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仲間(3)


「でも、うさ子お金持ってるの……? さっきからすごい勢いで食べてるけど……」


「はむはむはむはむ……っ!!」


 バテンカイトス内には様々な店舗が展開している。その中には当然、戦士達御用達の飲食店も数多い。レストランの中の一つ、アクティの行きつけの店でうさ子はひたすらにご馳走を食べ続けていた。

 それはもう、見ているアクティが心配するくらいにうさ子は容赦なく食べ続けた。既にカラッポになった皿が何枚も積み重なり山を構築している。口の周りをベッタベタに汚しながらうさ子は顔を挙げ、ナプキンで口元をごしごし擦って頷いた。


「大丈夫なの~っ! お金ならちゃんとあるの! じゃじゃじゃじゃ~ん!! ホクト君のお財布~♪」


「って、ホクトのなの!? 勝手に使ったら怒られるよ……?」


「ふふん、うさはそんなにお馬鹿さんじゃないのです! うさは、最近とっても頑張っているのです~。シェルシちゃんも助けたし、もぐもぐ……あと、ホクト君を白騎士さんから助けてあげたし、もぐもぐ……。帝国騎士団もやっつけたし……そろそろホクト君は、うさにボーナスをくれるはずなのっ」


「…………。そ、そうなの? そんな約束したの?」


「……してないよ?」


「………………。ホクト、普段から苦労してるんだ」


 呆れたように溜息をつき、アクティはチョコレートパフェを一口ぱくりと口に運んだ。うさ子はそんなアクティの憂鬱そうな様子を見て目をぱちくりさせながら首をかしげる。


「アクティちゃん、ホクト君のお友達だったの~?」


「友達……じゃ、ないよ。ヴァン……ホクトは、サーペントヴァイトのメンバーだったの。だから、仲間で……でも、ボクにとってはそれ以上の存在だったんだ」


「それ以上~?」


「家族っていうのかな……。ヴァンは、孤児だったボクを拾って育ててくれた人なんだ。サーペントヴァイトに入ったのだって本当はボクの為で、ヴァンは……えと、ホクトはいつも一人で居たがってた。誰かと一緒に居ると、その人を傷つけるからって」


「ホクト君は、ヴァン君でぇ……。ヴァン君は、ホクト君でぇ……。サーペントヴァイトだけど、砂の海豚なの~。とっても不思議さんだね~?」


「ほんと、わけわかんないよね……笑っちゃうよ」


 そう語るアクティの表情は悲しげで、決して笑ってなどは居なかった。むしろ今にも泣き出しそうなその表情にうさ子は耳をぱたんとしならせ、手を伸ばしてアクティの頭を撫でるのであった。


「アクティちゃんは、ホクト君の事が大好き大好きなんだね~……よしよし」


 言わずもがな、アクティの方がうさ子より年下である。年下どころか、アクティはまだ十代前半の少女なのだ。辛い体験を潜り抜け、持ち前の明るさでなんとかやってきたものの、本当は家族が恋しかったはず。

 うさ子はそんなアクティの寂しさやホクトと再会出来たと言う喜び、そしてホクトが記憶喪失だと知った時の二度目の悲しみ……。それらを感じ取り、ただ優しく気持ちを込めて頭を撫でた。アクティはスプーンを咥えたまま、片目を閉じて俯いていた。


「お兄ちゃんが記憶喪失になっちゃったんだもんね……。寂しいよね……。悲しかったよね……」


「…………これも全部、白騎士の所為なんだ……。あいつさえ居なければ、ヴァンは記憶喪失になんかならなかったのに……」


 アクティは全ての原因となった戦いを思い出す。それは一年ほど前、サーペントヴァイトの作戦行動中に起きた戦いだった。事件と呼ぶに相応しい一連の出来事はアクティにとって容易には忘れられない記憶であり、そしてそれは彼女が乗り越えねばならない壁だった。

