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剣創のロクエンティア(3)



「――どう、なったんだ……?」


 何もかもが見えなくなるほどの眩い光に覆われ、砂嵐に覆われたバベルの空間の中、昴はゆっくりと顔を覆っていた腕を下ろした。まだ視力が戻らず、チカチカと点滅する視界の端、膝をついているシェルシの姿が見えた。シェルシはどうやら大罪の浄化に成功し、気絶したホクトを抱きかかえているようなのだが――。


「…………ど、どういう事……!? ホクトが……二人ッ!?」


 唖然とする昴の視界……そこにはシェルシに抱きかかえられているホクトと、それを遠巻きに眺めているホクト……二人のホクトが存在していた。片方は気を失い、生身の姿に戻っている。だがもう片方は……まるで体中に闇を纏ったかのように黒く変色し、闇の鎧を装備して肩で息をしていた。」

 慌ててシェルシに駆け寄ると、シェルシもまた困惑した様子だった。何しろシェルシが抱きかかえていたのは――二人の良く知るホクトではなかったのだから。昴は一瞬意味がわからず……だが僅かな思考の後、その顔を思い出した。


「に……!? 兄さんっ!?」


「や、やっぱりこの人がホクト……なんですか?」


「そ、そうだよ……兄さんの顔はこれだよ。ああ、なんかずっと別人になっててよく覚えてなかったけど……これが兄さんだ。本当の……北条北斗だよ」


「では……あれは――?」


 気絶した北斗のと黒い鎧を纏ったホクトを見比べる。だが考えてみればすぐにわかる事だ。ロクエンティアによる攻撃は、恐らく完全ではなかったのだ。つまり――“失敗”。確かに北斗をガリュウから分離する事には成功した。だがそれだけである。ガリュウは未だに健在……。北斗とヴァン、その二つが別々に存在し続けている。

 だがヴァンへのダメージも相当なものだったのか、黒衣の男は荒々しく呼吸を乱し、胸を切り裂いた十字の傷跡に苦しんでいた。大罪へ、確かに攻撃は通ったのだ。だがその刹那、ヴァンは北斗を切り離してその場から逃れた……それが真実である。


『ふわぁ……? これがほんとの北斗君なの……? なんか、昴ちゃんと似てる?』


「そりゃ、兄妹だからね……って、それどころじゃないよ。どうするんだ、アレ――!?」


 ヴァンは憎悪の鎧を纏い、その背中に六つの大罪の剣を並べて両腕を広げた。ダメージは負っている――だが、最強の魔剣使いはまだ健在なのである。ロクエンティアは先ほどの一撃に殆どの力を込め、使い果たしてしまった。更に大罪浄化の光を受け、昴のユウガも弱まってしまっている。文字通りの絶体絶命……。そんな中、ヴァンは鎧を軋ませながら一歩二人へと歩み寄る。


『やってくれたな……。まさか、大罪の対存在をぶつけてくるとは……。だが、残念だったな……。俺は……まだ生きているぞ』


 低く笑い出し、やがてそれは高笑いへと変わっていく。くぐもった声が響き渡り……シェルシと昴は打ちひしがれた表情を浮かべた。作戦は失敗したのだ。アニマは健在、大罪も健在……ヴァン・ノーレッジは未だ世界に影響を及ぼし続けている。


『その剣は危険すぎるな……。そいつを渡してもらおうか。その剣に大罪が相殺出来るのならば、大罪でその剣を破壊する事も可能だろう』


「……ッ! シェルシ、兄さんを連れて下がって! ヤツは私が相手をする!」


「で、でも……!?」


「今のロクエンティアじゃ力が足りなすぎる……! 勝機を待つんだ……それしか手段はない!」


 焦った様子で叫ぶ昴。それもそのはず、次にロクエンティアが力を放てるのはいつになるのか検討もつかない。それに下の世界ではアニマと仲間たちが戦っているのだ。こちらの戦闘が長引けば長引くほど、下の仲間たちの危険は大きくなる……。のんびりとロクエンティアの力が戻るのを待っている余裕はないのだ。

 雄たけびを上げ、昴は果敢にヴァンへと突っ込んでいく。だがヴァンに既に油断はなく、そして手加減もない。六つの大罪の力を万全に生かし、繰り出すガリュウの一撃――それは昴では防ぎ切れず、その身体を鋭く切り刻み、弾き飛ばした。


