自分の名前
「わたしたちサラ村の巫女は、ここカエルム大森林へ恵を届ける神体山、そしてその主である天空の神へ祈りを捧げるべく定期的にこの祭壇へ来ています。今回も祭事を司る者達と複数の戦士を連れて来たのですが、まさか群れを成すフォレストタイガーに狙われるなんて。森の神がこの森を訪れたのがずいぶん昔というのもありますが、魔物が活性化しているのでしょうか。」
サラ村の森人達は、祭壇に何かしらを置いく者達の一部なのか。いやいや!そんなことよりも引っかかる単語が。天空の神?森の神?なんだそれは。次代の神々が新たに変な生物でも生みだしたのか。それとも神がこの世界に直接の干渉を始めたのか。原初の神はともかく次代の神々は直接的な干渉ができないはずだし、原初の神も直接的な干渉は好まない。
「ところで、そろそろお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」
先ほど名前を聞かれてから、頭の片隅でずっと考えていた。次に同じ質問がきたらどうしようかと!そもそも名前なんて無いのだから、自分で考えるしかない。小さき者達は、皆名前を持っているようだが名前を考えた者はすごいという尊敬の念が湧くばかりだ。小さき者達は、ものすごい数いるらしいが、一体誰が数え切れないほどの名前を考えているのか。どのようにして考えているのかご教授願いたい。
そうだな。この山の中腹にしか実っていないアイテルの実からとってアイルとでも名乗っておこう。アイテルの実か。あれはとても美しく、しかも美味だ。皮は透けるように薄く、果肉はとてもジューシーでこれほどなく甘い。噛んだ瞬間の果肉が皮を弾くように飛び出てくる感じも堪らない。アイテルの実を食すときは大きな身体が煩わしく、魔法で小さくなって一つ一つ味わうのだ。
その年の天候によって果肉の色が微妙に変わるのも面白い。土の時期と氷の時期の間の僅かな時期しか実らせないが、その時に起きていたら必ず食べてしまう。寝ている間に下級の竜種や他の魔物にアイテルの木が壊されないよう結界を張ってしまった程だ。おっと、まずい。また思考が脱線してしまった。
俯き黙って考えに耽ていると、メイサーと戦士長のアイサーも何とも言えぬ顔でこちらを伺っていた。
『も、申し分ありません。少し考え事をしてしまいまして。私のことはアイルとお呼びください。』
すこし頭を下げ、先程考えた名を口にする。
「アイル様、先程のフォレストタイガーを退ける手腕はとても素晴らしいものでした。あの、」
「フォレストタイガーといえばアイル殿!先程は何をしたのですか!?」
「アイサー、急に会話に割り込むなんて。」
「良いではないですか、姉上!アイル殿のあの妙技、武器も魔法も精霊の残滓もなく、気になってしょうがないのです!」
戦士長のアイサーは戦士の性か武に興味があるらしく、巫女のメイサーを押しのける勢いで詰め寄ってきた。
あれは、特になんともない。上げた右手を魔力で覆い周辺の空を掴んで放り投げただけだ。
『あー、あれは、えっと魔力で空間を掴んで、、、』
「魔力で空間を掴む!?空間属性の魔法ですか!?」
今度はメイサーが詰め寄ってくる。姉弟揃って、興味があることにはグイグイくるな。
「姉上、もしや森の神が使うと言われる空歩というものと同じではないですか?」
「なっ!ということはアイル様は森の神に匹敵するほどの強者ですか!?」
急に二人でコソコソ話しだしたが、興奮しているのか声が丸聞こえだ。
『あのー、練習かなにかすればできるようになると思いますよ。たぶん』
「本当ですか!?」
アイサーの反応が激しい。そして周りにいた森人の戦士達も気になるのかチラチラこちらを見ていた。
『と、ところで、先程から天空の神やら森の神やら言ってましたが。その、神について教えていただくことはできますか?』
「アイル殿は神々のことを知らないのですか?」
『すみません。色々と疎くて』
神については知ってはいるのだけれど、森の神や天空の神は知らない。とは言えないので少しばかり誤魔化させてもらおう。
「アイル様、まだまだお話を伺いたいのですが、そろそろサラ村に着きますので続きはそちらで。アイサーもよろしいですね?」
祭壇からしばらく森を突き進んでいると、少し視界が開けて何本もの巨木にツリーハウスが立ち並んでいた。風の精霊から聞いていた様子とは少し違うが、これが小さき者達の住処なのか。
しばらくの間は作り溜めして、2日に1話のペースで定期更新したいと思います。ストックがたまったら、毎日更新に変更します!
一部セリフを修正しました。