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剣創のロクエンティア(2)


 剣の船は、大空へと羽ばたいて行く――。界層を超えて、次元の壁を越えて、もう一度エデンへ……。その、エデンの先へ――。

 沢山の魔物がその行き先を阻んでも、フラタニティの力を得たガルガンチュアを止める事は出来ない。見る見る内に空へと舞い上がり、何もかもを超えていく船……。彼らがそうして辿りついたのは巨大な剣の世界の最上界……。第一界層、“バベル”……。それは塔の最上階。ロクエンティアという名の世界の剣の柄……。掛け値なしの最果て、そこは透明のスクリーンのような大地の上に存在する不思議な空間だった。大地には崩落していく世界の様が映し出されており、まさにそこは世界を管理する存在の住まう場所である。その中枢、無数の光のスクリーンに囲まれてヴァンはガルガンチュアを見上げていた。

 空中で一度静止したガルガンチュアの甲板から二つの人影が飛び降り、バベルの大地へと墜ちていく。それはシェルシを抱えた昴の姿だった。足元に氷の道を作りながら昴はシェルシを両腕で抱え、そっと大地へと降り立つ。それを見届けてガルガンチュアは引き返し、今度は世界の最も深い場所への潜航を開始した。

 スクリーンの海を突き破り、光を巻き上げて消えていくガルガンチュア……それを背景に白騎士は姫を下ろし、自らの手の中に刀を構築する。終焉の大地の上、シェルシと昴は黒き闇の魔王と対峙する。王はガリュウも持たずに歩み寄り、そして二人に問いかけた。


「仲間全員でかかってこなくて良かったのか? まさか、たった二人で挑んでくるとはな」


「貴様が相手では人数は意味を成さないだろう? 私たちは貴様に匹敵し得るだけの力を持つ戦力……。少数精鋭だよ」


「……理に適った事か。だが、アニマは間も無く復活する……。僅かな時間でこの俺を倒せるかな」


「残り時間が僅かなら、きっと皆が引き伸ばしてくれます。延長戦と洒落込みませんか、ヴァン・ノーレッジ――? 貴方が呪うこの世界……容易くやらせたりはしません」


 昴がユウガを鞘から抜き、シェルシもロクエンティアをすらりと抜いて手に構える。結晶の刀身を持つ細身の剣……ロクエンティア。それはホクトのガリュウとは対照的な、似ても似つかない剣。シェルシの……うさ子の、透き通った心がその刀身となるのであれば、ガリュウを形作る感情はどんなものなのだろうか。

 三人が対峙するまさにその時、ガルガンチュアは真っ逆様にアニマ目掛けて降下を続けていた。あっという間に全ての階層を一から六まで突き抜け――UGよりも更に向こう。この世界という名の封印の剣の切っ先へ、希望の船は落ちていく。黒く渦巻く、巨大な闇の中へ……。

 そこに居たのはこの世界という規模の剣を胸に突き刺した、巨大な巨大な黒き闇の巨人だった。黒く、どろどろと渦巻くその色一つ一つが全て神の悪意そのものである。そしてそれは今世界最強の魔剣使いの剣とリンクし、剣の中に取り込まれた数え切れない悪意によって満ち満ちている。憎悪の化身――全てを破壊したいと言う欲求に囚われたその魔物は巨大すぎる腕を伸ばし、剣を掴んでそれを引き抜こうとしていた。

 剣の開放はすなわちアニマの完全復活を意味する。それだけは避けなければならない。姫と騎士が、二人の少女が今このアニマを復活させようとする敵と戦っている。それを無駄にしてしまわない為に――どうしても、時間稼ぎは必要なのだ。


「あれがアニマ……? な、なんてバカでかさ……」


「あんなのどうやって相手をすれば良いのでござるか……?」


「とにかく回りをうろちょろしながら砲撃してみるしかないだろう。甲板に出て応戦するぞ……! すぐに奴は魔物を放ってくる」


 ゲオルグの言葉の直後、迫るガルガンチュアに気づいたアニマはその巨大な口を開き、大量の魔物を吐き出してきた。ガルガンチュアは船全体の装甲を変形させ、巨大な一振りの剣に似た形へと変貌する。そして光をまとって魔物の群れを食い破り、旋回しながら淡く光の尾を引いていく。

