仲間(1)
戦いを止める事は出来なかった――。アクティの目の前、二つの死神が互いの刃を振り翳し死を運ぶ者でさえその命を奪おうと唸りを上げる。
ターミナルの中央に浮かぶ時計台を背景に黒白は激突する。まるでそれは予定調和のように仕組まれた決闘――。片や、獣を象ったかのような漆黒の魔剣。片や、祈りを結晶化させたかのような、純白の魔剣。どちらも同等、遥か化け物……。並の魔剣使いが踏み込める領域はとうに踏破している。
それは、黒き死神。魔剣を狩る者。数百の魔剣をたった一人で刈り取り続けてきた死の王である。剣誓隊百名を斬り殺し、魔物を斬り殺し、王でさえ神でさえその刃の前には恐れるに足らず。それは反逆者の理想。掲げられた血の凱歌。ホクトは歩む。その足取りは軽く、今までの彼の物とは比べ物にならないほど軽く、早く、そして前へ。攻撃的な、獰猛な、理性さえ吹き飛ぶような行軍である。
魔剣狩りは空に吼えた。それは、人間の声ではなかった。魔剣に紅い紋章が浮かび上がり、無数の瞳が同時に見開き獲物を捉えた。魔剣から伸びた黒い影は所有者である男の腕をも飲み込み、そこに結晶化して鎧を構築する。片腕を魔剣と同化させ、ホクトはそれを敵へと叩き込んだ。
それは、白き騎士。魔剣を狩り続ける悪魔を追いかけここまでやってきた狩人の狩人。白と黒が繰り出すのはこれが初手ではない。これまでにも幾度となく邂逅を果たし、幾度となく刃を交え、幾度となく死線を乗り越えてきた。白き騎士は鞘を構え、それを黒き死に合わせ叩き込む。純白の波動は光を弾き、魔剣ガリュウをいとも容易くはじいてしまう。
瞬きの刹那、騎士は消滅する。ホクトは動揺しない。白騎士の能力について彼ほど詳しい者もいないだろう。ガリュウは牙を向き、ホクトの身体を漆黒で被う。影の盾は側面にいつの間にか存在していた白騎士の刃を弾き、爆ぜるような鳴き声と共に騎士ごと剣を弾いてしまう。
『……やはり、斬れないか』
判りきっていた事である。追跡してくる黒い影の腕、それはまるで蛇のように白騎士へと纏わりつく。騎士は太刀を片手に、そして逆手に構え、踊るようにその場で廻る。切っ先の軌跡をなぞるかのように、空間が停止する音が聞こえた。カチンと、歯車が噛みあうような、そんな音が世界に欺瞞をぶちまける。
黒き刃の群れは氷の結晶に包まれ、停止した。白騎士は上空へと跳躍し、ホクトはガリュウに引きずられるように駆け出し、壁を蹴って空を舞う。ネオンの光を背に二人は空中で刃を交え、落下しながら互いに体勢を入れ替え、連続で攻防を繰り広げた。
「白騎士……! ってことは、やっぱりホクトはヴァンなんだ……! まだ命を狙ってるって、どこまでしつこいんだか……!」
殆どそれは呻き声だった。ギリギリの緊張感の中、吐き出すように呟いた独り言は自分を鼓舞する為に。今、ここでアクティがなさねばならない事はたった一つ。ホクトを援護し、白騎士を撃退する事に他ならない。
ライフルを構え、落下してくる影を狙う。しかし、引き金を引く指は鉛のように重かった。攻撃すれば白騎士はアクティを敵と見なし、攻撃を繰り出してくるだろう。一瞬先の未来を夢想し、アクティの背筋に悪寒が走る。白騎士は目で追えない程の高スピードでの移動を繰り出してくる。それは、ほぼ瞬間移動と同義だ。攻撃したが最後、次の瞬間アクティの首が吹っ飛んでいても全くおかしい事はない。むしろそれが自然なのだと感じる。
