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魔剣狩り(1)


「ねえねえ、ホクト君ホクト君! その煙草はなんなの~!?」


「ん~……? “ジョニーライデン”」


「煙草の名前を聞いてるんじゃないの~っ!! ホクト君、煙草くさいの~っ!!」


 両手をぶんぶん振り回し、直訴するうさ子。しかしその正面に座ったホクトは足を組んだままボケーっと煙草をふかしており、まるでうさ子の話を聞く気配はない。

 彼らが乗り込んだ列車は第三階層エル・ギルスの荒野を横断中である。相向かいの席に座ったホクト、うさ子、ロゼ、リフルの四人は先ほどまでずっと静かだったのだが、うさ子が耐えかねて立ち上がったのである。

 ホクトの隣にはロゼが、そのロゼの正面にはリフルが座っている。リフルは先ほどから煙草を消す気配がないホクトに苛立っていたが、ロゼは別に気にしていない。が、リフルとしてはロゼに対する副流煙が気になり気が気ではなかった。別に禁煙というわけではなかったが、リフルとうさ子は圧倒的に禁煙派である。


「ホクト君、服もいっつも甘い匂いがしててやなのーっ!! うさの嗅覚が、ホクト君に煙草をやめろと叫んでるんだよーっ!!」


「えー……。煙草くらいいいじゃんかよ……。つか、お前そんなに臭い気になるのか?」


「気になるのっ! 気になるのーっ!!」


 ホクトは無言で頷き、うさ子を指先でちょいちょいと招いた。目を丸くし、ホクトにうさ子が身を寄せる。次の瞬間ホクトは煙をうさ子目掛けて思い切り吹きかけたのである。


「ぎにゃああああああっ!?」


「あははははは! ほーれほれ、うさ子の嫌いな煙草だぞ~い」


「にゃああああああっ!! ぎゃああああああっ!!」


「煩いんだよ、馬鹿ッ!!」


 立ち上がったのはリフルであった。そのままの勢いでホクトの口から煙草を引ったくり、顔面を殴り飛ばす。倒れたホクトの顔を更に二回ぶん殴り、煙草をギュウっと握りつぶして肩を落とす。うさ子は完全に怯え丸くなり、ロゼは唖然として血に染まったリフルの拳を見つめていた。


「ロゼのお体に何かあったら貴様どうするつもりだ!?」


「お、おいやめろリフル……。人前で恥ずかしいだろ……っ」


「しかしロゼ……煙草の副流煙というのは、油断できないもので……」


「わ、わかってるから! お、大人しくしろー……! 頼むから!!」


「ぎにゃー!! にゃあああっ!! うさの……うさのお鼻さんがああああっ!!」


 口から血を流し、ぐったりした様子のホクト。その正面でうさ子は耳と手をぱたぱた振り回し、リフルの胸に飛び込んでいた。リフルはうさ子の頭を片手で撫でつつ、ロゼの事を心配そうに見ている。

 この状況になると、大人しいのはロゼくらいのものだった。恐らくはこのメンバーの中で最年少のロゼだったが、面子が面子だけに彼が背負う責任は重い。溜息交じりに夜の車窓からの景色に目を向ける。果てしなく広がる荒野……。これから行う事を考えれば気を引き締めなければならないのだが、どうにも空気がビシリと締まる気配がない。

 迫る婚姻の儀、そして帝国皇帝誕生百周年の記念式典――。全世界にとっての一大イベントであることは勿論、あらゆる勢力が動きを見せるこの時期……。ロゼたち砂の海豚も黙っているわけにはいかなかった。

 ふと、ロゼは頭上を――第四界層プリミドールを見上げた。今頃プリミドールでは何が起きているのか。ザルヴァトーレの姫は無事に戻れただろうか……そんな事を考える。本当はそれを一番気にしているのはホクトなのだろうが、リフルに滅多殴りにされ、ぐったりしてしまっていてその表情はわからない。

 なんにせよ、やるべき事は変わらない。彼らとシェルシ姫、二つの存在は余りにも交わる事がない存在だったのだ。本来出会うべきではなかった二つは別れ、またあるべき流れの中に身を投じていく。少なくともロゼはそう考えていた。




魔剣狩り(1)




