夢
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺、現在急行落下中。
正確には落下しているのは俺ではなく、俺が旅行に向かうために乗っていた高速バスだ。
目的地は東京新宿駅。
珍しく朝早く起きたかと思ったが、毎日が夏休みの俺に目覚ましをかける習慣などあるはずもなく思いっ切り寝坊した。俺は朝の占いを見る事もなく駆け足で自室を降り、コンビニで買った菓子パンをバックに詰め込み家を飛び出した。
死ぬ気で原付を走らせバスターミナルへ駆けあがったのが2時間前。バスの車掌さんが必死に予約をしていた俺を探していた。
俺はイバラキマルタと書かれたた予約券を車掌に手渡した。
どうやらギリギリで間に合ったらしい。俺は自分の席の後ろを見ると彼女はすでに席についていた。
「遅いよー」
「二つ前のバス停で座ってるんだろ。勝てるわけないじゃん」
「いやー。そう言う意味じゃなくてさー」
俺が今日珍しく出かける理由は彼女だ。彼女の名前もイバラキマルタ。読み方は同じだが、漢字は違う。
俺たちが出会ったのは確か、中学の合同陸上競技会だったと思う。自身の競技が終わりテントとでゆっくりしていると突然、先生から競技を管理しているテントに向かう様に催促された。走るのに疲れて記録を報告するのを忘れてた。
テントに着くと女子生徒がいた。
「すいません。イバラキマルタですけど」
「すみません。イバラキマルタですけど」
声が被った。
そして俺達は顔を見合わせた。
「 」
彼女がポツリと何かを言った。
上手く聞こえなかったけど、俺はそれを挨拶かなにかだと感じた。
「あ……こんにちは、珍しい名前だね」
決してロマンチックな出会いではなかった。ただ同じ名前の奴がいただけ。
だけどもその大会で俺たちはなんとなく仲良くなっていった。気づいたら連絡先を交換し、こうして遊びに行く様になっていった。
俺は自分の席に座ると後ろの彼女と小声で話し始める。
「それで、付き添いは俺でよかったの?」
今日俺達が出会ったのは、別に旅行なんかのためじゃない。
「うーん。知り合いで東京行ったことあるの君くらいだったからさー」
「私、新宿駅の中よくわかんないし。ネットで調べても、凄い迷うて書いてたから」
「流石に面接遅刻はしたくないからね」
俺は彼女の面接の道案内人としてついてきた。俺は鞄の中からパンフレットを取り出す。
表紙には【皆を救う。看護を目指してます。】という校訓と看護学校の校舎の写真が、貼られてあるよく見かける普通のものだった。
「看護学校ね」ぽつりと俺は呟く。
「ん?意外だった?」
「少しな。普段の会話でもこっち系を目指してる話しなんてしてなかったかし。何か理由でもあるの?」
「理由ねー。まぁ、先生に薦められたのはあるよ」
「なんじゃそりゃ。面接でそんな事言ったら落とされるぞお前」
「冗談。冗談。まぁ、理由のひとつではあるけど。」
「最近さ。マー君(俺の事)と会話してるとさ、私も何か人に助けになることをしたいな~てさ考える様になってきてさ」
「頼んだのは私だけど……良かったの高校休んで?今日平日だよ」
「……あぁ……良かったんだよ……先生と親には……俺はオープンキャンパスて伝えてるから」
嘘だ。先生となんて半年近く会話なんてしてない。親にも話しなんてこれっぽっちもしてない。
「えー、それずるじゃん。大丈夫なの自分の受験に響くよー」
「そんなゆっくりしていいの?マー君お医者さんになるために大学いくんでしょ」
嘘だ。そんな夢なんて欠片も持っていない。
現在の俺は引きこもりだ。理由は……よくわからない。ただある日行く理由がなくなったんだ。
学校の帰り道。友達と話をした。なんて事ない。就活にするか進学にするかの話だ。
「いやー、親がさ就職しろてウザくてさ。俺は進学希望でここに入ったての」
「そいつは大変だな」
「そうそう。理解がないて言うかなー。で、イバラキはどうするの」
「……?何が?」
「いや、就活か受験。選ばなきゃいけないだろ」
「あ、」
別にそういう事を考えてなかった訳じゃない。ただ何故か、俺はこの時答えられなかったんだ。一瞬だけどもってしまった。この時は適当にはぐらかして事なきを得た事を覚えてる。
そして、後から思った。
俺、なんで高校に通ってたんだっけ。
それから俺は少し考えるのをやめ、高校にいかなくなった。
なんとなくダラダラ過ごしてる内に彼女から同じ様な会話が飛んできた。
俺は見栄を張って、考えてもない夢を話したんだ。
そして彼女は俺のありもしない夢に釣られて未来を選んでいる。
それが少し心苦しかった。
「悪い、少し寝る」
「あ、やっぱり寝坊じゃん」
俺は何かを詰め込む様にバック中で若干凹んでしまった菓子パンを口に放り込みそのまま寝付てしまった。
ドンという音がした。俺は目を覚ますと同時に体を思いっ切り横に叩き付けられいた。
少しだけ肺に入ってきていた空気が口から洩れていき、声にもならない嗚咽をあげた。
窓に頭を打ったせいか、いまいち正常に回らない頭を動かし、外を見るとバスが壁に擦り付けられているのが目に飛び込んできた。
俺は反射的に運転席の方に目を向ける。
しかし、そこに人影はなかった。本来、俺の席からはギリギリではあるがそこには車掌の後頭部が映るのが見えているべきだった。
「た、倒れている」
通路側の人間が震えるように呟いた。
俺は思わず立ち上がった。すると通路に倒れた人影が少し見える。おいおい、嘘だろ。
その次の瞬間二度目の衝撃が俺を襲った。バスがゆっくりと横に倒れていくと同時に浮遊感が増していく。
倒れていく時に後ろの座席の人と目が合った。彼女もまた何がおきたのか理解できず、ただどこか恐怖と虚ろを混ぜ合わせた様な表情をしていた。
体の浮遊感が一気に増大した。
俺は情けなく声を出した。人間こんな声が出るものなのだろうか。どうしようもない絶望感が俺の体を包み込んでいく。
あぁ。これから死んでいくんだな俺。
今朝の占いは何位だったんだろうか。あぁ、何か理由があるはずなんだ。こんな目に合うのは、今朝の占いを見ていないせいだろうか。遅刻しそうになったせいだろうか?きっとそうに違いない。
なら彼女は?
そうだ。彼女も死ぬんだ。
なんで?
それは……
気づいた。今彼女は俺のせいで死ぬんだ。
俺がありもしない夢を話したから。
このバスに乗った。
一気に心が崩壊した。自分が誰なのか上手くわからない。きっとそうしないと駄目だったんだ。恐怖と怒りがシャグシャに混ざりあったママ流れ出す。何一つ上手く考えられなくった。いや、きっとこれで良かったんだ。こんな心持ちなら自分が、彼女が死ぬ事なんてどうでもよくなる。
あぁ、安心して死ねる。多分このバスの中で一番幸せに死ぬのは俺だ。
後悔なんて砂山の様に嵐に吹き飛ばされた。恐怖はもう俺の心から流れきった。怒りは頭の中で爆発しきった。
もう、本当に考えられない。
誰かが俺?の手を掴んだ。俺は反射的にそちらを振り向いた。
彼女がいた。表情はやはり強ばっていた。
でも俺なんかよりずっと立派で、必死に堪えていた。
「大丈夫だよ。怖がらないで。きっとマー君は私が助けるから」
三回目の衝撃が来た。