Stella(1)
世の中には、どうしようもない事っていうのが確かにあるのだと思う。それは自分の力ではどうしようもない、変えようの無い現実……。
例えば、こうして目の前に広がる大平原とか……。そこに展開する大量の騎士団とか……。そこへ向かって全力疾走しなきゃいけないこの状況とか……。私はただ、ごく普通の一般人だったはず。それがどうして、戦場に立たなければならないのか――。
勿論、それを嘆いているわけではない。私が今ここにいるのは、ミュレイを守る為だ。ミュレイを守る為にここに居る……そう思えば全てはどうでも良くなる。理由なんて関係ない、私は私の意志でここに来た……そう思いたかった。だが現実として、この状況で私に何が出来るのだろうか。
左側にはククラカンの軍勢が集結し、右側にはザルヴァトーレの軍勢……。無事にエル・ギルスから戻ってここまで来て見れば戦争状態に突入する一歩手前……。私達は夜の草原を只管に走り続ける。何故こんな事になってしまうのか……いや、始まる前に間に合ってよかったと思うべきなのか……。
「まずいのう……! 急がねば……! 皆の者、こっちじゃ!」
ミュレイを背中に乗せたゲオルクに続き、私達も走り続ける。もう正直体力が尽き果てそうだったが、止まったら置いていかれてしまうだろう。流石にそれだけは勘弁なのである……。私達は国境沿いを左に逸れ、ククラカン本陣を目指す。兎に角、戦争を止めさせなければならない。
クラカン武士団の隊列の中を抜け、辿り着いたのは本陣のある矢倉だった。元々国境沿いに面して設置されていた物を現在本陣として利用しているらしい。矢倉に辿り着き、ぜえはあと肩で息をする私を置いてミュレイはゲオルクから飛び降り、とことこと歩いていく。
「タケル! タケルはおるか!?」
小さなミュレイが大声を上げると、周囲の武士たちが小首をかしげていた。ゲオルクが状況を説明しているようだが、流石に小さいミュレイを見ただけで一発であの大魔術師だとわかる者はいなかったらしい。
「なんだい姉上……そんなに大きな声を上げずとも、僕には聞こえているよ」
しかし、そんな中でたった一人だけ彼女の存在を理解する者がいた。ミュレイと同じ赤髪に、豪華な着物を着た一人の少年である。姉上……という事はどうやらミュレイの弟らしい。まだ十代前半の少年に見えるが、今となってはミュレイのほうがよっぽど小さい。
「おお、タケル! 状況はどうなっておる!? シルヴィアは!?」
「シルヴィア王なら、もう少しミュレイが来るのを待つって言って向こうの本陣にいるよ。それより姉上……本当に小さくなってしまったんだね。可愛いなあ……」
こんな状況だというのに、タケル王子は全然焦っている様子も危機感もない。小さくなった姉の頭を撫でながら、ニコニコと一人微笑んでいる。そんな悠長な事を言っている場合ではないと思うのだが……ミュレイも私と同じ考えだったのか、その場で地団太踏んで弟に抗議している。
「今すぐ兵を引くのじゃ! このままでは婚姻の儀以前に国同士の争いになるぞ!?」
「それは出来ないよ、姉上。だって先に兵を展開してきたのはザルヴァトーレなんだ。シルヴィア王の乱暴さは、姉上だって重々承知の事でしょう?」
「わらわがこれからシルヴィアと直接話をつけてくる! 兎に角、これ以上の兵の展開はわらわの名において許可せぬ!!」
「ふふ……っ! 嫌だなぁ、姉上……。そんな小さな童子の姿の姉上の命令なんて、誰も聞きはしないよ」
相変わらずタケルはニコニコと笑っている。この二人にパワーバランスというのが私には理解できないのだが、どうもミュレイの話をタケルは聞いている気配が無い。ゲオルクが見かね、武士隊を数名引き連れて二人の間に入った。
「お言葉ですがタケル殿……。このまま戦争に発展すれば、帝国による武力介入を許し、更なる支配を強要されることになりかねません」
