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剣創のロクエンティア(1)


「まさか……こんな事になるなんてね。この旅を始めた時は、考えもしていなかったなあ……」


 ガルガンチュアの改修工事が進む中、インフェル・ノアのドックでそれを見上げてロゼは呟いた。思い返せば全てはあっという間の事だったようであり、しかしとても長い戦いだったような気もする。

 全ては彼が……ホクトが嵐のような風と共に巻き起こした夢の残骸……。彼はこの世界にある様々な鎖を解き放ち、それぞれの心に風を吹き入れていった。時に彼の行いは悪であり、間違いであり、しかしその一つ一つが不思議と誰かの心に響く……そんな男だった。

 ロゼもまた、彼と共に存在した事により変わった一人だろう。それは彼のおかげであり、皆のおかげであり、そして自分自身の力でもある。数多の困難は少年を一回りも二回りも強くした。数え切れない痛みと共に……得た確かな日々。それが今少年の脳裏で何度も繰り返し再生されていた。

 少年の隣、過去を思い返す彼の横顔を眺めるアクティの姿があった。二人とも、当然のようにこんな事になるとは思っていなかったし、こうなった今も信じられないで居る。最後の最後、立ちふさがる敵はヴァン・ノーレッジ……。彼らにとって大切な人の身体を持った男なのだから。

 特にアクティは複雑な心境だった。アクティはヴァンが本当は悪い人間ではないのだと言う事を良く知っている。本当は寂しくて、辛くて、悲しくて……それでも戦う他に何かを表現する手段を知らない、哀れな男なのだ。どうにかして助けてあげたいとは思う。けれど……今のアクティにとって大切な事は一つではなくなってしまった。


「帝国を倒せば平和になる……。アニマを倒せば平和になる……多分、それは違うんだろうね。ボクたちは、ボクたち人間は、そういう形であり続ける限り、きっと争いを繰り返してしまう。そう、宿命付けられているかのように」


「……でも、僕たちはこうして一緒に戦う事が出来る。世界に大地はなくなってしまったけど、エデンには浮島があるし、インフェル・ノアだってある。僕は戦いを終わらせて、この世界の行く末を見届けたいと思うよ。そして出来るなら、世界の平和のために戦い続けたい」


「これから、かあ……。ボクたちが大人になる頃には、この世界はどうなってるんだろう」


「それを決めるのはこの世界の誰かじゃない。きっと、僕たち自身なんだよ」


「そっか……そうかもね。じゃあ、ボクもそうしようかな。とりあえず生き延びて……この世界が良くなるように、何か考えていけば……」


 大切な人を失い、人と人とが争い、上や、下や、数え切れない差別偏見……。それらを人間はひっくるめて抱えている。アクティもまた、帝国の人間を全て赦せるわけではない。だがそれは誰でも同じ事なのだ。

 争う事の全てが悪だろうか? 何故、争いは起こるのだろうか――? 大切な物があり……譲れないと思うから。それを手放したくないと、得たいと思うから……人は争うのだ。それは魂にとって至極当然の事……ただの、肉体を持つ存在としての“反射”なのかもしれない。

 それでも人は時に手を取り合い、時に裏切り……それでもまた誰かを信じてみたり……。けれどそれで良いのだと思える。迷い、苦しみ、時には傷つけあい……そうして生きていく。この世界が失われようとしている今になって気づく事もある。アクティはやはり、この世界の事が大好きだったのだ。

 悪い思いでは数え切れない。だがそのところどころに転がっていたきれいな小石を拾い集めて、何とか自分を形成していたのだ。幸せと呼べる物があったのだ。それが吹き飛んでしまう……。虚しさ、悲しさ……。それは自分がこの世界を愛していた証拠。この、掃き溜めのような……地獄のような世界で、生きていた証なのだ。


「これから生まれてくる子供達が……こんな気持ちを味わわずに住む世界……そんな世界に出来たらいいな」


 自らの手をじっと見つめ、それを握り締めるアクティ。最期の戦いは目前にまで迫っていた。生き残れるかどうかはわからない。勝てる保障も見込みも無い。だがそれでもやらねばならない……。誰の為でもなく、自分の為に。この物語を、自分なりに終わらせる為に……。


「ロゼはいいよね……。ボクには何にも無い。背負うべき物もないし、守るべきものもない……。改めて思ったよ。ボクは自分の事しか考えてなかった。自分がよければそれでよかったんだ」


