君の物語(1)
昔から、私は逃げる人生ばかりを送ってきた――。
子供の頃から何かに立ち向かうのが苦手で、いつも言いたい事も言えなかった。人に気持ちを伝える事が出来なくて、いつも誰かに勘違いされていた。でも別にそれでいいと思ってた。人間はきっと、誰とも判り合う事は出来ないから……。
変わった子だと、色々な大人に言われてきた。この世界の中で自分が浮いた存在であるという自覚は幼い頃からあったし、実際変わっているのだと思った。私は驚くほど人を信じられなかった。実の両親ですら、その薄ら寒い人としての欺瞞を抱えた態度に私は嫌気が差していたし、ころりころりと毎日のように変わる人の心も信じられるはずがなかった。人は嘘をつき、人は己を正当化し、人は見たい物だけを見て、見たくない物からは平然と目をそらす。生き易いように生き、そして生き易くするためならばどんなに汚い事でも平然と行う事が出来る。人という存在は生まれながらにして矛盾した性質を持つ……。そんな物は信じられないと、私は全てを突っぱねてきた。
思えば病的だった。他人と関わる事で裏切られ、傷つく事を恐れた。そして同時に自分自身がその穢れた人間と交わる事で汚れてしまうかのような気がしていたのだ。世界には矛盾が満ちている……。生きているのが、とても苦しかった。
「昴~……! おーい、昴やーい。どこいったー」
気分が悪くなった時、私はいつも実家の裏にある物置の中に一人で隠れて膝を抱えていた。そうすると、世界から隔絶された気がしてとても清清しい気分になれたからだ。大人になってから思い返すととんでもなくアレな子供だったわけだが、それでも当時は純粋で真っ直ぐな気持ちでこの世界の穢れを嫌っていた。そんな私にだって、一人くらい信頼出来る人は居たのだ。
「またここか……。おい昴、こんな真冬に一人でどういう荒行だこれは」
私には歳の離れた兄が一人居た。兄はいつも明るくて優しくて、そして表裏の無い態度で私を癒してくれた。兄は嘘をつかなかった。兄は一度も私との約束を破ったためしがなかった。彼は歳の離れた子供である私に対して誠実に接し、常に一人の人間として扱ってくれた。そんな兄はいつも私がいなくなるとどこからともなく現れ、暗闇の中に光を誘い込む。
物置の扉が開き、兄が光を背に姿を現した。彼は私に歩み寄り、そうして自分が首からかけていた紅いマフラーを私の首に巻き、小さな私の頭をぐりぐりと撫でた。
「よう、昴。また親父に苛められたのか?」
「…………お兄ちゃん」
「おう、兄ちゃんだぞっと……どっこいしょ。はあ~、高校まで自転車通学というのはな、疲れるんだよ昴君」
私の隣に腰を下ろし、兄はそう言って笑った。二人して夕暮れの景色を眺めた。光が差し込み、私は眩しくて目を細める。兄はその光の中に手を伸ばし、いつものように微笑んでいた。余裕があって、暖かくて、いつでも優しかった兄……。汚い大人たちよりずっと大人で、ずっとかっこよくて……。だから、いつも憧れていた。彼のようになりたかった。出来れば彼と、ずっと一緒に居たかった。
兄の手を握り締め、私は肩を寄せる。彼は私の肩を抱き、頭を撫でながら笑っていた。彼の奏でる鼻歌は当時流行っていたドラマの主題歌で、それは心地よく私の耳にしみこんでいく。心が潤うような感触……兄だけが私にとっての救いだった。
「お父さんがね、また昴の事頭がおかしい子だって言ったの……」
「まあそりゃおかしいからしょうがないだろ?」
「…………うー……」
「ま、そんな落ち込むような事じゃあねえさ。自分自身がどうなのか、そりゃ周囲と比べ相対的に判断する以外に確かめる術はない。だけどな、自分がどんなものなのかっていうのは基本的には不変なんだ。いいじゃねえか、頭おかしくて。それはそれで大事な自分の一つだ」
「でも……」
「大事なのは、駄目な自分と向き合ってそいつに胸を張れるかどうかって事だ。まあ、昴にはまだわかんねぇかもしれないけどな」