「――――いきなり襲い掛かってくるってのは、ちょっとマナーが悪いんじゃねえの? 騎士さんよ」


 カンタイルの夜景を背にホクトはガリュウを構え、白い甲冑を装備した騎士と対峙していた。打ち合いの直後、二人は同時に背後に吹き飛び、今は体勢を立て直している。

 ホクトの背後にはうさ子とシェルシの姿があり、それを庇うように男はガリュウを手に前に出る。騎士は白い巨大な盾を腕に持ち、それを掲げ、ホクトを睨みつけていた。

 魔剣同士の激突により、周囲では騒ぎが起き始めていた。お互い所持しているのが並の魔剣ではないのだから当然の事である。あっけなく帝国騎士団の魔剣使いを破ったガリュウと互角の威力を持つその盾の使い手は紅い髪を風に靡かせ、鋭い眼光でホクトを睨み続けていた。


「……貴様……ククラカンの手の者か……?」


「残念、不正解。俺は記憶喪失の魔剣使い、傭兵ホクト隊長だ。好きなものは女の子とおっぱい」


「戯れるな……。何故、シェルシを狙う?」


「……ん? 狙ってんのはそっちだろうが。うさ子が言ってたぞ、悪い悪い騎士さんだってな――」


「話にならん――死ね」


「だが――断るッ!!」


 騎士が掲げた大盾が左右に開き、中央に格納されていたランスが切り離され展開される。聖なる光を放つ盾とランス、それを左右の手に構え、騎士は走り出した。かなりの重武装であるにも関わらずその動きは非常にかろやかで、突進力は嵐のように渦巻き屋根を破壊しつつホクトへと迫る。

 手加減していては防げないと判断し、ホクトは魔剣の力を解放する。黒炎が刀身を被い、闇の尾を引きホクトも走り出した。繰り出されるランスの突き、それに大剣を思い切り叩き込み、タイミングを合わせる――。

 二つの魔剣が激突し、僅かな間力が拮抗した。後、ランスと大剣は同時に上下にそれぞれ弾かれる。槍が大地に減り込み、剣は宙に浮いた。ほぼ同等の攻撃力で相殺するなど、ホクトも騎士も予想はしていなかった。互いの認識を改めるタミングは同時、しかし次の行動に繋がったのは騎士の方であった。

 身体を捻り、大地に突き刺さったランスを放置して盾を構えてホクトに突っ込む。剣を上に弾かれたホクトは身体に盾の一撃を受け――次の瞬間光がはじけた。まるで鉄槌でも叩き込まれたかのようにホクトの身体は軽々と宙を舞い、遥か彼方へと吹っ飛んでいく。


「ホクト君っ!?」


 遥か彼方、ギルド本部の看板に減り込むホクト。それを追撃するように騎士はランスを盾に組み込み、盾ごとランスをホクトへ向けて構える。尋常ではない魔力の収束にうさ子が気づき、シェルシを抱きかかえた。


「――――穿て、真実の槍よ……!」


 盾の形状が変化し、槍が輝きを増していく。文字通り必殺の一撃が放たれようとしている事は一目瞭然であった。うさ子がそれを止め様と顔を上げた時――全ての戦闘は中断された。


「イスルギ、もう止めてッ!!」


 それはうさ子の声ではなく、ホクトの声でもなかった。しかし騎士は掲げていた武器をそっと降ろし、魔力の猛りは収まっていく。うさ子の腕の中、叫び声を上げたシェルシが腕を解き、前に出た。夜の風の中、シェルシは胸に手を当て騎士を見つめている。


「もう、いいの……イスルギ、彼らは敵ではありません。剣を収めなさい……!」


 シェルシの声は騎士に届き、騎士は黙って魔剣を解除した。消滅した光の盾が魔素の残滓となって漂う中、うさ子は目を丸くしてシェルシと騎士とを交互に見比べていた。背後、ホクトが看板から走って戻ってくるのが見える。頭から血を流すホクトを手招きし、うさ子は耳をしょんぼりとへこたれさせた。


