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邂逅、リターン(1)

 ビルの隙間に見える青空の向こうに手を伸ばす。子供の頃、私はそこにいつか届くのだと信じていた。

 いや、届かぬものなどなかった。私にとって全ては手中にあり、世界は私の為に動いているのだと、幼い頃は本気で信じていた。当然だ。幼い子供とはそういうものだ。世界の限界を知らなかった。現実を知らなかった。知らないという事は罪であり幸福でもある。天井を知った時、私は罪から解き放たれ幸福を剥奪される。

 右手で携帯電話を操作する。別にこれといって目的があるわけではなかった。だが、何かを弄っていると落ち着くのだ。気持ちを落ち着かせる薬として携帯電話を扱う――呼吸をするが如く、である。そんな人間今時珍しくもない。私も大衆の中の一人に過ぎない。

 学校帰りの電車の中で考える事は常にアンニュイであり、まるで夕焼けの色を切り取ったかのようだ。差し込む紅の光の中、私はマフラーに少しだけ顔を埋める。

 世界の色彩などわたしにとってはどうでも良い事だ。だが人は染まり易く、気づかぬ内に何かに流されている。そんな人生が嫌だと思った所で具体的にそれを処理する力を私は持たない。滑稽な道化だ……。

 などと、メンヘラ染みた事を思考しつつ私は眼鏡を外して目を閉じた。なんだかんだ言いつつもテスト明けの帰り道は清清しい気持ちに溢れている。これで後は冬休みに入るだけというものだ。

 大学生にまでなって何故まだテストなんてものをしなければならないのだろうか。来年には二十歳になるというのに、小学生の頃と変わらずにテスト如きに左右されている……。まるで進歩がないというものだ。

 指先は留まる事を知らない。画面はボヤけているが、私は只管にキーを打ち続ける。思考した事をそのまま文章化する事など気づけば他愛の無い技術となっていた。今の私の思考の全てを文章化し、保存することが出来る。あとで読み返せば顔が赤くなる事は必至なのだが……。


「…………過去の自分からの悪意あるテロだな、これは」


 電車が目的地に到着する頃にはすっかり日が暮れようとしていた。駅に降り立ち、吐き出す息が白く立ち上っていくのを見送る。お世辞にも都会とは呼べない地方都市の、それでもにぎわっていた場所から山のふもとまで戻ってきた。私にはこれくらいが丁度いい。

 高い場所は、好きではないのだ。そもそも馬鹿と煙が高い場所に昇りたがるのであって、私はそのどちらでもないのだから高い場所が好きでないことになんらおかしい事はないと思う。

 暫く歩き、私は目的地の前で足を止めた。辿り着いたのは私の下宿先であり――怪しい武術を世に広めている道場である。日本家屋の隣に割りと立派な道場があり、その前で女性が道場の周りを掃除しているのが見えた。こんな寒いのにご苦労な事だ。


「ただいま戻りました、奥さん」


「――あら? スバルちゃん、おかえりなさい~」


 どこか子供っぽい笑顔を浮かべる和装の女性――しかし髪の毛は栗色で、目は緑である。何人なのかは不明だがとりあえず日本人という線は薄そうだ。

 彼女はこの道場の師範、その奥さんであり下宿先の管理人でもある。とはいえ今この家に下宿しているのは私一人で、管理人というよりは家主というか、この家の主というか……まあそんなポジションなのだ。

 奥さんは竹箒を片手に私に歩み寄り、徐に頭を撫でてきた。白くて綺麗な手が頭を撫でる度、何となく心が癒されてしまう……。この人は何歳なんだろうか? なんというか、全然歳をとらないような気がする。そんなわけないんだが……。


「今日も一日大学ご苦労様っ! よしよし、なでなで……」


「う、うぅ……っ」


 なんでこの人は会う度に私を子供扱いするんだ……? 判らない。自分では、それなりに見た目は大人っぽくしているつもりだし、喋り方とかだって気をつけているつもりだ。なのにこの人はいつもこうだ。正直、苦手な部類に入る。

