4 カティア視点
お待たせしました。
まだ寝てないのでギリ週末だと思います。よろしくお願いします。
乾いた空気と冷えた風。
南では見ることのない白銀を冠る街並みはとても風情のあるもので、けれど、この程度の景色では、私を魅了するには足りません。
「皇女、お加減はいかがですか?」
「…あら、良いと思うのならもう少し女性心を慮る努力が必要ですわね」
「それはそれは…手厳しい評価ですね」
青い髪。北の大地の王族に多いと言われる翡翠の瞳。らしい顔付きで表面上穏やかに笑っているその人からは魔力を感じない。
側に控えている男や、この部屋に出入りする侍女、部屋の前で警備をする兵からも、魔力の片鱗すら。
「しかし…このような状況にあっても貴女の余裕の笑みしか見られないとは、残念ですね。私は貴女を深く理解したいのですが。"夫として"」
「あら、あら。お若いのにもう私が言ったことをお忘れとは……お可哀想に。もっと執務に明け暮れて手を使った方が脳の保ちがよろしくなるかもしれませんわ」
「おや、心配してくださるとは、お優しい」
その男は私と同じように笑顔を貼り付けたまま、「では、また来ます。今度は南の品でもお持ちしましょう。貴女が故郷を懐かしむことが出来る様に」と言って、背にした扉に消えていきました。
はぁ。暖簾に腕押しってこういう事ですのね。
徹底して私を婚約者として扱い、私を気遣うように見えて、その実、私に対して感情を一切動かさない。私と話し合う気も無い。私の言葉で転がって吠えるくらいだと逆に扱いやすいのに。厄介ですわね。あの横っ面、はたき飛ばしてやりた…こほん。
でもまあ、その態度で1つ分かったこともございます。
「私と婚姻するというのは、目的の為に必要な要素であり、前提ということね」
だからそれについて話す気は無い。…良い度胸をしてらっしゃるわ。話を聞かないなら耳は要らないのでは?仕事をしていない耳…あのこ、食べるかしら…?ふと、今は恐らく母の宮殿で氷を噛み砕いている筈の可愛いペットを思い出しました。暫く毛並みのことを思い出していたのだけれど、声をかけられて正気に戻りました。ああ…いけない。けれど正直敵国の事より私のペットの方が大切ですの。…お分かりでしょう?
「あ、あの、正妃様、結婚式のドレス合わせを…」
「要らない。消えて」
恐る恐る出てきた侍女に短く告げれば小さく悲鳴を漏らして下がりました。…私の専属なら即配置換えですわ。
薄々お気付きの方もいるかもしれませんね。お察しの通り、此処は帝国のある南大陸から海で隔てられた北の大陸。その玄関口の国の、王城の一室です。私の周りには普段の護衛も、侍女も、おにい様方もいません。私の身内は1人もこの城の中には居ないのです。
状況を端的に言い現すならば、私、誘拐・拉致監禁されております。
目的は不明ですが、その足掛かりとして私と婚姻する必要がある為誘拐したと思われます。皇城から出ない私を連れ出すのは容易では無い為、誰かさんが手引きしたと見て間違い無いでしょう。
誰が手を貸したのかは大体想像が付いておりますので、私のいなくなった時間からすると、そろそろおにい様方が動いている頃かと思います。
どうして私がこんなにも落ち着いているのかと言えば、焦る事でも無いからとしか言えませんわね。
土地勘のない北の大地で、私を守る盾はなく、おにい様達は側にいない。内通者や協力者を絞ったおにい様方もすぐに駆けつけられる場所でもない。ここは敵地の真っ只中。
私自身は大おじ様特製だという魔力封じの枷とやらをつけられ魔法を取り上げられ、この無駄に絢爛な部屋に閉じ込められている。
それでも、私が取り乱す要因にはなり得ない。
ここから出る方法は、幾らでもありますもの。
それにしても…。
「退屈ね」
びくり、と部屋の中に控えている兵が震えたように思いました。…ひとりごとなのに。
「ねえ、この中でチェスが得意な方はいる?」
