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The truth(5)


「――――よお、てっぺんからの眺めはさぞかし気持ちいいもんだろうなぁ、ハロルド」


 第四界層プリミドール、その世界の中に浮かぶ異質なる城……。インフェル・ノアの頂、そこに存在する玉座の前についに一人の男が辿り着いていた。ずらりと並ぶ剣誓隊の腕利きたちが侵入者に各々の剣を向ける。その奥、ホクトの見知った顔がホクトを見つめていた。純白の美しいドレスを風に靡かせ、シェルシはじっとホクトを見つめている。

 二人は互いに理解した。しかしさて、ここは声をかけていいものだろうか……? ホクトは悩んだ。自分はどうみても大逆の犯罪人である。その犯罪者が皇帝の花嫁になろうという人物に声をかけるというのもいかがなものか……。ホクト自身はまるで問題ないが、シェルシにしてみたら迷惑かもしれない。ホクトは一人頷き、言葉を控えた。


『良くぞ辿り着いた、反逆の徒よ……。その力、実に素晴らしい。恐らくこの世界に貴様より強い人間はおらぬのだろうな』


「お褒めに預かり光栄ですってな。あの皇帝のお墨付きじゃ俺も胸を張って人類最強を名乗れるぜ」


 ホクトは笑い、そして両手に魔剣を構築する。そして一歩、また一歩と紅いカーペットの上を歩いていく。カーペットの両脇に並ぶ剣誓隊の騎士たちは皇帝の指示を待ち、いつでもホクトに襲いかかれるように準備しつつ事の成り行きを見守っている。

 男は遂に玉座の前に到達し、そしてその刃を皇帝へと向ける。巨大なる王、人ならざる王、そしてこの世界の法則そのもの……。皇帝ハロルド――ついに魔剣狩りはその男の下まで辿り着いたのである。


「その人類最強が、あんたのパーティーをぶっ潰しに来たぜ……? その結婚式、待った!! そしてハッピーバースデー……ハロルド!!」


 ホクトが動いた瞬間、耐え切れず剣誓隊が一斉にホクトを取り囲む。それを足元から出現させた文字通りの魔剣の剣山で弾き飛ばし、大きく跳躍しハロルドの首へと刃を向ける。しかし繰り出された刃はハロルドの片腕によって防御されていた。

 勿論、相手の防御を完全無視する一撃必殺の――白騎士のような能力をホクトは持っていない。だが剣で斬りつけられたというのにハロルドはまるで無傷であった。金属を弾くような妙な音が鳴り、ホクトは首をかしげる。玉座の上に御リ、至近距離で皇帝を見つめる。改めて見てもやはり、それは人間には見えなかった。


「そこのお姫様! さっさと逃げた方が身の為だぜ……!」


「わ……私は……っ」


 ホクトには何故シェルシが迷っているのかが判らなかった。まあ確かに、どう考えてもこの状況下……ホクトが不利なのは目に見えている。だがシェルシが皇帝の横に居れば、不利は更に加速してしまう。ホクトは舌打ちし、一度後方に跳躍した。空中をくるりと回転し、着地と同時にガリュウを構築する。


「ったく、どうなっても知らねえぞ……! おら、さっさとかかって来いよ! リアル百人斬りってやつを見せてやるッ!!」


 ホクトを取り囲む大量の魔剣使いたち……。しかもここに集められているのは全員が剣誓隊のエリートである。下の町に配備されていた剣誓隊や途中に居た者たちとは格が違う。結局ハロルドはあえてここ以外の警備は甘くする事で、人間をふるいにかけていたのだ。そう、あの状況を潜り抜けここに辿り着いた人間こそ――選ばれるに相応しい、と。

 右手にガリュウを、左手には別の大剣を構築する。ホクトを中心にぐるりと円陣が生まれ、男を囲んでいく……。状況は圧倒的に不利だった。しかしホクトにしてみれば倒す相手が山ほど居るというのはむしろ好都合である。怪我をしようが魔力を消費しようが、一人倒して喰らって回復すればいい――。そんな事を脳裏で考える中、戦場に声が響き渡った。


