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これを嫌悪と言わずして、何を嫌悪としましょうか。



「城の警備は!?護衛隊は何をしているのだ!!」

「なぜ離宮に!」


警備の強い方へと歩いてきた私が辿り着いたのは離宮でございました。といっても、ささやかなお屋敷程度の大きさです。

恐らくこの屋敷の部屋の何処かに例の悪女様とやらがいらっしゃるはず。ただ面会には、この目の前に群れて溢れて焦る警護の騎士達を除けなくてはなりませんね。残念ながら招待状は持っておりませんから、不躾とは存じますが致し方ありません。


「お邪魔しますわ〜」


えい、とその辺で拾ったリネンの籠を投げ飛ばしたり、

(布で視界が覆われるとそれを除けようと焦り自分で転んで頭を打つ方が多いので、色々と手間が省けますのよ)

気がつけば広い廊下で雑魚寝する騎士達という画が出来ました。誰かが通りがかってシーツをかけてくださったのでしょうね。優しい方もいたものです。本当に優しければこんな所で寝ているのを放置しないでしょうけれど。


この時の私は本当に、気分も非常によろしかったのです。ええ。それはもう!だって会ってみたいではありませんか。私がわざわざ船旅をさせられた理由に。

そのようなわけで、私は邪魔になりそうな人と物を気分よく除けて進みました。


「ご機嫌よう」


漸く私が会ってみたかった噂の悪女、ハルフィナ様と話せたというのに…彼女、私をみて意気揚々と計画とも呼べない計画を語り出したと思いきや、私が護衛たちを倒して進んできたと知ると慌てふためき命乞いをなさったの。


嗚呼、期待外れて寧ろ不快。


話中に突撃してきて彼女に斬りかかった騎士のお陰で分相応な有様になった彼女の様子に少々気が紛れましたが、それも刹那的なものに過ぎません。

非常に憂鬱。そのままぶつけたい思いに駆られもいたしましたが、なんとか耐えて重い口を動かしました。


「…なんといいましょう…私は、私の家族に関わる事以外は、どんな時でも大体笑っていられる自信がございましたし、実際そうでしたの」


無害そうに笑んだまま、時に罠に嵌め、時に騙し…。…あら?これではまるで私が悪く思われそう?けれど私、別に報復しないとはいっておりませんわ。ただ笑っていられるといっただけ。私が何かしたのが悪いと誰か仰るかもしれませんが、私がそれをする原因を作る方が悪いのではないかしら?私が商人を吊し上げたと言ったら私を非難なさるのでしょうが、その商人が奴隷商人でしたら貴方どうなさるの?私を針の筵にする貴方の方が悪いのではなくて?最近は偏見と聞き齧った話だけで判断する方が多くって嫌になりますわね。…話を戻しましょうか。


視線をやれば怯えたように身を固くする令嬢に呆れつつ、騎士が暴れたことで倒れた椅子や机を魔法で復元しました。手入れの行き届いた価値ある品がこの部屋に数多く存在する理由は、正しく王の寵愛の賜物でしょうね。ただ勿体無い…いえ、あまりにも受け取る側の理解がなさそうで可哀想。


「…少し昔の話ですが、自分の欲のために私を害し、結果的に都市を全壊させた愚か者達にすら、私は笑って刑を宣告いたしました。今回私を攫ったことに対しては…まあ、踊っている可愛らしい人形達と微笑ましく思ってしまえるのでなんとも。

その動機についても、予想の範疇でしたから驚きもございませんでした。ただ、想定外があったとすれば、…貴女でしょうか」


私がここにきた時の威勢の良さというか、無知ゆえの無意識的な傲慢さはどこへ行ったのかしら…。

先程の乱入者に怖気付いたまま、腰を抜かして床に座り込んでいる彼女に、私は笑みを向けられない。

いつもの私ではなくなってしまっている。その自覚がありながら、できない。仕方がないのでこの沸々として私の胸の内で煮えた怒りのままに剣を彼女の首に振り落とさない事だけが慈悲と思いましょう。

