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結末



   ※  ※  ※



「うっ、うん。ああ、カイルか。助かったんだな……」

 ギースがゆっくりと目を開いた。その途中で、ピクリと体が動く。


「うわっ、なんだこりゃ。もしかして全部、俺の血か?」


 ギースが驚くのも無理はない。

 あたりは一面が血の海だった。石の床は水分を吸わない。横たわったギースの体が、固まる直前の血液の上に、まるでぷっかりと浮かんでいるように見える。


「出血はおまえが一番ひどかった。動脈を切られていたからな。どうだ、動けるか」


「大丈夫だ……って、おい。カイル。いつの間にかまた、ずいぶんと小さくなってるじゃないか。これじゃあ八才どころか五才児だ。こんなことやってると、俺よりも先に死んじまうぞ」


「さっきまで死にかけていた奴が言うセリフじゃないな。安心しろ、オレはまだ生きてる。それよりも立て。せっかく、すぐに動けるように血を戻してやったんだ。その分、しっかりと働いてもらうぞ」


「そんなこと、わかってるさ。俺に任せとけ」

 ギースが自分の体を起こそうとして床に手をついた。ビチャっと血が跳ねる。


「うへえ。全身、血だらけだ。こりゃあ服も駄目だな」


「城の連中に着替えも要求しよう。それと食料と武器、逃亡費用も必要だな。伯爵様、もうしばらくご不便をかけます。一緒についてきてください」


「私は人形だ。動かす人間がいれば、その通りに動く」

 あれだけのことが目の前で起きたのに、伯爵は無表情だった。


「リディ、伯爵を頼む。全身血まみれの男が人質を脅していたら、城の連中が動揺するかもしれない。オレとシャルは背丈が足りない。おまえの出血の方がギースよりも少しはマシだったし、女性の方が印象がソフトだ」


「わかったわ。ギース、カイルを頼むわよ。見かけだけなら一番の戦力なんだから、あなたがしっかりとみんなを守るのよ」


 重傷だったのはリディも一緒だ。

 むしろ最初は彼女の方が危険だった。肺を剣で貫かれ、呼吸も一時は完全に止まっていた。回復魔法があと数十秒も遅れていたら、今頃は生きていない。


「もちろんだ。これ以上、うちの大将に無理をさせられるか」


「そう願いたいわね。さっきみたいに、あっさりとやられないでよ」


「あれは、あれはだな……」


「お父さん、大丈夫なの。お父さん」

 立ち上がったギースに、娘が抱きつこうとした。よほど怖かったのだろう。泣きそうな顔だ。だが、シャルが間に入って止める。


「お父さんは、もう大丈夫よ。カイルの魔法が治してくれたから。血がついたら、あなたの服までダメになるわ。さあ、一緒に行きましょう」


「私が手をつないであげる」

 ルナが手を差し伸べた。


「あいつらは、どうなったんだ。ベリオスは?」


「歩きながら話そう。リディ、伯爵にはナイフを突きつけるふりだけでいい。この人はどうせ逃げない」


 オレはリディに引っ張られるように立ち上がった。視線がまた、やけに低い。小人にでもなったみたいだ。


「おい、カイル。なんか変だぞ。ベリオスはどうしたんだ」


「ベリオスは、死んだ」


 一度だけ、最後にもう一度だけ振り返る。

 ベリオスはまだ、さっき倒れた場所にいた。

 死に顔が、頭の中ではっきりと蘇る。いや、そうじゃない。ずっと消えずに残っている。


 リディの肺の穴をふさぎ、ギースの出血を止める。応急処置だけをしてから、すぐにベリオスの方に向かった。ロスタイムは一秒だってなかったはずだった。


 だが、治療をしようとして胸に手を当てた時には、あいつはもう死んでいた。

 回復魔法は、いや、エリクサーだって万能じゃない。生きてさえいれば大抵のケガや病気は治せる。だが逆に言えば、死んでしまった人間は絶対に生き返らない。


 それは、死が近づいていくことへの恐怖の表情ではなかった。むしろ満足そうに微笑んでさえいるようだった。

 最期に罪を償えた。そう思っていたのかもしれない。だが、オレに言わせれば、そんなのは償いじゃない。生きて、笑って、またオレの肩をたたいてほしかった。奴の奢りで酒を浴びるほど飲みたかった。


「……おまえがやられてから、リディもガルムに倒された。絶体絶命のところで内輪揉めが起きたんだ。

 まず、事情が変わってエリクサーをもらえないと知ったベリオスと、ガルムが戦いになった。二人が相討ちになったところで、オレがガルムにトドメを刺した。

 回復魔法を使うと、魔族は体がおかしなことになるらしい。体がボコボコに変形して、人間だか動物だか、悪魔だか。最後はよくわからない物に変わって死んだ。後で見つけた連中は驚いてひっくり返るだろう」


「わかった、もういい。後でゆっくりと聞かせてくれ」


「そうだな。今はまず、自分たちが生還することを考えよう。そうしないと、あいつとの約束も果たせない」


 言葉にはしなかった。だが、オレたちには互いに通じるものがある。

 十年……、十年だ。修羅場を何度もくぐり、一緒にのし上がってきた。ベリオスが言いたかったことは痛いほどわかる。

 修道院にいる妹を助けてほしい。

 あいつは最期にそれだけを望み、代償として自分の命を支払った。


「シャル、すまない。ベリオスの髪を少し切ってきてくれないか。持っていってやりたい人がいるんだ」


 足がふらつく。目がかすむ。

 オレはもう限界をとっくに越えていた。特にギースの出血が痛い。戻した血液と同じだけの体重を失っている。


「カイル、ルナが手をつないでいてあげる」


 差し出された小さな手を、オレは溺れかけた子どものように必死に握り返した。

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