侍女は10人、騎士が8人。若い侍女が少ないけれどまあそれはいいわ。それよりも、私の退屈しのぎが優先。
「……私でよろしければ」
少し目線でやりとりした後、おずおずと出て来たのはこの中で1番城勤が長そうな騎士。
「会話しながらゆっくりと遊びましょう。退屈すぎると疲れてしまうから」
「かしこまりました」
「この国についても教えてくださらない?私が自分で歩き回ると困る方も多いでしょう?」
「…かしこまりました」
向かいのソファーを勧めて駒が並べば開始。さて、…私が学べることがあれば良いのだけれど。
*
北の大陸は、魔力ではなく武力がものを言う世界。一年中厳しい寒さに苛まれ、強い魔物を狩り、他国を侵略する事で自国の平和を保っています。それ故、今は比較的大きな国が5つ、小競り合いをしている(していた筈の)状況で、平和とは言い難い場所です。
…因みに、北の大陸には大まかには6つの国があります。その内の1つは最北に位置する国で、北の大陸内で最も寒く、最も獰猛な魔物が跋扈する魔境です。それ故他の国からあまり狙われないというのもありますが、1番の理由はもっと単純で、強いから手出し出来なかったというだけの話です。
さて、それはさて置き。
今回私を攫ったこの国は、今、他の4つの国を1つずつ支配下に置いている最中のようです。そしてこの国の目的は大陸全土の統治。つまり、今手出し出来ない最北を獲り、唯一の王になろうというわけですね。
…なるほど。
「私を妻にすれば、南大陸からの多くの献上品が期待できる。金、食料、文化…そして、…北にはまだ馴染みの深く無い魔法。足りないものを補うどころか、無いものを得ることが出来る。……もしくは牽制かしら?しかも血筋に申し分はなく、あわよくば私を人質に南大陸すらも手中に収めることが出来るかも。……といったところでしょうか」
「……」
北に移り住み高待遇を得ている魔法使いはここ数年で増えたようですから、才あるものは既に囲っていて、あわよくば私から技術を盗む予定な可能性もありますわね。ここにはいないようですから、きっと他に回したい場所があるのでしょう。…とても、気になりますわよねぇ?
騎士は黙って駒を動かしました。私と目を合わせないので、私の言っていることは8割以上正解というところでしょう。
「……ふふ…」
「…何か?」
思わず笑ってしまいました。理由が思い当たらないようです。簡単な事なのですよ?
だって、それってつまり、大国の力に頼らなければ満足に国を統治できない、見かけだけのハリボテ弱小国ってことでしょう?
そんな国の王妃ですって?この私が?
セインおにー様の事を除いたとしてもありえない。
だから笑ったのです。未だ不審そうに私を見る騎士はわかっていないようです。
「……さて、私を手に入れられればいいですけれどね」
「…言っておきますが、この国…いえ、この部屋から出る事は出来ませんよ。皇子からは婚姻式までこの部屋から出さぬよう命令を受けておりますから我々が常に側に控えております」
力尽くでも止めるそうですわ。無駄な努力って言葉をご存知無いのかしら?厳戒態勢とばかりに部屋中から私に視線が注がれます。あまりに無遠慮なその様子に少しだけ、意地悪がしたくなりました。
「あら、あら。けれど、予定通りにいかないのが人生というものでしょう?」
チェス版を挟んだ騎士に向けて問いかけると、彼のつぐんだ口元に少々力が入ったように見えました。
ぐうの音も無さそうですわね!それもその筈。
先程までこの方の半生を聞いておりましたの。どうやらこの方、最初は平民の地位向上のために努力をしていたそうなのですが、出自に捉われず自分のことを拾ってくれた王の為、大陸1番の騎士になると誓ったそうです。その際幼い頃から師事したい方がいたのですが、敵国なので叶わず、その為国内で1番実力が求められたこの騎士団の団長の1人にまで上り詰めたそうです。いつかその師事したかった相手と戦える日を夢見て。
