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白騎士(2)


『剣誓隊の魔剣狩り討伐ミッション……?』


「そう、魔剣狩り。君は確か、魔剣狩りに執着していただろう? 丁度いい機会だと思うけど」


 魔剣狩り、ヴァン・ノーレッジに帝国が手を焼いている理由は明らか……。それは、ヴァンを殺す事が出来ないからである。

 元々ヴァンを殺すだけならばステラ一人でも事足りるだろう。それに剣誓隊にはカテゴリーSではなくとも、歴戦の魔剣使いたちが揃っている。そこらのチンピラ同然の魔剣使いならば兎も角、剣誓隊に見初められた一部のエリートたちはヴァン相手だとしても善戦するだろう。それが何人もいるのだから、ヴァンを倒すのは不可能な事ではない。

 では何故帝国はそれを放置しているのか? 答えはヴァンを殺せないから……。カテゴリーSと呼ばれる魔剣使いは、この世界に七人しか存在しない。その中の一人であるヴァンは絶対に帝国にとって殺せない人材なのである。

 炎魔剣ソレイユを持つミュレイ。永魔剣エリシオンのシルヴィア。皇帝ハロルドの持つ帝魔剣ネイキッド、ステラの翔魔剣ミストラル……。そして昴の破魔剣ユウガ、ヴァンの蝕魔剣ガリュウ――。今のところこの六名がカテゴリーSとして活動している。七人目がどんな人物なのかは兎も角、今はこの六名の保護が最優先事項なのである。

 かつて、過去にステラは魔剣回収に失敗し、ミラ・ヨシノを誤って殺害している。それにより究極の魔剣の一つ、ユウガは消滅の危機にあったのだ。それは偶然能力により形として残り昴に継承されたが、同じような事があっては困るのである。特にヴァンのガリュウはレアリティの高い存在……。帝国としては絶対に失いたくない魔剣の一つである。


「彼の魔剣は他の魔剣を収集する能力がある。逆に言えば、あの魔剣さえ手に入ってしまえばすべての魔剣を一つに纏めるのは容易……。つまり、他のカテゴリーSから魔剣を奪う事も可能になる」


『逆に言えば、ガリュウを失う事は彼が取り込んでいる数え切れない魔剣すべての消失、そして今後の活動の難しさを意味しているわけか』


「だから帝国は、特にガリュウの扱いについては慎重にならざるを得ない。しかも厄介な事に彼はミラの一件で帝国を強力に敵対視しているわけで……」


『…………。成る程、大暴れして手がつけられなくなると殺す事も出来ないし止める事も出来ない、厄介な存在になるわけだ』


 先日のステラとの戦い、そしてその後の不自然なステラの撤退とヴァンの見逃し――。そういう理由ならば納得できる。なんだかんだでヴァンは帝国の檻の中、虎視眈々と命を狙われる存在なのだ。ステラはその気になればヴァンを殺せるだろう。だが、そうする事は出来ない……。


『しかし、帝国は魔剣を集めてどうするつもりなんだ? 剣誓隊はただの治安維持の為の組織じゃなかったのか?』


 仮面をつけた白騎士、昴の前にはククラカンの王子タケルの姿があった。今回の話を持ち込んだのはタケルであり、王子は自室の椅子の上に座って白騎士に微笑みかけている。

 帝国からの要請があったのはつい先日の事である。ミラの継承者を発見したステラがそれを帝国に報告しないはずもなく、白騎士の存在は帝国に知れ渡る事となった。そして白騎士とヴァンが敵対している事をいい事に、帝国側は白騎士にヴァン討伐の協力を依頼してきたのである。

 当然見返りは数多く、それは引き受けるに値するほどのものだった。白騎士本人にとっては得な事はなかったが、国に対する技術支援や物資補給の追加など、それだけでククラカンは一気に潤う事が予想される。その信頼を勝ち取る為にヴァンを討てというのならば、妥当な取引と言えるだろう。

 問題は剣誓隊が何故ヴァンを倒したがっているのか、その理由である。そもそも具体的にどうやってヴァンを倒すのか……。疑問はつきなかったが、その中の答えの一つをタケルは持ち合わせていた。立ち上がり、窓辺に移動して微笑む。


