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Stella(3)


 地下牢へ続く道は忍隊によって管理されていたわけだが、それはタケルが何とか言いくるめたらしい。忍隊もこんな王子にちょろちょろされては堪ったものではないのだろうが、まあ今回は少し多目に見てもらう事にする。

 ラクヨウ城の地下には武器庫や倉庫、或いは温泉なんかがあるわけだが、それらとは一線を画した場所に地下牢は存在した。地下よりさらに地下に階段を使って降りていくと、そこは壁などに呪文のような文字が刻まれ、常にそれらが輝く奇妙な空間だった。牢獄はさらにその奥にあるらしく、タケルはどんどん奥へと進んでいく。


「地下牢に入るのは初めてかい?」


「え? あー……そりゃね」


「ここは、壁そのものに特殊な術式を施してあるんだ。この壁に囲まれた中……まあつまりこの牢獄の中では魔法も魔剣も使えないというわけ。だから安心して歩いていいよ」


「そ、そう……」


 まあ、牢屋の中をリラックスして歩けたらそれはそれでどうなのかと思う……。結局私は居心地の悪さを拭い去れないまま、奥へ奥へと進んでいく。魔剣狩りが拘束されているのは独房で、他の牢屋よりも更に厳重に術式封印が施された場所だった。

 一見すると座敷牢のようになっているのだが、魔剣狩りは全身に封印が施された帯を巻かれ、両腕は厳重に鎖で拘束されている。ここまでする必要があるのかと思うほど、彼の扱いは慎重だった。猛獣……人間というより、獣を扱っているかのように。


「…………。お前は、あの時の女か」


 私達が近づいてくるのが見えたのか、ヴァンは静かに顔を上げた。敵意丸出しの、実に鋭い目つきだった。こんなに目つき悪いと何もしてなくても怖い……。若干怯える私だったが、ヴァンはそれ以上何をするでもなくただ私を見つめ続けていた。

 傍により、恐る恐るその顔を見てみる。その顔は――――当たり前だが、全く見覚えのない顔だった。見れば何かを思い出すかと期待していたのだが、それも直ぐに裏切られる事になった。あの時は……何かを確かに感じたような気がしたのだけれど。

 じっとヴァンを見つめていると、ヴァンは眉を潜めて私を睨み返してきた。まあ、行き成りやってきてジロジロみていたら流石に不審だろう。私は咳払いし、改めてヴァンを見つめる。体中、傷だらけだった。鎧は外されたのか、今はどこにも置いてない。この人は一体今までどれだけ戦いの中に身をおいてきたのだろうか……。師匠の身体もそういえばこんな感じに傷だらけだったような気がする。


「どうした。俺に何か用か?」


「あ、いや……そういうわけじゃないんだけど……」


「…………はあ。ハッキリしない女だな……。お前、どうしてミュレイの傍に置かれてるんだ? ミュレイの気が知れないぜ」


 まあそりゃそうなんだが、そこまでハッキリ言われるとこっちもちょっとむっとしてしまう。そりゃ……私は無能だ。頭がこれといっていいわけでもないし、戦闘能力だってない。こっちの世界の常識にも疎い、一人じゃ生きていけないような駄作な式神だ。でも、これでもミュレイを助けたいという気持ちだけは持っているつもりだ。


「……そういえば、ヴァンはミュレイと知り合いみたいだったけど……」


「そんな事を聞いてどうする」


「……いや、えっと……」


「俺の言った事が気になってるのか? 敵の言葉に一々惑わされるようじゃ先が思いやられる……。真実はお前が自分で判断する事だ。他人を頼るな」


 まるで私の心を見透かしているかのようにヴァンは語る。確かに……ヴァンの言っていた事が気になっているのも事実だ。ミラがどうとか……。ミュレイがどうとか……。ちょっとだけだけど、なにやらぶつぶつ言っていた。それを気にしているというのは認めたくないけれど、でも丁度いいからついでに知るのもいいのかもしれない。

 勿論、ミュレイの事は信じている。でも、何も知らないまま……ここで生きていく事はきっと出来ないんだ。心のどこかでミュレイが私に優しくしてくれる事に、理由を求めていたのかもしれない。無償の愛なんて、そんなものは絶対に在り得ないから。