 一斉に放たれた魔術砲弾がアニマへと降り注ぎ、巨大な獣の悲鳴が響き渡った。もちろん、致命傷には程遠い。何発打ち込めば効果があるのかもわからない。それでも船は再び戦場へと舞い戻っていく。

 甲板へと出たロゼたちはそれぞれが武器を手に取り、ガルガンチュアへと近づいてくる魔物を迎え撃つ。船は攻撃に集中させなければ、あの巨大な化け物にダメージを与える事は出来ないだろう。護りは彼らが自分自身の手で果たすしかない。アクティが空にスピリットの銃弾を放ち、それを合図にロゼが剣を鳴り響かせる。


「さあ、ここが最後の戦場だ……! シェルシと昴がヴァンを止めるのが先か、僕らが殺されるのが先か……! せいぜい試してみようじゃないか!」


「拙者、ここで死んでも悔いはないでござるよ……! 皆と一緒に戦えた事を誇りに思うでござる!!」


「縁起でもない事言わないでくれる……? ボクはまだ、こんなところで死ぬ気はないよ!」


「そうだ。俺たちはまだ死ぬわけにはいかない。特に、子供たちにはまだ未来があるんだ……。せいぜい死なないように気張ってくれよ」


「私はまだ、世界を知らない……。シグマールさんとの約束を護るためにも……ここで死ぬわけにはいかない!」


 それぞれがそれぞれの思いを胸に、魔剣を取った。それは何かを傷つける力……そして同時に、何かを護る力。襲い掛かってくる翼を持つ魔物たち……。何もかもを埋め尽くすようなその魔物の群れに、少年たちは真っ直ぐに立ち向かっていく――。

 天の上、バベルの空間ではシェルシと昴、そしてヴァンのにらみ合いが続いていた。やがてヴァンは呆れたような声と共に手の中にガリュウを構築し、それを大地に突き刺して顔を上げた。


「……やはり、俺の最後の敵はお前たちか……。白騎士……そして、シェルシ・ルナリア・ザルヴァトーレ」


「ヴァン……貴方はどうして、こんな事を……? こんな事をしたところで、貴方の空虚な気持ちが埋まるわけではないのに……」


「お前に何が判る……? 俺は何もかもを失ってきた。護ろうとした全てを悉く目の前で失ってきたんだ。俺はこの世界を憎む……俺をこの世界に産み落とした、この世界そのものを憎む――!」


「貴方が本当に護りたかったものは、人や……命や、世界ではなかったはずです! ヴァン……どうか目を覚まして! 貴方は、シャナクやミラや……沢山の人との間に確かに愛情を感じていたはずでしょう!?」


「黙れ――! 愛が何だというんだ! 愛があれば何かが護れるのか!? 救われるのか!? 俺はもう、愛を信じない……。俺はこの力で孤独になる。自ら望んで、この世界の孤独の全てを手に入れる。それが我が理想……我が魂が安らぐ唯一の方法なんだ!」


「シェルシの言葉を借りるわけじゃないけど……ヴァン、私は愛の力を信じている。愛さえあればなんでも出来る……そんな気になるんだ。だから私はお前とも戦える。例え、お前が兄さんと同じ存在だったとしても――」


 昴がユウガを振り、改めてその太刀を両手で構えた。黄金の手甲は昴の腕を伝い、刀身に魔力を注いでいく――。以前のユウガを数段上回る力を手に入れたそれは、最早ヴァン・ノーレッジにさえ匹敵する。何度も何度も対峙し、何度も何度も刃を交えてきた二人……。やはり、当然、そしてこの決着は二人にとって必然だったのだ。

 彼女の存在がこの世界の運命を歪めた――。本来ならばもっと早い段階で世界はこう“なるべき”だったのだ。だが……彼女の存在がヴァンを封じ、ホクトを目覚めさせた。ならばこれは当然の戦いである。彼女が歪めた運命……再び捻じ曲げられるとしたら、彼女をおいて他にいないだろう。

 ヴァンが大地にガリュウを突き刺したまま、四方八方から二人目掛けて魔剣を放った。次々に降り注ぐ剣――だがそれは昴にもシェルシにも届かない。昴はシェルシを背にユウガの結界を発動する。それは新たに覚醒したミラの力……。破魔の波動を周囲に拡散させ、全方位の魔力をキャンセルする力である。ヴァンは遠距離攻撃を諦め、重く鳴り響くガリュウを引き抜いた。


