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The truth(2)


 “魔剣狩り”、ヴァン・ノーレッジという男についてミュレイが知っている情報は所詮他人から聞いた事に過ぎない。

 だがそれでもミュレイは知っていた。ヴァンがどれほどの男で、どんな性格の男なのか。ミラはヴァンの事をとても楽しそうに話した。その話を聞く事を忌々しく思いながらもミュレイはそんな妹の話を忘れられず、ヴァンという男のイメージを構成していたのである。

 彼は剣誓隊を相手に一人で大立ち回りを繰り返し、倒した魔剣使いの数は百を悠々と超えている。それは、この世界に生きる魔剣使いの何割を意味しているのだろうか? ククラカンに所属している魔剣使いはたった十名足らずである。それを思えばヴァンがその魔剣使いの中でどれだけの腕前の者なのか、自ずとミュレイにも判断する事が出来た。

 男の人生は戦場で始まり戦場のみで埋め尽くされている――。数え切れない命を斬り捨て、ただ己の為だけに生きてきた死神――。最早修羅と呼ぶに相応しい領域にまで達したその男が、生涯たった一人だけ護りたいと、愛したいと願った女……それが妹のミラだったのである。

 ミラから聞く話は、故に真実とは程遠いのかもしれない。少なくともヴァンという恐るべき男の存在を、彼女は笑って語るのだから。インフェル・ノアの混乱が激しくなる中、ミュレイは混乱に乗じて走り出していた。理由は当然――外壁で見えている一つの戦闘である。

 近づく騎士を右から左まで片っ端から薙ぎ払い、障害を障害ともせず突き進んでいく黒衣の剣士の存在にミュレイは驚愕していた。下のラクヨウで戦闘が起きているのは判っている。だが、そんな混乱の中とは言え単身王を討とうと突っ込んでくる馬鹿が一匹。しかもその無謀も無茶も、当たり前のようにこなしただの過去としてしまう。こんなふざけた存在があって良いのか――。ミュレイは、ヴァンを過小評価していた。

 男はあっさりとステラの攻撃で気を失ってラクヨウに幽閉された。しかしそれがヴァンの真の実力などではなかったのだ。ヴァンは術式をも無力化する特殊能力を持っている。地下牢から脱出する事もまるで難しい事ではない。この地で婚姻の儀が催される事を知っていたとしたら――あれほど効率的にこの国に侵入する手段もなかっただろう。


「あれが魔剣狩りの男か……! ヴァン・ノーレッジ……ッ!?」


 人々が避難を開始し、要塞都市インフェル・ノアに次から次へと警備用の機動兵器が投入される。装甲版の上、魔剣狩りだけではなく襲い掛かる小型戦闘機や自立戦闘戦車などを相手に更にそれを魔剣一本で突き進む魔剣狩り――。ミュレイは眉を潜め、現場へと向かっていく。


「婚姻の儀が潰される……! これ以上の失態は、ククラカンの失脚を確実にする、か……。否、今こそ皇帝打倒のチャンス、か……? ええい、迷っていても仕方ないっ!!」


 弟から手渡された指示書を握り締め、ミュレイは現場へと向かっていく。インフェル・ノア外壁で連続して爆発が巻き起こり、走るミュレイの心を焦らせた……。




「姫様、ここは危険です! どうか避難を!」


 カーペットの上を歩き続けるシェルシは騎士たちの声に足を止めて振り返った。自らが歩いてきた外壁の坂道は今、ホクトが駆け抜ける戦場となっている。空中から自立戦闘機による爆撃――しかし無傷。放たれる騎士団の銃弾の雨――しかし無傷。襲い掛かる剣誓隊――しかし一蹴。ホクトは歩みを止めず真っ直ぐに進んでくる。風が吹きぬける外壁の上、シェルシは髪を靡かせその姿を見下ろしていた。


「……いいえ、私は先に進みます。貴方達はもう、下がりなさい。絶対に彼に挑んでは駄目ですよ?」


「え? は、しかし……?」


「これはザルヴァトーレの姫としての最後の命令です……。私は、ここに居ます。ここに居る事で、ここで歩む事で、私は私の意味を成してみせる……」


 シェルシはドレスの裾を破き、ケープを脱ぎ捨てる。風に吹き飛ばされていく白い布を背に、少女は勢い良く走り出した。他のゲートからも、花嫁候補たちが今この坂道を登っているのだ。頂点に辿り着けねば意味がない――。シェルシはしっかりと前を見据え、走り出す。そんな少女の上空、自立型戦闘機が一機再びホクトの元へ向かっていた。その上には一人の人影があり、その影は猛スピードで前進する戦闘機の上から飛び降り、空中で魔剣を構築しホクトへと襲い掛かった。

