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君の物語(3)

「目が覚めましたか? 僕が誰だか判りますか、ステラ……?」


 インフェル・ノア内部にあるケルヴィーの研究室――。そこは、アンダーグラウンドなどで発掘された古代文明技術の研究所でもある。ケルヴィーは帝国の中で最も優れた科学者と言われ、古代文明の兵器転用、魔剣の量産計画やコピー計画などに携わり、様々な成果を残してきた男である。それ故に皇帝からの信頼も厚く、インフェル・ノアの施設を皇帝の許可無くほぼどこでも動かす事が出来るほどの権限を持っている。

 無数のコンピュータが乱立し、ケーブルが複雑に床を埋め尽くす部屋……それがケルヴィーの落ち着ける場所であった。壁際に並んだ水槽の中には生き物の部品と思われる物体が浮かび、血に染まった手術台の上でステラは目を覚ます。それも何度目かわからない、繰り返された目覚めであった。

 銀色の髪を揺らし、ステラは身体を起す。そうして自分の手を握り締めているケルヴィーを見つめ、部屋の中を見渡した。当然、判らないはずが無い――。帰ってきたのだ、故郷に。生まれた場所へ……。


「……ケルヴィー」


「おおっ!? 良かった、本当に良かった! 一時期は本当にどうなることかと思いましたよ……。貴方の自己修復機能ですら復活できないほどに肉体が損傷していましたからねえ……」


「この私が、そこまで追い詰められたのですか……」


「ええ、例の魔剣狩りですよ。全く、本当にくそ忌々しい……。まあ、ボディは他のステラからパーツをもらって復元しました。それと人格面に多大なエラーが見られたので、一度メモリーもすべて初期化させていただきました。まあ、一年前貴方が失踪する直前のバックアップデータをインストールしておいたので、任務に大きな支障はないはずですが」


 頷き、ステラはゆっくりと手術台から立ち上がる。身体に異常がないか確認し、それから鏡に映った自分へと歩み寄った。手を伸ばし、それに触れてみる。ステラ……。帝国のガーディアンシステムと呼ばれる治安維持機能。それが彼女の名前。“うさ子”と呼ばれていた少女の名前……。


「感謝します、ケルヴィー。肉体に異常ありません。すべて正常です」


「それはよかった。それで、早速で申し訳ないのですが、貴方に一つ頼みがあるのです」


 頷き、ステラはケルヴィーに歩み寄る。二人は隣の部屋に移動し、ケルヴィーはビーカーにコーヒーを作りながらテーブルについた。ステラは棒立ちのままその傍らに留まり、話が始まるのを待っていた。

 ケルヴィーの依頼は一つだけ。新たな花嫁として迎え入れられたシェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレの身辺護衛、そしてその見張りである。シェルシにはその経歴に色々と不審な部分もあり、ケルヴィーはそこを警戒していた。更に言えば先日の婚姻の儀では侵入者がインフェル・ノアに紛れ込むと言う事件もあった為、一応念の為に強力な護衛をつけたいという考えがあった。

 ステラの持つ魔剣、翔魔剣ミストラルはカテゴリーSと呼ばれる魔剣の一つである。それはケルヴィーの見解によれば、このロクエンティアと呼ばれる世界の中に七つしか存在していないのだ。そんな化け物染みた能力を持った魔剣を持つステラだからこそ、シェルシの護衛を安心して頼めるのである。


「というわけで、これからは暫くシェルシ様のところについていてあげてください」


「エマージェンシーコールは?」


「無視で構いませんよ。最大の障害であった魔剣狩りは既に倒れたのですから、まあ下の世界ももう安全でしょう。それに近々反帝国組織の一斉排除作戦が始まりますから、こっちは暇になると思いますし」


「そうですか。ところでケルヴィー、私は一年間何をしていたのですか?」


「それは私も訊きたいですよ……。貴方が一年前、エマージェンシーコールで下層に向かったきり戻ってこなかった時は……僕はもう心配で心配で……。食事も喉を通らなかったんですよ? ま、点滴を打ってましたから全く平気でしたけどね」


「では、ケルヴィーも答えは持ち合わせていないのですね」


「ええ。まあ、貴方は一度“死に”ましたから、その前の貴方の破損したメモリーを解析しようかと思っているんですが……まああまり期待しないでください。僕もエクスカリバーの開発で忙しいですし」


