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王者、降臨(3)


 ロクエンティアと呼ばれた世界は、全てが縦に出来ている――。六つの界層が重なり、生み出された縦社会。しかしその日、たった一日だけその法則に揺らぎが生じる。

 “婚姻の儀”と重なり開かれる皇帝生誕百周年の宴……。その日、第三界層ヨツンヘイムはその姿を変える。大地でもあり、世界の壁でもある界層は上下にずれ込み、開かれた大地からは皇帝の居城が姿を現すのだ。

 数十年に一度だけ、儀式のときのみ下層に姿を現す皇帝の居城にして超怒級飛行要塞、“インフェル・ノア”――。王都そのものが一つの巨大な要塞であり、他の界層とは圧倒的に異なる科学文明力によりそれは容易に空を舞う。蒼い光を放ち、魔方陣を纏い居城は舞う――。その姿をプリミドールの住民達はただ見上げる事しか出来ない。

 インフェル・ノアはその日だけ姿を現す、本来ならば下層の人間には縁の無い代物である。巨大な城――しかしプリミドール以下とは大きく文明が異なる為、デザインもまた異質である。まるで巨大な結晶の箱のようなその都市は、ククラカン国の首都、ラクヨウの真上に停止し、そこから無数の光の楔を地上へと放つ。それは大地に根ざし、インフェル・ノアを固定すると同時に地上との架け橋の役目を持つのである。

 ラクヨウの城から昴はインフェル・ノアを見上げていた。この世の神にも等しい存在が住まう、王者の居城――。圧倒的過ぎる巨大さ、そして文明力……。スケールの違いに思わず冷や汗が流れた。これが、第三階層の力。これが、帝国の力――。


「インフェル・ノアはこれが見納めかもしれないな」


 隣に立っていたのはゲオルクであった。男は筋肉の塊のような腕をがっしりと組み、昴同様空を見上げている。いつのまにそこに立っていたのか昴は気づかなかった。しかし、そんな事は今は些細な事だ。


「大きい……。あれが、皇帝の住んでいる街……。聞いた時は信じられなかったけど、実際見ても信じられない……。あんな巨大な都市が空に浮くなんて……」


「帝国とそれ以下の世界とではそもそもの文明力が違いすぎるからな……」


「ミュレイは……大丈夫かな」


 心配げに呟く昴。二人の真上をゆっくりとインフェル・ノアが動き、影を残していく。町が闇に包み込まれる中、ゲオルクは小さく溜息を漏らした。たった今、城の中ではミュレイと帝国の使者が明日に控えた式典の段取りを打ち合わせしている所なのである。その場に居合わせる事が出来るのはミュレイ含めた王族のみであり、護衛も一切中に入る事は禁じられている。昴は最後までミュレイの傍に居る事を願ったが、それは容易く叶わなかった。


「直ぐに首を落とされるような事はないだろう。今回の式典、地上の警備はククラカン主導で行われる。その指導者であるミュレイが居なくなっては連中も困るだろう」


「昴殿ーっ! ゲオルク殿!!」


 背後、呼び声に振り返る。ウサクは素早く二人の元に駆け寄り、困った様子で唸りを上げた。二人は顔を見合わせ、それからウサクの話を促す。


「実は、我々の配置が決定したのでござる。配置されるのは……ククラカン城周辺……。任務はそこの警備でござる」


「そんな!? 私達はインフェル・ノアまでいけないって事!? ミュレイはどうなるの!?」


「姫様は、インフェル・ノアに出頭でござる……。このままでは、この国もどうなってしまうか……」


 ミュレイは婚姻の儀には参加出来ない。それは皇帝の命令を無視した、という事を意味している。理由はどうあれ結果としてそれが叶わなかったのだから、その責任は何らかの方法で果たさねばならない。

 宴に浮かれるククラカンの国民達は誰もミュレイが小さくなってしまった事を知らない。知らせない方が今はいい……それが国全体の考えであり、ミュレイはそれに逆らう事は出来なかった。本当ならば国民に説明する義務を持つのだが、ミュレイにはそれを果たす自由さえも残されていない。