「厄介な能力だな……。なら、大罪の内六つを取り込んだこの剣はどうだ……? 相殺不可能な絶対的魔力……最強の魔剣の力を思い知れ」


 ガリュウはぎょろりと目を剥き、空に吼えた。獣のように口を開き、ダラダラと涎を垂らして二人を見つめる。ヴァンはうっすらと笑みを浮かべ、破壊の権化と化したガリュウを片手に猛然と走り出した――。




剣創のロクエンティア(2)




 繰り出されるガリュウの一撃――それに昴はユウガを合わせる。シェルシを護るかのように前に出た昴……彼女には考えがあった。そしてその考えを遂行する為に、シェルシだけは絶対に護らねばならない。

 ヴァンが刃を横に薙ぎ、昴はそれを跳躍し回避、ヴァンの背後を取ると同時に刃を放つ。振り返らずにガリュウの反応のみでそれを受けたヴァン……二人は何度も位置を入れ替え、壮絶な戦いを演じる。刃と刃が何度も何度も火花を散らして音を奏で、昴とヴァンはダンスの中で見つめ合う。大罪を飲み込んだ剣ガリュウと、ミラの愛の結晶であるユウガ……。その二つが音を立て、爆ぜるように何度も何度もお互いを拒絶し続けていた。

 それは正に過去の再現――。かつて二人がまだ敵同士であった頃。ヴァンがミュレイの命を奪おうと、ソレイユを奪おうとしていた頃のように……。昴の感覚は斬劇の中で徐々に切れ味を増していく。得の停止や加速を使わずともガリュウと互角に打ち合える程に……。スクリーンに映し出されるのはガルガンチュアに襲い掛かる魔物の映像。その映像の上、白と黒の魔剣使いは踊り続ける。

 二人の攻防、それを眺める人影は二つあった。昴の背後、ロクエンティアを片手にしたシェルシ……。そしてヴァンの背後、悲しげな眼差しでシェルシを見つめるミラの姿である。そのミラはシェルシをこの世界に引き返したミラとは違う……。そう、所詮あのミラも、あのタケルも、全てはオデッセイが情報から再構築したホムンクルスに過ぎない。定着する魂は完全ではなく、ただそれ“らしきもの”でしかない。本当のミラの魂が今昴の剣の中にあるというのならば、そのミラの形をした存在は虚構に過ぎない。その事実は――誰より彼女本人が一番良く判っていた。

 踊る、黒と白……。斬撃の衝撃が大地を削り、音を立て、この天の上の更に上の世界に鳴り響く……。シェルシは言葉もなくただミラを見つめ続ける。そしてミラは……何かを言いかけ、その口をそっと閉じた。

 彼女にとって大切な事は、きっとヴァンと共にある事だったのだろう。悲しげに目を細め、シェルシはロクエンティアを見つめる。半透明の刃はきらりと光を浴びて輝き、そして小さく声をかけた。


『シェルシちゃん……』


「……判ってます。彼女はただ、見届けに来ただけ……。本当の自分と、自分が愛した人……その戦いの結末を……」


 加速した昴は音を超え、衝撃波を放ちながら剣を繰り出す。昴の移動の軌跡をなぞるかのように大地が燃え上がり、打ち込むその一発の重さは鋼鉄さえも滑らかに切り裂くだろう――。猛スピードでの猛攻……ヴァンはそれを右手にガリュウ、左手にエリシオンを構築して打ち払っていた。

 片手を翳し、時を停止させる昴。それを相殺するかのようにヴァンも同じく手を前に突き出した。二人の掌の前に魔方陣が浮かび上がり、それが同時に硝子が砕けるような音と共に散っていく。その光を掻い潜り、昴は低い姿勢から飛び込み剣を放つ。切っ先はヴァンの胸を浅く斬りつけ、反撃に繰り出した蹴りが昴の脇腹へと食い込んだ。

 吹き飛び、同時に左右に散る二人……。昴は口の中にあふれた血を吐き出し、ヴァンは両手の二対の剣をくるりと回し、改めて構えなおす。二人の戦力は互角……否、やはりまだヴァンに分があった。ヴァンの魔力は無尽蔵……そして何より魔剣使いとして非常に優秀である。昴も健闘はしている――だが、このままでは届かない。