攻撃すれば殺される――。アクティの身を迷いと怖じが支配していた。今、集中を欠いた状態で狙撃すればホクトに当たってしまう可能性も消し去りきれない。だが、またここで――。少女が以前そうしたように、魔剣狩りの男を見捨てる事だけはあってはならない。そう、彼女は理解していた。
迷っている間に二つは落ちてくる。落下と同時に黒い炎が空を焦がす程に燃え上がり、次の刹那氷の結晶がその全てを被いつくした。狭い通路は既に闇の炎と白き氷河に被いつくされ、アクティが近づけるような領域ではなくなりつつあった。少女は諦め、銃を下ろす。諦めたわけではない。諦めたかったわけではない。だが――余りにも、目の前の戦いはレベルが違いすぎる。
『腕が落ちたか、魔剣狩り……。動きがぎこちないな』
「ち……ッ!!」
着地した二人は刃を交えつつ、移動を繰り返していた。氷の結晶の上に飛び乗った白騎士へと大剣を叩き込み、氷が砕け舞い散る。次の瞬間白騎士は一瞬六人に増え、上下左右から同時にホクトへと襲い掛かった。黒い魔剣はそれに反応し、唸り声を上げ炎と腕を撒き散らす。気づけばガリュウはその姿を変え、剣は牙を持ち、そして腕を持ちつつあった。大剣はそのまま龍のような姿に変わり、ホクトの腕を侵食している。それは既に胴体に及び、ホクトは見るも恐ろしい異形に変わりつつあった。
『ガリュウがコントロール出来ないのか……? 哀れ――堕ちたものだな、ヴァン』
「オォォオオオオオオオオォォッ!!」
応えたのはホクトだったか、ガリュウであったか……。交じり合う地の底から響き渡るような唸り声は氷を全て砕き、怪物と成り果てつつある魔剣はその巨大な瞳で白騎士を睨み、涎を垂らしながら口をパックリと開いた。空中に魔方陣が浮かび上がり、黒き魔剣の喉奥より放たれたのは煉獄の炎であった。
漆黒の閃光は刹那、世界から音と光を一切合財奪いつくした。民家が遅れて連続で蒸発し、地鳴りと甲高い魔力により世界が焼け付く音が響き渡った。白騎士の一歩真横、その大地は抉れ全てが消滅し、ガリュウによる攻撃の激しさを物語っている。が、惜しくも攻撃は命中しなかった。白騎士は太刀を鞘に収め、居合いの構えを取る。
「~~~~っ!? み、耳が……」
両耳を押さえ、倒れこむアクティ。戦いの激しさは加速し続け、さすがに剣誓隊や騎士団もそれに気づきつつあった。周囲を取り囲み、包囲網を完成させようとしている騎士たちがしかし戦闘に介入しないのは、単純にホクトの戦闘力が余りにも高すぎる所為であった。
今この場に割り込む事が出来る者など帝国騎士団の中には存在しなかった。魔剣狩りと呼ばれた化け物と、白騎士と呼ばれる化け物……。魔剣使いと呼ばれる者たちの中でも頂点に最も近い場所に君臨する二人が戦っているのだ。そこに割って入る事は決して容易な事ではない。
『これで全ての運命にケリをつける……。来い、魔剣狩り――!』
居合いの構えから白騎士は一息に駆け出した。跳躍とも駆け足とも異なる、地面スレスレを滑空するかのような高速移動――。ガリュウはそれに刃を合わせようと動き――しかし、二つの衝突は完了されなかった。
真上、丁度頭上から落下してくるかのように影が一つ――。それは真っ直ぐに白騎士へと向かい、襲い掛かった。刹那、白騎士の指がゆっくりと動いた。高速移動の最中、戦闘の最中だというのにそれはまるでスローモーションのように誰もが認識する事が出来た。時が遠のいていく――そんな奇妙な感覚の後、音速をも超える驚異的スピードで反応し、繰り出された一撃必殺の居合い斬り――! 乱入者の影を両断し、白騎士は氷の余韻と共に停止する。
「ふ、ふわぁああああっ!? うさの……うさの魔剣がぁ~!?」
