愛せないから報われない
お久しぶりです。
本日の登場人物は、セイン、ゼクト、ダイルです!
カティアが婚約破棄された直後あたりの一幕です。
「分かりきったことだけど、番が死んだら残った方はどうするの?
ぐもんだろうけどさ、けん兄としては答えてくれるよね?」
いつぞや、まだ幼い頃のゼクトは私に問いかけた。
「いやぁー、ぼく正しくぐていだから、ぐもんをたれ流して頭のいい兄や弟を悩ませても仕方がないと思うんだよねー」
…その質問に付随した割とどうでもいい事実自虐も正確に思い出せることが腹立たしいが、家族のことなので不思議ではない。
「番が死んだら片割れは長くは生きられないだろう。身を切られるようなものだ。半身無くして生存はない」
「…他人ごとじゃないだろうに」
「私に限っては違うかもな。どんな偉業を成そうが、現実味を帯びない、…恐らく、感覚が違う私には」
「感覚?」
「喜びも悲しみも、全て等しく、私には無に感じられるんだよ。全ては不鮮明で、私自身と感情が何か大きく分厚いもので隔てられている。だから例え私に番が居たところで、私は普通の番になれないだろう。生きていることすら苦痛だと思う感情自体が発生しない。したところでそれが鈍くて、遠くて、僅かなら、私はそのまま生きるだろう。番が死んだ。その事実を、感情も感傷も無く引きずって」
そしてどうせそれを餌に、換えなど幾らでもいると言う様に、どこかの貴族が自分の令嬢をこぞって差し出す事だろう。
まあそれも、カティアが産まれてからは違うのだが。
それを今更思い出しているのは、ゼクトが同じ質問をしてきたからだろうか。
「ねえセインにーさん?番が死んだら、残った方はどうなるの?」
ゼクトはいつも通りの軽率さをそのまま言葉にしたように笑いながら言った。
……先程送った書類には目を通したのだろうか。北の大陸には食人ウサギがいるというが、うまく調教して仕事をしない人間だけ食むよう躾けて、ゼクトの部屋に置いておこうか。カティアはあの忌まわしい国から帰ってきて、ゼクトが居なくて驚くかもしれないけど。
…こうして離れていても、カティアの事が頭を過り、それを煩わしいとも思わない自分に思わず笑みが溢れた。
カティアが産まれてくるまでの数年は、枯れ果てた森に佇んでいるような虚しさに包まれて、周囲と全ての感覚がズレているような孤独が私の世界だった。
全く支障は無かったが。
しかし、それすら悲しい事だと思わせてくれたのがカティアだった。彼女は私を命の恩人と言うだろうが、私からすれば彼女は私の感情の恩人だ。
でなければ、私は一生知らなかった事だろう。
家族で集まれることの尊さも、兄妹たちを慈しむ気持ちも、私が誰かを愛せる事も。
知らなくてよかった事もあるかもしれない。しかし、それだって自分の片割れが与えてくれたものならば、少なくとも私にとって、"知らなくてよかった事"ではないのだ。現にいつかカティアに向けられていたかもしれない害悪を、彼女が帰国する前に無かったことにもできたのだから。
今回はその件でゼクトに仕事を回したのだが、何故かその本人は私の部屋にきて寛いでいる。
「…"無人の"皇女宮に侵入しようとした輩の件は?」
「くるっと丸っと大おじさんの実験室!」
「…書類は」
「一緒に飛ばした!」
国内でも数名しか使えない魔法をそんな事のために使っている従弟には呆れるが、膨大な魔力量を必要とする魔法を連発しても倒れないあたりが流石である。仕事も飛ばした先の相手が相手なのでまあいいかと納得しておく。
「不出来な弟のやる事だから許してよー」
「…不出来、ね」
……本当に不出来なのは私だ。
「ゼクト、そんなお前でも婚約者になりたい人間は国内外問わず大勢いるようだよ」
私が止めていた機嫌伺いの手紙の束を取り出せば、一瞬だけ虚無を抱えた目をしたゼクト。しかし直ぐにいつもの笑顔を張り付けて、机に広がるそれらを物色する。
楽しそうに、
意外そうに、
時に中を見て驚いて、…笑う。
…かつての私がゼクトの前以外ではやっていた様に。