私の言葉に首を傾げるばかりで使えない頭に何度目かわからないため息が出ました。


「…傾国とはよく言ったものですわね。貴女、自覚がない分私よりもタチが悪いわ。

自分は生まれながらにして特別で、それが当然なのだと思って生きて、それが崩れた今ですら貴女は家族との縁によって守られている。何も無いと周囲に知られてもなお、そこで生きていることを容認されている。実際には何も価値がないのに。高位貴族の令嬢?確かにその立場を持っているかもしれないけれど、その肩書を持っているのは貴女だけではない。それに聞いたところによれば、貴女はその立場に必要な知識も技量も矜持も何も持ち合わせていないそうですわね」

「っ、そんなことないっ!私は私なりに努力したもの!でも…今までやったことがなかったことをすぐには出来なくて当然でしょ!?」


予想外に言い返し…いえ、言い訳をお元気な声でされました。退屈なので反応がないよりはマシだといつもなら思うのですが、この方においては反応しない方が正解ですのに。

ともあれこれではっきりいたしました。矜持は無くとも令嬢として恥の上塗りを平気で行うだけの根性は持ち合わせていたようです。


私と会ってすぐの会話ではまだ多少落ち着きがございましたが、アレはなんとか身に付けることが出来た擬態だったようですわ。いつぞやの不勉強な王女のような話し方や威勢でしたから、まさか彼女のご年齢で…と思った面があり、それすら一応の対人仕様とは気づけませんでしたの。

…とりあえずは置いておきましょうか。そこより余程許せないことがございましてよ。ふうと溜息が出ましたが、仕方のないことでしょう。


"私なりに"、"努力"、"すぐに出来なくて当然"。


令嬢がほざいた…恐らく口を滑らせてしまった為に出たと思われる言葉は、私の神経を逆撫でする言葉でした。私の今までを踏み躙るに十分足りる言葉でした。…ああ、本当に、腹が立つ。

…ですから、この苛立ちを理解していただきたいわ。


「妹のキエラ様はすぐに出来たのに?」

「っ!」


驚愕、羞恥の色が見えましたね。すぐに口を噤んで俯きました。

言葉と同時に抜き取った剣を苛立ちを込めて再度刺し落としたことで恐怖を思い出して頂いたこと及び言い訳すら成立しないと釘を刺されたことも影響していそうですが。


「…その様子では知らないのでしょうから教えて差し上げますが、貴女が得ようとする生活を望むなら、本来水の上の鳥でなくてはならないの。

どんなに努力をしていようが悟られることなく、出来なくて当然ではなく、出来て当然だと凡ゆる失敗も挫折も無かったこととして、完璧な結果だけを事実として、周知されなくてはならない。今の貴女のように、”過程を褒めて”と言って許されるのは、幼子だけ。

…あら、失礼?あまりにも、そもそもの貴女の在りようが私達への侮辱に思えましたので、正直に言い過ぎたようですわ」

「性格わるい…!」


悔しそうに私を睨みつけながら、絞り出たのはありふれ過ぎてもう飽きた言葉でした。けれどその姿はある種その立場に相応しい。お陰で生じた愉悦ですが、同時にどうしても終始消えない呆れに退屈を感じてしまいますわね。ただの偽善者が上に立てる訳がないでしょうに。


「先程の貴女の素行の情報源は貴女の家の使用人やご友人の方々ですから、加えて人望もございませんのね。愛し子という存在であるから、それだけで全てが許されていただけ。貴女はそれを自覚していなかった。それだけならまだしも…今尚分不相応な椅子に座っておきながら、その覚悟すらない。そんな人の為に、なぜ私が動いて差し上げなくてはならないの?」


お母様の動作を思い出しながら私は椅子に腰を下ろして寛ぎます。深く腰掛け、足を組み、剣片手に肘をついて、緩慢に相手を見下ろす。フリですけれどね。普段でしたらこういった仕草は致しませんが、お母様は既に心が折れかけている人間に対して挙動だけで追い討ちをかけると有名なのです。美しく、威圧的に、絶対の象徴のように恐怖を植え付ける雪の女帝と。私とお母様の姿はよく似ておりますから、私がやってもそれなりの効果がございましょう。何せ今向かい合っているのは、何の力も無ければ覚悟も、気概すらもないただの無知で非力な令嬢ですもの。…ああ、いつだか思ったことですが、無知は本当に、罪ですわ。