「…………。まあ、確かにゲオルクのいう事も一理あるね。でも姉上、あっちがあれだけの戦力を展開しているのにこちらは兵を引けというのかい? 僕は、ククラカンの王子として兵を引くわけにはいかない。姉上ならわかるでしょう?」
「だから、あちらに話をつけに行くと言っているのじゃ!!」
「姉上、忘れたの? 姉上はザルヴァトーレの刺客にそんな姿にされてしまったんじゃないか。今行けば飛んで火に入る夏の虫……。今の姉上は無能なんだから、大人しく僕にしたがってよ。ね?」
「む、むのうっ!? うぐぐ……っ!?」
弟の物言いは気に入らなかったが、ミュレイは何も言い返せなかった。そりゃまあ、実際魔法も使えないしちっちゃいしゲオルクに背負って貰わないと走れないくらい体力もないし、まあ本当に今のミュレイは何も出来ないわけなのだが……。
それにしても、あの弟……タケルとか言っただろうか。国の一大事なのにどうしてあんなに冷静なんだろうか……。王族という人は、ミュレイも含め変わり者が多いのかもしれない。
「ねえウサク、どうすればいいのかな……?」
「拙者たちは、正直姫様に従うしかないでござるよ。ただ、このまま拮抗状態が続けばシルヴィア王は単身でも突っ込んでくる気がするでござる」
「……。ねえ、それって本当に女王なの……? 話だけ聞いてると、さっきから化け物にしか思えないんだけど……」
ザルヴァトーレの女王、シルヴィア・ルナリア・ザルヴァトーレ……。急速に国力を増強し、帝国に継ぐ軍事力と文明を持ちつつある国、ザルヴァトーレの女王であり、ミュレイよりも強いと噂の人だが、これだけ戦力を展開してくるなんて私に言わせたら正直異常だ。そんなに戦争がしたいのだろうか……。
ミュレイは戦争をしないように、出来るだけ人々が平和に暮らせるようにと尽力しているっていうのに、どうしてそう自分勝手な考え方の人間がいるのだろうか。何で手を取り合って、平和の為に戦おうと思わないのだろうか。それが歯痒く、そして悔しかった。こんな世界だから……ミュレイは孤独に戦い続けるしかないんだ。
私が、彼女を支えてあげなければならないのだと思う。私やゲオルク、ウサクだけはミュレイの理解者で居てあげなければ……。私がここに居る意味、それはきっと彼女と運命を共にする事にあるのだろうから。
戦うのは怖いし痛いのは嫌だけど、でもそれでもミュレイを守る為だって思えばきっと耐えられる。ううん、耐えなきゃいけない……。彼女が語った理想を、私もこの目で見てみたいから……。
「…………仕方ないね。姉上がそこまで言うのなら、行って来るといい。僕はこっちでそちらの動きを見て指揮を執るよ。それで構わないね?」
「うむ……! 軍隊引き連れていくのは話にならんからのう……ゲオルク、腕の立つ者を三人見繕ってくれ。ウサク! それから昴!!」
「は、はい!?」
「ウサクと昴はここに残れ。ウサクはタケルの護衛、昴はここで待っているといい」
「え……? でも、ミュレイ……私……」
「……お主はもう、危ない事に関わる必要はない。これはわらわの戦い……わらわの役目じゃ」
ミュレイは私の手を握り締め、優しくそう微笑んだ。そんなに優しく……寂しげに言われてしまったら、何も言えなくなってしまう。確かに私は素人だし、一緒に居ない方がいいのかもしれない……。でも、ミュレイの傍で何か力になりたいのに……。
「いいじゃないか、姉上。彼女も連れて行ってあげなよ」
ふと、背後から予想外の声が聞こえてきた。腕を組み、タケルがニコニコと笑っている。タケルは私の肩を叩き、それからミュレイを見下ろした。
「彼女だけ仲間はずれにすることはないよ。それにウサクも姉上の護衛につけたほうがいい。有事の際、何かあったら困るからね」
「しかしのう……」