 涙を拭い、顔を上げる。今こうして再びヴァンの傍に居る事が出来る……。ヴァンが、生きていてくれた。それだけでいいじゃないかと自分に言い聞かせた。今度こそ、家族を守ろうと誓う。ヴァンが何も言わずに背中でそう語ってくれたように……自分もまた、その背中に応えねばならないのだから。


「そう……記憶喪失ねぇ。あんた、とことん不幸体質なのねぇ~」


 アクティとうさ子がレストランで食事をしている頃、ホクトは腕と胴体に術式を刻んだ包帯を巻き、肩から上着をかけてサーペントヴァイトの本部の中をうろついていた。見覚えのない施設ばかりだったが、武器庫に貯蔵されている武装や魔道具の数々は興味を引くだけの価値があった。背後、団長であるブラッドは唇に手を当てそんなホクトの後姿を見つめていた。


「アクティにはちゃんと説明したの? あの子、あんたの事ずっと探してたのよ?」


「その話はもうメリーベルからも聞いたよ……。しょうがないだろ? 記憶を失ってたんだから」


「ま、そういっちゃえばそれまでだけど……。あの子にとってあんたはたった一人の家族なのよ? もう少し優しくしてあげなさい。それがあの子の命を助けた貴方の義務なんだから」


 やれやれと言った様子でホクトは振り返り、包帯まみれの腕を見つめた。ガリュウさえ暴走していなければ、もう少し家族らしい嘘をつけたのだろうか……? 心に余裕がなくなってくれば、うさ子にそうしたように自分に近づいてくる者に対して厳しい言葉を向けてしまうかもしれない。ホクトは常に冷静であり、無感情であり、そして同時に残酷だ。彼は彼の周囲の人間が思っている以上に非道であり、優しさとは程遠い所に居る。

 これまでも命乞いをする相手を容赦なく斬り殺し、村を滅ぼし野を駆け巡り魔性を狩り人族を狩り、血と呼ばれるあらゆる赤で己の両手を穢して来た。誰かと共に歩めるほどその罪は軽くはなく、そして誰かに触れる事が出来る程綺麗ではない。

 嘘をつき続ける事は難しく、しかしそれは安らかでもある。ホクトは確かに仲間に手を伸ばす時、何か心に暖かい物を感じていた。これまではそうして自分の気持ちに正直に戦ってきた。だが、白騎士との戦いが彼に新しい感情を抱かせつつあった。


「確かにあんたの言うとおり、俺は不幸体質らしい。白騎士は俺を死神と呼んだ……。実際、俺は人殺しを生業にする化け物だ」


 肩を竦め、それから目を瞑った。魔剣を見ると、ガリュウが疼くのだ。全ての魔剣使いを殺せと唸るのだ。その感覚は日に日に近づいてきている。堪えられなくなりつつある。そうなれば、仲間にとて刃を向けるかもしれない。

 以前の自分は一体どうやってガリュウを制御していたのか、まるで見当もつかない。あるいは元々制御など出来て居なかったのかもしれない。ガリュウは非常に危険な魔剣だ。一度暴れ出したら手の施しようがなくなってしまうほどに。


「……やっぱりあんた、変わらないわね。あんたはいつもそうやって、誰も傷つけない為に誰にだって嘘をついてた。誰も心に踏み込ませようとしなかった……。記憶を失っても、そういう所は変わらないのね」


「自分で選んで自分で決めた事だ……。俺はもう、仲間を……」


 傷つけない――。そう続けようとして、はっとする。以前、誰を傷つけたというのだろうか……? アクティだったか、ブラッドだったか……或いはメリーベルかもしれない。記憶は定かではなく、しかしこの手が覚えている。決して斬ってはならないものでさえ、力はいとも容易く引き裂いてしまうという事を。


「力はセーブして使えば問題ない。それでも俺は十分すぎる程に強いしな。並の剣誓隊クラスなら楽勝楽勝」


「まあ、カテゴリーS以上の魔剣使いが相手じゃなければね。あんたに敵う魔剣使いなんて、多分白騎士くらいのものなんじゃないかしら?」


 それは逆に白騎士を追うとなれば、またいつガリュウが暴走してもおかしくないという事を意味している。今までは本気で戦う必要のある敵などいなかったし、これからもそのはずだった。だがホクトは身に染みて理解したのだ。ガリュウは仲間を傷つける要素となり、そして白騎士とやりあうのはもう避けられないのだと。