「判断しようにも、何も知らなきゃ出来ない」


「……。普通、敵に訊きに来るか? ミュレイに聞くのが早いだろうに」


「教えてくれないよ、きっと……。ミュレイは、私には何も言ってくれないから」


 ここに戻ってきて、そして旅をしてわかった事がある。ミュレイはやっぱり一国を支える重要な人物であり、その生い立ちには様々な苦悩があったはずなのだ。今だって色々と苦労している。でも私は、ミュレイが愚痴を聞いた事がない。ミュレイが他人を悪く言う所を、世の中を嘆く所を見たことがない。彼女は常に冷静で、楽観的に笑っている。まるで悪ふざけを続ける子供のように振舞うその態度は確かに私達にとっては安心できる。でも、ミュレイはきっと色々な物を抱え込んでいるはずなのだ。

 私は、いつもミュレイに頼りっぱなしだった。彼女を助けたいと思ってもこの通り何も出来ない人間だ。だからせめて、彼女の心を少しでも楽にしてあげたいと思っている。でも、ミュレイはそれを許さない。自分に厳しすぎるのがミュレイの悪い所なのだ。彼女はきっと、私に頼る事を許さないだろう。


「だから、あんたに訊くしかないんだ……」


「…………」


 ヴァンはしばらく黙り込み、しかし出て行けとも煩いとも言わなかった。それは私に対する肯定だったのかもしれない。思い切って、話を続ける。


「ヴァンはどうして魔剣狩りなんてやってるの?」


「…………全ての世界に存在する、全ての魔剣を手に入れる為だ」


「全ての魔剣……?」


「ロクエンティア最強の武器、それが魔剣だ。この全ての世界の中で魔剣は本来ある目的の為に存在していた。俺はその目的を果たす為……いや、今のところそんな大義名分はどうでもよくなりつつあるが」


 ロクエンティアに点在する術式武装、“魔剣シン”――。それらは人の身体に宿り、人間の力を覚醒させ体内に眠る潜在魔力を剣の形に放出する事を可能にする。身体能力強化、特殊能力の付加、様々な魔剣そのものの力……。人間は魔剣を手にした時圧倒的な力を得る。

 それはミュレイが単身魔物の群れを薙ぎ払うように、この魔剣狩りや、例の刺客や、ゲオルクやシルヴィア王、皆がそうして戦うのを見て理解している。魔剣は恐ろしい……。この世界には魔力という概念があり、それが人の力となる。でも、魔剣のあるなしはそれこそ雲泥の差だ。

 しかしその魔剣がそもそもどんなもので、何の為にあり、どうして人の間に伝わっているのか……それを私は知らない。魔剣狩りの目的が魔剣の本来の使い道を意味しているのならば、それはそれで興味がそそられるテーマでもある。


「俺は、全ての魔剣を集める事を目的とし旅をしてきた。その途中、ミュレイとも知り合う機会があったってだけだ」


「全ての魔剣を集める為、か……。それって途方の無い事じゃないか?」


「そうでもないさ。魔剣使いってのは、大体固まっているもんだからな。騎士団なんかの軍事組織、それから王族や貴族……。この世界の大多数である貧民の所には魔剣なんてもんはありゃしないのさ。持っているとすれば、反帝国組織の人間くらいか」


 まあ確かに、そうであれば集めるのはそんなに難しくはないのかもしれない。ある程度的が絞れれば……って、そもそもこの世界全体が恐ろしく広いんだからそういうわけにもいかないだろう。誰が持っているのかを見分ける方法だってないわけだし……。


「そっか、ミュレイも魔剣を持ってた……しかもかなり強そうなのを」


「あいつの魔剣は、帝国でいうところのカテゴリーSだからな。まあ確かに、炎魔剣ソレイユが欲しいというのはある。だが、俺はソレイユを奪えない理由があった」


「理由……?」


「この国には、ミラという姫がいた。まあ、少し昔話をしてやる。お前にも関係ありそうな事だ。それに――騙されているなら、目を覚まさせたほうがいいだろうしな」


 ミラ・ヨシノ――。ミュレイとは、少し歳の離れた妹だった彼女は、とても平和的でおっとりした性格の姫だったらしい。そのくせに無謀にアクティブで、人々の戦乱を収める為に様々な努力を惜しまなかった。

 今から数年前にも、ククラカンとザルヴァトーレは戦争状態に陥りそうになった事があるらしい。ヴァンに言わせればこの二国は本当にいつ戦争になってもおかしくないくらいだそうだが、ミラはその時戦争を止め様としてある事件に巻き込まれ、命を落とす事になった。

 彼女はククラカンとザルヴァトーレの和平の為、格差社会を何とかする為に常に各地を旅していた。ヴァンと出会ったのもその旅の途中で、ヴァンはミラの護衛役として旅を一時期共にしていた事もあったという。