「理解しました。それではケルヴィー、私はザルヴァトーレの姫の護衛に向かいます。修理と再生、感謝します」


 一礼し、ステラはそのまま部屋を去っていく。その後姿を見送りケルヴィーは眼鏡を中指で押し上げ、ほっと胸を撫で下ろした。先日見た時ステラはうさ子などというふざけた名前で呼ばれ、それが似合うほどお馬鹿な感じの女の子になってしまっていた。あの時はそれこそ死ぬかと思ったものだが、大事な大事な兵器が無事に戻ってきてくれて今は一安心と言った所である。

 部屋を出たステラはそのままの足で真っ直ぐにシェルシの部屋へ向かった。新しい情報は既に眠っている間にインプットされているので道に迷う事はなかった。インフェル・ノアを歩くステラとすれ違う騎士やメイドたちは皆ステラを見つけると慌てて道を開き、怯えるような目をした。ステラは帝国の中でも異質な存在である。皇帝に気に入られているとは言え、元々は古代文明の遺産――。人工生命体である。化け物染みたその戦闘力は敵からも味方からも恐れられ、彼女にまともに接触しようとする人間はケルヴィーしかいなかった。

 しかし今のステラにその事を憂うような機能は存在していない。当たり前のように人々に避けられ、道を行く。辿り着いたシェルシの部屋、その扉に認証コードを打ち込み開き、少女は姫の部屋へと足を踏み入れた。

 シェルシはベッドの上に座り込み、憂鬱そうな顔をしていた。多忙を極めるシェルシもこの夜だけは何とか休む時間をもらっているのだが、こんな異世界のような場所では眠るにも眠れない。落ち着かない夜はこうして一人で座り込むしか時間を潰す方法を知らなかった。

 現れたステラの姿にシェルシは大層驚き、そして駆け寄った。ステラの顔に触れ、そして手に触れ、温もりを確かめる。安心したようにシェルシは微笑み、ステラの身体を抱きしめた。


「うさ子……よかった! 無事だったのですね……」


「シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ。私の名前はうさ子ではありません」


 ぐいっとシェルシの肩を掴み、引き剥がすステラ。しかしシェルシにしてみればうさ子はうさ子なのである。何をワケの判らないことを言い出したのかと目を丸くするシェルシ。それにうさ子は自らの胸に手を当て説明した。


「私はケルヴィー博士によって復元された古代の自立戦闘兵器、現在でのコードネームは“ステラ”です。うさ子、などという名前ではありません」


「え……? うさ子、ど、どうしてしまったんですか……? そんな難しい言葉を話せるなんて……」


「シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ……私はステラです。何度も言わずとも理解してください」


 繰り返し名乗るステラ。シェルシは一歩後退し、肩を落とした。うさ子は……あの日、ズタズタに引き裂かれて死んでしまったのだ。ホクトの手によって……。あの恐ろしい力を持った魔剣ガリュウがうさ子の身体を引き裂くのを見た。死んでしまったと思っていた。けれど、うさ子は生きていた。

 うさ子はもううさ子ではなくなっていて、死んでしまったうさ子はもう戻らない……そんな気がした。ほんわかした様子で笑ったり歌ったり、絵を描いたり……。おいしそうにいつもなんでも食べて、元気よく誰にでも愛されたうさ子……。生まれて初めて、自分を友達だと言ってくれたうさ子。そのうさ子が今、目の前で別人になってしまっている。それはシェルシにとって受け入れがたい、とても辛い現実だった。

 もう一度前に歩み、シェルシはうさ子の身体を抱きしめる。人工生命……でも、暖かかった。うさ子は暖かい、いつだってそうだった。友達だと言って泣きながら手を振ってくれたうさ子……。そのうさ子はもう、笑う事も涙を流す事も出来ないのか。そう考えると、こみ上げる熱い気持ちを止められなかった。


「…………? 何故、泣いているのですか?」


「うさ子……。可愛そうなうさ子……」


「…………シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ。私の名前はステラです」


「……ステラ。私の事も、シェルシで構わないから。ごめんね……泣いたりして……」


「いえ、理解してくれれば問題ありませんシェルシ。これから私は貴方の護衛として行動を共にする事になります。以後、そのように認識を」


 シェルシは涙を拭い、ステラの手をぎゅっと握り締めた。何故かそうされると不思議な気持ちになり、ステラは戸惑いながらもその手をそっと握り返した。柔らかくて暖かくて、懐かしい感触……。シェルシはステラの頭を何度も撫で、そうしてまた抱きしめた。そうされる間、ステラはただじっと立ち尽くしていた。ざわざわと、忘れた気持ちが頭の中で思考を掻き乱すノイズとなる。目を瞑り、そしてそれを処理する。感情を抑える事はステラにとっては難しい事でもなんでもない。呼吸するかのように、彼女は自我を消失出来る。