「邪魔者が入りましたが…先程の貴女の主張はこうでした。

…貴女と王は愛し合っているものの、周囲は貴女をよく思っておらず、貴女達の関係を黙認させる交換条件として国の安定の為に大国から王妃になる人物を迎えることにした。事情を話せば協力を仰げる令嬢や姫を連れてきて、お飾りとして白い結婚をしてくれれば何不自由無く好きな生活をしていいからと説き伏せるつもりでいた」


淡々と話し続けることで私が今すぐに剣を振うことは無いと思ったのか、恐る恐ると震えた声で肯定しました。自分の命が最優先ということですわね。別によろしくてよ。人間ですもの。生には縋り付くものですわ。


…まあ、有りか無しかなら有りですわね。人を選べば。自分に利があり家から出られて、自由に生きていけるならそれでいい方達は大喜びでよう。友人の中にもその条件であれば迷わずサインすると確信を持って言える該当者がおりますもの。しかし実際白羽の矢が立ったのは私。


「どんな猫に踊らされたのかは知りませんが、私を随分自分達に都合の良い人間だと思い込んでいる様ですね。不愉快ですこと」


不愉快すぎて漸く笑えました。勿論作り物の方の笑顔ですけれど。しかし軽く悲鳴を上げられるほど怯えられても何も思いません。退屈だけを集めて詰め込んだ箱にいる気分ね。


とはいえ、このどう考えても賢くはないご令嬢が人選をしたとは思えません。単純にあの王の都合でしょうね。…だとしても、私が嫌悪の情を抱かずにいられるわけではないのですけれど。


「先ず…事情がどうあれ、私がこの国のお飾り妃になる事は有り得ません。私側の事情を一切考えなかったとしても、あなた方に手を貸すことは無いでしょう」

「ど、どう…して?」

「貴女に覚悟がないからに決まっているでしょう?」

「え?…は…あ?わ、私は、私が幸せになって、それで、呪いを解かないと私の妹が苦しむから、だから…!」


何を言われたのか分からなかったような戸惑った様子ですが、一応今言った言葉の意味は理解できたようですね。すぐに理由にならない理由で反論を試みてきました。


「…先程までの私の話を理解していないのですね。では…聞き方を変えましょうか。貴女、それで本当に呪いが解けるとでも?」

「え…?」

「もし、貴女が立場上の側妃になったとしたら、貴女は嫉妬と憎悪しか向けられないでしょうね。貴女が何者なのか忘れてらっしゃるのかしら。軽く言えば大罪人。はっきり言えば犯罪者。そんな方が王の妃の1人で、しかもその誰よりも愛されているだなんて、王が許しても他の誰も許せませんわよ。今この状況も貴女が貴女の妹を…本物の愛子を呪うことで、貴女の不幸が、怪我が、病気が、痛みが全て愛子に向かってしまうが為に、手出しができないだけ。

貴女は、薄々勘付いているのでしょう?だから王との婚姻に縋っている。王と結婚すれば、自分は幸せになれる。その命の安全を確証されると」


…だから、理解していない。呪いを手放せた貴女に待っている未来も、貴女のことを本気で想い、守ろうとしている王の覚悟も。


「ですが…本当に?」


性格が悪いだの気持ち悪いだの言われても結構。それで怯む私では元々ない。それよりも私は、今、どうしても突きつけたい。気に入らないというだけの理由で。…だって、この方のしている事は、在り方は、私の否定に他ならない。


「貴女の命や身体に苦痛を与えなければ、愛子に害はない。つまり、それ以外の苦痛であれば与え放題なのよ。例えば…貴女が大切にしているものを無惨な姿に切り刻んだり、貴女の目の前で貴女に関わった大切な人間を1人残らず処刑したり。ね」

 

息を呑んだ。やはりそれは嫌なのね。そんな当たり前のことが。

私がいつもの私である事を放棄して腹いせの為に追い詰める相手は、恐る恐ると私の目を見た彼女が後にも先にも最後であると願いたいものです。


「…その様子だと、今までそこまでの嫌がらせは無かったのでしょう。それは、貴女を守ってくれた人がいたから。この国の誰からも嫌われている貴女を、唯一、心から愛してくれているから。案じてくれているから。

愚王と称されても、貴女を優先した。国の存続のためには王がどの様な王であるかが全てだというのに。それを差し置いてでも、貴女を守ろうとした。……王が無能だと思われた国は、他国からすれば格好の的。不当な扱いを受ける事も容易に想像が付きますわ。

