4 ドキドキデートの始まり
――ある夜、わたしはベッドの上で何度も寝返りを打ち、うんうんと呻き声を漏らしていた。
別に何か嫌なことがあったわけでも、体が苦しいわけではない。強いていうなら恋の病の熱に浮かされているのだ。
「フェルス様とデートだなんて……最高すぎますっ!」
そう。『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』を実行していく中でわたしは、いい方法を思いついた。
贈り物もお茶もダメなら、一緒にデートすれば関係が進展するのではなかろうか、と。
これも母様から仕入れた知識なのだが、仲の良い男女というのは二人でお出かけするらしい。
政略が主である貴族はあまりそういうことはしないのだけれど、お忍びで行くには問題ないだろう。わたしはよくこっそり街へ出たりするので心配いらなかったがフェルス様は上級貴族。平民の街に出向くのは初めてということだ。
もちろん「デート」と言って誘ったわけではない。誘い文句はこうである。
「わたし、たくさんゴロゴロした岩のある場所を知ってるんです。そこで剣の練習をしたらきっとフェルス様も喜んでくれるんじゃないかと思って……行きませんか?」
そう。フェルス様は実は騎士志望で、岩をも砕くと有名だった。
……その夢もスキャンダルのせいで今は絶えてしまったけれど、でもきっと今も剣を振るのは好きに違いない。そしてその作戦に、フェルス様は見事に乗って来た。
「……ちょうどいい。行かせてもらおう」
「ありがとうございます!」
ということで、巨岩に囲まれたとある村へお忍びでデートに行くことに決まった。
そしてそれが明日。わたしは当然のように興奮しすぎて眠れないでいる。
「ああ、フェルス様……」
寝られないのでわたしは『岩の貴公子』の顔を思い出しながら、彼と初めて出会った日のことを思い出していた。
――あれはまだわたしが十歳くらいだった頃。その時期『連続貴族令嬢誘拐事件』が起きて、わたしも少し護衛が目を離した隙に連れ去られてしまった。
『連続貴族令嬢誘拐事件』はとある伯爵家が起こしたもので、自分たちにとって邪魔な貴族家の娘などを誘拐して売り払おうとした悪質な事件のことだ。当時は幼くて知らなかったが、それは王国史に残るほどの大事件だったという。
いかにも柄の悪そうな男たちに手足を縛られ、他の誘拐された令嬢たちと怖い思いをして震えていた時、助けに来てくれたのが『岩の貴公子』様だった。
長剣を片手に乗り込んできた背が高いイカツイ少年に、伯爵家が雇ったゴロツキたちもわたしたち令嬢もみんなビビってしまった。けれど少年は構わずゴロツキたちをあっという間に片付けて、腰が抜けてしまったわたしに手を差し伸べたのだ。
「立てるか。俺が連れ帰ってやる」と。
その瞬間わたしは『岩の貴公子』様に恋をした。
……でもきっと彼はわたしのことなんて覚えていないだろう。
捕まっていた子の中にはなんと王女様までいて、彼は王女様と婚約することになったのだから。その他も、わたし以外の令嬢たちは皆上級貴族の令嬢ばかりだった。
地味で目立たないわたしのことを覚えていてくれるはずがない。わかっている。でもわたしはフェルス様を忘れた日はない。彼に憧れてわたしは女だてらに剣の練習をしたりもした。そうしてずっとずっと大きなフェルス様の背中を追いかけていたのだ。
だから、彼と婚約できたことが嬉しかった。
信じられない、夢じゃないかと何度も思った。でもこれは確かな現実で、だからこそ素っ気ないフェルス様には耐えられなくて。
『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』を必ず成功させる、わたしはそう心に誓ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昨晩はいつの間にか眠ってしまい、気がつくともうとっくに朝になっていた。
慌てて荷物をまとめ、お忍び用の地味なドレスに着替えて出かける。すると、ホットン男爵家の門の外で『岩の貴公子』様が待ってくれていた。
これから彼の乗って来た馬車でわたしたちは田舎へ向かう。そう、たった二人で。
そう思うと、恥ずかしいような何とも言えないむずむずした気持ちが抑えられなくなり、わたしは赤面する顔を隠して慌てて馬車に飛び乗る。そしてすぐ隣にフェルス様が腰を下ろした。
まもなく馬車がゆっくりと走り出し、わたしたちのドキドキなデート――もちろんフェルス様はただの剣の訓練と思っているみたいだけど――に出かけたのだった。