「帝国が剣誓隊を組織したのは、有力な魔剣使いを自分達の手元に置いて管理する為だよ」


『魔剣使いを、管理……?』


「帝国は魔剣を集めたがってる。理由は判らないけどね。まあつまり、剣誓隊の最終目的はすべてのカテゴリーS魔剣の収集にあるって事さ。ヴァンの魔剣はその為に非常に役に立つ」


『…………。ヴァン討伐に手を貸せば、私も放置されなくなるか』


 それは当然の事である。現在S魔剣の所有者であるミュレイやシルヴィアは、その戦闘力もあるが国として高いポジションにあるのが回収にとっての問題なのだ。王やら姫やらとなれば、それは国家間戦争にさえ発展する恐れがある。王家に代々伝わる魔剣を寄こせというのだから、それなりの反応は覚悟するべきだろう。

 国同士の衝突になった場合、そして世界同士の戦争になった場合……。この世界の被害はどれほどのものになるのか見当もつかない。その最中、ミュレイもシルヴィアも命を奪われるかもしれないのだ。ガリュウはそう出来る力を持ち、そしてガリュウは帝国支配の象徴とも成り得る剣なのだ。

 魔剣使いは国の権力、そして闘争の抑止力になる。それを無限に収集出来る怪物が帝国に渡ってしまったら、帝国支配による世界構造は磐石となるだろう。昴は迷っていた。ヴァンを倒す事……それは本当に平和に繋がるのだろうか。

 勿論、ヴァンを倒す事は必要だと考えている。彼はミュレイを恨んでも居るし、シルヴィアも殺すかもしれない。世界のトップポジションにいる人間をあっさり殺されては堪った物ではないが、彼ならやりかねないので冗談どころでは済まない。何よりミュレイを護る上でヴァンの存在は危険すぎるのだ。

 だがそれでヴァンを殺せば、帝国は確実に動くだろう。ヴァンは良くも悪くもこの世界にとっての拮抗を保つわずらわしい要素なのだ。それが排除されれば、歴史そのものが動く――。未来に何が起こるかは判らないが、それでまた新しい要素が加わりミュレイに死が迫るのでは? 考えれば考えるほど恐ろしく、身体が動かなくなる。

 昴の介入により運命が捻じ曲がり、ミュレイは死んだ。ヴァンは手をかけた張本人だが、元を正せば昴の介入がミュレイを殺したのである。これ以上世界に干渉すべきなのか……。迷う白騎士に歩み寄り、タケルは微笑んだ。


「まあ、これは君の自由だからね。姉上と良く相談して決めるといよ」


『…………ああ。タケル、ありがとう。少し検討してみるよ』


「期限は三日らしいから急いでね。それじゃ、僕はまだ仕事があるから」


 タケルはそのまま部屋を後にし、昴だけがその場に残された。騎士は静かに溜息を漏らし、腕を組んで考え込む。自分がどうする事が最も正しく……いや、正しい事に近いのか。そして、迷わず一歩を踏み出した。迷っていた所で、状況が進展する事など在り得ないのだから――。




白騎士(2)




 プリミドールの中心部に存在するシャフト内部、昇降用大型エレベータ……。その内部に立ち、壁に背を預け腕を組む白騎士の姿があった。無言で顔を反らし、透明な壁の向こうに広がる荒野と草原を見下ろす。

 結局昴はミュレイには何も告げず、一人でそのミッションを引き受ける事にした。ウサクにはこっそりと話をつけ、自分の代わりにミュレイを護るようにと頼んである。それが確実ではないにせよ、これでヴァン・ノーレッジの討伐、そして剣誓隊とのパイプが出来るかもしれない。それはこの世界を変える上で昴にとって大切な物だ。

 突然、エレベータの中にステラがふわりと舞い降りた。纏う転送の魔法陣が消失し、ステラは足音を立てて着地する。武装状態を解除し、白いうさぎの耳をぱたぱたと上下させながら白騎士へと歩み寄った。感情の篭らない無機質な瞳……。昴は好きになれそうもなかった。


「ようこそ、白騎士。貴方の協力に感謝します」


『……ヴァンを倒す為だ。それ以上でも以下でもない』


「そうですか。理由はどうでもいい事です、特に問わずとの指示ですから」


 ステラは昴と同じように壁際に立つ。エレベータ内部の壁は殆どが透明な素材で構築されているため、まるで空に浮いているかのような錯覚を覚えた。高い所は苦手だった昴は仮面の下でぎゅうっと目をつぶっていたのだが、それがステラにわかるはずもない。


