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The truth(4)

「うさ子、しっかり……っ! 直ぐ、ホクトの所に連れてくから……っ!」


 インフェル・ノア外壁――。戦場と化した王の居城の中、風に強く煽られながらアクティは進んでいた。隣を歩くうさ子に肩を貸し、二人は一歩一歩ゆっくりと進んでいく。うさ子の白い服は血で真っ赤に染まり、息も絶え絶えである。それもそのはず、むしろこうして歩いている事が奇跡以外の何物でもない。いや、奇跡などという言葉でそれを了承してもいいものだろうか? 胸に大穴を空けられ呼吸はままならず、心臓さえも抉り取られている。だというのにうさ子は一歩、また一歩と前進を繰り返す――。

 何故うさ子が死なないのか、アクティにとっては大きな疑問でありしかしそれはどうでもいい事柄だった。うさ子は言ったのだ。ホクト君に会いたい、と――。ならば連れて行く。そこまで連れて行く。それが自分がうさ子にしてあげられるたった一つの事だと信じて。

 お互い血にまみれ、白い甲板を歩いていく。項垂れるうさ子の隣、アクティは暖かい血が冷えていくのを感じながら震えていた。うさ子とは出会ってまだ間もないが、それでも共に戦う仲間なのだ。死んでいいわけがない。死んでほしいわけがない。


「ホクト……どこにいるの……!? ホクト……!!」


 次の瞬間、道の彼方で爆発が起こった。それが魔力の衝突による物と知り、アクティは歯を食いしばり歩き出す。そこにホクトがいるのなら。うさ子の願いを叶えてあげる為に、向かわねばならない。なんとしても、彼の元へ――。

 ホクトと白騎士が争う甲板の上、そこは既に誰も近づく事の出来ない激戦区となっている。二人だけしか戦っていないはずなのに無数の魔剣が飛び交い、闇の中を白い剣士が舞い踊る――。アクティたちよりも大分先に現場に到着していたイスルギは壁沿いに跳躍し、複雑な起伏を持つインフェル・ノアの外壁を飛び移っていく。ホクトと白騎士の戦いに巻き込まれては恐らく無事では済まないし時間もかかりすぎる。彼の目的は打倒ホクトではなく、姫の護衛なのだ。ならばそこは白騎士に任せてしまうのが賢い選択と言うもの。

 戦いの装甲板を飛び越え、空中から一気に祭壇へと近づいていくイスルギ。その眼下、坂道を駆け上がっていくシェルシの姿があった。姫は流れる汗もそのままに長い長い坂道を駆け上がっていく。やがて辿り着いたインフェル・ノアの頂上――そこにはズラリと剣誓隊の腕利きが並び、その最奥には巨大な玉座があった。姫は歩み寄り、そして見上げる――。そこに座している者こそ、この世を統べる者。この世を支配する、王者――。


「――おや、もう頂に辿り着く者がいるとは……。陛下、彼女は随分と優秀ですよ。この戦場の中、真っ先に駆けつけたのですからね」


 声を上げたのは玉座の前に立つ一人の男だった。紫色の長髪を風に靡かせ、眼鏡を中指で押し上げて笑う。シェルシはただ、汗を流して王を見上げていた。そう――王は見上げる存在だった。それは比喩でもなんでもない。王は、兎に角巨大だったのである。

 その玉座は既に塔のようであり、その前に座る巨躯の男――皇帝ハロルドは足を組み、玉座で頬杖をついてシェルシを見下ろしていた。皇帝ハロルド――その全長は兜の装飾を含めれば実に4メートル近く、その全身は機械的な黄金の鎧によって覆われている。炎のように赤いマントを背負い、玉座の傍らには巨大な――あまりにも巨大すぎる大剣が突き刺さっていた。

 皇帝ハロルド……王はその瞳でシェルシを宿し、見下ろしている。ハロルドの姿をシェルシは見た事がなかったし、恐らく殆どの人間がそうであろう。だがそれを見て誰もが思う事は一つ――ハロルドは――“人間ではない”……。


