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5 ギルバート・アウシュタイン

お待たせいたしました。私の書いたものは暑さでぼーっとした頭でぼーっと読んでください。よろしくお願いします。



間違いだとしても、譲れないから戦うしかない。武器を用いて前線に赴くのは、いつだって愚直にしか生きられない自分達のような男ばかりだと思っていた。


「あなた方の思考では、足りないものが多すぎましてよ。女性だから守られている、戦の矢面に立たなくていい、…そんな偏見じみた生ぬるい世界の常識を私達に当てはめる事自体が既に侮辱に等しい」


人質としてここにいる事を分かった上で、命の保証も無くなったという事実を突きつけられて尚、臆することなく優美に微笑う。


毅然として言い放つ、その姿が眩しいと思った。本当に得たい物の為の手段として選んだ女性は、聞いていた話とは違っていた。とある人間の、評価するようで見え隠れしていた憎悪に興味が出て、身の保証を条件に話を聞いたことが始まりだった。その話の中で把握した価値は控えめに言って低かったのだと感じた。


「この北大陸の人間が、南の人間から生ぬるい世界と言われるとはな」


あの後姫に付けた護衛を兼ねた監視達からの報告に思わず溜息をついた。言葉を誤ったのだろう。どうやら思考誘導をしようとして失敗して逆鱗に触れたらしい。それにしても…


「頼りの魔術師が既にこの世に居ないと言われ、更に自分が親に見捨てられたと知って泣きも喚きもしないとは」


つい最近、身近で似たような状況に陥り、ある意味国から捨てられた令嬢の取り乱した姿を見た事がある手前、その冷静さには管を巻いた。自分がその状況に置かれれば、身の保身に走って然るべきだというのに。


それすら国母になる資質というべきなのか。

姫の様子は状況からすれば異様だ。

自分の境遇を呪うわけでも、自身を見捨てた相手に復讐する訳でもない。

いつも通りの日常をいつも通り過ごしているかのような。不気味さすら感じる。



先日彼女の母親が治める国に宣戦布告をし、得た回答の手紙を突き付けた。その時ですら姫は余裕ある笑みを崩さずに、言った。


「帝国が、おにい様方が、お母様が、私を守る為にいる訳ではありません。私は守られる為にあるのではなく、守る為にいるのです」


容易くこちらの予定通りに、敵国に誘い込まれておきながらよくそんな事が言えたものだと、側近達と共に一頻り笑ったものだが、冗談とは思えない威圧感があったのも事実。でなければ、今になってその言葉が頭に残り続けるものか。この、戦場へと踏み出す前になって。


「進軍準備完了です」

「…いくらああも気丈に振る舞って見せていても、頼みの魔力も封じられていては心もとないのはわかっている。そろそろ…母親の国を落として、再会させて差し上げよう。妃が安心できるよう状況を整えるのも夫の努めだ」

「…では」

「ああ。今すぐに出るぞ」


騎士団長達を伴い、自室を出る。


既に待機しているであろう騎士団への命令を下す。先日までで我が国の支配下に置いた国々の後始末は帰還後としよう。

鎧を纏い、出陣する。この国で1番権力を持っているのも、1番武人として強いのも自分だと自負している。今からするのは勝ち戦。万が一にも自分の首が落とされることはない。そのための準備をずっと進めてきた。進めて、絶望的状況を一撃で逆転させる最強の魔術師は奴の腹心を利用し排除した。

今から攻め入る国の人質をとり、牽制かつ南からの横槍対策も講じた。抵抗手段を封じた。

大陸内から完全に孤立させることにも成功。

いざとなれば、奥の手もある。


「私の勝ちだ…!」


漸く欲しいものが手に入る。確信を持って群を率いて城を出た。

次にここに戻るとき、自分が北大陸の覇者となっているのだと、もう誰にも文句は言わせない。何も手に入れられぬものはないのだと胸躍らせて。その時の俺は、本当に、そう思っていた。