「シェルシ、何故私にさわるのですか?」


「…………。友達だから……かな」


「友達ではありません。私はシェルシの護衛です」


「判ってるよ。でも、判ってるけど……。それでも、嬉しかったから……。貴方の事、忘れられないから……」


 背を向け、シェルシはまた項垂れて泣いていた。ステラはどうしたらいいのか判らず、そっと己の掌を見つめる。それをシェルシに伸ばし――しかし手が姫の背に届く事はなかった。理解の出来ない感覚に戸惑いながらもステラは目を閉じる。何も考えなくて済むように。


「明日も早くからスケジュールが詰まっています。シェルシ、早く就寝して下さい」


「……はい。ステラも、お休みなさい……」


「お休みなさい、シェルシ。また明日――」


 泣きながらも笑顔を作るシェルシ。ステラは頷き部屋を出た。部屋の外に立ち、これからは二十四時間シェルシを護衛しなければならない。索敵モードを発動し、周囲の魔力数値を計測しつつ目を伏せた。伸ばしかけた手……自分の身体が掴もうとした何か。それがなんだったのか、ステラには理解出来なかった。出来るはずも無い。失われた心はもう、取り戻せないのだから――。




君の物語(3)




「…………後悔しても、知らないわよ」


 私の決意を聞いてメリーベルが放った第一声がそれである。私は当然迷い無く頷いた。メリーベルは、“どうせそんなこったろうと思ったから”と言い、準備していた異世界転送魔法陣を使って私を過去へ送る方法を説明してくれた。それは想像を絶する話だった。

 まず、ユウガの持っている時間操作の能力は私が意図的に発動出来るようになっているとの事。正し大きく時間を巻き戻したり時間を止めるという事は大量の魔力を消費し、そして消耗できるだけの魔力を私は持っていないらしい。元々魔法が使える世界の人間とは異なり、私はただの一般人である。ユウガの本来の持ち主ミラはミュレイの妹ということもあり、それはもう凄まじい魔力の持ち主だったという。そんなミラと違い、私にはユウガの力を完全に使いこなすだけの素質がないのだという。

 故に、ユウガ単体での時空跳躍は不可能――それがメリーベルの結論だった。だが、時空跳躍ではなく“異世界への跳躍”であればメリーベルの術で行えるという。そこにユウガの能力を掛け合わせ、特殊な“逆召喚”を行えば、ある程度まで確実に時間を遡る事が出来るのだと言うのだ。


「逆召喚、でござるか?」


「……まあ、“召喚される”と考えて。まず昴、貴方は異世界からミュレイの手で魔法を使って召喚された……そうね?」


「う、うん」


「つまりこの世界には元々、“ミュレイが異世界から貴方を召喚する”という運命が備わっているの。これを上手く利用すれば世界の法則に大きく影響を与えず、自然に過去に跳躍が出来るはずよ。当然リスクは伴うんだけど」


 まず、メリーベルが用意した異世界転送魔法陣というものを起動する。その際私はユウガの能力を発動し、一瞬だけでいいのでユウガをオーバードライブ状態と呼ばれるものにまで引っ張り上げる。時間を跳躍すると同時に空間の壁を魔法陣でぶち抜き移動――そして、ユウガを本来持っているべき人間の所に時空、空間を固定する……らしい。もうわけがわからなかったが、メリーベルに言わせればこれなら自然に戻れるとの事である。


「時間の跳躍の目安になるのは、ユウガをミュレイが持っていた時期。空間跳躍の目安は、ミュレイが貴方を召喚した瞬間……。つまり、貴方はもう一度ミュレイに召喚されなおせばいいって事」


「つまり、ミュレイが私を召喚した、という事実に合わせて時間跳躍をするって事……?」


「そう。そうすればかなり確実性のある跳躍が可能になるわ。世界全体が無限ループしてるのなら兎も角、法則を捻じ曲げて逆流させるのは凄く難しいし不安定なの。でも、ミュレイが異世界から貴方を召喚するという事実は元々あったものだから、そこに辻褄を合わせちゃえば可能だと思う。当然保障はないけど」