「…………。白騎士と、戦うつもり?」


「決着はつけなきゃなんねーだろ……? それにどうしても、あいつと戦いたいって煩いんだよ――こいつがな」


 片手を翳し、ホクトは煙草を口に咥えた。ジョニーライデンの甘い煙を楽しみながらホクトは背後を見やる。武器庫に保管された無数の剣、その全てに持ち主がいて、きっと全てに血の歴史があるのだろう。


「心配せずとも暫くは大人しくしてるさ。今の俺は、砂の海豚のホクト君だからな」


「……そう。でも、忘れないほうがいいわ。貴方のその矛盾した優しさは、いつか誰かをどうしようもなく傷つけるんだって事を」


「…………それも、言われたよ。メリーベルに……嫌って程、な」


 壁に背を預け腕を組んだブラッドの傍らを抜け、ホクトは去っていく。その背中を見送りブラッドは静かに溜息を漏らした。不器用なのだ――いつだって。記憶がなくとも、心がなくとも……彼は。


「可愛そうね……アクティも、あの子も……。これだから自分勝手な男ってやつは……」


 そうぼやく彼自身も男なのだが、それはこの際関係のない話である。ブラッドもまた、己の成すべき事を成すためにゆっくりと歩き始めるのであった。




仲間(3)




「ロゼ、一緒にバテンカイトスを周りませんか? 色々と、今後為になる事もあると思いますよ」


「ああ……」


 割り当てられた部屋の中、ロゼはベッドの上に寝転がって天井を見上げていた。リフルはその傍らに立ち先ほどからずっとここに居るのだが、ロゼはリフルに何も言う気配がなかった。普段ならばあれをしろこれをしろと煩いくらいだったのだが、仕方がなくリフルが声をかけるくらいに場は沈黙に支配されていた。

 リフルとロゼの付き合いはとても長く、ロゼがまだ幼い少年だった頃からの付き合いである。その頃はまだリフルも少女であり、リフルは常にロゼの父に言われて彼の傍に居た。その所為で甘え癖がついてしまったといえばそれまでだが、それでもロゼは常にリフルと共にあり、そしてそれが永遠に続くのだと考えていた。


「なあ、リフル……」


 ふと、ロゼは思いきったように体を起こした。眼鏡を外したその瞳はじっとリフルを見つめている。嫌な予感なら――もうずっとしていた。リフルは覚悟を決めるように一息つき、それからベッドに腰掛けた。


「バテンカイトスの事、ですね……?」


「……ああ。どうして僕に黙っていたんだ……? 父上は、バテンカイトスの事も知ってたんだろ?」


 そう、リフルはこの場所の事をずっと只管にロゼに隠し続けてきた。バテンカイトスは反帝国勢力の一大拠点であり、最前線であるとも言える場所……。リフルはそこに、ロゼを近づけたくなかった。ただそれだけである。

 だがそれは、ロゼにとってはリフルの裏切りを意味している。ロゼは今日まで、子供として至らずとも必死に何とか砂の海豚を盛り立てて来た積りだった。ギルドの一部として資金を調達し、小さな作戦とは言え帝国に逆らい、困っている人たちを助けてきた。それが不必要だったとも、無意味だったとも言うつもりはない。そのくらいは理解している。だが……バテンカイトスで活動する事が出来れば、もっと大規模な作戦とて可能だったはずなのだ。


「僕は砂の海豚の団長だ……! リフル、お前は砂の海豚をなんだと思ってるんだ……?」


「……ロゼ」


「ブラッドが力を貸してくれるっていうなら、もっと早くそうすれば良かったんだ! 父上だって元々ここにいたなら、ガルガンチュアは!? 今居るクルーの殆どが、バテンカイトスから移住したって事じゃないか! 皆してグルになって僕を騙してたのか……!?」


