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君の物語(2)

「昴殿、元気を出すでござるよ! へこたれていても、いい事はないでござる」


 メリーベルに貸し与えられた部屋の中、私はソファの上に座って膝を抱えていた。そんな私の隣に座り、ウサクは声をかけてくれる。メリーベルは私を元の世界に戻す準備をする為に席を外し、私はその間こうして待つ事になった。

 一頻り泣いて喚いて、それでも気持ちは落ち着かなかった。でも、落ち着かないじゃ済まないから……。この世界を壊してしまった人間として、私はもうこの世界に居ない事だけが償いなのかもしれない。ユウガは何も応えてくれないし、ミラは何も言ってくれない。ミラは……どんな気持ちでミュレイを庇って死んで行ったのだろうか。ふとそんな事を考えた。

 世界を平和に導こうと旅した姫、ミラ・ヨシノ……。その護衛として傍に居た黒き闇の剣士、ヴァン・ノーレッジ。その二人を中心に世界の余波は広がり、ミュレイへ、そしてザルヴァトーレへ……世界全体へ。変革は確かに伝わっていく。そしてその結果、世界は動いている。

 何の為に私はここに召喚され、そして何の為に帰るのだろう。意味などなかったのかもしれない。せめて一つくらい、心の中に留めておきたかったけれど。でも、全部忘れた方が……。メリーベルの言うとおり、いいのかもしれない。


「拙者も、姫様を失ったのは悲しいでござる。ククラカンがこれからどうなってしまうのかわからなくて、不安でござる。しかし昴殿、落ち込んでいても……なんにもならないでござるよ」


「……うん」


「姫様は、昴殿にそんな顔をしてほしくて昴殿を助けたわけではないのでござる。姫様は、あんまり普段笑わない昴殿の笑顔が好きだと言っていたでござる。拙者も、昴殿には笑っていてほしいのでござる」


 ウサクへと視線を向ける。ウサクは徐にいつも顔半分を隠している布を指先で降ろし、私に頷いた。励ますような明るいその笑顔と意味の良く判らないガッツポーズがやけに悲しかった。ウサクだって、きっと私の何倍も悲しいはずなのに……。


「ウサクは……強いね」


「……忍などという仕事をしていると、仲間がどんどん死んでいくのでござるよ。別れに慣れすぎて、少々鈍感になってしまっているのやもしれぬでござるなあ……」


「私は……ウサクから主を奪った女なんだよ。それなのに優しくしてくれるなんて、ウサクが強いって事だよ。誰かを許せるのは、強さだと思うから……」


「…………いやぁ、拙者あまりそういう事はわからないでござるが……なはは。何せ拙者、頭は良くないでござるよ!」


 何故それを自信満々に堂々と言うのか……。ウサクは握りこぶしをぎゅうっと作り、目をきらきらさせていた。そんな馬鹿なウサクの姿を見ていたら何となくこっちまで楽しい気持ちになってくる。ウサクには多分、そういう才能があるのだと思う。


「拙者は、短い間でござったが昴殿と行動を共に出来て楽しかったでござる。姫様もきっと、あの旅の間はそう感じてくれていたと思うでござるよ」


「そうかな……」


「姫様はいつも、そのお役目で城に縛られ、戦いに縛られ、矢面に立って指揮を執るお方でござった。特に、ミラ殿がお亡くなりになってからは……いつも辛そうで見ていられなかったのでござるよ。しかし昴殿がやってきてからは姫様に笑顔が戻ったのでござる。拙者は、感謝してもしきれない」


「…………」


「…………姫様はきっと、昴殿を許すと思うのでござるよ。拙者の願いは、昴殿が幸せになってくれる事でござる。そして出来れば、姫様の事を……忘れないでいてやってほしいでござるよ。時々でいいから思い出してあげて欲しいでござる。それだけで、きっと姫様は……」


「ウサク……」


 寂しげに微笑み、ウサクは一人で頷いていた。そうして立ち上がり、部屋を去っていく。私は立ち上がり、背後からその手を握り締めていた。ウサクは驚いた様子で振り返り、明らかに挙動不審にどもりながら顔を紅くしていた。


