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失望

「今だ。やれっ!」

 オレは声の限り叫んだ。


 間を置かず、シャルが反応する。

 耳をつんざくような爆発音。砕けた壁や床、天井から飛び散る石の粒が体に当たるのを感じながら、オレは駆け出していた。ちらりとギースのいる方向を見る。ギースが伯爵の体を突き飛ばし、剣を抜いてガルムに向かっていく。


 次はオレだ。

 べリオスの横を通り過ぎる時、最初から隙があれば攻撃しようと思っていた。だが、さすがは超一流の剣士だ。

 おおっと、危ない。オレは牽制するように振り払った剣の一撃を避けるだけで精一杯だった。攻撃はあきらめて、そのまま一直線にルナとギースの娘へと向かう。

 いきなり子どもが突進してくるとは思っていなかったらしい。ベリオスとは対照的に、二人を拘束していた兵士は爆発のショックで腰が定まっていなかった。


「ルナ、サリー。じっとしていろ」


 叫びながら、オレは二人の兵士の腹にそれぞれ一発ずつ当て身を食らわせた。

 もちろん殺すつもりはない。威力を調節するカンもつかめてきた。これでもう、こいつらは何もしなくても勝手に倒れてくれる。


「大丈夫か!」


「うん。ルナはカイルのこと、ずっと待ってたよ」


「怖かった。殺されちゃうんじゃないかと思った」


 大人の腕から逃れた二人が抱きつこうとしてきた。だが、心を鬼にして押し戻す。

「二人とも、走れるか」


「うん。でも、ルナちゃんが病気なの。足の上から血が出てる」


「平気だよ。お腹がちょっと痛かっただけ。走れるよ。カイン、大丈夫。だから置いていかないで」


 オレはルナの足を見た。

 すっぽりとかぶった子ども用のペチコートの下から、左足にそって一筋の血が流れている。


 おいおい。なんで今、この時なんだ。

 いくら独身の男でも、そのことくらいは知っている。そう言えば誰かに聞いたことがある。こういうデリケートなことは、戦争なんかの精神的なショックで始まることもあるらしい。


「大丈夫だ、それは病気じゃない。頑張れるか」


「うん……」


「わわわぁぁぁぁぁ!」

 その時、ルナの言葉をかき消すようにギースの絶叫が響いた。

 どうした、何があった。振り返ったオレの目に、血しぶきをあげながら倒れていくギースの姿が見えた。


「ギース!」


「待て。おまえの相手は俺だ」


 助けに行こうとしたオレの前に、べリオスが立ちふさがった。


「頼む、どいてくれ。あいつはオレの仲間なんだ。お調子者だが、家族思いで……本当にいい奴なんだ。後でおまえの妹は必ず救う。だからもう、二度とオレからパーティーの仲間を奪わないでくれ」


 一歩も動けない。全く隙がない。

 べリオスの剣は、その先端までがオーラに包まれている。ああ、そうだ。こいつは強い。それはオレが一番よく知っている。

 

「今の俺にはエリクサーが全てだ。そこでじっと、仲間が殺されるのを見ていろ。いいか、俺はおまえの仲間だったベリオスじゃない。ただの悪魔の手先だ。『双頭の銀鷲』はもう、どこにもない。全部、終わってしまったんだ」


「この、化け物!」

 リディが矢を放つのが見えた。

 見事にガルムの頭部に当たる。だが、それでも奴は動じなかった。そのまま突進してリディに剣を振るう。彼女の絶叫が響く。


 強い。圧倒的に強い。

 前回のことで見くびっていた。ギースと互角の勝負をしているように見えたのは、完全なまやかしだった。オレのことを観察するために、適当に遊んでいただけだったのだろう。今こそこそれが、はっきりとわかった。


「これを御覧なさい」


 ガルムは血まみれのリディの体を持ち上げ、わざとオレに見せた。

 額にはリディの矢が刺さったままだ。魔族は剣や弓矢では殺せない。昔、師匠に聞いたのを思い出す。


「どうです。これは致命傷になりますよ。助けたければ、もう抵抗するのはおやめなさい。あなたはイレーヌ様と共にこの世界を支配する方です。こんな家畜どもと仲間ごっこをしている人間ではありません。さあ、そのエルフの娘を捨ててこちらにおいでなさい」


「ふざけるな!」

 言い放ってから、オレはあることに気づいた。


 いや待て。イレーヌは……そういえば彼女は、何と言った?