「それにしても、いくつか疑問が残るのですが、質問しても良いですか?」


『何だ……手短に頼む』


「手短? まだ、ヨツンヘイムまで時間は結構ありますよ」


『マジ……? じゃない、本当か……? まあいい、なんだ?』


「貴方の持つ魔剣ユウガは確かミラ・ヨシノが死亡した時に消失したはずです。貴方はもしや、ミラ・ヨシノですか?」


『残念ながら私はミラではない。ミラの遺志を継いだだけだ』


「…………。良く判りませんが、ミラと同一人物ではないという事だけ理解しました」


 そう呟くステラの横顔は何故か寂しそうだった。普段の感情を一切表に出さない彼女の表情とは異なり、まるで人間のように――。だが、繰り返すが昴は高い所が苦手である。必死に目をつぶっているのでその様子はわからなかった。

 ほぼ無言のまま時間が過ぎ、エレベータが停止する振動で昴は背筋を震わせ目を開いた。周囲の景色はすっかり切り替わり、ターミナルの見慣れた景色が広がっている。基本的にターミナルの構造はどの界層でも同じなので、迷わず出る事が出来た。

 ターミナルの外には巨大な機械の都市が広がっていた。第三階層ヨツンヘイムは全てが精密なる構造に支配された都市である。界層の大陸全土が機械によって埋め尽くされ、その様相は三階層以下とは大きく異なっている。異様な景色に足を止める昴……しかしステラは地上から僅かに浮いたまま、ふわふわと先を行く。


「案内します。こちらです」


『あ、ああ』


 エレベータの中に居た時からずっと思っていたことなのだが、転移魔法でどこにでも行けるのならば自分もそれで連れて行って欲しかった。しかしそんな昴の願いとは裏腹に、ステラはふわふわと先を進んでいく。

 仕方なく歩き出す昴。帝都レコンキスタ内部は無数の転送魔法装置によって縦横無尽に繋がっており、インフェル・ノアへもその魔法陣を使って移動する。いくつかのポイントを経由し、ターミナルから遥か彼方に見えたインフェル・ノアへとあっという間に到着し、昴は驚いた様子で周囲を見渡した。


「ぼーっとしていないでついてきてください」


『……判ってる』


 相変わらず愛想のないステラに少々苛立ちつつも後に続く。城内は帝国騎士が闊歩し、掃除用のロボットが床を綺麗にしていた。四界層から来た昴が驚かないはずがなかったのだ。第三界層は、その文明レベルがあまりにも違いすぎる。

 案内されたのはインフェル・ノア内に存在する剣誓隊に与えられたエリアで、居住区であると同時に訓練施設や研究施設が併設された場所だった。その巨大な作戦会議室には既に昴以外の剣誓隊が揃っており、魔剣使いたちがずらりと整列していた。その彼らが取り囲むように中心に存在しているのは円卓で、そこには更に剣誓隊の中でも腕利きの上位階級の騎士たちが座っている。


「ケルヴィー、白騎士を連れて来ました」


「すいませんねえ、こんなお使いさせちゃって……。でもステラ以外にカテゴリーSを安全にここまで誘導出来る人っていませんからしょうがないんですよ」


「気にしないで下さい」


「流石は僕の最高傑作、いい子ですねえ~!! っと、それはさておき……貴方が噂の白騎士ですか」


 隊列が開き、白騎士は円卓の前に出る。一人だけ白衣を羽織った姿で立っているケルヴィーが眼鏡を輝かせ、パチパチと手を叩く。それが拍手だと気づくのに白騎士は少し時間がかかった。


「いやあ、君の存在は実に我々にとって好都合ですよ。ククラカンに報酬はきっちり支払いますから、是非活躍してくださいねえ」


 白騎士は無言だった。ただ腕を組み、ケルヴィーを見やる。余りにもあからさまなうさんくささに話をする気も起きなかった。しかしケルヴィーも別にそんな白騎士の態度を気にはしなかった。価値観のずれている彼にとって、白騎士に無視される事は別に興味のないことである。


「それじゃあ一応剣誓隊のメンバーを紹介しましょうか。こちらにいる四名が、一応剣誓隊の中でも上位の階級となります」


 円卓を囲んでいる四人――。ざっと眺めてみる。巨体……というよりはロボットにしか見えない騎士。どう見ても小さい子供にしかみえない少女。優しく微笑んでいる優男……。そして真面目そうな顔つきの、通常とは異なる鎧の騎士。なんだかなんともいえない組み合わせだった。特に小さい女の子は明らかに浮いてしまっている。