「…………。つまり、元々の私ではなく、今ここにいる私をミュレイに再召喚させる……。それをここから手を加えるのが逆召喚って事?」


「ん、おおむね正解」


「む、むちゃくちゃでござる……。メリーベル殿、本当に何者なのでござるか……」


「でもまだ問題は残ってる。昴、今の貴方の能力じゃ時空跳躍に耐えられないし、そもそもそれを起せるほどユウガの力を引き出せないから」


 そう、問題は結局山積みなのだ。しかしその殆どはメリーベルが解決出来るという。マジでお前なんなんだと言いたくなったが、出来るというのならばして貰うまでである。

 なんでも、彼女は以前にも力のない救世主の相手をした事があったらしく、その為に必要な事は一通り記憶していたらしい。まず彼女は私の身体に直接ユウガを取り込む術式を施すと言い出した。そうすることで私の魔力量は急激に上昇するが、肉体に強い負荷がかかり、下手をしたら死ぬかもしれないといわれた。しかし私はそれを受け入れた。

 二人きりの部屋の中、はだけた背中に彼女はユウガを分解して融合させる。彼女がどんな事をしているのかはわからなかったが、それが正常な魔剣継承の儀式なのだという。背中に術式が刻まれた時余りの激痛で気を失ってしまい、そのまま三日間私は気を失っていた。目覚めたら直ぐにベッドから飛び出し、再びメリーベルの元へ向かった。

 今度は身体に異世界跳躍に耐えられるように特殊な術式を刻む。両腕に同じように術を刻み、また痛みで気を失った。体力が衰えていた所為もあり今度は一週間目を覚まさなかった。目が覚めた時またベッドから飛び出したが、今度は身体がいう事を聞かずに倒れてしまった。


「昴殿、いくらなんでも無茶すぎでござるよ!? 拙者見てられないでござる!!」


「大丈夫だって、これくらい……。ミラはこれに耐えたんでしょ? だったら私もやらなきゃ……」


 ウサクに肩を貸してもらい、またメリーベルの元へ。そこでユウガを構築し、能力を引き出すコツを学んだ。途中何度も気絶したが、またベッドから飛び出して彼女のところに向かう。

 まるで無限ループだった。何度も何度もウサクに支えられ、ユウガの扱いを、コントロールを学んでいく。両腕に刻んだ術式のお陰でユウガのコントロールは容易くなり、集中して毎日取り組む事によって自分でも驚くほどのスピードで魔剣の能力を習得する事が出来た。


「……貴方、才能あるのかもね」


 というのはメリーベルの言葉である。何度もぶっ倒れて気絶している間に彼女は彼女で準備を進めておいてくれたお陰で、二十回目くらいに目を覚ました時、彼女の部屋には今までなかったものが飾られていた。


「名づけて――特殊戦闘術式武装、“白神装武はくじんそうぶ”」


「……鎧と――仮面?」


「以前、他の救世主の為に作った武装を全身化して昴に合うように強化したもの。これだけあれば殆どの術式攻撃を無力化し、貴方を守ってくれると思う。それにこれを装備していれば時空跳躍の衝撃にも耐えられるし、ユウガの暴走を抑えてくれる」


「そんなすごい鎧なのこれ……もらっちゃっていいの、ほんとに……?」


「別にいい。今回は本当にいい仕事が出来たから満足してるし」


 メリーベルの価値観はよくわからない……。兎に角、私はその白神装部と呼ばれる鎧を受け取る事にした。それから転送の術をメリーベルが完成させるまでの間、私は毎日ウサクと手合わせをした。何度も何度も本気の戦いを繰り返し、力を、術式を、魔剣を理解していく。

 ウサクは強かったから、訓練相手には丁度良かった。最初はウサクに手も足も出なかった。それが少しずつウサクの動きについていけるようになり、彼を打ち負かすほどに強くなっていた時、私はいつの間にかユウガの力を使いこなせるようになっていた。

 すべての工程を終了するまでにかかった時間は一ヶ月足らず――。肩で息をしながらウサクに突きつけた刃を退ける。ウサクは目を丸くして私を見上げていた。彼を助け起し、二人で手を握り合う。ウサクはもう何も教える事はないでござるよ、と笑ってくれた。