 何も言い返すことは出来なかった。何故ならロゼの指摘は全てが大正解だったからである。そしてその理由も頭の切れるロゼは気づいてしまったのだ。判っているのだ。だからこそ、こんなにも憤慨している。それは文字通りの裏切り行為……。リフルは故に、何も言い返せなかった。


「僕が子供だから……。団長として相応しくないから、お前はこの事を黙っていたんだろう!?」


「いえ、そうではないのです、ロゼ……! これは、先代の意思で……」


「そんなの関係あるかよっ!? だったらお前は、自分の意思じゃここに居ないっていうのか!? 砂の海豚じゃないっていうのか!? 全部父上の所為にして、自分は悪くありませんってのはどうなんだよ!?」


「ロゼ……」


「僕は……! 僕はそりゃ、勇気だってないし、力だってない……。背も小さいし、魔剣だって持ってないし、出来る事と言えば魔術くらいのただの子供だ……。でも、それでも今日まで皆の事を想って頑張ってきたんだ! 父上を殺した帝国を……砂の海豚の皆の家族を奪った帝国を倒す為に!! なのに、じゃあ誰も僕が団長だって認めてなかったって事か!?」


「…………ロゼ……落ち着いてください」


「落ち着いてなんていられるかっ!!!!」


 ロゼは立ち上がり、リフルの襟首を掴み上げた。その瞳は怒りに囚われているというよりは、むしろ悲しみに満ちていた。当然のことである。ロゼがどれだけ努力し、どれだけ家族の為に頑張ってきたのか……それは傍で見ていたリフルが一番理解している事なのだから。

 彼は幼くして父を亡くし、父を失った組織を纏め上げようと必死で努力してきた。子供らしい事をしている暇は無く、魔術の研究とガルガンチュアとギルド運用の勉強だけを只管にしてきたのだ。それも全ては家族である砂の海豚のメンバーを路頭に迷わせない為、そして彼らの思いを無駄にしてしまわない為に……。

 リフルは常にロゼの傍に居て、ロゼに様々な事を教えてきた。だが彼女はいつだってロゼが戦う事に否定的で、砂の海豚が活動する事にさえ大きな制限をかけ続けてきた。危ない事はするな――。そのリフルの態度はずっと気に入らなかった。自分を団長として認めていないのだと、男として、戦士として認めていないのだと暗に言われている気がしたから。

 罪人をUGに移送する列車を襲撃し、それを開放する作戦を考えた時もリフルは反対していた。だがロゼは初めてそれを押し切り、普段より大きな作戦を一人で遂行したのである。途中でホクトの力を借りはしたものの、世界を変えるほどの効果はなかったものの、それはロゼにとってリフルが自分を認めてくれた初めての作戦だったのだ。


「そもそもどうして父上はお前にグラシアを継承したんだ!? 僕ではなく、お前に……っ!! それだって本当は、僕の事を認めていない証拠じゃないか!!」


「それは違います、ロゼ……! 先代は、貴方の為を想って――!」


「何が僕の為なんだよ!? お前はいっつもそう言って僕を縛り付ける……! そんなのただお前の為じゃないかっ!! お前が傷つきたくないだけだろっ!?」


 リフルを突き飛ばし、ロゼは額に手を当てて背を向けてしまった。その背中はいつもより小さく、そして寂しげに見える。打ちひしがれるロゼにかけられる言葉は……何一つ、思いつかなかった。リフルは自分の無力さを呪いながら、しかしどうしようもない言葉しか口にすることは出来ない。


「……申し訳ありません、ロゼ……」


「…………何で謝るんだよ。確かに、お前は……お前達は正しいよ。僕は、いざ実戦になったらビビって後ろで見てるしかないただの子供だ……。列車潜入作戦の時だって、本当は怖くて仕方がなかったんだ。ホクトがいなかったらきっと、ビビってそのままUGまで行っちゃってたさ……」