「止めて下さい、ホクト――!」


 声はシェルシの物であった。姫はハロルドの玉座から何とか降り、ホクトに向かっていた。ハロルドは黙ってその一部始終を眺めているだけで、特にシェルシに何か言うような事はない。

 シェルシは包囲の中を剣誓隊を押しのけホクトまで辿り着いた。そうして傷だらけのホクトを目にして、胸に手を当て首を横に振った。


「止めて下さい、ホクト……。もう、止めて下さい……」


「…………」


「無理です……こんな状況ではいくら貴方でも殺されてしまいます! お願いです、もう止めて……!」


「…………ここまで来ておいて、言う事はそれか……」


 呆れた様子でホクトは剣を降ろした。両手に持っていた魔剣を手放し、額に手を当てる。低く声を上げて笑うホクトの普段とは違う様子にシェルシは驚き、怪訝な表情を浮かべ一歩後退する。


「お前こそ、どっちの味方なんだ? 皇帝か? 俺か? 何の為にそんな格好でここにいるんだ。折角声をかけないで居てやったのに」


「……わ、私は……。私は、ザルヴァトーレの姫として……果たすべき使命を……」


「お前、何にも判ってねえな。お前の言ってる事は全部逃げなんだよ。全部奇麗事なんだよ。ほれ、さっさと退きなさい」


「ホ、ホクト!! 駄目、殺されてしまう!!」


 歩き出すホクトの腕を掴み、叫ぶシェルシ、しかしホクトはそんなシェルシの顔に手を伸ばし、自分の顔を近づけて告げた。


「俺だって命懸けなんだよ――。てめえの価値観押し付けて、人の夢を邪魔してんじゃねえぞ……」


 手を離し、ホクトはいつも通りの表情に戻る。そうして再び魔剣を手にし、歩き出した。シェルシはその場にへたり込んだまま、黙ってそれを見送る事しか出来ない。

 そうだ、考えてみればホクトがなんだというのだ。こんな無礼極まりない男、ほっとけば別にいいじゃないか。死のうが生きようが関係なんかない――そう思っていたはず。なのにこのままでは皇帝に勝てずにホクトが死んでしまうと、本気で心配している自分がいるのも事実だった。

 ホクトの言うとおりだ。自分は何がしたいのだろう。使命だとか役目だとか、そんな理由でここまで来てしまった。ホクトは命懸けで戦ってここまでやってきたというのに……。なんだかそれがとても失礼な気がして急に恥ずかしくなった。自分は、やはり理想論だけしか語っていなかった……と。

 同時にホクトも考えていた。何故シェルシの言動をあんなに強く突っぱねてしまったのか……。頭の奥、忘れ去ったはずの記憶がジリジリと焦げ付くように痛むのだ。誰かの姿がシェルシにダブり、感情のコントロールが出来なくなった……としか言い様がない。どちらにせよ、全てがこれで終わる。魔剣狩りは改めて皇帝を見上げた。黄金なる王――ハロルド。決着をつけるべき時が迫っていた……。




The truth(5)




 頂まで辿り着いたイスルギが見たのは、ホクトが大量の魔剣使いと戦っている姿であった。シェルシは戦乱から少し離れたところで事の成り行きをじっと見守っている。壁を跳躍し、イスルギは姫の隣に着地した。隣に突然やってきたのがイスルギだとわかり、シェルシは驚いた様子で一歩身を引く。