「間抜けな女だった。他人を疑うという事を知らないというか……。とにかく俺がほうっておいたら、あいつは騙されて身売りに出される所だった。結局変なのを助けちまったと思いつつ、俺は彼女を護る旅をする事になった」


「…………。ヴァンって、結構お節介焼きなの……?」


「……話を続けるぞ」


 もしかしたらヴァンはそんなに悪い人ではないのかもしれない。というか、もう悪い人には思えなかった。彼はミラと旅をし、そこで様々な場所で他人助けをしたという。所謂世直しの旅だ。その途中、ヴァンは魔剣を集める事も同時に行っていたのだが、彼はまだ当時は魔剣狩りなどと呼ばれるような人間ではなかった。

 ただの傭兵と、そして一人の姫……。二人が親密な関係になるのにそれほど時間は必要なかった。ミラはヴァンを愛し、ヴァンはそれに応えていた。二人はお互い愛情を言葉にすることはなかったが、それでも常に思いは通じ合っていたという。


「…………恥ずかしい話だね」


「お子様だな。まあ、この話には色々続きがあるんだよ」


 当時のククラカンは、まだ武力主体の体勢から変わりきれず、国も荒れていた時代だった。ミラは単身、国同士の和平を紡ごうとしていた。だがその最大の障害となったのが、彼女の姉でありこの国で最も強い魔術師であるミュレイだったのである――。




Stella(3)




 ミラ・ヨシノが命を落としたのは、今からまだ三年前の事……。ミュレイにとっても忘れられないその事を今でも彼女は時々夢の中で思い出す。

 当時、ミュレイは武力により民衆を支配し、敵国を支配し、行く行くは帝国をも支配しようと考えていた。それも全ては民の為、格差を失くす為ではあった。帝国の支配体制が続く限りこの世界に自由はない。ならばその時まで理想を掲げ、徹底した武力と圧政により民衆を纏め上げ一丸としようと考えたのである。その思想を理解する人間は決して多くはなかった。だが、妹のミラは常にそんな姉のやり方を理解し、そして同時に反発もしていた。

 普段から平和に、穏便にと物事を済ませようとするミラの態度は自分への無理解へつながり、ミュレイはミラを見る度に苛立つようになっていた。ミラが国を飛び出し、あちこちで人助けの旅をしていると聞いたときは何を無意味な事をと思ったものだし、あろうことかどこの馬の骨とも知れない傭兵風情と結婚したいなどと言い出した時にはそれこそ腸が煮えくり返るような思いだった。


「お主はいつまで夢の中で生きているつもりじゃ」


 久方ぶりに城へと戻った妹に、ミュレイはそう言葉を投げかけた。二人きり、ミュレイの部屋の中ミラは座布団の上に座り込んでいた。ミュレイも美しい姫であったが、ミラもまた美しかった。燃え盛る焔のような妖しさを持つミュレイと比べ、ミラは暖かい陽だまりのように可憐な少女だった。真紅の瞳、真紅の髪……。二人は似ているようで、しかし対照的であった。それは二人の思想が大きく異なっていたからに他ならない。


「今、ククラカンは大事な時期……。三年後に迫った婚姻の儀に合わせ、帝国に反旗を翻す為に重要な準備期間なのじゃ。それはお主も理解しているはず」


「…………姉さん、謀反は良くないとあれほどお話しているのに……。姉さんはどうしても武力による解決を望んでいるんですね」


「当然じゃ! 話して聞き入れるような相手ならば、とっくにそうしておる。帝国は我々下層の民の事など、道具程度にしか考えておらぬ」


「しかし姉さん。姉さんの方こそ、帝国に感化されすぎているのではないですか?」


 妹の言葉にミュレイは眉を潜めた。ミラは立ち上がり、窓辺から街を見下ろす。活気無く、戦の準備に疲れ果てた民が暮らす城下町を……。


「姉さんのやり方、言葉は全て帝国と同じ事です。姉さん、どうしてそんなに変わってしまったの……? 姉さんは、あんなに優しかったのに……」


「それが姫の使命だからじゃ。ミラ、お主もいつまでもふらふらしていないで城に戻れ。お主にもやってもらわねばならぬ事は山ほどあるのじゃ」


「…………。姉さんにとっては、私も政治駆け引きの道具なんですね……」


 実際、ミラはミュレイに比べ下々の人間からも支持を受けている姫であった。政治手腕や戦闘能力においてミラはミュレイに遠く及ばなかったものの、ミラは人々に愛され受け入れられる才を持っていた。彼女の純粋さ、そして真っ直ぐな目は時にミュレイを苦しめた。視線をそらし、背中を向ける。ミュレイはもうミラに何も言わなかった。