「…………」


 何も言えず、視線を落とすリフル。ロゼは眼鏡をかけ、それから部屋を後にする。扉に手をかけ、最後に振り返って言い放った。


「だったらもう、お前が団長やればいいだろ……! 僕はもう、お前の事なんか知らない……。ほっといてくれ!!」


「ロゼッ!?」


 バタンと、音を立てて扉が閉まる。リフルは慌てて立ち上がり、しかし追いかける事は出来なかった。追いかけたところで、一体何が言えるというのだろうか? 全てはロゼの言うとおり、それがただ真実であり、事実なのだ。

 その場に膝を着き、リフルは項垂れていた。ロゼはなんだかんだと口悪くとも、それだけは――。団長を辞めるとだけは絶対に口にしなかった。リフルを責める事があっても、お前の事なんか知らないなんて一言も言ったことはなかった。いつでも家族として、仲間として、リフルを気にかけていたのだ。子供なりに、未熟なりに……無力なりに。

 だが、ロゼはもう行ってしまった。追いかけなければいけないことは判っていても身体は動かなかった。これ以上何を言えるというのだろうか……? 剣士はただ俯き、己の無力を拳に込めて床に叩きつけることしか出来なかった――。




「――――で? 俺の財布はスッカラカンになった、と……」


「ご、ごめんなのー……。そんなにね、お金がかかるとは思ってなかったのー……。はうぅう……! はぅぅうーっ!」


 食事を終えたうさ子とアクティの前、ホクトは腕を組んで睨みを効かせていた。うさ子が自分の財布を持ち出し、勝手にたらふくご馳走を食い荒らした事を知ったのはつい先ほどの事である。うさ子は往来の真ん中で正座し、耳をへこたれさせて上目遣いにぷるぷると震えながらホクトの顔をちらほらと見上げている。アクティはその隣に立ち、冷や汗を流しつつ周囲を気にしていた。


「でも、うさはね……うさは、最近頑張って働いてたのー……。ホクト君はね、そろそろうさにボーナスを出してくれるかなぁって思ったのー……」


「…………ほお~……?」


「はうぅ!? う、うさはね、ホクト君のお金を全部使っちゃう積りはなかったのっ! ただね、とってもおいしいレストランさんでねっ!」


「で…………?」


「はぅうっ!? はぅぅうううっ!! 怖いのー……! 怖いのーっ!! うさはね、うさはね……うわぁあああああんっ!!!! ごーめーんーなーさーいーっ!! ああああーん! わーんわーんっ!!」


 子供のように泣きじゃくりながらぺこぺこと頭を下げるうさ子。流石に周囲の人目が集まってきて気になるのか、アクティは顔を紅くして腕を組んでそっぽを向いていた。まるで他人のフリである。


「わーんわーん!! もうしないのー! もうしないのーっ!! ホクト君、ごめんなさいなのーっ!! ごめんなさーい!! うわぁあああんっ!!」


「反省したか……?」


「したの! 反省したのーっ!! ホクト君怖いの、怖いのーっ!! もう勝手にご飯食べないのーっ!! おかわりも、一回で我慢するからぁああ!」


「お前がした事はな……泥棒だ、泥棒!! お前は犯罪者になったんだ!!」


「――――ッ!? うさは…………うさは、そういうつもりじゃなかったの……。ボーナス……」


「そのボーナスって言葉はどこで覚えてきたのか知らんが、時間外手当とボーナスは期待出来ねえんだよ、砂の海豚はよぉ……」


 がっしりとうさ子の頭を掴み、ギリギリと締め付けるホクト。うさ子は魚のように口をパクパクと開け閉めしながら必死でそれから逃れようともがいた。


「次やったらなぁ……? お前……ダンボール箱に詰め込んでその辺に転がして“親切な方拾ってください”って放置すっぞコラァッ!!!!」


「わあああああんっ!! わぁああああああああんっ!! やだーっ!! やだああああっ!! ホクト君、ごめんなさいなのーっ!! ごめんなさいなのおおおっ!!!!」


「時間外手当とボーナスは……?」


「き、期待出来ないのー……。うえーん……うええええん……」


 ぱっと手を離し、うさ子は頭を抱えて地面の上でまるくなってしくしくと泣き続けていた。余りにも号泣しているので流石に哀れになってきたのか、アクティはホクトの足を軽く蹴っ飛ばして抗議した。