「それに、素人を本陣に置かれてもこっちも迷惑だし」
笑っているが、こいつなんか性格歪んでる気がする……。ずっとこっち見てるし……。作り物みたいに綺麗な顔してるけど、なんか逆に人形みたいで怖いっていうか……。
そんな事を考えているうちに話は纏まったのか、出発の準備と説明が足早に行われる事になった。その間私は手持ち無沙汰だったので腕を組んで待っていると、タケルが声をかけてきた。
「君が姉上が召喚したっていう救世主だね?」
「え? ああ……はい、そうですけど」
「特に、敬語を使う必要はないよ。君はどうやら育ちが悪いみたいだから、僕に合わせていると疲れるだろう?」
「…………そりゃどうも」
「姉上は君に色々と期待しているみたいだし、僕も君をサポートしたいと考えている。困った事があったら、いつでも力を貸すよ。ただし、姉上に関わる事なら……だけどね」
「…………ありがとう、タケル」
なんだろう、こいつ。悪いやつではないのだろうか? まあ、嫌味ったらしい口の利き方をしてくるってだけで、逆に裏表が無くていいってことなのか? 良く判らない……。我ながら人を見る目というやつは全くないので、正確な判断は期待出来そうにもない。
そんなこんなで準備を済ませ、私達はシルヴィア王の元へ向かう事になった。ゲオルクも団長だけあってびしばし働いているし、なんだか私はやっぱり浮いているような気がする……。とはいえ、じっとしても仕方が無い。ザルヴァトーレの本陣に向かうというミュレイたちに続き、私もいざ敵陣に乗り込む事にするのであった……。
Stella(1)
昴達がククラカン本陣から出発した頃、反対側に存在するザルヴァトーレの本陣では混乱が起こりつつあった。
ザルヴァトーレ本陣、幕で覆われた移動型の玉座の上、女王シルヴィアの姿がある。高圧的に足を組み、露出の高い純白のドレスを纏い金髪を夜風に靡かせるその姿は戦場には異質であった。美しく、そして気高い……。彼女は本来ならば姫と呼ばれるべき人間であり、女王と呼ぶには相応しくない年代である。が、その威風堂々とした態度は王足り得る物であり、穢れる事の無いその幻想的な姿は国内外において高いカリスマを維持していた。
そんな女王、シルヴィアの足元には一人の男が立っている。漆黒の鎧を身に纏い、手には同じく闇の魔剣を装備した長身の男である。男の背後には切り刻まれ、無残にも引き裂かれたザルヴァトーレ騎士たちの姿がある。それはたった今、彼が彼らの命を奪った証拠であった。
「…………。無礼な。貴様、ここがどこだか理解しているのか?」
シルヴィアの高圧的な声が響き渡った。王は立ち上がり、腰に片手を当て剣士を見下ろす。黒い剣士は闇に包まれ静かに顔を上げた。表情は漆黒のバイザーで覆われ、うかがい知る事は出来ない。
本陣に突如現れた魔剣士の存在に、騎士たちは当然ながら気づき包囲を固めつつあった。シルヴィアは髪を掻き揚げ、玉座から地上へと続く階段を中腹ほどまで御リ、そこに静かに座して足を組んだ。
「貴様はシルヴィア王の前に居るのだぞ……? 図が高いんだよ、愚民が……!」
「相変わらずだな、シルヴィア。そんな顔で良く言う」
「黙れ生ゴミ。貴様に用はないのだ、とっとと私の視界から消え去れ――“魔剣狩り”」
魔剣狩り――。その男はかつてよりそう呼ばれてきた。シルヴィアと対峙するのもこれで何度目か判らない。漆黒の魔剣、ガリュウを肩に乗せ魔剣狩りは静かに笑みを作る。周囲は既に騎士が囲み、いつでも攻撃に移れる準備が完了していた。後はシルヴィアが合図を出すだけで魔剣狩りは一斉に攻撃される事になるだろう。
だが、それをシルヴィアがしなかったのは魔剣狩り相手に生半可な戦力では話にならないと冷静に理解していたからである。そもそも彼女はここに話し合いをしに来たのであり、魔剣狩りは厄介な相手だがここで派手に戦うつもりは毛頭無かった。闇の剣士もシルヴィアがそれを理解していると知って、余裕の笑みを浮かべている。
