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魔法使い

 パチパチと火がはぜる音がする。

 鍋の蓋を開けると、熱い湯気が一気に広がる。


「おお、美味そうだ」

 ギースが鍋をのぞきこんだ。


「牛肉とトマトがたっぷり入っています。母に習った料理ですが、お口に合うかどうか……」

 シャルが遠慮がちに言った。


 オレたちへの攻撃を拒否して斬られた、あの魔法使いだ。背中をざっくりとやられたせいで、血だらけになった服はもう使い物にならなかった。今はギースが持ってきた替えのシャツを着ている。


「それにしても、これってどうなのかしら」

 リディが、さっきから気になるようにシャルを見ている。男物のぶかぶかのシャツなのに胸だけがはち切れそうにきつい。


「俺は別に構わないと思うぜ。男にとっちゃあ、いい目の保養だ。嫌ならおまえの服を貸せばよかったじゃないか」

 

「私にケンカ売ってるんでしょう。ちょっと、カイル。あなたも、さっきからシャルの胸ばっかり見てるわよ」

 リディが不満そうに口を尖らせた。


「仕方ないだろう。目の高さがそこなんだ」


「あのな。リディが言いたいことは、そういうことじゃないと思うぜ。その、つまり、あれだ。ハーフエルフの胸はボリュームもハーフサイズだからな。あの立派なのを見て悔しくなったんだろう」


「バカっ。そんなんじゃないわよ」

 だが、耳の先がピンク色になっている。

 エルフの感情はわかりやすい。これは嫉妬とか羞恥心の色だ。


「あまり気にするなよ。こんなにでかい胸じゃあ、弓も引けないぜ。それに男がみんな胸の大きい女が好きなわけじゃない。俺の嫁さんもハーフエルフだ。子どもを産んで急にデカくなったが、それまではかわいいモンだったぜ。なあ、カイル。これだけエルフとえんがあるんだ。実はあんたも、そういうのが好きなんだろう」


「本当なの」

 リディが顔を近づけてくる。


「あのう……」

 シャルがためらいでかいがちに口を挟んだ。

 正直ほっとした。こうなると、どっちに味方してもカドが立つ。


「なんだ。言ってくれ」


「まだ、カイルさんにキチンとお礼を言っていませんでした。あの、本当にありがとうございます」


「いいさ、別に感謝されたいと思ってしたわけじゃない」


「でも……」


「言いたいことがあるなら、今のうちに言っといた方がいいぜ。こいつは一日中、ほとんど眠ってばかりだからな。ちょっと前にメシを食ったと思ったら、もう寝てる」


「ちょっとギース、カイルに失礼よ」


「本当なんだから仕方ないさ。この体は万能じゃない。そのせいで、いつもみんなに迷惑をかけている。それにオレは、シャルを助けてやったなんて思っていない。助けられたのはこっちも同じだ」


「助けられた?」


「あの時、魔法の詠唱は終わっていた。いつでも強力なのが撃てたはずだ。あのまま命令どおりに馬車を破壊していれば、近くにいたリディも無事じゃ済まなかった」


「わたしはただ、攻撃をしなかっただけです」


「でもそのせいで、魔族に殺されそうになったんだろう。それはつまり、命をかけて守ってくれたのと同じことだ。オレの人生を変えてくれた恩人が言うんだよ。他人に救われたら、救ってやれってな。オレはそれで救われた」


「ああ、あの時のことか……」


 ギースは知っている。

 反転魔法の威力に溺れておかしくなった時、オレを正気に戻してくれたのがその言葉だった。こんな姿になっても絶望しなくて済んだのは、ルナがいたからだ。


 今頃、ルナはどうしているだろう。

 一日中、馬車に揺られている。魔族の男はそう言っていた。体は痛くないだろうか。心細くはないだろうか。できることなら、今すぐに行って抱きしめてやりたい。


「あの、わたしの背中を見たんですよね。傷はどうなっていましたか」


「背中なら、綺麗に治ってる。もう傷口がどこかもわからないさ」


「わたしの体、変じゃなかったですか。その、なんて言うか。男の人に裸を見られたのは初めてなので……」


「いや、別におかしなところはなかったな。胸を支えるために、大胸筋が発達していたくらいかな」


 ギースが呆れたようにため息をついた。

「さっきもそうだが、シャルの言いたいことは、そういう意味じゃないと思うぜ。でもまあ、いいか。あんたなら、どうせこれからも女を口説くチャンスは山ほどあるだろうからな。

 シャルもよく聞けよ。残念かもしれないが、俺たちのリーダーは子どもになっちまったんだ。そういうことは大人の話に興味がわくまで待ってやりな」


 ああ、そういうことか。

 でもこれは、体のせいというよりも回復術師ヒーラーとしての仕事柄だ。女性の体を治療するたびにいちいち興奮していたら、助かる命も助からない。


 リディがパンパンと手をたたいた。

「さあさあ。せっかくの料理が、食べないうちに煮詰まっちゃうわ。早くいただきましょう」


 オレたちはシャルの作ったシチューに舌鼓を打った。郷土料理だろう。具材の切り方が大きめだが、実に美味い。


「わたしがついてきて、本当に迷惑じゃなかったんですか」


「オレは自分が治療した人間をすぐに放り出したりはしない。それが仲間を助けてくれた恩人なら、なおさらのことだ」


 魔族に雇われていた集団の中で、同行しているのはシャルだけだった。後の連中はギルドに報告することを条件に解放した。ただし、一緒にいた魔法使いのことは言わないように念を押してある。


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