「お偉方はさっさと国外逃亡するか、帝国に着いていく準備でもしてるんだろう。滅ぶ国に残されるのは浮かれた国民だけということだ」


「…………。そんなのって……。ウサクもゲオルクも、それでいいの!? そんなのでこの国が終わっちゃっていいのっ!?」


「昴殿、声が大きいでござるよ……。拙者たちは、与えられた命令には逆らえないでござる。それが拙者たちの掟でござるから」


「掟って……。そんな……」


「兎に角、後はハロルドの気まぐれとミュレイの意思の問題だ。俺たちが口出しするようなことじゃない」


 拳を握り締め、昴は歯軋りした。二人のいう事も判っている。ミュレイはもう大人であり、子供の自分が口出しするような状況ではない事もわかっている。姫とは、王族とは、それなりの責任を持つものなのだ。彼女は既に一人の立派な人格を持つ人間であり、その意志は尊重されて然るべき……。しかし納得できないと思う気持ちが強いのも確かだった。

 なんとかしてミュレイを助ける方法を考えた。しかし、一体あの空に浮かぶ城に何を出来るというのだろうか。傍にいることも出来ないのならば、護ってあげる事さえも出来ないだろう。悔しさで胸がいっぱいになった。護ると決めたのに、自分はこんなにも無力だと……。


「どうにか、インフェル・ノアに入れないかな……?」


「そ、それは流石に……。インフェル・ノアは、八本の魔法連絡通路で地上と繋がっているのでござる。その全てのゲートに帝国側は厳重な警備を敷いているでござる。何しろそこさえ護りきれば、インフェル・ノアは磐石でござる故に」


 インフェル・ノアが地上に打ち込んだ八本の楔はそのまま魔法連絡通路となっており、地上とインフェル・ノアを結び、一瞬で移動する事が出来る転送魔法にもなっている。インフェル・ノアの高度まで飛行するような技術はプリミドール以下には存在しない上に、インフェル・ノアが持つ全世界最高峰の魔力結界はあらゆる魔法攻撃を無力化してしまう。故に、連絡通路のみがインフェル・ノアに近づく方法なのである。


「そこは剣誓隊の配置場所でござる。乗り込むつもりならば、剣誓隊を相手にする事になるでござるよ」


「剣誓隊か……。うーん……強行突破出来るような相手じゃないよね……」


「当たり前だ……。相手は全員魔剣使い、それも腕利きだぞ? お前みたいな未熟者になにが出来る……」


 流石に正面突破は無理がありすぎる。それは昴も理解していた。しかし空を見上げる昴の横顔には何故か迷いも諦めの色も無かった。ただ真っ直ぐに、風の中静かに待っている。まるでもっと大きな風が吹き、それが自分を空に押し上げてくれる事を知っているかのように。翼を畳み、今はそれを休めているかのように。

 ゲオルクもウサクもその冷静さが不思議で仕方がなかった。今までの昴ならば、ここはオドオドしたりウジウジしたりするところだろう。視線の気づいたのか、昴は二人に視線を向け小首をかしげた。


「どうかした?」


「いや、昴殿……何か策でもあるのでござるか?」


「無いよ……?」


「にしちゃあ余裕があるな」


「うーん……余裕はないけど、でも決めたんだ。この刀をミュレイが私に託してくれた意味……自分で考えて、自分で選ぶ事。大事な事は沢山教わったから。だからこれからは、自分の意思でそれを成し遂げる」


 刀を握り締め、それをじっと見つめる昴。そう、護ると決めたのだ。ミュレイに恩を返すと……。だから諦めるはずがない。諦めるなど論外。ならばもう、前に歩むのみ。例え時が鳴り止まずとも、諦めない限り全ては終わらないから――。




「で、ロゼは説得出来たのか?」


 バテンカイトス内部、ロゼの部屋の前でホクトは壁を背にリフルを待っていた。リフルは黙って首を横に振る。その様子からは普段の覇気の欠片も見当たらない。

 この世界の命運を賭けた決戦が目の前に控えているというのに、ロゼは相変わらず参加の意欲を見せないままだった。黙って歩き出すリフルに並び、ホクトも歩き出す。うさ子にもらったライターを取り出し、煙草に火をつけながら……。


「ロゼが嫌がってる理由は何なんだ? あいつ、ここに来るまでやる気満々だったろ」


「貴様には関係の無い事だ……」


「そういうわけには行かないだろ。俺の雇い主はロゼであり、俺はロゼの命令で此処に居る。どうするのかハッキリしてもらわなきゃな」


 足を止め、リフルは長い前髪で片目を隠しつつホクトを見つめた。それは見つめるというよりは睨み付けると言った表現の方が正しい。が、その目に力はなく、持つ意味はただ見つめる程度に収まっている。

 ホクトは煙草を片手にリフルを見つめ返す。ホクトの発言は正しい。あらゆる意味において正しいのだ。もう、うだうだしている猶予はない。今すぐに準備を始めても不十分なのである。こんな状況にまで追い詰められてしまったのは、自分の所為だとリフルは判っていた。視線を反らすリフル、しかしホクトはその肩を掴んで歩みを阻止した。