「び、びっくりしました……。イスルギ、どうしてここに……?」


「ここは危険です姫、早く避難を」


「いえ……それは、出来ません……。私は……ハロルド皇帝の妻になるのですから。それに……」


 じっと、一人で血まみれになり戦い続けているホクトを見つめる。彼はどうしてあんなにも一生懸命で、あんなにも苦しい道を真っ直ぐに歩けるのだろうか……。


「見届けたいんです、戦いを……」


 ホクトは生粋の反逆者であり、自分は所詮飼い馴らされた存在なのだと悟る。シェルシは結局人に言われる事に従うだけで、自分で考えるような事はなかった。迷わなくなったのではなく、考えるのを放棄してしまっただけなのだ。だがホクトは違う。自分ですべて考え自分で納得した上で全てを対価に賭けに出る――。その身体を貫く痛みも、敵を切り裂く罪の感触も、すべて己の物だといわんばかりに圧倒的に強欲、しかし限り無く研ぎ澄まされた刃のように純粋である。

 願わくば、彼の命が生き永らえる事が出来ますように――そう祈り続ける。だがそれは難しいだろう。ホクト一人で倒しきれるほど、ここの魔剣使いは弱くない。四方八方から襲い掛かられ、ホクトは見る見る内にボロボロになっていく……。

 イスルギは何も言わず、姫の傍に盾を構えて控える事にした。そうしてそっと、シェルシの背中を押す。自分が護るから、もっと傍で見てもいいのだと語るかのように。二人はゆっくりと、戦場に近づいていく。彼の、彼の戦いを見届ける為に――。


『どうした魔剣狩り……? 貴様の力はその程度か? 人類最強よ』


「…………こういうのリンチっていうの知ってるか……? はあ、はあ……っ! くそっ!!」


 血まみれになり、ふらふらとした足取りでホクトは毒づいた。まだ下らない事を言えるだけ余裕があるという事である。震える手でガリュウを握り締め、それを構える。ハロルドは実に楽しそうにその様子を見つめていた。


『いつの世も、修羅の戦というのは目を見張る物があるな……。なあ、ケルヴィー』


「左様で御座いますね」


「ったく、俺たちは見世物って事かよ……。まあ、こんな高い高い所に住んでたら、そうもなっちまうんだろうなあ……」


 ホクトは溜息を漏らし、顔を上げる。ここに来るまでに見てきた物……。帝国が作った歪。闇。裏切り……。法則と呼ばれる罪が世界を縛り、この圧倒的な縦社会は世界に様々な間違いを産んでしまっている。

 記憶がなくとも判る。見てきた物は確か。出来る事は一つ。ならばやろうとここまで辿り着いた。だがこの戦いの先に何があるのかは判らない。魔剣狩りだとか、ヴァン・ノーレッジだとか、そんな事はホクトにとってはどうでもいい事だ。だが、何をなさねばならないのか……それくらいの事は判っている。


「てめえも、地をはいつくばって生きてみりゃわかる……。皆生きる為に必死で……一生懸命で……。なあ、努力したヤツが報われないのは正しいのか……? 生まれが違うだけで人の一生が決まるのは正しいのか……? くだらねえんだよ、全部……。だから、全部ぶっ壊しに来た……」


「全く、見苦しい男ですね……。皇帝陛下の素晴らしい法の意味にも気づかないとは……」


「だったら説明してみろ……。ここで! 全世界の人間に! “お前達が死ぬ理由”ってやつを、説明してみろッ!!!!」


 激しい怒気にケルヴィーは怯み、一歩後退する。一方ハロルドは楽しげに低く声を上げて笑い、じっとホクトを見つめた。


『実に気に入ったぞ、魔剣狩り。貴様……剣誓隊に入らぬか?』


「――だが断る」


 笑うホクト。それに釣られてハロルドは大声を上げて笑った。まさか皇帝がこんなに笑うとは思って居なかったケルヴィーをはじめとした側近たちは大慌てである。しかし当の本人であるハロルドはゆっくりと王座から腰を上げ、自らの大剣を片手にゆっくりと歩き出す。


『良い、良い――! 貴様、余が直々に相手をしてやろうではないか……!』


「へ、陛下!?」


『良いケルヴィー、これも一興……。人類最強の剣士、その力を見てみたくなったわ』


 剣誓隊が退き、ハロルドが前に出る。巨大すぎる剣を大地に叩きつけるとインフェル・ノアそのものが激しく揺れた。尋常ではない力――そしてハロルドは大剣を片手で構え、ホクトを見下ろす。


