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愛と番と鼬ごっこ(8)

3月です。風邪やインフルエンザにお気をつけて。

最後まで暇潰しにでもお付き合い願えればと思います。


皆様ご機嫌よう。

このご挨拶も何度目になりますかしら?


現在地はルーティルッタ王城の、私に宛てがわれた客室ですわ。私達が送り出したおにい様達と外交官様が、私達が出した要求を呑ませて、追い縋ってきたあちらの宰相様をセインおにー様が容赦なく言葉で切り捨てて、つい先程、部屋から出ていきましたの。

燃え尽きたような哀愁、その手には書面に認めた要求項目に関する契約。完全敗北、敗け犬ですわね!……こほん、けふん。


そして恐らく王様に報告に向かった宰相と入れ違いでレイシア様と共に訪ねてきたのが、この国の王子です。王子に直接会うのは初めてですけれど、さすがと言えばいいのか、顔はとても整っています。ダイルにい様を少し腹黒くしたような感じかしら?

一目惚れした相手をストーカーのように目で追いかけ回しながら薔薇を贈りまくったその執着には薄寒い物を感じますけれど。


お2人は入ってきてすぐ、私達をみて明らかに動揺しました。


「あら、何か不都合でもございまして?」

「え、あ、いや……。なんでもないです」


まあ、当然と言えば当然でしょう。


私は今、ソファーに座ったセインおにー様の膝の上に人形よろしく座らせられて抱きしめられた状態ですので。力加減を忘れていらっしゃるらしく、腹部や背に回った腕がきりきりと私の胴体を圧迫していて痛いんです。

ええ、本当に、ちょっと痛いどころではありませんわ。

私でなければ泣き叫ぶところですの。しかもおにー様ったら私の肩口に額をあてて、全身全霊で引っ付いてますのよ?何ですかこの巨大なコアラみたいな方は。可愛らしいと思いません?


……まあ、それはともかくとして、

私が、で?と話を促せば、王子達はすぐに顔色を戻して頭を下げました。


「……カティア様、この度の「堅苦しい形式張った挨拶や感謝、謝罪は掃い捨てる程頂きましたので、話を進めてくださいます?」」


王子がどうでもいい謝辞やら美辞麗句やらを並べようとしたので、止めました。だって、本当にどうでもよろしいのですもの。いつもなら笑顔で聞き流しますけど、いまの私の体勢的には時間の無駄はそのまま私の疲労なんですもの。

ゼクトおにい様、私が不遜な事をしたと言わんばかりに驚いていないで話を進めるか、せめて私が一息つけるように引き剥がしてくれればいいのに。私に忍耐力と耐久性を求めるところ。以前からそこだけは変わりませんのよね。


「そうですね。早くカティを休ませてあげたいですし、時間の無駄は貴方も好まないでしょう?」


流石トーリおにい様。どこかの都合の良い時は事なかれ主義の通常愉快犯的おにい様とは違いますわね。


「……2人とも、もう少しオブラートに包もうか。相手はちゃんと話の通じる王子なんだよ?」

「「我々も王族ですが?」」

「いや、位とかの問題じゃなくて、人としてきちんと謝罪とか感謝は受け取っておきましょうって話で……分かってて言ってるよね?」


……きちんと話の通じる王子というよりは、空気が読める王子では?

普通なら最初この部屋に入ってきて1番気になるところでしょう。この現状。宰相なんてこちらが気になりすぎて、契約書についての交渉に身が入っておりませんでしたのよ?結局宰相も王子も突っ込んで来ませんでしたけど、後者に関しては、私に対して頭を下げようとする時には綺麗さっぱり見なかった事にする事に決めたようでしたわ。

人間的に一般的なのは多分宰相ですわよ?


