王者、降臨(2)
「嫁入り衣装の出来栄えはどうだ、シェルシ」
ザルヴァトーレ首都、ルーンリウム――。草原の中に存在する、強固な城壁により囲まれた城塞都市であるその町の中央、シェルシが暮らすルーンリウム城は聳え立っていた。
城の中、自室から見下ろす景色は果てしなく、夜の月明かりの中で草原は静かに輝きを波打たせている。窓辺に立ち、シェルシはじっと街を見下ろしていた。部屋に入ってきた姉であり女王であるシルヴィアには目もくれる事も無く……。
婚姻の儀が三日後にまで迫り、シェルシの気持ちはどんよりと落ち込んでいた。マリッジブルーというのとはまた違う、なんともいえない不安と焦燥感……。これから皇帝ハロルドの妻の一人となり、そして行く行くは女王となって国を治める――。ハロルドの子を生み、そしてその子をまたハロルドの妻にする為に教育する。そんな生活を想像してみても、未来は一歩先さえも闇のままだ。
夜風が入り込む部屋の中、シェルシの為にシルヴィアが容易した特注のドレスが揺れていた。シェルシはそのドレスから視線をそらす為に外を見ているようにも見える。シルヴィアは妹へと歩み寄り、腕を組んで声をかけた。
「まだあの女の事を考えているのか?」
「…………そういうわけでは、ありません。お母様との事は、もう区切りをつけてきましたから」
「そうか。そうでなくては困るがな。お前はこの国の将来を決定付ける、重要な犠牲だ。そのお前が暗殺の危険の中アンダーグラウンドまで行ってきたというのだから、それなりに意味を持ってもらわねば」
漸く振り返り、シェルシはじっと姉を見つめた。姉は文字通り、鋼鉄の乙女だ――。色恋沙汰にかまけている事など在り得なかったし、常に戦場に喜んで身を置いて来た。王である以前に誇り高き騎士であり、自分自身の人生など二の次……。それでいてまるでなんら迷いさえ持たない。シルヴィアは良くも悪くもシェルシにとっては手本のような女だった。
「姉上……。私……これでよかったんでしょうか」
「――嫌になったか? 結婚したくないというのならば、逃げてもいいんだぞ。あの女のようにな」
天蓋のついたベッドの上に腰掛け、シルヴィアは片目を瞑ってそう呟いた。シルヴィアの言うあの女とは、彼女達の母親の事である。先代女王でもある。シャナク・ルナリア・ザルヴァトーレ……。女王であり、ハロルドの妻でありながら帝国に反旗を翻した反逆者……。シルヴィアは現状、帝国に支配されたままのこの国を良くは思っていない。だがそれ以上にそんな帝国にあっさりと敗北した母親を良しとしていなかった。
シルヴィアは親に対する甘えを一切排除し、常に王座に立ち続けるための努力を怠らなかった。母親を無くしてシェルシが部屋に篭って泣いている間、シルヴィアは騎士たちの中に混じって剣の稽古をしていた。シェルシが何もせず、一歩も前に進まなかった時、シルヴィアは王座に着く為の勉強を怠らなかった。
シェルシとシルヴィア、二人の姉妹は非常に対照的だった。内向的で、悲観的で、勇気のないシェルシとその正反対に位置するシルヴィア……。反帝国の反骨精神を隠そうともせず、いつでも喉元に噛み付こうという獣のような目をしたシルヴィアを飼い馴らすのにはハロルドも苦労していた。出来るだけ従順、かつ優れた血を残す為に皇帝がシェルシを妻に選ぶのは別段不思議な事ではなく、シルヴィアもシェルシも承知の事のはずであった。
逃げてもいいと姉が言った時、妹は一瞬ほっとしていた。しかし、逃げていたところで結局はどうにもならないのだ。世界を旅し、シェルシは短い間に様々な事を学んだ。帝国の圧政、治安のままならない下層世界。そこで生き抜く人々……。命を狙われたり、ひどい遺跡を歩かされたり、魔物に襲われたり牢屋に入れられたり、それでもシェルシはここにいる。こうして無事に居る。それは全て、彼女を導いてくれた人がいたからである。
城に戻っても思い出すのは彼らの事ばかりだった。一瞬だけ、本当に夢のような時間だった。嘘と偽りの上にしか成り立たなかった関係……。それでも嬉しかった。初めて出来た友達、仲間、そして頼れる人――。その楽しすぎる記憶が、これから全ての自由が奪われている未来に対する怯えとなっている。怯えた所で、どうにもならないというのに。