「僕だって似たようなもんだよ。それに……アクティだって背負ってる物も、守るべき物もあるだろう? 僕たちはこれまで一緒に肩を並べて戦ってきた。ずっとずっと……。この船のクルーも、皆も、アクティをきっと家族みたいに思ってるよ」


「……そうかな? そうだったら、いいな」


 少しだけ照れくさそうに笑うアクティ。その肩を叩き、ロゼは大人びた笑顔を浮かべた。その面影に、どこかあの隻眼の剣士の姿が重なる……。きっと、失った分だけ誰もが何かを引き継いでいる。何かを受け継いでいる。だからそう、きっと……“森羅万象いけとしいけるもの”全てに、無意味な存在なんてないのだ。


「――やろう、僕たちに出来る事を。出来る限りの力で」


「……うん、そうだね。やろう。やってやろう。ただの人間に何が出来るのか……子供に何が出来るのか、思い知らせてやろう」


 二人は笑いあい、拳と拳を軽くぶつけ合わせた。そんな二人の背後からウサクとエレットが近づいていた。二人が手を振り声を投げかけるとロゼとアクティは少しだけ慌てた様子で身を離した。


「ロゼ殿~! アクティ殿~! 皆最後の補給や休憩に入っているでござるよ。お二人もあまり無理せず、ゆっくり休むといいでござるよ。大変なのは、これからでござる」


「……そういえば、ロゼ君とアクティちゃんはここで何をしていたんですか?」


「……青春?」


「バカ、何意味判んない事言ってんの……?」


 冗談交じりに肩を竦めるロゼにアクティは笑いながら軽く肘打ちした。後からやってきた二人にはよく意味はわからなかったが、まあ特に二人とも気にする事もなかった。性格的に。


「しかし、すごいでござるなあ……。これ、本当にアニマの居るところまで連れて行ってくれるのでござるか?」


 興味津々と言った様子でガルガンチュアを見上げるウサク。そのボディには地下遺跡フラタニティの部品が組み込まれ、更に改造が行われようとしていた。その改造が終わった時、ガルガンチュアはフラタニティの力を得て、より早く、より強くなる。そうなればこの船は彼らをアニマの所まで連れて行く最後の希望となるだろう。

 ロゼもアクティもその改造がちゃんと終わるかどうかが心配でやってきていたのだが、途中から話し込んでしまい後回しになってしまっていた。四人並んでガルガンチュアを見上げる……。滑らかな流線型のボディが光を弾き、無数の光のワイヤーに吊るされて輝いていた。


「世界中の人々が力を合わせ、アニマに立ち向かう……。拙者たちはこの船でアニマを封じに行く……。なんだか気づかぬうちに大仕事になってしまったでござるな」


「なんだか、皮肉ですね……。もう何もかもが終わってしまっているというのに、だからこそ人々が純粋に手を取り合い戦える……」


「いや、きっと僕たちはこれでいいんだよ。こうでなきゃ……きっと意味が無いんだ」


「何はともあれ、あとは拙者たちがやるだけでござるよ。緊張するでござるが……しかし、やらねばならないのでござる」


「今度こそ、本当に命がけの戦いになるね。ボクたちの中の誰かが、死んでく事になるかも」


「……それでも……やってやらねばならないんですね」


 四人は誰が言い出したわけでもなく、輪を作ってその手を同時に重ねた。願い、祈り、誓い……様々な気持ちを込めて。彼らは彼らなりに生きていく。明日を――絶望から勝ち取る為に……。




「この戦いが無事勝利で終わっても、この世界はもう駄目なんでしょ?」


 昴の問いかけにメリーベルは沈黙という名の肯定で答えた。医務室の中、昴は眠り続けているミュレイの残された片手をしっかりと握り締め、祈るような気持ちでその寝顔を眺めていた。

 決戦まで残された時間はあまりにも少ない。このままアニマが完全に復活してしまえば、もう彼らに成す術はないのだ。メリーベルは空いているベッドの上に腰掛け、静かにため息をついた。泣いても笑っても、これが最後……。重苦しい沈黙が医務室へと降り注ぐ。


「元々この世界は、アニマを封印する為だけにあった……。アニマを目覚めさせず、完全に殺さない絶妙なバランスで……。だから、この世界に、この大地に、もう人を生かすだけの力はないと思う」