『さあ、貴様の力を見てやろうではないか、魔剣狩り……! 余の生み出した世界の中、孤独に抗う反逆者よ……!』


「…………ああ、見せてやるよ。その代わり、鑑賞料は高くつくぜ……!?」


『――――是非も無しッ!!』


 二人は同時に動き出したハロルドの動きはその巨体に似合わず素早く、繰り出される一撃は大地を砕くほど重い。単純にハロルドの持つ剣の重量は通常の剣の何十倍もあるのだから、威力も当然それに見合った物である。ホクトはそれを命からがら回避し、皇帝の胴体へと斬りかかる。ガリュウというカテゴリーSの魔剣で攻撃しているというのに、ハロルドの鎧には傷一つつく事がなかった。

 連続して攻撃をしかけ、巨体の胴体を蹴って空中へ舞い上がる。そこで魔法陣を展開し、空から一斉に魔剣を降り注がせる。無数の剣が降り注ぐのを見上げ、しかしハロルドはあろうことか両腕を広げそれを受け止めてみせる。


『ぬぅうううううんッ!!』


「オイ――ッ!? ノーガードでノーダメかよ……ッ!?」


『小賢しい真似をするな、魔剣狩りよ……! 貴様の真の実力、その程度か!?』


 空中に浮かんだホクトへハロルドは近づき、その剣を叩き込んだ、魔力障壁を同時に三枚展開し、更にガリュウの防御を高めてのガード……。しかしホクトに直撃した攻撃は遥か彼方までホクトを吹き飛ばしていく。このままではラクヨウからも飛び出してしまうと見てホクトは慌ててインフェル・ノアに鎖を打ち込んだ。


「化け物が……!?」


 その反動を使い、一気にインフェル・ノアの側面を跳んで頂上へと舞い戻る。鎖を解除し、空中から魔力全開でハロルドへと襲い掛かった。皇帝はそれを己の剣で防ぎ、しかし攻撃力は同等――。互いに弾かれた剣にホクトはハロルドに剣を放ち、更にそれを鎧の上から蹴りつける。鎧を貫いて突き刺さる魔剣――しかしダメージは微々たる物であった。振り下ろされたのはハロルドの平手――それがホクトの身体に命中し、大地に叩きつけられる。

 声も上げられないほどの重量の一撃にホクトの鎧は砕け、鋼鉄のインフェル・ノアの装甲版に一気に亀裂が走った。常人なら即死どころか滅茶苦茶に潰されていて当然の一撃――しかしホクトは生きながらえていた。


『ふむ、やはり強いな……が、所詮人間か』


「…………て……め……っ! くそったれ……!」


『ほう!? まだ立つか……実に素晴らしい。さあ、かかってくるが良い魔剣狩り……! まだ奥の手はあるのだろう……!?』


 雄叫びと共に全身の骨が砕け筋肉が軋むような痛みに耐え、ホクトは立ち上がった。全身は紅く血で塗りたくられ、黒い鎧は変色してしまっている。意識も薄弱、ホクトは肩で息をしながら皇帝を睨む。


「俺はまだ、負けてねえ……。俺はまだ、死んでねえぞ……! ハロルド……! うおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 魔力を振り絞り、男は空に吼えた。全身を黒い闇の装甲が被い尽くし、ガリュウが再び龍のような姿に変化していく……。しかし次の瞬間、ハロルドはその龍のように形状変化したガリュウ目掛け己の巨大な剣を叩きつけていた。ガリュウに亀裂が走り、次の瞬間ホクトは頭を抱えて悲鳴を上げた。

 魔剣が解除され、ホクトは両手で頭を抱えてのた打ち回る。その壮絶な様子に剣誓隊もシェルシもイスルギも唖然としていたが、ハロルドだけは意味がわかっているのか納得したように目を細めていた。