世界は巨大でそこに張り巡らされた数え切れない目には見えない法則はシェルシには変えようも無く。力もなく、何も出来ない自分の無力さを改めて噛み締めた。もう、出来る事といえばハロルドの妻になり、国をよりよくする事くらい……シェルシはそう、ずっと自分に言い聞かせ続けてきた。
「私はそもそも、ハロルドの事は気に入らない。婚姻の儀というの馬鹿馬鹿しくて気に入らん。だが、そうする事でこの国が良くなるというのならばやるだけだ。他の国や下層のことなどどうでもいい。我が国の国力さえあがり、民が苦しむ事がなくなればそれでいいのだ」
「姉上……」
「全てを救おうなど、偽善もいいところだ。誰かが笑えばその陰で誰かが泣いているのは世の常……。森羅万象司る神でもなければ救世など出来るはずも無い。あの女は理想だけ語り、結局その夢に食い殺された」
立ち上がり、シルヴィアはシェルシの隣に立つ。共に街を見下ろし、月明かりを見上げた。ザルヴァトーレは静寂と月明かりが象徴する国である。二人とも、幼い頃からこの景色を瞳に宿してきた。
「私は他人に無理強いをするのは嫌いでな……。お前が望み、お前が選べ。他人に強いられた決定などなんの意味も持たぬ。そんなものは唾棄されて然るべき逃避だからな」
「…………」
「だが、国はお前が逃げる事を許さぬだろう。逃げるのであれば、誰にも見つからないように……静かに私の視界から消え去れ。でなければ私は王としてお前を斬らねばならん」
「…………大丈夫、です。私は……その為に……。皇帝陛下の妻となり、この国をよくする為にここにいるのですから……」
頷きながら、シェルシは小さく微笑んだ。それをじっと見つめ、シルヴィアはマントを翻し去っていく。扉が閉じる音が響き、シェルシは小さく溜息を漏らした。美しい純白のドレス……。夢にまで見た、花嫁衣裳。しかしそれがどうしてだろう、まるで嬉しくない。そもそも、シェルシはまともに誰かと恋をした事もなければ、結婚なんて考えた事もなかった。姫などという立場なのだからこういう事もあるかもしれないとは思っていたが、同時にいつかは理想の王子様が迎えに来てくれるのでは……そんな幼い夢も捨てきれずに居たのだ。
思えば昔から助けを待ち続ける人生だった。母親が死んだ時……姫としての生活が辛かった時……。いつでもシェルシは心の中で助けを求めていた。しかしもう、いい加減にそれが幻想なのだと気づくべきだと自分でもわかっている。もう、助けなんて求めても仕方が無いのだ。世界は磐石、揺るがず惑わされる事もなければ情けも無い。シェルシ一人の為に、そんな役割の希望を作ってはくれないのだから。
それでもまだ全てを捨てきれないのは、きっと自分を助けてくれた彼の存在があったから。想像していた王子様とはまるで違う、品もない、綺麗でもない、頭もよくない……。それでも、いつでも必ず助けに来てくれると、そう信じられるような男。勿論別にそれ以上を期待しているわけではない。でも何故だろう、その背中が今でも強く思い出されるのだ。
「花嫁、か……」
シルクの生地に触れ、シェルシは目を細める。あった事もない皇帝の妻になり、皇帝の為に尽くし、皇帝の子を産む……。そんなのが好きだという人間はいないだろう。本音を言えば当たり前のように嫌に決まっていた。だが、それ以外に国の為に出来る事はなかった。
自分が姫として生まれた以上、何かをなさねばならないという思いはあった。けれども今までシルヴィアにその役割は全て奪われてきた。それでいいと思っていた。でももう、そういうわけにはいかないから。自分で決めて、歩かなければいけないから。シェルシは目を閉じ、胸に手を当てる。様々な思いを、封じてしまう為に――。
「姫様、失礼します」
ノックの後、扉が開く。入ってきたのは甲冑姿のイスルギであった。シェルシはドレスに手を伸ばしたまま、イスルギには目もくれなかった。騎士は黙って傍に歩み寄り、共にドレスを見つめた。