数週間前にも見た景色に、北大陸という地獄の姿を実感する。

いまだに見えない国境の先には、最強を名乗るに相応しい国がある。


北大陸内で最も寒く凍てつき、凶悪な魔物が跋扈する最北の国。到底人間が住める土地ではないはずのそこに、その女帝は君臨している。正直この国を手中に収める必要はなかった。元々の交易もない、魔物は多く作物は勿論食料全体の供給も心許なく、かつこちらが手を出さなければ国民も含め決して境界線を侵すこともないため、手に入れる価値は例え貴重な功績が得られるとしてもその他の不利益で相殺、土地としてはさほどない。しかし、北大陸最強の異名は国内のうるさい狐狸どもを黙らせるのに一役も二役も買うことを知っている。だからこちらの兵力もかなり失うことになるであろう戦を最大限避けるために奔走してきた。そして南大陸から彼女をさらえた時点で、その国は最早我が手中にあるも同然。彼女を交渉材料に脅せば、戦争をしなくとも実質的に我が国に隷属している状況になると。…そう思っていたが、ティアーゼ帝国というのは思ったよりも…いや、想像以上に冷酷だった。


女帝の唯一の娘であるはずのカティア・エステランテを預かっていることを記した上で、無血で従属化を求めた手紙の返事は、届けたとほぼ同時と思われるタイミングに、魔法で直接届いた。

一言、


「せめて魔物とまともに戦える程度の実力をつけてから来い」


と書かれていた。


後日、手紙を届けさせた使者が贈り物と一緒に荷物同然に荷馬車に詰められて商人経由で届けられた。

使者は何を見たのか錯乱・恐慌と一転して黙り込み怯えるを繰り返して話が聞ける状態ではなく、共に届けられたのは忌々しいことに先日我が国を襲った魔物の首だった。


単体で行動する魔物は総じて強い。一小隊いれば安全に倒せるような種類の魔物でも、単体で街を襲うような個体には一小隊では対処できない。その魔物は命辛々追い払ったと報告が上がっていたもので間違いなかった。


「この太い首をどうすればこんなんに出来んだよ…」

「コイツよりもこれ切ったやつの方が化け物だろ」


首が綺麗に一撃で切り捨てられたことは明らかで、最初に首を確認した騎士たちは己の首元に手をやって慄いていた。


ともあれ添えられた手紙はカティア姫を見捨てたともとれる内容だ。利用しない手はない。


自分を捨てた国に対し、復讐を兼ねて手を貸すのなら魔法封じを解除してあげようと姫に交渉したが、カティア姫は驚きもせず怯えもせずに、窓からでも魔物の首が見えていたのか、こちらにきてから見せる一部の隙もない笑みを浮かべてどうぞご勝手に進軍を、などと言って見せるだけ。


…そういった経緯もあり、今後正式に夫となる自分に対しての姿勢を改めさせるためにも、ティアーゼ帝国と戦い、下し、支配することは決定事項となった。ティアーゼを落としたとなれば、さすがのあの仮面にもヒビが入る。仮面を壊して仕舞えば後はこちらのもの。言うことを聞かせ傀儡にするだけだ。


相手が相手であるため、支配した同盟国からも軍を出す契約は取り付けてある。開戦日として指定した日には既に、敵軍を包囲完了する計画だ。自軍の主戦力が着く前には包囲網はほぼ完成している。いくら化け物揃いのティアーゼとて、数には敵わないだろう。我が軍の先鋒との戦いを何とか凌げていると思わせたところで、俺を含める主力体により一掃する手筈になっている。

しかも密偵曰く、戦力は此方の1割程度しかおらず、国民に至っては戦争をする事自体知らないらしい。何とも平和ボケした国だ。

たどり着いた国境線には、絶望と呼ぶに相応しい景色が広がっていた。

だれの?敵国の?否。


我々の。


先鋒であり隊列を組んでいた筈の騎士達は、倒れて雪に積もられていた。傷もないが意識もない。開いたままの目は虚だ。四肢の冷え具合、雪からみて、かなり前にこの状態になったのだろう。