「どうした? せっかく二人居るんだ、同時にかかってきたらどうだ? そうすれば少しは話が違うかもしれないぞ」


「昴……」


「判ってる。兄さんを助けたいんだろ?」


「創神剣ロクエンティアなら、恐らく彼の中にある大罪を相殺する事が出来るはずです。でも、それほどまでの力を刀身に収束するには時間がかかります」


『うさが頑張ってラブパワーをためるからっ! 昴ちゃん……時間を稼いで!』


「……ラブパワーって……。まあいい、チャンスは一回だけだよ。それで兄さんを取り戻せなければ……二人係りであいつを殺すしかない」


「判っています……。昴、ありがとう――」


 シェルシは目を瞑り、そして結晶の剣を掲げる。刀身に光が集まり、徐々に輝きを増していく……。シェルシの足元には巨大な魔方陣が浮かび上がり、そこから放たれる小さな光の粒が次々にロクエンティアへと吸い込まれていった。

 突然術式を発動したロクエンティアに反応し、ガリュウが怯えるように震える。大罪と一体化したヴァンにとって、それは既に何か説明を受けずともはっきりと感じ取れるほど危険で不快な光だった。シェルシの掲げる剣……それだけは絶対に受けてはいけないと、全ての大罪が叫んでいる。それは昴にも影響を及ぼすはずだったが――彼女は何故かユウガの力を鈍らせる事はなかった。

 ユウガもまた、淡く輝く白い光に包まれていたのである。それはミラの魂の光……。ミラは己の魂をユウガに宿して死んでいった。その残されていた僅かな彼女の力が昴を護っているのだ。しかしそれも長くは持たない……。ミラが完全に消え去ってしまえば、昴を護る物はもう何もなくなってしまう。

 どちらにせよ、時間との戦い……。昴にせよシェルシにせよ、ヴァンとて同じ事だ。タイムリミットは迫っている……。震えるガリュウを制御し、ヴァンは冷や汗を流しながらシェルシを睨み付けた。しかしその視線を遮るかのように、昴が間に割って入る。


「――退け、白騎士……」


「そういうわけにはいかない。最後まで……付き合ってもらおうか、魔剣狩り――!」


 昴が動き出し、ヴァンはそれに応じる形でガリュウを繰り出した。だがその動きは先ほどまでのキレがなく、すれ違う昴の一閃はヴァンの片腕を切り落とした。それは切断された腕が大地に落ちるより早く影によって回収され、何事もなかったかのようにくっついてしまう。破魔の力を以ってしても、今のヴァンはもう殺せるような存在ではないのだ。だが、それでいい。ヴァンの身体を傷つけるのが目的ではないのだ。昴は背後に回った勢いそのまま、ヴァンの胴体を背中から切りつける。男はよろめき、繰り出したガリュウは昴にはかすりもしなかった。


「貴様ら……!?」


「悪いがもう少し付き合ってもらうぞ……。どうせこれで貴様との因縁も最後なんだ……。楽しんで、行けよ――ッ!!」


 昴が力を振り絞り、刃を繰り出す。それが再びガリュウと激突し、激しく大気を震わせた――。

 その頃、アニマと戦う仲間たちは傷つき、魔物の群れに苦戦していた。次々に被弾するガルガンチュアはいくら強固な装甲と結界を持つとは言え、無敵の船ではない。徐々に推力が低下し、敵に追いつかれ、包囲され、集中攻撃を受けつつあった。

 甲板の上に立ち、ロゼたちは何とかそれに抵抗していたが、無尽蔵に湧き出し続ける魔物は倒しても倒しても文字通りキリがない。肩で息をしながら魔物を殴り飛ばし、ゲオルクが振り返りながら叫んだ。


「お前ら無事か!? 傷ついてる奴は少し下がってろ! ここは俺が何とか持たせる!」


「何を言っているのでござるか……! ゲオルグ殿もボロボロでござるよ! それにどうせ、逃げる場所なんてないでござる!」


「そうだよ……! ボクたちはここを凌がなきゃ帰る場所すらないんだ……。へこたれているわけには、いかない……!」


 アクティがスピリットを構え、刃の弾丸を連射する。それが魔物に命中し、墜落していくが……すぐに次の魔物がやってくる。その魔物を切り払い、ロゼはアクティをかばって前に出た。