ですので……まあ、平然と話を続けられている時点で、王子もレイシア様も割と普通ではないかと。そもそも王子や公爵というだけで既に普通ではありませんが。


「そもそもこちら側の最高責任者がこんな状態なのにマトモに対応する訳ないでしょう。その程度の事はご理解済みと思っていましたが?」

「帝国の皇女たるもの、普通が1番あり得ないと教えてくださったのはゼクトおにい様でしたわ。私はそれに忠実にいるだけですのに……」

「待って待って。弟達よ。せめて他国の人の前では僕に優しくして。身内でしょ?ね?」

「「………………ええ、一応」」

「えええ?セイン、セイン。弟達が辛辣すぎるよ。僕に優しくないよ。助け……ああ、今はカティの声しか聞いてないんだった」


聞いていないというより、聞く気がないだけですわ。


「……見ての通り、取り込み中ですの。

先程の宰相閣下のように交渉に来たのならおにい様達が別室で伺いますわ」

「カティアの言う通りです。こちらとしては1項目も譲る気が無いどころか更にもぎ取るつもりですが、それで構わないのなら喜んで伺いますよ?」

「おてやわらかに、お願いします。

……ただ、その前に。1つだけ姫君に伺いたいことがあります」


どうぞと促せば、レイシア様の王子が私に問いかけました。


「何で彼女らを庇ったんです」


ぴくり、と私を抱きしめたままのおにー様の腕がゆれました。気になるのでしょうね。


「相手が番の存在を把握していたからです。見たことがある方だったので、見た目などの詳細を知っていると判断し、下手な身代わりは危険だと思いました」

「……自業自得だと、思わなかったんですか?貴女の番の番を騙る偽物に対して、嫌悪や憎悪はあるでしょう。痛い目を見ればいいと思わなかったんですか」


なんでそうしなかった。と、私を抱きしめる腕に力が篭り、少し苦しいです。私は王子に答えるのではなく、おにー様に語りかけるつもりで言葉を放ちました。


「いつもなら、自業自得と切り捨てます。嫌いです。番と偽った方などを庇う形になるのも、心底、嫌でした。けれど、それでも、……それでも私は、私以外の人間が、お兄様の番と名乗ることの方が、嫌だった。その人のせいで私の命が危ぶまれても、私以外が、おにいさまの番を自称する事は、許せない。……これが私の執着。おにい様の執着が怖いといいながら、番故の愛も執着も嫌っておきながら、私は愚かにもそれに拘った。

今回の事、私はおにい様達に心配をかけた事や、いつもと違う事をしてしまった自分に関しては反省しております。ですが、微塵も後悔はございません。


私は、私のためだけに、私の気に入らない状況を壊したに過ぎないのです。


……心が狭いでしょう?……だから誰の為でもない。自分の為の、醜い嫉妬なのです」


最後にレイシア様達を助けたことに変わりはないからと深く深く頭を下げてお礼を言って、レイシア様からも改めてお礼を言われました。後で落ち着いたら今度はきちんと楽しいお茶会をしましょうねと声をかけておきました。若干震えておりましたけど、気のせいだと思うことにいたしますね?


2人が去っていった部屋では、先程から寸分も動かずにおにー様が私を抱きしめています。おにい様方も更なる交渉のために出て行ったので、部屋の中で、2人きり。あの話の後、おにー様の気配が手負いの獣から少し拗ねた子供、くらいの雰囲気になったので、そろそろ話に耳を傾けられるくらいの余裕は戻ってきたでしょう。

私はゆっくり、物語を紡ぐように、穏やかに、おにー様に語りかけます。


「私は、あの王女やいつぞやの令嬢達のように、貴方に伝えることは出来ませんでした。


お兄様が好きで、大好きで、ずっと一緒にいたくて、いると安心して、でも、……それが貴方の望みにないのなら、居なくなるかもしれないと思うと怖かった。貴方にそばにいてほしくて、貴方の望みを聞かなかった。

……いえ。……私はずっと聞けませんでした。貴方を愛している。けれど、それが貴方の幸いにならないのなら、飲み込んで墓場までもっていこうと今でもおもっている。


……貴方は、私に何を望みますか?」


「……私の愛を、認めてほしい……。

分かってるんです。カティアは、私が貴女を番だから愛していると思っている。

事実、貴女を番だと分かっていて、あの日私は貴女を助けた。


酷い執着と独占欲で、貴女という1人の人間に、私自身の在り方を植え付けてきました。私は自分で、自分の首を絞めた。でもそれでも愛しくて、申し訳ないと思いながら、何よりも深く、貴女の中に自分が居るような気がして嬉しくて。


……馬鹿ですよね。

貴女がしたい事をして欲しい。

貴女が望むものはすべて与えたい。

……それを差し置いて、私自身を愛して欲しいと思った。


けれどそれは、強制していいことではない。貴女が貴女のありのまま、生きて自由でいる事を望んでいる自分と、私利私欲。どちらも私で、どちらも否定できなくて、でも、どちらも愛で。


……私は、ただ、貴女を愛している。どちらの愛も、貴女だけに捧げる。

本当は後者の愛は醜い私だから、見せたくなかった。貴女を番だから愛しているわけでは無いと、証明したかった。なるべく目にみえるように示したかった。


ティアの前から居なくなったのも、隣国との王子との婚約を壊さなかったのも、……会えない時ほど貴女に愛を綴った手紙を送ったのも、全て私の自己満足です。


……結局、証明したくても、出来ない。それは私の中にあるもので、感覚的なものだから。言葉を尽くしても、貴女の目に見える形にすることができない。

ですが、貴女がそんな私の望みを聞いてくれると言うのなら、どうか、……どうかこの、呪いじみた、私の醜い愛も含めて、貴女を想っているのだと、認めて欲しい」


ここまで来ても、同じ色なのに濃淡が違う。

自分の臆病さ故に、言葉をよく操り、安心を得ようとする技を私に教え込んだこの人は、だからこそ、私よりも遥かに臆病なのだと改めて気付けました。

……それでも私は、教えられたやり方でしか答えを出せないし、私がやりたい事をやりたいように達成する姿勢を変えない事こそが、この人への想いが変わらぬ事の証明です。

好きまでは言えるし、いつでも言っていいのです。それは片方からの感情でしかないから。片方からでも成立するから。


けれど、愛は違うのです。

相互の好きの感情無しには成立しないと私は思います。それは凄いことですのよ?巨万の富を手に入れることより、大賢者と呼ばれるような人間になることより、途方もない力を手に入れることよりも。