「離せ……」


「――――お前達がどうしようが、俺は正直どうでもいい。興味もない。俺は最初から言われなくてもハロルドを討つつもりだったからな」


 振り返るリフルの視線の先、ホクトは普段とは違う一面を見せていた。鋭く鋭利な視線、そして傭兵として一級品の立ち振る舞い……。リフルはずっとホクトを信用しないでここまでやってきた。そして信用しなかったのは正解である。ホクトは、砂の海豚への忠誠などという物では決して動かない人種なのだから。


「ロゼがもう止めたいというなら、止めさせてやれ。どうせ子供には無理な戦いだったんだ。引き際には丁度いい」


「何だと……!? 貴様にロゼの何が判るっ!!」


 拳を振り上げ、ホクトの顔面にそれを叩き込む。しかしホクトはピクリとも揺るがず、逆にリフルの腕を掴んで壁に押し付けた。凄まじい力で身動きが取れないリフルは冷や汗を流しながらホクトを見上げる。吐息がかかる程の至近距離の中、照明を背にホクトの目はぎらぎらと輝いている。


「確かに俺にロゼの事は何も判らない。だけどな、だったらあんたは判ってるのか?」


「……判ってるさ……っ」


「だったら、ちゃんと判ってるようにしてやれ……。ロゼの事を判ってやれるのはお前だけだ。俺もうさ子も、どうせ付き合いは短いんだからな」


 手を離し、普段通りの笑顔を浮かべ煙草を口に咥えるホクト。リフルは壁に背を預けたまま、ただ項垂れて黙り続けていた。ホクトはその隣に立ち、同じように壁に背を預ける。


「本当にもう駄目なら、ロゼは引き返した方がいい。皇帝は、俺が討つ。心配しなくても仕事はするさ」


「…………。私は……ロゼの気持ちを……。本当に、判っていたのだろうか……」


「そりゃ、誰にも判らない事だろ。だがハッキリしている事が一つだけある。もう、これからの戦いは成り行きやプライドだけでやっていけるほど甘くはないって事だ。命の責任を負わせる意味でも、ロゼには自分で決めさせるべきだと思うがね」


 自分の手を見つめ、リフルはその言葉の意味を考えていた。そう、そもそも――。そもそも、全ての理由はロゼを思うからこそである。リフルもホクトも、これまでに人を殺してきた。理想や主義を掲げ、敵対するというだけの理由で敵を殺し、罪を重ねてきた。血は洗い流せても、罪は漱げない……。だからこそ、リフルはロゼに戦って欲しくなかった。

 結果的のロゼがその気持ちをどのように受け止めるかどうかはロゼ次第であり、その事が全ての言い訳になるわけではない。だがリフルもロゼを思っていたのは確かなのだ。だが……確かにそう。もう、誰かの言葉で。誰かの意思で。行動を決定するような歳でもない。本当に組織のリーダーとして生きるならば、きちんと知らせ、そして知った上で選択させるべきだったのだ。例えそれがどれだけの危険を孕んでいたとしても……。


「作戦は明日だ。それまでに自分の気持ちくらいは固めて置けよ。でなきゃあんた――死ぬぜ」


 肩を叩き、ホクトはその場を去っていく。その後姿を見つめ、リフルはずっと考えていた。これまでの自分の行いの意味、そしてこれから自分が選ぶべき道の意味を――。




王者、降臨(3)




「いよいよ始まるのですね、隊長……! 皇帝陛下誕生、百周年の記念式典が!」


「うん、そうだねぇ……。いや~、皇帝は長生きだよ」


 空中に停泊するインフェル・ノアの装甲外壁、地上と通じるゲートの一つの前に立ち、眼科に広がる世界を見下ろすエレット少佐とシグマール大佐の姿があった。剣誓隊として現場に配備された二人の眼下、降り注ぐ太陽の光の下、無数の花火が惜しげもなく空へと打ち上げられている。

 宴の熱は順調に盛り上がり、軽快な音楽と同時に地上では皇帝の誕生日を祝うパレードが行われている。各地からこの日の為に集まった貴族や権力者達で町は埋め尽くされ、見渡す限り巨大なククラカンの城下町が埋まってしまう程、想像を絶する人がここに集まりつつあった。