ですから、私の言いたいことも分かるのでしょう。…全く意味が違いますけれどね。
「…そう、ですね。しかし、姫にはもう何も出来ない。貴女が此処から出るのは不可能です」
私を独り武器も味方も無い場所に隔離、監禁すればそれで大丈夫とたかを括ってらっしゃる方々…お可哀想に。その程度で不可能だなどと言い切れるだなんて。目に物見ることになりますわよ。
「さて…目論見が外れないといいですね?」
思わず溢れた笑みを止めずに、盤上の駒をまた一つ静かに進めました。
*
…やはり一発くらいは直に食らわせてやりたいですわね。平手かしら。しかしこの魔道具を付けられたままですと重いので、私が叩いたと言うよりは、魔道具で殴ったという表現にしかならないように思います。
……あら?皆様ごきげんよう。
こんな日が来るとは。私としたことがまさか祖国内から誘拐されるなど、夢にも思いませんでしたので、話を聞かない自称夫にどう目にもの見せ…んっんん…。どうこの現状を打開しようか考えてばかりで失礼いたしました。状況が飲み込めない方もいらっしゃることと存じます。責任者が仕事致しませんので、私から簡単に、現在の状況に至るまでをご説明致しましょう。
今回の誘拐は、ごくごく自然に行われました。
というのも、大おじ様発案で久方ぶりにお母様に会いに行くことになったことからはじまります。
「過保護も居ないし出かけよう!大丈夫大丈夫。僕とカティアが揃っていて万が一があったら次の日には世界の終わりだから!」
という、訳の分からない納得の持論に暇を持て余した私が便乗しただけですが。セインおにー様は先日から仕事で国をあけておりますのよ。次いでトーリおにい様も先日から外出中なので出かけるなら今が好機。
今回は船旅というのも体験いたしまして、それなりの日数を要しながらも無事に着いた北大陸。その入り口の港から馬車を使う予定でしたが、どうやら数日前に雪崩が起こって安全確認中とのこと。私が吹き飛ばすか伺ったところ、しなくていいと回答を得ましたので、その間知り合いのお城とやらに身を寄せることになりました。北大陸ですとよくある話ですのよ、雪崩。
そして知り合いのお城というのが、現在私が監禁されている城のことです。
つまり私は自分の足でこの城に歩いてきたと言う訳ですの。そして私をここまで案内した張本人は、魔法封じの魔道具を私に付けて以降、姿を消しました。
その代わりとばかりに現れたのが、この国の若き現王。名前は確か…ギルバート・アウシュタインでしたか。この国において剣技で優るものは居らず、魔法ではなく武が発展した北大陸において、5本の指に入る実力者。…そんな武人としての誉れ高い裏では、まことしやかに囁かれている噂があるそうです。
稀代の悪女にたぶらかされた愚王、と。
…悪女と聞いた途端に私を疑った方々表にでてらっしゃい。直々に辞世の句を伺って差し上げます。勿論私ではございません。騎士やら侍女たちやらの噂話等々聞こえてくる話を総合した結果、私が推察した話になりますけれど…。
この国にはかつて妖精の王様の愛した女性がおりまして、その女性に妖精王は惜しみない愛を注ぎました。荒地を草原に、凍てついた大地を春の都にと、恩恵を与えて。まあ人間なので数十年で亡くなりましたが、その魂は転生を繰り返しているそうで、その女性の魂を持つ者が妖精の愛子とされ、国にとって重要な存在であるらしいです。
しかし…現状この国は、どうやら妖精の恩恵にはあずかれていない。それは何故か。
単純な話で、国を挙げて妖精の愛子を間違えた上に虐げたから。その上、愛子と思われていたその女性は、本当の愛子に呪いをかけていたそうなのです。
それを怒って加護を消し去った妖精達に聞くまで気付かなかったとは驚きですが、それもまた呪いの効果だったのでしょうね、きっと。そんなこんなで責められた女性を守ったのはこの国の王となった若い王子でした。国民から恨みを買い家族と縁を切られた彼女を自分が守ると言ったそうです。…色々後からまとめて罵と…後から主観を述べさせていただきますね。