「昴ッ!!」


『は、はうう……! 昴ちゃん……このままじゃ、昴ちゃんがっ!』


「うさ子、なんとかさっきのもう一発出来ないんですか!?」


『そんなにほいほい強いのは打てないの~……。はうう……。うさもがんばってるけど……力が足りないの~……』


「そんな……!? 昴、逃げて!! 殺されてしまうッ!!!!」


 シェルシの叫びは昴には届いていた。だが引き下がるわけにはいかない……。シェルシがやられてしまえば、創神剣ロクエンティアが奪われてしまえば、それこそ一環の終わりである。昴は必死でヴァンの動きに対応しようと喰らいつくが、六つの大罪を自在に使いこなすヴァン相手では余りにも力が至らない。次々に切り付けられ、蹴り飛ばされ、昴は血を吐き何度も大地に叩き付けられた。

 遠のいていく意識の中、それでもまた立ち上がる……。震える足で、血染めの指で、何度も何度でも……。ヴァンは昴をいたぶるように何度も何度も攻撃を加え、昴はその度に悲鳴を上げてもだえ苦しんだ。


「昴! 昴――!! もう止めてください、ヴァン!! 何が……何が貴方をそうまでさせるんですかッ!!!!」


『俺は憎悪の化身……。世界がそう望むからこそ、俺はそう在るのだ。この世界に存在する悪意の結晶、大罪……それがこんなにも俺に馴染んでいる。あれだけ望んだ力が……全てを破壊する力が手中にある。それを使わないほうがおかしな話だろう?』


 昴の髪を掴み、ヴァンは強引にその身体を引き上げた。昴は全身から血を流し、腫れた顔でヴァンを睨みつける。その喉元にガリュウを突きつけ、ヴァンが笑った――その時である。背後から彼の腕を掴む手があった。その人物は……意外な事にミラ・ヨシノであった。


「もう止めましょう、ヴァン……。貴方はこんな事望んでいなかったはずよ……」


『…………ミラ』


 昴を手放し、ヴァンはゆっくりと振り返る。そんなヴァンにミラは優しく微笑みかけるが――その表情は一瞬で急変する。その胴体をガリュウの巨大な刃が貫いていたのである。口から血を吐き、崩れ落ちるミラ……。その胴体から刃を引き抜き、血を振りまいてヴァンは静かに低く笑った。


『俺の邪魔をするからそうなるんだ……。お前はなぁ……もう死んでるんだよ。もう終わってるんだ、俺の中で……。人に絶望を与えるだけ与え、勝手に死んだ哀れな姫……。お前は用無しだよ』


「……ヴァ、ン……」


 震える手を伸ばし、ヴァンへと微笑みかけるミラ。その身体をガリュウが食いちぎり、何度も何度も噛み千切って飲み込んでいく。グロテスクな音と共に内臓や血がぶちまけられ、その光景にシェルシは思わず口元を押さえた。


『見ろ、これが世界の闇だ……。ああ、なんて心地良い……。闇が俺と同化し、俺は闇の一つになる……。この世界中の闇が俺の中で渦巻いているんだ。俺の孤独は癒される……。数え切れない、憎悪の渦の中で――』


「狂ってる……」


『大罪を持つ者が狂気を口にするのか……? ああ、俺は狂っているとも。だからこそ俺を狂わせたこの世界を、俺は全ての闇で飲み干してかき消してやるんだ』


 再び昴へと歩み寄り、剣を振り上げるヴァン……。昴はユウガでそれを受けようとするが、身体が言う事を聞かない。シェルシが大声で昴の名前を叫び――昴が己の死を覚悟した、その時である。


「おいおい、ちょっと待てよ――。人の妹……何勝手に殺そうとしてんだ」


 誰かの声が聞こえた。そして、足音が聞こえた……。とても、懐かしい声だった。昴の背後、一人の男が立っていた。黒き長髪を靡かせ、魔剣も持たずに佇んでいた。だが何故だろう、それだけでとても心強く感じた。懐かしい声、懐かしい感覚……傷ついた昴はゆっくりと振り返り、そして彼の顔を覗き見た。

 優しい、とても穏やかな笑顔だった。長い間捜し求めた……追い求めた笑顔が、あの頃と変わらずにそこにあった。座り込んだ昴の頭をくしゃりと撫で、そうして目を細め、笑う。昴は両目から涙をこぼし……その胸に飛び込んだ。