「それにしても昴殿、本当に尋常ではない成長でござるな……。まあ、毎日寝る間も惜しんで戦いだけをしてきただけはあるでござるよ」


「まだまだだよ……。魔剣狩りの力はこんなもんじゃなかった……」


 もっともっと強くならねばならないだろう。だが一刻も早くミュレイを助け出さねばならない。私のするべき事は判りきっている――。このユウガの力で、あの日襲ってきた刺客を倒し、魔剣狩りを倒し、ミュレイが殺される要素全てを倒し、この世界がもういやだと悲鳴を上げるまですべて倒し続ける事――。幸いにもこの剣は森羅万象全てを切り裂く力を持っている。魔剣狩りの使う魔剣だって切り裂く事が出来るだろう。勝ち目はないわけではない。いや、むしろあの魔剣狩りを殺す事が出来る唯一の力なのかもしれない。


「……時を遡ったら、拙者は昴殿の事を忘れているのでござるか……。なんだか、少し寂しいでござるよ」


「…………そうだね。でも、あっちでもまたウサクには出会えるから」


「……そうでござるな。ただ、拙者は今日まで昴殿が懸命に努力する姿をすべて見てきたでござるよ。その拙者が昴殿の事を忘れてしまったら、昴殿がかわいそうでござる」


 落ち込んだ様子でそう呟くウサク。私は首を横に振り、ウサクの手を強く握り締めた。


「ウサクとメリーベルがいなかったら、私はのたれ死んでいたかもしれない。感謝してるよ、ウサク……。傍に居てくれて、助けてくれてありがとう」


「昴殿……」


 ウサクは頷き、私の手を両手で握り締めた。それから両目からどばーっと涙を滝のように流し、首をぶんぶん縦に振りまくった。


「拙者、向こうの世界でもきっと昴殿を護るでござるよう!! 今度こそ……今度こそ共に、姫様を……っ!!」


「――――ああ。約束するよ。あっちのウサクを私は頼る。ウサクは誰より私にとって頼れる……大事な仲間だから」


 そうだ、絶対に私は忘れない。大切な人を護れなかった悔しさも、無力さも……。共に戦ってくれた仲間が居た事も。沢山の人の思いを穢し、壊し、それでも私は生き延びた。だから今度こそ――もう間違えない為に。

 白い鎧は私を私ではない存在へと変えてくれる。術式から、世界から、痛みから私を切り離して装甲は強制的に私を前に進ませるだろう。鎧の下にウサクからもらった袴を着て、今度こそ――。ヨシノの家紋を背負い、メリーベルがくれた鎧を着て、ミラとミュレイが私に託した剣を手に。私は私を変えていく――。もう、弱い私に戻ってしまわないように。

 巨大な仮面を両手に私はそっと目を伏せた。目の前ではメリーベルが作った巨大な魔法陣が浮かんでいる。見守るウサクとメリーベルの前、私は仮面をつけて前に出る。鋼鉄の指よ、今度こそあの人を護り救い給え――。白神の徒となり、今度こそ――。


『メリーベル、今日までありがとう。ウサクも……お元気で』


「昴殿……。向こうについたら、直ぐに拙者を頼るでござるよ!! 拙者馬鹿だから!! 昴殿のこと、きっとすぐ信じるでござるようっ!!」


「私のところにも顔を出して。その鎧を見せてくれれば、間違いなく一発で信じるから」


『ああ、判った。本当に今まで色々ありがとう……。今度こそ、姫を救って来る』


 二人に背を向け魔法陣へ。設定した跳躍先は、物語の始まりの前――。出来るだけ、遡りたかった。もしかしたら、すべての運命を変えられるかもしれないから。もしかしたら、ミラが殺されるという運命すら――曲げられるかもしれないから。

 呼吸をし、静かに心を研ぎ澄ます。教わった事をやるだけ――そう思うけれど緊張してしまう。だから私は私を変えるのだ。私は北条昴という弱虫な女の子ではなく、魔剣狩りを殺す女――。歴史を変える大逆の犯罪者。だから名乗ろう。心を変える為に。