そこら中に潜ませておいた密偵やどさくさに紛れていつでも女帝の首をねらえるようにと紛れさせた暗殺者も1人残らず捕らえられている。まるで、部屋の壁を絵画で埋めるかのように、暗殺者達を絵として空中に飾り付けている。これを誰がしたかなんて考えたくなかった。鉄の糸を使っている訳でもないのに、物理法則を無視した現象は、魔法と呼ぶしかないものだ。そして密偵からの報告で、1人どころか数十人…いや、数百、数千を無力化出来る魔術師など、1人しかいない。


「やあ。いくら雪に足を取られるからと言って、鈍足が過ぎやしないかい?」

「私が剣を振るえる機会もくれないとは。だからせめてまともに魔物と戦える程度の実力になってから来いといったのに」


最強の魔術師、レオン・ジルベルト。

姫君とよく似た顔で、彼女よりもよほど感情豊かに不満だと物語る女帝の隣に控えて呆れた様に言った。

死んだ筈の男が、欠伸をこぼしながら。


「…なぜ」


口から出た微かな疑問の2文字がこの距離で聞こえていたとは思えない。だが、そう思う事は分かっていたに違いない。

最後の詰めのつもりが、最初から奥の手で勝負をする羽目になるとは思わなかった。


聞いていた状況と違う事で動揺の広がる騎士達に指示を出す。


「全軍、構えろ」


南からかつて一丁だけを入手し、その武器としての強力さにこれからの戦いにおいて重要になると判断し、秘密裏かつ大量に発注をかけておいたそれは、どこぞの国がしくじったせいで部品の一部しか入手できなかった。しかし、どんな形であろうが、基本的な構造は同一。見本があれば、複製は容易かった。


先遣隊には持たせていなかったその奥の手は、構える時に鉄がぶつかり合う冷たい音を響かせる。


「打て」


号令と共に放たれる鉛の球は、人の身体など容易く貫通する。

当たれば勝ち。魔術師であるが故に本来騎士に勝てないはずのレオン・ジルベルトとて、引き金を引く速さに勝つことなど出来ない。だから奥の手なのだ。硝煙が上がり見えない先には、我々の勝利が広がっているとまでは言わずとも、勝機を齎すだろう。


「これが南から仕入れた銃ってやつかぁ。厄介なのを作ってくれたねぇ」


奥の手と呼ぶに相応しいよと、晴れた煙の先から声がした。先程から拡声器でも使っているかのようにはっきりと聞こえる声に違和感を覚えつつも、魔法の効果と思えば納得だった。…そんな事を気にする余裕など、すぐに無くなったが。言葉を失うには、並の覚悟しかない人間が腰を抜かすには、恐怖感に屈するには十分な光景が広がっていた。

バラバラと硬い音をぶつかり合いながら立てて、鉛の球が雨のように落ちていく。何かに阻まれた様だ。

不可避の飛び道具。あの魔術師が最初から何か仕掛けをしていたならまだ救いはあった。7回までなら充填なしに引き金は引けるから。しかし、今の砲撃を凌いだのは、道具でも、ましてやあの魔術師の魔法でもなかった。


「に、…人間じゃない…!」

「化け物ッ…!」


誰かが震える声で絞り出した言葉はそのまま、この場で対峙している自軍の認識にほかならなかった。


「ふむ、なかなか面白い飛び道具だな?矢より数段早かった」

「矢と同じ要領で切り落とさないでください陛下。人間やめてる的な事を言われてる気がします」

「お前もやっただろうクレヴェル」


先程まで座っていた女帝と、その近くに控えていた護衛と思われる軍服の男がいつの間にか並び立っていた。その手には勿論、剣。


何を話しているのかわからないが、世間話のように緊張感がないのはよくわかった。そんな話の片手間に、それこそ100以上の鉛玉の雨をたった2人の人間は捌ききったらしかった。不可避の攻撃とは、勝ち戦とは、なんだった?