「姉さん……。どうしても、判ってくれないんですね……」


 それはミュレイも同じ気持ちだった。結局二人は理解しあう事が出来ないまま……お互いにすれ違い道を往く事になった。そしてそれが、ミュレイとミラ、姉妹が交わした最期の言葉となる……。

 城を出たミラはそのままもう城に戻る事はなかった。旅の途中、草原の中でミラは焚き火を囲んでいた。炎の向かい側ではヴァンが座り、炎をじっと見つめている。二人の逃亡生活にも似た世直しは続き、しかし終わりは見えなかった。ミラは姉と理解しあえない事を苦心し、常にそれをどうにかしたいと思い悩んでいた。ヴァンもその相談に大分乗ったのだが、結局たかが傭兵に国や政の事は判らない。ましてやこれは姉妹の問題、ヴァンに出来ることなど何もない。


「……ヴァン、私はどうしたらいいのでしょうか……。どうしたら、姉さんとまた共に歩む事が出来るのでしょうか……」


「無理なんじゃないか? お前は十分彼女に言葉をかけてきた。だが、ミュレイは理解しようとしない……。勝算もないのに帝国に挑む積りなんだかねぇ」


「姉さんには、式神の力があります……。この世界の常識を超えた存在を召喚すれば、或いは……」


「…………。どちらにせよ、諦めた方がいい。やるだけ無駄だ」


「どうしてヴァンは、そうやって意地悪ばかり言うのですか……? 姉さんは……。姉さんは、本当はとても心優しくて、暖かい人なんです。ヴァンは姉さんのこと、何にもわかってないんですっ」


 怒り出し、泣きそうになりながら膝を抱えるミラ。ヴァンは困ったように肩をすくめ、風に靡く草原を見つめた。世界は広く、常に闇と光は表裏一体である。ミュレイもミラも、どうしようもない事はある。正義もあれば悪もあり、主義主張は交じり合わない事もある。だが、闇も光も世界には必要な事柄なのだ。

 ミラは旅の最中、ヴァンと共に様々な物を見てきた。圧政に苦しめられる人々……。命を、物を、奪い合い傷つけあう人々……。差別、格差、矛盾した人々の善悪と渇望……。闇と呼んでなんら差し支えのないその世界を見てなお、それでもミラは真っ直ぐだった。穢れなかった。理想を抱き続けた。だからこそ、ヴァンはここにいる。


「よお、ミラ。そんなにへこたれんなって」


「……もう、ヴァンなんて知りません」


「そうつれない事言うなよ。まだ三年……三年もあるんだ。心配するな、きっと何とかなる。俺がなんとかしてみせるさ」


 何の保障もない、ぺらぺらに薄い紙のような言葉だった。風が吹けば飛ぶような、火が当たれば燃えるような……。弱弱しく、頼りない言葉だ。それでもミラは顔を挙げ、涙を拭って立ち上がる。

 ヴァンの腕の中に飛び込み、姫は静かに涙を流していた。傭兵は姫を優しく、そして力強く抱きしめる。ミラは純粋に、無垢に、世界を変えようと努力してきた。だからこそ、その努力に報いる為に……。理想を叶える為に、自分は存在するのだと。傭兵は傭兵でしかなく、けっして高尚なものではなかった。それでも、一端の騎士であるかのように、姫に確かな忠誠を誓っていたのである。

 二人の若者にとって世界は余りにも醜く、無慈悲で、しかし希望は手放せないものだった。たとえもうたった三年しか時が残されて居なかったとしても……。それでも、二人は最期まで運命に抗いたいと、そう願っていた。


「…………ヴァン。私、貴方とずっと一緒に居たい……。それは……どうしても許されない、罪なのでしょうか……」


 ヴァンには何も言えなかった。ミラには、役目があった。婚姻の儀――。三年後に行われる、次期女王の選定と同時に皇帝の妻を決める儀式。指名されていたのはミュレイではなく……妹のミラであった。

 三年の月日が流れれば、確定した別れの時が訪れる。そうでなくてもククラカンはいよいよミラを連れ戻そうと必死になるだろう。ヴァンはミラの意思に従い、彼女を護り逃がす使命があった。それが自分の、運命なのだと信じていた――――。




「ミラが死んだのは、間もなくしての事だった。俺は結局ミラを護れなかったし、世界をどうにかする事も出来なかった。一緒に死んでやる事も出来ずに、こうしてまだ生きながらえてる」


「…………」


 なんというか、まるでファンタジーだ……。傭兵と姫、結ばれない恋……か。乙女チックなのはいいのだが、私には無縁な話だ。いや、無縁でもないのか。絶対に叶わない悲恋というやつなら、少しは身に覚えもある。