「俺の目的はあんたも知っているはずだ、シルヴィア。それに、あんたには訊きたい事もある」
「こっちはないんだよ馬鹿が。話が理解出来ないのか馬鹿が。とっとと失せろと言っているんだよ馬鹿が。貴様と遊んでいる暇はないんだよ、馬鹿が」
「相変わらずひどい口の利き方だな……。俺も育ちはよくないが、あんたほどじゃないぞ」
「…………。貴様と話していると私まで穢れる。何度も言わせるな、馬鹿が。さっさと失せろ。お前と遊んでいる暇はない。何回言えば理解出来る? その腐った脳味噌をフル回転させて理解しようと勤めろ阿呆。貴様は王の前に居るのだぞ」
魔剣狩りは溜息を漏らし、ガリュウを軽く片手で揮った。衝撃波は周囲の騎士の包囲を一瞬で崩し、直後剣士の姿は消える。ゆっくりと立ち上がったシルヴィアがその手の中に美しく輝く半透明の大剣を召喚し、それを真正面に思い切り振り下ろした。
遅れて出現した魔剣狩りの持つガリュウとシルヴィアの魔剣が正面衝突し、激しい衝撃が広がっていく。二人はぎりぎりと鍔迫り合いをしつつ、顔をつき合わせて笑い合った。
「帝国の言いなりになっているには過ぎた力だな、シルヴィア」
「黙れ、力を持て余しただ破滅させる事にしか使用できない愚か者が……。死にたくなければとっとと失せろ。貴様とやりあっている場合ではないと言っている」
「そういうわけにはいかなくてな。まあ……少し付き合えよ」
魔剣狩りがシルヴィアから離れ、空中に舞い上がる。黒い魔剣から黒く輝く衝撃波を連続して繰り出し、シルヴィアへそれが降り注いだ。女王は結晶の剣を下段に構え、力いっぱい斬り上げる。闇の力をかき消し、女王は風でまくれるスカートもそのままに階段を駆け下りていく。
着地した魔剣狩りへと襲い掛かり、刃が激突――。力においてシルヴィアは魔剣狩りをも上回っている。女性の、しかも姫の細腕で繰り出される一撃は岩石が衝突したよりも重く、魔剣狩りの身体はピンボールのように吹っ飛ばされてしまう。
本陣を取り囲むヴェールを突きぬけ、魔剣狩りは夜の草原に着地した。シルヴィアはそんな魔剣狩りを追いかけ草原へと身を晒し、剣を大地に突き刺し髪を掻き上げた。
「どうした魔剣狩り……その程度か。単身挑んで来た割りにはみみっちいな、えぇ?」
「…………。やれやれ、相変わらずの馬鹿力だな。俺じゃなかったら死んでたぞ」
「残念だ。貴様も殺すつもりだったんだがな」
再び魔剣使いが動き出し、ガリュウを片手にシルヴィアへと迫っていく。繰り出された斬撃――しかしシルヴィアは片目を瞑ったまま、防御の姿勢すら取る事がなかった。シルヴィアへと繰り出された刃、それはしかし女王の首を刎ねるには及ばない。女王の目前には槌を構えたゲオルクの姿があった。ガリュウの高い攻撃力も、同じく攻撃力に特化したゲオルクに阻止されてしまう。
ゲオルクは魔剣狩りを弾き飛ばし、シルヴィアを守るように前に出た。遅れて走ってきたミュレイがシルヴィアに駆け寄り、ウサクがその傍に控える。そうして昴はわけのわからない状況にただ只管首をかしげるのであった。
「な、何がどうなってるんだ……? あれがシルヴィア王……別に普通のお姫様に見えるけど……」
手元にある剣と派手に露出した巨大な胸元さえなければ……と、そんな言葉を付け加えようとしたのだが、昴の視線は魔剣狩りに釘付けになってしまいそれどころではなかった。見た瞬間、昴の脳裏に何かの景色が過ぎる。それはメリーベルを見た時にも感じた、既視感にも似た不思議な衝動……。魔剣狩りはバイザーを外し、首からかけて静かに体勢を立て直した。鋭く闇を射抜く瞳が月夜の中で獣のように輝いている。
「シルヴィア、無事か!?」