「……すぐそうやって子供扱いするんだもん……」
「悔しかったら大人になるこった」
「そしたら、お兄ちゃんとずっと一緒にいられるかな……?」
兄は難しい顔をして、それは恐らく無理だろうと言った。とても悲しかったので泣きそうになる私の前に立ち、兄は背を向けて空を見上げながら言った。
「人は、ずっと一緒には居られない。別れは決まってるんだ。ただ早いか遅いかってだけでな。お前もお前で、いつかは自分一人で歩かなきゃいけない時が来る。ずっと一緒に居られりゃそれがいいけど、でもお前は兄ちゃんの身体の一部じゃないんだから、自分で歩かなきゃならない」
「…………」
「まあ、これも難しい話かもなあ……。けどな、だからこそ人間は前に進めるんだ」
立ち上がり、兄の手を握り締めて前に進む。二人一緒に、物置の外へ――。夕焼けの赤い光が降り注ぎ、眩さに目を細めた。カラスが空を舞い、電線が作る影模様の中、私達は確かに生きていた……。
「――――よし、それじゃあ帰るか。俺がクソ親父をとっちめてやるからよ」
「…………うんっ」
その後、兄は父の書斎に飛び込み、部屋の外では二人が言い争ったり殴りあう音が聞こえてきたりしたものだ。でもそれは兄が私の為に頑張ってくれている証拠であり、怖くて心配だけれどとても嬉しかった。ばたばたと騒ぎが起こると母が慌てて走ってくる。それは確かに少しだけ変わっていたけれど、まだ私の世界が平和だった頃の記憶。まだ心の中に、彼が生きていた頃の記憶――。
君の物語(1)
「――結論から言う。貴方を元の世界に戻す事は、今直ぐにでも可能」
メリーベルがそう切り出した時、私は何の反応もすることは出来なかった。ただ、その言葉の意味を考え……噛み締め……やはり何も言葉は浮かばなかった。“ああ、そうなのか……”。その程度の話である。
婚姻の儀が終了し、ククラカンを出た私はミュレイの言いつけを護り、メリーベルを頼ってバテンカイトスへとやってきていた。私の隣に居るのはウサクだけであり、ゲオルクもミュレイも、その姿はどこにもない。
あの日、ミュレイは魔剣狩り――ヴァン・ノーレッジに殺されてしまった。私の所為だ……。ヴァンの攻撃から私を庇い、魔剣狩りの一撃を背中に受けてしまったのだから。
それからの事は、正直よく覚えていない。けれども残されていたのはズタズタに引き裂かれ、そして巨大な氷の結晶の中に閉じ込められたヴァンの姿だった。私はミュレイを抱いてラクヨウの城に向かった。けどその時には既にミュレイは息をしていなかった。城に運び込んで、手当てをしてもらった。でもミュレイは目を覚まさなかった……。
逃げるように私はそこから離れ、それから暫くラクヨウから離れた荒野を一人で彷徨った。何がどうなったのかわからないままただ時間だけが過ぎ、後悔だけを繰り返し死にたい気持ちのままずっとウロウロするだけだった。そんな私を見つけ出し、ここまでつれてきてくれたのがウサクだった。
ウサクは私を元の世界に戻す事をミュレイから命じられており、そのためにメリーベルを頼るように言い聞かせた。ゲオルクも来たがっていたが、あの騒動の後ククラカンは色々と大変な事になっており、それどころではないという。ウサクに手を引かれここまでやってきたものの、しかし私にはもうそんな事はどうでもよかった。
また護れなかった……。目の前で大切な人が死んでしまうところを黙ってみている事しか出来なかった。もうあんな事にはならないようにしなきゃって思ったのに。もう無力のままじゃいないんだって誓ったのに。一人で歩けるようになったつもりだったのに……。
力も、思いも、全然足りなかった。足りなすぎて、だからミュレイは死んだ。全部私の所為なのだ。判っている。後悔してもミュレイは喜ばないと。彼女は死に際、私に笑顔を向けてくれた。生きていて良かったと、そんな安堵した笑顔だった。思い返すと頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。もう、思い出したくない……。