 地下牢でこんな血の通った話をしているのもどうかと思うが、私は既に看守用の椅子を持ってきて格子越しにヴァンと近づいていた。ヴァンも手を伸ばせば私に届くだろう。私も手を伸ばせばヴァンに届いた。でも何も起こらなかった。起こる気はしなかった。ヴァンは……ヴァンは、悪い人間ではない。そんな風に考えてしまった自分がいたから。


「ミラと俺は、戦争に発展しそうになったククラカンとザルヴァトーレを仲裁する為に戦場に向かった。だがそこで、ミラは殺されてしまった。姉であるミュレイを庇って、な……。まあ、話の大筋はそんな感じだ。話を聞いて判るように、俺はミュレイが嫌いだ。殺したいくらいにな」


「…………。でも、ミュレイは……! ミュレイは今、世界を平和にしようと!」


「それは、ミラの真似事をしているだけだ。ミラが死んで次の花嫁はあいつになったからな。まあ、国としてもふらふらして色恋沙汰にかまけてるようなミラより、しっかりしたミュレイが女王になってくれたほうが良かったんだろうし……ラッキーだろ」


「そんな、言い方……」


「ミュレイは、何でも利用する女だ」


 疲れたように呟き、ヴァンはそれから一呼吸を置いた。次の言葉を口にすべきかどうか迷ったように見えたのは私の思い込みかもしれない。ヴァンはそのまま、目を閉じて私に告げる。


「ミュレイは救世主というお前の立場を利用しようとしているのかもしれない」


「え…………?」


「戦争にシンボルは必要なんだよ。お前という――救世主というシンボルを掲げ、帝国に反旗を翻す事……それがミュレイの目的なのかもな。お前はかつて世界を救ったといわれる救世主の伝説に近い存在だ。本物じゃなかったとしても、民衆はこの御伽噺はよぉ~く知ってるからな」


 何も言えず、私は黙り込んでいた。ミュレイの優しさ……それが全部幻であったような気がしてしまったのだ。一瞬だけでもそんな風に思ってしまう自分がどうにも悲しく、そして腹が立った。

 ミュレイは……私を利用しているのかもしれない。私を都合よく使うつもりで飼い馴らしているだけなのかもしれない。でもミュレイの事を信じたい。私はヴァンの話を聞いても、ミュレイに対する気持ちは揺るがなかった。むしろ、少しだけ良かったと感じている。


「ミュレイの事が、ちょっとだけ判ったよ……。ありがとう、ヴァン」


「…………。おめでたいな、お前の脳味噌は」


「…………私は結局、ミラの事は何もいえないけど……。でも、ミュレイの言うとおりだよ。シルヴィアやミュレイを殺したって、ヴァンの気持ちはきっと晴れないよ」


 ヴァンは私の言葉を黙って聞いていた。多分……そんな事は言わなくたってわかってるんだと思う。でも、言ってあげたかった。ヴァンだって悪くなかったんだ。ただ、皆の気持ちがすれ違ってしまっただけ。そうしなければならないような世界だったってだけ……。

 椅子を戻し、私はヴァンに背を向けた。これ以上ここに居たら……泣いてしまいそうだったから。ヴァンやミラ、ミュレイの気持ちを考えたらいたたまれなくなってしまったのである。そんな私にヴァンは背後から、最後に忠告を付け加えてくれた。


「――――ステラには気をつけろ」


「え? ステラって……あのロボ子……?」


「ロボ子……? まあそれだ。あいつは、帝国が下層世界に派遣している治安維持を目的とした存在で、戦闘力は見ての通りだ。一定以上の戦闘行為、或いは帝国に対する武力運動、法に触れる重罪を探知した時自動的に現れ、何でもぶっ殺す化け物だ。お前は……気をつけろよ」


「…………。案外優しいんだね、ヴァン」


「…………ミラは――――ステラに殺されたんだよ」


 それで何となく、彼が何を言いたいのかは判ってしまった。振り返る事はしなかった。彼は優しい、そして悲しい戦士なんだ。どうしたら救えるかなんてわからない。でも……こんな世界をどうにかしたいって、本当に思えたから。

 私は牢獄を出て、そこでいつの間にか離れていたタケルと合流した。あっけらかんとした表情で“込み入った話みたいだったから離れてたんだよ”とかぬかすタケルと一緒に外へ出る。ほんの少しの間だけ遮断していただけの太陽の光が、今は何故かとても眩く感じられるのだった――。


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