「……ミュレイ、か? 随分と小さくなったものだな……フッ! 愛らしいじゃあないか」
「そんなこと言ってる場合かお主……? ヴァン、止めろ! シルヴィアを殺した所でお主の目的は果たされる事はないっ!!」
「ミュレイか――? 国外に行ったと聞いていたが……戻ってきたのか」
魔剣狩り、ヴァン。ククラカン王女、ミュレイ。ザルヴァトーレ女王、シルヴィア。三人は互いに視線を交錯させる。そこには言葉に出来ない重苦しい緊張感があった。先に動いたのはミュレイで、小さなその身でヴァンへと歩み寄っていく。
「どうした、それもいつもの召喚実験の副産物か?」
「違うわ馬鹿者……。お主、いつまでこんな事を続けるつもりじゃ……?」
「……この世界に存在する、全ての魔剣使いを倒すまでだ。あんたも知っているはずだ。それに、あんたのソレイユだって例外じゃない」
ヴァンは魔剣を構え、ミュレイへその切っ先を突きつけた。しかしミュレイは怖じる事無く更に一歩前に進んでみせる。流石に危険だと判断したウサクが走り出そうとしたが、ミュレイは無言で片手で動きを制するのであった。
「ミラの事は、お主にも申し訳なく思っておる……! じゃが、こんな事を続けても、ミラが喜ぶ事は無い……!」
「判ったような口を利くな、ミュレイ。あんたが殺したようなものだろう、ミラは……? そっちの女は、ミラの代わりか?」
ヴァンの鋭利な刃のような視線は、刀を抱きしめて固まっている昴へと向けられていた。ミュレイは昴を庇うように移動し、両手を広げる。魔法も魔剣も使えない今のミュレイにとって、それは最大限の擁護であり抵抗であった。
「昴は関係ない……!」
「…………人間を道具のようにしか扱わないあんたの事だ、あの女もミラのように使い捨てる気だろう?」
「違うッ!! わらわは……わらわは、ミラの事とて……本意では……っ」
「同じ事だ。救える物を救わず、目先の物を犠牲にしてあんたが語る理想にどれだけの価値がある……。お喋りは終了だ。そこを退け。でなければ殺す」
「ヴァンッ!!」
ミュレイの叫びはヴァンには届かない。振り上げられた魔剣に込められた殺気は本物だった。昴もウサクもゲオルクも、すぐに反応して動き出す。兎に角ミュレイを助けなければならない――。しかし、ミュレイは動かずそれに応じた。ただ真っ直ぐにヴァンを見つめ、振り下ろされる刃を静かに見つめていたのである。
「ミュレイ――!! だめだ、避けてぇっ!!」
昴の悲鳴にも似た叫び声が響き渡る――。その時、ミュレイの足元に魔方陣が輝き、ガリュウはその動きを止めていた。雷光――。夜の戦場を照らし上げた眩い光の後、そこには一つの人影が残されていた。
ガリュウを受け止めた装甲に覆われた腕……。白い、白い装束……。女は白い雪のような髪を靡かせ、静かに目を開いた。紅い、鮮血のような瞳が魔剣狩りを見つめている。誰もが動きを停止していた。その停止した時の最中、ヴァンだけがその名前を読んだ。
「…………ステラ」
昴は彼女に見覚えがあった。エル・ギルスへと向かうターミナルで出合い、わずかばかりの言葉を交わした。ただそれだけの関係……しかし、昴は何故かとても懐かしいような気持ちを感じていた。白い影が動き、ヴァンを蹴り飛ばす。黒い甲冑を纏った魔剣狩りの身体が浮かび、そこに思い切り拳が叩き込まれた。鎧は砕け、魔剣狩りは血を吐き出しながら思い切り吹っ飛んでいく。草原の上を何度かバウンドし、遥か彼方に存在する矢倉の一つに衝突した。
地鳴りが響き渡る中、白い少女は静かに目を閉じ、ミュレイの無事を省みた。そうして一瞬昴へと視線を向け――ミュレイとシルヴィアに告げる。
「ハロルドの命により、ククラカン国とザルヴァトーレ国との武力衝突の予兆を確認。闘争レベル3以上の戦闘行動の感知により、これより武力介入を開始します」