 魔剣使いは周囲に居る騎士をガリュウで薙ぎ払い、空中から襲い掛かる“白騎士”を迎え撃つ。風の中、長髪を靡かせ襲いかかる白騎士――。二つの魔剣は何度目か判らない激突を果たし、白騎士は空中へと再び舞い上がり、ホクトの前へと降り立った。

 荘厳なる純白の鎧の下、白銀の袴が風に靡く。白騎士は右手に太刀を、左手に鞘を構えてホクトを仰ぎ見る。魔剣狩りは剣を肩に乗せ、余裕の笑みでそれに応じた。


「よお、白騎士……。どうせ出てくるだろうとは思ったが、派手な登場だな」


『貴様程ではないさ、魔剣狩り……。必ず現れると思っていたよ。現れてくれてありがとう』


「俺にも礼を言わせてくれ。必ず現れると思ってたぜ……? 現れてくれてありがとうよ」


 白騎士は剣を下げ、小さく肩を揺らして笑った。それが意外でホクトは冷や汗を流す。白い仮面の下、どんな顔をしているのかが気になったというのもあるが。

 そもそも白騎士は女である。女であり、そして持っているはずのないミラの刀、破魔剣ユウガを手にしている――。故にホクトは彼女がミラなのだと、そう誤解してしまったのである。そのミラに対する反応はホクトの失われた記憶が発生させた誤作動にも似たものだったが、今ならばはっきりとわかる。


「てめえ、ミラじゃねえな――?」


 当たり前である。ミラはとっくに死んでいるのだから。ならばこの目の前にいる女は一体何者で、何故ミラの刀を持っているのか……。いや、ミラではないと言い切れる自信もホクトにはなかった。ミラの挙動、ミラの声、ミラの技……。彼女はミラそのものだったのである。風の中見つめあう二人を騎士たちは遠巻きに取り囲んだ。白騎士が現れた場合、その場は全て白騎士に預けよというのは皇帝ハロルド自らの命令でもあった。彼らはそれに従うしかなかったし、どちらにせよホクトは強すぎて近づく事すら出来ない。


『貴様こそ、いつまでそんな演技を続けているつもりだ?』


「だから俺はヴァンじゃないホクト君だ」


『そんな事は知っている』


 白騎士が、あっさりとそう答える。ホクトは今までに無い反応に思わず目を丸くした。そして白騎士は刀を鞘に納め、静かにそれを居合いの構えに移した。


『だからこそ、もう一度問う……。貴様……何故魔剣狩りを名乗る? 何故ガリュウを扱う? 答えろ、貴様は――何者だ?』


 そう、ホクトはヴァンなどではなかった。それは今まで何度も何度も、何度も繰り返し主張してきた事である。しかしそれを聞き入れてくれる者はいなかった。仲間には信じてもらえなかったのに、まさか宿敵に信じてもらえるとは……。なんとも複雑な心境のまま、男は魔剣を大地に叩きつける。轟音と共にガリュウが目覚め、その刀身に無数の瞳が浮かび上がる。瞳はぎょろりと白騎士を睨み、獲物を寄こせと黒いオーラを立ち上らせた。


「俺がヴァンじゃないっていう証拠はどこにある?」


『貴様がヴァンであるはずがない。何故ならヴァンは、私が殺したからだ』


「ほ~……。興味深いな。もう少し詳しく聞かせてもらいたいね」


『貴様と悠長に話している時間はない。私とて貴様を許したわけではないのだ。知りたければ、死合の中で確かめて見ろ。闇の継承者よ……』


 もう、質問する事はしなかった。ホクトは魔剣の力を引き絞り、そして開放していく。術式が腕を、身体を、全身を支配する……。だがその侵食を己の意思で封じ込め、黒き龍を従えるのだ。炎が舞い上がり、ホクトの身体を焦がす。その激しい熱の中、ガリュウは空に吼えた。