バテンカイトスに来てから何をしただろう。ウサクが事情を説明し、その間私はずっと黙っていた。何か喋るのも億劫だった。荒野を彷徨い続け、一言も口を利いていなかったから声の出し方を身体が忘れたのかもしれないとそんな下らない事を考えた。どうでもいい……。
「今直ぐって……まことでござるかっ!?」
「別に、私にとって世界軸移動はそんなに難しい事じゃないから。その研究はもう何年も前に完成してる」
「……メリーベル殿……一体何者なんでござるか……」
「しがない、旅する錬金術師……。さて、昴? 貴方は元の世界に戻りたい?」
私は黙っていた。メリーベルが自分に話しかけていると気づいたのは少し経ってからだ。顔を上げると、彼女は眉を潜めて私に歩み寄った。
「しっかりして。ちゃんと何か食べてる? お風呂に入ってる?」
「…………いや……」
「そのままじゃ貴方も死んじゃうわよ。それでミュレイが喜ぶと思ってるの?」
その名前を聞いて身体は正直に反応した。耳を両手で塞ぐけど、メリーベルの声は聞こえてくる。震えが止まらなかった。怖かった。考える事が怖かった。私がそれを認めてしまったら――。私がミュレイの――を認めてしまったら……。それが、現実になってしまう気がして。でも、メリーベルは告げるのだ。無慈悲に、残酷に。
「ミュレイは貴方の所為で死んだの」
「…………うう……っ」
「だから、貴方には生きる義務がある。大切な人に生かされた命ならば、その目的を果たす義務があるの。それは誰にでも言える事」
彼女は私の隣に座り、手を握り締めた。震える私の肩を抱き、そうして優しく語りかけてくる。
「貴方は頑張った……そうでしょう? ただ、力が足りなかっただけ……。それは仕方の無い事。異世界に召喚された人間が、最初から魔力フルパワーで鬼のように強かったらそれはチートなんだから」
まるで見てきたような言葉だったが、私はあえて言及しなかった。そっと顔を上げるとメリーベルは本当に穏やかに微笑んでいた。ミュレイという友が死んだ原因である私を前に、彼女は私を責めなかった。急にとても苦しくなり、涙が止まらなくなる。両手で顔を押さえ、泣いた。メリーベルは私が落ち着くまでずっと髪を撫でていてくれた。
やがて少しずつ気持ちが落ち着くと、物事を少しはマトモに考えられるようになってくる。苦しみは消えず、ずっと胸の中は焼け付くように苦しかった。でも知っていたのだ。それは焼け付く痛みではなく、冷たさが心の中で燻る熱なのだと。
「元に帰る方法は簡単……。ミュレイがそうしたように、異世界転移魔法を使って貴方を元の世界に戻すだけ」
「…………そんな事、出来るの……?」
「出来る。というか、出来た。だからここにいる」
意味は良く判らなかったが、兎に角異世界転移魔法というものは実在し、そしてメリーベルはその使い手らしい。一体何者なのかどんどんわからなくなってきたが、でも兎に角元の世界に戻れるのだ。しかし私は全然嬉しくなかった。ちっとも良かったとは思わなかった。
そりゃあ、こっちの世界に来てもあちこち連れまわされて何回も命を落としかけて、戦争とかわけのわからない儀式とかに巻き込まれてきた。でも、ミュレイやウサクやゲオルクと出会って……。生きてたんだ。元の世界で、中身の無いカラッポの生活をしていたときよりも、ずっと。ずっとずっと、生きてたんだ――。
ミュレイを助けたかった。ミュレイを護りたかった。どうしてこの世界の人々は皆幸せになれないんだろう? 皆少しずつすれ違って、少しずつ許せなくて……。少しずつの間違いが、大きな歪を生んでしまう。そしてそれは大きな反動を伴い、跳ね返ってくるのだ。
「貴方には今、二つの選択肢があるわ。一つは元の世界に帰り、全てを忘れて生きる事……。私はこっちをおすすめする。昴、貴方は元々戦いに向いてないから。貴方の心は繊細すぎる……とても」