「やや!? まだ何かあったでござるか!? もしや拙者、何か女子に対する粗相を……!?」


「いや、そうじゃなくて……。ねえウサク……その……」


 これを言ってしまっていいのだろうかと、一瞬自問自答する。けれども答えは判りきっていた。白刃は何も答えてくれない。それは、自分で考えて答えを出せとミラが言っているようにも思えた。ミュレイは死に、私は生き残った。私が訪れ、世界は変わってしまった。ならば――忘れることなんて出来るはずがない。正さねばならない。ぎゅっと拳を握り締め、祈る。どうか、前に踏み出す勇気を――。


「私……やっぱり、ミュレイを助けたい――」


 私の言葉にウサクは目を丸くした。それから暫くして、頭を掻きながら首をかしげる。


「いやしかし昴殿、一体どうやって……?」


「メリーベルなら絶対何か知ってるはずなんだよ……! 私、それを教えてもらえるまで帰らない……!」


「なんと!? 昴殿、それは拙いでござるよ……。姫様はそんな事望んでないでござる」


「判ってるよ……。だからこれはもう、全部私の我侭――」


 力を手にした代償で、私は過ちをまた繰り返した。だからもう、同じ過ちを繰り返さない――――。代償でまた何かを失うとしても。欠けた物を取り戻す為にまた何かを砕くとしても。それでも私は、簡単に諦めたりしたくない。

 そうだ、諦めることだけはいつだって出来なかった。諦められないからウダウダズルズル引きずってきたんだ。だったらもういっそ、絶対に諦めなければいい――。例えこの身が砕けようが。例え大逆の徒となろうが。例えこの世界全てを壊してしまおうが――構わない。

 その罪を背負い、業を背負い、己の願いの為に全てを犠牲にしよう。たった一つを取り戻す為に百を犠牲にしよう。それでこそ、尊き者へと手が届く。正義でなくたっていい。諦めない事――それを自分の正義に掲げる。


「ミラに出来なかった事は……。ミュレイに出来なかった事は……。今度は私がやり遂げてみせる。その力があるのなら、使わないなんて道――選べないよ」


「……昴殿……」


「もう、元の世界に戻れなくたっていい……。こっちの世界で死んでも構わない……! 何も出来ないまま、心の底から願う事一つ叶えられないで生きながらえて何になるっていうんだ……! 戦うよ、もう……逃げないで」


 目をきつく閉じ、決意と共にそれを開く。ウサクはそんな私をじっと見下ろしていた。それから彼も考え込み、しばらくして答えを出す。


「…………判ったでござる。然らば、拙者は昴殿と共にそれを叶えるでござるよ」


 私の手を握り返し、ウサクは力強く頷く。それがとても心強くて、思わずまた泣きそうになったけどそれはなんとか堪えた。ウサクは優しく、そして真っ直ぐだった。嘘も偽りも存在しない……だから、信頼出来る。


「強くならなきゃ……。魔王だって倒せるくらいの、無敵の勇者に……」


「何の話でござるか?」


「勇者が魔王を倒すのに必要な事、なんだと思う?」


 私は走って魔剣ユウガを手にして戻ってくる。そうしてウサクの手を引き、部屋から飛び出した。お姫様を助ける為にもう一度ゼロから始めるのだ。行き詰ったセーブデータなら、何回でも“はじめから”でいい。私はあの魔王を倒せる勇者になる。絶対にもう、負けるわけには行かないから――。


「レベルアップと、装備の強化だよ――! ウサク、手伝って! ヴァン・ノーレッジを……魔剣狩りを倒せるくらいに、強くなるからっ」


「…………特訓でござるか? 応でござる! 拙者、昴殿の為になんでもやるでござるよ!!」


 階段を駆け上がり、メリーベルの元へ。もう逃げない。諦めない。私は勇者になってみせる。この世界が狂ってしまおうとも……構わない。壊してしまっても構わない。一緒に壊れてしまおう。この世界の、運命の中で――。




 さあ、“ゲームスタート”だ――――。




君の物語(2)