 メリーベルにより調整を施された今のガリュウならば、本来の姿を開放する事になんの問題も無い。体は、体のままに。意識は、意識のままに。暴走ではなく、それは冷静な覚醒――。風が吹きぬけ、闇を晴らしていく。姿を現したのは、黒衣の鎧を身に纏った一人の騎士。彼女を白騎士と称するのならば、この男は正に黒騎士と呼ばれるに相応しい。ガリュウは形状を変化させ、方向性の定まらなかった生き物のような形状から剣としてしっかりと形を構成しつつある。それを頭上で回転させ、騎士は静かに構えを取る。


『そうだ、それでこそ……。倒し甲斐があるというもの。行くぞ魔剣狩り――! 貴様の命、今度こそ貰い受けるッ!!』


 ホクトは何も答えなかった。黒い甲冑の騎士が走り出し、白騎士は居合いの構えでそれを迎え撃つ。世界最高峰のカテゴリーS魔剣使い、その二人が今、王座の真下で決闘を開始するのであった――。




The truth(2)




「す、昴殿……!? 本当に行くのでござるかっ!?」


「当たり前でしょ……! ミュレイを助けに行く!」


 魔剣狩りが戦闘を行う五番ゲートとは反対に存在する二番ゲートへと昴は向かっていた。混乱の余波はまだ二番ゲートには及んでおらず、敵の本隊がなだれ込んでいる一番ゲートに人を割いている所為かそこは比較的静かだった。昴は駆け寄りながらユウガを構え、警備の騎士を二名同時に斬り倒す。見違えるような昴の動きも驚きであったが、昴が迷い無く人間を斬った事もウサクは驚きであった。


「ウサクはここで待ってて。反逆者になるのは私だけで十分だ」


「いや、そういうわけには行かないでござるよ。拙者の使命は今や昴殿を護ることでござる。それに……姫様を助けたいのは、拙者とて同じ事でござる……」


「ウサク……。いいの……?」


「拙者武士ではござらんが、二言はないでござるよ。さあ、転送魔法陣を発動するでござる! 急がれよ、昴殿!」


 昴は頷き、魔法陣の中へ入り込む。ウサクが魔法陣を発動し、慌てて中に入ってきたウサクと昴は空中に浮かぶ城へと転送されていった。

 一方その頃、ミュレイは外部装甲へと飛び出し、式典用に展開されていた展望通路へと進んでいた。避難が既に完了しているのか、周囲に人の気配は無い。だが魔剣狩りが居る場所へ向かうのはそう苦労するような事ではない。騒乱が起きている場所を目指し、走っていくだけの事だ。

 そうして走り続けるミュレイの正面、突然光の魔法陣が浮かび上がった。そこに現れたのは白い装甲を身にまとった少女、ステラであった。


「ステラ……!?」


「ミュレイ・ヨシノ……。どこへ向かうつもりですか? 貴方の配置場所は展望通路ではないはずですが」


「皇帝陛下の所に魔剣狩りが向かっておる……! 今直ぐ守りを固めねばならん!!」


「それは貴方のやるべき事ではありません。ミュレイ、ハロルドは貴方の有能さを高く評価しています。出来る限り、穏便に事を進めて欲しいのです」


「このままでは皇帝が討たれるぞ!? そんな悠長に話している場合かッ!!」


「ハロルドならば問題ありません。彼は魔剣狩り程度に敗北する事はあり得ませんから。それより……?」


 突然、会話の途中でステラが停止する。それからくるりと振り返り、ミュレイに視線を合わせずに告げる。


「一番ゲートが破られたようです。ミュレイ、兎に角貴方は直ぐにインフェル・ノアから退避してください。それでは」


 直ぐにまた消えてしまうステラ。ミュレイは暫く考え込み、額の汗を拭って下の街を見下ろした。ステラになんといわれてもここで立ち止まるわけにはいかない。皇帝を討つチャンスと汚名を返上するチャンスが同時にやってきたのだ。今直ぐに行動を開始せねば、動きに乗り遅れる事になる。

 迷いながらも再び走り出すステラ。姫が突き進むその方向は五番ゲート、魔剣狩りが大立ち回りを繰り返している戦場である――。




「こんの~~っ!!」


 地上、うさ子はイスルギとの戦闘を継続していた。しかしイスルギは魔剣使いの中でもかなりの腕前であり、そのカテゴリーはAに区分される。生まれ持つ才能と騎士として生きてきたその過去は彼にとって大きな力となり、付け焼刃のうさ子の魔剣で太刀打ち出来るような相手ではない事は確かだった。