「ざっと紹介しましょう。あの機械鎧の男がビックホーン中将。そちらの少女はルキア少将。あちらでオドオドしているのはジェミニ少将。で、奥のが剣誓隊の元締め、団長オデッセイ大将です」


『……四天王かよ』


 ボソっと呟く昴。しかしその声は誰にも届かなかった。それから昴も円卓に着き、漸く作戦会議が始まる。見知らぬ人々に囲まれ若干寂しい昴ではあったが、贅沢は言っていられない。

 魔剣狩りヴァンを倒す作戦、その中核を担うのが自分だと知った時昴は驚いた。だが説明を聞けば聞くほど何故帝国がヴァンを倒せなかったのか、そしてヴァンを倒す役目が自分に与えられたのかを理解する。


「えー、単刀直入に説明しますと……。ヴァン・ノーレッジは不死身です」


『はっ?』


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう昴。しかし他の剣誓隊にとっては当たり前の情報なのか、まるで微動だにする事はなかった。

 ヴァン・ノーレッジが不死身である理由――。それは彼が既にガリュウと一体化を果たしてしまっているという点にある。通常魔剣とは身体に刻んだ術式を経由し、内在魔力を顕現化する事で召喚される。だが彼の場合はその仕組みが通常とは異なるのである。

 ガリュウは無差別に命と剣を取り込む化け物染みた剣である。その暴力性は魔剣の中で追随を許さない。ガリュウはしかも取り込んだ情報を再現したり改変したりする能力を備えている。それが何を意味するのかと言えば、ガリュウは取り込んだ物を内部に保存しておく事が出来るという事である。


「この事実が彼を不死身にしているのです。まあ、実際殺す気になれば殺せるのでしょうが……」


 ヴァン・ノーレッジの体内には、無数の命の情報が保存されているのだ。ヴァンは人間を丸々一人再構成する事さえも容易い。彼は肉体が損失したとしても、そこに保存している命をあてがう事で一瞬で再生する事が出来る。つまり、殺した数だけ死ななくなるのである。

 他人の肉体の構成をガリュウは書き換え、主が死ぬ事を絶対に許さない。例え脳が飛び散ろうとも心臓が消滅しようとも、ヴァン・ノーレッジという肉体のデータを記録しているガリュウが全自動でヴァンを蘇生するのである。理論上、ヴァンを殺す事は絶対に不可能――。なにせ全く身体のすべてが完全に消滅した所で、ガリュウがゼロから主を再現するからである。


『――――そんなふざけた事があるのか……ッ!?』


 思わず立ち上がり、前のめりになる昴。そうなるのも無理の無い話であった。だがしかしそうでなければ彼が伝説的な反帝国思想の魔剣使いとして語り継がれる事はないだろう。ミラは死んでもヴァンは生きているという事の意味――。昴は仮面の下、瞳を揺らしていた。


「厄介なのは、それがヴァンの意識が無くともガリュウが勝手にやると言う所にあります。つまり、ヴァンの脳をふっとばし思考不能な状態にしても、魔剣がオートで蘇生するのです」


『記憶はどうなる!? 意識は再生するのか!?』


「それは若干宗教的な話になってきますが……我々は一つの仮説を立てています。ヴァン・ノーレッジの記憶、そして存在のすべては彼本人が記録しているのではなく、彼の観測者であるガリュウが記録しているのではないか、という事です」


 つまり、ホクトが見聞きした事、体験した事はすべてガリュウが記憶しており、ガリュウはホクトという人間の情報全てを把握している。故に寸分の狂いも無く人間を再生する事が出来るのではないか、という事である。その再生能力を以ってしてこそ、彼は化け物であり最強なのである。


「つまりヴァンを倒す為には、ヴァンを倒した状態でなおかつガリュウを封じる必要があるのです。そこで役立つのが貴方の持つ剣です」


 破魔と凍結の能力を持つユウガは正にガリュウを倒す為だけに存在するかのような特化型の魔剣である。その刃で切り裂けばヴァンの肉体と同時にその構成情報を断ち切り、再生を遅らせる事が出来る。そして凍結を発動し術式そのものを凍りつかせてしまえば――ガリュウさえも停止させる事が出来るかもしれない。