訳がわからないといった顔をしている昴の周囲、ミュレイとシルヴィアは少女の言葉を大人しく聞き、何も言わずに後退する。昴は慌ててミュレイに歩み寄り、その身体にすがりついた。
「大丈夫だった、ミュレイ!?」
「うむ……。じゃが、ヴァンが……」
「え? ヴァン?」
白い少女は両腕を広げ、全身に光を纏って行く。迸る電撃は少女の背後に巨大な背光を模した剣を構築し、体を鎧で被っていく……。白い鎧を装着した少女はふわりと浮かび上がり、急加速し遥か彼方のヴァンへと突っ込んでいく。
ヴァンは起き上がり、ガリュウの力を解放していく。漆黒の光に覆われた魔剣狩りは飛来する少女へあわせて剣を振り下ろした。叩き込まれる闇の一撃――それを少女は拳をあわせて応じる。二つの衝撃がぶつかり合い――しかし次の瞬間ガリュウは真っ二つに折れ、砕けてしまうのであった。
衝撃で吹き飛ばされるヴァンを追い越し、少女は草原の大地を捲り上げながら急停止、ヴァンを空中でキャッチし更に上空へと舞い上がっていく。遥か彼方まで舞い上がり、そこから電撃を帯びつつ一気に大地へと加速し落下していく。
「カテゴリーSの反乱分子、ヴァン・ノーレッジ……。貴方を――武力により排除します」
大地に叩きつけられた直後、世界が大きく揺れた。地鳴りに続き雷光が迸り、ヴァンの身体は黒焦げになって意識は完全に途切れてしまう。ノックダウンされたヴァンの頭を掴んだまま少女は舞い上がり、ミュレイたちの下へと降り立った。
「戦闘行動終了……。ミュレイ・ヨシノ、彼の身柄を拘束してください」
「……やりすぎではないか? ステラ……」
「彼に関してやりすぎという事はありませんので。可及的速やかに彼の自由を奪い、投獄してください。後日、こちらから指示を出します」
「…………やむを得ぬ、か」
ミュレイは指示を出し、武士たちがヴァンを連れ去っていく。それを見届け、ステラと呼ばれた少女は武装を解除した。機械的なデザインの鎧が消え去り、残ったのは白いうさぎの耳を風にはためかせる少女の姿だけである。
呆然と戦闘を眺めていた昴へと歩み寄り、ステラは静かにその瞳を覗き込んだ。それから直ぐにミュレイとシルヴィアへ視線を向け、規律したまま規則正しく読み上げるかのように言葉を続けた。
「これ以上の軍事行為は帝国との協定違反と見なし、レベル3以上の戦闘行為発生を合図に強制武力介入を開始します。両国の賢明な判断を祈ります」
ステラの足元に再び魔方陣が浮かび上がり、その姿は再び眩い姿と共に消え去ってしまう。残されたのは焼け焦げた戦場と、そして完全に混乱してしまった状況だけであった。
わけもわからず、昴はきょとんとした様子でミュレイへと視線を向ける。焔の姫は一人、憂鬱そうに俯いていた。その瞳が何を意味し、この戦いが何を意味したのか……それを昴が知るのは、まだ先の事である――。
~はじけろ! ロクエンティア劇場~
*どういうことなの?*
うさ子「ほへぇ……?」
昴「えっと……あれ? なんか、色々矛盾してるような……」
うさ子「ホクト君はヴァン君でぇ、ヴァン君はホクト君でぇ、でもホクト君はバテンカイトスにいて……ヴァン君はプリミドールにいるの~? あれれ?」
昴「よくわかんないけど……もしかしてヴァンとホクトって別人なんじゃ……」
ホクト「カンのいい人はもう気づきそうなもんだけどな」
昴「え? なにが?」
ホクト「神宮寺飛鳥的な流れでいけば、ホラ……なっ?」
うさ子「…………? ぜんぜん意味わかんないの。ホクト君、だいじょうぶ?」
ホクト「…………」
昴「まあ、何が起きても驚かないかな、私は……」
うさ子「色々な意味でねっ!!」
ホクト「まあ、俺も驚かないだろうな」
三人とも「「「 だってそれが神宮寺クオリティ 」」」
シェルシ「それより、出番……。出番は、まだですか……」
ミュレイ「お主ほんっと出番ないのう……」