「しかし、随分な格好ですねえ……。花嫁とはとても思えませんよ、ザルヴァトーレの姫」


「え……? あ、はい……えっ? あ、は……! これは、大変な無礼を……!」


 慌てて跪くシェルシ。そうして手にしていた花束をそっと差し出した。色々というべき事は考えながら走ってきたはずだったが、それが何なのかまったく理解できず頭の中は完全に漂白されてしまっていた。何も考えられない。何がどうなっているのかわからない。ただただ自分の激しい鼓動の音にだけ耳を傾けていた。そんなシェルシを鼻で笑い、側近は呟く。


「おやおや、手が震えていますよ……?」


『ケルヴィー、良い……。下がっておれ』


 眼鏡の男、ケルヴィーは王の一言で後方に控えた。王の声は重苦しくしわがれた男の声だった。王はゆっくりと玉座より立ち上がる。そうして一歩歩みを進める毎に大地に大きな振動を生みつつ、シェルシへと近づいていく。


『シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレよ……。貴様が一番だ』


「は……っ?」


『この異常事態の連続の中、貴様だけが迷わず余の元まで辿り着いたのだ。未熟ながらもその気概や実に良し……! 褒めて遣わす……!』


「あ……ありがたき、お言葉……」


『……だが、この程度の混乱で足が止まるようでは他の姫は話にならぬな。シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ……貴様は優秀だが、その他は“落第”か……』


 腕を組み、そう呟くハロルド。その足元に跪き、巨大すぎる身体にシェルシの身体がぶるぶると震えていた。威圧的な荘厳な雰囲気もそうだが、兎に角いくらなんでも巨大すぎる。人間ではないことは確かだ。考えてみれば別に不思議でもなんでもない事である。これは、皇帝生誕百周年の式典――。百年も生きられる化け物が、この世のどこにいるというのか。

 何かの見間違えではないかと、おずおずと顔を上げ上目遣いにハロルドを見上げるシェルシ、王は目を細め、そんなシェルシを見て小さく笑った。


『そう怯えるな、人族の姫よ。何もとって食ったりはせぬわ……』


「は、はいっ」


『貴様のような優秀な人間が、今後の世界を統治する王となりそして優秀な血族を産む……。実に良い。若すぎるのが少々気にかかるが、お主は余の子供達を産むに相応しい。その身、大事に扱う事だ』


 色々な意味で突っ込みどころが満載でシェルシの頭はオーバーヒートしそうだった。余の子供達を産むといわれても、一体どうやって子作りをするのか……そんな下らない事を考えてしまう。しかしシェルシ的には大きな問題である。どう考えてもこんな巨大すぎる化け物の妻になどなれる気はしなかった。

 そうして項垂れたまま考え込んでいると、ハロルドは紅いマントを風にはためかせながら戦場を見下ろした。遠くに居たホクトが皇帝の巨体に気づき、一瞬隙を見せ白騎士に蹴り飛ばされる。吹っ飛んでいくホクトを見下ろし、皇帝は顎に手を当て低く笑った。


『随分と調子のいい者が紛れ込んでおるわ……』


「陛下、ここは危険です。どうかお下がりを……」


『良い……。あの男、興味がある……。ここに座して待とうではないか。なあ、ザルヴァトーレの姫よ』


「え……?」


 片手でシェルシを掴み上げ、持ち上げたままハロルドは玉座へと戻る。そしてシェルシを玉座の上にちょこんと乗せ、風を避けるようにマントでシェルシの風上を被った。


『さあ、追って来い闇の剣士よ……。人族の憎悪と悪意の力、余に見せてみよ――』


 鋼鉄の兜の下で笑うハロルド――。王が待つ黒き剣士はその頃下の装甲版の上で落下しそうになりながら必死に食いしばっていた。壁に魔剣を突き刺し、何とか命からがら落下を免れたものの、先ほど白騎士に蹴り飛ばされたのは大分効いている。