だから私は、誇れば良いと思うのです。

……私もまた、誇りたいのです。

私は欠けたものを自覚して、やっと愛していると言葉に出来ても、今のままでは不完全なのです。主張するには、"好き"のその一つ上の言葉をこの臆病な可愛い人が私からの言葉を本当に受け入れるためには、まだ、……残念ながら、足りないのです。


「……私は、おにいさまの望みを叶えたい。貴方のことが大好きだから。おにいさまは私の望みを叶えたい。……私のことが、好きだから。

……互いが互いに、互いの事を優先又は尊重する。……自己犠牲を払ってでも、相手に尽くしたい。私の願いが叶う事がお兄様の幸せだというのなら、私の願いはお兄様の願いが叶う事です。……終わりは、どこにありますか?」


卵が先か、鶏が先か。鼬ごっこだ。


「……おにー様が私を愛しているのは番だからだ。と、私が思っている。……そう貴方が思っているのと同時に、貴方もまた、私が番だから貴方を切り捨てることが出来ず執着していると思っている」

「!」

「そう疑っているから、相手の幸せを真に願い愛しているのなら、自分の本能の醜さを押し殺して、相手の為に生きる事が唯一至高の愛。番に対しての本能以外の愛の証明になりえるかもしれない」

「!!」

「……だから私も、貴方も言えなかった。直接言ってしまったら、もうそれ以外にはなり得ないと分かっていたから。……けれど私は残念ながら、それを成立させていた私の中に欠けていたものをみつけてしまった。

番に向ける独占欲も呪いじみたこの執着心は私の中にもあるのだと認識してしまった。

もどかしい追いかけっこは、終わりにしましょう?」


ここがきっと、私達の終着点。


待たせてごめんなさい、と何故か素直に言葉が出ました。おにー様はまさか私からそんな事を言われるとは思っていなかったらしく、呆然として、身体から力が抜けたご様子。腕の中から抜け出して、少し距離を取りました。セインおにー様はすぐに手を伸ばしますが、たった一歩の距離を開けた私に触れる事を躊躇って、手を下ろしました。

この方は、臆病だから。

私が自ら離れたら、その距離分を自分では詰められない。それこそが、私の不安と臆病に拍車をかけるというのに。

故に疑い、故に試して、それ故に、私たちは、いつまでもその言葉を言えない。……そんな状況なんて、


「私、もう疲れました。だから失礼を承知でお兄様に私が貴方をどれだけ想っているのか、強制的に理解して頂こうと思います」

「え?」

「今ここに、貴方が外交官を務めている国からの要求書があります。

一、互いの国のこれからの繁栄と更なる和親と平和の為に、貴方と第一王女との婚姻を結びたい旨。

ニ、一に伴い第一皇女カティアと我が国の大臣公爵との婚姻を結びたい旨」

「!?」

「さらに私宛でもう1通。大臣と大人しく婚姻を結ぶなら、この国の実権をセイン様に譲渡し、事実上属国化しても構わないとの事です。

さらにさらに、大祖父様からそろそろこの国を手中に収めるようにと連絡が入るはずです。どんな手を使ってもいいから、黙らせろ、と。

相手の公爵は臣民降下した王族でお年を大変召していて、なのに現在に至るまで女癖は酷く、近くにいる女性は1人残らずお手つきになっているそうですわ。離縁歴は既に片手で足りなくなっている人物な上に酒とタバコと大食らいと運動不足で見た目は推して知るべしな方です」

「か、カティア?まさか……!」

「了承の旨を記した皇帝からの返礼書は私がサインをすれば完了の状態でいまここにございます」

「だ、だめだ!」

「私にとっては百害あって一利なしな話ですがお兄様のためなら、私耐えて見せますわ」

「やめてカティア!」

「愛しております。セイン」

「やめろ!」

サインをしようとしたペンも返礼書も塵になった。開いた距離はもはや無く、セインはカティアを腕の中に掻き抱いていた。

「分かった……!もう分かったから……!カティアは私を愛してくれてる。番で無かったとしても、カティアは私を、愛してる」

「はい。セインが私を愛しているように、私も貴方を愛している。番としても、そうで無くとも」


こんな事で、それを証明したとは言えないけれど、そもそも愛という感情に明確な理由も証拠もないのだから、互いに想いあっているのなら、もうそのわがままは必要ない。だって私たちは、互いに互いを切り離す為に、答えなど出るはずのない愛の証明を必要としていたのだから。


やっと、歪に成立したパズルが、正解にたどり着いて正しい答えで形を作った瞬間、


「カティア……!」


落ちてきたのは触れるだけの唇。


初めてのキスがなんの味かなんて考える余裕はございませんでした。ただ、火傷しそうなほど熱かったのは覚えておりますわ。


今週もありがとうございました。


来週(第三章最終回)をどうぞお楽しみに。

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