手元でくるりと回転させた魔剣を鞘に戻し、白騎士が振り返るその視線の先――。乱入者であるうさ子は無事であった。手ごたえは確かにあった。しかし、白き魔剣が切り裂いたのはうさ子の持っていた魔剣だけであった。
すっぱりと、まるでバターでも斬るかのように魔剣を両断した必殺の一撃――。当然、あれは万全の状態ではなかった。意図したものとは違うタイミング、不意打ちに反応して放っただけである。威力はそれと思い繰り出したものの半分にも及ばなかっただろう。それでも強固な魔剣を両断し、転がすに十分すぎる威力を持っていたのだ。
「ま、魔剣は壊れてもまた出せるのっ!! うさは……うさは諦めないのっ!!」
両手に再び剣を構築し、うさ子は走り出した。連続で拳を繰り出し、白騎士へと襲い掛かる。しかしそれらの攻撃は鞘に収められた魔剣によって完全に防がれてしまっている。
「このこの、このーっ! うりゃりゃりゃ!! うりゃーっ!! 当たれなのーっ!!」
『…………ステラ』
「ほえ? はぅぐっ!?」
白騎士の呟いた言葉にうさ子は停止してしまう。理由は――? 考える意識は持たなかった。鳩尾に鈍い痛み、それは白騎士が放った鞘に収められた刃が減り込んだという証だった。前のめりに倒れるうさ子の頭上し白騎士は袴ごとダイナミックに足を振り上げ、それをふらついたうさ子の頭に叩き込む。
大地へと蹴落とされたうさ子は地面を砕き、頭部をレンガの山の中に陥没させ、ぐったりとした様子でピクリとも動かなくなってしまった。一瞬――。仮にも魔剣使いであるうさ子が瞬殺である。白騎士が取り乱したのはほんの泡沫の間のみ、既に冷静さを取り戻しゆっくりと顔を挙げつつあった。
「うさ子……ッ!?」
『邪魔が入ったか……』
言葉に続き、彼方より魔法攻撃が飛来する。それを鞘で軽くいなし、白騎士は背後を見据えた。直後、何の前触れも無く白騎士の身体が吹き飛び――続いて甲高い、弦楽器から奏でられるかのような音が鳴り響いた。
「ホクト! うさ子!!」
走ってきたのはリフルであった。リフルは片手で陥没したうさ子の襟首を掴み、引っ張り上げる。それと同時にホクトの手を引き走り出した。完成しかけた包囲網が閉じかけ、しかしそこにアクティによる援護が入る。ここに来て漸く動く事を可能としたアクティは逃走開始したリフルとホクトを援護し、共に走り始めた。
「逃げて! 白騎士には勝てないよッ!!」
「そうらしいな……! 一応、直撃させたはずだったが……!」
忌々しげに呟くリフルの背後、吹き飛び壁に減り込んだ白騎士は既に復帰を果たしていた。並の魔剣使いならば即死の威力の攻撃だった。それが即頭部に直撃したというのに、傷一つ負っていない――。リフルの判断は素早く、そして確実だった。勝ち目は見えない圧倒的不利な状況――。出来る事と言えば、逃げる事くらいである。
三人は走り、逃げていく。それを白騎士は追いかけようとしなかった。魔剣を消し去り、マントに全身を包み込み遠ざかっていく影を見送る。そして溜息混じりに、小さくその名を呼ぶのであった。
『……どうして君がここに……? 生きていたのか、ステラ……』
仲間(1)
「リフル! ホクトッ!! うさ子も……無事だった!?」
駆け寄ってきたのはロゼであった。屋根の上を走り、詰まれていた木製のコンテナを一度踏み台に地上へと降りてくる。よろけながら仲間達に駆け寄り、その無事を確認し胸に手を当てほっと一息。それから苛立った様子で腕を組み、背後を確認した。
「まさか、白騎士が出てくるとはね……。実物を見るのは僕も初めてだ」