「あ、あれれ? ホクト君、なんか変だよ……?」


「……俺ダッシュで戻ってきたわけだが」


「う、うん……。ホクト君、頭から血がドバって出てるよ……? 痛くないの……?」


「いや、痛いわけだが……」


 額から頬まで伝う血をそのままにホクトは潰れた煙草の箱からやはり潰れた煙草を一本取り出した。見ればシェルシは騎士に駆け寄り、何かを話している様子だった。どうみても険悪な関係には見えず、ホクトは一服してからうさ子の頭を鷲掴みにした。


「うさ子隊員……?」


「!? な、なんで頭を掴むの……!?」


「お前……あいつ敵だって言わなかったかな……?」


「敵じゃないの……?」


「あれをど~見たら敵同士に見えるんだ~? んん~? お前のお脳がちっこいのは判っていたが、もう少し目ぇかっぽじってよ~~く見ろよ~~」


 うさ子の頭を掴んだまま片手で持ち上げ、左右に激しく揺さぶるホクト。うさ子はなにやら悲鳴を上げながらぷるぷる震えていたが、ホクトはしばらくうさ子を開放しなかった。

 ぷるぷるしているうさ子を放置し、ホクトは煙草を片手に二人に歩み寄る。改めてみると、騎士はどうにもククラカンの暗殺者たちとは出で立ちが異なっている。白い西洋風の甲冑を纏い、シェルシとも親しげである。とくれば、いくら何も知らないホクトにだって予測はついた。


「ホ、ホクト……大丈夫ですか? すみません、その……彼は……」


「ザルヴァトーレの騎士、だろ?」


 ホクトの言葉に頷き、おずおずと肯定するシェルシ。元はといえば彼女が早く止めに入っていればよかっただけの話なのだが、高位魔剣使いの戦闘に割ってはいる事の恐怖を考えればホクトは何も言えなかった。

 赤毛の騎士は相変わらず冷静な瞳でホクトを見つめている。ホクトは煙草の煙を吐き出し、それから後頭部に手を当てた。看板まで遥か吹っ飛ばされた所為で、後頭部が割れて血が流れっぱなしになっている。下手をすれば死んでいた一撃だった。


「仕事熱心なのはいいけどよ……ったく、やりすぎだろ」


「事情は姫から聞いた……。確かに私もやり過ぎた……が、先に仕掛けてきたのはお前の方だと言って置く」


「イ、イスルギ!?」


「まあ別にいいけどよ……俺は頑丈だし。で? ちゃんと事情は説明してくれるんだろうな、シェルシ……?」


「は、はう……」


 二人の男に挟まれ、シェルシは困ったように左右を見比べた。一刻も早くこの場から立ち去りたいという気持ちが如実に表情に表れているイスルギと、説明するまで逃がさないという笑みのホクト……。二人は視線でバチバチと火花を散らし、にらみ合いは相変わらず続いている。


「わ、判りました……説明します。イスルギ、良いですね?」


「…………姫がそう仰るのであれば」


 こうして二人は一旦ガルガンチュアへと招待される事となった。勿論、ロゼとリフルは快くは思っていない様子だったが、さすがにもうなれたのか呆れた様子で話に付き合う事になったのである。

 一同はロゼの部屋に集まり、シェルシは椅子の上に座りその傍からイスルギは離れなかった。ホクトはロゼにグルグルと包帯を巻かれ、煙草を口に咥えて机の上に両足を投げ出している。

 シェルシは小さく縮こまったまま、自分がアンダーグラウンドへ向かった経緯、そして何故この街にやってくる事になったのか……それをはじめから説明し始めた。全ては彼女がまだザルヴァトーレの城に居た頃……話はそこまで遡る。

 ザルヴァトーレの姫、シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ……。彼女は婚姻の儀により、皇帝の妻の一人となるはずだった。婚姻の儀まで一ヶ月まで迫ったある日、シェルシはUGに連衡された自らの母、先代の女王に一目会いたいと考えていた。

 しかし考えるだけならばそれまでにも何度もあったことである。が、彼女が思い切って城を飛び出した理由……。それは、シェルシがザルヴァトーレの城内に居た所、ククラカンの刺客によって誘拐されたからなのである。

 まさか城内にまで敵の侵入を許すとは思って居なかったシェルシはそのまま拉致され、ザルヴァトーレ国外へと連れ出されそうになった。しかし唯一シェルシ誘拐に気づいた騎士、イスルギの追撃によって一度はシェルシは開放されたのである。