「いやぁ、まるで人がゴミのようだ」


「なんですかそれは……?」


「おじさんの個人的なお話ね、うん。それにしても――帝国の支持者がこれだけ地上にも集まるとはねぇ」


「ヨツンヘイムの参加者は最初からインフェル・ノアの市街地に集まっていますから、下に居るのは下層の人間ですね。流石陛下、下層の人間からもこれだけの支持を受けていらっしゃるとは!」


 嬉しそうに語るエレットの傍ら、シグマールは複雑そうな表情を浮かべていた。インフェル・ノアに集められたのはヨツンヘイムでもごく一部の権力者の中の権力者たちである。皇帝の傍で直に式典を謁見する権利があるのは、本当にごく一部だけなのである。

 地上に集まった数万人の人々は全員インフェル・ノアから照射される空中スクリーンで進行を把握するしかない。まるで滑稽な宴だった。最初からヨツンヘイムの人間とそれ以外とでは待遇が圧倒的に違いすぎるのだ。割れんばかりの歓声をあげ、皇帝を祝福する下層の人間達。誰もが皇帝に媚び諂い、その慈悲を承りたいと願っている。だがその願いのどれだけが叶えられるというのだろうか? こうして見下ろす人々の目に、下層の人々の願いなど文字通り小さなゴミ粒のようにしか見えないというのに……。


「さて、そろそろ婚姻の儀が始まる。我々も地上に降りて警備をするよ」


「了解です! 我々が死守するのは、八番ゲートですね?」


「そういうこと。さて、そろそろ連中も動き出すだろうしね……。面倒だけどね、気合を入れていかなきゃあねえ……」


 剣誓隊が地上での警備を厚く固め始めた頃――。花嫁衣裳に身を包んだシェルシはククラカン城からゲートまで敷かれたレッドカーペットの上を歩き始めていた。純白のドレスの裾を左右でメイドが支え、姫は歩いていく。一歩一歩、その足取りを確かめ、踏み固めるように。

 シェルシの移動にあわせるように、周囲ではザルヴァトーレの騎士たちが足音をそろえて行軍する。高らかに掲げられた国旗に囲まれ、シェルシは花束を手に歩いていく。これは婚姻の儀であると同時に、皇帝の誕生を祝う祭りでもあるのだ。己の身と国の忠誠を献上し、祝いの言葉を述べる為に前に進んでいく。遥か頭上に構えた、王者の居城まで……。

 姫の傍らには彼女の側近であったイスルギの姿もあった。イスルギは何度もシェルシの表情を横から覗き込んでいたが、シェルシは浮かない表情のまま前へと歩んでいく。巨大で重苦しい豪勢なドレスは彼女の存在そのものを表現しているかのようだった。全身に編みこまれた鈴を鳴らし、前へ。前へ……。その身と明日が滅び、そして国を救うその刹那まで――。

 街の各地で同じ動きが始まっていた。ハロルドに嫁入りする権力者の娘達が各々ドレスを纏い、各々の騎士に守られて進んでいく。姫は憂いを秘めた悲しげな瞳で空を見上げる。思い起こすのは、束の間の自由……。友達と、仲間と、そう呼んでくれた人々の事――。




 そう、ミュレイが思い返すのは仲間の事、そして昴の事であった。天空に聳えるインフェル・ノア、その頂点に存在する儀式用の祭壇に今正に皇帝は座している。だがミュレイはそこまで辿り着く事が出来ない。進入は許されておらず、式典用の礼装に着替え、参加者達の中にまぎれてズラリと並んだ椅子の一つに座っていた。

 一件すると自由のようにも見えるが、彼女の目の前に紅いカーペットが敷かれており、そこは花嫁達が通る通路の一つである。当然警備は厳重……しかもミュレイは参加が一応許されているものの、本来ならばこのカーペットを見守る側ではなく、そこを歩く立場のはずである。この式典が終わった時、どうなってしまうのかは判らない。その不安を煽るように彼女の背後には常に帝国の騎士が数名うろつき、監視を怠らなかった。


「…………昴」


 自分が死に、国が滅べば昴はどうなってしまうのだろうか……? 彼女だけは、どうかせめて無事で居てほしいと願う。その理由はあまり考えたくなかったし、考えたところで意味のないことだ。妹の影を重ねているからなのか、それとも召喚してしまった人間としての罪悪感か……。はたまた彼女自身を気に入っているのか。理由はどうであれ、ただ願う。どうか、一人の少女を救って欲しいと――。

 祈りの先、地上では昴がパレードの流れから少し離れた場所に立っていた。傍らにはウサクの姿もあり、二人はカーペットの方をじっと見つめている。特に昴は今すぐにでも飛び出したい気持ちを必死に押し殺していた。ウサクも当然、ミュレイを助けたいと考えている。だが天空の城は遥か彼方遠く、そしてそこまでは容易には辿り着けない。時間だけが経過し、焦りが心を支配していく。祈るような気持ちで刀を握り締めた。どうか、その奇跡の瞬間が訪れますようにと――。