「あんまり苛めたら可愛そうでしょ……? そのへんにしといてあげなよ……」


「あのなあ……? これからローティスで若いおねーちゃんと一緒に美味しいお酒が飲めるところだったんだぞ……!? それがこの馬鹿の所為で、当分お預けだっ!!!!」


「…………。そんな理由? じゃあ別にいいじゃん、馬鹿馬鹿し……」


「なんだと!? 俺はなぁっ!! 若いおねーちゃんとイチャイチャすることだけを楽しみにこの辛い人生を生きてんだぞ!?」


「キモ……。ほら、うさ子しっかりして。元気出して~」


「……アクティちゃん……やさしいの……っ! うさは……うさは……! アクティちゃーんっ!!」


 うさ子は涙を流しながらアクティにひしと抱きついた。アクティは自分より一回り大きな身長のうさ子の頭をなでなでしつつ、ジト目でホクトに抗議した。


「つか、どっちみち金の大切さはいつかこいつに教えにゃならんかったろうに。うさ子、もう判ったな? 勝手に人の金を使わない事」


「うん、わかったの……。うさは……うさはもう、悪い事はしないの……」


「そうか。じゃあこれ」


 ホクトはズボンから徐にオレンジ色の財布を取り出した。そうして懐から封筒を取り出し、そこにペンできゅっきゅとそのまま書き加える。そこには“うさ子の給料”と記されていた。


「こいつは俺からのプレゼント。それからこれはお前の小遣いだ」


「!? ホ、ホクト君……い、いいの……?」


「ああ。お前も自分の財布欲しかったろうなと思ってさっき買っといてやったんだよ。金も、全部財布に入れてるわけじゃねえし、魔剣狩りやってた頃の俺の口座がブラッドから帰ってきたからまあ金はないわけではないんだ。だからこれはお前の給料な」


 封筒からお札を取り出し、うさ子は目をキラキラと輝かせた。財布にそれをしまい、まるで財宝でも発見した探検家のように財布を高々と両手で掲げたのであった。


「うさ、お給料初めてもらったの~~~~っ!!!! うれしいのーっ!!!!」


「お前は俺が養ってる状態だったから、金の管理は俺がしてたしな。丁度いいから金の使い方くらいはきちんと覚えろ、馬鹿うさ子」


「頑張ってお勉強するのっ!! ホクト君、ありがとうなの! ありがとうなのーっ!! 大好き、大好き、大好きっ!!」


 ホクトに抱きつき、すりすりと頬擦りするうさ子。ホクトは苦笑しつつその頭を撫でていた。ちょっとだけそれを羨ましく思いつつ、アクティはうさ子の笑顔に釣られて笑みを浮かべるのであった。


「アクティちゃん、うさの財布なの! うさのお財布なのーっ! オレンジでかわいいの~♪ はうう……はうぅうう……っ♪」


「そんなに振り回してたら失くしちゃうよ……?」


 大喜びしているうさ子を眺め、ホクトは優しく微笑んでいた。その瞳は歳の離れた妹を可愛がる兄のようで、アクティとしては複雑な心境だ。本来ならそれは、自分に向けられるべき視線なのである。焼餅を焼かないといえば、嘘になってしまうだろう。だが、それ以上にアクティはうさ子が好きだった。だから何ともいえない気持ちのままホクトの靴を踏みつけるのであった。


「ボクにはないの? プレゼント」


「ん? あ~……。いや、一緒にいるとは思ってなかったからな。また今度な」


「期待しないで待ってるよ、もう!」


 おおはしゃぎを続けているうさ子の傍ら、アクティはホクトの手をぎゅっと握り締めて視線を逸らした。それはそれで、いいのかもしれない。失ってしまった物は多くとも。また、一緒に記憶は紡いで行けるのだから――。


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