 何が苦手って、撫でられている何となく心地よくなってしまうところだ。危険すぎる……。他人に心を簡単に許すのは大人ではないと思うのだ。だから、私は全然興味ないような素振りでやり過ごす。


「そういえば、師匠は?」


「うん? そうねぇ、道場の中に居るんじゃないかしら?」


「かしら、って……」


「あ、私夕飯の支度しなくちゃ。スバルちゃん、今日はお鍋だからね♪ あの人にも言っておいてね」


 奥さんはおしとやかに去っていってしまった。なんだろう……負けた気がする。あの人には永遠に叶わない。そんな気がする。

 仕方が無いので道場の扉を開く。外から見ても灯りがもれていたので中に居る事は判っていたのだが……。まさか中を一生懸命雑巾がけしているとは思わなかった。


「師匠、何やってるんですか?」


「……昴か。いや、道場の掃除をちょっと最近サボってたからな。そろそろ、綺麗にしておこうと思ったんだ」


「…………奥さんに怒られたんですね」


「…………。まあ、そうとも言うな」


 容易に想像が出来る。基本的にこの人は奥さんに頭が上がらないのだ。理由は不明だしあまり考えたくも無い。あの奥さんは実に旦那に対して容赦が無い。どうやら内縁の夫らしく、籍は入っていないらしい。その辺にも複雑な事情があるのかもしれない。

 妻に頭が上がらないこの人だが、私はそれなりに尊敬しているし彼のことが大好きだ。勿論、変な意味ではない。私もあの奥さんを敵に回すような勇気はないし……。

 胴衣姿のまま一生懸命に雑巾を絞っているこの人は、これでも常軌を逸した強さの持ち主なのである。噂では以前どこかの国で戦争を経験したとかなんとか……。拳だけで色々な敵を倒したとか、そんな噂がある。実際この人の動きは何をどうやっているのか素人では全く理解出来ず、さっさとプロの格闘家にでもなればいいのに、と思う。しかし以前それを言って見たところ、


「あんまり表舞台で使っていい力じゃねぇからな……というか、あまり目立つと怒られる」


 との事。一体どんな設定なんだろうか。表舞台では使えない力って何なんだ……と、思う。しかしあえてそのあたりに深く首を突っ込む事はしなかった。多分、奥さんの関係なのだろう……。

 しかしなんだかんだで私を受け入れ、今では家族のように扱ってくれている夫妻を私も尊敬しているし、家族だと思っている。二人は私の遠い親戚に当たるのだが、あっさりと私を受け入れてくれた。

 こうして、今日も門下生ゼロの道場を掃除したり、家でゴロゴロしているだけの人だが、一度戦えば滅茶苦茶強い。一体どうやってこの家を支えているのかは判らないが、兎に角この人は私にとっては恩人なのだ。

 一度受けた恩は必ず返すべきだろう。だから私は形式上ここの門下生という事になっている。まさに一人目の弟子である。師匠と呼んでいるのは、奥さんがそう呼んだ方がいいと提案してきたからだ。以来、彼は私にとって師匠となった。


「師匠、手伝います」


「いや、昴に手伝いまでさせたらまた怒られるから勘弁してくれ……」


「肩身が狭いですね……」


「……無理にこっちに来てもらってるだけに、俺も文句は言えんのだ。以前一度あっちに帰られた事もあるしな」


「……やはり、実家は外国なんですか?」


「外国……まあ外国だな、うん」


 何故か師匠は腕を組んで頷いている。まあ、それは当然あの容姿で日本人ですって事もないだろうし……。結局奥さんには内緒にするという事で私は師匠を手伝って掃除を終えた。バケツの中の冷たい水で指先が痺れる……。冬場にやる事じゃあないよなぁ……。

 二人一緒に道場を出て母屋へと入る。玄関入って直ぐにある階段を上り、私は自室へ。そこで鞄を置き、マフラーを手に取りつつ窓から外をじっと見つめた。

 この辺りは、大学周辺に比べると大分灯りが少ない。だが私にはこれくらいの方がまぶしくなくて丁度いいのだ。我ながらいい場所に下宿出来たと思う。

 人の喧騒から離れた場所に居れば、少しは気持ちも落ち着くだろう……そう言って私を送り出した両親の事を思い出す。きっと清々したと思っているに違いない。自分で言うのもなんだが、私は面倒な女だ。