「は、はうう……。ロゼ君ロゼ君、うさは無事じゃないの~……。頭をごっちんこされたの~……。いたいの~……。おでこがひりひりしてるの~……はううー!」
「お前は別にいいよ死ぬわけじゃあるまいし……。それよりホクト、それ……大丈夫なの?」
ホクトの片腕は未だに魔剣ガリュウに侵食された状態にあった。黒い腕を見つめ、ホクトは困ったように眉を潜める。いつになく真剣なその表情に仲間達は声をかけるタイミングを見失っていた。
先ほどからずっと、魔剣を解除しようと試みているのである。が、ホクトの意思に反してガリュウは侵食を止め様としない。何とか腕までの侵食で阻止しているが、ガリュウの暴走状態は未だに続いている。レンガの地面に剣を突き刺し、腕を組んで黙り込んでいる。うさ子は心配そうに耳をぱたぱたと上下させ、ホクトに歩み寄った。
「ホクト君、大丈夫~……? 白騎士さんにボコボコにされてたけど……。それに、魔剣が……」
「大丈夫だ……。どうやら、俺自身がまだ魔剣に認められてないってだけでな……。それより、今の俺にはあんまり近づくな。ガリュウが何をするか俺にも判らない」
突き放すようにそう呟き、ホクトはうさ子をにらみつけた。鋭い視線にたじろぎ、すっかりへこたれてしまった耳を指先で弄りながらうさ子は退却する。
しかしそれに逆らい、リフルはホクトの侵食された腕をがっちりと掴み上げた。二人は至近距離でにらみ合い、リフルはその異常としか言い様のない状態に思わず我が目を疑った。魔剣が人間を侵食する事など本来在り得ない事である。魔剣はただ、体内魔力を外部に武装として顕在化させただけの物であり、肉体に影響を及ぼすような事はないはずだった。
「……貴様……」
「リフルちゃん、あんまりホクト君をいじめないであげて! うさからのお願いなの~っ!!」
「……………」
無言でリフルは腕を放し、ホクトは魔剣を地面から引き抜いて肩にかけた。そんなホクトの様子に一瞬思案し、それからリフルは振り返りうさ子の肩を叩く。
「……ホクトは少し休んでおけ。その魔剣、使いすぎなければ落ち着くだろう。ロゼ、バックアップを頼みます。うさ子と私で血路を開く」
「りょうかいっ!! ホクト君、もう少し頑張ってね! うさがね、ホクト君をぜーったい助けてあげるからねっ!!」
「いや、別に俺も普通に戦えるが……」
「止めておけ。無理をすればまた魔剣が暴走する……。いい迷惑だ」
リフルはその手の中に魔剣グラシアを構築し、装備する。うさ子とリフルが前に出ると、背後から騎士たちが追撃してくるのが見えた。うさ子がシャドーボクシングを繰り返し、やる気を見せる中アクティは疲れた様子でライフルを肩に乗せ、ホクトの腕を見つめていた。
「そういえば、あんた誰だ……?」
ロゼの質問にアクティは答えなかった。白騎士の存在とホクトの魔剣の暴走……。考えられる可能性はいくつもある。アクティはライフルを構え、それからホクトに歩み寄り耳打ちした。
「……ホクト、白騎士の事覚えてるの?」
「さぁな~」
「…………。ねえ、皆聞いて! ボクが安全な場所に誘導するから、敵はお願いしていいかな!?」
「だから、あんたなんなんだよ……。僕たちにとって信用出来る人間なのか?」
「そんなのはわかんないけど、今は走らなきゃでしょ? ホクトがどうなってもいいの?」
「うさはね、ホクト君のお友達は信じてもいいと思うの。うさはね、ホクト君のお友達なの。だからね、ホクト君のお友達は、うさのお友達なの」
「…………。しょうがない、どっちにしろ追われている状況は同じなんだし……。リフル、うさ子! 追撃は任せる! 早く案内してくれ!」