「私は、ある魔剣使いに囚われ、国外に連れ出される所でした……。ですが、そこをイスルギに助けられたんです」


「それが何で、第六界層に?」


 イスルギと誘拐犯との戦いは熾烈を極めた。ザルヴァトーレ騎士団の中でも随一の腕前を持つ騎士であるイスルギと互角に渡り合う誘拐犯……。戦闘の最中、イスルギはまずシェルシを逃がす事にしたのである。

 戦場からシェルシを逃がしたイスルギは誘拐犯と戦うが、相討ち――。敵に傷を負わせる事に成功したものの、イスルギも負傷してしまったのである。すぐにシェルシを追いかけようとしたイスルギであったが、その頃シェルシは彼の思惑とは全く別の行動を取り始めていた。


「私はそのまま、国には戻らず……UGを目指しました。国に戻ってしまったら、もう絶対にUGになんて行けないと思ったから……。最後のチャンスなんじゃないかって、そう思ったんです……」


 シェルシはそのままオケアノスへ向かい、そこで罪人達をUGに運ぶ列車に何とか乗せてくれるようにと帝国騎士に頼み込んだのである。本来ならば絶対に連れていく事など在り得ないのだが、こっそりと騎士たちはシェルシを列車に乗せることを承諾した。その本当の目的がなんであったのかは推測するに難しくないが、兎に角そのシェルシが乗り込んだ列車はUGに向かい、しかしその途中で龍の襲撃を受ける事になる。

 襲撃の際、シェルシは騎士達と共に脱出……。その後、帝国軍の軍艦に救助され、一旦エル・ギルスへ向かう事になったが、途中で脱走……。エル・ギルスに向かう帝国騎士の一団から逃れ、シェルシは再びオケアノスに向かったのである。が、そこで彼女を狙っていたククラカンの暗殺者たちに追いつかれる事となり、シェルシは逃走……。逃げ回っている内に、気づけばカンタイルに居た、というわけである。


「それで、危ない所をホクトに助けられて……後の事は、知っているはずです」


「はわわ……。シェルシちゃんって、結構おてんばなお姫様だったんだね~」


 うさ子の感想にロゼもリフルもホクトも同意であり、三人は同時に縦に三回頷いた。全員同じリアクションだったのでシェルシは顔を真っ赤にして俯いてしまった。何はともあれ経緯はわかった。イスルギは単純にシェルシを助けようと追いかけてきただけであり、ホクトたちをどうにかするつもりもないのだ。


「イスルギが、ホクトを攻撃してしまったのは謝ります……。でも、彼に悪気は無かったんです」


「……ふーん。俺は、シェルシを心配して助けに行ってやったってのにそういうんだ」


「あ、あうぅ……。お、男らしくないですよ、そういう言い方は……」


「まぁ良かったじゃねえか、シェルシ」


 ホクトは立ち上がり、身体を大きく伸ばした。その表情には優しい笑みがあり、シェルシは少しだけほっとした様子だった。


「イスルギはシェルシを引き取りに来たんだろ?」


「……ああ」


「だったら、シェルシはザルヴァトーレに戻ればいい。イスルギの腕前は自分で味わったから良く判った。こいつが一緒なら、大丈夫だろ」


「えっ?」


 何故かシェルシは目を丸くし、ホクトをじっと見つめていた。ホクトはそのまま小首をかしげ、シェルシを見つめ返す。


「ん? もう契約も終了してるだろ? UG行って帰ってきたんだし」


「そ、それはそうですが……。私は、ザルヴァトーレの姫で……」


「僕たちは別にもうあんたを拘束したりはしない方針だよ」


 医療キットを片付け、ロゼが立ち上がる。リフルもロゼの方針には逆らわないつもりなのか、黙って壁に背を預けていた。


「あんたがザルヴァトーレの姫なのはわかった。でも、僕たちが倒すべきなのはザルヴァトーレじゃない。あくまでも帝国なんだ。あんたを人質にするのは意味があるだろうけど……でも、そういうやり方は良くない」