『我が名は“白騎士”――。メリーベル、頼む。やってくれ』


「…………了解。行ってらっしゃい、“白騎士”」


 魔法陣が光を放ち、私の身体を時の狭間に追いやっていく。握り締めたユウガ――その力を限界まで引き出し、すべての壁をぶち破る。

 時を、場所を――。この世の法則全てを斬り裂き、我を連れて行け――時の彼方へ。あり得なかった未来の過去へ。彼女が私を護らなくてもいい、私が彼女を護れる世界へ――。

 光が全てを飲み込んでいく。ここから何もかもをもう一度始めよう。そう、これが私の物語――。闇の魔王を打ち倒す、白い勇者の物語――。その、幕開けなのだ――。




『今行くよ、ミュレイ――』




剣創のロクエンティア




「……“白騎士”……」


 ホクトの周囲、黒い闇が浮かび上がる。ただでさえ闇に包まれた影の世界の中、黒くうねる刃は視界には捕らえ辛い。魔剣を思い切り振るうその切っ先から放たれた闇の波動は漆黒の中を泳ぎ、白騎士へと襲い掛かった。

 後は乱舞、乱舞である――。白騎士は全てを見切り、踊るように刃を振り回した。闇一色にしか見えないその世界の中、一見しただけでは白騎士が攻撃を防いでいるようには見えなかっただろう。舞い散る火花は魔剣同士の力の衝突の証。しかしそれがかくも美しく、かくも儚い――。


「お前……まさか……?」


『見つけたぞ……。生きていたか、魔剣狩り……。逢いたかったぞ……』


 再び刃を激しく打ち合い、鍔迫り合いの形となる。至近距離で顔を突き合わせ、二人は互いを見つめ合う。兜の下、くぐもった声が聞こえ、しかしホクトはそれに目を見開いた。

 白騎士の持つ魔剣は白い太刀。まるで氷の結晶を切り取ったかのような美しい太刀である。その柄には、日輪を模した紋章が刻まれている。日の国ククラカン――その王家に代々伝わる魔剣であることを示す、紅き日輪が。


「お前……“ミラ”か――ッ!?」


 白い魔剣が輝き、ホクトを弾くと同時にその刃を揮う。一瞬で大地が、壁が、空が凍てつき氷の結晶が刃となってホクトを飲み込もうとその牙を剥いた。ホクトはガリュウを大地に突き刺し、その黒い炎で氷の刃を相殺する。二対の魔剣の力が衝突し、冷気と闇の熱気の狭間、ホクトは真っ直ぐに白騎士を見つめていた。


『貴様との因縁……ここで断ち切る。引導を渡してやろう、漆黒の剣士よ……』


「…………そういうわけにはいかねえな。俺も、お前を探していた所だったんだ。目的がさっさと果たせて嬉しいぜ……! これであいつに……ミュレイに礼が出来るってもんだ」


 刃を引き抜き、ホクトはそれを構える。先ほどまでダラダラとした表情を浮かべていた彼とは違う。これが、本当の魔剣狩りとまで呼ばれた男の戦の顔である。放つ殺気と魔力はキリキリと場を軋ませるかのようで、それに絶えかねアクティはその場に膝をついた。

 闇の中、更に色濃い闇が浮かび上がる事で知る。本当の意味での闇とは――ただ黒く、暗いのではないのだと。何もかもを飲み込むような、覗き込んだが最後、どこまでも落ちてしまうような……。そんな、深い失意と絶望を言うのだと。


『もう一度斬り伏せてやろう、死神』


「やってみろよ、死神――」


 二つの刃がぶつかり合う――。それは仕組まれていた運命。少女が望んだもう一つの未来――。そして物語の本当の始まりは、二つの影がぶつかり合う以前――。とある荒野での戦いであった――。


~はじけろ! ロクエンティア劇場~


*そういうわけで*


白騎士『魔剣狩り……』


ホクト「白騎士!」


昴「ではなく、私だったんです」


ホクト「なんだってえええっ!?」


シェルシ「……この作品一番のネタバレですが、大体の読者が予想していたのでは?」


ホクト「まあ、そうだな」


昴「だと思ったよ。鎧とか仮面とかつけて一生懸命がんばってたんだけどね」


シェルシ「それにしても、この一話だけで物語の全容がほっとんど理解できてしまうという恐ろしいネタバレ回ですよ」


昴「そうだね」


ホクト「ま、いいんじゃねえの? 昴もようやく主人公っぽくなってきたわけだし」


昴「……シェルシもヒロインになってきたしね」


シェルシ「……ふふ、ふふふふ……」


ホクト「アンケート結果にどう響くかだな……」



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