「兄さん……お兄ちゃん……っ!! 会いたかった……ずっと、ずっと会いたかった……っ!!」


「……長い間、心配かけさせちまったな……。でももう大丈夫だ。俺は、ずっとお前のお兄ちゃんだよ」


「私……私、お兄ちゃんにずっと謝りたくて……。ずっと、ずっと……謝りたくてっ」


 あの日、あのビルの屋上で止まってしまったままの時間がゆっくりと動き出す。奇妙な……とても奇妙な再会だった。再会はとっくに果たしていたはずだった。けれどあの懐かしい声で、懐かしい顔で……それがたまらなく切なく、寂しく、嬉しかった。北条北斗は妹を抱き、その頭を優しく撫でる。二人の兄と妹の邂逅は――こんな時になって、ようやく果たされたのだ――。

 だがそれも長くは続かない。ヴァンはお構いなしに二人の前に刃を振り上げていた。シェルシがそれに気づいて声を上げる――よりも早く、北斗はヴァンを鋭く睨みつける。魔剣も持たない、ただの人間の睨み……それに何故かヴァンは気圧され、後退を余儀なくされていた。

 それは理解に苦しむ事態だった。不要だと判断し、身体から切り離した別人格……。所詮魔剣一つ持たないただの人間。それが何故、この傷ついた少女を抱きかかえて睨むだけで、これだけの威力があるのか。迫力などというレベルではなかった。男はまるで怪物のように、獣のように、そして剣のように……。鋭利な眼差しで、文字通りヴァンを射抜いたのである。


「……大丈夫だ。あの日の事は、後悔なんかしてねえよ。お前は何にも悪くねえ。悪いのは全部、お前を護れなかった兄ちゃんの方だ……。だから……な、昴? もうちっとだけ、休んでてくれよ。もうちっとだけ……俺に任せてくれよ」


 昴がきつく握り締めたユウガ、それにかかる指を一つ一つ取り外し、北斗はユウガを握り締める。そうして傷ついた昴を護る為に前進――。ヴァンの目の前に立ち、二人の魔剣狩りは対峙する。


『貴様……』


「俺はヴァンではない、北斗君だ……ってな。よお、“魔剣狩り”……。随分と調子がよさそうじゃねえか、あぁ?」


『図に乗るなよ、異世界の人間風情が……。その大罪の欠片で何が出来る? 貴様には何も出来はしない。何も……!』


「そりゃわかんねえさ。俺は救世主――この世界を救う為に召還されたんだぜ? なら、伝説になぞらえてやってみるのも悪かないんじゃねえの――?」


 北斗はユウガの柄から紐を一本引き抜き、それで長髪を括った。そうして深く息を吸い……大きな声で叫ぶ。


「――シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレッ!!!!」


「は、はいっ!?」


「……俺一人じゃ勝てそうにもねえ。力……貸してくれるか?」


 振り返り、北斗は優しく微笑みながら片手を伸ばす。何を言いたいのか、何がしたいのか……何故かすぐにわかってしまった。そうしてどうしようもないくらいに実感するのだ。彼は北条北斗……。自分たちが愛し、そして信じた人なのだと。だから――姫は迷い無く、神の愛を乗せた剣を男へと投げ渡した。

 北斗はロクエンティアとユウガ、二つの剣を左右に持ち、以前と変わらぬ勇姿を見せる。ジーンズに革ジャンのラフすぎる格好の英雄はその姿からは考えられないほどかけ離れた、美しい剣の構えを見せる。それは、彼が――ホクトが北斗であるという事の証。もう一人の、世界最強の魔剣使い――その力を持つ、証だった。


『この俺と戦うつもりか……?』


「色々だせぇところ見せちまったからな。それくらいやんなきゃチャラってわけにはいかねえだろ?」


『ク……クククッ! 思い上がるなよ、人間……! 俺は世界の悪意と同化した神となったのだ! それから切り離された程度の貴様に、一体何が――!?』


 次の瞬間、北斗の放つロクエンティアの一撃がガリュウを砕き、更にヴァンを遥か彼方へと吹き飛ばしていた。結晶の剣と純白の剣を重ね、男は静かに目を細める。状況がよく飲み込めず、昴もシェルシもただ呆然としてしまう。


