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アーチボルトの後悔

作者: 流堂志良

こちらは次回作の前日譚(NOTプロローグ)となります。

ご了承くださいませ。

 久々の二人きりの外出だった。

 侯爵令嬢との結婚より二年。子宝にも恵まれ心は穏やかだ。

 当初の心の荒れ様から考えても夢のようだ。

 男は婿入りだったが結婚相手を疎んでいた。

 逆恨みのような憎しみさえ抱いたこともある。

 結婚した事情もあるが、人形のように表情も変えない妻が嫌いで嫌いで仕方がなかった。

 それでも、妻は妻だ。やることはやったし、子どもも授かった。

 子どもを初めて抱いた時の妻の姿が、男の心の棘を溶かした。

 笑っていたのだ。何をするのも表情を変えなかった妻が。


(ああ、俺は何を今まで見ていたのだろう)


 彼女だって人間だ。

 当たり前の感情も持っている。

 それを知りもせず、自分は気づこうともしなかった。

 だから、妻の事を知ろうと思った。

 この外出もその一環。


「ハンナ……今日はどこに行きたい?」

「旦那様のお好きなように」


 彼女が自分の意思を告げることはない。

 けれどその視線を追えば、気になるところはわかる。

 現に今は目にする活気に満ちた市場から視線を外せないようだ。


「ではあれを見に行こうか」

「え?」

「市を視察するのも仕事に必要だからな。手を離すなよ」


 言い訳めいた言葉が口から紡がれる。

 今更デートがしたいなんてどの口が言えたものか。

 ぎゅっと彼女の手を握り歩き出す。

 それが妻との最後のデートとなった。

 共に並んで帰る途中、彼女は暴走した馬車に撥ねられて亡くなったのだ。



「何故、俺は知ろうとしなかったんだ……!」


 もはや男は嘆くことしかできなかった。

 彼女はもういない。日々を綴った日記だけを残して。

 ほんの少しでも妻の残滓をかき集めようとした男は、残酷な真実を知った。


 彼女が人形めいた印象だったのは何故か。


 ――父親の意に背かぬように常に心を殺されていたから。


 彼女が自分の意思を告げる事がなかったのは何故か。


 ――そんなことは許されていなかったから。


 彼女が子どもを産んだ時に小さく微笑んだのは何故か。


 ――たった一つ己に与えられた役割を果たせたから。


 彼女は侯爵家の跡継ぎを産む道具としてのみ存在を許されていたのだ。

 その心に蓋をして、ずっと耐えてきた。

 それを知ろうともしなかった愚かな男。


 そう、当主である妻の父親は娘の死を悼みすらしなかった。

 跡継ぎと、その繋ぎである男さえいてくれればいいと。


 知らなかった。

 妻は自分に恋をし、それを諦めていたことも。

 婿養子に迎えたことを、男の人生を奪ったと思い込んでいたことを。


「何故、俺は……」


 今更でも遅くないと思っていたのだ?

 何一つ妻の事を知りもせずに?


 悔やみ、悔やみきれずに涙さえ出ない。

 彩りを失った世界で男は嘆き続けた。



 ***************


「おい、アーチボルト。急にボーっとしてどうした。明日がやはり気がかりか?」


 聞きなれた声にハッと男は我に返る。

 状況がよく掴めなかった。

 そこは懐かしき実家の自室である。

 ソファーの向かいに座るのは、自分と同じ顔の――。


「兄貴……俺は……そうだ、明日……」


 そうだ思い出した。

 ここにいるのは自分の半身とも呼べる兄だ。

 だけど、今はいつだろうと男は記憶を手繰る。

 脳裏に焼きついた記憶で思考がぐちゃぐちゃになる。

 現在の状況と未来の記憶が入り混じり、男は何も言えなかった。


「大丈夫か。やはりアークス侯爵家への婿入りは荷が重すぎたか……」


 兄の言葉でようやく今の状況を思い出した。

 明日、男はアークス侯爵家令嬢ハンナと婚姻を結ぶ。


「いや……少し気になることがあって、だな。考え事をしていたのだ」

「ふぅん。気になることってやっぱりアークス家のこと?」

「まあ、な。実際に婿入りしてみないことにははっきりとはわからないが……」


 思えば兆候はあったのだ。

 見ないふりをしていたのは、余裕がなかったからだ。

 例えば病に倒れた両親。見る見るうちに困窮して行く我がエルマン伯爵家には他にもまだ年若い弟妹がいる。

 彼らを養い、学園へ通わせるためにも金が必要だった。


「資金繰りに頭を悩ませていたが、無事に援助も貰えることだし、さらに職もあっせんしてもらえる。そうなると安心して別の事に意識を向けられる」


 嘘だ。

 男の記憶では当時、家の事と金のために婿入りする自己嫌悪で何も見えていなかった。

 人形のような妻にも強い嫌悪感しか抱けず、初夜も手酷く済ませてしまった記憶がある。

 彼女は泣きもせず、声すらも上げなかった。

 ここではまだ何も起きていないことだが、夢でないなら彼女を救いたい。

 せめて笑った顔を見たかった。


「急に覚悟を決めた顔になったな。でも本当にいいのか? 令嬢はまだ16。学園に通う年ごろだろうに」

「それは俺も気にしている。だが侯爵は早々に婚姻を結ぶ意向だ。これも気になることの一つだ」


 本当はその理由を知っている。

 彼女の父である侯爵は早く後継ぎが欲しいのだ。

 娘の青春を犠牲にして当然だと思っている。

 だから、せめて彼女が辛くないように。


「お前がいいのなら、俺はそれでいいけどな。昨日までは婿入りしたら二度と帰って来ないような顔をしていたが、もう心配はなさそうだな」


 兄はそう言ってどこか安堵したように笑って退出した。


 一人になった男――アーチボルト・エルマンは一人決意する。

 何としても、妻となる彼女――ハンナ・アークスを幸せにするのだ、と。

続編(ハンナ視点)始まりました。「政略結婚から落ちる恋」https://ncode.syosetu.com/n0577fw/

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。とても続きが気になります。 [一言] 続編は...どこ...?ここ..?
[一言] うーん、最近続編ありきのなんちゃって短編が流行りなのでしょうか? 読者の反応をみたいが為に物語のプロローグを短編と称して載せる方を増えてますね。 短編だと思って読んで裏切られた感が凄い。話が…
2019/11/06 14:01 退会済み
管理
[良い点] 続編待ってます‼️ 面白かったです。
感想一覧
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