「…………。もう一つの……選択、は……?」
問いかけると、メリーベルは一瞬心苦しそうな顔をした。腕を組んで立ち上がり、それから首を横に振る。
「二つと言ったけど、こっちは絶対にオススメできない。だから大人しく素直に元の世界に戻って、全部忘れた方がいい」
「…………無理だよ、そんなの……」
忘れられるわけがない……。こんなにも心の中に残ってるんだ。ミュレイと一緒に過ごしたこと。こっちの世界であった様々な出来事……。つらい事もあったけど、でも楽しかった。満たされていた。願っていた。護りたかった。傍にいたかった――。こんなにも、こんなにも後悔している。忘れられるはずがない。忘れてしまっていいはずがない。
「まだ、何かあるなら……教えてよ……。どうしたらいいの……? どうしたら償えるの!? 教えてよ、メリーベル!!」
「…………。私はあくまでも当事者ではなく、錬金術師として客観的な判断の上に見解を述べてる。その上で、貴方には教えないほうがいいと思ってる。それでも知りたい……?」
「うん……知りたい。何でもいいんだ……。何でもいいから、どうにかしたいんだ……」
「そう、わかった。じゃあ教える。その代わり、覚悟して」
あっさりと折れてくれたメリーベルの言葉に私は怯えながら頷いた。そうして彼女は自分が研究の中で知った事をいくつか教えてくれた。それはミュレイ・ヨシノの身体が小さくなってしまった事にも関係している。
まず、魔剣狩りヴァンは死んでは居ないとの事。物理的に彼を殺す方法は基本的には存在しないと、わけのわからない事を説明してくれた。それじゃまるでアンデッドじゃないか……。しかし、私の時を止める能力により、ヴァンは完全に停止している状態にあるという。氷の塊はその停止領域を現し、その内側では時が流れない状況が続いていると言う。
二つ目は、破魔剣ユウガの事。ユウガは本来術式として継承される魔剣とは異なり、それそのものが何らかの形で停滞し、この世界に残っていたのだという。それはやはりユウガそのものが持つ、限定的状況を凍結させる能力によるもので、ユウガは魔剣として構築されたまま、主であるミラが死んだ時の状態のまま残っていたのだと言う。そして私自身に術式を移植し、新たな宿主とした……。まるで己の意思を持っているかのような話だったが、ユウガには損傷しても状況を巻き戻し再生する能力や、先述した対象の時を止めるといった常識的に魔剣の能力の領域を遥かに超える力を発揮する事が出来る。どう考えても普通の魔剣ではなく、そこは流石カテゴリーSの魔剣という事なのだろうか。
それらの事からも判るように、ユウガは明らかにこの世界の魔剣としてはイレギュラーな存在だという事……。そしてユウガの存在はこの世界の法則さえもゆがめてしまう可能性を秘めている。
「ミュレイの身体が小さくなってしまった原因も、恐らくはユウガだと思う」
「え……!?」
「“巻き戻した”の――。恐らくユウガは貴方が現実を拒絶する強い意志を見せた事により、一度事象を巻き戻した――。しかしその際最も変化が大きく、そして同じくカテゴリーSの魔剣能力者であるミュレイは正常に事象巻き戻しが発動出来なかった。結果、ミュレイの身体は巻き戻りすぎた状態で固定されてしまった、ということ」
「そん、な……」
「貴方がミュレイを助けようとその力を使えば使うほど、この世界の歪は大きくなっていく……。私の言っている事の意味がわかる……?」
それはつまり、私がミュレイから力を奪い――。結果的にミュレイが死ぬ運命を作り。ククラカンを滅びに導き……。この世界の全てをゆがめてしまったという事。
たった一つ、ミュレイが小さくなるという事実だけでどれだけの変革がおきてしまったのか……。考えてみれば直ぐにわかる事だ。もしミュレイが大人のままだったら……あんなことには――絶対にならなかったのに。