「皆、お互いをカバーしあうんだ! チームワークで何とかこの局面を乗り切らなきゃ! アクティ、僕の背中を……!」


「チームワークって言ったって、限度ってもんがあるよ……!」


「あ、ああっ!? 皆さん……上です! 上を見てください!」


 エレットのエクスカリバーが何かが現れた事を感知する。誰もが慌てて上を見上げると……そこには何かが続々と上から降り注ごうとしていた。誰もが青ざめた表情を浮かべ、絶望が色濃くなっていく……。だが――。


「あれは……インフェル・ノアです!!」


 エレットの言葉に続き、降下してきたインフェル・ノアは一斉にアニマへと攻撃を開始する。次から次へと機動兵器や戦艦が出撃し、アニマやガルガンチュアを取り囲む魔物たちへと襲い掛かった。

 わけが判らずに困惑するロゼたち。そんなロゼたちの立つガルガンチュアの看板へと二つの人影が落下してきた。それは巨大な機械の人形のような魔剣、プリメーラに抱えられたルキアとジェミニであった。


「ヒーロー参上! 遅れてすまなかったな! だが、主役は遅れてやってくるもんだ。なぜならそのほうが――目立つからな!」


「「「「 誰? 」」」」


「声を重ねるなァアアアアアッ!!!! “元”帝国騎士団剣誓隊少将! 重力使いのジェミニとは俺の事だ!」


 登場するや否や能力名を名乗ってしまうあたり、非常に頭が悪そうだった。それは以前イスルギとシェルシが彼と出会った時とまったく同じリアクションである。だが今回はその時とは違う事もあった。


「ルキア少将……!? どうしてあんたが……?」


「……この馬鹿が、どうしても一緒にってウザいから……仕方なく」


「何言ってるんだ! この世界の人々が一つになろうとしている今! 俺たちが手を取り合い戦わなくて……どうするんだ!?」


 と、叫びながらジェミニは接近していた魔物の群れ目掛けて重力の波動を放つ。魔物が一斉に弾き飛ばされ遠ざかるのを見てロゼたちは唖然として振り返る。


「お前たちの熱い思い……俺たちも受け取った! インフェル・ノアはケルヴィーたちが修理してあの様子だ! 剣誓隊もこのミッションに参加するぜ!」


「まあ……なんか結果的にそういうことになったみたいだから……よろしく」


 ため息混じりにぺこりと小さく頭を下げるルキア。彼らの頭上を元ギルドの船団が一斉に通り抜け、爆薬をアニマへ投下していく。帝国の戦闘母艦から魔道砲が連射され、空を埋め尽くす魔物へ降り注ぐ……。魔剣使いたちが。元ギルドのメンバーたちが。元帝国の騎士たちが。ザルヴァトーレの。ククラカンの。この世界に生きる沢山の人たちが……。集まり、そして魔物と戦っていた。アニマと……己の運命と戦っていた。何もこれは驚くべき事ではない。これはホクトたちがエデンへ向かった時には既に決まっていた約束なのだ。


「手を貸してくれるのか……? よくわかんないけど、記憶にない人……」


「ジェミニ少将です!? あんまり酷いと泣くぜ!? 力を貸すも何も、俺は目立てればなんでもいいからな。それにオデッセイの裏切りには頭にきてるんだ」


「右に同じ……。だから、私たちは別にあんたたちに力を貸すために来たわけじゃない」


「自分たちにとっての戦いを……ここで、ケリをつけにきたってだけの話だ!」


 迫る魔物、それをルキアのプリメーラが長い腕を振り回し、粉砕する。ジェミニは二対の魔剣を振り回し、次々に魔物を撃退していく……。先ほどまで諦めムードが漂いつつあった戦場に、次々に活気が湧き上がってくる。

 それでもまだ、これでもまだ、尚まだ――戦況は圧倒的に不利だ。戦場に出てきたからといって何かが出来る人間ばかりではない。次々に仲間の戦艦が撃墜されていく……。彼らは戦う力などろくに持たなかったのかもしれない。それでも……集まったのだ。

 帝国と反帝国……憎みあい、いがみ合っていた人々。しかし空に舞うガルガンチュアを見て、誰もが心を動かされたのだ。どうせ帰る場所はない。どうせ護るべき世界はない。だから――彼らは己の意思で。主義主張でもなく、善悪でもなく、ただ人の人間として……ケリをつけに来たのである。