どうして奴らは、平然としている?…だとしても、いけない。ここで心が折れたら、数で、奥の手で上げた士気が下がってしまったら、取り返しがつかない。


「まぐれだ!狙いを定めろ!次は連続で「あー…間に合ったね」…は?」


空が急に黒く暗くなって、風が強く吹く。

何故かすぐ近くから、はっきりと声がする。間に合った?何が?

声の方を振り向けば、国境線の向こう側にいた魔術師がすぐ近くで嗤っていた。魔術師というより、最早悪魔に見える。ほぼ確定だったが、本当に、この魔術師は、生きている。始末し損なった。

実感を伴ってここにある事実が恐怖となって今我々に牙を剥いている。


「囲めッ!…貴様ッ…なぜ生きている!?」


すぐ様兵たちの銃口が奴に向き、状況的には四面楚歌の筈だが、その魔術師は飄々として…いや、呆れすら隠さずにこちらを見た。


「死んでなかったからに決まっているだろう?」


その質問の答にはならない回答を得た我々の目の前に、答えというに差し支えない驚愕が再び姿を現した。


「師匠、それじゃ答えになりませんよ。弟子志望に紛れて侵入した暗殺者を、僕が拘束して計画を知り、その暗殺者になり変わって貴方を殺したフリをしたというのが真相でしょう?」

「いやぁ、そのフリの為に本当に仮死毒を使わなければ素直に感謝してもよかったよぉ?お陰で目が覚めるまで少し時間がかかってこの魔法の研究時間が減っちゃったじゃないかぁ」


こちらから送り込み、やつを始末するように契約で縛ったはずの暗殺者がそこにいた。こちらを見て何を納得したのか、徐に自分の右手を左肩に添えて、何か被り物を剥がすかのように動かした。

我々の見ていた姿が、黒い灰のように剥がれて落ちて全く別の姿へと変わる。そこには当然のように、師の用事で国内外を飛び回っているという奴の一番弟子がいた。


「えー?そっちに驚く前に、こっちの魔法に驚いてくれないかなぁ?せっかくだから撃ち合いをしようよ」


緊張感などなく上がった腕が示す空は、赤く染まっている。地鳴り、というのだろうか。大気…地面も震えているような気がしたが、それは全て空から非常に重い圧がかかっているから違うのだろう。常識の範疇をとうに超えたそれは、兵士たちの戦意を殺すには十分だった。


空の岩が炎を纏って落ちてくる。


この辺り一帯消し飛びそうな大きさ。当たれば即死は間逃れない。退避命令を出そうにも、逃げられるものは既に逃げ始めている。撤退を叫ぶもパニック状態の者達には届かない。

自分の真上にあんな凶器を落とそうなど、イカれているとしか思えない!何を考えている!?まさか既に逃げたのでは?そう苛立って視線を向けたその先で、魔術師は涼しい顔で余裕のある微笑さえ浮かべてそこにいる。


「…最後に聞きたい。何故姫を攫われて尚今まで姿を見せなかった」


その質問が意外だったのか、(事実最後の質問としては意外だったのだろう)呑気に小首を傾げてから答えた。


「君なら一も二もなく駆けつけるからこその疑問かぁ。…次会えたら、教えてあげよう」


言われずとも終わりを悟る。脳裏に浮かぶのは、自分が戦う事を決めた切欠。守ると決めたことに後悔は微塵もないが、願わくば、自分が居なくなった世界で、誰かが彼女を守ってくれる事を強く願った。


読了ありがとうございます。


暑すぎていつの間にか2週間経っていました。更新忘れないように気をつけたいと思います。

お付き合いいただける方は、またよろしくお願いいたします。

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