 それはうさ子もわかっていた。実力に差があるのは承知の上である。それでもホクトを行かせたのは、彼の為でもあり自分の為でもあった。それが最良だと思ったし、自分もここでホクトの背中を護れないようではここにいる意味がないと思った。鋼の拳を連打し、イスルギへと襲い掛かる。しかしイスルギの魔剣、“貴魔剣アルテッツァ”は非常に頑丈であり、盾はうさ子の拳では砕けなかった。体の殆どを被うような巨大な盾に、2メートルを超える巨大な槍……。化け物退治専用としか思えないようなその武装でしかしイスルギは器用に立ち回る。うさ子とは年季が違うのだ。男は流れるような無駄の無い動作でうさ子の猛攻を防いでいた。


「無駄だ……。貴様では私は倒せない」


「や、やってみなきゃわかんないのっ! はううっ!!」


 イスルギは溜息を漏らし、うさ子へと盾を思い切り叩きつける。身体ごと突っ込むような一撃はうさ子に直撃し、その身体は遥か彼方の民家に吹っ飛んで消えていく……。道が開き、ホクトの後を追いかけようと魔法陣へと向かうイスルギであったが。その動きはアクティの射撃によって阻止されていた。

 遠距離から放たれた銃弾を盾で防ぎ、イスルギはアクティを睨みつける。しかし少女は怯まずにライフルを連射する。だが如何せん相性が悪すぎる。イスルギは強固な守りを得意とする魔剣の使い手である。盾もそうなのだが、身体の周囲に展開されている魔力障壁も相当な強度を誇る。不意打ちは盾で防いだが、意識すれば障壁で弾丸ははじかれてしまう。


「うそっ!? 対魔剣使い用の大型ライフルなのに……!?」


「魔剣使いに放つなら、術式でも施した魔弾を持ってくるべきだったな」


 無言で槍を構えるイスルギ。冷や汗を流し、アクティが退避の姿勢を取ったその時である。叫びと共に猛然とうさ子がイスルギに駆け寄り、飛び蹴りを放った。それは盾で防がれてしまったが、うさ子の方も深手は負っていない。額から血を流し、しかしアクティを庇い前に着地する。


「うさ子!?」


「アクティちゃんは痛い目にはあわせないの……っ!! うさだって……うさだってやればできるのーっ!!」


 両腕の円刃を切り離し、左右同時に射出する。撃ち出され回転しながら迫るチャクラム、それを盾で防ぐイスルギ。しかしチャクラムとは別方向に回り込んでいたうさ子がその側面から蹴りを放った。盾でチャクラムを防ぎ、蹴りは槍で防ぐ。しかしその足先から更にチャクラムが顔面目掛けて放たれ、イスルギは巨大な武装を抱えたまま身を屈めてそれを回避した。


「このおおおっ!!」


 更に槍を蹴り、身体を空中で捻ってイスルギの頭部を蹴りつける。激しい威力に大地が軋み、イスルギの意識は一瞬途切れる――が、直ぐに復帰して槍でうさ子の脇腹を殴り飛ばした。腕でガードするものの、威力は圧倒的にイスルギの一撃のほうが勝っている。

 よろけながらも戻ってきたチャクラムを左右の腕に装備し、口から血を流しながら攻撃を仕掛ける。反撃を繰り出そうとするイスルギの動きに合わせ、遠距離からアクティが銃弾を連射する。それらは魔力障壁で叩き落すものの、そちらに意識を集中していうと盾のガードが甘くなる。

 うさ子が放った拳の一撃が盾に食い込み、イスルギの巨体を弾き飛ばした。うさ子は後方に跳び追撃を避ける。身体はよろけ、今にも膝をついてしまいそうだった。


「…………。少し、甘く見すぎたか……」


 イスルギは認識を改める。うさ子もアクティも子供であり、そして女性だった。故に命まで奪うつもりはなく手加減をしていたのだが、どうやらそう甘い認識で勝利出来るほど弱い相手でもなかったらしい。

 槍を盾に収め、その形状を変化させる。両足を広げ、槍を装填した盾をまるで砲台のように固定し構えた。何がどうなればそんな形になるのかわからず、一瞬きょとんとするうさ子。しかしアクティにはそれが何を意味しているのか理解出来た。