…王としては最悪と言わざるを得ないでしょう。けれど、彼はそれを選んだ。全て分かった上で、貴女を選んだ。国を1番に考えなくてはならない立場になった上で、その権力を貴女のために使うことにしたの。元は賢王になると確信されてきた人間がそんな暴挙に出た。それがどれほどの覚悟か……貴女には、分からないのでしょう」


だから私は彼女に落胆した。これだけの大事を起こした人間ならば、それに相応しい覚悟を持っている筈と、そしてそれだけの思いを向けられている相手もまたそれだけの思いを向けているのだろうと期待した私を、落胆させてくれたわ。


「貴女には何もない。何もないけれど、それでも、本気で貴女が王のために自分を砕いて捨てる覚悟を持っていたなら、…私は私なりのやり方で手を差し伸べたことでしょう。実績もございましてよ。無実ですが罪により国を追われたご令嬢は皇子妃になりました。…しかし現実とは何とも悲しいこと、貴女には、想いすらない」


…人間6秒程やり過ごせば怒りは消えると言いますけれど、それでも許せない怒りは最早怒りというより憎しみではないかしら。ああ、憤りを通り越して最早虚しい。この時間すら彼女の頭の中身を前にしては私の時間の無駄でしょう?それでも物申したかったので、時間を潰す為にこちらに来たのも事実。


「私は、私の番の番を自称する方にも怒りを覚えたことはなかったのですけれど、よく考えてみれば彼女は本気だったからこのような憤りを感じる事もなかったのかもしれませんわね」


私はその時番のことで悩んでいたのでそんな瑣末な事はどうでもよかったという点も有りますが、新たな発見がありました。今私の目の前で泣くしかできない彼女の評価は全くもって上がりませんけれど、一応得るものはあったようです。


「つ、…つがい…?そ、そんなっ…!聞いてないわ!何で!?あの子は相手なんて居ないって言ってたのに!!」


あら?急に慌て始めましたわ。本当に、どこの猫に誑かされたのか知らないけれど、騙されたのはご自分ですものねぇ。

ただ…マナーには疎いのに、番についての教養はあるようです。それについては意外でした。…ああ、でも確かこの方勘違いとはいえ愛子として祀られていたのですから、その成り立ちの話の件で知っていてもおかしくはないですね?だからって、雑談に興じられる気分にはなりませんけれど。


「あらあら?どうなさいました?そんなに慌てて。…ああ。私に番がいる事に驚いたのですか?いますよ。私がどこに居ようが、それが私の意思でない限り、私を迎えに来てくださる方が」


貴女のことを想ってくださった方と同じくらい…いえ。それ以上に私を見つめて、そして…貴女たちと違って、互いに想い合っている方がいます。

信じられないというより、信じたくないのでしょうね。


…自身の状況、価値の自覚が出てきた為か取り乱し焦燥するご様子が、少しずつ私の気分を晴らしてくれるので信じたくないこの方に、少しだけ親切にして差し上げようと思います。


「迎えが来るまでの暇つぶしにはなりましたからもう一つ、貴女が知らない事を教えて差し上げましょう。……ああ、その前に窓の外をご覧になった方がよろしいかもしれませんね」


何に勘付いたのかなりふり構わず窓に駆け寄った彼女が見ている景色は壮観でしょう。一生に一度見られるかどうか分からない瞬間ですもの。

一面の雪などもう目には入らない。見えるとしてもただそれを引き立てる背景にしかならない。


空は炎で焼けた赤色。崩れ落ちた城の塔に君臨するのは、雪よりも余程美しい生物。大気すら震わせるその咆哮は叫び声にも似ているかもしれません。少し距離のあるこの離宮の壁も心なしか悲鳴をあげています。


震え、怯え、言葉になれなかった音が悲鳴の様に彼女のその口から発せられたと思えば、また膝から崩れて床に座り込みました。


…何を考えているのでしょうね。どうでもいいですが。

知っていようがいまいが、もう起きてしまった事なのですから、取り返しなどつきません。出来ることがあるとするなら、これからどうするかを真剣に、必死に考えること程度でしょう。


椅子から立ち上がり、彼女の近くに足を進めます。あまり大きな声を出すのは好きではないのですよ。それでも聞こえる様にするには近づくのが1番。特に、壊れた様に喚く声なんて、耳障りな上に響いてこちらの声が届かない。そんなの最低ですから。