『――――ケルヴィー』


「は、はい?」


『この男、捕らえよ……。プロジェクトエクスカリバーの研究室に運んでおけ』


「は?」


『二度言わせるな』


「は、はい!! おいお前達、捕獲だ! 捕獲しろ!!」


 周囲の剣誓隊が動き出し、ホクトに近づいた時であった。放たれた銃弾が剣誓隊の一人を襲ったのである。視線の先、坂道を登りきった所にはライフルを構えたアクティと死にかけているうさ子の姿があった。


「ホクト!! ホクト、しっかりしてよっ!! うさ子が……うさ子がホクトに会いたがってるよ!!」


 アクティの絶叫でホクトは一瞬動きを止めた。しかし同時にアクティに視線が集中してしまう。ハロルドは少女を見下ろし、そしてその隣にいる人物に注目した。


『ケルヴィー』


「はい、すぐに侵入者を排除します」


『そうではない。ステラだ』


「は……っ? な……!? ステラ!? どうして貴方がここに……? 確か一年前、失踪したはずでは……?」


 二人の視線の先、アクティが肩を貸しているうさ子の姿がある。ケルヴィーは慌ててうさ子に駆け寄り、呆然としているアクティからうさ子を奪い、床に寝かせて見せる。


「ああ、ステラ……こんなに激しく損傷して……。自己修復機能が働いていないんですね……。大丈夫、すぐに僕が治しますからね……」


「う、うさ子にさわるなーっ!! ホクト、うさ子が!! うさ子がああっ!!」


 暴れるアクティを剣誓隊が押さえつけ、ねじ伏せる。ケルヴィーはうさ子の身体に手を当て、魔法陣を浮かべた。術式によりうさ子の身体に干渉している事はアクティにも判ったが、具体的に何をしているのかはわからなかった。しかし結果としてうさ子は苦しそうに呻き、しかしうさ子の胸に空いていた大穴は修復され始めたのである。


「え……えっ!? なに、どうなってるの……? うさ子……?」


「その、うさ子という間抜けな名前は止めていただけませんか? 彼女の名前はステラ……。古代文明の技術により復元された、この世界のガーディアンシステムなのですから」


「がーでぃあん……しすてむ……?」


 アクティにはまるで意味が判らない様子だった。そんなアクティを見下ろし、ケルヴィーは笑う。


「まあ、貴方達のような低俗な人間には理解出来ないかもしれませんがね……。彼女はハロルドの側近、この世界での闘争を抑制する役割を持つ……」


 その時、うさ子の身体がぴくりと動いた。突然むくりと起き上がり、眠たそうに目を擦ってケルヴィーを見やる。ケルヴィーは慌ててうさ子に駆け寄り、その手を握り締めた。


「ステラ!! ああ、ステラ……よかった。僕の最高傑作、ステラ……。大丈夫かい? 痛いところはないかい?」


「…………。だれ? さっぱりわかんないの……」


 ぽかーんと口をあけて首をかしげるうさ子。それによりケルヴィーはうさ子の手を握り締めたまま真っ白になり、完全に思考停止してしまった。固まっているケルヴィーから逃れ、うさ子は立ち上がる。状況は理解できなかったが、その視線の先――皇帝の前で倒れているホクトが見えた。


「ホクト君!! ホクト君、大丈夫なのーっ!? アクティちゃん……も捕まってるの!? とりゃああああっ!!」


 ミストラルを装備し、アクティをねじ伏せている剣誓隊を蹴り飛ばす。解放されたアクティはライフルを握り締め、項垂れて泣いているケルヴィーを一瞬気の毒に思いながらもホクトへ向かい走り出した。


「ホクト!! ホクト――――ッ!!!!」


「ホクト君、今助けるのっ!! 待っててなのーっ!!」


 しかし、そんな二人の前にイスルギが立ちふさがる。一度は敗北した相手の出現にアクティもうさ子も足が止まった。シェルシはその間にホクトに駆け寄り、倒れているホクトの肩を抱いて様子を見る。ホクトは頭から血を流し、呻き声を上げながら苦しんでいた。


