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魔剣狩り(3)

「エレット君。エレット君、しっかりしなさいね」


「う、うぐぐ……?」


 ローティス、ターミナル内……。気絶していたエレット・ノヴァク少佐は上司に揺さぶられ、口からよだれを垂らしながら目を覚ました。周囲では相変わらずの警戒態勢が続いており、金色の甲冑に身を包んだ帝国騎士達が慌しく走り回っている。

 エレットは慌てて立ち上がり、彼女の所属する第七小隊の隊長でもある上司に敬礼した。慌てて先ほど遭遇した魔剣使いを探してみるものの、その姿はどこにも見当たらない。


「も、申し訳ありませんシグマール大佐……。反帝国勢力の魔剣使いと遭遇したのですが、取り逃がしてしまいました……。全ては、自分の責任です……」


「まあまあ、エレット君……そう気張らなくていいから。君、まだ配属初日だよね? おじさんはね、若い子が前線に出るのは良くないと思うんだ、うん。あ、飴ちゃんいるかい?」


 エレットの前に立っている、“剣誓隊”第七小隊長であるシグマールは白髪交じりの黒髪をオールバックに固め、無精ひげを生やした冴えない男だった。本気で落ち込んだ様子のエレットの肩を叩き、ポケットに常に忍ばせている飴玉をいくつか取り出してみせる。


「何味がいいかい? 色々あるんだけどねえ」


「はい……。では、黒飴で……」


 黒飴を受け取り、それを口に放り込むエレット少佐。ホクトに放り投げられてしまった兜を探しつつ、乱れた髪形を気にしていた。歳相応の選択とは言えないマニアックな黒飴も含め、シグマールは彼女を変わり者だと認識しつつあった。


「いやぁ~、エレット君も大変だね。実戦配備直後からこんな所に放り込まれちゃって……。反政府勢力一斉排除作戦なんて、今やんなくてもいいのにねぇ」


「いえ、自分は一刻も早く帝国の為に反政府勢力を排除したいと思っています! そのために、志願した“剣誓隊”ですから!」


「あ、そう? じゃあまあ、そこそこ気張ってね。あんまり頑張っちゃうと、コロっと死んじゃうから。まあ、魔剣使いなら並の反帝国勢力なんて相手にもならないだろうけどさ」


「はい……って、そうだ!! 大佐、先ほどかなり腕の立つ魔剣使いと遭遇しました!! カテゴリーS以上の魔剣使いかと……」


「カテゴリーSって、そんなすごいのホイホイいないでしょ。見間違いじゃなくて?」


「いえ、明らかにSでしたっ!! いかにもSって感じで!!  剣誓隊の教官でもあそこまでは……。顕在魔力値ですら、私の十倍はありましたし」


「ああ、そうか。君は感知タイプの魔剣使いだったっけね」


 “剣誓隊キャバリエ”とは、帝国最強の騎士団の名である。その所属隊員は全員が魔剣所持者であり、帝国に忠誠を誓うエリート部隊である事は有名な話である。本来の剣誓隊とは、元々魔剣を持つ人間が結成したものであり、シグマールも先天的魔剣所有者の一人である。が、エレット少佐はそうではなかった。

 魔剣に対する高い適性を持つ人間を集め、剣誓隊内部で新たに立ち上げられた“後天的魔剣使いプロジェクト養成計画エクスカリバー”によって人為的に魔剣を継承させられた能力者の一人であるエレットは、剣誓隊側で定めた能力の魔剣を所持している。エレットの持つ魔剣、“エクスカリバー清明”は量産型魔剣、エクスカリバーシリーズの一つであり、特に対象の能力探知などの能力に優れているという特徴がある。

 剣誓隊の中でもはぐれ者が集まる第七小隊にとって、エレットのような変わり者がやってくるのは別に珍しいことではない。そもそも隊長であるシグマールからしてこの様子なのだから、人の事は言えないといった所だろうか。腕を組み、エクスカリバー清明の事を思い出してシグマールは改めてエレット少佐を見つめた。

 十代後半と思われる出で立ちに、重量装備である剣誓隊の黒き鎧は似合わない。というより、体力的に装備出来ないのか、通常の剣誓隊所属の鎧よりもいくらか軽量化されたデザインの物を装備していた。前髪を気にしつつ、なにやら一人でブツブツ呟いている。こんなのが前線に出てくる時代なのだから、時も流れているものだと実感する。


