5 岩をも切り裂く英雄の面影
「す、素敵な場所ですね」
「…………」
わたしはなんとか話題を作ろうと必死になる。けれど、やはりフェルス様は何も答えてくれない。
ゴツゴツした岩のように厚ぼったい瞼を閉じ、何やら考え事をしているようだ。わたしは邪魔してはいけないような気がしたが、沈黙に耐え切れずに続ける。
「ここら辺は高山地帯らしいです。硬い岩もゴロゴロありますから、きっと、いい練習になります。フェルス様が岩を砕いたことがあるって聞いたんですけど、ほ、本当なんですか? わたし、見てみたい」
「……ああ、本当だ。後で見せる」
静かな声音で答えるフェルス様。
その一言にわたしは大歓喜してしまった。
「はい。後でぜひ、見せてください!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな会話を馬車の中で交わした数十分後、わたしたちは馬車を降り、深い山の中へと足を踏み入れていた。
ここが目的地の鉱山地帯。あたりには灰色や黒、それに赤茶色や金色などのさまざまな石ころが転がっており、俯角へ行くほど落ちている石が大きくなっていっている。
もうすぐ目的の場所が近い。そう思った時だった。
「……ここだ」
フェルス様の声がした直後、パッと視界が開けた。
そこは鬱蒼と茂る木立に囲まれた場所だった。そのど真ん中、金色に光る岩が静かに佇んでいる。
「わぁ、あれはすごいですね」
この岩を売りに出せばいくらになるだろう。宝石の類に加工することができるから、おそらくは高値がつくはず。もしかすると貧乏男爵のホットン家も少しは裕福になるくらいのお金はあるのではないか。
ここはわたしがこっそり仕入れた噂のデートスポットだった。この岩に願いをすれば何でも叶うらしいのだ。だから剣の練習という名目でここへやって来て、あの岩にお願い事をする……つもりだったのだが。
スパァーン!!!
そんな音が聞こえたように錯覚した直後、黄金の巨岩が真っ二つになっていた。
あまりのことに理解が追いつかないわたしの目に飛び込んで来たのは、「これはなかなかに切り心地がいい」と、少し満足げに笑うフェルス様の姿。
ああ、先にやられてしまったのだとわたしは悟った。
願い事をしてから二人で一緒に大事に切り分けようと思っていたのに、それを一撃で、しかも願い事をする前にやってしまった『岩の貴公子』。どうせなら岩のようにどっしり構えてもう少し待ってほしかったのに……。
「わ、わたしのラブラブ計画がぁっ」
――これは愛の岩って呼ばれているんです。こうやって二人で愛の印を刻んで……素敵でしょ?
わたしがあらかじめ準備しておいたセリフがこれだ。しかし何時間もかけて考えたはずのそれはもはや何の役にも立たない。
わたしはそれから何時間も、腹いせのようにあたりの岩に剣を叩きつけまくった。どれも割れてはくれず、そのことごとくが『岩の貴公子』の前に砕け散っていく。
やはりわたしはフェルス様には色々と敵わないようだった。
疲れ切ってへたり込んだわたしはそれを実感しつつ、今も剣を振り続けている岩のようなフェルス様を見上げて思う。
ああ、あの時と何も変わっていない、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フェルス・クレーデ様はかつて、王女様や多くの令嬢を救った英雄だった。
しかしその名は今は廃れてただの『岩の貴公子』というわたしが勝手につけたあだ名しか残っていない。
けれどフェルス様は、あの日あの時わたしを助けてくださった時と、その真剣な横顔が全く同じで。
周囲から何と呼ばれていようと、やはり彼はわたしの英雄のままなのだとなんだか安心してしまった。
「フェルス様、お疲れ様でした。じゃあ街に降りてちょっとお買い物しましょう」
そうニコニコ笑顔で言い、わたしは彼の手を掴んで走り出す。
愛の岩なんてなくても構わない。わたしは、わたしの力だけでフェルス様の心を掴む。絶対に掴んでみせるから。
かつてフェルス様がわたしにそうしたように、わたしも。