 第三階層、ヨツンヘイム――――。その世界は科学技術と魔道技術の融和により、非常に高度な文明が築かれた世界である。

 通常、三階層よりも下に住む人間が目にする事は出来ないヨツンヘイムの世界はその全てが機械で埋め尽くされている。どこまでが街で、どこまでがプレートなのか……。その全てに人が住んでいるわけではない。だが、生活圏でない場所も全てが街となっており、世界を飲み込むように機械の街は日々自動的に増殖を繰り返している。

 ヨツンヘイムは機械が意思を持つのが当たり前の世界である。誰が何をするでもなく、機械は自動的に自分の仲間を増やし、ヨツンヘイムを護る。魔物は一匹たりとも存在せず、あらゆる場所の治安は万全、機械により統率されたユートピア――否、その強力な支配体制は人工的に生み出されたディストピアと呼ぶべきだろうか。

 人間は機械により支配され、生まれた瞬間にすべての運命を決定付けられる。どんな勉強をしてどんな仕事に就き、どんな人と結婚するのか……。子供は何人作り、その子供はまたどんな生活を送るのか……。何もかもが皇帝ハロルドと、そのハロルドが生み出した政治指導システム、“ミレニアム”と呼ばれる人工知能により決定付けられている。

 人々に自由はないが、しかしその人々にはすべて安定した裕福な暮らしとそれぞれの持つ欲望を叶えさせる仕組みが確立されており、ヨツンヘイムのディストピアに文句を言う人間は誰もいなかった。当然である、辛い事はすべて下層の人間に押し付けているのだから。人々は自分達の幸せとミレニアムのシステムに信頼を置き、そしてこの世界の仕組みに疑問を唱える事はない――。

 故に――――。街はディストピアに近い体制を敷かれているにも関わらず、驚くほどの活気に満ちている。インフェル・ノアの周囲に展開する都市、帝都レコンキスタ――。そこは空中を飛空挺が飛び交い、立体映像や巨大な街頭モニターが煌く魔法と機械の街である。インフェル・ノアからその街を見下ろし、シェルシは空いた口がふさがらなかった。煌びやか、そして圧倒的に進んだ文明……。何よりも殺伐としていると思っていた帝国領土が、こんなにも自由と祝福に満ち溢れている事。驚きはやまず、シェルシは完全に棒立ち状態になってしまっていた。

 インフェル・ノアは非常に巨大な建造物だが、それは別に都市ではない。いわば一つの城であり、様々な部署や様々な研究室、訓練施設、当然ながら居住区、そしてインフェル・ノアという要塞を飛ばす上で必要な飛行機関や更には搭載している戦闘艦、戦闘機、自立戦闘兵器などなど、あらゆる物をひっくるめて詰め込んである。まさにこれ一つで帝国の主力戦力となりえる、恐ろしい怪物要塞――それがインフェル・ノアなのだ。そして帝都レコンキスタは、インフェル・ノアの十倍以上の規模を誇る超巨大都市である。スケールが違いすぎてシェルシが固まってしまうのも無理は無い事であった。


「どうしました、シェルシ様? そんな所にボサっと突っ立って居られては困ります」


「へ? あ、はい! ご、ごめんなさい……」


 インフェル・ノア外周部連絡通路……。ガラス張りの壁の向こうに広がるレコンキスタの街並を眺め、足を止めるシェルシ。そんなシェルシに声をかけたのは同行していたケルヴィーであった。ケルヴィーは眼鏡を中指で押し上げつつ、シェルシのところまで戻ってくる。


「スケジュールが押しに押しているのですから、少し急いでください」


「はい……」


 帝国の紋章が刻まれたドレスに着替えたシェルシは只管インフェル・ノアの中を案内されていた。しかし先ほどからもう殆ど頭に入ってこない。覚える事が余りにも多すぎて、正直一人で歩き回ることさえ出来なかった。