「エクスカリバーシリーズの中で、清明は一番探知能力に優れています! 自分が魔力測定を間違える事はないかと!」


「ふーん……。しかし、君の魔力って結構高いんじゃなかったかい? 君くらいでしょ? エクスカリバーシリーズの第一陣って」


「私のほかに数名だけだと聞いています。一応、魔力数値だけで言えば養成学校ではトップクラスでした。総合成績も主席です」


「あら、それはすごい……。おじさん、前途有望な若者を部下に持てて嬉しいよ」


「はい! お褒めに与り恐縮至極です!」


 別に本気で褒めたわけではないのだが、本人が喜んでいる様子なので別に何も言わないことにした。シグマールは腕を組み、周囲を見渡す。確かに派手な戦闘の形跡があり、更にここに布陣されていた戦力も抜け目は無かったはずだった。エレットが先陣先駆け独断行動という暴走にも似た行為に出たものの、きちんとエレットには騎士団の護衛をつけたはずである。

 ターミナル周辺で他の魔剣使いとの戦闘がなければ、シグマールもターミナル内部制圧に参加出来たのだが……過ぎた事を言っても仕方のない事である。問題は、この包囲網を意ともせず突破出来るだけの腕利きが敵に混じっているという事である。本当にエレットの十倍の魔力を持つ人間がいるとしたら、確かにそれは間違いなく超危険人物に他ならない。

 ふと、思考を中断しエレットに目を向ける。エレットはターミナル内に転がった反帝国勢力員たちの無残な死体を見つめ、悲痛な表情を浮かべていた。騎士たちは彼らに対して礼節という言葉で応じる気配は無く、死体はぞんざいに放置されたままである。中には既に死んでいる者を執拗に攻撃したり、命乞いをする相手の首を刎ねたりする騎士も居た。エレットにとって初の戦場であるこの場において、それは過激すぎる光景だったのだ。


「大佐……。何故彼らは、帝国に逆らうのでしょうか?」


「うん? 何故って……」


「自分には、理解出来ません……。帝国による世界支配だけが、この混沌とした世界を纏め上げる手段ではないのですか?」


「あぁ……。君、ヨツンヘイム生まれのヨツンヘイム育ちかな」


「え? は、はい……そうですけど」


 帝国から出た事が無い人間であれば、そう考えてしまうのも無理はない。帝国内部での教育、そして常識が“そう”なのだから。だが、前線に出ていれば嫌でも現実を目の当たりにする事になる。シグマールは複雑な心境だった。


「まあ、それぞれの立場に主張があり、主義があるって事だねぇ……。おじさんにはどうにも出来ない」


「…………不必要な争いを起し、世界の調和を乱すなんて……。これ以上、人が人を殺すような事はあってはならないと思います。早く、反帝国勢力を一掃しなければ……」


 真剣に苦心するエレットであったが、その言葉は明らかに矛盾していた。だがその矛盾は誰もが抱えているのだ。表層にあるものとその奥にあるものとがキッチリとかみ合うことはそう多くはない。人は誰しも同じ事だ。男は少女の肩を叩き、歩き出す。


「それで? ここを突破した魔剣使いの特徴を報告してくれるかな?」


「はいっ!! 特徴は……背の高い、細身に筋肉質な男で……身体には沢山傷跡がありました。髪は黒で、顔は……」


「えーと、魔剣はどんな感じだったかな」


「あ、そうですね。魔剣は……漆黒の大剣でした。黒い魔力を顕現させ、衝撃波を発生させていたようです。それだけで騎士隊が壊滅状態に……大佐?」


 エレットの言葉でシグマールは唐突に足を止めた。それから腕を組み、考え込む。どうしてそうなってしまったのか判らず、エレットは困った様子でシグマールの周囲をウロウロし始めた。


「大佐? どうかなさいましたか?」


「……漆黒の魔剣……。莫大な魔力量……。嫌な特徴だねぇ……」


「はい……? 隊長、彼をご存知ですか?」


「“魔剣狩り”っていうのがねぇ……。いたんだよね、カテゴリーSの……。たった一人で、剣誓隊壊滅させちゃったのが……」


「魔剣狩り……? 噂には聞いたことがあります。確か、魔剣所有者を片っ端から襲撃していた大量殺戮者にして、反帝国組織の英雄……。名前は、えーと……」


「ヴァンだよ。ヴァン・ノーレッジ……。やだねえ、一年くらい前からピタリと収まって居なくなって、もう死んだものだと思われてたんだけど」


「あの伝説の魔剣狩りが相手なら、エクスカリバーシリーズの成果を発揮する相手に不足はありませんね! 自分が必ず、その魔剣狩りを倒して見せます!!」


「あー……。エレット君、あのね……って聞いてないのね、もう」


 一人で走っていってしまったエレットを見送り、シグマールは静かに溜息を漏らした。この町は今戦場となっている。魔剣を持つならば、そうそう危険はないと思っていたが……。ヴァン・ノーレッジが出てくるとなれば話は別である。