「……そっか。そうだよね……。それでも私たちのやる事は変わらない。アニマを倒し、兄さんを……倒す」


「本当に良いの……? 私が言うのもなんだけど……貴方は別世界の人間。本来ならばこんな厳しい戦いに巻き込まれる事はなかったはずなのに」


「もしもの話なんて今してもしょうがないよ、メリーベル……。それでも私はここにいる。確かにここにいたんだ……。この世界の結末なんて関係ない。私は私が納得できるように、最後まで生き抜くだけだよ」


「そう……。強くなったのね、昴」


 どこか寂しげにメリーベルはそう呟き、それから昴に銀色のアタッシュケースを渡した。その中身は昴も理解している……。彼女の現実での師匠、本城夏流がかつて使っていたという武装である。


「これはきっと、貴方の持つユウガの莫大な力をコントロールする手助けをしてくれるはず。夏流もきっと、貴方に使ってもらいたいと思ってるわ」


「でも……壊しちゃうかもしれないよ? 多分すごく過酷な戦いになると思うし……」


 恐る恐る訊ねる昴。メリーベルは懐かしい気持ちのまま立ち上がり、そうして昴の身体を優しく抱きしめた。彼女はとても弱い女の子だった。でも、今は数々の戦いや苦難を乗り越え、精神的にも肉体的にも大きく成長した。その成長を心から嬉しく思うからこそ……メリーベルは昴にあの時と同じ言葉を託す。


「壊してもいいから……。何度でも、貴方の為に作ってあげるから。だから、生きて帰ってきて――」


「……うん。ありがとう、メリーベル……。きっと……きっと、勝つよ……」


 昴は少し驚きながらもメリーベルの身体を抱き返した。ミュレイは相変わらず意識を失ったままで、昴はそんな彼女の頬を撫でて優しく微笑む。


「私が守るべきものは、ミュレイだけじゃない……。師匠や、奥さんが住んでいる私の世界を……。メリーベルの住んでいた世界を……。この、あらゆる全ての世界を……。守ってみせる。今度こそ……絶対に」


「……まあ、この世界の事は心配しなくてもいいと思う。多分、私の世界に生き残りは移民でも出来ると思うから」


「え!? ほ、ほんとに!?」


「ええ。文明なんかもそんなに違いはないと思うから……というか、この世界の文明は界層によって違ったりするし、すぐに適応出来ると思う。こっちの世界の“王”とは、ちょっとした知り合いだから」


「え……メリーベルってそんなすごい人だったんだ……。まあ、只者じゃないのだけはなんとなくわかるけどさ……」


「私の事より、今は目の前の問題。だから昴、後の事は気にしないで思いっきりやってきなさい。後腐れないように……全力で」


 昴は強く頷き、そうしてアタッシュケースを開いた。黄金の手甲を装着し、故郷の師匠に思いを馳せる。今の自分を見たら、彼は認めてくれるだろうか? 笑って受け入れてくれるだろうか?

 きっと彼は何もかもひっくるめて、自分のありのままを見て頷いてくれるだろう。あの家での生活があったからこそ、今の自分がある……。追いつきたいと思う。追い抜きたいと思う。大切に思うからこそ……認めてもらいたい。


「がんばるよ、師匠……。師匠に笑われないように……最後まで、諦めないでやり抜くよ。だから師匠……私を護って――」


 ぎゅっと握り締める拳。黄金の力は静かに輝き、昴の言葉に応えようとしているかのようだった。昴は一度ミュレイを振り返り、それから笑顔を作って言った。


「行って来ます、ミュレイ……。今度会う時には、きっと――何もかも、貴方を苦しめる全てがなくなっているように……」


 メリーベルは出て行く昴の背中を見送り、静かにうな垂れた。きっとこの戦い、誰もが無事というわけには行かないだろう。誰も失わずには済まないだろう。だがそれでも、生き抜こうと懸命に戦う若者を止める事は出来ない。そしてその真っ直ぐな意思と力だけが、この世界を変える希望の力となるのだという事を……メリーベルは知っていたから。


「……大丈夫よ。きっと彼女ならやり遂げる……きっと、無事に帰ってくる。だから……信じて待ちましょう? ね、ミュレイ――?」


 目を瞑ったままのミュレイの頬を涙の雫が伝う。メリーベルは苦笑を浮かべ、それからそっとその場を後にした。何もかもが終わっていくこの世界の中で、未だ輝く確かな物……その存在を、彼女もまた信じ続けていたから。




剣創のロクエンティア(1)