「いやあー、この伯爵のとこ、夫人の売り込み凄かったけどまさか本気だったとはねー!あ。こっち。こっちの侯爵家の方はね、確か持参金の事で揉めに揉めて「ゼクト」…どうしたの?」
「無理はしなくていい」
ゼクトは困ったように笑った。散らばった手紙が急に発火して、跡形もなく消える。木製の机に痕も残さず。恐らく従弟に付いている妖精達の仕業だろう。ただの魔法なら焼け跡ぐらい残る。
「"家族の前"では本当に笑えてるんだよ、にーさん」
「分かっている」
逆にいえば、"家族に対してしか"感情が湧いていないという事だろう。
…ゼクトは、家族以外に対して、何も感じていない。それこそ、カティアに出会う前の私と同様に。本人は呼吸が如く簡単に、無感情でも場に相応しい感情を浮かべる事が出来る為、気付かれていないが。…いや、ダイル辺りは気付いていそうだ。
「…私が、そうしていたから」
ゼクトが私のように産まれて直ぐからそうだったかは不明だが、少なくとも、感情が1番育つその時期にほぼ私と一緒にいた事も原因の一つだろう。私が無機質で無感情に側にいたから、与えられる何に対しても偽った笑顔で応えて、その後ゼクトのすぐ近くで無関心にそれらを捨てて来たから。
カティアが産まれてからは多少変わった事や、私がゼクトの前でだけは偽らなかった事もあって、家族の前でだけはゼクトは顔を、心を偽らない。
だから、不出来だとするのなら、それは私が不出来なせいなのだ。
「そんな事より、さっきの質問の答えはー?」
気にした様子もなく、私に確認する。…自分ではどうなるのか、分からないから。かつてとは真逆の答えが出るのを知っているのに。
「…カティアを失ったら、私もそう遠くない内に死ぬだろうね」
「わー、随分あっさりと」
「ああ。だが…直ぐにはいかない。カティアが寂しくないように、"全て"連れて行かなくてはならないから」
「…ん?」
ゼクトは首を傾げた。少し引っかかると小首を傾げる所はカティアと似ている。
「まあ、先ずトーリかな。ゼクト、ダイル…大おじ殿や…ああ。北の面々。それから「ちょ、ちょーっと待ったっ!」…どうした?」
「いや、そんな純粋な疑問の目を向けないでよ。えっと、カティアを失った要因を排除するとかじゃないの!?」
それは当たり前だろう。原型だって残してやらない。
「それはやる。カティアが何らかによって害されれば、ましてやそれが人の手によるものなら、その人間は勿論、関わった全て、それが属する集団、国、大陸、全て彼女への手向けとして滅ぼすよ」
「…うわあ。流石…そして更に寂しくないよう一族郎党皆殺しって?」
「おや、僅かな間に賢くなったな、ゼクト」
偉いぞと褒めたのに、投げやりにありがとうと言われただけだった。嬉しそうではない。
「でも、そっか。やっぱりそういうものなんだね」
僕もいつか出来るかなぁ。とゼクトが言う。
……興味本位で、ゼクトはこれまで何度か、令嬢と多少関係を持とうとしたことがある。しかしそれは結局の所成就する事はなかった。
『令嬢達の誰にも、興味を持てないんだよ、兄さん。僕はどうやら、"恋人に夢中になっている僕"というものに興味があっても、恋人自体には何の感情も抱けないみたいだ』
その時、何人かの令嬢と関わって、唯一吐露した言葉だった。
その交流は全て実験のようなものであったことはその言葉でよく分かった。
あれから何も変わっていないのだろう。私は数年で解放された虚無にこの弟は囚われたまま。
「ゼクト」
「なに?にいさん」
「…そんなに気になるなら、大おじ上の所に行って占ってもらえ。この間、カティアに渡す魔道具の試作品の中に、"運命の相手"を写す鏡とらいうのがあった。カティアが持っても私以外が映るはずもないので送らせなかったが、時間と経費がかかっているはずだから、まだ実験室にあるだろう」
「本当!?そんな面白いものがあるなら早く言ってよ!」
ゼクトは言うなり姿を消した。これで暫くは戻らない。行ってから大おじに仕事の事で捕まるだろうし。そうすれば暫くの間、悪巧み的な意味で他に悩むこともなくなる。