 ふと、急に寂しさに駆られる事がある。自分が一人ぼっちなのではないかと思えてくるのだ。そういう時は震えが止まらなくなり、あの日の事を思い出してしまう……。

 あの日、私はとても大切な人を目の前で失ってしまった。彼は私を救おうとして、その命を奪われたのだ。他でもない、この私の手によって……。

 落下していく速度は比例して私の心さえも闇の中へと吸い込んでいく。誰かの悲鳴が聞こえ、耳の奥で繰り返し反響した。あの時のことは忘れられない。何度でも思い出す。何度でも、何度でも……。

 実に面倒な女だ。こんなだから、誰からも必要とされない。この世界から消えてしまうことが出来たらどれだけ幸せだろう? だが私は生きなければならない。それが、彼が命を投げ打って救った、私の命の重さそのものなのだから――。


「夏流さん~! 勝手に台所に入っちゃ駄目だって言ってるでしょ!?」


「いや、腹へって……あぶねっ!? 熱したフライパン振り回すヤツがどこにいる!?」


「これが私の聖剣ですよ♪」


「意味わかんねっ!! す、昴助けてくれぇっ!!!!」


 外からそんな声が聞こえてきて感傷的な気分は一発で吹き飛んでしまった……。何やってるんだろうか、あの人たちは……。

 目尻の涙を拭い、私は部屋の外へと歩き出した。ここには私の新しい生活があり、新しい日常がある。そうだ、忘れてしまえばいい。悲しい出来事など。悲しい過去の事など――。




邂逅、リターン(1)




「――はあ? 記憶喪失?」


 素っ頓狂な声を上げるロゼの背後、男は窓辺に立ちぼんやりと砂の景色を眺めていた。

 “魔物クリム”との遭遇から数分……。漸く調子を取り戻した砂上列車に揺られ、男はずっとぼんやりとしている。その全身は魔物の返り血に染まっていたが、ロゼから受け取ったタオルのお陰で今は多少はましな格好になっている。

 とはいえ、独特の血の匂いは中々取れる事はなく、ロゼはそれを気にしてか一定以上距離を置き続けていた。男はそれさえも気にする様子はなく、差し込む強すぎる日差しの下静かに髪を靡かせ続ける。

 罪人を乗せた砂上列車はそのほとんどを魔物の襲撃により失った。護衛の騎士も逃げ出した以上、この列車がなくなったところで誰にもその行方は判らないだろう。ロゼにとっては幸運とも呼べる状況が完成した。何故ならば彼の目的はこの列車の強奪だったのだから。

 列車を操縦しつつ、ロゼは背後を気にしていた。ほとんどの罪人が砂の中に消えていった。生き残ったのは二割か三割……それだけあれば上等だろう。魔物の襲撃に対してこの列車は何の装備も持ち合わせていない。使い捨て――。罪人が死のうがどうなろうが別段構わないのだ。貴重な労働力ではあるが、その命を守る為に魔物と戦う危険を冒す必要はない……それが騎士の、“帝国”のやり口なのだから。