「……最高の生地を使い、ルーンリウム一腕の立つ者に作らせたドレスです。お気に召しましたか?」
「綺麗なドレスだと思います。とても……」
「…………。女王陛下とはどのようなお話を?」
「逃げたければ逃げろと、そう言われました。あの人らしい言い草ですね」
「シルヴィアはシルヴィアなりに、貴方の事を思っているのでしょう」
「どうでしょうね……。それよりイスルギ、貴方こそいいの? ククラカンの姫……私と同じ日に……」
「今の私は、ザルヴァトーレの騎士……。私の使命は貴方を全力でお守りする事。それ以外の事は、瑣末な事です」
イスルギは冷静に、淡々とそう答えた。シェルシはそんな騎士に向かい合い、その手を握り締める。
「……これまで、貴方だけがずっと私の味方でした。ありがとう、イスルギ……。ずっと、ご苦労でした」
「私の任務はまだ終わっては居ません。貴方が帝国に行くというのであれば、私もお供しましょう」
「いいえ、もう大丈夫です。私はもう、一人で生きていかなければならないから。もう、いつまでも……子供のままではいられない」
振り返り、シェルシは窓の向こうへと目を向けた。騎士は胸に手を当て、静かに跪く。月明かりの下、姫はとても儚く、そして美しかった。出来る事ならばその姿を守り続けたかった……。しかしそれは、叶わない願いとなりつつある。
世界は移り変わっていく。当たり前のように、全てが消えていく。変わっていく事を恐れていては何も出来ないのだろう。だがしかし、護りたいものを、譲れない物を譲り、その先に願った未来はあるのだろうか。シェルシはそっと、光に願い続ける。人の安寧、そして己の行く末を……。
王者、降臨(2)
「ミュレイ、ちょっと……いいかな?」
ラクヨウの城から夜月を見上げるミュレイにとって、昴の来訪は予期せぬ物であった。しかし特に慌てるような事でもない。月明かりが差し込む部屋の中、ミュレイは扇子を片手に昴を見つめている。少女は姫の傍らに立ち、握り締める太刀に込めた力をわずかばかり強くした。
「どうした、昴? 寝付けぬのか?」
「…………うん、ちょっと。隣、座っていいかな?」
何も言わずミュレイは隣をぽんぽんと小さな手で叩いた。二人は並んで腰掛け、月を見上げる。昴はそうしてそこに様々な思いを描いていた。
結局ミュレイが小さくなってしまった理由は判らず、治すことも出来なかった。時は無情にも過ぎ去り、婚姻の儀は三日後に迫っている。ミュレイは既に婚姻の儀には参加出来ない事が決定しており、それに纏わりククラカン国内では様々な意見や批判が飛び交った。その一応の抑制の為にここ数日ミュレイはずっと各方面を駆けずり回り、こうして部屋に戻ってこられたのは久々の事であった。
ミュレイが大人の姿に戻れないという事は、結局は刺客による襲撃は成功したという事を意味している。何者の意図かは判らないが、ミュレイはまんまとその者の意思に嵌められた事になるのだ。メリーベルが研究を続けているものの、治す為の方法を見つけるのにはまだ時間がかかる……。ミュレイが願っていた、婚姻の儀により帝国から恩恵を承るという事は、既に難しくなりつつあった。
どんな事情があれ、婚姻の儀に出席出来ないという事は帝国に対する裏切り行為である。その代償、処罰は必ず追って求められる事になるだろう。今はミュレイもこうしてここに座っていられるが、この後どうなってしまうのかは判らない。だが仮にその命が奪われる事があっても良いようにと、ミュレイはこれまで身の回りのことを必死にこなしてきた。おかげで昴と会うのも久しぶりで、ミュレイは彼女が部屋を訪ねてきてくれた事が嬉しかった。
「ミュレイ……ごめん」
「唐突にどうしたのじゃ?」
「私、ミュレイの為に何もしてあげられなかった……。このままじゃミュレイも、ククラカンも……」
「…………。仕方が無いと言ってそれで済まされる事ではないじゃろうな。然るべき処置は下される事となるじゃろう。今は婚姻の儀を目前に控え、帝国も慌しい時期じゃからのう……。執行猶予期間、という事かの」