 その時である――。一発の銃声がラクヨウの街に響き渡り、シェルシは空を見上げた。建造物の屋根の上に留まっていた鳥達が一斉に空へと舞い上がる――。振り返り、その視線の彼方に想いを込める――。歩みを止める事は許されなかった。また一歩、前へ。そのリズムに合わせるように再び銃声が鳴り響いた。ざわめく観衆の中、シェルシは目を閉じる。そして今度は迷い無い瞳で顔を挙げ、また一歩前へ――。


「ホクト、もうちょっと安全に運転してよっ!!」


「んなこと言われても、この辺は整備されてない荒野だからなぁ……」


 荒野を突っ走る、一台のバイク――。またがる黒衣の男は荒野を疾走しつつ、ラクヨウ周辺に布陣されたククラカン武士団とザルヴァトーレ騎士団の混成部隊を見据えた。当然、襲撃は想定されている。当たり前のようなその邂逅に騎士たちは驚く気配もなく、戦闘形態へと移行していく。

 戦場支配は圧倒的に敵軍優勢――。しかしそれでも男は笑みを作り、あろうことか加速を強めていく。砂煙を巻き上げながら、真っ直ぐに――。見据えているのは広がる膨大な数の軍隊ではなく、その先にあるラクヨウでもない。ただ、目指すもの――。それは、天空に君臨する王座のみ――。

 サイドカーの上に座り、大型の狙撃用カノンを構えるアクティがその引き金を引く。三度目の砲撃――しかしインフェル・ノアに届くどころか、それ以前にラクヨウの防衛結界に攻撃は防がれてしまう。ゴーグルを装備したままのアクティはマントを激しくはためかせながら腰のベルトに括った次の弾丸を取り出し装填する。


「駄目、全然通じてないっ!!」


「まあそりゃな……。これくらいは想定済みだろ……。つーか、なんで俺らが第一陣なんだ?」


「何!? 風でぜんっぜん聞こえないよーっ!!」


 ホクトは諦めて黙り込んだ。そんな二人の背後、馬の蹄の音が――。バイクのエンジンの音が――。同時に平行し並び、猛然と突撃する列車の音が聞こえてくる。二人が乗ったバイクを追い抜き、ギルド連合軍が乗っ取った列車と混成部隊がラクヨウへと一斉に向かっていく。二人はそれを見送り、あわせるようにエンジンを高らかに唸らせる。

 防衛部隊が一斉に魔法攻撃による迎撃を行う。それに反撃の魔法をギルド連合が放ち、戦闘開始の合図となった。都市の外で巨大な振動が起こり、ラクヨウの中までも揺れは響いてくる。


「姫様、お急ぎください」


「――判ってるわ、イスルギ。判っています、ちゃんと……」


 ハイヒールを鳴らし、一歩前へ。振動が聞こえてくる。彼らはそこで、戦っているだろうか? 彼らはそこで、未来を諦めずにいるのだろうか?

 少しだけ勇気がわいてくるような気がした。現実はきっと変わらない。運命はどうしようもなく続いているけれど。それでもせめて毅然として、ザルヴァトーレの姫として……。一歩、前へ――!


「この音……!? 反帝国軍の襲撃……っ!!」


「あっ!? 昴殿、持ち場を離れてどこにっ!?」


 轟音に導かれるように刀を手に昴は走り出していた。混乱する町の中、見上げる頭上の要塞――。慌てて着いてくるウサクと共に、二人は目指す。天へと続く閉鎖されし門を。

 インフェル・ノアをはさみ反対側ではホクトがバイクによりラクヨウ目指し突撃を仕掛けていた。アクティが連続して砲撃を仕掛け、ホクトは降り注ぐ魔法の雨の中を掻い潜り突っ切っていく。戦乱の中へ突入し、その手の中にガリュウを構築する。バイクごと回転しながら大剣を滅茶苦茶に振り回し、敵陣を真っ先に切開いていく。嵐のような音と光と熱の中、魔剣狩りは動き出す。


「待ってろ、ハロルド……!」


「待ってて、ミュレイ……!」


「「 今直ぐ、そこまで辿り着く――――ッ!!!! 」」


 戦禍の声と同時に、姫の歩みと鈴の音が鳴り響く。全ての決戦の時が今、幕を開けようとしていた――。

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