「じゃあ、お前……自分の素性もわかんないのか?」


「ああ」


「ああ……って、なんだよそれ。自分の事だろ? もうちょっと取り乱せよ」


「そう言われても、記憶失っちゃってるんだからしょうがないだろ? 取り乱したところで、俺が記憶喪失である事実はかわらねーんだしよ」


「まあ、そりゃそうだけどさ……。あんた、“魔剣シン”の使い手なんだろ? だったら身元もわかりそうなもんだけどな」


「……魔剣?」


「なんだ、魔剣の事も忘れたのか……。あんたが出したでかい剣のことだよ」


「こいつのことか?」


 男は手を頭上に伸ばし、思い切り振り下ろす。気づけばそこには剣の形が紡がれ、鈍く光る切っ先がロゼの顔の横でピタリと静止していた。


「っぶねえっ!? ざけんな、事故ったらどうするつもりだ! こっちは運転中だぞ!?」


「事故るもクソもあるか。なんもねぇじゃねえか……ここ砂漠だぞ」


「そういう問題じゃないだろっ!! 兎に角それはどっかやってくれ! 気が散る!」


 男は口元を歪ませるように悪戯っぽく笑みを浮かべ、剣を消失させた。再び腕を組み、壁に背を預ける。ロゼにしてみれば魔剣使いに会うのは珍しい事であり、魔物を駆逐する魔剣を突きつけられるのは正直生きた心地がしないことだ。

 溜息を漏らし、激しくなってしまった動悸を落ち着けるように胸に手を当てる。そんなロゼとは対照的に男は風を浴び、気持ちよさそうに空を見上げていた。ロゼにはその男の表情が解せない。


「なああんた……? 何でそんなヘラヘラしてられるんだ? ついさっき、死にかけたんだぞ?」


「過ぎたことでウダウダ言うなって。俺たちは生きてんだろ?」


「そりゃそうだけどさ……。あんた、名前……なんだっけ?」


「さっき言ったろ」


「悪いね、物覚えが悪いんだ。特に馬鹿の名前は覚えるだけ無益だろ?」


「なら俺の名前を覚えても無意味だな。自慢じゃないが、俺は馬鹿だ」


 白い歯を見せて子供のように笑う男。むっとした表情で振り返るロゼが眼鏡を中指で押し上げる。男はロゼの隣に立ち、その肩を叩いた。


「ホクトだ。多分そう呼ばれていた。今度は忘れるなよ、ロゼ」


「なんで行き成り呼び捨てなんだよ……」


「あ? 細かいこたいいんだよ。それより、どこに向かってんだ? 後ろの車両の罪人さんたちが不安がってるぜ」


「煩いな……。あんたらは黙って大人しく待つことも出来ないのかよ。言われなくたってもう見えてくるさ」


 ロゼがそういうや否や、列車と並走するように砂海が動き始めた。何かが砂の中にもぐっている。それも、先ほどの魔物よりも何倍も巨大な何か――。

 ホクトは手の中魔剣シンを召喚する。しかしそれを見たロゼは慌ててホクトの腕にしがみ付いた。


「待った! あれは魔物じゃない! 斬るな!」


「はあ? 魔物じゃないならなんだ?」


「僕たちの……“拠点ホーム”だよ」


 砂の中からゆっくりと巨体が姿を現していく。それは見る見る内に砂の上に姿を晒し、巨大な胴体から伸びた翼を広げ、砂を巻き上げながら光の下に現れた。

 一見するとそれは魔物にも良く似ている。広げた翼を再び砂の中に戻したその姿は細長いカプセルのようだった。ロゼが手を振り、列車を停止させる。それにあわせるように謎の物体も列車の傍に身を寄せるようにして停止した。


「…………潜水艦?」


「そう、潜水艦。僕たちはホームって呼んでる。正式名称は、“ガルガンチュア”……。寄せ集めで作ったもんだけど、結構良く出来てるだろ?」


 自慢げにそう語るロゼ。しばらくするとガルガンチュアから梯子がかかり、乗員と思しき者たちが下りてくる。ロゼはその乗員たちに駆け寄り、一言二言話をつけるとホクトのところにまで戻ってくる。


「潜水艦か~。かっちょええな。俺も乗ってみたいぜ」


「あ、そう? じゃあ丁度良かった。はい、これ」


「んっ?」


 ホクトの手を取り、徐にロゼが装着したのは――手錠であった。何が起きたのか判らず暫くの間ホクトは目を丸くする。ロゼは笑顔のままホクトの肩を叩き、頷いた。


「お前危なすぎ。しかも怪しすぎ。悪いけど一緒に来てもらうよ」


「…………。おい、ちょっと待て! 助けてやったろがっ!!」


「何が記憶喪失だよ……。魔剣使いが何で罪人と一緒に運ばれてたんだか知らないけど、記憶喪失ってなんだそれ。信じられるかよ」


「信じる信じないはお前次第……いや待て、信じてくれ。俺は本当に記憶喪失だ」


「おーい、誰か適当にこいつを牢屋に放り込んでおいてくれ~」


「ちょ……人の話を聞けっ! くそっ、ぶった斬るぞ!?」


 しかし、手は拘束されている。しかも集まってきた乗組員たちは全員剣で武装し、ホクトにその切っ先を突きつけている。冷や汗を浮かべ、目を瞑るホクト。大人しくついていくしかない……。