『うさはねえ~、この世界に産まれてきて良かったの。シェルシちゃんや、ハロルドちゃんや……ホクト君! 皆と会えて……とってもとっても楽しかったのっ』


 割り当てられた自室の中、シェルシはかつて自分が着ていたザルヴァトーレのドレスに着替えていた。純白のドレス……その大きく肌蹴た背中には翼の紋章が浮かんでいる。その白き翼を覆い隠すかのように、姫はホクトがいつも着ていたジャケットに袖を通した。彼の好きだった煙草のにおいが染み付いた、うさ子が彼にプレゼントしたライターを忍ばせた上着……。なんとなく、ホクトが力を貸してくれるような気がして気持ちが引き締まるようだった。


『だから、この世界の物語をバッドエンドで終わらせたくないの。皆幸せになれるように……戦ってもきっとしょうがないんだけど、でも皆がこれから笑っていられるように……。うさはね、そんな風に戦えたらいいなあって思うんだぁ』


「……そうですね。誰かを憎むのではなく、誰かを愛せるように……戦えたらそれが一番です。それにしても……うさ子?」


『はう?』


「貴方……剣になっちゃったのにやたらとしゃべれるんですね」


 部屋の壁に立てかけられた創神剣ロクエンティアことうさ子に向かってシェルシは冷や汗を流しながら言葉を投げかける。剣はしばらく黙り込んだ後……当たり前のように言った。


『だってうさ、剣になっただけでうさはうさだよ? うさねえ、元々人間じゃなくて人間っぽい形になってただけで、それが剣になったってだけなの~っ! はうはう! はうはうっ!!』


「…………そうなんですか」


『それにねぇ、メリーベルちゃん曰く、そのうちこの剣の力に慣れたら自由に形を変えられるようになるって~。だからねえ、そのうちうさはうさの形に戻るのですっ』


「じゃあぜんぜん問題ないんですね……。なんか、うさ子が決死の覚悟で剣になったような気がして感動してたんですが……」


『!? うさは……うさは、いつでも決死の覚悟なの……! うさは……いつでもがんばってますっ!』


「ふふふ、そうですか。ええ、きっとそうですね……」


 剣を膝の上に乗せ、シェルシはベッドの上に腰掛けた。うさ子こと創神剣ロクエンティアの刀身を指先で撫でると、うさ子がくすぐったそうにもだえるような声を上げる。シェルシは優しく微笑み……そうして目を閉じる。


「ありがとう、うさ子……。これまで色々……本当に色々あったけど……。貴方が傍に居てくれてよかった。最後、貴方と一緒に戦えて……良かったです」


『うさもねえ、シェルシちゃんにはいっぱいいっぱいありがとうなの~。うさもね、皆に感謝してるよ。でも……シェルシちゃん、いいの……?』


「え?」


『うさ、剣になっちゃったからわかるの。シェルシちゃんの時間は……止まっちゃってるんだよね? もう皆とは違う、ズレた存在になっちゃってる……。それじゃあもう……戦いに勝利しても、シェルシちゃんはずっと、ずうっと、一人ぼっちのままになっちゃうよ……?』


「何を今更! ぜんぜんそんなのへっちゃらですよ? 私はその止まった時間の中で、自分に出来る最良を考え続けます。むしろ、この時間を止めてくれた彼女に感謝しているくらいですから」


『シェルシちゃん……。じゃあ、うさはシェルシちゃんの傍にずっと、ずうっといてあげるね? うさはねえ、シェルシちゃんとずうっと友達だからね?』


「ふふふ、当然ですよ? 私たちはずっと友達です。ずっと、ずっと……何があっても。ありがとう、うさ子……」


 一人と一振りの剣は、それからゆっくりと様々な思い出を語った。二人が出会った時の事……。これまでの戦い、そして離れ離れになっていた時間の事や、過去の事……。どれも、決して楽な話ではなかった。けれどもそこには確かに笑顔があって、幸せがあった。前に進もうという、強い意志があった。だからこそ彼女たちはここに存続しているのだ。

 いつだって諦めずに戦ってこられたのは、いつだって諦めない彼が居てくれたからだ。彼はどんな時でも冗談交じりに、こんなのへっちゃらだという顔をして恐ろしい困難を乗り越えていく……。苦しみも悲しみも、誰にも見せずにただ笑うその強さにどれだけ助けられただろうか? 出会いから、先日の別れまでの間……どんな思い出話をしてもそこには彼の、ホクトの名前があった。彼は本物ではなく。偽者ですらなく。何者にもなれず。孤独で、半端で、異端で……。それでも、彼はいつだって真っ直ぐだった。