「…定期的に厄介そうな仕事をゼクトに回すのはその為だって分かったかな、…ダイル」
「分かるのと納得するのは別物だろ?」
一部始終をドアの外で聞いていたダイルは、私が気付いていた事に呆れながら入ってきた。
「入ってきて良かったんだが」
仕事なら話しながらでこなせる。
「うっせえ。入れねえだろ。あの弱虫、俺がいたらいつもみたいな能天気に振る舞うだけだ」
「……実の弟よりも余程ゼクト想いの従弟だな」
……なんでそこで顔を顰めるんだ。
ダイルは手紙の束を突き出しす。隣がそろそろ成人式だと。
「…分かっているよ。しかし…エスコートは婚約者がするだろう」
「その手紙、カティアが婚約破棄されたっていう面白い話が書いてあるぜ」
「婚約破棄?」
トーリの使っている紋章が入ったものを探す。しかし開けても白紙、……面倒な隠蔽魔法をかけやがったなあの従弟。しかも重ね掛けしてるし。
「……ゼクトに暇潰しをやるなら、仕事じゃなくて"家族のこと"にしてくれよ」
その言葉にはたとして、自分が持っている中で最も家族に纏わるものと思案し、取り出した鍵をダイルに渡した。
「ゼクトに渡してくれ。どこの鍵かは分かるだろうし、あとは魔法で何とかなるだろうから」
「…いったいどこからこんなん手に入れたんだよ。大ジジイが血眼になってこの鍵探してたぞ。写真が見れないって」
「さて。どこだったかな」
変な方向に暴走して、可愛い私のカティアを変なのと婚約させるからそうなるんだ。
「じゃあ、私は魔法破壊に勤しむから」
「……ごゆっくり」
「どうもありがとう」
巻き込まれないようにと直ぐに踵を返して出ようとしたダイルが、言い忘れたとばかりに私をみた。
ダイルは基本的に、私の事が苦手というか、本能的に私への恐怖心を少し抱えている。嫌いじゃないし、慮ってくれているのも知っているから気にしないが。そんな彼が私に面と向かって何かを言うのはゼクト関連だ。
「"家族のこと"なら、ゼクトは愛せる。
"家族じゃないから"、ゼクトは愛せない」
愛せないから報われない。
「……救いようがないとしか思えないのは私だけかな」
「は?逆だろ。ゼクトは、自分の家族になれる人間を間違えないって話だ」
呆れたように、何でもないことのように、ダイルは私にそう言って、部屋から出て行った。
…つまり、余計な心配はするなって事かな。
まったく……。
「本当に、従兄たち想いの従弟だよ」
*
一方、大おじの実験室に忍び込んだはずのゼクトだったが、部屋には誰も居らず、散乱する書類の山から隣の研究室に入ってしまったことに気づいた。
「あちゃぁー。ちょーっと失敗したかな」
魔力コントロールは良かったが、座標を読み間違えた。反省は次に生かすことに決めて、今忙しいはずの実験室ではなく、こちらの研究室内で面白いものはないかと探し始めた。
面白いレポートが沢山ある。
タイムリーに、番についての研究、長期保存についての考察、北の大陸の勢力図と今後の変化、異世界からの使者を呼ぶ禁術、妖精の愛し子についての研究……。
相変わらず、興味があるものを手当たり次第調べているらしい。その傍ら変な魔道具作ったり、実験したり。本当によくやるものだとゼクトは少々どころかかなり呆れた。
「ん?……あった!」
実験室にあるかと思いきや、どうやらまだカティアに贈ることを諦めていなかったらしく、例の"運命の相手を写す鏡"なる手鏡は研究室の発送手続き行きの箱、通称ガラクタ置き場にあった。
間違いない。だって取扱説明書が鏡面に貼ってあり、注目を引くように『セイン以外が写りますように!』と書いてあったから。
「…これ、見つかったら鏡ごと大おじさんが八つ裂きかも。…………まいっか!」
ゼクトは興味本位でその鏡に魔力を流してから覗き込んだ。魔道具だから動力源の魔力がなければただの鏡なのだ。
鏡が光を帯びる。
ゼクトはその中に、何をみたのだろうか。
読了ありがとうございました。