「まあ、大丈夫でしょう、“白騎士”も動いてるんだし……。エクスカリバーシリーズのお手並み拝見って所かね……」


 一人、ポケットから取り出したミルクキャンディを口に放り込み歩き出す。その足取りはのんびりとしたもので、とても危険な戦場に向かうものには見えそうもなかった――。




魔剣狩り(3)




「ヴァン……記憶喪失って、ほんと?」


 ローティスの街を歩きながらホクトは片手をポケットに突っ込んだまま、気だるそうに頷いた。折角若い女性とイチャイチャしつつ楽しいお酒が飲めるかと思ったのだが、アクティに阻止されてしまっては仕方が無い。

 確かに現在は街全体で水面下とは言え大規模な戦闘が起きている真っ最中なのである。ノンビリ酒など飲んでいるわけにはいかないのだが、それでもホクトは名残惜しかった。絶対に全部片付けたら戻ってくると心に近い、ついでにロゼにお小遣いを強請る事も誓いつつ、ホクトは自分の境遇をアクティに説明する事にした。

 とりあえず、不必要なUGでの事やシェルシとの一件などは伏せておき、自分が記憶喪失で砂の海豚に拾われたという事だけを説明する事にした。しかしアクティにとってはそれで十分すぎる。少女は落ち込んだ様子でホクトの隣をとぼとぼと歩いていた。


「まあ、忘れちまって魔道具とやらでも思い出せなかったからな。本当に記憶喪失なのかどうかもわからないわけだが」


「……烙印は? ヴァン、烙印見せてよ!」


「だからその烙印ってなんなんだ? どいつもこいつも烙印みせろ烙印みせろって……それで何がわかるってんだよ」


 アクティは不満げに頬を膨らませ、それから徐に自らの黒いマントを剥ぎ取って見せた。マントの下、上半身は殆ど水着のような服装をしており、軽装というにも行き過ぎている。その身体の右肩を出し、そこをつんつんと指差して見せた。


「ここ見てよ、ここ。これがエル・ギルスの烙印」


「…………? へぇ、これが烙印……」


「ちょっ!? そんな簡単に触らないでよ、えっち!!」


 触ろうと手を伸ばしたホクトだったが、アクティに思い切り突き飛ばされてしまう。唖然とした様子でホクトは手をポケットに収め、溜息を漏らした。


「悪いが俺は、おっぱいの小さい子に興味はないんだ……」


「キモ…………。烙印っていうのは、その人の個人情報の全てなんだよ? おっぱいあるなしじゃなくて、レディー相手だったらそういうのは触っちゃ駄目なの!」


「レディー……?」


「ああもうっ! 兎に角、ボクの烙印はこれなの! エル・ギルスの貧民街で生まれ育って、親に捨てられて反帝国組織に入って……! そういう過去の記憶、ボクが忘れたい事も全部ここに残ってる! これは……消せない、自分自身の証なんだよ。ここには……ヴァンとの思い出だって、いっぱい……」


 そこで言葉が途切れてしまい、アクティは目尻に涙を浮かべて俯いてしまった。肩を落とし、しょんぼりとしたその様子にホクトは何もしてやることが出来ない。何しろ見知らぬ少女であり、目の前で泣かれてもどうすることも出来ないのだ。記憶があれば少しはマシだったかもしれないが、少なくとも今のホクトにとって彼女は興味の対象外である。

 仕方なく、マントを着せてやりその頭をぐりぐりと撫で回した。アクティは泣きながら顔を挙げ、それからじっとホクトの目を覗き込んだ――と思った直後、身を屈めたホクトの背後に回り、上着を捲って頭をそこに突っ込んだ。


「おい、やめろ!? いやー! 公衆の面前でそんな……えっち!!」


「何キモいこと言ってんの……? ボクはただ、烙印を調べるだけ……って、なにこれ!?」


 頭を服から引き抜き、アクティは背後に飛びのいた。ホクトは何がなんだか判らず、腕を組んで首をかしげる。


「どうかしたのか?」


「……ない」


「何が?」


「ないの、烙印! 烙印が、なくなってるのっ!!!! どうして!? なんで!? そんなの在り得ないよ、だって烙印は――ッ!!」


「待て、落ち着け……。烙印がなんだか知らないが、俺には関係ない。そんなもんがあってもなくても、俺は俺であり俺以外の何者でもないからだ」


 アクティはホクトを見つめ、それから握りこぶしを振り上げたが――おずおずとそれを引っ込めた。アクティ自身、何が起きているのか把握出来ずに戸惑っている状態なのは言うまでも無く。ただ静かに黙り込み、唇を指先でなぞりながらそっぽを向いていた。