 くじけそうな時、決まってヒーローのように颯爽と現れては真っ暗闇の現実を一発で粉砕してしまうのだ。力強く、ぎゅうっと手を引くのだ。だからどんな泥沼の中からでも歩き出せる。彼はあらゆる希望だった。不器用で、子供っぽくて、そして最強の魔剣使い……。今は敵となった……最後に戦わねばならない、彼の物語――。


「……私は、彼の事が大好きです。愛しています。だからこそ……きっと彼が望まない“今”を認める事は出来ない」


『ホクト君は、世界の終焉なんて望んではいなかったの。きっと、それはヴァン君も一緒……。だからね、解き放ってあげなきゃいけないの。きっと限界まで肥大化して、悪意に飲み込まれているのはホクト君じゃなくて、あの魔剣……ガリュウだと思うから」


 蝕魔剣ガリュウ……。世界最強の魔剣にして、持つ者に過酷な運命を強いる剣……。その中に取り込まれた無数の死者の怨念が、大罪の中に含まれた神の悪意が、彼の肉体と精神を蝕んでいるのだ。だからこそ……それが、本当は望まれない事であるがこそ……。それを、解き放たねばならない。誰よりも彼を愛するからこそ、誰よりも彼を理解するからこそ、彼を徹底的に否定しなければならない。


「私は彼を救いたい……。それはきっと、ただの私の我侭なんです。それでも私は……彼を救いたい」


『力を貸すよ、シェルシちゃん。ホクト君のこと、大好きだから……。赦してあげよう? きっと、ホクト君はうさたちを赦してくれるよ。シェルシちゃんを……赦してくれるから』


 剣を抱き、姫はうさ子の暖かな心を感じていた。とても鋭く、何もかもを切り裂くようなその結晶の刃に触れてもシェルシには傷一つつかなかった。この剣は何かを傷つけない剣……。護り、そして癒す為の剣。まるでうさ子の心そのもののようだった。そしてそれは姫の願いの形そのものでもある。


「……さてと。それじゃあ、行きましょうか。きっと皆も集まっている頃です」


『はう! うさたち、最後の出撃なのっ!!』


「ええ、これで最後です。これで、この世界を……本当の意味で赦しましょう。終わらせましょう……全てを」


 部屋を出て行くシェルシ。その腰には鞘に収められたロクエンティアの姿があった。一歩一歩歩みを進めながら、シェルシはホクトから教わった様々な事を思い返す。

 剣の使い方、魔術の扱い……。それだけではない。笑い方も、怒り方も、知らなかった自分を次々に彼は見つけていく。数え切れない幸せがあって、数え切れないときめきがあって……恋や、愛や、言葉に出来ないような優しく強い想いが胸の奥深くから湧き出してくる。

 こんなにも大好きだからこそ、戦おうと思える。立ち向かおうと思える。それがどんなに辛く悲しい決戦であったとしても……乗り越えられる。仲間が傍に居る。この胸の中にたくさんの思い出がある。だから――今よりもっと向こうへ。この絶望の一歩先へ……踏み出す事が出来る。

 インフェル・ノアの格納庫、そこに仲間たちは集まっていた。ウサクがシェルシに気づいて手を振り、仲間たちが次々にシェルシへと振り返る。うさ子が優しく笑っている気がした。皆が自分を呼んでいる。こんなにも絶望的な状況なのに、何故だろう……とても心穏やかだ。


「……行こう、シェルシ。共に……世界の果てへ」


 昴が手を差し伸べ、それをシェルシはそっと受ける。白き騎士の少女と白き姫の少女は言葉もなく誓う……。胸の奥、心の中、魂の上で……。


「「 必ず、勝利を 」」


 二人の言葉が重なる。心が重なる。かつては泣いてばかりだった昴も……。諦めてばかりだったシェルシも……。二人にはそれぞれの物語がある。それぞれの過去がある。そしてそれぞれの物語の、たった一つの終着がある。

 仲間たちはガルガンチュアへと乗り込み、最後の戦いの地へ向けて飛び立っていく。孤独な……とても孤独な戦い。けれどもそれは彼らにとって必然たる決戦である。誰もが別々の、しかし一つの想いを胸に羽ばたく……。飛翔する剣の船は天へと舞い登っていく。それぞれの、複雑な思いと決意を乗せて……。


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