 ホクトがガルガンチュアに連衡されるのをロゼは列車から見送っていた。そんなホクトと入れ違いに列車にやってきたのは一人の女剣士であった。ロゼや乗組員たちと同じ軽装をしており、腰にはサーベルを携えている。ロゼの元まで歩み寄ると一礼し、ロゼの身体を気遣うようにそっと手を伸ばした。


「ご無事で何よりです、若」


「だから、僕は若じゃないって何度言えば判るんだ!? 僕の事は、団長と呼べ!」


 伸ばされた手を払いのけ、人差し指を立てて剣士へと突きつけるロゼ。剣士はたじろいだ様子で慌てて頷き、それから言葉を訂正する。


「失礼しました、団長」


「リフルはいちいち心配しすぎだ! 団長として、これくらいは当然の働きだろ!」


 腕を組んでそっぽを向くロゼ。その後姿をリフルと呼ばれた騎士は安心したように見守っていた。そう、今回の作戦はロゼの単独行動であり、下手をすればロゼの身がどうなっていたかは判らなかったのだ。

 当然リフルはそれに反対した。しかしロゼの強い意志により作戦は実行に移されたのだ。実際、予測不能な事態によりロゼの計画は頓挫しかけた。列車を奪い、罪人を救出する事……それは魔物の襲撃によりガルガンチュアとの合流予定ポイントが大幅にずれた事により一度は失敗しかけたのである。

 ガルガンチュアからの襲撃に乗じ、ロゼが列車をのっとるという作戦は失敗に終わった。が、結果的にホクトという予想外の戦力の参戦により作戦は成功と呼べる形に落ち着いたのである。

 リフルは優しく微笑み、ロゼの肩を叩いた。ロゼは鬱陶しそうにリフルの手を払いのけ、ガルガンチュアへと歩いていく。その足取り は先ほどまでの緊張した様子とは打って変わって軽快であった。

 ロゼ本人も自覚している事だ。まだまだロゼは一人前には程遠い、団長と呼ばれるには経験が足りない青二才だ。だからこそ、リフルの支えが必要なのだ。そしてだからこそリフルの姿を見てロゼの緊張は解けたのである。

 団長の後を追い、リフルは歩いていく。背の高いリフルと小柄なロゼが並ぶと姉弟のように見えなくもない。リフルは背後を振り返り、真剣な表情で目を細めた。


「魔物の襲撃、ですね」


「……ああ」


「本当に良くご無事で」


「“魔剣シン”使いが乗ってたんだよ。そいつが魔物を倒したんだ」


「……魔剣、ですか?」


「記憶喪失だとか言ってるけど、帝国のスパイかもしれない。せいぜい丁重に取り調べておけよ」


「……判りました。ロゼ、貴方は休んでおいてください。貴方は我々“砂の海豚”にとってかけがえのない存在なのですから」


 ガルガンチュアの中へ消えていくロゼを見送り、リフルは静かに列車全体を見渡した。酷い損害である。まともにここまで走ってこられたのが不思議なほどに。

 安物とはいえ、一応は高速移動をする頑丈な列車である。並の魔物ならば、追いつく事も壊す事も難しいだろう。ならば答えは見えている。同時に疑問も浮かび上がるが。


「……魔剣使い、か」


 小さく呟きリフルはガルガンチュアへと姿を消した。砂の海の上、救助された罪人たちが涙を流しながら互いの無事を喜び合っている……そんな景色を、目の焼付けながら――。

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