「オイッ!? 皇帝でかすぎねえか……!? 遠近法かアレ!?」


『ヴァン・ノーレッジィイイイイイイイッ!!!!』


 自らも壁を飛び降り、落下してくる白騎士。その雄叫びと気迫にぞっとしつつ、ホクトは連続して魔剣を生み出し、壁に突き刺しそれを上っていく。空中でいくつかの魔剣を召喚し、それを白騎士に投擲する。しかし白騎士の持つ魔剣ユウガの一閃で魔剣は消失させられてしまう。

 ユウガの刃は弱い魔剣ならば触れるだけでの一撃必殺――文字通り一発で消滅させてしまう。強い魔剣でも数回打ち合えば即瓦解させられてしまうのだ。そんな化け物相手に一体どう立ち振る舞えというのか――。今のホクトに皇帝の巨大さに驚いている余裕はなかった。


「お前――落ちて死ぬつもりか!?」


『そんなヘマはしないさ……! 貴様じゃあるまいにッ!!』


 大剣を構築し、落下してくる白騎士と激突する。しかしユウガはまるでバターでも斬るかのようにするりと大剣を両断し、ホクトの首へと刃が迫る。男はそれを白刃取りし、身体を捻って空中で白騎士を蹴り飛ばした。


「てめえ、人のコレクションをバシバシ壊してんじゃねえよっ!!」


 蹴り飛ばした白騎士目掛け、落下しながら連続して魔法を放つ。ホクトの腕に纏った甲冑に浮かび上がる術式刻印は姿を変え、魔法を発射する状態に対応する――。ガリュウが取り込んで扱えるものは何も魔剣だけではない。術式により発動する現象ならばすべて、ホクトはその手で喰らい己の物とする事が出来る。

 召喚した鎖の魔法を壁に撃ちつけ、ぶら下がりながら魔法を連射する。放たれる火炎の弾丸は吹き飛んでいく白騎士の身体に衝突し、しかしダメージには程遠い。白騎士の装甲もホクトと同じく魔剣の能力で構築しているもの――故に魔法攻撃をキャンセルする力を備えているのである。

 白騎士は足元に氷塊を作り、落下するそれを繋げてインフェル・ノアの壁に足場を作った。ホクトは鎖を手放し、新しい鎖を白騎士へと投げつける。氷の足場に突き刺さったそれを手繰り寄せ、黒い騎士は身軽に白騎士へと迫っていく。


『貴様、サルか……!』


「人間なんてのはサルと殆どかわんねぇんだ……よッ!!」


 白騎士の顔面を蹴り飛ばす。そのまま空中で魔剣を構築しそれを頭に叩きつけるが、触れた瞬間魔剣の方が消失してしまう。強度が足りなかったのだと思い知る前に白騎士は手にしていた鞘でホクトの脇腹を打ちつけた。

 白刃取りし、そのまま街にホクトが投げ捨ててしまった魔剣ユウガは再び白騎士の手の中で再構成される。繰り出される斬魔の一撃――。ホクトはそれを片手を翳して防御する。牢獄で奪った、術式を無力化する術式を独自に組み替えて展開したのである。破魔の能力もキャンセル同士で打ち合い、激しく火花を散らすだけで刃の進みは鈍い。その隙を見てホクトは術式を纏った片手でユウガを掴み、それを壁に押し付ける。


「捕まえたぜえ……! 白騎士――ッ!!」


 刃に触れているホクトの片手は焼きつくような激痛に苛まれていたが、それはホクトにとって堪える内に入らない痛みだった。ガリュウを背負った時点で痛みなど克服してしまっている……。空いている片手を振り上げ、ホクトは思い切り白騎士の仮面を殴りつけた。悪役面で何度も白騎士の顔を殴るホクトであったが、白騎士も負けてはいない。仮面ごと頭を振りかぶり、ホクトに頭突きしたのである。一瞬気が遠のきよろめくホクト、その影で白騎士は己の顔を両手で押さえて項垂れていた。