「シェルシ、昴を頼む。俺は……あのラスボスをぶっ倒してくる。それでゲームセット……エンディングへ一直線、だろ?」


「北斗……、貴方は……」


「いいから……もうちょっと待ってろよ。もうお前らには指一本触れさせねえから。絶対に――傷つけさせねえから」


 駆け出した北斗、それを迎え撃つ為にヴァンは無数の剣を放つ。その全てを左右の剣で蒸発させ、北斗はニヤリと笑う。何故――? 何が起きているのか? 理解が追いつかないその身体をユウガの一撃が切り裂く。傷は再生する……だが、北斗は尚も猛攻を繰り出す。

 左右の剣の連続攻撃――ヴァンは成す術無く一方的に斬りつけられるだけである。反撃しようとしても、何故か身体が動かない。何故――? まるで魔剣が、大罪が、身体を蝕んでいるかのよう――。


「魔剣ってのはな、魂なんだよ。人間が持つ心……想いそのものだ。その魔剣を全てテメエが思い通りに出来ると思うなよ」


『な、何だと……!?』


「テメエが背負ってるのは、ミュレイや、うさ子や……ハロルドや! 皆の想いなんだよ! この世界にある力が憎しみだけだと思ってんじゃねえッ! うぬぼれてんのは……テメエの方だろがッ!!!!」


 繰り出される光を纏ったロクエンティアの一撃――それが大地を砕き、ヴァンと北斗は墜ちて行く。落下を初め、第一界層から見る見る下へ――。二人の男は空中で何度も何度も刃を交える。だがその悉くが北斗に優勢であり、納得がいかないヴァンは雄たけびを上げた。


『何故だ!? 何故貴様ごときに凌駕されるッ!?』


「俺は一人で戦ってるんじゃねえ……とだけ言っておこうか。カッコイイだろ?」


『ふざけるな!!』


「ふざけてねえよ、大マジだ……! テメエが奪った命……それがテメエに抗おうと反逆してるのさ。そして俺はお前でもある……。同じ能力を持った存在だ。それが同じ能力の剣を持ち……そしてテメエは大罪に足を引っ張られてる。どっちが優勢かなんて子供だってわかるだろ?」


『有り得ん! 俺は完全に大罪を制御しているはずだ!』


「完全に制御なんて出来るかよ、人間の心だぞ? お前の中に居るハロルドが……。お前の中に居る、シルヴィアが……。俺をお前から切り離した。お前を倒せと俺に力を貸してくれている。何もかも思い通りになると思うなよ、魔剣狩り。“孤独”では、“愛”には勝てないと相場が決まってる――ッ!!」


『ぐ……おぉおおおおおおおおおおッ!!!!』


 ロクエンティアがヴァンの胸に突き刺さり、大きく光を放っていく。北斗の背後には、うさ子が……ステラが……そしてミラがいる。二つの剣に宿る様々な思い……それを北斗は理解し、受け入れ、行使している。それこそが本当の意味で魔剣を制御するという事……。力ではなく、心で操るのが魔剣。そんな事は、初歩の初歩――。


「この世界からとっとと消え失せろ、“大罪”ッ!! そんなに一人が寂しいなら――道中騒がしくなるように、全部纏めて送ってやるよォッ!!」


 墜ちて行く北斗は加速し、ヴァンにロクエンティアを突き刺したまま見る見る全ての階層を越えていく。そうしてガルガンチュアの上を埋め尽くしていた魔物を次々に巻き込み粉砕しながら、最下層に眠るアニマへと迫った。


『ま、まさか……貴様……!?』


「貫け……ロクエンティアァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ロクエンティアが眩く光を放ち、北斗はまるで流星のようだった。一閃――空を瞬いた輝きは魔物を貫き、そしてアニマの胸を貫通して過ぎ去っていく。闇を貫く光の一撃――アニマは内側からもだえ苦しみ、徐々に消え去っていく。


『ば、かな……!? アニマが……消える……!?』


「“神”はもう以前とは違う、うさ子はな……もう人を愛する気持ちを知っている。誰かに優しく出来る女の子になったんだ。ただ孤独を埋めるためだけに力を使っていた頃とは違う。この剣は――この世界を生きた人々の祈りの剣だ」


『北条……北斗ォオオオオオオッ!! 貴様ぁああああッ!!!!』


「――悪いな。ヴァンじゃなくて……北斗君でよ――」


 剣を引き抜き、北斗は空中で二対の刃で同時にヴァンを切り裂いた。落下の強風の中、北斗は静かに目を瞑る。切り裂かれたヴァンが落ちていくのを見下ろしながら空中に停止した時間を作り、その上に着地する。二つの刃は北斗の手の中で輝き、彼の勝利を祝福しているかのようだった。