「貴様達、ここから去れ……」


「またこいつ……! ホクト、早く逃げて!!」


「シェルシちゃんお願いなのっ!! ホクト君をつれて、早く逃げてなのーっ!!」


「う、うさ子……。わ、私は……」


 混沌とした状況の中、再び戦いが始まろうとしていた――正にその時である。シェルシがついていたホクトが突然声をあげ立ち上がり、魔剣を握り締めてその力を解放したのである。周囲に立っていた剣誓隊は全員吹き飛び、シェルシも弾かれて坂道を転がっていく。イスルギは慌ててシェルシへと駆けつけ、インフェル・ノアから落下しそうになるシェルシの手を握り締めた。


「な、何事ですか!?」


「ステラ……。ステラ、思い出したぞ……ステラァアアッ!!」


 ホクトは血走った目で叫び、魔剣を引きずりながら猛然と走り出した。その先は――あろうことか仲間であるうさ子である。うさ子目掛けて跳躍し、空中を回転しながらガリュウを叩きつけるホクト。ミストラルでそれを受けるものの、圧倒的な攻撃力にうさ子は弾き飛ばされてしまう。


「あうっ!? ホクト君、痛いの……っ! ど、どうして……?」


「…………ミラを、殺しやがって……。よくも……よくもミラを……」


「う、うさ子逃げて!! なんか様子がおかしいっ!!」


「あ、あうう……っ! あうう~っ!!」


「早く走って逃げて!! 殺されちゃうよっ!!!!」


 アクティが叫びながらうさ子の背中を押し、殆ど突き飛ばされるようにしてうさ子は走り出した。背後からは魔剣を引きずり黒い獣が追いかけてくる。それを阻止しようとして近づいた剣誓隊を一撃で薙ぎ払い、腕を伸ばして捕獲しようとしたハロルドの手さえもざっくりと切り裂いてしまう。


『なんと!?』


 明らかに先ほどまでより力が上がっている――。結局誰もホクトを止める事が出来ず、ホクトはうさ子を追いかけ続ける。うさ子は猛スピードで逃げているのだが、ホクトはそれ以上の速さで猛追してくるのだ。


「ホクト君……どうして……? どうして、うさの事叩くの……? うさが……うさが、悪いうさだから……!?」


「どうして……ミラを殺した!? 答えろッ!!!!」


 魔剣をうさ子に叩きつけ、うさ子は吹っ飛んでいく。転がり、血を流しながらもミストラルを手に立ち上がる。黒き魔王と化した男は足元から無数の剣を召喚し、それをうさ子に射出する。うさ子はそれを防ぎきれず、体中に剣が突き刺さる事となった。

 倒れるうさ子に歩み寄り、ホクトはその髪を掴んで壁に叩きつける。うさ子は泣きながらじっとホクトを見つめていた。ホクトの目は血走り、口元には笑みが浮かんでいる……。まるで何かに取り憑かれたかのようなその形相にうさ子は嗚咽を堪え、懸命に震える唇を噛み締めて耐えていた。


「ホクト君、怖いの……。怖いの、怖いの……。どうして、うさの事いじめるの……? ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


「謝って……それで済むのか……? 殺し殺されて……それでも憎しみは消えないのに……」


「うさは……うさはね、ホクト君の足を引っ張ってばっかりのね、悪いうさだったの……。でもね、これから……これからはいいうさになって……ホクト君と、一緒に……」


 言葉を遮るかのようにホクトは再びうさ子の頭を壁に叩きつける。血が流れ、あまりの痛みにうさ子は口をぱくぱくと開け閉めし、呻き声さえも上げられなかった。それでもそっと、血に塗れた手をホクトに差し伸べる。