「うさ子、避けてっ!!」


 しかし時既に遅し。槍に収束した莫大な魔力は光を帯び、うさ子に“照準”が合わされる。尋常ではない魔力の猛り、そして殺気にうさ子は慌てて両腕でガードを固めた。


「――――射抜け、アルテッツァ……! 砲撃形態バスターモード……! 射出シュートッ!!」


 轟音の正体は音速を超える巨大な物体が放たれた証拠。激しい衝撃は大地を砕き、民家を吹き飛ばし、猛る魔力の槍は眩い光と共にうさ子目掛けて飛んで行く。盾に装填した槍を放つという、砲撃形態――。アルテッツァが持つ防御とは正反対に位置する、攻撃特化の能力……。

 音速を超えて放たれた一撃をうさ子は見抜き、それを腕のミストラルで防いだ。その反応は賞賛――しかし、一撃でガードが解かれてしまう。放たれた弾丸は拘束で回転しており、うさ子の腕は左右共に血を噴出してねじれ曲がる。

 それでも防御成功には変わりなかった。衝撃でぐらつく身体でうさ子は体勢を整えようとして目を見開いた。既に、次の弾丸が――。槍が、盾に装填されていたのである。それが何を意味するのか、うさ子は考える間も無かった。

 放たれる二度目の槍――。防御の姿勢も取れないうさ子の身体を槍は貫通し、その背後にあった民家を全て片っ端からぶち抜いてラクヨウからすっ飛んでいく。大量の血が吹き出し、胸に大穴を空けたうさ子は力無くその場に膝を着いた。


「うさ……うさ子……!?」


 離れていても衝撃でアクティは吹き飛ばされるほどだったのである。直撃して原型を保っているだけうさ子の展開していた魔力障壁は強力だったという事が判る。イスルギは背を向け、転送魔法を発動してインフェル・ノアへと姿を消した。そこへアクティは駆け寄り、血の池の中に座っているうさ子の肩を揺らした。


「うさ子! うさ子、しっかりしてっ!!」


「…………。アクティちゃん……。うさ……駄目な、うさだったね……」


「ちょっと……冗談だよね……? なんなのあいつ、強すぎる……! うさ子、早く……早く手当てしないとっ!!」


 前のめりに倒れこんだうさ子の身体を転がし、アクティは口を押さえた。うさ子の胸には大穴が開き、転がっているのに既に下の大地が見えていた。呼吸もままならないのか、先ほどから空気が抜けるような音だけを吐き出しうさ子の目は虚ろだった。アクティはそんなうさ子に縋り付き、悔しさに涙を零した。


「うさ子……しっかりしてよ……! うさ子! うさ子っ!! ヴァン、助けてよっ!! うさ子が……うさ子が死んじゃうよおおおおお――――ッ!!!!」




 アクティの叫びが響き渡る五番ゲートからは離れた一番ゲート、そこを走るリフルの姿があった。ゲートの突破は完了し、今正にリフルはインフェル・ノアへと乗り込むはずの瞬間であった。女は足を止め、振り返る。そこには剣誓隊の黒い甲冑を装備した帝国騎士が一人、リフルを見つめて立っていた。


「いやぁ~……。こんなところで再会するとはおじさん思って無かったよ――リフル」


「…………!? 貴様……シグマール……ッ!? 貴様、何故ここに……!?」


「何故も何も、おじさんは剣誓隊だからねえ……。君の方こそどうしてここに? まだ反帝国勢力に所属していたのか」


 シグマールがそう言い切ると同時にリフルは走り出し、シグマールへ魔剣で襲い掛かった。シグマールもまた魔剣を取り出しそれに応じる。二人は正面から刃を交え、リフルは殺意を湛えた眼光で男を射抜く。


「よくもおめおめと私の前に姿を現せたな……! 覚悟は出来ているんだろうな、シグマール!!」


「覚悟、ねえ……。そんなものはおじさん、出来てないけどねえ……。でもリフル君、君だって出来てないんじゃないの――?」


 脳裏をちらつく少年の姿にリフルは歯軋りし、後退する。二対の魔剣を重ね合わせ、目を瞑る。精神を集中し、その力の本当の使い方を解き放つ。

 シグマールはその魔剣の能力を知っていた。故に先制――。無言で駆け寄り、剣を振り上げる。しかしそれよりもずっと早く、リフルの能力が発動する。シグマールの身体は衝撃を叩き込まれ、空中をあっけなく舞うのであった――。


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