「みんな……まだやれるよな!」


「もちろんでござるよっ! 拙者、勇気百倍でござる!」


「ボクたちは、一人じゃない……。ボクたちは……傷つけあうだけじゃないんだ……!」


 アニマとの戦いを映し出す大地のスクリーン、それを見下ろしながらシェルシは強く思いを込めていた。想いを――。心を――。愛を――。昴は冗談だと思ったかもしれないが、愛の力を充填するというのは決して間違いなどではない。シェルシは刀身に思い切り、ありったけの気持ちを込める。それだけが――そしてそれこそが唯一、大罪に対抗する手段なのだ。

 神は心の中にある闇をアニマとして放ち、それを制御する悪意の中枢を英雄が剣の形にした……それが大罪である。ならばこの剣は神の愛そのもの……。神がこの世界をうさ子として、人間として生きて知った光の全て……。あらゆる邪悪を跳ね除ける、全ての罪を包み込む……愛の力。掲げた神の力に光が収束し、それは渦巻き刀身を徐々に巨大化させていく。


「……神よ……。この世界を護ろうと戦う、世界を愛する全ての人の子らよ――! 神の剣に集え……! 我が魂に、集え――!!」


 一気に光が降り注ぎ、それは光の柱となって天をも貫き広がっていく。その光の中、シェルシはその背中に淡く輝く純白の羽を広げ、大剣と化したロクエンティアを両手で構えた。


「私は彼を救いたい……」


『うさも、ホクト君を助けてあげたい!』


「『 私たちは、この世界を愛している 』」


 創神剣ロクエンティアの異常に気づき、ヴァンが慌てて振り返る。だがその動きを封じるように昴が腕を翳して術式を発動する。ヴァンの周囲に時間を固定する魔術が一斉に発動し、ヴァンは一歩も身動きが取れない状態に拘束されてしまった。


「き、貴様……!?」


「……終わりだよ、ヴァン。さあ勝負だ……。シェルシの愛と、貴様の憎悪……どちらの感情がより強く、勝っているのか……」


 シェルシは光の翼を羽ばたかせ、浮遊しながら剣を振り上げて舞い上がった。ヴァンの真上――そこから落下しながらシェルシは光そのものを大罪へと叩き込む。沢山の思い出……涙を流し、歯を食いしばり、そしてシェルシは愛する人の身体に刃を食い込ませて行く。


「創神剣ロクエンティア……! 神よ……! うさ子……!! 私に、ホクトを救う力を――ッ!!!!」


『はぁううぅぅううううう~~~~ッ!!!!』


 刃が接触している部分から黒い闇の力が浄化され、ホクトの身体から弾き飛ばされていく。愛の光と憎悪の闇……それがせめぎあい、眩すぎる輝きがバベルを覆いつくしていた。昴は少し離れた場所からその様子を固唾を呑んで見守るしかない。


「大罪が……!? 俺の、憎しみが……負けるというのか……!? どれほどの……どれほどの、光が……お前を……!?」


「この光は私の光ではありません……! これは……ホクト、貴方が私にくれた光です! だから――この一撃で貴方を救済しますッ!!」


 より一層光を放ち、ロクエンティアは浄化の力を増していく。シェルシは思い切り両腕に力を込め、思いを込め、叫びながら剣を振りぬく。ヴァンの身体を袈裟になぎ払う一閃――その衝撃の余波はスクリーンの大地を片っ端から叩き割り、全てを砂嵐に変えていく。


「――うわぁああああああああああああああッ!!!!」


 更に低い姿勢から身体を捻り、再び両手でロクエンティアを繰り出す。止めの駄目押しが横にヴァンの身体を薙ぎ払い、再び激しい衝撃がバベルを襲った。体に十字の光を刻まれ、ヴァンは自由に動かない身体を震わせながら目を見開いた。


「大罪が……消える……だと!?」


「――貴方は……とてもかわいそうな子。だから、これでもう……終わりにしましょう。これが貴方の……。貴方にとっての、救済と終焉です」


 刃を振り、シェルシは光の刀身を解除してそれを鞘に収める。その鞘が閉ざされる軽やかな音色と共にヴァンの身体の内側から光が溢れ、男の肉体は光の中に飲み込まれていった――。


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