「あらあら、そんなに顔を青くして…。貴女にとってはこんなこと、どうでも良いはずですよ?貴女は貴女が生き残る事だけが唯一の願い。非常に難しく傲慢なわがまま。だというのに…今更それ以外も欲しいなんて、貴女が言っていい言葉では無いわ。…ね?無知は罪、貴女は自覚無く生きて、そして最終的に国は傾いた。私よりも余程タチが悪いでしょう?」


彼女の耳元で囁いて差し上げると、振り向いた彼女は私のことをまるで仇を見る様な目で見上げた上に掴みかかってらっしゃいました。激情に駆られているらしく、何か言っていますが全く聞き取れませんわ。

…そんな中、ふと向けた窓の外、離宮の中庭の辺りから、明らかに私へ向けて手を振る人影が目に入りました。それは私が一応はしていた気遣いが無用になった事を伝える事にもなりました。


「迎えが来たので私はこれで失礼……致しますが、その前に」


意思すらない小娘に、私の手にする剣など不要。これでこの方を叩きのめしたら、この剣で倒してきた騎士達を侮辱する様なものです。

だから私は、私のケープを掴んだ彼女の手首を捻り上げて、余った手の甲を彼女の頬に叩きつけました。同時に手首を離せば呆気なく、転んでしまいましたが、貸す手などございません。


「…ぁ…え…?これ、なに…?あつい…ジンジンする…!や、やだぁ!」


言葉を知らない赤子でもない限り、その感覚を知らないはずがない。当たり前を知らない。

それもそのはず。彼女にとっては祝福であり、その妹にとっては呪いが、彼女の苦痛の全てを妹に移してきたのだから。

だから彼女は今初めて知る。


「それが痛みというものですわ」

「これ、が?い、いたい…?なんで?なんで…!?」


頬を抑えて、変色した手首を見て、彼女は取り乱す。それもその筈。だって、国の崩壊よりも重要な一大事が起きてしまったもの。


「貴女にとって、喜ばしい事と存じますわ。"呪い"を解きたかったのでしょう?例えそれが建前上だったとしても…」

「の、呪い…?解けた、ですって…!」


正確には脱走癖のあるおにい様が解いたのですけれど、まあいいでしょう。彼女の中の"私は特別"という潜在意識にすら刷り込まれた傲慢さを支えていた最後の支柱こそが呪い。その呪いすら消えた彼女がどうなるかなど、言わずとも自明。


「なんで…!何でそんな事するのよ!!国も滅茶苦茶にしといて私の事まで殺そうとして…!アンタのせいで私は死ぬのにっ!なんでアンタは平然としてるの!?こんなのっ…」

「人間なら誰しもが持つべき苦痛を妹に押し付けてきた貴女が、痛みと苦しみに苛まれて最期を迎えるのは、妥当な結末では?」


それから別に、私は貴女を殺そうとはしていませんよ。そんな事を私がせずとも…いえ、忘れましょう。


「どこかの国の言葉には、因果応報、自業自得、人を呪わば穴二つというものがあるそうですよ?…由来は諸説ございますが、兎にも角にも、誰かを不幸にするならば自分も不幸になる事を覚悟しなければならないという意味に転ずる言葉とか」


あらあら。転生だとか憑依とか何か喚いてらっしゃる。…ああ、この言葉彼女がいたという異世界の言葉でしたのね。そう…では私のお友達も…へぇ…。


「みぎゃっ!?」

「…あら失礼。煩いから小蝿かと思ったのよ」


私が考え事をしているというのに何か遠くの方で響く音がするから再度手を振り抜けば良い感触がしたので、よく見れば既にどうでも良すぎて放置していた彼女が腫れた頬を晒して倒れています。…あらやだ、淑女としては見せられないお顔ね。敗れた格闘家の方の様な倒れ方ですわ。


「…挨拶くらい聞いてから寝て欲しいものですが、まあ、良いでしょう」


きっとこれが彼女の最後の安眠です。…もし幸運な事に、夢の中にまで私の姿を見たのなら、その私が挨拶をしてくれる事でしょう。

いつもの私が。忘れられることなど無い程に記憶に焼きつく笑みを浮かべて。


「それでは永遠に、ごきげんよう」…と。


読んでくれてありがとうございます



次の更新は2024/12/22 12時

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