 同じ記憶喪失で、記憶喪失として出会ってしまったからこそこうなる運命だった。そして記憶喪失でなければ、二人はあんなふうに笑い合うことの出来ない関係だった。大切な人を殺した女……復讐の対象。ずっと探していた、この世界のシステムの一つ。けれどもうさ子は……それでもうさ子は幸せだった。

 ホクトと一緒に冒険をし、一緒にご飯を食べ、一緒に寝泊りした。楽しい話が沢山合って、一緒に買い物をして、プレゼントを交換した……。ホクトの事が大好きだった。大好きで大好きで、本当に大好きだった。だから……。


「ごめんね、ホクト君……。うさは……ミラちゃんの代わりにはなれなかったの――」


 振り下ろされた刃がうさ子の身体を袈裟に切り裂く。血を流し倒れるうさ子は自分の身体から何かが落ちるのを見て、慌ててそれに手を伸ばした。止めを刺すように倒れたうさ子の身体をガリュウが装甲版ごと深々と貫き、うさ子はそっと手を伸ばすのを諦める。


「…………きいろくて……おさいふ……。ほくとくんが、くれた……。かわいい…………の…………」


 うさ子の目から光が消え、伸ばしかけた手から力が抜け落ちる。床に転がった黄色い財布――それはうさ子の血を浴び、紅く変色してしまっていた……。

 殺したうさ子の身体に何度も何度もガリュウを突き刺すホクトの姿を背後から見てしまったのはアクティだった。尋常ではないその様子に悲鳴をあげ、思わずその場に尻餅をつく。悲鳴に気づいたホクトが血塗れで振り返った時、アクティは完全に怯えていた。ホクトの手からガリュウが落ち、音が鳴り響く。男はゆっくりとアクティに近づき始めた。


「アク……ティ……」


「ひ……っ!? いやだ、こないでっ!! こんなのホクトじゃない……。こんなのヴァンじゃない!!!!」


「アクティ……俺、だ……」


「来るな……!! うさ子を返してよ!! うさ子を返してよおおおおおおっ!!!!」


 アクティは震える手でライフルを連射する。しかしそれは完全に照準がぶれており、ホクトには命中しなかった。悲鳴をあげ、やけくそにライフルを投げつけるアクティ。それががしゃんと音を立てホクトの頭に当たる。逃げ出すアクティとすれ違うように駆け寄ってきたイスルギは魔剣アルテッツァを片手にホクトへと襲い掛かった。


「貴様、仲間を手にかけるとは……」


 ホクトは叫びながら両手に魔剣を構築し、イスルギへと襲い掛かる。それを盾で受け止めるが、猛攻は止まらない。ホクトの攻撃力は今までの何倍にも引き上げられており、イスルギ一人で手に負えるような状態にはなくなっていた。しかし次の瞬間、ホクトは手を止める事になる。

 男の身体、胸を背後から剣が突き刺していた。背後に立っていた少女……それは、ホクトのよく知っている少女であった。ウエディングドレスを風にはためかせ、花嫁は剣を手にホクトの背に身体を預けていた。

 何故そんな事をしたのか、シェルシにもわからなかった。だがそうしなければいけないような気がしたのだ。突き刺した剣を振るえる手で抜き去り、花嫁は後退する。ホクトはよろめき、シェルシに手を伸ばした。


「ミ……ラ……?」


「え――?」


 次の瞬間イスルギがよろけたホクトを思い切り蹴り飛ばす。男はインフェル・ノアの大地からはじき出され、堕ちて行く。遥か彼方に展開するラクヨウの街へと。

 ホクトが消えていくラクヨウの街を見下ろし、シェルシは慌てて限界まで駆け寄った。そんな姫を背後から押さえ、イスルギは首を横に振る。ホクトは堕ちて行く。どこまでもどこまでも――。

 シェルシが声をあげ、彼の名前を叫んだ。しかし時は止まらず、そして決して戻る事はない。泣きじゃくるシェルシの背後、イスルギはその肩を抱いて黙り込んでいた。戦場に残されたもの、それは悲鳴と絶望、そして彼を想う涙の音だけだった――――。


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