3 作戦開始
嫌われているのなら、好きにさせればいい。
まずわたしはそう考えた。別れるという選択肢はわたしの中にないのでこれが当然の結論だ。つまり――。
「名付けて『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』! 早速作戦開始です!」
先ほどのしんみりとは一転、拳を固めてそう叫んだ。
元々、わたしはウジウジした性格ではない。思いついたら即行動、これがマリア・ホットンのモットーである。
「よーし。頑張りますよ〜」
そうして、わたしは勢いそのままに『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』を決行すべく、男を惚れさせるための方法についての調査に出発した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「母様。男の人を振り向かせるにはどうしたらいいと思います?」
わたしがそう言うと、母様は驚いたような顔をした。「あら。どうしたの急に」
「『岩の貴公子』様と婚約したでしょう? せっかくなら彼にわたしを好きになってほしいんです。母様は父様と恋愛結婚だったって聞きました。それなら何か知ってるんじゃないかなと思って」
「ああ、そういうこと。あなた『岩の貴公子』のことが好きなの?」
そう問われ、わたしは思わず顔を赤らめた。
そんなことずっと前から母様だってわかっているはずです。それをわざわざ口に出させようだなんて……卑怯というものではないだろうか。
しかしこれに答えなければ先に進めない。わたしは意を決した。
「はい……」
それを聞いた母様がくすくすと笑う。「なら、その気持ちを直接言ってみたら?」
わたしは耳まで真っ赤になった。
告白なんてできるわけがない。フェルス様はわたしのことが嫌いなのだから、告白を受け入れてくれるはずがない。わたしがそう反論すると母様は、
「フラれてもいいから思いを伝えておくのよ。私も最初はフラれたけど、後でまた告白されてこうして夫婦でいるの」
と自慢げに胸を張ったが、とてもとてもそんな当たって砕けろという感じの勇気はわたしにはなかった。
――でもこの方法、採用できる部分はある。
言葉の端々にありったけの『好き』を詰め込むのだ。
ちょっとやそっとじゃ『岩の貴公子』の硬い心の岩戸をこじ開けることはできないだろう。それでも数と一途さがあれば少しずつ柔らかくなっていき、最後には開いてくれるはず。
一回目と二回目の時は緊張してしまい、こちらも当たり障りのない会話しかしなかった。もっと突っ込んだ話題を次は選び、それとなく、でも全力でこの愛を伝えよう。
そう決めてわたしは改めてフェルス様とのお茶会タイムを設けることにしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
用意はバッチリ。
衣装も貧乏男爵家で買える最高値のものを入手した。真っ青な長丈ドレスはわたしを少し大人びて見せてくれる。
『岩の貴公子』様は一体何が好きなのだろうと考えて、花や宝石を取り揃えてみた。本当なら男が女に向けて渡す物であるのだが、それ以外にフェルス様に気に入ってもらえそうな物を思いつけなかったのである。
そうしてわたしはフェルス様を迎えた。
「……お招きいただきありがとう」
「い、いえ。遠いところからわざわざどうも……。ささ、美味しいお茶を淹れさせました。どうぞご堪能あれ」
やって来たフェルス様を見つめながら、わたしは彼の反応を細かく見極める。
『岩の貴公子』とわたしが名付けた所以である大きな体は今日も魅力的。肌がツヤツヤ光っていて綺麗な宝石のようだ。今日も素敵。
……ではなく、彼の表情に注目してみる。まず唇。これはほんの少し吊り上がり、微笑みを作っているように見える。けれど目は少し泳いでいて、何かやましいことがありそうだ。
『岩の貴公子』様にやましいこと? そんなことってあるのだろうか。
用心深く観察するわたしに気づかぬまま、彼は視線を泳がせながら言った。
「そのドレスはあれだな。シルクで仕立てた高級品だな」
「ええ、ええ! フェルス様のために仕立てたんです。どうです、似合ってますか?」
「…………」
少し前のめりになりすぎたのか、沈黙が返って来てしまった。
いけない。今の言い方ではまるで「似合っている」と言うのを強要しているみたいではないか。目上の人にこういう言い方は良くないと母様に習ったのにうっかりしていた。
「す、すみません。で、ではお茶を」
大袈裟に項垂れてから、淹れられた茶をひと啜り。
うん。落ち着く。……って落ち着いている場合じゃない。
今は『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』その真っ只中なのだ。少しでも気を抜いたらいけないのである。
もっとわたしがフェルス様を好きだということをアピールしなくては!
それから花や宝石などをそれぞれ手渡し、プレゼントしまくった。
これできっとフェルス様はわたしを好きになってくれる。そう思ったのだが、どうにも反応が悪い。確かに立派で男らしい『岩の貴公子』様には花も宝石もいまいち似合わなかった。
これはまた失敗したかも知れない――。
「今日は色々と気遣わせてしまい申し訳ない。俺は茶さえあれば大丈夫だから」
「え……でも」
「じゃあまた」と言って席を立つフェルス様をわたしは捕まえる。
ゴツゴツした体に初めて触れ、思わず頬が熱くなった。
「――どうした?」
「い、いえっ。何でもありませんっ!」
赤くなる顔を見られまいと顔を背けた拍子にうっかり手を離し、そのまま相手の自由を許してしまった。
その隙に歩き出してしまう『岩の貴公子』様。そのお姿の美しいことと言ったら……。彼の心を掴むつもりが、逆にわたしがますます惚れてしまうという結果になってしまった。
「次こそは絶対に……!」
わたし、マリア・ホットンの『フェルス様のハートを射止めちゃうのだ作戦』はまだ始まったばかりだ。