 エリクサーの原料は大人になる前のエルフだ。初潮を迎えると、エルフは体の性質が変わる。だからこいつらは十歳前後のエルフを血眼になって探していた。


 オレはルナの肩を引き寄せた。


「残念だな。ルナはもう大人だ。エリクサーの材料にはならない」


「何をいまさら……」


 だが、その後の言葉が続かない。

 ガルムの視線はルナの下半身にくぎ付けになっていた。血の筋にまた、ひと粒のしずくが加わって流れる。

 恥ずかしいだろう。今はわからなくても、これから思い出すたびに、ずっと羞恥に苦しむだろう。

 男のオレでは全部を理解してやることさえできない。でも、それを見せつけることだけが今のオレたちに残された唯一の武器だった。


「まさか、まだこの娘は十歳かそこらのはずだ」


「十二だ。もう少しで十三になる。やせっぽちだが、勇敢で度胸もある。もう立派な大人だ。なあ、ルナ。そうだろう」


 ルナは、しっかりとうなずいた。

「カイルが助けてくれたから、今度はルナが助ける。病気にも負けない」


「うわわぁぁぁぁぁぁあああ」

 ガルムは絶叫した。


「バカな。バカな、バカな、バカな。こんなバカなことがあるか。千人分のエリクサーだぞ。私の最大の手柄だ。イレーヌ様に何と言えばいい? 殺される……いや、むしろ殺された方がいいのか。私はもう終わりだ」


「俺のエリクサーはどうなるんだ」

 呆然としてべリオスが聞いた。


「知るか。貴様の妹など勝手に死ねばいい。それより今は私のことだ。どうすればいい。そうだ、逃げるか。こいつらを皆殺しにすれば、何が起こったか知るものはいなくなる。イレーヌ様の敵なら私を……」


「この悪魔め!」


 気がついた時には、べリオスの剣が執事の腹を貫いていた。

 だがその直後、ガルムの剣もべリオスを突き刺す。ゲボッ。肺から出る空気の音と共に、べリオスの口から血が噴き出す。


「そんなことで私を殺せるとでも思っていたのか」


「あ、ああ。わかってる。だが動きは止めた。カイン、いやカイルか。こいつを殺せ。奴らはヒーラーを恐れていた。おまえなら、できるはずだ」


「くっ、くそっ、抜けない。カイル様、おやめください。あなたは世界の王になるお方です。どうか、どうか……うわぁぁぁ」


 オレは全力で魔力をぶちこんだ。純粋な回復魔法を、憎しみをこめて。

 ガルムは人間の姿を失い、魔族の形になった。そしてまた人の姿に……ボコボコと突起物が生まれ、また引っこんだ。こいつはもう終わっている。だが、それでも魔族は何度も変化を繰り返した。断末魔が長い。それは生命力の強い者にとっての悲劇かもしれなかった。


「ベリオス、大丈夫か。今助ける」


「相変わらずバカだな。おまえは……」

 ゴボッ。咳と一緒に血の混じった唾が飛び散って、オレの服についた。


「おまえの仲間はそっちだ。順番を間違えるな」


 そうだ。

 オレは回復術師ヒーラーだ。

 命の危険が大きい方から助ける。同じ場合はパーティー仲間を優先して助ける。ずっとそうしてきた。そうだ。パーティーを始めた時にベリオスと一緒に決めたんだ。こいつはまだ、それを覚えている。


「すぐ戻る。死ぬな」


「さっさと行ってこぃ」


 かすれた声が途中から急に小さくなっていく。


「カイル、リディが。リディの息が止まったわ」

 シャルの声がした。


 大丈夫だ、まだ助けられる。大丈夫だ。

 人間は呼吸が止まった瞬間に死ぬわけじゃない。とりあえずリディの命をとりとめて、次にギース、それからベリオスだ。まだ間に合う。絶対に間に合わせてみせる。


 それでいい。それでこそおまえだ。

 ベリオスの側を離れる瞬間。オレは奴がそう言ったのを聞いたような気がしていた。

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