「…………ミュレイ」
「こればかりは、わらわにはどうしようもないのじゃ」
「でも、だって! 悪いのは、ザルヴァトーレなんじゃ……!」
「かもしれぬし、そうではないかもしれぬ。誰が悪しきで誰が善きで、それは見方によって変わるものじゃ。わらわにも当然責はある。刺客が原因だったとしても、それを処置し切れなかったのは紛れも無くわらわの落ち度……。仕方のない事じゃよ」
「納得できないよ、そんなの……。ミュレイは……ミュレイは、この世界をよくしようって頑張ってるのに……。誰かの所為で、足を引っ張られて……」
何より悔しいのは、そんなミュレイを助けられない自分自身であった。それどころか足をひっぱり、ミュレイに迷惑ばかりかけ、何も恩返しは出来ない……。やりきれない気持ちの昴が握り締める拳、それにミュレイは小さな手をそっと重ねた。
「…………もしかしたら、わらわは死ぬかもしれぬ。じゃから、その前に……昴、おぬしに謝りたい事がある」
「え……?」
月明かりの中、ミュレイは優しく……そして寂しげに微笑んでいた。重ねた手は柔らかく、そして暖かい。昴はその手を握り返し、ミュレイの横顔をじっと見つめた。
「わらわは、お主に妹の面影を重ねておった……。ヴァンの言った通り、わらわは卑怯で臆病で……。昴には、申し訳の無い事をしてしまった」
「妹って……ミラの事?」
「…………。全く、どこで聞いてきたのか……。まあ、その通りじゃ。ミラはわらわを庇って死んだ。わらわがもっとミラの事を理解してやれば、あんな事にはならなかった……。わらわが殺したようなものじゃ」
「ミュレイ……。でも、ミュレイは後悔してるんでしょ……? これから妹さんの分まで頑張ろうって、今日までやってきたんでしょ?」
「償いはし続けるつもりじゃった。じゃが、そうも出来なくなる……。昴、お主が来てくれてからの毎日は、本当に楽しかった。お主は確かに間抜けで、臆病で、自分に自信がなくて……。こっちの世界の事は何も判らず、何の力も持っていなかった。だが、わらわにとっては本当に救いじゃった。神様が、わらわにもう一度チャンスをくれたような気がしたのじゃ。今度こそ、大切な物を護って見せよと……」
昴の外見は、ミラに似ているわけではない。性格も、ミラとは違っている。だがその行動に、言葉の端に。ミラと似た部分を見つけ、悲しい気持ちになっている自分がいた。ミラの代用品として、ミラを愛せなかった分、護れなかった分だけ昴にそれを注いだ。だがそれが何の意味も無い、八つ当たりにも等しい行為である事は自負している。だがそれでも――夢のような時間には変わりなかった。昴が可愛くて仕方が無かった。本当はずっと、こうしていたかった。ミラとも。昴とも……。
「わらわが居なくなり、ククラカンが滅んだとしても……お主は何とか護ってみせる。ウサクやゲオルクがきっとそうしてくれよう。元の世界に帰してやれなかった事が悔やまれるが、そこはメリーベルを頼ってみてほしい。きっと力を貸してくれるはずじゃ」
「ちょっと……ちょっと待ってよ。ミュレイ、どうしてそんな……遺言みたいな事……」
「みたいな、ではなく遺言じゃよ。わらわはやはり、ミラのようには生きられぬらしい。罪人は罪人らしく、道理に反して散るのも良かろう」
「ミュレイ!! そんな事言わないでよっ!!」
昴は両手でミュレイの小さな手を握り締め、詰め寄った。悲しげな瞳に昴の必死な顔が映りこむ。二人は月の光を背景にじっと近くで見詰めあった。
「死んでそれで解決なんてしないよ……。死ぬって事は、死なれるって事は……。“完了”しないんだ……。終わってくれないんだよ、ミュレイ。判るでしょ……?」
「昴……」
「私もずっと、死んじゃった人の事を想ってるから判るんだ……。死なれるのは、辛いんだよ……。自分の所為だって思うと、死にたくなるくらい辛かった。どうしてこんな事にって何度も思った……」
現実世界の昴は、ずっとそうして後悔だけを繰り返して生きていた。いや、死んでいたのかもしれない。心はずっと凍ったままで、昴は部屋から一歩も出ない引き篭もりとして数年間を過ごした。彼女が人間らしい気持ちを取り戻す事が出来たのは、親戚である本城の家に預けられてからである。