 婚姻の儀が滅茶苦茶になり、しかしシェルシは花嫁として認められそのままインフェル・ノアに乗せられたままヨツンヘイムへとやってくる事となったのだが……。指導係となった剣誓隊プロジェクトエクカリバー主任であり、同時に皇帝の側近の一人でもあるケルヴィーが常にくっつき、シェルシにあれこれ注文をつけてくるのである。シェルシはケルヴィーにネチネチといじめられつつ、何とかあちこちを廻っていた。


「まずはインフェル・ノアに慣れていただかなければ困りますからねぇ……。これもすべてはシェルシ様が快適に城内でお過ごしになられる為の措置ですから」


「はう……。わ、わかりました……。ところであの、ケルヴィーさん……?」


「ケルヴィー……と、お呼びください。なんでしょうか? 時間が押してるので歩きながらで構いませんね?」


「は、はい! あの……結婚という事になって、それでこれから具体的に何をすれば……? 結婚式とか……?」


「そんなものありませんよ? まあ、言ってしまえば婚姻の儀がそれに該当しますが……由緒正しい儀式はどこぞの刺客によって踏みにじられてしまいましたからねえ。それと、シェルシ様にはこれから帝王学を学んでいただき、それから魔剣取得の儀式、剣術訓練を主に行っていただき、立派な王に相応しい人物に成って頂きます」


「王、ですか……?」


「貴方様は皇帝の花嫁であると同時に従順な配下でなければなりません。貴方はこれから履修期間に入り、下層を収める人間として相応しい知識と力と品格を身に着けていただきます。まあそれと平行して子作りもしていただくのですか」


「へっ!?」


「何を今更ビックリしてるんですか貴方は……。あ、そっちは右ですよ。こちらです」


 ケルヴィーに案内され、長い長い外周連絡通路を歩きながらシェルシは顔を真っ赤にしていた。子作り……。何をするのかは一応、勉強はしている。が、所詮ルーンリウムの城で教えられた程度の事である。シェルシは頭の中を真っ白にしつつ、その頃の事を思い出していた。

 ザルヴァトーレ首都、ルーンリウム……。城の中、幼い頃のシェルシはシルヴィアと二人きりで自室に居た。シルヴィアは黒板を用意させ、チョークを片手に、そしてもう片方の手は自分の腰に当て妹を見下ろす。


「いいかシェルシ、お前が何度説明しても子作りというものを理解しようとしないとメイドから泣きつかれたので、今日は私が直々に子作りを教えてやる。感謝しろ」


「うん、お姉様っ」


「では説明しよう。まず子作りとはなにか? まあ皇帝と一発ヤっちまえば子供なんて出来るんだろうが、まあその説明だけでは子供のお前には不十分だろう。というわけで、子作りというものの原理から説明していく。まずは男女のまぐわいからだ」


 シルヴィアは黒板につらつらとマンガを書いていく。何故マンガなのか……それは子供のシェルシにも理解しやすいようにとの事だった。そうしてシルヴィアは四時間かけて男女のまぐわいについて熱くかたったのである。いたって本人は真顔、そして真面目である。真剣そのもののシルヴィアは腰をくねくねさせながら妹に説明し続けた。


「いやーん、マイクったらこんなに中に……。子供が出来ちゃうじゃないのー。ハッハッハ、すまないキャサリン、君があんまりにも良かったからなあ……とまあこんな具合で――」


 その間シェルシは一生懸命メモを取りつつ、目を真ん丸くしていた。最早魔法の世界であった。シルヴィアは黒板にバシバシ専門用語を書きなぐっていく。いつのまにか男を効率的に誘うには? など下らない話題が展開され、シルヴィアは真顔で抗議を続ける。


「女ならば、嫁入り修行の一つや二つはするべきだ。お前もハロルドの嫁になるなら、家事くらい出来なければな。これは東方より伝わる“はだかえぷろん”というもので、家事をしながら子作りにまで持ち込めるという非常に画期的かつ合理的な手法で……」


 シェルシは何度も話の途中、泣き出しそうになったり逃げ出そうとした。が、シルヴィアがその度に捕獲してしまい、シェルシは逃げる事が出来なかった。それからシルヴィアの子作り講座は十二時間に及び続けられ、全てを語り終えるとシルヴィアは黒板を片付け、完全に小さくなりきった何本目かのチョークを片手で握りつぶした。