それ以降、北大陸のすべての国を支配下に置く為に王は戦争に明け暮れるようになったそうです。ただでさえ貧しくなったと言うのに戦争で失うものを考えると国民は恐怖しましたが、王政においては逆らえるはずもなく、いつ負けるか分からない戦争に身を投じました。王として権威を振るう前の王子は、戦争を忌み嫌う人であったはずでした。それが変わってしまったのは、あの偽者を守るようになってからだと噂が立ったそうです。
そんな王様の伴侶だなんてお断りですわよ。私の王様を選ぶのは私ですもの。
…その王様は、進軍の予定があるらしく、私が大人しく部屋の中に居るのを見て、こういいました。
「姫達は気付かなかったようだが、あの神出鬼没の最強の魔術師は助けに来ない。あの男は、それこそ、姫が南大陸を出てくる前に、始末をさせてもらったからな」
私を連れて北大陸へ行く事を提案したのも、ここへの道中共にいたのも、全て私の大おじ様では無かったのだと。トドメの一言とばかりなご様子でした。
以降、たまに先程のように自称夫顔で私に会いにくるのです。反吐がで…こほん。
大おじ様のくだり、私は特に焦ることもなく無視しましたけれど、恐らく強がりと捉えたのでしょうね。分かりやすく満足そうにしてらしたわ。…この国の皆様、こんな小物が王でいいのかしら。
それにしても…こういうのを自業自得というのでしょうね。呆れて物も言えませんわ。愛子がいなければ、妖精の力を借りなければ立ち行かない国だなんて、情けなくて私、絶対にそんな国の王妃になどなりたくありません。元々思っていましたが、状況の把握をしますと余計に嫌な事この上ございませんのよ。
それでも振り返った収穫はございましたわね。
私を攫った目的は、私を人質にお母様の国…ティアーゼ帝国を手中に収め、この大陸の覇者になる為ということでしょう。
愛子関連の話も加味すれば、大陸全土を支配することにより、妖精たちの力を借りずとも以前のような暮らしができれば、国民も貴族達も黙らせられる。黙らないのなら適当に処分。そして、図らずも愛子と騙ることとなった女性を守りたい。まあこんな噂が立ったりそれを放置と言うことは、囲っておきたいという事ですからね。私に対してのあの様子から察するに、その方が本命で私をお飾りとして置くつもりでしょう。反吐が出ますわね。あっ…私としたことが…失言でしたわ。失礼いたしました。平手と足払いで崩してお顔を踏み潰したいくらいの嫌悪感にかられたもので…。
私としては、価値に釣られたわけではないその王の愛や、その為になりふり構わずというところ、嫌いではございませんのよ?どんなに醜くとも卑怯であっても、良い物であれ悪いものであれ、折れない意志はなにより美しいと思いますもの。…ですが、それが私の大切な物を手折ろうとするような行為であれば、看過できません。譲れないもの同士、正々堂々とどちらの剣が強いか、勝負するしかありません。私から魔法を取り上げ、大おじ様を排除し、常に私を見張る騎士が多数。勝負するにも同じ舞台に立てるだけの道具がないと思っているでしょう。…けれど…本当に?
私が私らしく、自由である為に必要なものは常に私と共にある。そうあるようにお兄様方がしてくださったから。
私が"家族"を思う気持ちと、王の恋人への愛、どちらが強いか見ものですわね。楽しみにしていらして。退屈はさせませんわ。
窓越しに門が開くのが見えました。次いで大勢の騎士達の足音が響く。進軍ということでしょう。先日見せられた母からだという手紙は本当に宣戦布告の返答だったようですね。
では…
「私達も始めましょうか、」
開戦は、やはり同時でなくては。
進軍したこの国の王が国境に辿り着いたであろう頃、私は警戒する騎士達の目の前で、魔力封じの魔道具を外して彼らに問いかけました。
読了ありがとうございます。
次回更新日も来週の週末です。よろしくお願いします。