『ク……ッ!? 仮面が……!』


「頭に来た……。てめえ、このままガリュウの一部にして――」


『いやぁっ!!』


 それは実に、実に可愛らしい声だった。壁に押し付け、血を流しながら息を荒らげているホクトであったが冷静に考えてみると白騎士は女なのである。それをこうして一歩足を踏み外せば落下して死んでしまう氷の上でねじ伏せているというのはなんともいえない状況である。


「いやぁって……おま……マジかよ……」


『私を、見るな……! 私の顔を、見るなあああああああっ!!』


 泣き叫ぶ白騎士の声にホクトはたじろぎ、舌打ちを残してインフェル・ノアの壁を魔剣を突き刺し駆け上がっていく……。その場に残された白騎士は砕けた仮面の代わりに自分の顔を両手で抑え、震えながらゆっくりと立ち上がる。


「魔剣、狩り……。待て……。待って…………っ」


 片手で顔を抑え、片手でホクトへと手を伸ばす白騎士。その足場が崩れ、氷と共に落ちていく――。落下していく白騎士を見下ろし、ホクトは後味悪く通路へと復帰していた。既に障害は無く、一本道の坂道の向こう、巨大な影が待ち構えている。

 手の中にガリュウを再構成し、それを肩に乗せ歩き出す。この世の地獄を歩いてきた男、孤高の魔剣狩り――。その歩みの一つ一つを、皇帝ハロルドはその静かで強い眼差しで見つめていた――。




The truth(4)




「ミュレイ!! ミュレイ、どこにいるんだ――ッ!!」


 装甲版の上を走りながら叫ぶ昴。二人は戦場と思しき場所へと向かっていく。そこにはまるで化け物か何かが通過したかのような凄惨な光景が広がっていた。倒れる帝国騎士――玉座のある頂点の丘を目指す坂道の中、その男は一人風の中で佇んでいた。黒衣の鎧を纏い、その右手には漆黒の刃――。振り返る横顔は仮面の所為で顔まではわからなかった。しかしその男が何物なのか、昴には直ぐに理解出来た。


「ヴァン……」


「…………よくここまであがってこられたな」


 振り返るヴァン。昴は無言で歩み寄る……。傍らに立つウサクが止めたところで昴は聞きはしなかった。首に巻いた兄にもらったマフラーが風に靡き、昴は眼鏡越しにじっと魔剣狩りを見つめる。彼はこのまま王の元へ向かい、そして戦いを挑むのだろう。それは婚姻の儀、そして式典の完全なる失敗を意味している。

 昴は無言でユウガを抜き、それを構えた。その構えに迷いはなく、自然と呼吸も目つきも戦闘に合わせて変わって行く。驚いたのは昴もそうであったが、ヴァンはそれ以上だった。なぜならば死んだと思っていた自分の愛した女の剣を持ち、そして瓜二つな挙動をしている女が目の前に現れたのだから。


「お前……何だ? どうしてミラにそこまで似ている……?」


「私は……ミュレイにこの剣、ユウガを托された……」


「……ユウガの術式、か……。確かに俺は喰えなかったからな。ミュレイが持っていたとしてもおかしくはない。が――そこまで何もかも同じなのは目障りだな」


 ヴァンの放つ怒気はそのまま魔力の風となって昴へ吹き付ける。しかしそれに負ける事も退く事も無く、少女は一歩前へ――。決意と行動が彼女を変えたというのは勿論そうだろう。しかしここまで人が変わったかのように剣術を扱えるようになるのは異常としか言い様がない。昴もそれは判っていた。だが、今はこの力はミュレイを助ける事に使えるのだからそれで十分……そう考える事にしたのだ。


