6 現れたピンクブロンドの少女
わたしはフェルス様とのデートを楽しんだ。
下町で買い物をする。彼に喜んでもらおうと思って、「好きな物は何ですか?」と聞いたら黙り込んでしまったので、わたしは適当に腕の良さそうな武器屋で剣を仕入れ、プレゼントした。
「女が男に贈り物をせずともいいだろう」
「いいえっ。婚約者ですしフェルス様を迎え入れるのはわたしですもの、それくらいの責任あります」
「…………」
黙り込み、顔を逸らすフェルス様。それが拒絶なのだと分かっていても、わたしの胸は痛むどころか激しく燃え上がる。――いいでしょう、必ずやあなたを笑顔にさせて見せますから。
わたしは良さそうなカフェを選んで入り、フェルス様と向かい合わせで座った。
真正面から見据える『岩の貴公子』様はなんて格好いいんだろう。岩のような巨体はいつもの仕立てのいい服ではなくわざと平民に見えるようボロキレを着ているが、それが逆にいい。彼のワイルドさを存分に引き出しているからだ。
「まあ、フェルス様はどんな格好をしても素敵なんですけど」
「……何か言ったか」
「あ、な、なんでもないですっ。フェルス様とこうしているのが楽しいな〜って、そう思って」
咄嗟にそう口にしていたわたし。
いけないっ、フェルス様が顔を顰めてしまった。嫌われただろうか。彼はまたそれきり黙ってしまって、わたしとは何も話してくれなかった。
マリアの馬鹿。わたしはそう自分を叱責したい気分でいっぱいになりながら、いたたまれずに席を立った。
「そろそろ時間ですね。フェルス様、帰りますか?」
……と、その瞬間だった。
「フェルス! フェルスじゃないの!?」
そう喚きながら誰だか知らない女がカフェの奥からものすごい勢いで走り出して来たのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それはピンクブロンドの髪をした少女だった。
背が低く、愛くるしい容姿をしている。それでいてその目は獣のようにギラギラと光りこちらを――否、フェルス様を睨みつけていた。
わたしは突然現れたその少女を見て思わず呆気に取られる。何なのだろうこの娘は。せっかくのわたしとフェルス様のデートに割り込んで来て、しかも……。
「あなた、フェルス様のお知り合いなんですか?」
『岩の貴公子』フェルス様の名前を呼んだのだ。そう、呼び捨てで。
おずおずと、しかし静かな怒りを込めてわたしがそう問いかけると、フェルス様の前に躍り出たその少女はわたしの方をキッと睨みつけた。
「何あんた。フェルスの護衛騎士って女もいたんだ?」
そのあんまりな物言いに、わたしは思わず固まった。「ご、護衛騎士!?」
わたしはこれでも男爵家の娘である。
いくら貧乏とはいえ貴族は貴族。貴族令嬢であるわたしにそんな口を利くなんてありえない。でも考えてみれば今のわたしはお忍びで来ているのであり、彼女はわからないのかも知れなかった。
少女に擦り寄られるフェルス様は彼女を漆黒の瞳で見つめ返している。一体彼とこの少女はどういう関係なのだろう? もしかして愛人……なのかも知れない。
いいやきっとそうだ。だってそうでもなくてはこんなに親しげに名を呼び、絡みついたりしない。ということはフェルス様はやはりわたしのことが嫌だったのだ。そうか。恋人がいたから……。
わたしは胸の中で、バキバキ、と何かが割れるような音を聞いた気がした。
負けた。これは完全に負けた。わたしに勝ち目はない。『フェルス様のハートを射抜いちゃうのだ作戦』だなんて最初から成功するわけが。
「――俺に近寄るな、汚物が」
直後、吹っ飛んだピンク髪少女を目にして、わけがわからなくなるのであった。