 漸く静かになった空気の中、ホクトは溜息一つと共に歩き出す。アクティもそれに続き、ゆっくりと歩き始めた。人通りの少ない裏路地の中、外灯も無く二人は遠くのネオンの明かりだけを頼りに進んでいく。


「ねえ、ヴァン……」


「ヴァンではないホクト君だ」


「じゃあホクト……。魔剣、出せるよね? 魔剣」


「なんだ藪から棒に……。さっき出してたろ、ターミナルで」


「うん、見たよ。魔剣ガリュウ……。ヴァンが使ってた剣……」


「そうなのか? まあ、そういう事もあるんじゃないか」


「在り得ないんだよ、ガリュウはヴァン以外の人間が持ってるはずないんだもん……。ねえ、ほんとに思い出さない? ボクのこととか……組織の事とか……」


「いや、全く。残念ながらそんな簡単に思い出せるほど甘い話じゃないらしい」


「…………。はあ……。魔剣狩りとまで呼ばれたヴァンが戻ってきてくれれば、記念式典でハロルドを倒す事だって夢じゃないと思ったのに……。これじゃあ前途多難もいいとこだよ……」


「…………だから、あのなぁ」


 足を止め、ホクトが振り返る。アクティは泣き出しそうな顔で唇を噛み締め、じっとホクトを見上げていた。そういう顔をされてしまうと……ホクトはどうにも何も言えなくなってしまう。女の子を泣かせるようなヤツは、基本的に最低なのである。自分自身の正義に法るならば、やるべき事は一つだけだった。


「……判ったよ、判った。ハロルド倒すのには手を貸してやるし、そもそも俺は今でも反帝国勢力の一員なんだ。まあ傭兵だけど……ついでにハロルドも倒してやるよ」


「……手伝ってくれるの? ボクの事も、皆の事も覚えてないのに……?」


「その皆ってのがどこの誰かは判らないが……どっちみちハロルドは倒す。ついでだから、お前達にも手を貸してやる。それでいいだろ?」


 屈んでアクティの頭を撫でるホクト。ぐりぐりと、乱雑に頭を撫でられアクティの目から涙がこぼれてしまう。ホクトは苦笑を浮かべ、その涙を指先で拭い取った。


「ヴァン……」


「ではない、ホクト君だ」


「ホクト……うん、じゃあホクトって呼ぶよ。ほんとはヴァンだけど」


「…………。もうなんでもいい。兎に角ホクトだ」


「わかった、ホクト。ボク、ホクトの事信じるよ」


「ボクとかホクトとかなんかめんどくさいな……ややこしくて」


「な、何が……?」


 アクティの背中を軽く叩き、ホクトは先に歩き出す。むっとした表情を浮かべるアクティであったが、直ぐに照れくさそうに笑みを浮かべホクトの後を追いかけた。そうして二人がターミナルに向かって歩き続けていた時である。

 狭い路地の正面、ターミナルを背景に闇の中に白い影が浮かび上がっていた。ホクトが直ぐに異常に気づいて足を止める。急停止したホクトの背中に衝突し、アクティは慌てて前を見た。


「……? ホクト?」


 白い影は、靴音を立てながら歩み寄ってくる。決してその足取りは速くはなかった。しかし一歩一歩――。鎧を鳴らし、近づいてくる。闇の中、ネオンとターミナル周辺を照らし出す灯台の光に時々浮かび上がるシルエット――。ホクトは無言でアクティに手を翳す。


「下がってろ、アクティ……」


 浮かび上がったのは、白い闇……。純白の袴の下、鋼鉄の靴がちらほらと除き足音を立てている。両肩から指先まで被う西洋甲冑のデザインは先ほどから何度も見た帝国騎士のものである。被る兜は白くのっぺりとしており、機械的な蒼い光が瞳の部分で輝いている。黒い長髪を括り、風に靡かせるその姿は侍を彷彿とさせた。

 ホクトは白い侍を睨み、自らも歩き出す。戸惑うアクティも漸く敵に気づいたらしく、目を見開いた。その表情が恐怖一色に染まるのと、白い騎士が魔剣を構築するのとはほぼ同じタイミングであった。