「ヴァン、もう止めてよ……! このままじゃククラカンが滅茶苦茶になっちゃうっ!! ミラもそんなの望んでないよ!!」


「知ったような口を聞いてんじゃねえ……! お前にミラの何が判るッ!? この国を愛し、世界を愛し、そして結局裏切られて死んだミラの気持ちがお前に判るかッ!?」


 叫びと同時にヴァンの足元には闇が広がり、そこからは無数の魔剣が姿を現す。圧倒的な威圧感を前に昴は冷や汗を流し、一歩後退――。ヴァンは一歩、また一歩と昴に歩み寄る。その瞳は血走り、言葉には出来ないほどの激しい憎悪と敵意が満ち満ちていた。


「俺は、ミラを傷つけ裏切った全てを許さねえ……。この国も、この世界も、この世界に生きるすべての命も――!」


「そんな……。ククラカンはミラの故郷なのに……。ミラは、この世界を平和にしたがっていたのに……」


「その理想論の結果がこの様なんだよ。あいつが助けた弱者の何人があいつを助けたッ!? あいつが倒した悪人の何人が改心したッ!? あいつの傍であいつを守らねばならなかった人間の何人があいつを護った……!? 人は裏切り、この世は偽りの平和と欺瞞の支配に満ち溢れている――」


 歩み寄るヴァンはその背後に数え切れないほどの闇の剣を浮かべ、その両手を大きく広げた。紅いマントが風に瞬き、ヴァンは声高らかに哂う。


「俺を見ろ……! 俺は“魔王”だ!! この世の悪の全てを背負ってきた。この世の絶望全てを連れて来た!! 死にたくなければ去れ……女。俺はこの世界の全てを壊す。そして、真の意味での自由を取り戻してみせる……」


「す、昴殿……。これはいくらなんでも拙いでござる……。魔力のケタが違いすぎるでござるよ! 昴殿っ!!」


 背後から昴の肩を掴むウサク。昴は後退しつつ、それでも悔しげに歯を食いしばっていた。何故、こんな事になってしまうのだろうか――? どうして人は、失ってしまった物にこうも囚われてしまうのだろうか――?

 少女の脳裏を過ぎる、優しい一人の青年の声。光の中で手を指し伸ばしてくれていた、優しい兄の声……。失ってしまったら、もう戻らないって判っていたのに。失ってしまったら、その痛みが心を支配してしまうと知っていたのに。

 がんじがらめに縛られて何も考えられず、ただ目的と手段が入れ違ったままで間違いを繰り返し続ける……。誰も助けてくれなくて、誰も護ってくれない。そんな暗闇の中を生きる辛さを、昴は知っていたから。

 両目から流れる涙を拭い、昴は後退する事を止めた。相手は魔王――成る程、実に相応しい。闇の刃を百纏い、死神はその瞳を輝かせている。勝利の確率は一体どれほどだろうか。それは握り締められてしまうような小さな小さな物かもしれない。それでも少女は――前へ。靴音を鳴らし、また前へ。


「す、昴……殿……?」


「ごめん、ウサク……。私、逃げられない……」


「なんと!?」


「お願いだよ、ヴァン……。もう、止めようよ……。そんなに……そんなに自分を追い詰めなくたっていいのに……! そんなに……失った人の事を想わなくたっていいのに……っ!」


 改めて、刃の柄へと手を伸ばす。昴は居合いの構えでヴァンを見据える。その逆らい、絶対に諦めず、敵の為に涙を流す少女――。実に良く似ていた。まるで仕組まれた運命であるかのように。ヴァンにはそれが許せなかった。ミラと同じ言葉で。ミラと同じ目で。ミラと同じ想いをぶつけてくる……。己を否定する存在。それは絶対に、否定しなければならない。


「――――死ぬぞ?」


「昴殿……!! ええい、拙者も覚悟を決めるでござるよっ!!」


「ううん、ウサクはミュレイを探しに行って……。ここは私が引き受けるから……」


「し、しかしっ!?」


「判ってるよ……。判ってる。レベル1のへこたれ勇者じゃ……カンストの魔王はきっと倒せない。でも――だって、やらなきゃ……。やらなきゃ私、どうしてここにいるのか判らないよ……。ほっとけないよ、だって……同じだもん……」


