2 無愛想な婚約者はわたしのことが嫌い?
せっかくフェルス様と婚約者になれたのに、ろくに話すこともできずに帰って行ってしまった。
どうして? もしかして何か失礼なことでも言ってしまった? わたし、失敗した?
思い返してみるがその心当たりは全くない。
わたしはほぼ挨拶をしただけ。あと、「婚約者になれて嬉しいです」と言った気もする。でも失礼はなかったはず。
もしかしてわたしの礼儀作法がダメ? 男爵家の娘でしかないわたしのマナーがなっていなかったからフェルス様は怒ったのだろうか。
――いいや、『岩の貴公子』様がそんなことで怒るはずがない。
ではなぜあんなに慌てて帰ったのか。考えても考えても答えは出そうにない。
結果、何かあの後にご用事があったのだろうと無理矢理に結論づけることにした。今度会う時はきっとゆっくり話せるはず。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぇ、フェルス様。この茶葉は我が領地の特産品です。どうぞ召し上がってください」
「…………」
「お気に召しましたか?」
「……ああ」
「フェルス様の好きな花は何ですか?」
「…………」
「……」
「……………………」
婚約者としてわたしが開き、フェルス様をお迎えした茶会。
傷物の『岩の貴公子』様はわたしの男爵家に婿入りすることになっている。だから開くのはわたし。なんだけど――。
結果は最悪だった。
フェルス様はわたしがどんなに話しかけても答えてくれない。「ああ」とか「うん」とかは言うが、それ以上でも以下でもない。まるで気のない返事ばかりだった。
それを聞くうちどんどんわたしは不安になってさらに喋る。しかしやはり答えは変わらなくてやがて互いに黙り込み、気まずい沈黙が流れてしまうのだ。
『岩の貴公子』様は元々寡黙な方だったが、王女様とご婚約なさっていた頃は普通に会話していたのを聞いている。それにうちの父や母とも普通に話していた。
どうしてわたしだけ? 気のない返事をされるくらい、何かやらかした?
それとも……、
「もしかして……わたし、フェルス様に嫌われてる?」
そのことに気づいた途端、全身からサァーっと血の気が引いて行くのがわかった。
わたし、フェルス様に嫌われているんだ。きっとそうだ。どうして思いつかなかったんだろう、どう見たってあれは嫌いなやつに対する反応なのに。
わたしの容姿がダメ? 金髪碧眼のキラキラ美少女の王女様に比べ、わたしは濃紺の髪に苔色の瞳という地味地味な見た目。とてもじゃないけれど美しい、とは言えないだろう。
それとも喋り方がダメ? フェルス様の前では思わずおどおどという感じになってしまう。そんなところが嫌われてしまった?
わからない。けれど嫌われていることだけは確かだ。
せっかく憧れの人の婚約者になれたというのにこれでは意味がない。そのうち婚約破棄されるに違いないのだから。いくら傷物といえど相手は公爵令息、そうなったら勝ち目がなくなる。
嫌だ嫌だ嫌だー!!! わたし、フェルス様と別れたくないっ!
だってこんなマッスル巨人美男子、この世界のどこにいるというのだろう。しかも何事にも動じない強さときた。こんな人を諦めて別に乗り換えるなんてもはやわたしには無理すぎる。
運命の人なのだ。これがわたしの運命の人。スキャンダルという悲劇が与えてくれた神の贈り物。
それを手放すわけにはいかない。なんとしてもフェルス様と結婚してやるんだから……!
でも、この場で何と言えばわたしを好きになってくれるだろう。
目の前でカップを傾けるフェルス様を見ながらわたしは思案した。……でも彼の顔を見ると急に思考が遠ざかって、何も考えられない。好きの気持ちで頭の中がいっぱいになるのだ。
そしてそのまま前回同様、茶会は静かに幕を下ろした。交わせた会話などほとんどなく、とても冷え切った関係。
これをどうにかしなければと思いながらわたしは、「また今度」とフェルス様に微笑みかける。
彼はそれに答えもせず、足早にわたしの屋敷を立ち去っていってしまう。
寂しくなってしまうのをぐっと我慢して、そっと天を仰いだ。
そこにはわたしの想いとは裏腹に、清々しいほどの青空が広がっていた。