしまいますよっ!」
「…………感じる。こっちに……強い力が……」
「え……? あ、ちょっと! ステラ! うさ子っ!! もう、待ってください! と、止まって~~っ!」
ステラの腕を掴むのだが、ステラはまるで意にも介さず凄まじい力でずんずん歩いていく。引きずられる形になったシェルシは踏ん張って抵抗してみたものの、途中で力尽きて転んでしまう。そのままステラにずるずると引きずられ、隣の部屋へと連れて行かれてしまうのであった。
「ス、ステラ~!? ちょっと……引きずってる! 引きずってます……いたっ!?」
しかしステラは一向に振り返る気配もない。シェルシは泣きそうになりながら足をばたばたさせ、ステラに引きずられ続ける。そうして二人の姿が見えなくなる頃、自動ドアが静かに閉じた。シェルシの泣き声はケルヴィーには届かず……そしてシェルシは目撃した。
奥の部屋の更に奥、巨大な封印装置の中に拘束された一人の男が眠っていた。全身に無数の封印術式を施され、がんじがらめに縛られた男――。死んだと思っていた人物の発見にシェルシは慌てて立ち上がり、足を止めたステラと一緒にそれを見上げた。
世界最強と呼ばれた、絶対的な力を持つ魔剣使い……。黒き刃の魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジ……またの名をホクト。巨大な魔法陣に囲まれ、その男は眠り続けていた。シェルシとステラの見上げる、その直ぐ傍で――。