 泣きながら微笑む昴の横顔は確かにウサクの胸に響くものがあった。昴の発言は正直ウサクには良く判らなかったが、それでもしっかりと思いは伝わった。そう、今はミュレイを探し出すべき時――。ここでヴァンの足止めをするのは本来ならば間違った選択だ。だがそれを無視出来なくなってしまったから。逃げるわけにはいかないから。


「だから、行って……。ミュレイを……お願い」


 ウサクは無言で頷き、その場を走り去っていく。その足音が遠ざかっていくのを合図に昴は滅茶苦茶に声をあげ、叫びながら前へと走り出した。ヴァンは片手をあげ、それを振り下ろす。号令と同時に降り注ぐ魔剣の雨あられ――その中、昴は瞳を見開いて挙動を把握する。

 時は、容易に停止するのだ。ユウガの持つ時間操作の能力が発動し、降り注ぐ魔剣がスローモーションになる。避けきれない攻撃は時を止めて回避し、氷の壁を作って防ぎ、ユウガで切り払って前進する。ヴァンの目にはそれが異常にしか見えなかった。が、昴が何をしているのかは直ぐにわかった。その魔剣は、かつて自分の相棒だったものなのだから――。


「時間停止と空間凍結か……! やってくれる!」


「ヴァン……ノーレッジィイイイイイイイイッ!!!!」


 ヴァンは大剣の一つを手に取り、自ら昴へと襲い掛かる。繰り出される大剣の一撃は強烈で、昴はあっさりと弾き飛ばされてしまう。無様に転がり、手からはユウガが零れ落ちた。弾かれたユウガを探し、昴は懸命に地をはいつくばって剣に手を伸ばす。しかしヴァンはユウガを踏みつけ、大剣を倒れた昴に突きつけた。


「あっけない幕切れだったな、女。無謀すぎる己の身を呪えよ」


「……ヴァン……」


「…………俺の名前を呼ぶな」


「もう止めてよ、ヴァン!! そんな事したって、ヴァンが苦しいだけだよ――ッ!!」


 次の瞬間、魔剣狩りは振り上げた大剣を凄まじい勢いで昴目掛けて振り下ろしていた。死を覚悟し、目を閉じる昴。しかし――昴に刃が届く事はなかった。その代わりに熱い命の雫が頭から降り注ぎ、少女はそっと顔を上げる。伸ばされた腕が昴の身体を抱きかかえ、そうして少女は漸く理解した。

 遠くでウサクが叫んでいる声が聞こえた。ヴァンは気づいていたが、途中で止める事が出来なかった。昴は気づいていなかった。声を上げる事も出来なかった。

 腕の中、小さな少女が自分を突き飛ばし、そして背後から巨大すぎる剣に叩ききられていた。肩口から袈裟に入った刃は胴体を殆ど両断しており、下半身と上半身はかろうじて皮一枚繋がっているような状態だった。見る見る溢れる血の中、昴は両手を真っ赤に染めて震えながら少女を見やる。

 真っ赤な、血よりも更に真っ赤な髪が解け、昴の手の中にある。自分が捜し求め、護ろうとした人――ミュレイ・ヨシノ。それが今、昴の腕の中で血まみれになっている。

 思考が追いつかなかった。魔剣狩りは再び剣を振り上げる。昴はミュレイの身体を強く抱きしめて叫んだ。何故こんな事になってしまったのだろう……? 何度目か判らない己への問いかけ。ただ、これだけを強く願う。“こんなの嫌だ”。“こんなの認めない”――――。


「――――止まれよぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 空に絶叫が響き渡り、巨大な魔法陣が浮かび上がる。光と力が全てを飲み込んでいく……。その中心の中、昴は剣を手に取り立ち上がっていた。その刃ごと体当たりするように、止まっている魔剣狩りへと刃を深々と突き刺す。光の中、昴は泣きながら何度も何度もヴァンを斬り付けた。まるでその罪の感触を、己の手に焼き付けるかのように――。


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