エルフの困惑
『うん。なかなかに、悪くはないんじゃない?』
ヒュームっぽい成りだ。とまだまだ光りの残る身体の変化を感じつぶやいた。
地上に降りる頃には光も徐々に失せて無くなるだろう。
ドラゴンが成った人型は、翼を僅かに広げゆっくりと滑空していく。
翼を広げている時点で完全にヒュームになっているのか疑問に思うべきなのだが、当たり前の感覚には疑問を覚えないものだ。
雲を抜け、豆粒大であった獣と森人が形を認識できるほどの大きさになると翼をさらに広げブレーキを徐々にかけるように着陸する。
小さき者たちの地上での視界とは、このような感じなのか。土や草がとても近く、ましてや普段は出来るだけ踏み折らぬよう足場を覗き込んでいた木々がこんなにも大きく逞しいとは。
しかし、このヒュームの身体はバランスを取るのに少々慣れないといけないな。
ドラゴンは尻尾もあるし全体的にバランスの取り方が全然違うん・だけ・ど・・・ん?
『尻尾がある!?』
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現在包囲されつつあるフォレストタイガーにも注意しつつ、突如として上空から現れた生物に意識を向けた。
フォレストタイガーが他の魔物しかも空を飛ぶ物と連携を組むなど、この長い人生を持っても聞いたことがない。
だが、多くても4・5匹で群れを成すフォレストタイガーが10匹もいるとなると、それだけで異常なのだ。
「くそ。何だってんだ、こんな時に。」
空から降り立った生物は土埃を巻き上げた中で、まだ動く気配がない。
数匹のフォレストタイガーもその生物が気になっているようだ。
『尻尾○※△■!』
緊迫した空気の中を、気の抜けるような叫び声が唐突に響く。あまりに場違いな声色であったため何を言っているのかよくわからなかったが、魔物ではなく言葉が通じる者のようだ。
「私は、カエルムの森のサラ族のアイサー!いま魔物に囲まれ、負傷者もいる!よろしければご助力願いたい!」
こちらには敵意は無く、置かれている状況も伝えられた。あとはそこに佇んでいる者が強者であり、協力してくれる心の広い者であることを祈るだけだ。この中腹に来るにも多少の実力は必要で、ここよりも山を登るのであれば並の実力では倒すことが出来ない魔物が多種存在する。当然、上空にもワイバーンなどの亜竜種や稀にだがサンダーバードという近付くことさえ出来ない鳥型の魔獣もいるのだ。山の方から、しかも上空から降りてきたのだとなれば実力は申し分ないに違いない。
と思ったのだが、何というか歩き方が変だ。武の心得があるような所作には見えない。というか寧ろ大丈夫なのか?
『う~ん。なんか変な感じだな。もう少し重心は後ろか?ああ!困っているようだから、とりあえずこの虎っ子達を追い払ってしまうよ。』
これから戦いではなく、まるでお茶会に行くかのような呑気な声を出し、おもむろに片手を振り上げた。
ヒュボッ!
アイサーの目の前で構えていた群れの中でも一際大きな体をしたフォレストタイガーの鼻先に何かが掠め、後を追うように音が鳴り響く。
地面は30cmほどの幅であろうか、直線上に何かでえぐられたような線が描かれていた。
あまりにも唐突で理解の出来ない状況に、エルフもフォレストタイガーも思考を奪われる。
『ん?上手く掠らせたと思ったんだけど、やっぱり当てなきゃダメかな?』
もう一度腕を上げる仕草を観て、危険を察したのかフォレストタイガーのボスは森の中へ情け無い声を出しながら走っていった。それを見たフォレストタイガーの仲間も後を追うように去っていく。
(何が起きた?魔法か?それにしては術式らしい光も見えない、詠唱もしていない。精霊が力を貸したのか?確かに彼の周りには精霊が集っているから好かれているのだろう。しかし、精霊の力を行使した残滓もない。)
アイサーは常識外れな現象を起こした相手から声が掛かるまで、訳もわからず立ち尽くしていた。