「ロゼ……」


「それに、イスルギっていう護衛もいるのに、人質にします何て言ったら即、ここで第二ラウンドだろ……? 勘弁してほしいね」


 ロゼは自らの椅子に座り、肩をすくめてそう言った。イスルギは置物のようにシェルシの傍でじっとしていたが、ロゼのほうに目を向け、僅かに首を擡げた。


「感謝する」


「と、言うわけだ。シェルシはザルヴァトーレに戻る準備! うさ子、手伝ってやれ」


「了解です、隊長ーっ!!」


「は、はい……!」


 シェルシとうさ子が部屋を出て行き、残ったイスルギは部屋の外に向かいつつ、振り返って足を止めた。それから部屋に残った三人を見渡し、改めて頭を下げた。


「……反帝国主義者は倒すのが騎士の役目だ。だが……姫を守ってくれた事、その願いを叶えてくれた事……個人的に、感謝する」


「個人的に、ねぇ……」


「あくまで私個人の感情だ。次に会う時は、騎士としてお前達を討つ」


「もう二度と会いたくないな」


「……こちらもそれを願っている」


 イスルギが部屋から出て行くと、リフルが溜息を漏らした。ロゼはホクトの隣に歩み寄り、頭に巻いた包帯の様子を眺めていた。血が滲む包帯を指先でなぞり、ホクトは煙草を口に咥える。


「これで、厄介ごとが一つ減るよ」


「……ロ~ゼ!」


「うわっ!? なんだよ!?」


 ホクトはロゼの頭をわしわしと撫で回し、それから背中を軽く叩いた。行き成りの事にロゼは飛び退き、乱れた髪形をちまちまと直す。


「シェルシを人質に出来なかった分は俺がバッチリ働くから安心しろや」


「言われなくたってそのつもりだよ……。どっち道、騎士にここを知られた以上、他に手は無かったし……」


「これで、シェルシとはお別れだな」


 煙草を片手にそう呟くホクト。ロゼは特に何も言わなかったが、窓の向こうを眺めていた。僅かな時間の間だったが、色々な事があったものだ。その殆どがいい思い出ではないのだが……そこはあえて呑み込もうと思った。

 準備を終え、シェルシがガルガンチュアから出て行く。夜の港にホクトたちが並び、シェルシとイスルギ、二人と向かい合っている。シェルシは身体の前で手を組み、名残惜しそうに短い間だけだったが、仲間だった人々を見渡した。


「……皆、ありがとうございました。お陰で、踏ん切りがつきました……。婚姻の儀を成功させ、私は使命を果たします」


「シェルシちゃん……お国に戻っても、うさ子たちのこと忘れないでね! うさ子はね、うさ子はね! シェルシちゃんと、ずう~~っと友達だよっ!!」


「と、友達……?」


「うんっ! 離れてても、ずっと友達! ね、ホクト君?」


「はは、そうだな。シェルシも面倒かもしれないが、うさ子と友達でいてやってくれ。こいつ友達いねえから」


「…………そうですか。ええ、そうですね……。忘れません、きっと。私も……」


 胸に手を当て、柔らかく微笑むシェルシ。短い間であったが、シェルシは大きく成長した。この街に来たばかりの頃と今の彼女とでは大きく心境が異なっている。少なくとも、もう儀式から逃げ出すような事はないだろう。

 顔を上げ、姫は手を振った。うさ子がそれに応え両手をぶんぶん振り回す。イスルギと共に、シェルシは去っていった。その背中を見送り、ホクトは煙草の煙を吐き出し静かに空を仰ぎ見る。


「えぐ……っ! シェルシちゃんが、シェルシちゃんが行っちゃったよううう……っ!! ぴえええええんっ!! ホクトくーん!!」


「おーよしよし、泣くな泣くな……」


「これで、砂の海豚の活動を本格的に再開出来る。せいせいしたよ」


「とか言って本当は寂しいロゼ君なのでした、っと……」


「誰がだ、誰が……」


 こうして四人は見えなくなったシェルシに背を向け、ガルガンチュアへと戻っていく。それぞれが、己の成すべき道へと戻った。そしてそれが、彼らの本当の戦い、物語の幕開けでもあったのである。

 物語の舞台は第六界層オケアノスから、第五界層エル・ギルスへと移る。それは、以前から決まっていた事だった。世界最大のイベント、記念式典は目前にまで迫っていたのだから――。


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