三人は同時に頷き、アクティはホクトの手を引いて走り出した。ロゼとアクティが先に進んでいくのを見てリフルは魔剣を構えて背後へと振り返る。
「うさ子、無理はしなくていいぞ」
「うさはホクト君とロゼ君を守るのーっ! うさだって、砂のくじらの一員なのー!」
「…………海豚だ」
迫ってくる帝国騎士たちへと二人が同時に襲い掛かり、その第一陣を蹴散らしていく。うさ子は騎士を鎧ごと貫くように拳を打ち込み、リフルは両手の形の異なる剣を巧みに操り騎士を切り払っていく。ある程度第一陣を蹴散らした後、うさ子はリフルの手を引いて猛スピードで走り出す。アクティたちに追いつくのはうさ子にとっては何の問題もない事であった。
殆どうさ子に引っ張られる形で追いつくリフルであったが、アクティたちの行く道を塞ぐように騎士たちが展開している事に気づき、両足を踏ん張りリフルは停止。直進通路を駆け抜けたうさ子の勢いそのままに手を繋いだまま己を軸として回転し、うさ子を放り投げる。投げられたうさ子はくるくると回転しながらアクティたちを追い抜き、道を塞いでいた騎士たちをボーリングのピンのように吹っ飛ばした。
「リ、リフルちゃんなんで投げるの~……」
「…………すまん」
「全然謝ってる気配がないのー……」
「見つけました、魔剣狩りッ!!」
声は上から聞こえてきた。民家の上を走り、空中で魔剣を構築したエレット少佐がホクト目掛けて襲い掛かってくる。ホクトがガリュウを使うより前にロゼが前に出て片手をエレット少佐へと翳した。
ロゼの周囲に魔方陣が浮かび上がり、近づくエレット目掛けて炎の弾丸が射出される。エクスカリバー清明でそれを切り払ったエレットはそのままロゼに襲い掛かるが、斬撃はアクティのライフルで阻止されてしまった。
「お前は……ターミナルで会ったキャバクラねーちゃん!」
「違いますキャバリエですッ!! ふざけた事を……! 貴方はここで滅ぶべきです、魔剣狩り!!」
アクティを押し切り、ホクトへと襲い掛かるエレット。しかしその刃はうさ子によって阻止されていた。片手で刃を掴んで止めたうさ子はそのまま身体を捻り、蹴りを放つ。それはエレットの胴体部の鎧を粉々にし、更に吹き飛ばして民家へと叩きつけるに十分な威力である。エレットはエクスカリバーを片手に身を起し、血を吐きながらうさ子をにらみつけた。
「そんな……。エクスカリバーが……そんなに簡単に……?」
「白騎士さんに比べたらよわよわなの~……! うさは、ホクト君を守るの! だから、手加減はしてあげないのっ!!」
倒れたアクティをロゼが助け起し、ホクトと共にその場を去っていく。それを見送りうさ子は拳を構え、エレットを迎え撃つ姿勢を取った。リフルは騎士を蹴散らしつつうさ子の背後を通り抜け、ロゼとアクティを追いかけていく。
「うさ子、時間稼ぎを頼めるか!?」
「大丈夫だよ! うさの速さならすぐ追いつけるからっ!! リフルちゃんは、先に行ってて~!!」
立ち上がったエレットがマントを脱ぎ去り、エクスカリバー清明を構える。うさ子は迫ってくる騎士達を横目に後退するようにしてリフルたちに続きつつ、にらみ合いを続ける。
「貴方も反帝国勢力の魔剣使いですか……!?」
「うさは、うさのお友達を助ける為にここにいるの! 反帝国とかそういうのは関係ないのっ!!」
「今更そんな理屈が通りますか!? 貴方達にしている事は、この世界に不安を撒き散らす行為なんです! してはいけないんですよ、そういうことはっ!!」