それまでは何も出来ず、言葉も失い、毎日生きているのか死んでいるのか判らないような日々が続いていた。後悔の念だけが日々募り、心は押しつぶされ、何も手につかないほどに憔悴しきっていた。
「だから、判るよ……ミュレイの気持ち。ミュレイはすごいよ……。私なんか、黙ってじっとしてる事しか出来なかった。でもミュレイは、妹さんの気持ちを汲んで、その後を継いで頑張ってた……。すごいよ。ミュレイはすごく、頑張ってたんだ……」
「…………」
「こっちの世界に来て、最初は嫌だったし絶望もしたよ……。でも、ミュレイやウサク、ゲオルクが居てくれたからそれでも生きてられた……。ミュレイが優しくしてくれなかったら、きっと生きていられなかった。嬉しかったんだ……すごく」
涙を流し、項垂れる昴。その手を握ったまま、空いている手でミュレイは昴の頬に手を伸ばした。熱い涙が指先に触れ、直ぐに冷えてしまう。姫は苦笑し、そっと少女を抱き寄せた。
「ありがとう、昴……」
「ミュレイ……死んだら嫌だ……! 私、ミラの代わりになってあげるよ……。これからミュレイの傍で……!」
「…………もう、良いのじゃ。馬鹿じゃのう、昴……。わらわなんぞの為に涙など流して……。良いか、昴? 女の涙は、男を落とす時までとっておくものじゃ」
「いいよ……どうせ、根暗女だし……。男の人と喋るの苦手だし……」
眼鏡を外し、昴は涙を拭った。ミュレイは小さな身体で昴を抱きしめる。それは昴に抱きついているようにしか見えなかったが、昴はミュレイに触れて確かに感じていた。彼女の優しさ、思いやる気持ち全てを。
「私……諦めたくない……。ミュレイを助ける方法、最後まで探し続けるよ……。もう、嫌なんだ……大切な人が居なくなるなんて。だからミュレイは、私が助ける――! この、ミラの刀に誓って……!」
白い太刀を握り締め、昴は跪く。ミュレイはそんな少女を見つめ、優しく微笑んでいた。もう、十分だった。助からなくとも構わない。どうなっても良い。もう、昴がこうして一生懸命に自分を思ってくれるだけで満足だった。いつ死んでも構わない……そう思うくらいに、嬉しかったから。
ミラとは分かり合えず、衝突を繰り返した。結局分かり合えなかった事をずっと後悔してきた。それが救われる事は永遠にないのだろう。積年の思いは、決して消え去る事はないのだろう。だが、それでも……まだやるべき事がある。せめてこの少女だけは、護ってあげねばならない。彼女を呼び出した人間として。彼女を重ねた人間として。
「強くなるよ……ミュレイを護れるくらいに。だから……死なないで、ミュレイ……。お願いだから……生きて」
昴の搾り出すような声にミュレイは何も応えられなかった。ただ夜月を見上げ、心を頑なにしよう。決してこの少女を巻き込まないように。姫として、魔剣使いとして、そして一人の姉として……。出来る事全て、彼女の為に――――。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*ホクト“君”*
うさ子「ねえねえ、ホクト君ホクト君っ!!」
ホクト「…………。うーむ、なんだかなぁ」
ロゼ「どうかしたの?」
ホクト「いや、俺の事をホクト君と呼ぶのはうさ子だけなわけだ。だが、ホクト君で俺のイメージは定着しつつある」
ロゼ「作者もホクト君って呼んでるしね」
ホクト「俺、二十三歳なんだが」
ロゼ「そんなこと言ったらリフルだってリフルちゃんって呼ばれてるよ。ブラッドでさえそうだし」
ホクト「まあ、そうなんだが……。リフルのことは読者だってリフルちゃんとは呼ばないだろ? 年齢的に無理があるし……」
リフル「……何か言ったか……?」
ロゼ「いや、なんでもない……。でも確かにどうしてホクト君で定着しちゃったんだろうね」
ホクト「うさ子がホクト君って連呼するからだろ、どう考えても」
うさ子「はうう……なんで皆無視するの~……。寂しいの~……っ」