 浮かび上がる真紅の紋章――。構築されるは蒼白の輝き。その身は限り無く無垢であり、限り無く純粋――。刃である以前に一つの芸術品であるとも言えるような、そんな真っ白の、真っ白の太刀……。

 魔剣にしては珍しく鞘に納まった状態で構築されたその白い魔剣を片手にそれは近づいてくる。そして音も無く前のめりに一歩踏み込み――次の刹那、ホクトの正面に斬撃が襲い掛かっていた。

 いつホクトが魔剣を構えたのか、いつ敵が襲い掛かってきたのか――アクティには全く理解出来なかった。ただ甲高い金属音が鳴り響き、そうして二人が鍔迫り合いをしているのを見て、漸くそういう過去があったのだと認識しただけである。

 漆黒の大剣と純白の太刀――。対の様相を演出する二つの魔剣、そして同じく黒い剣士と白い剣士――。まるでそれぞれの対立と意味するかのような、忌み嫌うべき絶対反対――。ホクトの目つきが変わり、次の瞬間白い影はまた消えていた。

 背後、ホクトの首目掛け刃が襲い掛かる。ホクトは前に倒れこむようにそれを回避し、同時に足で刀を蹴り上げる。が、また白い影は消え――まったくの死角、背後から刃を繰り出した。ホクトの手元、魔剣は勝手に動いて白い刃を受け止める。そんな、瞬く間の出来事――連続して繰り出される尋常を超えた攻防。アクティは全くついていけず、しかし呟いていた。


「……“白騎士”……」


 ホクトの周囲、黒い闇が浮かび上がる。ただでさえ闇に包まれた影の世界の中、黒くうねる刃は視界には捕らえ辛い。魔剣を思い切り振るうその切っ先から放たれた闇の波動は漆黒の中を泳ぎ、白騎士へと襲い掛かった。

 後は乱舞、乱舞である――。白騎士は全てを見切り、踊るように刃を振り回した。闇一色にしか見えないその世界の中、一見しただけでは白騎士が攻撃を防いでいるようには見えなかっただろう。舞い散る火花は魔剣同士の力の衝突の証。しかしそれがかくも美しく、かくも儚い――。


「お前……まさか……?」


『見つけたぞ……。生きていたか、魔剣狩り……。逢いたかったぞ……』


 再び刃を激しく打ち合い、鍔迫り合いの形となる。至近距離で顔を突き合わせ、二人は互いを見つめ合う。兜の下、くぐもった声が聞こえ、しかしホクトはそれに目を見開いた。

 白騎士の持つ魔剣は白い太刀。まるで氷の結晶を切り取ったかのような美しい太刀である。その柄には、日輪を模した紋章が刻まれている。日の国ククラカン――その王家に代々伝わる魔剣であることを示す、紅き日輪が。


「お前……“ミラ”か――ッ!?」


 白い魔剣が輝き、ホクトを弾くと同時にその刃を揮う。一瞬で大地が、壁が、空が凍てつき氷の結晶が刃となってホクトを飲み込もうとその牙を剥いた。ホクトはガリュウを大地に突き刺し、その黒い炎で氷の刃を相殺する。二対の魔剣の力が衝突し、冷気と闇の熱気の狭間、ホクトは真っ直ぐに白騎士を見つめていた。


『貴様との因縁……ここで断ち切る。引導を渡してやろう、漆黒の剣士よ……』


「…………そういうわけにはいかねえな。俺も、お前を探していた所だったんだ。目的がさっさと果たせて嬉しいぜ……! これであいつに……ミュレイに礼が出来るってもんだ」


 刃を引き抜き、ホクトはそれを構える。先ほどまでダラダラとした表情を浮かべていた彼とは違う。これが、本当の魔剣狩りとまで呼ばれた男の戦の顔である。放つ殺気と魔力はキリキリと場を軋ませるかのようで、それに絶えかねアクティはその場に膝をついた。

 闇の中、更に色濃い闇が浮かび上がる事で知る。本当の意味での闇とは――ただ黒く、暗いのではないのだと。何もかもを飲み込むような、覗き込んだが最後、どこまでも落ちてしまうような……。そんな、深い失意と絶望を言うのだと。


『もう一度斬り伏せてやろう、死神』


「やってみろよ、死神――」


 二つのシルエットが同時に動き出す。激突の瞬間、アクティは目を閉じていた。出来れば耳も塞ぎたかった。それは、余りにも凄惨な戦いだった。一対一の決闘……しかし、とてもおぞましい、闇と闇との戦いだったから――。

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