 勿論、ユウガとガリュウがそうして戦った事は一度もないので保障はなにもない。だが、最もガリュウを止められる可能性が高いのが昴のユウガなのである。そう考えれば彼らが昴を招待した理由も明白だ。


「しかも今回、我々は何とかガリュウを回収したいと考えています。故に貴方にはユウガでヴァン・ノーレッジという人間の構成情報のみを斬り殺して欲しいのですよ」


『…………随分と滅茶苦茶な依頼だな』


「ですがそれでガリュウは沈黙するはずです。なんだかんだ言ってもガリュウの主はヴァン・ノーレッジ一人ですからね」


 確かに――ユウガならばそれが可能かもしれない。術式だけを斬る――そんな器用な事も可能だろう。しかしヴァン・ノーレッジの情報だけを殺すとなると、一体どうするのか……。


「簡単ですよ。恐らくガリュウはヴァンの再生に“烙印”を使っているのです」


『烙印――?』


 烙印とは、ミレニアムにより提唱された人間の記録監視の為のシステムの一つである。生まれたばかりの赤ん坊の身体の一部に監視用の術式を仕込むのである。烙印は身体を通して脳と直結しており、本来脳が記憶するすべての情報を最適化処理を行い、ある程度編纂して記録する事が出来る。

 つまり、烙印にはその人間が経験してきた情報の殆どがわかりやすく、そして簡潔に記録されているのである。烙印は生きた年数に応じて徐々に巨大化していくが、それは烙印が生きた術式であり徐々に保存領域を増やしているという証拠でもあるのだ。

 ヴァンという人間の記憶、情報をガリュウは直接取り込む事は出来ないだろう。既に喰らって情報化してしまったほかの術式や命とは違い、ヴァンはまだ生きていて物理的に肉体も存在しているのだから。つまりガリュウは何かを仲介してヴァンの状態を保存しているという事になる。となれば、最も考えられる可能性として有力なのが烙印を経由してヴァンを理解しているという可能性である。


「つまり、記憶装置そのものである烙印とガリュウは繋がっていて、烙印システムを応用して彼は不死身になっているのではないか、ということですね」


『…………。あるのか……そんなふざけた話……』


「あるんでしょうねえ……。非常に興味深いです。そして烙印は基本的に絶対に消せません。烙印が浮かんでいる部分の肉を削ぎ落としたとしても別のところに必ず現れます」


『つまり、烙印を物理的に破壊する事は不可能……』


「そこで貴方の術式殺しの能力ですよ。貴方のユウガならば、一瞬で烙印を破壊――! そうすればヴァンは不死身ではなくなるのです」


『あとはステラなり剣誓隊なりでもどうとでもなる、ということか……』


「理解が早くて助かります。というわけで、引き受けていただけますね?」


 疲れた様子でふらふらと昴は椅子の上に腰を下ろした。自分がどれだけ化け物染みた相手を倒そうとしていたのかを痛感する。恐らくこの話を聞かなかったら永遠にヴァンと戦い続けていたことだろう。もう迷ったりしている暇がないのは明らかだった。これは確実にヴァンをしとめる、恐らく最初で最後のチャンス――。


『……判った。引き受けよう……』


 唸るようなその声にケルヴィーは微笑み眼鏡を輝かせた。仮面の下、昴は完全に動揺していた。否、それは戦慄か――。ヴァン・ノーレッジ……魔剣狩り。まともに倒せるような相手ではなかった。ならば、自分に出来る事をすべて出し切るのみ……。

 仲間とは呼べずとも帝国を利用するまで。だが、同時にこれはヴァンの消滅を意味している。この世界がどう動くのか、それは昴には判らない。だがいくらなんでもヴァンは危険すぎる。最早人間ですらない。情報化された、魔力の怪物なのだから……。

 作戦の詳しい段取りの説明が始まっても昴は中々それに集中する事が出来なかった。牢屋の中、ヴァンと話したことを今でも覚えている。あのインフェル・ノアの装甲版の上で戦った時の事を覚えている。彼は一体何故そんな風になってしまったのだろうか。何故そんなにも、身体を化け物に変えてまで戦い続けるのだろうか。消し去ったはずの迷いにも似た思考のノイズ……。それが胸の中で燻っている事を、彼女は認めたくなかった――。


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