「まあ、ざっとこんなものか……。後は男にでも開拓してもらえ。判ったか?」


「はうう……。はうう……。怖いですうっ! おねーさま、怖いですうっ!! おしりは……おしりはちがうとおもうんですうっ!!」


「まだお前に尻は早い……と、確か花嫁になる条件の中に処女というのがあった気がするな……まあいい、変な男にたぶらかされないように護衛でもつけておけ。よし、あとはメイドに訊くがいい。私は仕事があるので帰る。ではな」


 言いたいことだけ言ってシルヴィアはそのまま立ち去っていった……。シェルシはその後、暫くの間ベッドの隅で丸くなり、がくがくと震える日々を過ごした……という壮絶な過去を脳裏にフラッシュバックさせ、シェルシはがくぷるしながらよろよろ歩いている。


「どうかしましたか?」


「わわわ、私……その、処女なんですがっ!?」


「はあ……。まあそりゃそうでしょうけど……それがどうかしたんですか?」


「子作りって……痛いんでしょうか……!?」


「ええ、まあ……最初は痛いのでは? 僕は男なんで判りませんが……」


「はうう……っ」


 泣き出しそうになるシェルシを見て引きつつも冷や汗を流し足を止めるケルヴィー。腕を組み、暫く考えた後シェルシの肩を叩いた。


「まあ……慣れれば良い物と言いますし。そう気を落とさなくても良いのでは?」


「慣れるまでが怖いんじゃないですかっ!!!!」


「…………そりゃそうなんですが……貴方何しにこの城に来たんですか――――」


 二人がコントをしている間にも時間は流れて行く。溜息を漏らし、ケルヴィーはシェルシの背中を押し強制的に前に進ませた。


「まあ兎に角、まずは城の中を案内しますから……元気を出してください。仕事に支障をきたしますから」


「……うぅ~……。うううう……っ」


 その後も二人はあちこちを周回――そうしているうちに段々とシェルシの気持ちも落ち着いてきた。そうしてようやく、色々な事について考える余裕が生まれたのである。

 ククラカンはその後どうなったのか……。あの戦いの場に居た人々がその後どうなったのか……。判らない事が余りにも多すぎる。しかし、それはもう自分が考えるべきことではないのかもしれない。もう自分は今までとは違うのだ。これからはザルヴァトーレの姫でもなく、シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレでもなく、皇帝ハロルドの妻として生きる事になるのだから。

 シェルシは自ら、落ちていた剣を拾ってホクトの後を追いかけた。どうしてあの時ホクトを刺したのだろう――。仲間であるはずのうさ子を殺したホクトの事が許せなかったのかもしれない。それも確かに理由の一つだ。けれど……本当の理由はもっと単純な物だろう。

 ただ、見ていられなくなった……。あんなにも優しく、強く、暖かかったホクト……。彼が仲間を殺し、血まみれになって暴走する姿をあれ以上見ていられなくなったのだ。ホクトは、インフェル・ノアから落下した……。死んでしまったのだろうか。いや、無事であるはずがない。あの高さから落下して、無事で居られるはずがないのだから。

 それでも、ホクトを刺した感触が手から消えることはなかった。彼の事を想う気持ちが消える事もなかった。顔を挙げ、ケルヴィーを見やる。我慢できず、シェルシは口を開いていた。


「ケルヴィー、あの……」


「はい?」


「あの後、魔剣狩りは…………」


 そこで、言葉を止める。聞いたところでどうなるというのか――。どうにもならない。全ては終わってしまった事なのだから。しかしケルヴィーは何かを汲み取ったように頷き、振り返る。


「ああ……。もしかしてステラの事ですか?」


「え?」


「ステラの件でしたら、あとで案内しますよ。貴方にとっても無関係ではないことですから」


 何故か楽しそうに語り、ケルヴィーは先に進んでいく。シェルシは小さく頷き、歩き出した。心の中につっかえている、小さな感情を見て見ぬフリするかのように……。


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