「う、うう……。難しい事を言われると、うさはわかんないよう……。でも、大事な事はわかるよ。大事なのは、本当に大事な事は――! だから、うさは戦うの! お友達を、家族を守る為に!!」
「戯言を!! 帝国騎士団“剣誓隊”の名の元に貴方を斬殺します!! 覚悟ッ!!!!」
走り出したエレットはエクスカリバーを力任せにうさ子へと叩き込む。清明は元々戦闘能力において優れた剣ではなく、しかしその元となった魔剣はパワータイプである。エクスカリバーシリーズは全て平均的に高い戦闘力を持っている。
連続で繰り出される両手剣をうさ子は両手の拳でいなし、後退していく。やるべき事は時間稼ぎであり、エレットを倒す事ではない。うさ子は攻撃を防きつつ後退する事を最優先とし、エレットに反撃しようとはしなかった。
「エレット君~、大丈夫かね?」
「シグマール隊長!! 魔剣狩りたちは奥に!!」
「ありゃま……。あのねえ、あんまり深追いしちゃ駄目でしょ。あれは白騎士に任せとくのが得策なんだから……」
「シグマール隊長……大佐っ!! はあはあ、手伝って下さい、観てないでっ!!」
「いやぁ~……おじさんはもう疲れちゃってね。エレット君、もう白騎士に任せて帰ったほうがいいよ」
「そういうわけには……きゃあっ!?」
うさ子が繰り出した足払いを受け、エレットは盛大に転倒する。それを観てうさ子は一気に走り出し、一瞬で視界から遠ざかっていく。早すぎる移動速度にエレットが目を丸くしている傍ら、シグマールは腕を組み髭を弄りながら考え込んでいた。
「さっきの魔剣使い……。ありゃ、どういう事なんだい?」
「は? どういう事と申しますと……?」
「だってありゃ、白騎士の……。いや、まあいいんだけどね。おじさんの思い違いかもしれないし」
「…………」
遠ざかっていく影を見送り、それから立ち上がったエレットは両手でエクスカリバー清明を構え目を閉じた。清明が持つ能力の中に、自分が一度戦った相手はその能力を後に把握する事が出来る、というものがある。それが清明のような魔剣が前線に送り込まれる最大の目的でもあるのだ。
戦闘力は高くない清明だったが、その能力は量産型にしては非常に強力だった。刃を交えさえすれば、その能力、魔力数値などを正確に把握する事が可能であり、だからこそ力任せにうさ子へと切りかかっていたのである。
そうして意識を集中し、エレットは驚愕した。うさ子の持つ魔剣の能力、そしてその魔力数値……。顕在数値は決して高くはなかった。しかし、体内に宿しているその魔力数値は――。
「どうしたね、エレット君?」
「…………。清明は、未完成な魔剣だったようです……。私も、少し自惚れていました」
「へ? どうしたね、急に……」
「清明が壊れてるんです! こんな魔力数値在り得ない……。だって、十倍ですよ? 馬鹿馬鹿しすぎます」
呆れたようにそう漏らし、とぼとぼ歩いていくエレット。その周囲で騎士たちが動き出し、エレットとシグマールを残しうさ子たちの追跡に向かう。そうして誰も居なくなり、シグマールはこっそりエレットに訊ねた。
「何が十倍だったんだい? また、君の十倍かね? 魔剣使いみたいに」
「違いますよ……。その十倍です」
「うん?」
「だから、あの女の子……。内在魔力数値が、魔剣狩りの十倍です」
「…………それ、壊れてるよね?」
「ですよね……」
二人は同時に肩を落とし、歩き出した。ローティスの夜はまだ長く、夜明けは遠い。うさ子は猛スピードで街中を走りぬけながら、追撃してくる騎士達へと視線を向け、魔剣を備えた拳を構えるのだった――。