「さて……それはいいんだが、どうやって帰るかな……。そこまで考えてなかったし……」


『はう……。うさも飛べないの~……』


「マ、マジ……? 空くらい飛べるのかと思ってたんだが……駄目なのか」


 そうして呆然と立ち尽くしている北斗へと迫るガルガンチュアの姿があった。北斗はそこで大声を上げて両手を振り、ガルガンチュアを呼びつけた。何とか救出されたホクトは甲板の上に立ち、仲間たちへと声をかけた。


「いや~、助かったぜロゼ! ナイスタイミングだ!」


「「「「 ……誰? 」」」」


 本日二度目の声が重なり、北斗は思い切り転びそうになった。しかしその手に握られているのはユウガとロクエンティアである。何も言われずとも、何となく推測はつく。


『このお兄さんはねえ、北斗君なのっ! ヴァン君と分離してねえ……ヴァン君をやっつけちゃったのっ! はううっ!!』


「こ……この人が北斗殿でござるか!?」


「確かに、昴と似てるかも……」


「な、なんだ? 思ったよりイケメンすぎてびっくりしたか?」


『北斗君、イケメンさんだったの! はうはう! はうはううっ!!』


 うさ子のゆるゆるした声に、甲板にどっと笑い声が沸いた。そんな中一緒になって笑っていた北斗だったが……すぐに異変に気づいて表情を変える。ガルガンチュアから飛び出してきたメリーベルが北斗を見つけ、その腕を取って首を横に振った。


「まだよ……。まだ、終わってないわ……!」


「……どうやらそうらしいな」


『はう……? どういうことなの? もう、大罪の気配は感じないけど……』


「だから、ヴァンはもうこの世界に居ないのよ……。アニマの残滓を引き連れて、別の次元に逃げ込んだの。北斗……追える?」


「ああ、任せてくれ。奴とはキッチリ決着つけなきゃな」


 頷き、有無を言わさず転送魔術を発動するメリーベル。状況がまだ把握出来ていない仲間たちは巻き込まれないようにと後退し、北斗の横顔を眺めた。北斗は腰に二対の剣を挿し、片手をひらひらと振って笑って言った。


「んじゃま、ちょっくら止め刺しに行って来るわ。皆……元気でな」


「え……? 北斗……?」


 ロゼが声をかけるより早く、北斗とメリーベルの姿は転送魔術の光の中に消え去ってしまう。しばらく甲板には転送魔術の魔方陣の光が残っていたものの、それも消えてしまうと北斗の痕跡は何もかも全て消えてしまうのであった。

 まるで北斗そのものがこの世界から居なくなってしまったような気がして、不思議な胸騒ぎが襲った。ロゼは不安げに空を見上げる。アニマが消えた影響か、魔物は既に衰え始め、あとは駆逐戦闘が残るだけであった。気を取り直し、ロゼはガルガンチュアを空に羽ばたかせる――。

 次元と次元を超える虹色の空間の中、北斗は眩い光に目を凝らしていた。メリーベルの姿が近くにないのは不安だったが、恐らく彼女は彼女で異次元へ転送しているのであろう。やがて光を超え――北斗は懐かしい景色を見下ろし、空の上に出現した。

 それはかつて彼が住んでいた町……。夜の街は光を瞬かせ、北斗を迎え入れているかのようだった。空中で二対の剣を装備し、降下しながら足場に氷の道を作り、滑り降りていく……。着地した北斗の傍を風が吹きぬけ、夜の世界を背景に北斗は静かに目を細めるのであった――。




剣創のロクエンティア(3)



「さーて、奴はどこに行ったかな……っと」


『北斗君北斗君、ここ……どこなの?』


「んー……。俺の住んでた町」


『はう?』


「俺の故郷って事だよ。つまり――異世界って事」


『はううっ!? うさ、異世界に……北斗君の世界に来ちゃったの!? はううっ! すごいの、すごいのっ!!』


 無邪気にはしゃぐうさ子。だが状況は思っていた以上に悪い。この暗闇……そして広い町。ヴァンがどこに逃げ込んだのか、まるで検討もつかなかった。とりあえずはメリーベルと合流する事が先決……北斗はやたらとしゃべるうさ子を片手に、懐かしい街へと繰り出すのであった――。


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