「そんな……!! そんなっ!! そんなああああっ!!!!」
「す、昴殿……落ち着いて!」
「私がっ!? 私が殺したって言うのかよっ!! ミュレイは……っ!! ククラカンはあっ!!」
「昴殿……っ!」
「辛いかもしれないけど、それが現実……。言ったでしょ、覚悟してって。貴方はこの世界にとって大きすぎるイレギュラーなの……。このままでは、どんな変化が起きてしまうのか私にも判らない。変化する事が悪いわけじゃない。ただ、貴方はその責任を背負えるほど大人じゃない」
メリーベルの言葉に愕然とし、その場に膝を着いた。私を支えるウサクの隣、悔しくて唇を噛み締めた。私が、ミュレイを子供にして。ミュレイの力を奪って。この世界に変化を与え。彼女の命を奪い。国を滅ぼした……。それが真実、そしてたった一つの現実……。そんな私を護ろうとしてミュレイは死んだ。
「あんまりじゃないかよう……っ」
涙が止まらなかった。ミュレイは、どんな気持ちで私を護ったのだろう……。きっと、晴れやかな気持ちで死んで行ったのだろう。護れなかった妹を護ったかのような気持ちで。自分を庇って死んでしまったミラを、助ける事が出来たような気持ちで。
でも違ったんだ。私は悪魔だったんだ。私が居なければミュレイは死ぬことなんてなかったんだ。せめてあの時魔剣狩りに立ち向かうなんて馬鹿すぎる事をしなければ……それだけでも未来は違ったかもしれないのに。
「ミュレイ、ごめん……。ごめんよ……っ! 馬鹿で……無力で……私なんかがいたから……ミュレイ……! ミュレイ――ッ!!」
私はユウガを両手に握り締め、それを掲げた。白い刀は何も言わない。何も語らない。当たり前だ、喋るわけがない。だって剣なんだから。でも言わずにはいられなかった。
「お願いだよ、時間を巻き戻して……! 一回出来たんでしょ!? だったら戻してよっ!! ミュレイが生きてた頃に……ねえ、ユウガ!! ミラッ!!!!」
何度も剣を振るけれど。何度もそれに祈るけれど。ミラは何も応えてくれない。私は剣を床に叩きつけ、頭を抱えて叫んだ。
「何で戻してくれないんだよおおおおおっ!!!! 戻れ、戻れ戻れ……! 戻れ戻れ戻れ、もどれもどれもどれもどれもどれもどれもどれもどれ……っ!!」
「…………昴殿……」
「まだ終われないんだよ……! 償わなきゃいけないんだよっ!! ねえ、戻してよ!! 時間を戻してよ!! メリーベル、知ってるんでしょ!? 戻す方法を教えてよ!!」
メリーベルにすがりつくけれど、彼女は首を縦には振らなかった。ただ黙って私の身体を強く抱きしめる。でもそんな優しくしてほしいわけじゃない。
「戻してよ……ねえ、メリーベル……。たすけて……。ミュレイをたすけて……。お願いだよぅう……っ」
「……知ってしまったら、貴方がそう言い出す事は判ってた。だから、言わないで置きたかった。けど、言ってしまったからには私の責任……。ごめんなさい、昴……」
「もどって……。もどってよ…………。うああ……っ! ミュレイ……ミュレイ――――ッ!!!! わあああああああ…………っ!!」
暴れる私を抱きとめ、メリーベルはそっと背中を撫でてくれた。とても優しくて、暖かくて……ひどく、残酷だった。
何の為に私はここにいるのだろう。何の為に彼女に出会ったのだろう。何も出来ないまま傷つけて、助けて貰って……恩返しも出来ないなんて。悲しくて悔しくて、辛くて切なくて……。ずっとメリーベルの腕の中で泣きじゃくっていた。
心の中、こんなにもミュレイの優しい気持ちが残ってる……。ゲオルクとウサクと、ミュレイ。そこに私が加わって、四人で一緒にいたんだよ……。初めての仲間、初めての旅だった。優しくてあったかい、仲間だった……。
どうしたら心の闇を止める事が出来るのだろう。全てを望むのは、愚かな事なのだろうか。私の言葉にも疑問にも何一つ応えてくれない、白銀の剣……。ミラは黙して、ただ私を嘲笑うかのように輝いていた――。